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日本のラーメン

永盛食堂 − A SHIMODATE Ramen.

「茨城県のネタ」が続くけど、こちらは先週末は平成31(2019)年3月の週末[a]正確には「飛び石」連休の週末。を利用して茨城県の城攻め第二弾として初日はJR水戸線沿線にあった城跡を巡り、最終日は真岡鉄道(もおか・てつどう)沿いに残る城跡[b]かっては「上館」、「中舘」、そして「下館」と呼ばれていたらしい。なぜか京から一番遠い方が「上館」だったけど。オマケに栃木県と茨城県が入り組んでいる。を巡ってきた。ただし城跡としては大部分が田畑化、あるいは宅地化、もしくは公園化されてしまって遺構はほとんど残っていなかったが、それはそれで小さいながらも色々と発見があって良かった :)。おまけに初日の天気予報が大ハズレで、ところどころで予想外の雨が降るって云うイマイチの天候だったこともあり、最終日の晴天は気分もモチベーションも上がったし :D。あぁそうそう、ホテルの朝食がカレーだったのも良かったっけ 8)

この日最後の城攻めが終わったのが昼過ぎで、帰りの電車までの時間があったので駅へ向かう途中にあった永盛食堂と云う、なんか田舎でよく見かけるお店で茨城県のご当地ラーメンを食べてきた:

永盛食堂

実際に食べるまでご当地ラーメンとは知らなかったが、ここ茨城県西部にある筑西市筑西(ちくせい)市のB級グルメが下館ラーメンと呼ばれる鶏ガラをベースにした「正統派」の中華そばらしい。

店には既に先客が居たけど、すぐに座ることができた。で、目の前に掲げられた木札のメニューからチャーシューメン(800円)を注文した。その際に、店の人から「チャーシューは鶏肉ですけど良いですか?」と質問されたので、聞いてみたらそれが下館ラーメンのスタイルとのこと。

こちらがチャーシューメン:

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チャーシューメン(800円)

まさに「中華そば」。鶏ガラスープと濃口醤油をベースとしたスープの上に刻みネギ、海苔、ナルト、メンマ、そしてほうれん草。浮いている玉子は茹でたもの。そして鶏胸肉のチャーシューが五切れ:

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鶏肉のチャーシュー

スープは濃い醤油味、麺はちぢれ細麺でちょっと茹で過ぎって感じが、昔風で懐かしかった:

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店名が刻まれたどんぶり

ということで完食。最後は店主の親爺さんが出てきて挨拶してくれた。

永盛食堂
茨城県筑西市岡芹958番地


ここからはオマケ。

前日とは打って変わって晴天に恵まれた最終日は朝8時前にホテルをチェックアウトして小山駅から水戸線に乗って下館駅へ。ここで真岡鉄道(もおか・てつどう)へ乗り換えだけど、IC乗車券は利用できないので実費で精算となる:

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真岡鉄道乗車券・久下田行き

こちらが真岡鉄道のモオカ14形(日本車両製)。同型に富士重工製があるが、違いは前照灯の位置:

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モオカ14形

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広告ラッピング車両

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モオカ14形

そして、まずは「上館」こと久下田城跡の最寄りである久下田駅へ。なお駅は栃木県、城跡は茨城県となる:

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久下田駅(無人駅)

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「久下田」駅

これは駅前にあった二宮尊徳廻村の像。ここ下野国も奥羽国同様に農地改革で二宮金次郎の教えが生きていた:

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二宮尊徳廻村の像

城攻めの前に久下田城主で開祖だった水谷蟠龍斎正村(みずのや・はんりゅうさい・まさむら)の墓がある芳全寺(ほうぜんじ)へ立ち寄った。ここには、なんと阿弥陀如来像が置かれていた:

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芳全寺の阿弥陀如来座像

あと「とちぎ・名木百選・芳全寺のしだれざくら」。樹齢は約200年だとか。未だ咲き頃ではなかった。くどいけど芳全寺は栃木県、城跡は茨城県:

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芳全寺のしだれ桜

それから茨城県の久下田城を攻めて、再び栃木県の久下田駅へ:

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茂木方面(左手が栃木県、右手が茨城県)

