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日本の蕎麦、日本のうどん

手打ちそば処 田毎 – Handmade SOBA of TAGOTO(TAKE3).

先月は令和3(2021)年の小雪《しょうせつ》の候近くの週末に、またまた小田原へ。この日も(前週に続いて)関白秀吉による小田原城包囲戦で豊臣方の諸将が布陣したとされる陣場跡を中心に歩いてきた。

午前中は、七年前に攻めた石垣山城の麓あたりで秀吉本陣の前衛として布陣していた諸将らの陣場跡を巡ってきた。そのあとは早川を渡って小田原北條氏が築いた惣構の遺構へ立ち寄ってから徳川時代の小田原藩主・大久保家の菩提寺を参拝して箱根口跡あたりまでぐるっと散策してきた。

午後も小田原から足柄まで移動して豊臣勢の陣場跡を巡ってくる予定だったので、お昼を早々に摂ろうと、この間に続いて再び手打ち蕎麦屋;)。こうも頻繁に同じ街へくると、なんだか悩みながら店を選ぶのが億劫になってきたことは否めない :D

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手打そば処・ 田毎

で、この日は初心にかえって(?)ミニ天丼と盛りそばのセットメニュー(1,270円)を選択:

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ミニ天丼+もり(1,270円)

ミニ天丼には中サイズの車海老、カボチャ、ピーマン、イカの温かい天ぷらが載っており、何度も同じ店で感想を出すのもなんなんだけれど、安心して食べれる上に普通に美味しい。これが一番かもしれない :D

手打そば処 田毎
神奈川県小田原市本町1-6-20


ここからはオマケ。

まずはJR早川駅から一夜城城通りにそって海蔵寺へ:

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一夜城下通り

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史跡巡りコース

海蔵寺は、秀吉本陣の前衛を任された一人で小田原城包囲中に陣没した堀久太郎秀政公の供養塔[a]この本堂とは道路を挟んで向かい側の高台に供養塔がある。がある:

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海蔵寺本堂

石垣山一夜城歴史公園へ向かう坂道は太閤秀吉にあやかってか「出世道」なんて名前がついているらしい:

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「出世道」

しかし小田原市は、小田原北條氏からみれば敵《かたき》にあたる関白秀吉をいやに持ち上げている感がするな :|

出世道沿いには小田原城包囲戦に関する説明板が立っていた[b]しかし、この手のものに興味がない人にとっては全く無用の説明板だが。

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「宇喜多秀家」の説明板

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「伊達政宗」の説明板

この説明板、よく見ると「石垣山に参陣した」って書いてあるけど秀家の本陣は石垣山ではないし、政宗の軍勢は包囲軍には参加していないけど・・・ :|

こちらは細川幽斎とその息子の忠興が北條勢を蹴散らして陣を置いたとされる富士山陣城《ふじやま・じんじろ》跡[c]遺構は残っているらしいが、現在は私有地で立入禁止だった。先日行って来たと、その麓を走る小田急の箱根登山線:

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富士山陣城跡

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小田急1000形

このあたりは猿が出没するらしい:

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「猿に餌をやらないでください」

こちらは小田原城本丸方面の眺め;

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小田原城の遠望(拡大版)

位置的に、北條氏政が篭っていた本丸が正面あたり(現在の小田原高等学校附近)、右手に見える現代の天守閣が建っている場所は北條氏直が篭っていた御殿跡だったとされている。

ともあれ、石垣山に布陣していた豊臣勢から小田原城は「丸見え」だったと云える。

もう少しズームさせて、近世城郭の小田原城本丸・二の丸・三の丸あたりの遠望がこちら:

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左手に天守閣が建っている(拡大版)

こちらは里見義康や小早川隆景らの陣場跡がある方面:

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里見・小早川・吉川らが布陣した丘陵

のちに豊臣政権で五大老の一人となる小早川隆景が本陣をおいたあたりから小田原城を見下ろしたところ:

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難攻不落?の小田原城を一望できる(拡大版)

こちらは小田原城惣構の早川口遺構の一部:

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早川口遺構

最後は、小田原藩主だった大久保家の菩提寺・大久寺境内に咲いていた御会式桜《おえしきざくら》:

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御会式桜

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also堀秀政公供養塔 / 堀秀政公墓所(2) (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原城包囲戦 / 豊臣勢陣地跡(2) (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原城包囲戦 / 豊臣勢陣地跡(3) (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原北條氏の時代 / 早川口遺構 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原北條氏の時代 / 箱根口遺構 (フォト集)
See Also大久保家菩提寺の大久寺 (フォト集)

参照

参照
a この本堂とは道路を挟んで向かい側の高台に供養塔がある。
b しかし、この手のものに興味がない人にとっては全く無用の説明板だが。
c 遺構は残っているらしいが、現在は私有地で立入禁止だった。先日行って来た

そば処・寿庵 − Their Katsudon seems to be just a little bit difference.

