日本の名勝・名跡・名所」タグアーカイブ

日本各地にある名勝や名跡や名所

手打ちそば 車屋 ー This is not just Soba-shop.

先週は令和5(2023)年の小雪の候の少し前の週末[a]【今日は何の日?】土木学会+旧建設省が制定した土木の日。漢字の「土木」を分解すると十一と十八になることから。同じような語呂合わせだと、雪見だいふくの日。に、神奈川県の大磯町にある山城跡を二ヶ所攻めてきた。一応は、事前にコンビニ製おにぎりを2個購入して、標高167mほどの山頂で(早めの)お昼を摂ったのだけれど、下山して二つ目の山城跡を(徒歩で)攻めた後にはすっかりお腹が空いてしまった :D

昼の1時近く、予定より大分早く城攻めを終え、東海道は国道R1沿いの最寄りのバス停へ向かう途中、一軒の蕎麦屋を見かけた。店の前の水車が、この店は「そこいらの蕎麦屋とは違うぞ」感を醸し出していたが、ひとまずバスの時間を確認。次のバスまで小一時間ほどあったので、それならばと蕎麦屋まで戻って二度目のお昼を摂ることにした:

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旧東海道沿いにある車屋

暖簾をくぐり店内に入ると、一人用のテーブル席に通された。眼の前はテレビというお得な席だった。さらにテーブルの上の壁にはたくさんの御品書きが吊るされていたので、右から順番に眺めていく。

いつもなら城攻めを終えた後のビールで喉を洗浄するのだけれど、このあとも予定があったので、ここは我慢 :D。この日は陽が出ていたけど風が強く、歩いても歩いても体が冷えたままだったので暖かい本鴨南蛮蕎麦(1,210円)を注文した。

昼時ともあって店内には他にも客がいて、その中で最後に注文した自分の蕎麦が出てくるまで時間がかかりそうだなぁと眼の前のテレビを観ながら思っていた時、吊るされていたメニューの中の一つが目に入った。自家製・きゅうりのぬか漬け(300円)。糠が自家製なのか、きゅうりが自家製なのか詳細は不明であるが、乾いた喉を潤すために注文した:

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きゅうりのぬか漬け(300円)

若干、浅漬けに近い味であまり糠感を感じなかったが、みずみずしくて美味しかった。食べながらふと、その奥にあった黒板に書かれた刺し身の御品書きが目に入った。この店は夜は居酒屋にもなるのだろうかと思ったくらい、お酒のおつまみの品揃えが多かった。

ぬか漬けを食べ終える前に、出てきた本鴨南蛮蕎麦がこちら:

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本鴨南蛮蕎麦(1,210円)

熱々の濃い目のつゆに平たい蕎麦を絡ませて頂いた。鴨肉はスーパーでよくあるハム系ではなく、ちゃんとした(?)肉で、ちょっと硬かったが、脂もほどよく食べ応えがあった:

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少々硬めの鴨肉

最後は、肌寒い中で汗をかいたからか、ややしょっぱ目のつゆをしっかりと飲み干せた。おかげで体は暖かくなって良かったけど:)

車屋
神奈川県中郡大磯町高麗2丁目1-34


ここからはオマケ。
この日の午前中は高麗山城跡を攻めてきた。比高150mほどの高麗山[b]読みは《コマヤマ》。その昔、新羅に敗れた高句麗の亡命者が、この附近に移住して高麗神社を建立したことから。築かれた城:
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高麗山城跡と花水川

戦国時代に越後の上杉謙信小田原城攻めした際に、ここ高麗山に本陣を置いたと伝わる。

さらに花水川の先は丹沢方面で、大山を眺めることもできた:

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花水川ごしに大山・丹沢寺山を眺める

昼を摂った蕎麦屋の目の前には化粧坂《ケワイザカ》交差点から旧東海道が走っており、近くには大磯宿跡があった。現在も道路脇に松の木が生えて情緒ある風情が残っていた(化粧坂松並木):