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久下田駅・下館方面

次の「中舘」こと伊佐城跡へは茨城県の折本駅まで戻って徒歩で移動した。こちらは乗車時の整理券。ワンマンカーなので下車時にこの整理券と料金を払う。そして車窓からの眺め:

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乗車整理券

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先頭車からの眺め

こちらは折本駅ホームにて:

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モオカ14形

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「折本」駅

折本で下車するとホームや駅舎の周辺には大勢の人たちがたむろっていたが、その直後に汽笛が聞こえて納得した。というか真岡鉄道ってSL走っていたのか 8)

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C11325号(拡大版)

C11325号は新潟県阿賀野市から真岡市が譲り受けたもの。最後尾は気動車だった:

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新旧車両が並ぶ

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新旧車両が並ぶ

で驚くことに、本ブログ執筆中、C11325号は東武鉄道へ譲渡されるらしいことが判明。さらに残り2両のうち老朽化のため1両の運行を取りやめるとのことで、最終的に1両での運行になるのだとか :O。うーむ、最後の勇姿を拝めたのは運が良かったのだろうか。

折本駅から南下していくと何やら櫓台ぽい丘陵が見えてきたが、これは筑西市指定史跡の富士東古墳とのこと:

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富士東古墳(拡大版)

現在、伊佐城跡には中舘観音寺が建っており、その一角にある御堂には旧国宝で重要文化財の木造観世音菩薩立像が置かれていた。

そして最後の「下館」こと下館城跡へは徒歩で移動。五行川の河川敷沿いにある遊歩道を南下した:

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五行川の河川敷

この河川敷の桜並木の間からは筑波山を拝むことができた:

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桜並木と筑波山

こちらは下館城主・水谷(みずのや)家菩提寺であり、歴代城主の墓がある定林寺の山門:

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定林寺

再び五行川越しに眺めることができた筑波山:

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筑波山(拡大版)

下館ラーメンを食べたあとは最寄りの下館二高前駅から乗車して下館駅へ。下館駅では下車時にJRへ乗り換える際に必要になるのかどうか分からないが精算証明書なるものを貰った:

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「下館二高前」駅

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乗車・精算証明書

最後は小山駅で見かけた「最強ラーメン祭2019」のポスター。前日に知っていたら行っていたのになぁ :P

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最強ラーメン祭2019

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also真壁城攻め (フォト集)
See Also結城城攻めと結城家御廟 (フォト集)
See Also久下田城攻め (フォト集)
See Also伊佐城攻め (フォト集)
See Also下館城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 正確には「飛び石」連休の週末。
b. かっては「上館」、「中舘」、そして「下館」と呼ばれていたらしい。なぜか京から一番遠い方が「上館」だったけど。オマケに栃木県と茨城県が入り組んでいる。

麺屋 湯や軒 − This is not a Public bath, this is a Ramen Shop.

今となっては一昨昨年(さおととし)は平成27(2015)年の暮れにお台場へ行って来た。レインボーブリッジの遊歩道を使って芝浦から台場へ東京湾を横断するのは自身初めて ;)

ちなみに目的地はお台場海浜公園ではなく台場公園の方だけど。台場公園は、その昔は品川御台場と云う砲台だった。いつもなら「城攻め」ではあるのだが、今回は要塞攻めに近い。かっての江戸湾には6基の台場があったが、現存する2基を除いて他は品川埠頭とか豊洲埠頭なんかの埋立地に埋もれてしまっているわけだが :O

で、この日の東京は最高気温は10.5℃と例年にしては温かい方だったが、何しろ臨海部ということもあって風が強く台場公園の土塁を登り降りしていたら体も冷えてしまった :$。ということで夕食は最寄り駅近くにある麺屋・湯や軒(めんや・ゆやけん)なるラーメン屋へ。以前から気になっていたお店なのだけれど、何時も混んでいて入れなかったので、今回は休日ながら夕食の時間帯にぶつからないように、あらかじめ映画なんかを観て時間を調整して行って来たと云う次第;)

