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うな重、うな丼、肝焼き、うまき、鰻茶漬け、うなぎのせいろ蒸し

うなぎ八百徳 − Unagi YAOTOKU.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の秋に一泊二日で静岡県の城攻めへ。初日は大雨の中、ちょっと忙しくて、まずは同じ年の夏に静岡市内にある山城を攻めた際、訪問し忘れていたとある戦国武将の菩提寺に立ち寄ってから、藤枝市にある駿州田中城跡、そして最後は榛原郡(はいばらぐん)吉田町へ移動して遠州小山城跡へ。それぞれ、それなりに見所があって良かったのだが、けっこう徒歩の時間が長くて大雨には難儀した :$

ということで藤枝駅から宿泊先がある浜松までJR東海道本線で一時間ほどかけて移動して、到着したのが午後7時前。夕食時間には丁度よかったので、駅南側にある浜松餃子として有名な「むつぎく」へ直行てみたら予想以上の行列だった :O。そのまま店の前を通ってみたけど、どうやら1時間以上は待たないと入れなさそうな雰囲気だったので諦めて駅北側にある宿泊先にチェックインした。で宿泊先オススメの食べ処・飲み処のチラシを眺めながら、最初は餃子に拘ってみたけど周辺には「むつぎく」みたいな地元店ではなくチェーン店ばかりだったので鰻料理に変更。ちょうど徒歩で行けるお店が駅前の広小路沿いにあったので行って来た:

うなぎ八百徳

創業は明治時代のうなぎ八百徳。連休中日(日曜日)の夜7半過ぎ、お座敷は一杯だったけど小さいテーブル席が空いていたので通してもらった。

まずは生ビール。雨の中を歩きまわったので身体をリラックスさせた。あと夕食時間なので口取りが二品つく:

生ビール(600円)と口取り(300円)

この日の口取りはワカサギの南蛮漬けと鱈子の煮物。ビールに合うツマミで美味しくいただけた:

冷たいグラスビールとオリジナル・コースター

そしてメインが出てくる前に気になって注文してしまったのがきも焼き:

きも焼き(620円)

うなぎの肝を10匹分串に刺し、タレ焼きしたもので、案の定、匂いがたまらなかった :D

少し焼き過ぎが良い肝

そしてビールとツマミでちょっとお腹が膨らんできたかなぁと行った頃に、メインの上うな重が登場。海の幸(もずく酢)と香の物、そして肝吸いが付いていた:

上うな重(3,100円)

お重の蓋をめくって、鰻が焼きあがった照り具合を見ると、どんなにお腹が一杯でもソソる感じが一気に放出される感じがする :D。鰻は年々減少し、仕入れ値も当然ながら年々高騰する、この時代に贅沢過ぎる料理ではある。三度のタレ付け焼きで味は濃厚、鰻の表面はカリッと中はふっくら。

しかし、そんな幸せを噛み締めつつ頂くことにした:

この照り感がたまらないうな重

この時期でも十分に脂が載っていて、それでいてシツコクないのは浜松鰻の特徴だろうか:

目で楽しんで、鼻で楽しんで、舌で楽しむ贅沢な料理

鰻と米の間に、肉汁と脂と焦げがタレによって三位一体となって口の中に入ってくる。城攻めした体を癒やしてくれ、さらに明日の城攻めのエネルギーを補給することができて良かった )"

ホント、行列に並んでまでして餃子を食べなくて良かった〜 :X。これはこれで正解だった。

ということで大雨で始まった今回の城攻めは最後は美味しい鰻で大満足して、なんとか明日も頑張ろう的な気分に復帰することができた。そんなお店は、実は現在でも浜松へ来たらちょくちょく利用している。というのも、ここのウリは「お櫃うなぎ茶漬け」であることを店を出るときに知った。これは贅沢品と分かっても堪能しないといけないなぁ感が強くなって、これ以降は二度三度と茶漬けを満喫している次第。

もう個人的に浜松餃子は選択肢には無い:D[a]宇都宮餃子にも痛い目見ている。とことん餃子とは縁が無い。と思ったが福島餃子は美味かった。

うなぎ八百徳 本店
静岡県浜松市中区板屋町655


ここからはオマケ。初日は天気が悪かったので写真も曇り空ばかりだけど。

まずは丸子路(まりこじ)の案内板。東海道五十三次の20番目の宿場であった丸子(鞠子)周辺にはいろいろと散策できる旧跡が残っていた。静岡駅前からバスで30分くらい:

「丸子路・歴史とロマン」の案内板(拡大版)

こちらが、この城攻めに合わせて訪問してきた誓願寺。ここには江戸初期、大坂冬の陣のキッカケにされた方広寺大仏鐘銘事件の弁明のため、ここ誓願寺に滞在した豊臣方の片桐且元夫妻の墓所がある:

大鑪山・誓願寺の山門

こちらは藤枝市にある田中城下屋敷に復元されていた庭園(泉水)。田中城の城主の御殿にあったとされるものをイメージしているらしい:

下屋敷内に復元された庭園(拡大版)

こちらは宅地化の波に完全に埋もれていた田中城の遺構の一つで三日月堀跡。しかしながら、こうなってしまっては、どこがどう三日月なのかさえ分からない有り様だった:

田中城三日月堀(馬出曲輪)跡

ちなみに、ここ田中城は徳川家康のお気に入りの城であった他に、大坂夏の陣に勝利して駿府へ戻る途中に訪れた際に鯛の天ぷらを食べて腹痛を起こし、その後に没したと云うエピソードでも有名である。

こちらは小山城跡(能満寺山公園)の能満寺にある国指定天然記念物のソテツ:

能満寺境内にあるソテツ

日本三大ソテツ[b]他の二つは、同じ静岡県の龍華寺、そして大阪府にある妙国寺。の一つと云われる代表的な巨樹。高さ約6m、根本の周囲約5m、五本の大枝に分かれ最も太い枝は周囲約2mにのぼり、東西約8m、南北約11mで、約50㎡の面積に広がっている雄株なのだとか:

天然記念物・能満寺のソテツ(拡大版)

能満寺の言い伝えによると、平安時代の陰陽学者・安倍晴明が中国から持ち帰って植えたものと云われ、徳川家康の所望により一時、駿府城に移植されたが、能満寺へ帰りたいと夜な夜な泣いたので哀れに思った家康が再び、ここ能満寺に戻したと云う:

天然記念物・能満寺のソテツ(拡大版)

能満寺脇にある城へ向かう石段(通称は男坂):

小山城へ向かう登城道

この上には虚空蔵堂と云うお堂があり、大日如来像が安置されている:

大日如来の祠

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also片桐且元公墓所と誓願寺 (フォト集)
See Also駿河田中城攻め (フォト集)
See Also遠江小山城攻めと能満寺 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 宇都宮餃子にも痛い目見ている。とことん餃子とは縁が無い。と思ったが福島餃子は美味かった。
b. 他の二つは、同じ静岡県の龍華寺、そして大阪府にある妙国寺。

うなぎ料理 若松屋 − An Eel Steamed in a Bamboo Steamer at YANAGAWA.

今となっては一昨々年(さきおととし)は、平成27(2015)年の夏休み明けに広島まで出張があったのに合わせて九州は福岡県にある城攻めと立花宗茂公ゆかりの地を巡ってきた。
午前中の太宰府市は生憎の天候であったが、午後に柳川市へ移動した頃には、すっかり雨は止んでくれてよかった。遺構が殆ど残っていなかった柳川城攻めは正直なところ物足りなかったけど、ほぼ徒歩での行程だったので、午後のエネルギーを補給するため、お昼は行列覚悟で柳川名物の鰻を食べることにした ;)

柳川城跡である中学校・高校の立ち入りは不可なので、その周囲をぐるりと一周してから御花(おはな)の前を通り、事前に調べておいた鰻屋がある水路沿いの場所へ向かった。そこには同じように老舗な鰻屋が軒を連ねていて、美味しそうな鰻の匂いが辺りに漂っていた :D
目的地の若松屋豚一家も完食していた安政年間創業の老舗の鰻屋で、柳川の郷土料理の一つである「鰻の蒸籠(せいろ)蒸し」が食べられる。が、しかしお店の前は予想以上の行列でごった返していて、見たところ1時間くらいは待たなければ入れそうもなかったが、ここまで来て諦めるわけにはいかないので待つことにした :|

若松屋

若松屋

それでも30分くらい辛抱強く待っていたら、二階にあるテーブル席に案内してもらえた。

席に着くやいなや、待っている時にメニューを見て既に決めていた「上鰻せいろ蒸し」(2,625円/当時)を注文。さらに出てくるまでに時間がかかるとのことで、待っている間はビール(560円/当時)で時間をつぶした。

