ラーメン」タグアーカイブ

日本のラーメン。ラーメンデータベース(ラーメンDbase)のリンク付き。

一茶庵支店 − This Ramen is like a So-men.

今年は令和6(2024)年のGWは暦通りに休めたものの、諸所の手配に出遅れてしまい、宿泊先を確保できた後半に二泊三日の日程で山形県の城跡をいくつか攻めてきた。その中では八年前に初めて山形県入りして以来、いつか行きたいと気になっていた長谷堂城跡とその古戦場跡を巡れたことが一番の収穫だった[a]まぁ、いろいろあったけど 😅️。。また前回の山形入りでは失念して残念な思いをした奥羽国・山形藩・初代藩主の最上義光公ら一族ゆかりの菩提寺も参詣してきた :)。最終日は雨の予報だった[b]実際にその日は雨だった 😞️。ので、時間内に行ける城跡などを詰め込めるだけ詰め込んだった感じの日程で、毎日が濃厚で疲労との戦いの二日間でもあった[c]帰ってきて二週間ほど経つけどまだ疲れが残っている感じ 😥️。 :D

東北地方も夏日になった初日は、新庄にある城跡からスタート。東京から新庄までは新幹線で一本。午前中に到着することができたので、城跡へ向かう途中で腹ごなしすることに。山形県は「ラーメン県」と云うことで予め調べておいたラーメン屋へ:

Mikeforce::Today

元祖とりもつラーメンの一茶庵支店

「元祖とりもつラーメン」と銘を打つ店の前には行列はなかったけど、暖簾をくぐって店に入るとテーブル席や奥にある広めの座敷は客で一杯だった。まだ開店して15分くらいなのに:O

この時、かろうじてカウンター席が空いていて店員に促されるまま移動、既に何を注文するかは決めてきたが、一応は真上に掲げられていたメニューを一通り眺めた[d]ぬるまラーメン!?。いわゆる山形県のソウルフード「冷やしラーメン」(冷やし中華ではない)の類 🤨️。

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メニューはこれだけ

初来店と云うことで、ここはお店オススメの「もつラーメン」(700円)を注文し、セルフでお冷を取って席についた。カウンター席の目の前は厨房になっていて、店主が大きな窯鍋で麺を茹でていた。また注文はカウンター越しに厨房にいる店員に告げるシステムだった。

そんな中、厨房にいたおばちゃんが、注文を聞いたあと、その人の名前を聞いてノートに書き入れているのに気づいた。そう云えば、頭上にはこんな注意書きもあった:

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「注文の際は名前をお願いします」!?

どうやら注文は席ではなく名前で区別し、その名前で支払いを請求しているようであった。自分の場合は名前を聞かれなかったのだが、それは目の前にいるカウンター席だからだろうか:|

自分の背中越しに注文していく人が出始めた頃、注文した品がカウンター越しに出てきた:

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もつラーメン(700円)

あっさり醤油ベースのスープに、まるで素麺かのように白い麺の上にネギと細切りのメンマ、そして主役となる鶏のモツ煮がのっていた。麺は見た感じそのもので、コシは無く、まさに素麺かうどんをすするようにして頂くことができた。主役もモツは固くないのに、しっかりと食感を楽しむことができ、スープにも相性バグツンだった :)

と云うことで「干食」(完食)。店名と電話番号がはいったドンブリは、年季のあるラーメン屋の証である 8)

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ごちそうさまでした!

ドンブリと勘定をカウンターにのせて席を立ち振り返ると、結構な客が席待ちしていた。おそらく既に名前を伝え注文し終えた人たちであろう。

次にきた時は熱〜いスープの中に冷たい麺を放り込んでもらう「ぬるまラーメン」の鶏モツ・トッピングで行ってみよう:D

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

一茶庵支店
山形県新庄市鉄砲町10-3


ここからはオマケ。

初日の午前中はまずJR東京駅から新庄駅まで移動。こちらは(福島駅まで一緒に走行した)E5系はやぶさ。そして山形新幹線E3系つばさ。新庄駅では在来線に乗り入れていた:

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E5系はやぶさ@東京駅

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E3系つばさ@新庄駅

東京駅から乗車してすぐ、買っておいた駅弁(1,300円)を頂いた:

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仙臺名物・炭火焼風・牛たん弁当(南蛮味噌漬け+塩竈の藻塩付き)