麺屋 湯や軒

お店の外観を見た感じ、入口に窓などが無く完全に締め切っているので中が見えない。お店の内装を含めて「銭湯屋」をイメージしているぽいのだけど :O

店に入って空いていたカウンターの席に通してもらう。カウンターには銭湯屋をイメージするプラスティックの桶や赤色と青色のボタンのついた蛇口なんかで装飾されていて面白い :)。そう言えばカメラバッグを預けたら、まさに銭湯屋でよく観る下駄箱みたいなところに入れてもらったけ。ご丁寧にマッサージチェアも置いてあったが、あそこで食べる人はいないよねぇ。トイレの前には男湯・女湯の暖簾がかかっていたし。

で、今回はつけ麺にも興味がそそられたけど、初めてなので八豚(はっとん)ちゃ〜しゅう麺(880円)を注文した:

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八豚ちゃ〜しゅう麺(880円)

麺は平打、豚骨醤油で「八豚」の数字が豚骨の割合を表すらしく、これはメニューで一番濃厚な豚骨であった。

とにかくスープが熱く、濃厚で美味しい。具は冷たくないの熱さの邪魔になっていない。今時、珍しいラーメン屋。接客も素晴らしく、職場近くにある「ラーメン無双 三軒茶屋店」[a]客がいようがいまいが厨房で大声でべちゃくちゃしゃべっていて落ち着いて食事ができない。ホント駄目ダメな店の典型。なんかと比べると雲泥の差だった :D

いや〜なかなか美味しい店を発見してしまった。次はつけ麺にしようと思う。

麺屋 湯や軒
神奈川県川崎市中原区新城5-10-11 アルコープ1F


ここからはオマケ。

まずはレインボーブリッジ(東京港連絡橋)にある南側遊歩道(サウスルート)の案内板。東京タワーやスカイツリーを眺めることができる北側遊歩道(ノースルート)に対して、こちらはお台場を丸ごと眺めることができるルートである:

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「サウスルート」案内板(拡大版)

こちらは芝浦側のループ橋部。上層は首都高速11号台場線、下層は一般道の臨海道路海岸青海線とゆりかもめが走っている[b]アンカレイジを過ぎるとノースルートとサウスルートの歩道が追加される。

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芝浦埠頭のフープ橋(拡大版)

右手奥に海浜公園を眺めつつサウスルートを台場方面へ向かって歩いて行くと、東京湾の無人島こと第六台場跡が見えてくる。ここは許可無く立入りが禁止されている:

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第六台場跡(拡大版)

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第六台場の波止場(拡大版)

東京湾クルージングの「水上バス」を何度か見かけた:

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さくら@東京水上バス

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ジュビリー@東京湾クルーズ

こちらが現在の台場公園。ベースは江戸時代に築造された第三台場。この台場と海浜公園から接合部をくっつけて台場公園とした:

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台場公園

第三台場跡を歩いていると羽田から離陸した飛行機を目撃した:

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第三台場跡から(拡大版)

こちらも台場の土塁上から見かけた飛行機:

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土塁の上から(拡大版)

こちらは東京湾を編隊を組んで進むカモたち:

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東京湾を泳ぐ鴨たち

最後は台場の土塁上からレインボーブリッジの橋脚ごしに東京タワー方面の眺め:

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東京湾と東京タワー(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also品川台場攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 客がいようがいまいが厨房で大声でべちゃくちゃしゃべっていて落ち着いて食事ができない。ホント駄目ダメな店の典型。
b. アンカレイジを過ぎるとノースルートとサウスルートの歩道が追加される。

麺屋 工藤 − Another SANO Ramen.

新年が明けて平常な生活感が戻ってきた感じがする平成31(2019)年は1月中旬の晴れた週末に、栃木県佐野市にある信州・真田家ゆかりの地へ行ってきた。今回の目的地は、三年ほど前のNHK大河ドラマでもその場所に関連するエピソードが取り上げられたこともあって市内でも有名な観光場所となった新町薬師堂

JR佐野駅からだと徒歩30分程。この日は晴天で気温も低すぎず、ちょっとした散歩にはうってつけの日和だった。おまけに新町薬師堂がある例幣使街道(れいへいし・かいどう)[a]この街道は複数の県道がつながっていた。例えば県道R151、県道R141、県道R75など。沿いにはご当地物の佐野ラーメンのお店が何軒かあって、お昼前に着いた頃には既に駐車場は満車だったり、入口前に行列ができていたりしていた。