先月は令和3(2021)年の立冬の候を過ぎた週末、すこし前に集め始めた「巡礼!戦国北条カード」なるコレクション・カードの最後の一枚を手に入れるため箱根町立郷土資料館へ行って来た。

さらに先日観てきた『開基500年記念 早雲寺−戦国大名北條氏の遺産と系譜−』に展示品を提供し、小田原北條氏五代の墓所(供養塔)が通年で公開されている早雲寺[a]てっきり年に一回(例えば文化の日とか)の公開だと勘違いしていた。年に一回は寺宝の方だった 😮  。にも足を運んできた。郷土資料館から徒歩で15分ほどだった。

それから再び小田原へ向かい、今から430年くらい前の関白秀吉による小田原城包囲戦で豊臣勢の陣地跡を巡る予定だったので小田原駅東口[b]利用するバスが伊豆箱根バスだったので。周辺でお昼を摂ることにした。

で、こののところ三たび(?)、七年前に初めて小田原城跡を攻めたあとにお昼で刺身定食を頂いた居酒屋へ行ってみたけど、未だ開店しておらず、さらに家族連れの行列ができていたので、今回もやむなく諦めることにして:$、バスの時間に間に合いそうな御食事処を探していて見つけたの蕎麦やうどん、さらには丼ものあるし、昼間からお酒も飲めるお店

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そば処・寿庵

このそば処は、東海道本線[c]当時は熱海線。の終着駅として小田原駅ができた大正9(1920)年の創業という老舗らしい。このあとの午後はけっこう歩く予定だったのでいちばんに御飯ものを選択。ただ老舗のお蕎麦も食べたかったので+300円して丼と冷たい蕎麦の合せにした ;)

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カツ丼と冷たい蕎麦の合せ(930円+300円)

メニューには「そば屋のカツ丼は一味違います。」って売り文句が書いてあったので注文してみた。まずカツと同じくらい大きなタマネギ。タマネギ好きとしては高得点。タマネギの甘みに塩っぱい醤油ダレがいい具合で合っていた 8)。とんかつはヒレ肉か何かで柔らかかったの比べ、逆に蕎麦はいたって普通。正直なところ老舗っていう程の特徴は見つからなかった。俺的には前の週に食べた店の方が美味かったと云う感想 :X

そば処・寿庵
小田原市栄町2-1-26


ここからはオマケ。

この日の箱根湯本は天気が良かった:

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箱根湯本駅と箱根町塔之澤(拡大版)

箱根の観光風景:

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早川と箱根の山並み(拡大版)

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国道R1沿いの土産ロード

箱根町郷土資料館へは、まず「あじさい橋」を渡る:

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あじさい橋

渡った先に案内板兼展示紹介が置かれていた。当時の特別展示は、やはり渋沢栄一関係:

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箱根町役場方面へ

こちらが郷土資料館。眼の前に町役場がある:

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箱根町立郷土資料館

観覧料(300円/当時)を払って特別展を観てきた。ここでは早雲寺を開山した以天宗清《いてん・そうせい》像のカードを入手[d]資料館窓口の前に束になって置かれていた。おもむろに三枚も取ってしまった 😀 。し、これで全七種のカードが揃うことになった:

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とうとう全て入手した「巡礼!戦国北条カード」

ここからだと箱根町役場の脇にある階段を使って早雲寺へ行くのが最短ルートらしい:

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早雲寺への近道

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箱根町役場

最短ではあったが坂を登ったり降ったりする必要がある :O

早雲寺へ向かう途中にあった早雲寺林。公園化されておりヒメハルゼミと云う貴重なセミが生息するらしい:

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早雲公園

こちらが早雲寺の惣門(山門)。東海道沿いから:

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早雲寺の惣門(山門)

東海道を挟んで眼の前に建っているのは箱根・花紋と云う温泉旅館。なぜか天守閣のような外観だった:

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箱根・花紋

惣門をくぐって進むと早雲寺の境内に至る。境内はまさに紅葉のまっただ中だった:

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早雲寺の境内(拡大版)

早雲寺は、はじめ秀吉の本陣が置かれた場所であるが、石垣山城が出来て移ったあとは焼き払われてしまった。今の早雲寺は江戸時代に復興されたもの。

ところ変わって、こちらは小田原市内の久野というところを流れている山王川。この川を境に、往時は豊臣勢と小田原北條勢が対峙した:

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山王川

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山王川

この下流に徳川家康らの陣場跡がある。位置関係としては、ちょうど左手に豊臣勢が布陣、右手が小田原勢が籠もる惣構って感じ。

ここから小田原城惣構に食い込むように布陣したのが蒲生氏郷らの軍勢で、氏郷は神山神社《こうやま・じんじゃ》附近の高台に本陣を置いたらしい:

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神山神社

特に氏郷らが本陣を置いた遺構は残っていないが、昭和2(1927)年に奉納された魚雷が展示されていた:

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45cm四四式二号魚雷

この由来によると、神社関係者が戦前に旧日本海軍から譲り受けたものらしい。明治44年制式45cm弐号魚雷とのこと:

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意外としっかりとした魚雷だった。ネジ穴は水中の抵抗を考慮したもの:

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ネジ穴は涙滴型

このあとは黒田官兵衛勢の陣場跡だった高台へ登ってきたが、その周辺は小田原ではおなじみの柑橘系の畑が多かった:

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大きなミカン

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ミカン畑

ホント、ミカンだらけ:

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ミカンだらけ

黒田官兵衛が本陣を置いたあたりから小田原城本丸方面の眺め:

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北條氏時代の小田原城本丸方面(拡大版)

蒲生や黒田らは小田原城惣構を北西側から見下ろすような高台に本陣を置いていたらしい。

この辺からの眺めは抜群だった 8)

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小田原市街地の眺望(拡大版)

こちらは小田原城跡とは反対側の眺め。奥に聳えるのは丹沢連山:

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丹沢方面の眺望(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also小田原城攻め / 北條氏墓所・墓碑 / 早雲寺と北條五代の墓所 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 北條氏墓所・墓碑 / 北條幻庵屋敷跡 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原城包囲戦 / 豊臣勢陣地跡(1) (フォト集)

参照

参照
a てっきり年に一回(例えば文化の日とか)の公開だと勘違いしていた。年に一回は寺宝の方だった 😮  。
b 利用するバスが伊豆箱根バスだったので。
c 当時は熱海線。
d 資料館窓口の前に束になって置かれていた。おもむろに三枚も取ってしまった 😀 。

手打ちそば処 田毎 – Handmade SOBA of TAGOTO(TAKE2).

先月は令和3(2021)年の文化の日、五年ぶりに小田原城を攻めてきた。と云っても目的は、この前週から始めた巡礼!戦国北条カード」なるコレクション・カードを手に入れるためだけど :D

ただそれだけでは、わざわざ時間をかけ高速代を払ってやってきた意味がないので、五年前に攻めきれなかった小田原城惣構の遺構と北條氏政公らの墓所参拝もついでに ;)

この日の小田原は晴天で暖かく、COVID-19 感染防止でマスクしていると息苦しくなるくらいだった。小田原城址の三の丸跡周辺は昼頃になると多くの人が出歩いていたし、御食事処も大勢の人達で溢れかえっていた。

と云うことで小田原城天守閣へ向かう前に腹ごなししようと、まずは七年前に初めて小田原城跡を攻めたあとにお昼で刺身定食を頂いた居酒屋へ向ったら、もう既に満席。店の人に一時間は空かないと思いますと云われ諦めることに :$

結局は、これまた五年前に小田原城跡を攻めた時に食べたお堀端通り沿いの手打ち蕎麦屋へ。途中にあった鰻屋なんて行列だったっけ。

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手打そば処・ 田毎

この時期は新蕎麦を出してくれるらしい:

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手打そば処・ 田毎

自分が店に入ったのがお昼時の隙間だったのか、思っていたほどの行列はできておらず、ちょっと待って席に通してもらえた。ただ店員さんは一人しか居おらず、客が出たあとの片付けやテーブルの消毒なんてのがおろそかになっていたように見えた。自分が食べていると出口あたりに数組の行列ができていた。

前回はセットメニュー(ミニ天丼とかしわ南蛮そば)にしたけど、今回は季節外れの天気の中をうろうろ散策してきたので、冷たい蕎麦の「田毎そば」(1,070円)にした:

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田毎そば(1,070円)