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旧東海道の化粧坂松並木

この旧道沿いをバスの時間まで歩くことにした。こちらは化粧井戸《ケショウ・イド》:

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化粧井戸

現在は水は溜まっていなかったが、鎌倉時代にここ大磯では知られた遊女・虎御前[c]上杉謙信の母御ではなく、吾妻鏡や曾我物語に登場し、「曽我兄弟の仇討ち」の一人、曾我十郎祐成の妾だったとか。がこの界隈に住み、朝な夕なこの井戸水を汲んで化粧をしたのでその名がついたと云う。

さらに進むと化粧坂の一里塚なる場所があり、江戸日本橋から十六里のところに設けられた休息所:

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「此辺大磯宿の史跡(化粧坂の一里塚)」

往時は日陰と風よけを目的に、相模湾側に榎《エノキ》、高麗山側に栴檀《センダン》を植えていたのだとか。

こちらは大磯宿跡。江戸時代の浮世絵師・歌川広重が描いた「東海道五拾三次之内大磯虎ヶ雨」が案内板として建っていた:

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大磯宿跡

空は鼠色に曇って秋雨が降る中、大磯宿堺の傍示杭が建つ入口近くを合羽を被って馬で行く旅人や野良仕事帰りの人、笠をさした町人など、街道も濡れてなにか寂しげな風景である:

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広重『東海道五拾三次・大磯・虎ヶ雨』

この地に伝わる曽我十郎と虎御前の悲恋にちなみ、恋人・十郎の死を悲しんで虎御前が流す涙と云われ、虎ヶ雨は夏の季語にもなっている。

こちらは化粧坂沿いの民家なんだろうけど、なんとも季節感いっぱいのお宅だったので、ついつい眺めてしまった :D

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柿の木と民家

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椪柑と民家

 
そして大磯八景碑の一つ、「化粧坂の夜雨」の場所に建つ歌碑:
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大磯八景碑 〜「化粧坂の夜雨」

大磯町長・宮台謙吉が選んだ大磯の名所八景を絵葉書として出版したものを、のちに大磯小学校の校長が刻んだ歌碑が建立された。

こちらは平成の一里塚。かっての一里塚を現代に蘇らせたもので、花水川に架かる花水橋傍にあった:

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平成の一里塚

最後は、この日二つ目の城跡である王城山城跡へ向かう途中、道に迷って見かけた「徳川家地堺」と刻まれた標柱。道路脇にあったけど、このあたりは天領だったのだろうか?:

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「徳川家地堺」の標柱

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標柱があった場所

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also高麗山城攻め (フォト集)
See Also玉城山城攻め (フォト集)
See Also2023年11月 旧東海道大磯宿散策 (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】土木学会+旧建設省が制定した土木の日。漢字の「土木」を分解すると十一と十八になることから。同じような語呂合わせだと、雪見だいふくの日。
b 読みは《コマヤマ》。その昔、新羅に敗れた高句麗の亡命者が、この附近に移住して高麗神社を建立したことから。
c 上杉謙信の母御ではなく、吾妻鏡や曾我物語に登場し、「曽我兄弟の仇討ち」の一人、曾我十郎祐成の妾だったとか。

ラーメンハウス香雅 − It’s tastes like stick to nothing.

先週末[a]【今日は何の日?】あかりの日(エジソンが白熱電球を完成させた日)。小説家・志賀直哉の忌日。は令和5(2023)年の寒露の候に、群馬と埼玉の県境にある古戦場跡を巡ってきた。

まず、この日の午前中は瀧川一益勢が本陣を置いたとされる群馬県(上野国)側の軍配山古墳へ。JR高崎線・東海道本線(上野東京ライン)の新町駅前から出ている前橋玉村線に乗り、上之手南なるバス停で下車。そこから歩いて向かった。そして軍配山古墳周辺を巡ったあと、午後は橋の架け替えで移設されている古戦場碑を見てから神流川を渡り、埼玉県(武蔵国)側の古戦場跡を巡る予定だったので、同じ路線バスで駅へ戻った。