もちろん自分も今回の目的が完了したらお昼に佐野ラーメンを食べる予定にしていたのであるが、もしかしたら一番混みそうな時間帯と被ってしまいそうで、ラーメン屋の前を通る度にちょっと不安になってしまったが :(

で、「犬伏の別れ」の舞台となったとされる新町薬師堂を出たのが午後1時ちょっと前。このまま歩いてきた道を戻りながら適当に空いてそうなラーメン屋に入ろうかどうかと考えたが、これはこれであとで後悔しそうだったので、ちょうど薬師堂のすぐ近くにあった麺屋・工藤に入ることにした。来るときにちらっと店内を見たらカウンターが空いてそうに見えたので;)

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麺屋・工藤

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佐野ラーメンの麺屋・工藤

暖簾をくぐって店内に入ってみるとテーブル席とお座敷、そしてカウンターがあって、先客はテーブル席の四人だけだった。お昼時にしては運が良かったかも。
ということで自分はカウンターに座って「文字だけ」のメニューを眺める。佐野ラーメンは三年前に佐野厄除大師近くにあったお店以来。この日も歩きに歩いたのでチャーシュー麺(800円)と餃子3個(290円)を注文した。もう少し暖かかったらビールも注文していたかも。

まず最初に出てきたのが餃子。三個ながら思っていたより大きい:

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餃子3個(290円)

餡が不明だったので、ここは醤油ベースのタレで頂いた。食べてみると餡はすごく柔らかくフワフワだった。これぐらいなら6個でもよかったかなぁ:

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柔らかい餡の餃子

そしてチャーシュー麺の登場。最初、文字だけのメニューだと雰囲気がつかめなかったので、食べログか何かに掲載されていた写真を店員に見せて注文したのがこれ。でも玉子が入っていないではないか。写真には入っていたのに:$

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チャーシュー麺(800円)

それはそうと、美味しそうなスープであるのが目で見てわかったので、すかさずレンゲでスープをすすったらヌルい〜」:O。いきなり冷たいチャーシューを何枚もぶち込んだからだろう。それでもチャーシューの下から麺をかき出しながら食べたら丁度よくなった。全体的にバランスのよいラーメンで、チャーシューもスープも美味しかった。もちろん佐野ラーメン独特のちぢれ麺もよかった。

ということでスープをしっかり飲み干して完食。身も心も暖かくなった。自分が食べ終わろうかとしていた頃、客もどんどん入ってきて座敷は満席、カウンターも数席のみ空いていたという感じ:

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完食

ちなみに、このお店は今年の2019年6月頃には移転してしまうらしい。店内に地図が貼ってあったっけ。

麺屋・工藤
栃木県佐野市犬伏新町2079


ここからはオマケ。

まずは新町薬師堂まで歩いた時に目に入った例幣使街道沿いのラーメン屋たち:

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手打中華・森田屋総本店

まずは手打麺で有名な森田屋総本店。土曜日の11時46分頃の状態。帰り(午後2時くらい)に店の前を通ったら午前の部が終了していた。

こちらはネギラーメンで有名なラーメン太七。予定としては、このお店に行こうかと思ったが、土曜日の11時49分でこんな具合。帰りに通った時はベンチに人が座っていたので、多分、この日見た店の中では一番混んでいたかも:

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ラーメン太七

こちらは手打中華・生そばの鈴木食堂。土曜日の11時57分頃。ここは地元のナンバーの車が多かった:

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鈴木食堂

そして、こちらのこの日の目的地である新町薬師堂。その背後にそびえているは米山古墳:

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新町薬師堂(拡大版)

慶長5(1600)年、天下分け目の関ヶ原の合戦を前に、真田父子三人(昌幸・信幸・信繁)が東軍と西軍に別れて戦うことを決断した密議の場所だったらしい:

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新町薬師堂

なお、この密議の場所としては、このあと紹介する大庵寺だったという説もあり。

これは薬師堂内に展示されていた写真。大河ドラマとタイアップした番組でも紹介されていたようだ:

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新町薬師堂に因む写真

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大河ドラマとタイアップした番組(拡大版)

