蕎麦・うどん」タグアーカイブ

日本の蕎麦、日本のうどん

手打麺処・寿限無茶屋 − A Hand-Kneaded Noodle at the Traditional Architectures.

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは『桶狭間古戦場』を巡るため三泊四日の日程で愛知県へ。初日は炎天下[a]同じ時期に台風が日本列島を縦断する予報があったので、どうなるものかとハラハラしたが、旅行の大部分はフェーン現象の煽りを受けてとにかく大変な暑さだった 😥 。の中を主に織田勢の砦跡などを巡ってきたが、二日目はこちらも酷暑の中を今川勢に関係のある史蹟や城跡を巡ってきた。

この日の午前中は、宿泊先の三河安城(みかわあんじょう)を朝8時前に出て刈谷(かりや)と知立(ちりゅう)を経由し名鉄の中京競馬場前まで移動。この駅の近くにある桶狭間古戦場伝説地からスタートして、今川義元の本陣跡や桶狭間古戦場公園、信長による義元の首実検が行われた長福寺、信長が嵐の中を桶狭間山へ向かって駆け上ったとされる「信長坂」、そして今川勢の先陣が陣をおいたとされる高根山などを3時間近くかけて[b]涼を取るために無人のコインランドリーや巨大なホームセンターなどに立ち寄ったり、コンビニで水分補給するなどの時間を含む。ホント、外に立っているだけで暑さにヤラれる大変な天気だった。や徒歩で巡ってきた。

お昼は、有松の伝統的な町屋建築が残る旧東海道沿いにあった手打ちうどん屋で頂くことにした:

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手打麺処・寿限無茶屋

この味わいあるとおりには残念ながらお食事処が少なかったこともあって、昼時を外して行ったもののほぼ満席。オマケに店員が少なくて新規の注文や片付けができていない「てんやわんや」状態だった。自分も店に入ってから席が片付けられるまで10分ほど待つ羽目に :$

席についてもなかなか注文をとりにきてくれず、自分も午前中は予想外の暑さのため休憩を多くとったため、ちょっと予定より時間が押していたため諦めて店を出ようかと云う思いがよぎったが、ここで何か食べておかないと午後の城攻めに響くような気がしたので我慢して待つことにした。幸いにも向かいに座っていた年配の方(地元の人)が話し相手になってくれたので大分気を紛らわすことができたが :)

そして20分ぐらい待ったあとに、このお店のオススメ「梅おろし」(860円)が出てきた:

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この店オリジナルの梅おろし(860円)

なにやら三年間、自家製の完熟梅を蔵で熟成させたソースがかかった冷やしうどんだそうで。他に紫蘇、天カス、胡瓜がのっていた。午後も歩きづくめを考えたら丼物を考えたけど、ちょっと夏バテが入っていたので選択したのが、店オリジナルのひと品。

うどんはコシ強く、ちょっとキツ目の酸味の効いたタレが絶妙。胡瓜と梅の組み合わせにより午前中の暑さから解放され、午後の暑さにもバテること無く城攻めすることができた。大盛りにはしなかったけど腹持ちしたし、大変に素晴らしいうどん。これは予想外でちょっと感動した 8)

手打麺処・寿限無茶屋(じゅげむぢゃや)
愛知県名古屋市緑区有松2339


ここからはオマケ。

こちらは名鉄・中京競馬場前駅・南口のホーム脇に建っていた「よろいかけの松旧地」の碑。信長が桶狭間の戦いに勝利して凱旋途中、休憩のため鎧をかけたとされる松があったと云う。大正時代まで立っていたそうだが現在は石碑のみ:

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「よろいかけの松旧地」の碑

こちらは駅ちかくにある「桶狭間古戦場伝説地」に建つ石碑。ここには、この他にも義元の墓や七石表なる石碑群、さらに桶狭間の戦いに関する説明板があった:

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「桶狭間古戦場址」の碑

ここは愛知県豊明市が管理しているが、実はもう一つ同じ桶狭間古戦場として、あとで行くことになる名古屋市が管理する桶狭間古戦場公園が離れたところにある。

実際のところ、現存する古戦場跡はすべて「伝承地」であり、古文書に記載されている遺構が複数あるそうで、どれが本物であるかは確認できないとのこと。

そして伝説地と通りを挟んだところにある古刹・高徳院の境内には「今川義元公本陣跡」の碑が建っていた:

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「今川義元公本陣跡」の碑

この他、墓所脇には今川勢の先鋒・松井宗信の墓もあった。

高徳院を出て、炎天下を徒歩20分くらいかけて桶狭間古戦場公園へ向かった。途中、義元本陣跡に立ち寄ったが、この時点で体の沸点が限界に近づきつつあったので、公園近くの DCM Kahma 桶狭間店 なる巨大なホームセンターに立ち寄って、しばしの涼をとった :O。この後も、クーラーがかかったこのお店には何度か足を運ぶことになり大変ありがたかった。でも何度もぶらぶらしているのもなんなんで、最後は汗拭いにタオルを購入したっけ。

こちらは公園内に建っていた織田信長と今川義元の銅像:

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「織田信長公」像

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「今川義元公」像

義元公の墓碑:

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「今川義元の墓」碑

公園を出て南にある「大池」と云う貯水池前を通って長福寺[c]桶狭間の戦いの後、信長が境内で義元やその武将の首検証をしたとされる。にも足を運んだ:

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大池(拡大版)

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マガモたち

この後は、あまりの暑さで桶狭間神明社という神社に立ち寄るのをうっかり忘れてしまったが、さらに井伊直盛陣地跡、七ツ塚を経由して武路釜ケ谷・信長坂へ移動した。これがまた大学の敷地内にあったため、暑い中をぐるりと回り込んで大学の正門へ移動する羽目に。お盆休み中とあって構内はひっそりとしていたが、なんとか[d]結果的には無断で立ち入ることになったが、なぜ大学の敷地を通らないと史跡にいけないのだろうか。辿り着いた:

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豪雨の中を駆け上った信長坂(拡大版)

そして、お昼を摂った寿限無茶屋周辺は旧東海道にあたり、江戸時代には尾張藩の奨励で有松町屋が造られたとされる伝統的な場所。とういことで有形文化財に指定された豪壮な町屋の一部が残されていた:

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旧東海道有松の町屋街跡

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旧東海道有松の町屋街跡

服部良也邸土蔵(愛知県指定文化財・都市景観重要建築物指定)。この家は寛政2(1790)年創業の絞問屋(しぼりどんや)。有松・鳴海を中心として作られた手ぬぐいなどの絞り染めの名産地である:

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服部良也邸土蔵

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服部良也邸土蔵

同じく有松絞りの井桁屋(服部家住宅)。屋根瓦が豪壮な造りになっているが、これは火災に備えて漆喰による塗籠造で萱葺(わらぶ)き屋根を瓦葺きにしたもの:

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独特の瓦葺き

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服部邸の大屋敷

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井桁屋(都市景観重要建築物指定)

最後は山与遊歩道。名鉄・有松駅と旧東海道を結ぶ遊歩道。平成の時代につくられた。「山与」はここにあった絞問屋が由来だとか。右奥に見える建物が有松駅:

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山与遊歩道

この時のフォト集はこちら:

See Also桶狭間古戦場(今川勢他)巡り (フォト集)

参照   [ + ]

a. 同じ時期に台風が日本列島を縦断する予報があったので、どうなるものかとハラハラしたが、旅行の大部分はフェーン現象の煽りを受けてとにかく大変な暑さだった 😥 。
b. 涼を取るために無人のコインランドリーや巨大なホームセンターなどに立ち寄ったり、コンビニで水分補給するなどの時間を含む。ホント、外に立っているだけで暑さにヤラれる大変な天気だった。
c. 桶狭間の戦いの後、信長が境内で義元やその武将の首検証をしたとされる。
d. 結果的には無断で立ち入ることになったが、なぜ大学の敷地を通らないと史跡にいけないのだろうか。

うどん・そば処 勢川本店 − Another TOYOHASHI Local Curry-Udon.

我が人生で初の「国民の祝日」10連休の中、遂に新しい令和の時代が始まった今月は令和元(2019)年5月初めに、GW恒例の城攻め第二弾として一泊二日の日程で愛知県と静岡県へ。
福島県での城攻め旧跡巡りした第一弾とは打って変わって青空が広がる晴天で、梅雨はこれからと云う晩春とは思えない暑さの中を今回も例にもれず歩きに歩いてきた。

初日は四年前に愛知県の長篠城跡を攻めた際に時間の都合で一部しか行けなかった武田軍の砦跡を巡ってきた。この日は早起きして、まずは新幹線で愛知県は豊橋へ移動、それからJR飯田線に乗り換えて新城市へ。ここからは四年前で歩いたルートを辿りながら鳶ヶ巣山(とびがすやま)砦や武田勝頼が本陣を置いたとされる医王寺山本陣跡を巡ってきた。