この店の蕎麦は細くて香りが高く美味しい。さらに、この田毎そばには、大根おろしの上に自家焙煎したと云う二種類のすりゴマが大量にかかっており、ここにそばつゆを流し込み、細い蕎麦をすするのではなくからめながら食べる感じ:

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大根おろし+二種類の焙煎すりゴマ+秘伝のそばつゆ

ちょっと残念だったのが、大根おろしの匂いがせっかくの蕎麦とゴマの香りを消してしまっていたことか :O

手打そば処 田毎
神奈川県小田原市本町1-6-20


ここからはオマケ。

こちらが小田原北條氏が築いた小田原城惣構・渋取口の土塁(通称は蓮上院土塁)。手前の道路が堀跡:

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蓮上院土塁

この土塁は、先の大戦の小田原空襲で爆弾が着弾したのだとか:

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爆弾着弾地点

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説明板

土塁のそばには小学校があり犠牲者も出たと云う:

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米軍により破壊された土塁

田毎でお昼を摂ったあとは小田原城址公園へ。天守閣へ入場(510円/当時)して北條氏康像のカードを入手[a]入手場所は出口にあるカウンターで、そこにいる係員に「北條氏康像のカードが欲しい」と伝えればくれる。。今日まで入手したカードは四枚:

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今日まで入手した「巡礼!戦国北条カード」

こちらは二の丸の枡形虎口の一の門である馬出門で、平成21(2009)年に復元された:

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馬出門

こちらは二の丸東堀で見かけたマガモ(雌):

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雌のマガモ

渡櫓門形式の銅門《あかがねもん》は平成9(1997)年の復元:

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銅門

この日は銅門の内部も公開されていた上に、俗に云う小田原評定を再現したマネキンが置かれていた:

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小田原評定(想像)

二の丸跡には市指定天然記念物の見事なイヌマキが立っている:

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小田原城後のイヌマキ

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小田原城後のイヌマキ

こちらは本丸跡に立っていた巨松《おおまつ》:

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小田原城跡本丸の巨マツ

そしてニホンザル:

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ニホンザル

さらに、この日は本丸跡で菊花展が催されていた:

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小田原城菊花展

その中で鈴廣かまぼこ賞だったのがこちら:

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菊花展

最後はマンホールの蓋:

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マンホールの蓋

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also小田原城攻め / 小田原北條氏の時代 / 蓮上院土塁 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 徳川氏の時代(2) (フォト集)

参照

参照
a 入手場所は出口にあるカウンターで、そこにいる係員に「北條氏康像のカードが欲しい」と伝えればくれる。

道灌うどん − “The Udon” shop in the country.

今週は令和3(2021)年のGWも終りの頃[a]東京都で三度目の緊急事態宣言が発令中だった。自分の居住地区はまん延防止等充填措置中。N501Yの蔓延が危惧される中を十分な感染対策を意識したが、天気が良かったので帰りの電車はけっこう混雑していた :-(、晴天の日を選んでいて先のばししていた埼玉県入間郡にあった城攻めへ。

ただ城は砦規模で小一時間ほどで攻略できそうだったので、その前に名将・太田道灌公の墓所がある菩提寺の龍穏寺《りゅうおんじ》に足を運んできた。天気が良かったので最寄りのバス停から歩くことに[b]川越観光自動車の黒山線で上大満《かみだいま》というバス停で下車し、そこから片道30分ほど。。こんな時期にあって多くの人は車で来ていたようだけど、サイクリングやツーリングでやって来る人達がも多かった。

菩提寺から越生《おごせ》駅へ戻ったら、次は駅の東口(山吹口[c]ちなみに西口は道灌口。)から歩いて越辺川《おっぺがわ》を渡った先にある太田道灌ゆかりの地として伝わる山吹の里歴史公園へ。やまぶきの花は既に終わっていたが高台へ登ると越生町を眺めることができた。

公園を出たら、お昼をどこかで適当に摂って越生神社の裏にある城跡を攻めようと思い、再び越生駅へ戻ろうとしたら「うどん屋」の看板が目に入った:

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「ザうどん・道灌うどん」

この街が押している太田道灌の名前を冠したお店と云うことで、せっかくなので駅へ向かう前にこの店で腹ごなしすることにした ;)

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道灌うどん(以前は中華料理屋)

長机と椅子を並べただけの、いたってシンプルな店内には既に六組ほどのお客がいた。手を消毒して入るとすぐ券売機があったので肉汁うどん(600円)の食券を購入:

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基本的に麺がなくなり次第閉店らしい

券売機の奥が厨房になっていて、中では店主の男性とアルバイトらしき女性が大忙しに調理していた。店頭にあったとおり「セルフオーダー」のようで食券を持って立っていたが、なかなか注文をとりにきてくれないくらい忙しそうだった :O。やっと来てくれたと思ったら「順番に出すのでちょっと待ってくれ」と云われ、仕方がないので先に席を確保し、こちらもセルフの水を取りに行ってから再び厨房前へ行くと女性がフォローしてくれた。

それから20分ほど待って、「肉汁うどんの方」って呼ばれた[d]順番を管理している暇も無いようで、他のお客とかぶるケースがあったので少し困惑した。ので厨房前の受け取り口へ行き、うどんと受け取ってきた:

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肉汁うどん(600円)

温かいつけ汁にはネギと鶏肉が薬味として入っていた。うどんの方は手打ちらしい太さがバラバラの麺。つけ汁につけて食べると、適度な縮れもあって、のど越しも良かった。大盛り(50円)でもよかったかなぁと少し後悔したが、自分のあとの二組目くらいで麺が無くなったようで、あらたに入って来たお客は残念そうに出ていったっけ。

割引券をもらったので、また来てみよう :)

道灌うどん
埼玉県入間郡越生町如意435-23


ここからはオマケ。

越辺川に架かる山吹橋。正面に見える杜が山吹の里歴史公園。この橋を渡って右手すぐに道灌うどんがある:

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山吹橋

太田道真・道灌父子の菩提寺である龍穏寺へ向かう道は舗装されており、さらに周囲は「マイナスイオンの宝庫」。天気がよく気持ちのよいハイキングになった上に、いろいろな「もの」に遭遇したっけ。

こちらは龍穏寺の山門。大正時代の初めに火災で多くの堂宇を焼失したが、それを免れた歴史的建築物の一つ。天保13(1842)年の再建:

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龍穏寺の山門

一階には仏法を守護する四天王(毘沙門天、持国天、増長天、広目天)が祀られ、二階には観音菩薩、八大神将《はちだいしんしょう》と十六羅漢《じゅうろくらかん》[e]御釈迦様の弟子のうち特に優れた代表的な16名の弟子。が祀られている。

境内には太田道真・道灌公の墓所の他に銅像もあった:

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龍穏寺(埼玉県入間郡)の道灌公像

その昔、神奈川県伊勢原市で公の墓所を巡ってきたが、その際も公の銅像についてまとめていたので、ここで再びまとめてみた:

伊勢原市役所前の道灌公像

芳林寺(埼玉県さいたま市)の道灌公像

川越市役所(埼玉県川越市)の道灌公像

JR日暮里駅前の道灌公像

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東京国際フォーラム(東京都千代田区)の道灌公像

これ以外にも静岡県東伊豆町や長野県佐久市にも公の銅像があるらしい。機会があれば是非、写真に納めたい。

こちらは龍穏寺へ行くまでに目にした風景:

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杜(拡大版)

こちらは越辺川の支流:

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越辺川の支流

草花たち:

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菖蒲

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藤の花

清流渓谷[f]地形《じぎょう》の衝上断層のこと。の案内板からの眺め:

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巨石

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清流

人間が近くにいることも気づかずに、ひたすら餌をさがしていた子イノシシ。このあとカメラを向けていた自分に気づいて一目散に走って消えた:

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餌探しに夢中のイノシシ

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also太田道灌公墓所巡り (2) (フォト集)
See Also太田道灌ゆかりの地巡り (フォト集)
See Also武州高取山城攻め (フォト集)

参照

参照
a 東京都で三度目の緊急事態宣言が発令中だった。自分の居住地区はまん延防止等充填措置中。N501Yの蔓延が危惧される中を十分な感染対策を意識したが、天気が良かったので帰りの電車はけっこう混雑していた :-(
b 川越観光自動車の黒山線で上大満《かみだいま》というバス停で下車し、そこから片道30分ほど。
c ちなみに西口は道灌口。
d 順番を管理している暇も無いようで、他のお客とかぶるケースがあったので少し困惑した。
e 御釈迦様の弟子のうち特に優れた代表的な16名の弟子。
f 地形《じぎょう》の衝上断層のこと。

武州めん 本店 − This is a Hand-Kneaded Noodle with a 100-Year History.