弁当箱の底に加熱装置が付いていて、紐を引っ張ると湯気が出るほど温かくなる仕組み。下手すると火傷するくらい一瞬で高温になるなんて、なんとも日本人的な発想と技術である 8)。南蛮味噌漬けは猛烈に辛かったし、温かいおかげで一層美味しくいただけるのは確かなのだが、マジで温かい弁当はちょっと駅弁らしくないと思うのは自分だけだろうか。この仕組みのおかげで御飯は少ないし、値段も割高である。ぜひ廉価版を出してほしいところ :D

そして(はやぶさ切り離しのため)福島駅に停車中の車窓からの風景。吾妻小富士《アヅマコフジ》と一切経山《イッサイギョウザン》の眺め:

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車窓からの眺め@JR福島駅(拡大版)

福島を離れ山形へ向かっている途中、車窓から偶然、南陽市の山火事(当時)であろう煙を目撃した。そこから山形方面まで煙がたなびき、晴れなのに空気が霞んで見えたことを思い出す。こちらは、そんな状況を撮ろうした際に偶然にも写っていた上山城郷土資料館[e]時間の都合で、残念ながら今回は城攻めを断念した 😞️。

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上山城郷土資料館(民家の屋根の上)

新庄駅では在来線のホームに到着。改札口へ向かう途中、秋田行き奥羽本線の701系が停車しているのを目撃:

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701系@新庄駅

次は新庄駅でわざわざ出迎えてれくれたオブジェたち。まずはホームにて新庄市公式のイメージキャラクタである「かむてん」。神室山《カムロヤマ》に住む天狗をイメージしたものらしい:

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かむてん

駅構内には、国重要無形民俗文化財新庄まつりの主役であり、有名な歌舞伎を人形であしらえた山車が展示されていた:

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新庄まつりの山車

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新庄まつりの山車

この山車は実際に、昨年は令和5(2023)年の新庄まつりで練り歩いたものらしい。演目は鬼一法眼三略巻《キイチホウゲン・サンリャクノマキ》」。

そもそもこの新庄まつりの起源は、今回攻めてきた城跡(戸澤神社)と深い関係があるらしい。

そして「きてけろくん」とJR新庄駅の駅舎。きてけろくんは正面からだと分かりづらいが、横から見ると山形県の地形になっているのだとか:

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きてけろくん

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JR新庄駅

濠に囲まれた最上公園には歴史ある建築物が多くあった。その中で県指定建造物になっている天満神社脇に学問の神様である菅原道真公を祀った御堂があり、ちゃんと撫で牛《ナデベコ》がおいてあった:

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撫で牛

こちらは、最上公園近くある新庄ふるさと歴史センターの玄関ホールで見かけた隠明寺凧《オンミョウジダコ》:

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隠明寺凧(小型)

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隠明寺凧(大型)

一つ目の城攻めを終えて、次の城跡を攻めるためJR新庄駅へ向かっている途中に見かけたホテルの案内板。ちょっと興味津々なフレーズだけれど、何が小さいのだろうか?[f]「大浴場」ではなく「小浴場」とか? 😅️

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「日本でいちばんちいさな・セントラルホテル」

この日二つ目の城跡は天童市にあった天童(古)城。最寄りであるJR天童駅のホームや駅舎、その周辺はいかにも将棋の駒の形をイメージさせるようなデザインだった:

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@JR天童駅東口

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@ホーム

天童市の市制施行65周年を記念して建立された、このモニュメントの題字は羽生善治《ハブ・ヨシハル》棋士によるもの:

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駒のモニュメント(令和6年設置)

駅下の天童将棋史料館も、竜王で名人である藤井聡太棋士の活躍にあやかり将棋ブームを一段と盛り上げようとしているようだった(知らんけど):

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@天童将棋史料館

現在、天童城跡の一部は人間将棋でも有名な天童公園になっている。観覧席から将棋盤あたりが天童城の段曲輪だった:

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王将の碑

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観覧席から将棋盤

「王将」のモニュメントの題字は故・大山康晴棋士によるもの。六年前の平成30(2018)年には人間将棋の対局数が2千を越えて(2,362)ギネスに登録された:

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1会場で同時に対局した最多数でギネス登録

天童城の主郭は、この公園ではなく山道を登った愛宕神社が建つ場所である。実際に登ってきたのだが、なんとその境内でカモシカにばったり遭遇した。

軍神を祀る愛宕神社で今回の城攻めの成功を祈願したあと、主郭跡を歩いていると正面に白い物体が目に入った。一瞬、何かの剥製?まさか?と思った:0

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え!? 何かの剥製か?・・・

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・・・白いカモシカだった

色からして熊だとは思わなかったが、それでも一瞬、固まってしまった :D。すかさず撮影するも、特にこちらに驚いていた様子はなかった様に見えた。もしかして人間慣れしているのだろうか。それでも接近して縄張り?に入るのは回避し、早々に城攻めを済ませたあと下山しようとすると、今度は参道口の目の前で此方を凝視している:

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此方を凝視するカモシカ

むむっ。日も暮れそうな時間であり、下山してこの日最後の城攻めをしたかったので、あまり刺激しないようにゆっくり参道口へ回り込んで石段を下りて天童公園へ戻った 0:)

このあとは無事に下山し、天童織田藩[g]大六天魔王・織田信長の次男である信雄の子の系統が天童織田家になる。の政庁があった陣屋跡を巡ってきた。城跡は奥羽本線に分断され、宅地化の波に押しつぶされてしまったので特に遺構はない。そんな中、印象に残ったのがやはりこちらのマンホール。さすが将棋の街。詳細は日本マンホール蓋学会山形県天童市のマンホールを参照のこと:

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天童市の市章

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将棋の駒

 と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also新庄城攻め (フォト集)
See Also新庄藩と戸澤家 (フォト集)
See Also天童城攻め (フォト集)
See Also天童御陣屋攻め (フォト集)

参照

参照
a まぁ、いろいろあったけど 😅️。
b 実際にその日は雨だった 😞️。
c 帰ってきて二週間ほど経つけどまだ疲れが残っている感じ 😥️。
d ぬるまラーメン!?。いわゆる山形県のソウルフード「冷やしラーメン」(冷やし中華ではない)の類 🤨️。
e 時間の都合で、残念ながら今回は城攻めを断念した 😞️。
f 「大浴場」ではなく「小浴場」とか? 😅️
g 大六天魔王・織田信長の次男である信雄の子の系統が天童織田家になる。

中華蕎麦 萌芽 − This Shop has Variety of Ramens.

先週は令和6(2024)年の啓蟄の候を過ぎた週末[a]【今日は何の日?】東京と博多まで新幹線が全線開通下日。本多佐渡守の嫡男・正純が失脚後に幽閉先で死去した日(旧暦)。に、現在の千葉県我孫子市と柏市の市町村界[b]行政区画のうち、市町村の境界線のこと。あたりにある城跡二つ攻めてきた。午前中に我孫子市にある城跡を攻めたあと、常磐線を越えた先にある柏市の城跡を攻めるため、その前にお昼を摂ることにした。

数日前には雪が降るほど寒かった関東地方で、この日は晴天ながらも意外と風が強く、見ごたえがあった城跡を歩き回ってきのに体が冷え切ってしまい、何か温かいモノと云うことで、トイレを借りたコンビニ近くのラーメン屋へ向かった[c]ちょうど柏市へ入るためにJR北柏駅へ向かっている途中でもあったので 😄️。

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中華蕎麦 萌芽

こちらは中華蕎麦・萌芽《ホウガ》(煮干・自家製麺・豚骨)。開店時刻である11:00ちょっと過ぎに到着。引き戸の窓から軽く覗いてみると、正面には厨房で忙しくしている主人の姿、左手に券売機、そして右手にカウンターと今しがた入店したであろう客が見えた。このまま店に入ると、忙しそうではあったけれど、店員からしっかりと声掛けしてもらえた :)

券売機の方は、ほぼ空いているボタンがないくらいびっしりとメニューが並んでいて、全て目を通さなかったのだが、ひとまず縦方向に「豚骨+煮干」系、「あっさり煮干」系、「創作」系、そして「つけ麺」系のグループを見た気がする。それに対して横方向は卵やらチャーシュやらのトッピングでグレード(値段)が上がっていく並びだったと思う。

ただ自分が座ったカウンター席の目の前には他にも写真入のメニューが貼ってあったり、(券売機で見た覚えのない)担々麺を食べていた客がいたりして、メニューの充実度には驚いた:D

そんな中から自分が選んだのは「あっさり煮干し」系で最上位のグレードであるチャーシュー煮干蕎麦(1,200円)。券売機の前に立って無数のボタンを見ながら短時間でいろいろ考えたのだが、結局のところ、低いグレードにトッピングを追加すると意外と懐に響く値段になるように思えた[d]くどいけど、一つ一つ確認していないので、あくまでも記憶ありき 😮️。ので、こちらの方がお得かなと思っただけだけど :|

そして、こちらが小ぶりの丼に入ったチャーシュー煮干蕎麦:

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チャーシュー煮干蕎麦(1,200円)