そして、遂に待つこと15分ほど。出てきたせいろ蒸しが、こちら:

上鰻せいろ蒸し+肝吸い+香の物(2,625円)

お櫃の蓋をとると、こんな感じ。と、その瞬間に鰻とタレの絶妙な匂いが空腹をさらに刺激する:

上鰻せいろ蒸し

「焼きあがった鰻を、甘辛いタレを絡めた御飯の上にのせて蒸籠ごと蒸す」と云う若松屋が代々受け継いだ秘伝のタレと製法で造られた一品。この界隈に軒を並べる20軒を越える鰻屋が腕を競い合っていると云う。

鰻の上の錦糸卵が一際目を引いた:

錦糸卵が乗ったせいろ蒸し

危うくヤケドしそうなほど熱かったが、味はもちろんのこと、この時期でも脂がのって、湯気が出る鰻は、ハフハフと美味しかった:

味はもちろん、香りがとてもよかった

ホント、諦めずに行列してよかった 8)

若松屋
福岡県柳川市沖端町26番地


ここからはオマケ。

若松屋などの鰻屋が立ち並ぶ目の前に堀があって鴨にお目にかかれた:

堀と鴨

そして、今回の城攻めでは時間の都合で乗れなかったけど、傍から眺めているとやっぱり面白そうなお掘りめぐり(川下り):

お掘りめぐり

柳川市内2km四方に総延長60kmにも及ぶ掘割に敷かれた水路を、船頭が漕ぐ「どんこ舟」で巡る:

お掘りめぐり

お掘りめぐり

内堀に相当する水路には、往時に造られた水門が残っており、そこをくぐるのもお堀めぐりの醍醐味のようだ:

水門をくぐる「どんこ舟」

水門をくぐる「どんこ舟」

お掘りめぐり

「水のまち」柳川市は干拓地における米の栽培も地場産業の一つ。当時は夏真っ盛りで、すくすくと稲が育っていた:

田んぼの稲(拡大版)

こちらは若松屋で鰻を食べたあとに寄った柳川藩主・立花家別邸の御花(おはな)にある日本庭園の「松濤園(しょうとうえん)」:

大広間と松濤園(拡大版)

大広間に面して設けられた庭園は、黒松に囲まれた華やかな池庭。生憎の空だけれど、やはり落ち着く:

黒松に囲まれた松濤園(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also柳川城攻め (フォト集)
See Also立花史料館と御花 (フォト集)

うなぎ八百徳 − Unagi YAOTOKU(TAKE3).

先週末は平成30(2018)年2月初めに静岡県浜松市で城攻めしてきた。その日は、先月末の大雪の名残が未だに残る関東地方とは異なり、それなりに暖かいだろうなんて期待して行ってみたら関東よりも寒かった:O。今回は昨年の大河ドラマの舞台ともなった井伊谷[a]正確には静岡県浜松市北区引佐(いなさ)町井伊谷。にある城と井伊家の墓所を巡ってきたのだけれど、特に小高い山の上にある城跡は、風は強いわ冷たいわでとても難儀した。おまけに人は自分ひとりしか居なかったし。
そんなこともあって、攻める処を攻めて見る処を見たら、早々に浜松市へ戻ってきた。このまま帰ると夕食時間になってしまいそうなので、ちょっと中途半端だけど夕飯を浜松駅周辺で食べることにした。

昨年も何度か浜松市周辺の城攻めや古戦場巡りをしたが、その度に浜松餃子の有名店へ行っては、長蛇の行列を見て諦めていたけど、この日は迷うことなくいつもの鰻屋へ。下車したバスターミナルからも近かったし :D

今回も広小路沿いにある「うなぎ八百徳」本店へ

まだ15時ちょっと過ぎということもありお客はまばら。一応はお昼は既にとっていた[b]寒い城跡でコンビニおにぎり☓3個。がお腹ペコペコだったので、メニューを見ることなく昨年とまったく同じものを注文した。まずは生ビール(600円):

生ビール(600円)

ちょっと遅れて、焦げたタレが食欲をソソる「きも焼き」(620円)をつまみながら、寒い中での城攻めを振り返ってみたり、帰りの新幹線の時刻を確認したり:

きも焼き(620円)