そして宿のある豊橋へ戻り次の日に予定していた山城攻めの準備をしたあと、夕食としてこれまた四年前に初めて食べた豊橋カレーうどんのお店の一つである勢川本店へ:

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宿泊先から徒歩3分のところにあった「勢川」

宿泊先の裏にあるお店に着いたのが18:00ちょっと前だったけど既に店内は満席で、店の前に一組の家族連れが並んでいた。

豊橋市でも100年の歴史を持つ老舗の店である勢川は、東三河にはここ本店の他に10軒ほど(当時)のグループ店があるのだとか:

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勢川本店

面白いのが「うどん」と「蕎麦」の両方を食べれるところ。この場所がちょうど西と東の中間あたりにあるからだろうか :D:

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入口脇のショーウィンドウ

10分程待たされて、中へ通されたお店はかなり混んでいたため、自分は大きなテーブルで他の家族れと相席となった。

まずは生ビール(450円)。結局、この日は晴天の中、4時間半近くかけて10㎞を登り降りしてきた[a]高度(標高)は最高で148m、最低で69m。

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中瓶とお通しは漬物セット(450円)

そして、もちろん注文したのは豊橋カレーうどん(820円)。しかしながら、ここからが長かった〜:O。ビールを飲み始めてから30分近くたっても料理がでてこなかった。危うくビールをもう一本注文してしまうところだったよ。流石に史上初の10連休だ。

四年前に食べた時と同様に、料理を待っている合間に読んだのがこのガイド:

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カレーうどん+カレーライス!!

そして相席していたお隣の家族がいなくなって別の客が通されてきた頃に、やっと勢川本店がイチオシのカレーうどんが登場;

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豊橋カレーうどん(820円)

まずは箸を使ってカレーうどんとして頂く。うどんはコシは強くはないけど「つるつる」とのど越しが良かった。具は、まさに「豚カレー」そのもののでカレーと豚肉の相性良く、嫌な辛さはなかった。ネギと油揚げも良かった:

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カレーうどんを味わう

うどんを食べ終わった状態がこちら。カレーのルウの中から「とろろがのったご飯」が出てきた:

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とろろのかかったご飯

箸から木製のカレースプーンに切り替え、付け合せされた福神漬を絡めて、うずらの卵が入った昔ながらのカレーライスとして頂いた。まさに二度美味しい:

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カレーと搦手二度目の味を楽しむ!

辛いのが大の苦手な自分でもしっかりと完食することができた。辛さはいわゆる「お蕎麦屋さんのカレー」相当。量はそれほどではなかったけど「カレーうどん+カレーライスと」して二度食べたらしっかり満腹になった :)。まぁ、あとで調べたら量も辛さも調整可能とのこと。

ちなみに自分が食べに行った時期に「豊橋カレーうどん」を出してくれるお店は豊橋市界隈で52件もあった。

勢川・本店
愛知県豊橋市松葉町3-88


ここからはオマケ。

まず豊橋駅構内で見かけたオブジェたち。連休中日でGWでもあった、この日の豊橋駅は大勢の人たちで混雑していて切符を購入するにも行列だった :$

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三河國一之宮・砥鹿神社の流鏑馬像

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のんほいパークで本格サーキット!

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豊橋市のマスコット「トヨッキー」

初日の午前中は豊橋まで新幹線で移動し、午後は飯田線に乗り換えて鳥居という無人駅で下車:

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JR飯田線・鳥居駅

それから四年前の城攻めでは行けなかった武田軍の砦跡を巡ってきが、晴天に加えて気温も高く、GW城攻め第一弾の時と寒暖の差がありすぎて少々バテてしまったが、それでも記憶の中に眠っていた四年前の風景を再び眺めることができてなんとも感慨深い気持ちになった :)

こちらは愛知県の一級河川である豊川に架かる牛渕橋(うしぶちばし)の上から遠望した長篠城跡。豊川と宇連川が合流する「渡合(どあい)」という急峻な崖を利用して築かれた攻めるに難く、守るに易い城だった。現在は城跡の中をJR飯田線が通過しており、いかんせん本数が少ないのでレアなケースになるけど、運が良ければこんな感じの通過シーンを見ることができる ;)

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豊川と長篠城跡(拡大版)

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通過するjR飯田線

橋の上から豊川を見下ろすと、こんな感じ:

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豊川の岩礁(拡大版)

牛渕橋を降りて橋のたもとへ降りていく最中に目撃した巨大な筍:

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巨大な筍

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牛渕橋の橋桁あたり(拡大版)

こちらは武田軍の砦へ向かう際に通った農道入口。ここから20分位登った山の中に砦跡があった:

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鳶ヶ巣山入口

それから宇連川を渡って武田軍の陣地跡を巡ってきた。これは、その際に渡った文化橋(ぶんかはし)という一本橋と、その上からの宇連川が創りだした渓谷の眺め:

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豊川に架かる文化橋

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宇連川とその渓谷(拡大版)

長篠城跡の最寄りである長篠城駅は無人駅で、城にちなんで櫓風の駅舎だった:

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JR飯田線・長篠城駅

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長篠城駅

券売機は無いので車内で乗車券を自己申告で購入する必要がある。そのためローカル線ながら他線とは異なり車掌と運転手のペアが必須となる:

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長篠城から豊橋の乗車券

ホームに入ってきたJR東海の313系。こちらはお隣の本長篠駅行きだった:

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313系

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313系

長篠城駅近くの踏切からの眺め:

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JR飯田線

長篠城包囲戦で武田勝頼が本陣を置いたとされる医王寺山あたりは見どころがたくさんあった。
例えば禅寺である医王寺境内には寺所有の民俗史料館があって、昭和初期頃の懐かしい物[b]あまりに古くて捨てるに忍びないようなものばかりだった  :-)、いろいろと面白そうなものが転がって展示されていた :D

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旧田口鉄道の三河大草駅の駅名標

時代物の骨董品たち:

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防火帽

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電話の手動式交換器

よく見るとヴィンテージ級の物が展示されていた:

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Electrola のレコード・プレイヤーなど

医王寺境内の裏にある医王寺山には、なんと往時の雰囲気を残すため物見櫓が復元されていた:

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復元された物見櫓

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物見櫓(拡大版)

医王寺境内脇から10分ほどの登山で物見櫓が復元された勝頼の陣地跡へ行くことが可能であった。そして、ここからの眺めは素晴らしかった:)

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勝頼本陣跡からの眺め(パノラマ)

物見櫓の上から長篠城跡を見下ろすことができるのだが、かなり遠く感じた :|

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物見櫓から長篠城の本丸跡を眺めたところ

この当時の長篠城跡の周辺には翌日から始まる「長篠合戦のぼりまつり」の幟がここそこらに立っており、行き帰りにでも目についた。長篠・設楽原合戦で亡くなった将士らを慰霊するためのものなのだとか:

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色とりどりの幟

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将士慰霊をするためのまつり(拡大版)

荏柄天(えがらてん)神社。ここもまた武田軍の天神山陣地であった:

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荏柄天神社の鳥居

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荏柄天神社の本殿

いかにも古戦場跡って感じがする(?)風景。ただの御休処とは思えない案内板だった:D

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戦場跡の風景!?

そして時は変わって、GW城攻め第二弾の最終日は同じJR飯田線沿線に残る山城を攻めてきた。朝、ホテルをチェックアウトして愛知県豊橋駅から静岡県向市場駅までの片道3時間近く電車に揺られる羽目になったが、天気もよく絶景ありで寝ている暇は全くなかったけど:D

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豊橋 − 向市場の乗車券は片道1,490円(当時)

あまりに長い電車旅だったので、途中、中部天竜駅で時間調整ため小休止することになった。乗客は皆、車両の外に出て風景を撮ったり、トイレ行ったり、談話したりして過ごしていた:

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中部天竜の駅名標

JR東海の213系天竜峡行き。一度は見てみたい渓谷:

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天竜峡行き

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JR東海・飯田線の213系

中部天竜駅のホームより:

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ホームからの眺め

こちらが駅舎。駅舎の外まで出れても文句は云われない完全野放し状態だった :D。ありがたいことですが:

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中部天竜駅の駅舎

そして、ここが目的地の最寄り駅・向市場。ここも無人駅。駅名標が立っていなければ駅とは分からん雰囲気があった :O

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向市場の駅名標

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向市場駅

帰りに電車待ちしていたら地元の猫に遭遇した:

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警戒中のローカル猫

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313系

この向市場駅から徒歩15分ほどのところに登城口となる高根公園駐車場があるが、そこから更に20分ほど急斜面な登山道を登ると高根城跡に到着する。この城跡は数年前の某大河ドラマのロケ地になっていたこともあり、予想外に観光客が来ていた:

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「おんな城主・直虎」のロケ地(拡大版)

標高400mほどの山ではあるけど、なかなかの眺望だった:

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展望エリア

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水窪(みさくぼ)集落の眺望(拡大版)

中世の時代に甲斐武田氏が支配していた城郭の雰囲気を再現していた:

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本丸跡

実際に発掘調査から礎石が見つかった井楼櫓。こちらも復元で、中には入れない:

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復元された井楼櫓

二の曲輪跡へ行くには、少し勇気を出して梯子を上がる必要があるが、そこからの眺めは素晴らしかった:

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二の曲輪跡

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「おんな城主・直虎」のロケ地(拡大版)

二の曲輪から搦手方面の眺め。この下が二重堀切:

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三の曲輪跡

城跡の東側には甲州流築城術の一つ、二重堀切が復元されていた。これも見どころの一つ:

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二重堀切

最後は素晴らしい眺望をパノラマで:

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高根城跡から浜松市天竜区水窪町を囲む山々(パノラマ)

この時のフォト集はこちら:

See Also武田軍・長篠城包囲陣地めぐり (フォト集)
See Also高根城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 高度(標高)は最高で148m、最低で69m。
b. あまりに古くて捨てるに忍びないようなものばかりだった  :-)

手打ちそば 湧水 − One of the well-known Jindaiji Soba.

一昨昨年(さおととし)は平成27(2015)年の暮れに自宅から車で行ける都内の城跡を攻めてきた。でも、その街はどちらかと云うとお蕎麦とか浅草寺に次いで由緒ある仏教寺院とか、あるいは都内唯一の植物園としてでの方が有名かも :O。自分は以前、その街のお隣の街に住んでいたことがあるのだが、今のいままで(当時)行ったことがない観光名所であったので、城攻めのついでに蕎麦屋も仏教寺院も植物園も一気に巡ってきた :D。そういう機会はもう無いかもしれないし :P

車で神代植物公園第二駐車場に着いたのが朝9時過ぎ。駐車料金は最初の1時間まで300円、以降は30分毎に100円だった(当時)。まず午前中は神代水生植物園の中にある深大寺城跡を攻め、お昼を有名なお蕎麦屋さんで少し早めに摂ることにした。おそらく行列なんじゃないかと思ったので :|

深大寺通り沿いにはお蕎麦屋や茶屋が沢山あって、その中で深大寺参道からかなり西へ行ったところにある湧水(ゆうすい)と云う蕎麦屋へ向かった。店に着いたのは午前11時前。

店の脇が駐車場になっていたが、既に満車:

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HPによれば15台駐車できるようだ

この時点で既に行列だった :O

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日曜日の午前11時前で既に行列

自分も行列して15分ほどで店内の座敷へ。大きなテーブルに何人かと一緒だったような記憶がある。

注文したのは上天そばの大盛り(2,200円)と炊き込みご飯(200円):

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上天そば大盛り(2,200円)

大海老+野菜天+椎茸からなる天ぷらは別盛りで、このボリューム。特に野菜天は嬉しい:

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天ぷらは別盛り

こちらはついつい「売れ切れ次第終了」の文句に釣られて注文してしまった山菜の炊き込みご飯+香の物(200円):

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山菜の炊き込みご飯(200円)

文句なしで蕎麦はうまかった :)

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蕎麦そのものが旨かった

あまりにも美味しかったので乾麺一本をお土産に購入したっけ(1,230円)。それ以来、年越し蕎麦は深大寺蕎麦だったりする。普通にスーパーで売られているものでも美味しい。

手打ち・湧水
東京都調布市深大寺元町5-9-1


ここからはオマケ。

こちらは深大寺城跡(写真の真ん中より上側)を含む都立・神代植物公園の案内板。東京都で唯一の植物園らしい:

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都立・神代植物公園の案内板(拡大版)

こちらが深大寺城跡がある水生植物園の入口。城跡へ行くにはこの植物園を経由して行く必要がある:

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水生植物園入口

これは城跡に造られていた「そば畑」。自分が来るより一週間前くらいに植えられていたようだった:

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そば畑

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そば畑

こちらは水生植物園内の遊歩道:

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遊歩道(拡大版)

最後は深大寺城の第三郭跡の一角にあるテニスクラブ。有名なのかどうなのかは不明:

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桜田倶楽部・東京テニスカレッジ

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also深大寺城攻め (フォト集)

そば処 ちくま − This is a Japanese Fast Food.