トッピングは、チャーシューが豚トロ、なると、刻みネギ、岩のり、メンマがのっていた。スープはあっさりの煮干しと云うことで臭みはほとんどなかった。若干、味が濃かったので「あっさり」と云うほど軽めではなかったが、逆に旨味を感じることができるスープだった:

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ストレート細麺

自家製麺はストレートの細麺で、やや茹ですぎ感があったが、濃い目のスープと一緒にしっかり頂くことができた。豚トロのチャーシューも温かくて美味しかった。ちょっと残念だったのが、丼《ドンブリ》が小さめだったのでスープも少なかったことか :|

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

中華蕎麦・萌芽
千葉県柏市北柏1丁目3-5 エクセル田中103


ここからはオマケ。
午前中に攻めた我孫子市の城跡。中世の平山城で、太田道灌が築いたと云う説もあるが、詳細は不明。畑になっているところは、往時は手賀沼からの沼地だったとか:
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根戸城跡

こちらは反対に、根戸城跡にある森林管理団体の敷地から眺めた城下。先に見えるのが手賀沼:

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手賀沼の眺望

想像していたよりも良好に遺構が残っていた。たとえば二郭西側の堀が竪堀に変化するところ:

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二郭西側の堀跡

主郭(左手)西側に残る横矢掛:

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主郭西側の横矢跡

土塁に囲まれた主郭跡:

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主郭跡

主郭(左手)西側の堀。右手は二郭城塁:

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主郭の横堀跡

この城跡から線路を越えた北側が柏市で、お昼を摂った後に攻めてきた城跡はやや造成が進んでしまっていたが、この日の天気にもかかわらず花見シーズンに突入して賑わっていた:

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松ヶ崎城跡

意外と花見している人は城跡の遺構には、あまり興味がなかったようで混雑はしていなかった。こちらは西側虎口跡:

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松ヶ崎城跡

往時この虎口は喰違虎口であったが、現在は遊歩道によって土塁の一部が破壊されて真っ直ぐ通行できるようになっていた:

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一応は土塁が喰い違ってはいるが・・・

本曲輪の城塁と堀:

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本曲輪西側の堀と土塁

東側虎口跡と物見台跡:

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東側虎口跡

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古墳を利用した物見台跡

この物見台跡からは本曲輪跡の全景を眺めることが出来た:

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本曲輪跡

城址南側に残る腰曲輪跡:

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腰曲輪跡と土塁

この日は桜、サクラ、さくらで満開だったので大勢の家族連れが訪れていた:

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桜(ソメイヨシノ)

人だけではなく鶯も:

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桜と鶯

こちらも桜:

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カワヅザクラ

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also根戸城攻め (フォト集)
See Also松ヶ崎城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】東京と博多まで新幹線が全線開通下日。本多佐渡守の嫡男・正純が失脚後に幽閉先で死去した日(旧暦)。
b 行政区画のうち、市町村の境界線のこと。
c ちょうど柏市へ入るためにJR北柏駅へ向かっている途中でもあったので 😄️。
d くどいけど、一つ一つ確認していないので、あくまでも記憶ありき 😮️。

中華飯店 東華 − A Local Chinese Restaurant at MITO.

先週末は令和6(2024)年の雨水の候を過ぎた三連休の中日[a]【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。に、八年前に攻めた近世城郭跡再び攻めてきた。自分が巡ってきた後に、二ノ丸大手門や二ノ丸角櫓が木造復元されたらしいとのことだったので。

関東地方は、この日が唯一天気が良く暖かいと云う予想だったので直前になって決めた :)。実際、考えることは皆同じで、結構な人出で駅前広場は賑わっていたし、恒例の梅まつりに併せたイベントをいろいろ見かけた。行きは上野から水戸まで久しぶりにJR常磐線を利用したのだが、うかつにも後方の車両(2号車/15車両)に乗ってしまい、途中の土浦で15→5車両に切り離しされたため前方車両へ移動する羽目に〜[b]遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。 :$

午前中に城攻めを終えたあと、帰宅する前にBS番組で昨年末に紹介されていた水戸駅周辺の町中華でお昼を摂る予定であった。ただ三連休ともあって田舎は休みの店が多い[c]あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。ことが気がかりであったが :|。で、まずは水戸東照宮近くの「中華料理・晴華」へ行ってみると、気がかりが的中 :O

