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うな重、うな丼、肝焼き、うまき、鰻茶漬け、うなぎのせいろ蒸し

あつた蓬莱軒 神宮店 − My Second Time to the Local Delicasy Here.

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは三泊四日の日程で、愛知県にある城攻めの他、前々から気になっていた『桶狭間古戦場』を歩いて巡ってきた。何もわざわざ「暑い所」へ行くこともないのに :$ と思ってしまいそうだけど、今年は北海道を含めて日本全国どこも異常な暑さ[a]云わずとしれたオゾン層破壊による地球温暖化である。間違いなく 😯 であり、結局はどこへ行っても変わりはないと云う訳であったが、やっぱり名古屋周辺は暑かった :O

初日は、主に信長が率いる織田勢の砦跡の他に松平元康が兵糧を運び入れた大高城跡、今川勢にあって猛将の誉高い岡部元信が守備していた鳴海城跡[b]と云ってもほぼ完全に児童公園に変わっていたが。を徒歩で巡ってきたのだけど、平均気温は36℃(当時)で肌に突き刺ささんばかりの強い日差しのおかげで、かなり難儀した ;(。今思えば城跡(公園とか)で自分以外の人に出会ったのは皆無だったっけ。

この日は前夜から旅行の準備やらで寝不足のまま朝9時過ぎには名古屋駅に到着し、それから金山を経由して最初の目的地である大高へ。ここから大高城跡、丸根砦跡、鷲津砦跡、そしてお昼を摂って中嶋砦跡、鳴海城跡、丹下砦跡、善照寺砦跡など6時間くらい[c]暑さのための小休止も含む。小刻みに。あと大型スーパーとかコインランドリーなんかはクーラーがかかっていて快適なので、見かけたらなるべく入るようにした。かけて巡り、最後は名鉄で鳴海から神宮前へ移動して熱田神宮へ。ここには桶狭間で勝利を得た信長が御礼言上のために奉納したと云う「信長塀」なるものがある。これで初日の日程は終了。

このあと宿泊先の三河安城へ移動する前に、その昔に神宮近くの鰻屋さんで食べた名物「ひつまぶし」を再び食べてみたくなった[d]「ひつまぶし」は「あつた蓬莱軒」の登録商標なのだとか。

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あつた蓬莱軒・神宮店 〜 待ち時間は1時間

夕餉の刻前とはいえ行列必至であると覚悟して店前まで行ってみると、実際には行列はなく、玄関に「お席の待ち時間は1時間」とあった。ここまできて小一時間待つのはどうかと思ったが、行列ではなかったのでとりあえず店内へ。諦めて予約をとろうとしたら、運良くカウンター席でよければ一人分が空いているとのことで、早速とおしてもらった 0:)

1Fの調理場が目の前にあるカウンター席にに通してもらい、ビール中瓶と肝焼、そしてひつまぶしを注文した。混んでいるから時間差ででてくるだろうと先にビールに手を付ける:

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うなぎにはYEBISUビール(750円)

なにせ半日とはいえ37℃の炎天下を歩きまわって火照った体をクールダウンさせる必要があったけど酔いすぎると美味しい鰻を味わえなくなりそうなので中瓶でちびちびいくことにした :)。それでも半分くらい飲んだところで薬味と香の物が目の前に並べられた:

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「ひつまぶし」用の薬味と香の物

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薬味(ネギ+わさび+海苔)

ビールを飲み干す前に肝焼き来ないかとまっていたら、ひつまぶしと一緒に登場 :O。ちなみに、左奥の土瓶の中はお茶漬け用の出汁:

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ひつまぶし(3,900円)+肝焼(950円)

肝焼のためにビールを残しておいたが、メインが登場してしまったので冷めないうち食べたいから、そそくさと肝焼をいただいた:

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肝焼

甘辛いタレは「140年継ぎ足しの秘伝タレ」らしい。ビールの苦味と相まって口の中一杯に旨みが広がった。もう少しゆっくりと味わいたいところだが、メインがお待ちのようなので美味しい間に食べ終えた。