昨日は令和3(2021)年の春分の候を過ぎたとある週末[a]関東圏で二度目の緊急事態宣言が解けた最初の週末でもある。しかし新規感染者が下げ止まりで、かつ上昇の気配があったので、十分な感染対策を意識したが、帰りの電車は超満員 :-(に、午前中は晴れ間になるとのことで埼玉県比企郡にあった山城を攻めてきた。

遺構としては、予想外に見所があった山城だったので、ずいぶんと藪をかき分けて歩き回ってきた。さらに、この周辺は家族連れに人気のあるハイキングコースの一部であるようだけど、城攻め中に遭遇した人は3人だけだった :O。ほとんどのハイカーは城跡を通過すると云っても主郭[b]本郭やニの郭や三の郭など城を構成する縄張のうち中心部分。といった城域ではなく、それを迂回するように設けられていた散策路を利用していたようだ[c]それでも大声で喋ったり笑いながら歩くシニア系のハイカーの声は城内まで響いていたけどな :mrgreen:

城攻めを終えて下山する前に、標高298.9mの仙元山《せんげんやま》頂上に寄って展望台の上で軽く腹ごなしをした[d]駅前のローソン(10:00amくらい)ではおにぎりが全て売り切れだったので、近くにあった「あけぼの」って弁当屋で小さなおにぎり3個購入した。。それから最寄りの東武東上線小川町《おがわまち》駅へ向かうつもりだったが、予定より早めに切り上げることになったし駅までの行程でお腹が空いたので、ちょっと気になっていたうどん屋へ行くことに:

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武州めん 本店

事前にホームページを見た時は「麺がなくなり次第終了する」ってあったので、到着したら時間的にギリギリな感じがあったけど、すんなり入店できた 8)

あと実際に来てみるまで「うどん屋」だと思っていたが、どうも蕎麦もあるようで、ちょっと迷ったけど「きのこ肉汁うどん(麺は並)」 850 円にした:

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「きのこ肉汁うどん」(850円)

冷盛のうどんよりも、具材の多い暖かいつけダレの方が断然ボリューム感があって、ちょっと驚いたが :D。麺は手打ちで太さはバラバラ。コシが強いって云うか、芯が残っていてかなりの噛みごたえがあった。そのおかげかどうか、十分な満腹感があった:

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手造りにこだわった麺

今度は蕎麦で食べてみよう :)

武州めん 本店
埼玉県比企郡小川町小川500-1


ここからはオマケ。

こちらが仙元山(標高290m):

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仙元山(拡大版)

そして仙元山の南にあるのが、今回攻めてきた青山城跡(標高267m):

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青山(割谷)城跡(拡大版)

仙元山へ登るハイキングコースが幾つかあるようで、いずれの登山口からでも青山城跡へは行くことは可能だが、今回はハイカー集団に遭遇する可能性が低い青山側の登山口を利用した。その代わり小川町駅から徒歩で30分くらいかかるけど:

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ここから分岐点まで約35分

さらに仙元山と城跡への分岐点まで約20分だった(公称は約35分):

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仙元山と城跡への分岐点

この分岐点を右手に折れて、尾根筋の散策路を進んで行くと城域に入ることができた。

城攻めを終えたあとは、上の分岐点で「山頂」方面へ。誰かの公称は10分らしいが、自分は15分かかった :/。あとマスク無しで喋りながらトレッキングしているハイカー集団とすれ違ったので、声を出さず手をあげて挨拶した。

ここが山頂:

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標高298.9m

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仙元山の山頂

この日は晴れの予報だったけど・・・:$

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小川町の眺望(拡大版)

遠くに見える白い建物はホンダ技研工業の工場群。

軽食を摂った展望台。周囲が藪化していて眺望はゼロだった :(

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展望台

登城中に見つけた翡翠のような岩石の塊:

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岩盤をくり抜いて作った登山道だった

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also青山城攻め (フォト集)

参照

参照
a 関東圏で二度目の緊急事態宣言が解けた最初の週末でもある。しかし新規感染者が下げ止まりで、かつ上昇の気配があったので、十分な感染対策を意識したが、帰りの電車は超満員 :-(
b 本郭やニの郭や三の郭など城を構成する縄張のうち中心部分。
c それでも大声で喋ったり笑いながら歩くシニア系のハイカーの声は城内まで響いていたけどな :mrgreen:
d 駅前のローソン(10:00amくらい)ではおにぎりが全て売り切れだったので、近くにあった「あけぼの」って弁当屋で小さなおにぎり3個購入した。