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「中華料理・晴華」はお休み

仕方がないのでもう一軒の店へ向かうために駅へ戻り、さらに南口広場を縦断して川を渡った先の中華飯店・東華へ。歩いているときに営業中のネオンが見えて一安心だった:)。番組でも紹介していたが、お隣は同じ家族経営の雀荘:

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(こちらは店を出た時の写真)

暖簾をくぐって店内へ入ると奥の座敷に家族連れが一組居ただけ。昼の部が11:00〜14:00で、店に入ったのが13:30過ぎなのでギリギリかもしれない。現に食事を終えて店を出たら既に暖簾が下りていたし。「お好きな席へどうぞ」とのことで、長テーブルの厨房よりに座ってメニューを眺める。店の前でランチメニューも見たが、ここは玉ちゃんの「パイコウ」つながりで、パイコウ飯+半ラーメンのセット(1,050円)を選択した。

このあとも予定があったので「喉の洗浄」は割愛し、料理が出てくるまで町中華のしきたりとして、少年漫画に目を通す。ジャンプ、マガジン、サンデーを一通り眺めたが、特に気を引くような作品には当たらなかった。どれも線が細くて昔の作画タッチと違和感があったし、なんか印刷も薄い感じがした :|。今は漫画もデジタルの時代だからだろうか。と昔を懐かしんでいると料理が出てきた:

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パイコウ飯+半ラーメンセット(1,050円)

パイコウ(排骨)とは台湾の夜市でよく食べられる衣を付けて豚肉を揚げたもの。御飯の上で、醤油ベースのタレがかかっており、同じタレをまとった焼きネギも添えられていた:

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パイコウ飯(排骨飯)

ラーメンはあっさり系の中華そば。メンマやチャーシュが大きくて食べごたえあり:

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半ラーメン

細麺は柔らかめ。鶏ベースのしょう油味はやや薄味だった。大部分の麺を一気に食べ終えたところでパイコウ飯へ:

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”肉肉しい”パイコウ

薄い衣をまとった豚肉は肉々しい脂が滲み出していた。これと焼きネギを御飯の上に載せて頂く:

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三位一体の絵

久しぶりに御飯モノが進んだ感じ。タレがいい感じだった 8)。寒い時期のネギは美味いねぇ。

こちらはレジ脇に掲げられていた玉ちゃんのサイン:

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玉ちゃんのサイン

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

中華飯店・東華
茨城県水戸市城南2丁目9-8

 

ここからはオマケ。
水戸と云うと、水戸駅と水戸黄門御一行:

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水戸駅の北口広場より

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黄門さま御一行

この日の水戸城跡は梅、うめ、梅づくしだった:
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弘道館公園の梅林

弘道館公園の梅林(偕楽園+弘道館の梅検索)から八重松島《ヤエ・マツシマ》は淡紅色で、見驚《ケンキョウ》は淡紅から移り白色:

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八重松島

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見驚

本丸(御本所)跡へ向かう本城橋あたりで見かけた梅(種類は不明):
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鮮やかなピンク色

こちらは鹿島神社の拝殿:

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御祭神は武甕槌神《タケミカヅチ》さま

その境内にあった神木鈴梅。水戸藩九代藩主・徳川斉昭《トクガワ・ナリアキ》(烈公)お手植えで鹿島神社の神木とされている。一見すると枯れ死しているようだが、ちゃんと生きている。木にまとった苔がその証拠らしい:

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神木鈴梅

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神木にまとった苔

こちらは三ノ丸跡に建つ茨城県庁の庁舎と、北三ノ丸跡に建っている水道の低区配水塔

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県庁@三ノ丸跡

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配水塔@北三ノ丸跡

令和2(2020)年に木造復元された二ノ丸の大手門:

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大手門(復元)

大手門の枡形虎口:

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枡形虎口跡

そして、同じく木造で復元された二ノ丸の角櫓。城内に八基あった隅櫓の一つ:

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二ノ丸角櫓

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二ノ丸角櫓

こちらは本丸(御本所)跡にある高校の敷地に移築された薬医門。本丸の表門にあたる橋詰御門と推定される。八年前は唯一の現存遺構であった[d]今は他にも城門の門扉や土塁などがある。

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薬医門@本丸跡

二ノ丸と本丸との間にあった堀切跡は現在はJR水郡線が通っている:

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堀跡を走る水郡線

本丸(御本所)の東側に置かれた下の丸跡も高校の敷地であるが、こちらはJR常磐線近くから眺めたもの(パノラマ):

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下の丸南側の城塁

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会茨城県のマンホールの解説を参照のこと:

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水戸市のマスコット

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水戸市の木

 と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also水戸城攻め(2) (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。
b 遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。
c あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。
d 今は他にも城門の門扉や土塁などがある。

お食事処・大陸亭 − It’s a Common Lunch Set, but Tasteless Something.