先月は平成30(2018)年晩秋の三連休を利用して信州上田へ城攻めしてきたが、その最終日は、まずは宿泊先をチェックアウトする前の小一時間を利用して上田城跡公園へ。ここ上田城跡は、前回は4年前に訪れた際に既に攻略済みではあるが、当時見落としていた二の丸跡や南北櫓で展示されている史料(有料)などを改めて観てきた。オマケに、いつも大勢の観光客がいて上手く撮れなかった東虎口櫓門も、早朝はほとんど人が居なかったので良い感じで全景を写真に収めることができた :)。それから公園の目の前にある上田市観光会館売店2Fに展示されていた某大河ドラマの衣装や小道具など、真田幸村公にゆかりのものなんかも拝見してきた。

そして宿泊先をチェックアウトした後は、上田駅から上田電鉄に乗って上田原駅へ。そこから徒歩で、かの武田晴信[a]『甲斐の虎』武田信玄の若い頃。が猛将・村上義清の軍勢と激突して、生涯で数少ない敗け戦の一つとなった[b]おまけに板垣信方と甘利虎泰と云う重臣の二本柱を失う。上田原古戦場を巡ってきた。古戦場とは云っても、現在は石碑が建っているだけだけど、板垣駿河守や村上方の勇将らの墓所にも足を運んだ。

一泊二日の信州上田旅行を終えて帰宅するために上田駅へ戻り、お土産を購入した後、すぐに新幹線に乗るつもりだったけど、お昼を食べていないことに気づいて、駅構内にある蕎麦屋へ。てっきり立ち食いかと思ったら、椅子があるカウンターのお店だった。ということで乗車時間も迫っていた[c]三連休の最終日で混雑必至であろうと、なるべく早めに帰るつもりだった。こともあり、何も考えないまま自販機で一番左上にある食券を選択した。

こちらが「(特上)かき揚げ・山菜・玉子そば」(580円)。要するに「全部のせ」。玉子は温泉卵だったけど、残念ながら割れて黄身が出ていた…:|

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(特上)かき揚げ・山菜・玉子そば(580円)

山菜とかき揚げの食感がよく、汁は塩っぱすぎず、蕎麦は暖かくても伸びておらず、総合的に美味しく頂けた。流石に信州、ファストフードレベルの蕎麦も美味しい。

そば処 ちくま
長野県上田市天神1丁目


ここからはオマケ。

まず改めてコメントするほどのものではないけど、マンホールの蓋にあしらわれた六連銭。そして城下町ならでの町名:

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マンホールの蓋に六連銭

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大手門近くにあった標識

上田城の二の丸堀跡には、その昔は上田交通・真田傍陽線が敷かれていた。現在は欅並木道となっている:

上田城の二の丸橋と二の丸堀跡(拡大版)

こちらが上田城の東虎口櫓門。人が誰も居ない状態で全景を写真に収めることができた。向かって左手が南櫓、中が櫓門、右手が北櫓。櫓門は復元:

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東虎口櫓門(拡大版)

さすがに、この季節の紅葉は趣がある:

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城と紅葉(拡大版)

そして、ご存知「真田石」。但し、石垣そのものは仙石氏時代のもの:

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真田石

廃城後は遊郭に転用されていた北と南の櫓が昭和24(1949)年に復元された。現在は貴重な史料が展示された有料の博物館になっていた:

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北櫓

これは南櫓内に展示されていた甲冑のレプリカ。モデルは真田幸村所用と伝わる当世鉄二枚胴具足:

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鉄二枚胴具足のレプリカ

次は、北櫓内に展示されていた真田幸村公像。大坂夏の陣の際に装備した鹿角兜姿で、これも4年前に巡ってきた大坂夏の陣・真田幸村公ゆかりの地でも見た、三光神社(大阪市天王寺区)に建てられている銅像のミニチュア版らしい:

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真田幸村公像

こちらは上田市観光会館1Fにあった若き日の幸村(信繁)騎馬像で、これと同じものが上田駅のお城口にもある

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真田幸村公像

また、この観光会館の2Fは観光案内所になっていて、二年前(当時)の大河ドラマ「真田丸」の衣装や小道具が展示されていた。

これは真田氏三代のレプリカ甲冑:

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真田氏中興の祖である幸綱(幸隆)、信濃真田家を継いだ三男・昌幸、孫の幸村まで

そしてドラマで使われた品々。中央は赤備甲冑、左手は十文字槍、右手は陣羽織:

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ドラマ「真田丸」で使用された小道具

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十文字槍

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赤備甲冑

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陣羽織

あとドラマに出演した俳優陣のサイン色紙なんかも展示されていた。

この他には、やはり「上田」と云えば、このアニメも忘れることはできない :D

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上田が舞台の「サマーウォーズ」

こちらは午後に利用した上田電鉄の改札口近くに置いてあった「本日のラッピング電車運行予定」。今回は上田原駅まで1000系まるまどりーむ号、帰りは6000系さなだどりーむ号に乗車できた:

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上田電鉄のラッピング電車案内

こちらが6000系さなだどりーむ号:

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6000系さなだどりーむ号@上田原駅

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6000系さなだどりーむ号@上田駅

2000系まるまどりーむ号の車両横に付いていた上田電鉄のロゴ:

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2000系まるまどりーむ号

こちらが上田原駅の駅舎:

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上田原駅(平日以外は無人駅)

上田原駅のホームにて:

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上田電鉄別所線の上田原駅

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上田原駅のホーム

この上田原駅から有名な上田原古戦場跡を歩いて巡ってきた。
こちらは石久摩神社に建っていた古戦場の碑:

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「上田原古戦場」の碑

そして神社の裏手にある「信玄道」の碑。村上義清の猛攻を支えきれず敗走した信玄率いる武田軍は、このあたりで態勢を整え、この道を通って退陣したと云う:

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信玄道の碑

石久摩神社から「北国脇往還保福寺道」(松本街道)を通って、合戦城とされる上田古戦場公園へ向かった。この公園にはナイター設備が整った野球場やグランドがあって古戦場なんて雰囲気は全く無かったが、その先には村上義清が陣を置いた「岩鼻」なる旧崖の丘陵を眺めることができた:

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上田古戦場公園と岩鼻(拡大版)

「岩鼻」は、現在は千曲公園になっており、そこからは古戦場全景を眺めることができるらしい。但し、徒歩で向かうには少々キツイので今回は諦めたけど、いつか眺めてみたい :|

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岩鼻跡の千曲公園

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村上義清が陣を置いた場所(拡大版)

最後は千曲川ごしに眺めた太郎山や東太郎山といった晩秋の信州上田の山並みをパノラマスタイルで:

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信州上田の山並み(拡大版)

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信州上田の山並み(拡大版)

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信州上田の山並み(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also上田城攻め(2) (フォト集)
See Also上田原古戦場 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 『甲斐の虎』武田信玄の若い頃。
b. おまけに板垣信方と甘利虎泰と云う重臣の二本柱を失う。
c. 三連休の最終日で混雑必至であろうと、なるべく早めに帰るつもりだった。

元祖・真田流手打ちそば佐助 − A Soba Shop has Irori Fireplace.

先週末は平成30(2018)年の晩秋、信州上田にある城攻めに行って来た。この長野県上田市は自身二度目の訪問であるのだけれど、今回は4年前の前回よりも一ヶ月遅い季節ということで寒さについてはある程度は覚悟していた。でも実際のところ、最終日に至っては晴天で気温上昇ともあって、全般的に想像していたほど寒くはなく少し拍子抜けだった[a]もちろん関東地方よりは寒いけど :)。 :)

今回のメインは真田氏ゆかりの城跡と上田原合戦場跡巡りではあったのだけど、実はその中で一番の目的は、前回はせっかくお寺まで行ったのに墓所の場所が分からずタイムアップしてしまった真田信綱公[b]真田幸綱の嫡男で、真田安房守の長兄、真田幸村にあっては伯父にあたる武将。長篠・設楽原の戦いで討ち死にした。の墓所を参拝すること。今となっては設楽原古戦場跡に遺る墓所の方は訪問済みであったので、是非とも菩提寺の方も参拝したかったという次第。

そして前回と同様にゆきむら夢工房で電動アシストサイクルをレンタル(無料)した。ここ「真田の郷」[c]長野県上田市真田町周辺。は高い山々に囲まれ、緩やかな傾斜を持つ谷にあると云うこともあって、徒歩にしても自転車にしても意外と起伏が気になる地形。そういうことで車体は重いけど、やはり電動アシストには今回も随分と助けられた 8)

で、午前中は信綱寺訪問真田氏本城攻めに時間を優先したため、お昼は前回の行列必至だけどなかなかに美味しいお蕎麦は諦めて[d]お店の前を通った時はまだ開店時間ではないのに、すでに駐車場が満車だったっけ。、矢沢城攻めへ向か途中、県道真田東部線R4沿いにあって古民家風の建物が目についた蕎麦屋でいただくことにした:

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元祖真田流手打そば 佐助

案内板によると囲炉裏があるお店のようだ:

案内板

時間はお昼を少し過ぎていたこともあり店内は空いていたので、好きなテーブル席に通された。周りを見ると店内はドラマ「真田丸」の余韻が未だに残っていたっけ。あと囲炉裏は囲炉裏でも囲炉裏に置いてあったのは電気ストーブだった :|