そうこうしている間に「うな茶」(3050円)が登場。数切れ残った「きも焼き」を脇に置いて、早速いただくことに:

今回も「うな茶」(3050円)

お櫃の蓋を開けると、タレの焦げた匂いが俺の鼻を刺激した:D

お櫃に盛られた浜松産の鰻

偶然ではあるのだけれど、この前日にネットのニュースで「絶滅危惧種の鰻」とか「絶望的不漁の鰻」なんて記事や論評を読んで鰻を食べるのを自粛した方がよいかどうか考える時が遂に来たかと思っていたが、目の前に鰻が出てくると、やっぱり食べてしまうのは罪かなぁと思った :$。でも、ここ浜松はそんな切羽詰まった空気感はなかったけどなぁ。

食べ方も去年と一緒。一杯目はそのまま「うな丼」風に:

まずは「うな丼」風にそのまま頂く

二杯目以降は出汁をかけてお茶漬け風で:

ネギがいい味出していた

意外とお腹一杯になる

食べる前までは絶滅危惧種の鰻についてあれこれ思い浮かんだけど、なんだかんだ食べているうちにすっかり忘れてしまった[c]ビールでホロ酔いしたのもあるが。。これからは家で食べるのは我慢して、名産地に行った時だけ食べることにしようと思う0:)

うなぎ八百徳 本店
静岡県浜松市中区板屋町655


ここからはオマケ。

この日は9:30amに浜松駅に到着。駅北口にあるバスターミナルから奥山行きの遠州バスに乗った。こちらがバスターミナル:

JR浜松駅北口のバスターミナルから

ここから1時間ほどのところにある「井伊谷」(いいのや)と云う停留所で下車し、その周辺にある井伊家ゆかりの遺構(跡)を巡りつつ、井伊家菩提寺である龍潭寺(りょうたんじ)へ。

一応、昨年は平成29(2017)年には大河ドラマ「おんな城主・直虎」に合わせて、ここ浜松やその周辺まで足を運んで直虎弁当なんかを食べたり、残念ながら雨のために井伊谷まで来れなかったが思い出があるので、やっと達成できてなんだか感慨深い 8)

ということで、こちらは井伊谷川沿いから眺めた井伊谷宮。この日は青空が広がっていたが、とにかく寒かった:O

井伊谷宮と井伊谷川(拡大版)

井伊谷宮を過ぎたところに龍潭寺があるのだけれど、昨年の大河ドラマの主人公・次郎法師こと井伊直虎の墓所があるということで、予想はしていたけどさすがに大勢の観光客が来ていた:

龍潭寺

こちらは山門。境内にある東門の次に古い江戸時代前期に再建された本瓦葺きの四脚門:

明暦2(1656)年に再建された山門(総門)

こちらが境内でもっとも古い約400年前に建てられた東門(旧鐘楼堂):

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東門(旧鐘楼堂)

そして本堂。江戸時代の延宝4(1676)年に再建されたもの。屋根の棟には井伊家の家紋が付いていた:

延宝4(1676)年に再建された本堂(拡大版)

これは本堂の修復記念瓦。大正10(1921)年の本堂改修時、それまで付いていた入母屋造の屋根大棟の両側についていた鬼瓦:

龍潭寺本堂修復記念瓦

本堂奥には次郎法師こと井伊直虎公他、井伊家歴代の墓所や井伊家を支えた重臣らの墓所があった。

龍潭寺をあとにして井伊谷城跡へ向かう前に、ちょっと小腹が空いたので寺の脇にあったおみやげ屋で「出世だんご」(100円)を食べてきた。焼きたてだったので暖かく、浜納豆がトッピングされて美味しかった:

みたらし団子(100円)

こちらが現在の井伊谷城跡。標高は約115m:

井伊谷城跡

登城口には「出世法師・直虎ちゃん」なるキャラクターが残っていた:

出世法師・直虎ちゃんの注意書き

他にも至ることころで次郎法師さんにであった。ドラマは終わったけど、地元はまだまだ盛り上がっているようだ:

ガーデンと次郎法師

登城口から15分ほどスローブ状の坂を登っていくと城跡に到着する。戦国時代初期の城であるので、遺構はそれほど残ってはいなかった。まぁ期待もしてなかったが :P

井伊谷城跡

しかしながら城跡からの眺望は悪くはなかった。こちらは大手口跡から井伊谷の眺め。この先に浜松がある:

大手口の手前から井伊谷の眺め(拡大版)

最後に、地域遺産センターなるところで開催されていた大河ドラマのメモリアル展示。出演者のサインやドラマのポスターがあった:

「おんな城主・直虎」のメモリアル展示(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also井伊谷城攻め (フォト集)
See Also龍潭寺と井伊家墓所と小野但馬守供養塔 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 正確には静岡県浜松市北区引佐(いなさ)町井伊谷。
b. 寒い城跡でコンビニおにぎり☓3個。
c. ビールでホロ酔いしたのもあるが。

赤羽 川栄 − A Unagi Restaurant With A 69-Years History.

一昨年は平成27(2015)年5月、季節外れの暑さの中を都内にかって存在していたと云われる城跡[a]ほとんどと言っていい程、遺構は無い。として稲付城跡と道灌山をそれぞれ攻めてきた。前者は北区赤羽、後者は荒川区西日暮里にあり、共に駅に降りたのはこの時が初めてであったと記憶している。

午前中に赤羽西口の静勝寺(稲付城跡)へ行ったあと、午後から西日暮里へ移動する予定で、その間に腹ごなしをしようと、大分前にT.V「孤独のグルメ」(Season3の第一話)を観て気になっていた赤羽東口近くの鰻屋へ。巷の情報だと休日はかなり混むと云うことで、開店時間直前に店へ移動できるように事前に時間と経路を確認しておいた[b]実のところ、この店の鰻を食べるために静勝寺(稲付城跡)を選択したと言っても過言ではない:X。稲付城攻めが意外と早く切り上げることができたので、赤羽公園など駅周辺をぶらぶらして、やや遠回りに店に行ってみると既に行列だった:0。で、川栄の店員さんが行列しているお客に待ち時間を伝えていたので、聞いてみると、既に店内の第一陣は一杯で、第二陣としてなら40〜60分待ちとのこと :|。せっかく来たので、ここは携帯の番号を伝えて待つことにした。そういう訳で川栄がある商店街やJR赤羽駅周辺を「井之頭五郎」のように、うろうろして時間をつぶした。そうこうしている間に携帯に連絡が入り、再び店へ戻った。こちらが川栄のお店先:

赤羽 川栄は商店街の一角にあった

通された席はT.Vでは石倉三郎(中年男性客役)さんが座っていた席の隣だった。

まずは中生ビールを注文し、五郎同様の注文をしようとしたら、第一陣のお客で「ほろほろ鳥」の殆どが売り切れとのこと。せっかくビールと串物でいこうとおもっていたんだけど ;(。残念:

生ビール(550円)とお通しの鴨の燻製

それでも食べたことがない「ほろほろ鳥」に未練があったので(仕方なく二人前だけの)合わせ盛を注文し、最後に五郎同様のうな丼で〆ることにした。

こちらが「ほろほろ鳥」の刺し身とたたきが一皿に載った合わせ盛の二人前(2400円):

ほろほろ鳥の合わせ盛り(2400円)

うなぎ・鳥料理の赤羽 川栄

あまりの豪華さに、鳥の部位の説明を聞き落としてしまったけど、にんにくと生姜とごま油、そして生姜じょうゆで頂いた。この鳥肉は痛むのが早いそうで、テーブルに出して30分以内に食べ終わって下さいと云われてしまった:0

ほろほろ鶏を薬味でいただく

ごま油で食べる鶏肉の鶏肉の刺し身や、生姜じょうゆで食べる鶏肉のたたきは絶品だった。T.Vで観たよりは脂こくはなかった。

そしてうな丼(1900円)。こちらは細身ながら身がしまり脂がのって、店自慢のそれほど濃くないたれが美味しかった。五郎も曰く「これで十分なんですよ。」:

五郎も食べたうな丼(1200円)

赤羽 川栄
東京都北区赤羽1-19-16


ここからはおまけ。

こちらは稲付城跡に建っている静勝寺で見かけた警告板。何のことを言っているのか分からなかったので、あとで「補助86」をキーワードで探してみると都市開発の一環で道路の拡張にまつわるものらしい。初めて赤羽に行ったけど、意外と古い下町っぽい町並みが広がっていたので驚いた。下町は道路の拡張で潰されていく感じがして寂しいものだ[c]車主導ってのが嫌なのが都市開発ってものか。