今週始めは令和6(2024)年の立春の候を過ぎた最初の三連休の最終日[a]【今日は何の日?】徳川家康が征夷大将軍に就任し江戸幕府を開府した日(旧暦)。レトルトカレーの日(ボンカレーが発売された日)。世界の冒険家・植村直己の誕生日。に、群馬県の邑楽郡《ウオウラグン》にゆかりある勇将の菩提寺と館跡(城跡)を巡ってきた。

午前中に御廟と菩提寺を参詣して、館跡を巡る前に、その近くの御食事処[b]コンビニも無く、正直、この店しか選択肢が無かった 😮️。で腹ごなしすることにした。連休と云うことで田舎は休みの店が多いが[c]あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。、国道R354(館林バイパス)沿いを歩いていて「ラーメン」の幟が見えた時は正直ホッとした :)。はじめ店名から町中華系かと思ったが、どちらかと云うと「なんでも有り」のドライブイン系[d]和洋中のメニューは然り、国道沿いで五台以上は停められる駐車場もあったし 😉️。だった:

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お食事処・大陸亭

暖簾をくぐったのが昼すこし過ぎ。カウンターとテーブル席、そして奥に座敷があった。既にいくつかのテーブル席と座敷は埋まっていて、忙しそうに配膳していた店員に来店を告げると、窓側に席があると案内されると同時に、(店側にも客側にも)お手軽なランチセット(A・B・Cの三種類)を勧められた。なんか席につく前に、この場で決めてくれって感じだったので、佐野ラーメン系を期待してラーメンとチャーハンのCセット(1,100円)を注文してから席についた :|

窓側にある席と云っても、座った正面は壁で、少しだけ窓から国道を走る車が見えるって感じ :O。仕方がないので壁に貼ってあったメニューをつらつら眺めながら待つことにした。しばらくして出てきたのがこちら:

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Cランチセット(1,100円)

ラーメン単品が560円(当時)で、チャーハン単品が650円(当時)なので、ランチセットは110円もお得だった :D

ラーメンというか中華そばの方は、見た感じ佐野ラーメンぽっかったのだが、スープの味は薄くて何系なのかよく分からなかった。さらに麺は茹ですぎなのかフニャフニャに柔らかくて今ひとつ :|。もしかしたら自家製手打ち麺だろうか。製麺所の麺では無いような気もする。一方、チャーハンは妙に塩っぱい。どうやら中華麺とチャーハンを交互に食べるのが最もバランスの良い味わいになることが分かった。そう云うことで、ちょっと真面目に食べ切ってしまったのが原因なのか、城攻め中に腹が痛くなって少し難儀したけど :$

あとトイレは厨房のすぐ脇にあって、和式便器なので利用時に「生成される音」が厨房に聞こえているのではないかとハラハラしたし、衛生的にどうなんだろうか :|

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

お食事処・大陸亭
群馬県邑楽郡邑楽町篠塚2770-3


ここからはオマケ。

東武・館林駅から東武小泉線・西小泉行の10000系(10030型)に乗車して篠塚駅で下車:

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10030型

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単線・無人駅の篠塚駅

駅を下りて県道R152(赤岩足利線《アカイワ・アシカガ・セン》)沿いを南下したところにある篠塚伊賀守の御廟:

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御廟の境内

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御廟の境内

伊賀守は、群馬県の英雄である新田義貞に従った四天王の一人で、太平記にも登場する御仁。興味を持ったきっかけは、最近巡ってきた分倍河原古戦場跡の他、神流川古戦場にある金窪城主であった畑時能《ハタ・トキヨシ》もまた四天王の一人だったと云うこと。圧倒的な強さから、伊賀守の武勇伝は三国志演義の関羽雲長にもたとえられている。

邑楽町の英雄の御廟と供養塔。廟扉には新田氏の「新田一つ引き」紋があしらわれていた:

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御廟

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篠塚伊賀守重広公の供養塔

御廟をメンテしているのが近くにある篠塚家の菩提寺である大信寺で、その山門(赤門)は徳川四天王の一人で館林城主・榊原康政の菩提寺から移築したものらしい:

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大信寺の山門(赤門)

こちらは本堂。昭和の時代に建てられたもので、その脇には江戸時代の建立と伝わる旧本堂があった:

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改築された新しい本堂

篠塚氏の居館跡は既に宅地化されていて、遺構はあまり残っていないが、大手門跡に建つ毘沙門堂周辺には若干の堀と土塁のようなモノを確認できた:

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大手門跡と毘沙門堂

かって城域に建っていた八幡神社は移築されていた:

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現在の八幡神社

古城橋は、かっての外濠に架かっていた橋であったが、現在は暗渠になって石碑が残るのみ:

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古城橋跡

篠塚館跡の大部分は宅地化・耕地化されていた:

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篠塚館跡

一部に見られる用水路などは居館の名残であろう:

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城跡北側の用水路

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also篠塚伊賀守御廟と大信寺参詣 (フォト集)
See Also篠塚館攻め (フォト集)  

参照

参照
a 【今日は何の日?】徳川家康が征夷大将軍に就任し江戸幕府を開府した日(旧暦)。レトルトカレーの日(ボンカレーが発売された日)。世界の冒険家・植村直己の誕生日。
b コンビニも無く、正直、この店しか選択肢が無かった 😮️。
c あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。
d 和洋中のメニューは然り、国道沿いで五台以上は停められる駐車場もあったし 😉️。

釜玉中華そば ナポレオン軒@府中店 − That has Taste than it Looked.

先週は令和5(2023)年の冬至の候を過ぎたとある日[a]【今日は何の日?】鎌倉幕府初代征夷大将軍・源頼朝が落馬した日(旧暦)で翌月の1月13日に死去した。旧ソ連による大統領暗殺によるアフガニスタン紛争が勃発した日。七年前に攻めてきた城館跡(東京都府中市)を再訪してきた。そのあとは旧甲州街道から府中街道に入り、大國魂神社《オオクニタマ・ジンジャ》とその周辺を散策する前にお昼を摂ることにした。「大國魂神社西」交差点からJR府中本町駅へ抜けるあたりには麺系の御食事処が集っているらしい :)。ちょうど昼時で、現地の混み具合でお店を選ぶことにしていたので、ひとまず初来店の釜玉中華そば・ナポレオン軒(府中店)へ[b]他の候補は「中華そば・中野・青葉」、「いつみ屋」、そして「とんかつ山下」。最悪のケースは松屋か 😁️。

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釜玉中華そばナポレオン軒@府中店

店の前には既に二人の客が行列していて、最初は何も考えずその後ろに並んだのだけれど、先客から「先に店内の券売機で食券を買ってから並ぶんだよ」と教えられたので、店内に入って自販機で「リッチ・釜玉中華そば(並)」(900円)を選択。この自販機から厨房に向かって横に伸びたカウンター席は6席。厨房に居た店員から外でお待ち下さいと云われて、再び店前へ:

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店頭

ちなみにリッチ版にはチャーシューとメンマが乗っている。

並ぶこと10分ほど、食事を終えた客と入れ替わりで店内に入って店員に案内された席へ。これは眼の前にあった御品書:

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御品書

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御品書

次にカウンター席の棚にはトッピングらしきものが並んでいたのだけれど、その数がいろいろあって凄い :D

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トッピング(その1)

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トッピング(その2)

全てのテーブルに等しく置かれているわけではないので、混んでいる時に取るのは苦労するかも[c]今回は、自分の両脇は空席だったので手を伸ばせば苦もなく取ることができた 🙂️。。そしてテーブルの上にはきくらげの箱があった:

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トッピング(その3)

こちらが釜玉中華そば(並)のリッチ版:

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釜玉中華そば(並)のリッチ版(900円)

見た目は「汁なしラーメン」そのもの。正確にはスープ無しか :D。ゴマ油に浸かったネギがデフォルトのトッピングで、オプションである味付きメンマもいい感じ。隣の客のものを見たところ、辛ネギ版は「辣油」が加えられているっぽい。そして「釜玉」と冠している割には生玉子は小さめ。それらの裏に隠れているのが太麺のちぢれ平打ち麺。食べる前であるが、この麺はかなり気になった。

と云うことで湯気が出ているうちに麺をまぜまぜする:

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釜揚げ平打ち麺に玉子を一気に絡める

釜玉うどんの場合だと泡が出るまでかき回すが、こちらは溶いた黄身を和えているって感じ。丼の底に置かれた醤油+にんにくベースの醤油ダレは濃いめながら、黄身が合体すると濃味がまろやかになる(にんにく味はそのまま)。

まずはトッピングなしで頂く。平打ち麺のコシが凄い。ラーメンと云うよりはうどんに近い感じ。食べごたえあり 8)