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雰囲気のあるお店

このお店のおすすめは山菜の天ぷらがついた冷たい蕎麦だったけど、真田氏本城跡を歩き回っていたら急に雲が多くなって寒くなり体も冷えていたこともあって温かい蕎麦を選択した。

こちらが注文した鴨そば(大盛り)。プラスティック製の大きなおわん型の茶碗にてんこ盛りのお蕎麦、鴨肉はおそらく「ハム系の燻製」で、4切れほど:

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鴨そば・大盛り(1,000+200円)

鴨肉は正直なところ不味かったけど、蕎麦とお汁は良かった。確かに煮詰めていたので蕎麦自体はぶつぶつ切れていたけど平打麺で、薄味だけど奥が深い汁にネギとの相性も良かった。結局、最後はそば湯を入れてお汁を飲み干してきた。

元祖真田流手打そば 佐助
長野県上田市真田町本原3023


こからはオマケ。

この日は朝8時前のJR北陸新幹線はくたか553号で上田へ。ちなみに4年前の前回は長野新幹線あさま561号だった:

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東京駅・新幹線のりば20番

上田駅の改札口[e]ちなみに上田駅の在来線は「しなの鉄道」で、JRは北陸新幹線だけ。にはお決まりの六連銭ゆかりのものを見かけた:

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六連銭と赤備え

他にも:

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駅事務所のドアに六連銭

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上田駅(お城口)にも六連銭

上田駅前から六連銭のロゴがついた上田バスで「幸村の郷夢工房前」まで。20分ほどで片道大人300円(当時):

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上田バスに六連銭

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上田バスのりばで六連銭

これがゆきむら夢工房で今回レンタルした電動自転車。料金は無料。返却時間は17:00まで:

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「ゆきむら夢工房」レンタサクル No.J

このレンタサイクル、バッテリーの持ちは悪くないが、停車中は常に電源はOFFにしておいた方が良い。特に食事や買い物のために自転車から離れる場合はOFFにしておかないと、バッテリーの不意な減りに驚くことになる :O

ゆきむら夢工房から国道R144を上って行くと、ここにも六連銭が:

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ここは「幸村街道」

こちらが大柏山・信綱禅寺へ向かう参道。この先にある石段の上が境内で、そこからの紅葉もまた見事であった:

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大柏山・信綱禅寺(拡大版)

ついに参拝できた信綱公と彼の妻、そして弟の昌輝公の墓所。設楽原決戦で昌輝と共に討ち死にした真田源太左衛門信綱(さなだ・げんたざえもん・のぶつな)は、従者で家臣の白川兄弟が介錯し、彼の首級は陣羽織に包まれ鎧と共にこの寺の山門脇に建つ桜の木の下に葬られた:

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真田信綱夫妻・昌輝・白川兄弟の墓所

信綱寺には、それでも朝10時すぎに到着したけど周囲には霜が降りていたっけ:

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長野県上田市の霜

この山は松尾古城跡。当初は城攻め対象として計画していたのだけれど時間の都合で今回は断念。山頂付近の鉄塔あたりまで尾根道を2時間以上登る必要があるのだそうだ:

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松尾古城跡の遠景(拡大版)

古城ではなく新城にあたるのが松尾城、その別名が真田氏本城を目指して県道R4の坂を登って行くと、ここ真田の郷を一望できる場所に到達した:

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真田の郷(拡大版)

この眺めを堪能するために自転車を置いたところがリンゴ園前で、そこのご主人からリンゴを頂いた:

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會澤林檎園さん

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會澤林檎園さん

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會澤林檎園さんの「ふじ」(拡大版)

これは嬉しい頂き物だった :)。銘柄は「サンふじ」。シナノスィートジョナゴールドは一足早く出荷を終えたとのこと。たくさん写真を撮っていって云われたので沢山撮らせてもらいました :D

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頂き物の長野産「ふじ」

このりんご園の裏山が、ちょうど真田氏本城で、そこからの上田方面の眺めもよかった:

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真田の郷と上田の郷の眺望(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also信綱寺と河原氏墓所 (フォト集)
See Also真田氏本城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. もちろん関東地方よりは寒いけど :)。
b. 真田幸綱の嫡男で、真田安房守の長兄、真田幸村にあっては伯父にあたる武将。長篠・設楽原の戦いで討ち死にした。
c. 長野県上田市真田町周辺。
d. お店の前を通った時はまだ開店時間ではないのに、すでに駐車場が満車だったっけ。
e. ちなみに上田駅の在来線は「しなの鉄道」で、JRは北陸新幹線だけ。