静勝寺で見かけた警告板

川栄でお昼を済ませ、JR赤羽駅から東北本線でJR西日暮里駅へ。道灌山跡にある西日暮里公園と諏訪神社を経由してお隣のjR日暮里駅まで散策することにした。

こちらは諏訪神社が建つ諏訪台下にはJR東日本の各線が走っていた。山手線、東北本線、常磐線、東北・上越新幹線、さらには京成本線もある。
こちらは東北新幹線のE5系:

E5系新幹線

こちらは秋田新幹線(東北新幹線区間での運用もあってミニ新幹線とも)のE6系:

E6系新幹線

そしてE5+E6系の連結状態:

E5+E6連結状態

JR東日本の向こう側には気になるオブジェが。スポーツクラブNAS西日暮里のビルらしい:

ビルがクライミングウォールになっていた

さらに日暮里方面へ向かって行くと、往時の寺町を偲ばせるように寺院が立ち並んでいた。
例えば元和6(1620)年創建の養福寺仁王門:

養福寺

明暦元(1655)創建の年経王寺(きょうおうじ)山門:

経王寺

ということで、この時のフォト集はこちら:
See Also稲付城攻め (フォト集)
See Also道灌山攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. ほとんどと言っていい程、遺構は無い。
b. 実のところ、この店の鰻を食べるために静勝寺(稲付城跡)を選択したと言っても過言ではない:X
c. 車主導ってのが嫌なのが都市開発ってものか。

うなぎ乃甚八 − A kakegawa eel.

一昨年は平成27(2015)年のGWに「自身初」の静岡県掛川市にある城をいくつか攻めてきた。初日は早朝の新幹線に乗ってJR掛川駅に着いたのが8:15am。そこから午前中たっぷり使って掛川城を攻めてきた。

午後はJR掛川駅前から、しずてつジャストラインバスの掛川大東浜岡線・入山瀬経由・大東支所行に乗った先にある高天神城跡を攻める予定で、お昼を駅近くで摂ろうと事前に調査したところ、大人気の鰻屋があるようで開店11:00前には行列の先頭くらいに並べるような時間に掛川城公園をあとにした:)

で、ちょっとお店まで行くのに寄り道をしていたら開店前直前になってしまい、既にお店の前には15人前後の行列ができていたが殆どが複数人のグループで、カウンター席狙いの独り者は自分の他に2〜3名くらいだったと記憶している 0:):

うなぎ乃甚八

そういうこともあり、一周目で入店することができた。案の定、カウンターの一番端に通された。注文したのは、店オススメの二段重(当時3,700円)。注文を聞いて焼きが始まるので、これから30分ほど待つことになる。

そして出てきたのがコレ。鰻は二人前。重箱の御飯の中に一人前が埋められ、さらに重箱の屋根皿に一人前があって二段と云うらしい:

二段重(3700円)

さらに肝吸い、香の物、サラダ、ボーンフライ(骨を油で揚げたもの)、そして肝焼きが付いているという豪華さ 8)

蓋を開けて鰻が隠れている御飯の上に、焼き立てのうなぎを皿から載せて食べる。脂が載っていて、鼻と口で堪能してきた。継ぎ足しで作っている鰻のタレが、これまた絶妙で味の奥深さを感じることができて大満足だった。香の物(サラダと漬物)があるおかげで飽きること無く一気に食べることが出来た:

美味しくて手が震えてしまった

付け合せも豪華

で、もちろん食前と食後は静岡茶で ;)。この日は、自分が店を出た時点で「閉店」の札がかかっていた。

うなぎ乃甚八
静岡県掛川市肴町7-12


ここからはおまけ。

こちらはJR掛川駅北口。JR東海の東海道本線と東海道新幹線、そして天竜浜名湖鉄道の天竜浜名湖線が乗り入れている。新幹線に乗る場合は左手の地下通路から南口方面へ移動する。また天竜浜名湖線とバスターミナルは右手奥にある:

JR掛川駅北口

北口ターミナルにある二宮金次郎の像:

二宮金次郎の像

当時は子供の日でもあったので掛川城本丸には鯉幟が泳いでいた:

掛川城天守閣と鯉幟

140年ぶりに木造で復元された掛川城天守閣(モノクロ調):

掛川城の天守閣

ということで、この時のフォト集はこちら:
See Also掛川城攻め (フォト集)