そして、ついにお櫃の蓋をあける

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お店自慢の名物「ひつまぶし」

蓋をあけると漂う甘辛タレと鰻の脂が融合(?)した匂いが漂い、目の前には食べやすく刻まれた鰻がびっしりと載っていた。

ビールを飲みながら眺めた「ひつまぶしのお召し上がり方」に従い、まずお櫃の中に埋もれた鰻とご飯を上から十字形に四等分する。そして一膳目は薬味は入れずに、脂ののった鰻本来の味を味わえた:

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一膳目は鰻丼

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吸い物

肝焼もそうだったけどタレが美味い :)。ご飯によくあうし。二膳目は三種の薬味を加えて食べる:

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鰻丼(薬味あり)

わさびによって秘伝のタレがいっそう引き立つ感じ。自分はこれが一番美味しいと思った。

三膳目はお茶漬け。ちょっと時間がたっちゃて出汁が温るくなっていたのが気になったが、猫舌の自分としてはさらさらいけたので悪くはない:

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三膳目はお茶漬け

最後の四膳目は悩んだ挙句に、お茶漬けで頂いた。薬味が残りすぎていたので全部入れたら見た感じ分からない食べ物になっていたけど :D。さらに、さっきまで鰻で一杯だったお櫃が空っぽに。当たり前だけど:

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最後もお茶漬け

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完食

この翌日も炎天下の中、桶狭間古戦場巡りをする予定であったこともあり十分にエネルギーを補給することができた :)。ちなみに、このお店で豚一家も完食している。

あつた蓬莱軒 神宮店
愛知県名古屋市熱田区神宮2-10-26


ここからはオマケ。

まずは熱田神宮の正門(南門)。このそば近くにあつた蓬莱軒神宮店がある:

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熱田神宮の正門(拡大版)

そして弘法大師のお手植えと伝えられている大楠。樹齢は約1000年だとか:

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大楠(拡大版)

こちらが熱田神宮でのお目当てである信長塀。桶狭間出陣の際に熱田神宮に願文を奏し勝利したので、その御礼として奉納した塀。本宮を囲むように建っていた:

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信長塀

次は大高駅ホームからJR東海の在来線「キハ313形」豊橋行き:

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JR東海のキハ313形

これは、この日一番に攻めた大高城址。今から460年近く前の桶狭間の戦いの時、織田領内で今川勢に寝返り、織田勢に包囲されている中を徳川家康こと松平元康が兵糧を運び入れることに成功したという。現在は公園になっていたが藪の奥には見事な空堀が残っていた:

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大高城跡

そして丸根砦跡の遠景。信長が今川義元の上洛に備えて築いた砦の一つで、大高城の監視の任についていた。佐久間大学盛重が守備していたが松平元康に攻められて落城した。現在、周囲は宅地化されているが砦跡は国指定史蹟として残されていた:

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丸根砦跡

これは鳴海城跡近くに復元されていた「東海道・鳴海宿高札場」。桶狭間合戦とは関係はないが、江戸時代の宿場に建っていた屋根付きの高札場で、さまざまな高札が掲げられていた:

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東海道・鳴海宿高札場(復元)

これも桶狭間の戦時に築かれた織田勢の砦の一つであった丹下砦跡:

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丹下砦跡

現在は光明禅寺が建っているが、山門の風神雷神両像はインパクトが強い彫り物だった:

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雷神像

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風神像

最後は同じく織田勢の砦の一つであった善照寺砦跡。こちらは完全に児童公園となっていたが、結構な高台の上にあった:

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善照寺砦跡

この時のフォト集はこちら:

See Also大高城攻め (フォト集)
See Also桶狭間古戦場(織田勢)巡り (フォト集)

参照   [ + ]

a. 云わずとしれたオゾン層破壊による地球温暖化である。間違いなく 😯
b. と云ってもほぼ完全に児童公園に変わっていたが。
c. 暑さのための小休止も含む。小刻みに。あと大型スーパーとかコインランドリーなんかはクーラーがかかっていて快適なので、見かけたらなるべく入るようにした。
d. 「ひつまぶし」は「あつた蓬莱軒」の登録商標なのだとか。

元祖うなぎ釜めし・藤田 − A Kamameshi with Eel in Shizuoka.