味が単調なのでトッピングに手を付けてみる。タレの主張が大きいので、味変と云うよりは気分転換に近いかも:

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with きくらげ

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and 揚げねぎ

他の客は皆、替え玉を追加で注文していた。見たところ、平打ち麺ではなく細麺のようだ。券売機横に居た客の荷物が邪魔で券売機までたどり着けそうに無かったので今回は諦めたが、(機会があれば)次回はあらかじめ購入しておこうと思った :|

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

釜玉中華そば・ナポレオン軒(府中店)
東京都府中市本町一丁目9-41


ここからはオマケ。

JR府中本町駅前を通る鎌倉街道から府中市街地の眺め。道路の奥に見える跨線橋[d]線路を跨ぐような形で架けた橋。《コセンキョウ》は東西の高さが異なるのでループ式の橋になっているのが珍しい:

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府中市街の遠望

京王府中駅前のけやき並木通りには八幡太郎こと源義家《ミナモト・ノ・ヨシイエ》の像があった。平成4(1992)年の建立とのことだけど、残念ながら、この街に住んで居た時に見た覚えがない :X

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源義家公とけやき並木

源氏武士の先祖と云われる義家は、平安時代末に父・頼義《ヨリヨシ》と陸奥国で起こった地侍の反乱(前九年の役)の鎮圧に向かう途中、府中の大國魂神社で戦勝祈願し、平定後に戦勝報告し、その報賽《ホウサイ》として、けやきの苗木を奉納したと云う。

この他に、源頼義・義家父子は同じように志村城そばの熊野神社に立ち寄り武運と祈願している。

なお義家の弟・(新良三郎)義光《(シンラサブロウ)ヨシミツ》は信濃国源氏の祖であり、武田信玄で有名な甲斐武田氏の先祖にもあたる。

こちらが大國魂神社。大鳥居前にあるけやきは、この伝承にちなんで徳川家康が追加で寄進したものの一つらしく、既に枯れ死しているが御神木として残されている:

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武蔵総社・大國魂神社

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門前のケヤキ

今回は七年前に一度攻めた高安寺館跡を再訪した。特に目立った遺構はないが城塁らしきものを確認できた:

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曹洞宗・龍門山・高安寺

室町時代の征夷大将軍・足利尊氏が再興した禅寺。二度の分倍河原合戦では諸勢が本陣を置き、勝利を勝ち取った縁起の良い館跡。ただし、その度に兵火で伽藍などを焼失し、幾度か再興・再建されている。

山門は明治5(1872)年の再建(都選定歴史的建造物指定):

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四脚楼門形式の山門

本堂・山門と同じ線(参道)上にある弥勒菩薩像:

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高安寺境内には源義経の郎党の一人、武蔵坊弁慶にゆかりありと伝わる井戸跡がある:

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伝・弁慶硯の井

平家滅亡後、兄の源頼朝に鎌倉入りを許されなかった義経はやむなく京へ戻る途中、赦免祈願のため立ち寄った見性寺(現・高安寺)で大般若経を写したが、その際に硯に使う水を弁慶がここから汲み取ったらしい。

分倍河原合戦で鎌倉(執権北條)勢を敗走させた新田義貞公の騎馬像がJR分倍河原駅ロータリーにある[e]公は鎌倉方面を向いている。。こちらの像は昔から知っている :D

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新田義貞公之像

個人的には、公の四天王[f]篠塚重広、栗生顕友、畑時能、由良具滋の四人。が剛勇ぞろいで凄いと思う。

最後は、その昔に歓送迎会や忘年会で利用した居酒屋の割烹・番場屋。手前が旧甲州街道:

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割烹・番場屋

江戸時代、ここの辺りの集落には「番場宿」なる宿場町があったらしい。

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also分倍河原古戦場巡り (フォト集)
See Also高安寺館攻め(2) (フォト集)
See Also2023年12月 大國魂神社と武蔵国府跡巡り (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】鎌倉幕府初代征夷大将軍・源頼朝が落馬した日(旧暦)で翌月の1月13日に死去した。旧ソ連による大統領暗殺によるアフガニスタン紛争が勃発した日。
b 他の候補は「中華そば・中野・青葉」、「いつみ屋」、そして「とんかつ山下」。最悪のケースは松屋か 😁️。
c 今回は、自分の両脇は空席だったので手を伸ばせば苦もなく取ることができた 🙂️。
d 線路を跨ぐような形で架けた橋。
e 公は鎌倉方面を向いている。
f 篠塚重広、栗生顕友、畑時能、由良具滋の四人。