こちらは浄土宗・天王山・昌綱院の大庵寺の入口。先に紹介した「犬伏の別れ」の舞台となったもう一つの密談場所。実際、真田軍はこのお寺に陣を置いていたから、ここである説が有力じゃないかと思うが:

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大庵寺の入口

大庵寺の境内には「西遊記」で有名な玄奘三蔵法師(げんじょう・さんぞうほうし)の石版やお釈迦様の足跡などがあった。

こちらは善導大師。中国浄土教の大成者。日本の浄土宗の開祖・法然の教えは、善導の教えに基づいたものらしい:

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善導大師の石版

次は玄奘三蔵法師。三蔵とは仏教の聖典(経蔵、律蔵、論蔵)に精通した優れた僧のことらしい:

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玄奘三蔵法師の石版

最後は釈迦牟尼世尊、すなわちお釈迦様の石版と物足:

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釈迦牟尼世尊の石版

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お釈迦様の足跡

この仏足の上に自らの足を乗せると、インドの仏跡を巡拝したのと同じ功徳があるそうで、邪鬼が払われて幸せが訪れるのだとかで、実際に石版の上に乗ってみた:

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釈迦如来様の佛足石

これは例幣使街道沿いを歩いている際に見かけてかなり気になった建物。1Fがカレー屋に見えるが、本当に営業中かどうかは未確認。かなり不気味だった:O

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廃墟にカレー屋?

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実際に営業中かどうか不明(拡大版)

これも通りすがりに撮ったもので、FIAT 500L:

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愛くるしいFIAT 500L

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also真田父子犬伏の別れの地と大庵寺 (フォト集)

参照   [ + ]

a. この街道は複数の県道がつながっていた。例えば県道R151、県道R141、県道R75など。

東京らーめん・いな世 − Why Tokyo-Ramen at NAGOYA, don’t you?

今年は平成30(2018)年の初夏、連休を利用して愛知県にある城攻め旅行へ。この時の日本列島はいたるところで酷暑だった。そんな季節に山ではなく都市部を選択したのだけれど、こちらはこちらで強烈な日射や地面からの照り返しやらで相当エネルギーを消耗した旅行だった :$

そんな初日の午後は西尾市にある城址公園を巡ってきた。名鉄西尾線の西尾駅を下車したのが午後2時。そこから徒歩で西尾市歴史公園へ。途中、尚古荘(しょうこそう)なんていう京風庭園に立ち寄ってきたが、何やら不似合いな格好をした人達(特に思い思いの格好をした女性たち。)が屯していた[a]たぶん、暑いので庭園内にある古民家や東屋辺りに。 :|。どうやら、この日は「六万石城下町・西尾祇園祭」なる祭りの最終日だったようだ。そういうことで、西尾城跡の公園内が祭りの会場になっていこともあって大勢の人達が準備していたが、その邪魔にならないように足早に巡ってきた。とにかく暑かったし。そして駅へ戻ってみるとと、こちらも大勢の子どもたちでごった返していたっけ。暑いけど、子供は元気だ。で、西尾から新安城経由で宿のある名古屋に着いたのが午後4時半。予定より小一時間ほど早かったが、暑いし、汗かいたし、エネルギー補給したいので、そのままチェックインした。しかし名古屋駅太閤口周辺は人が多かったが、何かイベントでもあったのだろうか :O

部屋に入ってテレビを付けて、大相撲名古屋場所のこの日の大一番を観ながらしばらく休憩し、それから夕飯にと予定していた駅地下にある備長ひつまぶしへ向かったが、歩いていると名古屋に着いた時以上に大勢の人が目についた。おいおい、なんか嫌な予感がするなぁと地下街の案内図を見ながらお店に向かってみると、案の定の行列 :O。オマケに名前呼びしないシステムだったので、ひたすら待ち続ける必要がある現実に、さっさと来れば良かったと後悔したが、既に遅し ;(。仕方がないので鰻を諦めて他に名古屋名メシを求めて歩きまわってみたが、どこもかしこも行列。一旦、地上に出て宿前の繁華街を歩いてみたけど、こちらも行列。ホント、名古屋は行列が多い :D。なんて笑っている場合でもなくなってきたので、名古屋駅の駅ビルへ戻って「名古屋うまいもん通り」なるレストラン街を行ったきり来たりし、そこそこ行列が短かったラーメン屋、いな世へ。あんまり良く見なかったので店名や何系か覚えていなかったが、後で調べてみると、この辺りは全国のラーメン店が軒を並べる通りだったようだ:

名古屋駅の太閤通口

で、行列待ちしながらメニュー見ていたが大してソソるような品が無かったので、物珍しいところで期間限定の「汁なし・まぜそば」なるものを注文。席にとおされ出てくるまでの間、梅酒ロックを食前酒にして待つことにした。そして出てきたのがこちら:

汁なし・まぜそば(920円)

う〜m、メニューを見た時は分厚いチャーシュが目を引いたが、実物の方は特に目を引くほどの具材は載っていなかった :O。混ぜ混ぜして、さっさと食べて店を出てきた。値段の割に、特に感想が出てこないという悲惨な結末だった :X。このブログを書きながら調べてみたが、このお店は東京ラーメン系だったことを知って、さらに落胆した。名古屋で東京ラーメンか….。もっと旨い店あるぜ、東京には。

東京らーめん・いな世
愛知県名古屋市中村区名駅1-1-4 JR名古屋駅 名古屋うまいもん通り


ここからはオマケ。

こちらが西尾祇園祭のちらし:

尚古荘にて

尚古荘の庭園など。暑かったので、ほとんど人を見かけることは無かったが:

暑かったので

客がまばらな

尚古荘

これは西尾市歴史公園(西尾城跡)の入口(二之丸虎口)に再建された鍮石門(ちゅうじゃくもん):

江戸城の中雀門から名前をとった

こちらは本物の庭園と京から移築した茶室。有料(400円/当時)だが抹茶を頂けるサービスあり:

公園内にあった旧近衛邸(拡大版)

実は、この庭園は城跡の遺構を埋没保存したカモフラージュだけど、炎天下のお祭り会場で、そんなことに興味持つ者は俺ぐらいだろうな :D

こちらは公園内にある由緒高い神社・御劔神社(みつるぎ・じんじゃ)の狛犬。平成の時代に解体修理が行われ、なんと創建当時の姿として復元された貴重なもの:

狛犬(吽)

狛犬(阿)

こちらも平成の世に再建された本丸の隅櫓:

木造で復元された丑寅櫓(拡大版)

ここ西尾市は天守再建も計画しているということで、意外と真剣な熱意を持つ街であることを現地で知った;)。素晴らしい。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also西尾城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. たぶん、暑いので庭園内にある古民家や東屋辺りに。

味の店 田中屋 − A Handmade Wantan Ramen at SHIRAKAWA.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の初秋に自身初の「奥州攻め」として、シルバーウィークを三日間の日程で福島県内に残る城跡を巡ってきた。
最終日は福岡県白河市にある白河小峰城跡に建てられた城山公園へ。ここは戊辰戦争(會津戦争)の激戦地だった白河口近くにあった城跡で、最後は城郭の大半を焼失して落城した。そして120年近くたった平成の時代に、ここ白河市市政40周年記念事業の一環として、かって本丸に建っていた三重櫓や前御門という遺構が木造で復元された。これは素晴らしいことである 8)。しかし平成23(2011)年の東日本大震災により、本丸の高石垣の一部が崩壊するなど大きな被害を被ったらしい。と云うのを「恥ずかしながら」当日行って初めて知った:O

実のところ、今回の旅行を計画した当初は二本松城を攻める予定だったが、ホームページをみたら震災被害と復旧工事の情報が掲載されていたので今回は諦めることにして、代わりに白河小峰城にするかと、事前にホームページを確認してみたら震災や工事情報について全く掲載されていなかったので、ここに決定した。そういうこともあって現地へ行くまでは全く知らなかったし、気にしていなかったわけである。まぁ知らない方が悪いと云われても仕方がないのだが、それにしても適切な情報をガイドしない白河市もおかしいだろうと思った。今となってみると白河市のホームページには小峰城の石垣修復状況なんてページがあるようだが、当時は無かった(または見つからなかった)。大体このページだってトップページからリンクは無いし :(。ということで、当時はかなり立腹したが、せっかく来たわけだし、震災から4年たっている(当時)にも関わらず、三重櫓をはじめとする一部の遺構を観賞することができたのはラッキーだった。というか、そう思うことにした :|