今年は平成31(2019)年2月初めの週末に東京は八王子にあった初沢城跡を攻めてきた。最寄り駅は京王線高尾駅。駅から徒歩で10分ほどのところに標高300mほどの山があり、その山の稜線を利用した山城だった。なんとも「駅チカ」の山城ってのも珍しい :D

この城、下調べしてみると規模はそれほど大きくなく、今では地元の人たち御用達のトレッキングコースになっていたりして、近くにあった八王子城の支城あるいは烽火台を持つ砦クラスって評価が多かった。まぁ確かに攻めてみると遺構は殆ど残っておらず、本丸がある山頂からの眺めも杜に遮られてお世辞にも良いとは言えないが、「素朴な」縄張りや「これってもしかしたら竪堀?」なんてのを見ていると、いかにも関東の山城だなぁと逆に良い印象を持ってしまった8)

午前中はゆっくりと高尾まで移動して、ゆっくりと山城を攻めた後、城跡から高尾駅へ行く間にある鰻屋でお昼を摂ることにした。こちらも下調べした時は某情報バラエティ番組で紹介されたということだったので、混みそうなお昼時を外したかったのだけれど、この店のイチオシである「うなぎ釜飯」は一日5食限定らしく、休日のこの日は激戦になるのではないかと少しハラハラしたが、行ってみるとすんなり入ることが出来て少し拍子抜けしてしまった :O

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元祖うなぎ釜めし・藤田

とはいっても店自体はそれほど大きくなく、テーブル席が二つとお座敷(テーブル)が五つといったところ。自分がお店に入った時はテーブル席は埋まっていて座敷のテーブルに案内された。

でメニューのラインナップを見た限りでは釜飯屋というよりは普通の鰻屋のような気もしたが、ここはメニューに記載されていなかったお店イチオシで限定食の「うなぎ釜飯」(2,950円)を注文した。鰻で釜飯ということで出来上がるまで少々時間がかかるとのことだったので、壁に貼ってあった緑茶使用の「しずおかコーラ」(250円)で、まさにお茶を濁すことにした:

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しずおかコーラ(250円)

う〜ん、ジュースにしたいのかお茶にしたいのかハッキリとしないのが味にそのまま出ていたって感じで、正直なところ美味しくなかったし値段的にも嬉しくなかった :(

緑色のコーラを飲みながら眺めた「一人前で三度味わえる」うなぎ釜飯の食べ方。今回は鰻たれのついたとろろも無料でついたので、一食で四度美味しい釜飯になった ;)

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「うなぎ釜めし」の食べ方(拡大版)

そして待つこと15分ほどで出てきた釜飯。写真を撮り忘れたけど薬味がたくさんあった[a]まさに食べ方の分だけ。

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うなぎ釜飯(2,950円)

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元祖釜めしの藤田

釜の蓋をとるとこんな感じ。静岡県島田産の鰻の下にその味がしみた釜飯が。ホント美味しそうな匂いがほわ〜んと漂ってきた:

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静岡産の鰻がぎっしり

ここからは先ほどの食べ方に従って頂くことにした。

まずは炊きたての釜飯をシャモジで混ぜて茶碗にとり、鰻のタレと山椒を少々かけて頂いた:

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一膳目

次は海苔とワサビを乗せて頂く。ワサビも静岡産の本わさびだった:

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ニ膳目

そして、今回のみサービスとして鰻のタレ入りのトロロをかけたもの。これはホント美味しかった:

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三膳目

さすがに釜飯で、茶碗にもそる度に香ばしいお焦げが入ってくるのが嬉しいところ:

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お焦げは釜飯ならでは

最後はお決まりの茶漬け。海苔、三つ葉、ゴマ、わさびを乗せ、土瓶にはいった出汁を注ぐ。特にお焦げに出汁がかかって漂う香りがたまらない:

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四膳目

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四膳目(拡大版)

ということで完食。最後の最後まで釜に張り付いたお焦げをとるのが楽しい。ご馳走様でした:

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完食したうなぎ釜めし

浜松で食べたうな茶に似ているけど、香ばしさは釜めしの方が上だった:)

うなぎ釜めし・藤田
東京都八王子市初沢町1231-31


ここからはオマケ。

京王分倍河原駅のホームって富士山がよく見えるんだねぇ。昔はよく利用していたけど知らなかった :O

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如月の富士山(拡大版)

こちらが「駅チカ」の山城・初沢城跡の登城口にあたる高尾天神社。御祭神は菅原道真公:

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初沢城址入口

この日の城攻めは何が驚いたって、二日前に関東地方に降った雪が残っていたこと :$。まさかこんなに雪が残っているとは想像していなかったが、特に支障はなかった。

この神社の石段は結構な勾配だった。もしかしたら、ここが一番の難所かも:

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石段を上から見下ろしたところ(拡大版)

この城には水道局の配水塔が建っており、大手道跡には水道管の一部がむき出しになっていた:

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東京都水道局・初沢配水所

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剥き出しの水道管

高尾天神社の境内も雪が残っていた:

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境内に残っていた雪

この境内には学問の神様である菅原道真公の銅像の他、日本の農業を再生した二宮尊徳の像も建っていた:

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菅原道真公

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二宮(金次郎)尊徳公

最後は、午後に攻めた廿里砦(とどり・とりで)跡の麓にあった『今年の』干支に関する注意板。注意の意味が危険なのか、それとも今年の干支に会えて幸運だったかは出会った人の気持ちによると云うことで :D

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「この年の干支に注意!」(どっちに?)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also初沢城攻め (フォト集)
See Also廿里砦・古戦場巡り (フォト集)

参照   [ + ]

a. まさに食べ方の分だけ。

うなぎ八百徳 − Unagi YAOTOKU.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の秋に一泊二日で静岡県の城攻めへ。初日は大雨の中、ちょっと忙しくて、まずは同じ年の夏に静岡市内にある山城を攻めた際、訪問し忘れていたとある戦国武将の菩提寺に立ち寄ってから、藤枝市にある駿州田中城跡、そして最後は榛原郡(はいばらぐん)吉田町へ移動して遠州小山城跡へ。それぞれ、それなりに見所があって良かったのだが、けっこう徒歩の時間が長くて大雨には難儀した :$

ということで藤枝駅から宿泊先がある浜松までJR東海道本線で一時間ほどかけて移動して、到着したのが午後7時前。夕食時間には丁度よかったので、駅南側にある浜松餃子として有名な「むつぎく」へ直行てみたら予想以上の行列だった :O。そのまま店の前を通ってみたけど、どうやら1時間以上は待たないと入れなさそうな雰囲気だったので諦めて駅北側にある宿泊先にチェックインした。で宿泊先オススメの食べ処・飲み処のチラシを眺めながら、最初は餃子に拘ってみたけど周辺には「むつぎく」みたいな地元店ではなくチェーン店ばかりだったので鰻料理に変更。ちょうど徒歩で行けるお店が駅前の広小路沿いにあったので行って来た:

うなぎ八百徳

創業は明治時代のうなぎ八百徳。連休中日(日曜日)の夜7半過ぎ、お座敷は一杯だったけど小さいテーブル席が空いていたので通してもらった。

まずは生ビール。雨の中を歩きまわったので身体をリラックスさせた。あと夕食時間なので口取りが二品つく:

生ビール(600円)と口取り(300円)

この日の口取りはワカサギの南蛮漬けと鱈子の煮物。ビールに合うツマミで美味しくいただけた:

冷たいグラスビールとオリジナル・コースター

そしてメインが出てくる前に気になって注文してしまったのがきも焼き:

きも焼き(620円)

うなぎの肝を10匹分串に刺し、タレ焼きしたもので、案の定、匂いがたまらなかった :D

少し焼き過ぎが良い肝

そしてビールとツマミでちょっとお腹が膨らんできたかなぁと行った頃に、メインの上うな重が登場。海の幸(もずく酢)と香の物、そして肝吸いが付いていた:

上うな重(3,100円)

お重の蓋をめくって、鰻が焼きあがった照り具合を見ると、どんなにお腹が一杯でもソソる感じが一気に放出される感じがする :D。鰻は年々減少し、仕入れ値も当然ながら年々高騰する、この時代に贅沢過ぎる料理ではある。三度のタレ付け焼きで味は濃厚、鰻の表面はカリッと中はふっくら。

しかし、そんな幸せを噛み締めつつ頂くことにした:

この照り感がたまらないうな重

この時期でも十分に脂が載っていて、それでいてシツコクないのは浜松鰻の特徴だろうか:

目で楽しんで、鼻で楽しんで、舌で楽しむ贅沢な料理

鰻と米の間に、肉汁と脂と焦げがタレによって三位一体となって口の中に入ってくる。城攻めした体を癒やしてくれ、さらに明日の城攻めのエネルギーを補給することができて良かった )"

ホント、行列に並んでまでして餃子を食べなくて良かった〜 :X。これはこれで正解だった。

ということで大雨で始まった今回の城攻めは最後は美味しい鰻で大満足して、なんとか明日も頑張ろう的な気分に復帰することができた。そんなお店は、実は現在でも浜松へ来たらちょくちょく利用している。というのも、ここのウリは「お櫃うなぎ茶漬け」であることを店を出るときに知った。これは贅沢品と分かっても堪能しないといけないなぁ感が強くなって、これ以降は二度三度と茶漬けを満喫している次第。

もう個人的に浜松餃子は選択肢には無い:D[a]宇都宮餃子にも痛い目見ている。とことん餃子とは縁が無い。と思ったが福島餃子は美味かった。

うなぎ八百徳 本店
静岡県浜松市中区板屋町655


ここからはオマケ。初日は天気が悪かったので写真も曇り空ばかりだけど。

まずは丸子路(まりこじ)の案内板。東海道五十三次の20番目の宿場であった丸子(鞠子)周辺にはいろいろと散策できる旧跡が残っていた。静岡駅前からバスで30分くらい:

「丸子路・歴史とロマン」の案内板(拡大版)

こちらが、この城攻めに合わせて訪問してきた誓願寺。ここには江戸初期、大坂冬の陣のキッカケにされた方広寺大仏鐘銘事件の弁明のため、ここ誓願寺に滞在した豊臣方の片桐且元夫妻の墓所がある:

大鑪山・誓願寺の山門

こちらは藤枝市にある田中城下屋敷に復元されていた庭園(泉水)。田中城の城主の御殿にあったとされるものをイメージしているらしい:

下屋敷内に復元された庭園(拡大版)

こちらは宅地化の波に完全に埋もれていた田中城の遺構の一つで三日月堀跡。しかしながら、こうなってしまっては、どこがどう三日月なのかさえ分からない有り様だった:

田中城三日月堀(馬出曲輪)跡

ちなみに、ここ田中城は徳川家康のお気に入りの城であった他に、大坂夏の陣に勝利して駿府へ戻る途中に訪れた際に鯛の天ぷらを食べて腹痛を起こし、その後に没したと云うエピソードでも有名である。

こちらは小山城跡(能満寺山公園)の能満寺にある国指定天然記念物のソテツ:

能満寺境内にあるソテツ

日本三大ソテツ[b]他の二つは、同じ静岡県の龍華寺、そして大阪府にある妙国寺。の一つと云われる代表的な巨樹。高さ約6m、根本の周囲約5m、五本の大枝に分かれ最も太い枝は周囲約2mにのぼり、東西約8m、南北約11mで、約50㎡の面積に広がっている雄株なのだとか:

天然記念物・能満寺のソテツ(拡大版)

能満寺の言い伝えによると、平安時代の陰陽学者・安倍晴明が中国から持ち帰って植えたものと云われ、徳川家康の所望により一時、駿府城に移植されたが、能満寺へ帰りたいと夜な夜な泣いたので哀れに思った家康が再び、ここ能満寺に戻したと云う:

天然記念物・能満寺のソテツ(拡大版)

能満寺脇にある城へ向かう石段(通称は男坂):

小山城へ向かう登城道

この上には虚空蔵堂と云うお堂があり、大日如来像が安置されている:

大日如来の祠

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also片桐且元公墓所と誓願寺 (フォト集)
See Also駿河田中城攻め (フォト集)
See Also遠江小山城攻めと能満寺 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 宇都宮餃子にも痛い目見ている。とことん餃子とは縁が無い。と思ったが福島餃子は美味かった。
b. 他の二つは、同じ静岡県の龍華寺、そして大阪府にある妙国寺。

うなぎ料理 若松屋 − An Eel Steamed in a Bamboo Steamer at YANAGAWA.

今となっては一昨々年(さきおととし)は、平成27(2015)年の夏休み明けに広島まで出張があったのに合わせて九州は福岡県にある城攻めと立花宗茂公ゆかりの地を巡ってきた。
午前中の太宰府市は生憎の天候であったが、午後に柳川市へ移動した頃には、すっかり雨は止んでくれてよかった。遺構が殆ど残っていなかった柳川城攻めは正直なところ物足りなかったけど、ほぼ徒歩での行程だったので、午後のエネルギーを補給するため、お昼は行列覚悟で柳川名物の鰻を食べることにした ;)

柳川城跡である中学校・高校の立ち入りは不可なので、その周囲をぐるりと一周してから御花(おはな)の前を通り、事前に調べておいた鰻屋がある水路沿いの場所へ向かった。そこには同じように老舗な鰻屋が軒を連ねていて、美味しそうな鰻の匂いが辺りに漂っていた :D
目的地の若松屋豚一家も完食していた安政年間創業の老舗の鰻屋で、柳川の郷土料理の一つである「鰻の蒸籠(せいろ)蒸し」が食べられる。が、しかしお店の前は予想以上の行列でごった返していて、見たところ1時間くらいは待たなければ入れそうもなかったが、ここまで来て諦めるわけにはいかないので待つことにした :|

若松屋

若松屋

それでも30分くらい辛抱強く待っていたら、二階にあるテーブル席に案内してもらえた。

席に着くやいなや、待っている時にメニューを見て既に決めていた「上鰻せいろ蒸し」(2,625円/当時)を注文。さらに出てくるまでに時間がかかるとのことで、待っている間はビール(560円/当時)で時間をつぶした。

そして、遂に待つこと15分ほど。出てきたせいろ蒸しが、こちら:

上鰻せいろ蒸し+肝吸い+香の物(2,625円)

お櫃の蓋をとると、こんな感じ。と、その瞬間に鰻とタレの絶妙な匂いが空腹をさらに刺激する:

上鰻せいろ蒸し

「焼きあがった鰻を、甘辛いタレを絡めた御飯の上にのせて蒸籠ごと蒸す」と云う若松屋が代々受け継いだ秘伝のタレと製法で造られた一品。この界隈に軒を並べる20軒を越える鰻屋が腕を競い合っていると云う。

鰻の上の錦糸卵が一際目を引いた:

錦糸卵が乗ったせいろ蒸し

危うくヤケドしそうなほど熱かったが、味はもちろんのこと、この時期でも脂がのって、湯気が出る鰻は、ハフハフと美味しかった:

味はもちろん、香りがとてもよかった

ホント、諦めずに行列してよかった 8)

若松屋
福岡県柳川市沖端町26番地


ここからはオマケ。

若松屋などの鰻屋が立ち並ぶ目の前に堀があって鴨にお目にかかれた:

堀と鴨

そして、今回の城攻めでは時間の都合で乗れなかったけど、傍から眺めているとやっぱり面白そうなお掘りめぐり(川下り):

お掘りめぐり

柳川市内2km四方に総延長60kmにも及ぶ掘割に敷かれた水路を、船頭が漕ぐ「どんこ舟」で巡る:

お掘りめぐり

お掘りめぐり

内堀に相当する水路には、往時に造られた水門が残っており、そこをくぐるのもお堀めぐりの醍醐味のようだ:

水門をくぐる「どんこ舟」

水門をくぐる「どんこ舟」

お掘りめぐり

「水のまち」柳川市は干拓地における米の栽培も地場産業の一つ。当時は夏真っ盛りで、すくすくと稲が育っていた:

田んぼの稲(拡大版)

こちらは若松屋で鰻を食べたあとに寄った柳川藩主・立花家別邸の御花(おはな)にある日本庭園の「松濤園(しょうとうえん)」:

大広間と松濤園(拡大版)

大広間に面して設けられた庭園は、黒松に囲まれた華やかな池庭。生憎の空だけれど、やはり落ち着く:

黒松に囲まれた松濤園(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also柳川城攻め (フォト集)
See Also立花史料館と御花 (フォト集)

うなぎ八百徳 − Unagi YAOTOKU(TAKE3).

先週末は平成30(2018)年2月初めに静岡県浜松市で城攻めしてきた。その日は、先月末の大雪の名残が未だに残る関東地方とは異なり、それなりに暖かいだろうなんて期待して行ってみたら関東よりも寒かった:O。今回は昨年の大河ドラマの舞台ともなった井伊谷[a]正確には静岡県浜松市北区引佐(いなさ)町井伊谷。にある城と井伊家の墓所を巡ってきたのだけれど、特に小高い山の上にある城跡は、風は強いわ冷たいわでとても難儀した。おまけに人は自分ひとりしか居なかったし。
そんなこともあって、攻める処を攻めて見る処を見たら、早々に浜松市へ戻ってきた。このまま帰ると夕食時間になってしまいそうなので、ちょっと中途半端だけど夕飯を浜松駅周辺で食べることにした。

昨年も何度か浜松市周辺の城攻めや古戦場巡りをしたが、その度に浜松餃子の有名店へ行っては、長蛇の行列を見て諦めていたけど、この日は迷うことなくいつもの鰻屋へ。下車したバスターミナルからも近かったし :D

今回も広小路沿いにある「うなぎ八百徳」本店へ

まだ15時ちょっと過ぎということもありお客はまばら。一応はお昼は既にとっていた[b]寒い城跡でコンビニおにぎり☓3個。がお腹ペコペコだったので、メニューを見ることなく昨年とまったく同じものを注文した。まずは生ビール(600円):

生ビール(600円)

ちょっと遅れて、焦げたタレが食欲をソソる「きも焼き」(620円)をつまみながら、寒い中での城攻めを振り返ってみたり、帰りの新幹線の時刻を確認したり:

きも焼き(620円)

そうこうしている間に「うな茶」(3050円)が登場。数切れ残った「きも焼き」を脇に置いて、早速いただくことに:

今回も「うな茶」(3050円)

お櫃の蓋を開けると、タレの焦げた匂いが俺の鼻を刺激した:D

お櫃に盛られた浜松産の鰻

偶然ではあるのだけれど、この前日にネットのニュースで「絶滅危惧種の鰻」とか「絶望的不漁の鰻」なんて記事や論評を読んで鰻を食べるのを自粛した方がよいかどうか考える時が遂に来たかと思っていたが、目の前に鰻が出てくると、やっぱり食べてしまうのは罪かなぁと思った :$。でも、ここ浜松はそんな切羽詰まった空気感はなかったけどなぁ。

食べ方も去年と一緒。一杯目はそのまま「うな丼」風に:

まずは「うな丼」風にそのまま頂く

二杯目以降は出汁をかけてお茶漬け風で:

ネギがいい味出していた

意外とお腹一杯になる

食べる前までは絶滅危惧種の鰻についてあれこれ思い浮かんだけど、なんだかんだ食べているうちにすっかり忘れてしまった[c]ビールでホロ酔いしたのもあるが。。これからは家で食べるのは我慢して、名産地に行った時だけ食べることにしようと思う0:)

うなぎ八百徳 本店
静岡県浜松市中区板屋町655


ここからはオマケ。

この日は9:30amに浜松駅に到着。駅北口にあるバスターミナルから奥山行きの遠州バスに乗った。こちらがバスターミナル:

JR浜松駅北口のバスターミナルから

ここから1時間ほどのところにある「井伊谷」(いいのや)と云う停留所で下車し、その周辺にある井伊家ゆかりの遺構(跡)を巡りつつ、井伊家菩提寺である龍潭寺(りょうたんじ)へ。

一応、昨年は平成29(2017)年には大河ドラマ「おんな城主・直虎」に合わせて、ここ浜松やその周辺まで足を運んで直虎弁当なんかを食べたり、残念ながら雨のために井伊谷まで来れなかったが思い出があるので、やっと達成できてなんだか感慨深い 8)

ということで、こちらは井伊谷川沿いから眺めた井伊谷宮。この日は青空が広がっていたが、とにかく寒かった:O

井伊谷宮と井伊谷川(拡大版)

井伊谷宮を過ぎたところに龍潭寺があるのだけれど、昨年の大河ドラマの主人公・次郎法師こと井伊直虎の墓所があるということで、予想はしていたけどさすがに大勢の観光客が来ていた:

龍潭寺

こちらは山門。境内にある東門の次に古い江戸時代前期に再建された本瓦葺きの四脚門:

明暦2(1656)年に再建された山門(総門)

こちらが境内でもっとも古い約400年前に建てられた東門(旧鐘楼堂):

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東門(旧鐘楼堂)

そして本堂。江戸時代の延宝4(1676)年に再建されたもの。屋根の棟には井伊家の家紋が付いていた:

延宝4(1676)年に再建された本堂(拡大版)

これは本堂の修復記念瓦。大正10(1921)年の本堂改修時、それまで付いていた入母屋造の屋根大棟の両側についていた鬼瓦:

龍潭寺本堂修復記念瓦

本堂奥には次郎法師こと井伊直虎公他、井伊家歴代の墓所や井伊家を支えた重臣らの墓所があった。

龍潭寺をあとにして井伊谷城跡へ向かう前に、ちょっと小腹が空いたので寺の脇にあったおみやげ屋で「出世だんご」(100円)を食べてきた。焼きたてだったので暖かく、浜納豆がトッピングされて美味しかった:

みたらし団子(100円)

こちらが現在の井伊谷城跡。標高は約115m:

井伊谷城跡

登城口には「出世法師・直虎ちゃん」なるキャラクターが残っていた:

出世法師・直虎ちゃんの注意書き

他にも至ることころで次郎法師さんにであった。ドラマは終わったけど、地元はまだまだ盛り上がっているようだ:

ガーデンと次郎法師

登城口から15分ほどスローブ状の坂を登っていくと城跡に到着する。戦国時代初期の城であるので、遺構はそれほど残ってはいなかった。まぁ期待もしてなかったが :P

井伊谷城跡

しかしながら城跡からの眺望は悪くはなかった。こちらは大手口跡から井伊谷の眺め。この先に浜松がある:

大手口の手前から井伊谷の眺め(拡大版)

最後に、地域遺産センターなるところで開催されていた大河ドラマのメモリアル展示。出演者のサインやドラマのポスターがあった:

「おんな城主・直虎」のメモリアル展示(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also井伊谷城攻め (フォト集)
See Also龍潭寺と井伊家墓所と小野但馬守供養塔 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 正確には静岡県浜松市北区引佐(いなさ)町井伊谷。
b. 寒い城跡でコンビニおにぎり☓3個。
c. ビールでホロ酔いしたのもあるが。