ということで城攻めを終えて帰る前に、白河ラーメンと云うご当地料理で、腹が立って逆に空いてしまった腹を満足させるため、JR白河駅から徒歩10分程のところある「手打ち中華そば」「手打ちワンタン」で名の知れている田中屋というラーメンへ:

味の店・田中屋

ご当地「白河ラーメン」

店に着いたのはお昼ちょっと過ぎだったこともあり、店内(テーブルと座敷)はほぼ満席だったが、自分は一人だったこともあって、ちゃっかり相席させてもらえた ;)

そして注文したのは、もちろんワンタンメン。他にもラーメン・塩ラーメン・味噌ラーメンやタンメン、そしてホワイトラーメンなんて名前からは想像できないものもあったが :O。そもそも「白河ラーメン」とは福島県白河市およびその周辺で食べることができるご当地ラーメン。特徴は鶏ガラや豚骨から出汁をとったスープで、味付けは醤油が一般的なのだとか。店の中には熟成醤油を使用して深みのある味にしているところもあるようだ。同じ県内の喜多方ラーメンとあまり大きな違いは無いようだ:

ワンタンメン(750/当時)

すばらしい中華そば系のレイアウト。チャーシュー(モモ)に隠れてワンタン、海苔、いんげん、メンマとネギ、そしてなると。脂っけが少なく、味は薄めながら、生姜の味があとからついてくる醤油味のスープに、手打ちのちぢれ麺は柔らかめながらコシが残っていた。トロトロのワンタンと麺のハーモニーが素晴らしい。しっかりスープを含めて完食してきた:

完食

食べ終わって一息着いたところで、ドアの外に人影が多く見えたので早々に退散してきた。にしても、店員が皆、老齢のおばちゃんだったので、この行列の対応は大変そうだった。

手打ちラーメン・わんたん
田中屋
福島県白河市横町21


ここからはオマケ。

この日は、昨日の充実した會津攻めのあとに会津若松から郡山経由で宿のある新白河へ移動。結局、チェックインできたのは20:00を過ぎていた。宿泊先の周囲はほとんど開いている店がなかったので、奥州街道R4近くの松屋でスタミナを付けてきた。
翌日は、この旅行で一番のんびりできた朝で、しっかりとホテルで朝食を摂って09:00にチェックアウトして、目の前にある新白河駅からJR東北本線・郡山行で白河へ向かった:

JR東日本のE721系の郡山行

こちらは白河駅の駅舎:

JR東北本線の白河駅

改札は、この南側だけなので、白河小峰城跡にある城山公園に行くには、駅舎脇にある地下トンネルを通って東北本線をくぐって北側に移動する必要がある。

そして城山公園は、冒頭に述べたような具合ではあったが、せっかく来たので見れるところを回ってきた。こちらは本丸跡に建つ三重櫓。平成の世になって木造復元されたものだが、今回の震災の影響は軽微であったようだ:

白河小峰城の三重櫓

そして、この三重櫓の最上階から城址西側の眺め。ちょうど東北新幹線をみることができた。その背後に見えるのは那須岳(茶臼岳と朝日岳):

東北新幹線

東北新幹線

お昼を田中屋で頂いて白河駅へ戻り、再び新白河へ移動して、そこから新幹線で帰京した。本当はもう少し白河周辺を散策してもよかったが、連休最終日は流石に混むので、早々に退散することにした。

こちらは新白河駅の新幹線ホームで見かけた東北新幹線:

E2系(はやて)

E5系(はやぶさ)

こちらは東京駅の新幹線ホーム。新白河からはE2系(なすの)で帰ってきた:

E2系(なすの)

降りた向かいのホームに停車していたE5系(はやぶさ)とE7系(あさま):

(奥から)E7系とE5系

以上で三連休使った奥州攻めは終了。自身初の街が多かったので、非常に刺激的で想い出深い旅行になった。ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also白河小峰城攻め (フォト集)