新町駅に着いたのが昼少し前だったので、あらかじめ見つけておいた近くにあるラーメン屋でお昼を摂って、エネルギーを満タンにしてから(瀧川勢と同じように)神流川を渡河することにした :D

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ラーメンハウス香雅

店前の駐車場(ニ台分)は満車であり、この店のホームページの内容から、もしかしたら地元では人気の店?なんて入る前からあらぬ期待をしてまった[b]意外と午前中は歩き回ったので腹が減っていたからだろう 😅️。。そして店内に入ると既に二つあるテーブル席は埋まっており、厨房を囲むL字型のカウンター席も1/3は先客が。

こんな具合でさらに期待を(勝手に)膨らませ、既に注文する品は決めていたのだが、一応はメニューを眺めた。ただお品書きはどこにでもある内容であったが、かまわずカウンター越しに店一番人気でこだわりの一品(930円)を注文。このあとも10分くらい待ったが、お昼どきともあって、その間にも客がどんどん入ってきたっけ。

で、出てきた広東メンがこちら:

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広東メン(930円)

写真ではよくわからないけど、かなりの熱々で湯気々。ここ群馬のからっ風は相当キツイだろうと想像し、午前中は体が冷えるはずだから、熱々の広東メンで体を十分に温めてから午後がんばろうと思っていたのだが、予想に反してこの日の群馬は暑かった〜(店内も暑かった) :O

ハフハフしながら食べ始めると、なんか味が物足りない。と云うか、ほとんど味がしない感じだった。餡はいい具合の色だったのだけれど、スープではなくただの「お湯」で溶いた感じ:|。お湯と云うと、以前同じようなラーメンを食べたことを思い出してしまった。うーm、周りを見ると広東メン食べているのは俺一人。もしかしたらハズレかも。と考えながら、とりあえず味の無い餡の中から麺と具材だけをすくい上げて食べ終えた(スープは残したまま)。

そんな感じで食べ終えた頃、店の入口には客が数人待っていたので、汗をふきつつ御勘定。このとき「広東メンは一番人気ですか?」と聞いてみたら「はい」って返ってきたっけ :|

店の「こだわり」が注ぎこまれた品であれば「930円」は高くはないと諦めるけど、「こんな味わい」が店の「こだわり」と云うのであれば「勘違い」も甚だしいな :$。期待して損した感じとは、まさにこのこと:/

このあとは駅中のコンビニでパンを購入して駅前のベンチで食ることに[c]かなり高く付いたパンになってしまった 🤬️。

ラーメンハウス香雅
群馬県高崎市新町2159-9


ここからはオマケ。

こちらが軍配山古墳(玉村町指定史蹟)。古墳時代の墳墓で、神流川合戦では瀧川一益が本陣をおいたと伝わる:

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軍配山古墳

一面に広がる田んぼの中にぽつんとあるので、遠くからでもすぐに分かった。近づいてみるとただの小山なんだけど、頂上には石碑、麓には説明板が建っていた(手前の黒い石碑は無関係):

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軍配山古墳

頂上から神流川古戦場(渡河地点)方面を眺めてみたが、川はまったく見えなかった:

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古墳上からの眺め

明治時代に発掘調査が行われたあと建てられた石碑(出土品の一覧)の裏面には「軍配山」と呼ばれた由緒が刻まれていた:

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「・・・瀧川一益挙兵ニ際シ軍配ヲ此ノ山ニ・・・」

古墳のまわりは田んぼだった。当時はまさに収穫の季節:

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クボタ ER448

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「♫ 燃える男の 赤いトラクター」

あと、古墳の近くには「滝川」って名前の川が流れ、そこに架かっていた橋は「一本橋[d]いかにも戦国時代にありそうな名前 😄️。」って名前だったけど、これも瀧川左近将監と何か関係があるのだろうか?:

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滝川

こちらが「神流川古戦場跡」の石碑など。JR高崎線のすぐ脇に移設されていた:

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移設されたもの

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JR高崎線の側

移設された物の中で一番奥にあるのが「神流川古戦場跡」の碑。それ以外は常夜燈やら道祖神やらで、あまり合戦とは関係のないものばかり。「森田新吉」って誰よ:|

このあと新しい神流川橋を渡る。古い神流川橋が撤去されずに残っていた。一番奥がJR高崎線:

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新旧の神流川橋とJR高崎線

これらは神流川橋からの眺め。流石に橋の上は風が強かったけど:

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赤城山

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天気が良かった

風が強い上空には必ず出現する鳶:

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そして神流川。この先が烏川《カラスガワ》との合流点で、その近くで北條勢と激突したらしい:

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現在の神流川

瀧川勢が渡河した場所は、今はゴルフ場だった:

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神流川の土手上(左手がゴルフ場)

この日、出会った虫たち(大分ちっちゃいけど :D):

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バッタ

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カマキリ

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トンボ

神流川橋の架替えにより旧道になった国道R17沿いを歩いていた時に、廃車なのか中古車なのかよく分からない置き場所があった。車の墓場にしては、なかなか貴重な車を見かけたけど :O

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車の墓場?

捨てられているのか?、保管されているのか?:

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MINI 1300

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これは保管中?

いやいや売り物だった :O

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72年式 VW ビートル

こちらは、帰りお腹がすいたので、立て続けにJRの自販機で購入したもの。最近の自販機のバラエティさは限度がないらしい。飲む時は目をつぶって :D

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お米が入っていた

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微妙な味だった

最後は踏切信号。今までまじまじと見たことは無かったけど、最新型は意外と elegant だった ;)

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踏切信号

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also神流川古戦場巡り (フォト集)
See Also軍配山古墳攻め (フォト集)
See Also金窪城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】あかりの日(エジソンが白熱電球を完成させた日)。小説家・志賀直哉の忌日。
b 意外と午前中は歩き回ったので腹が減っていたからだろう 😅️。
c かなり高く付いたパンになってしまった 🤬️。
d いかにも戦国時代にありそうな名前 😄️。

串鳥 − A Historic YAKITORI Chain Store with Sapporo Style.

先週末[a]【今日は何の日?】世界の法の日。陸軍大将の乃木希典が殉死した明治天皇の大葬の日。は令和5(2023)年の寒露の候に所用で札幌へ。最後に北海道に上陸したのは COVID-19 流行前。飛行機を利用するのも久方ぶりだったので勝手ちがい[b]特に羽田まで行くのに京急の乗り場とかターミナル内のフロアとか、エスカレータの位置とか、すっかり忘れていた 😣️。にいろいろ戸惑ってしまったが、なんとか無事に新千歳空港に到着 ;)。そのままJR快速エアポート・小樽行に乗車して札幌へ。その昔、客車はボックス席(Box Seat)だったが、今回は全車ベンチ席(Long Seat)だったな。これも時代の流れか。

札幌駅に着いたのが夜6時近く。流石にここは北国、この時間帯は既に真っ暗であるが、駅周辺のネオン&イルミネーション街は COVID-19 流行前に戻っているような気がした[c]COVID-19 全盛期には来ていないので、本当のところは知らんけど 😥️。 ;)。先にどこかで飲み食いしようと思って、予め調べておいたいくつかの店に向かったが、金曜日の夜6時近くと云うことで既に満席か予約 Only の状況であった :$。駅北を横断する北8条通沿いを歩きながら全国チェイン店系の居酒屋で済ませてしまおうかと思っていたところ、懐かしい赤字の看板が目に入った:

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串鳥・札幌駅北口店

その昔、何度か食べに行った札幌生まれで財布にリーズナブルな焼き鳥チェイン店である。ご多分に洩れず、この店も大盛況。既に待ち客が数組あったが、ここは並んで待つことにした:

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この店のトレードマーク

結局20分くらい待ってカウンター席に通された。二席ごとにアクリル版で仕切られた席だった。ひとまず生ビール(495円)を注文すると、お通し(お席料)が出てきた。鶏スープと大根おろし(200円):

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熱めの鶏スープと大根おろし

大根おろしをそのまま出されてもなぁと思って、店員に聞いてみると、席にある醤油でそのまま頂く他に、温かいスープの中に入れるのもオススメとのこと。後者で頂くと、これはこれでいい感じで体が温まった ;)

ただ注文スタイルがスマフォを使ったウェブ経由だったので面倒な上に操作性が悪かった〜[d]隣の席の老夫婦は外国人向けのメニューで注文していたっけ🤭️。 :$。注文が集中していて混雑している時は、注文画面が更新されなかったりして :|

それでも鶏肉や豚肉の串の他、サイドメニューとして宇和島じゃこ天なんかを注文したし、最後は茶漬けで締めてきた。

鶏精肉、いわゆる「ねぎま」(180円/本)は塩で:

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鳥精肉/ねぎま(180円)

豚精肉(190円/本)と豚レバー(170円/本)も塩で:

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豚精肉(190円)と豚レバー(170円)

宇和島じゃこ天(370円)。本場物はすでに経験済み :D

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宇和島じゃこ天(370円)

つくね(180円/本)はタレで:

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つくね(180円)

豚精肉(190円/本)、豚レバー(170円/本)は塩、そして豚ハラミ(280円/本)はタレ:

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豚精肉(190円)と豚レバー(170円)と豚ハラミ(280円)

だんだんと注文が面倒になってきたので、そろそろ締めに。こちらは阿波尾鶏・踊り節茶漬け(380円):

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阿波尾鶏・踊り節茶漬け(380円)

はじめスープ無しのご飯だけ出てきたのは、よろしくなかった :/

と云うことで腹八分目だし、注文も面倒だし、正直なところ満足するほど大して美味しくはなかったので、おあいそすることに。昔の記憶とのギャプが大きいのも時代の流れか :|

串鳥・札幌北口店
札幌市北区北7条西4丁目8-3 北口ヨシヤビル1F・2F


ここからはオマケ。
今回、羽田ー札幌(新千歳)間往復で利用したのが SKYMARK AIRLINES。無料のドリンクサービスがあったが、そこで頂いたのがネスレ・キットカット・ミニ(そらとぶピカチュウ・プロジェクト・オリジナル・デザイン版):
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ネスレ・キットカット・ミニ(無料)

この機内サービスは COVID-19 が 5類感染症に移ってから再開になったようだ。

こちらは、その昔よくランチで利用していた喫茶店「マーヴィ」の跡地。グリルチキンやチキンカツは最高だったが、昨年閉店したらしく、今回立ち寄ってみたがビルが建っていて全く面影が無かった。COVID-19 感染拡大がなければ最後に食べることができたかも知れない ;(

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お食事&珈琲「マーヴィ」(13年前)

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現在の跡地

この時期の札幌駅北側のビジネス街周辺はイルミネーションが点灯していた:

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京王プレリアホテル札幌のイルミ

こちらは札幌駅構内で見かけたアイヌ民族・長老の木像。「弓の舞(クリムセ)」を踊りながら祈りを捧げる姿らしい:

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イランカラプテ像

あと駅構内は新幹線開通工事が既に始まっていたなぁ。

そして大通公園とさっぽろテレビ塔:

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大通公園3丁目

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大通公園4丁目

翌日、所用を済ませて円山にある北海道神宮方面へ向かう途中、なにやらソフトクリームを食べているグループ見かけた。この日の札幌は厚着してきた者にとっては(それなりに)暑かったので、特に看板や案内がなかったが恐る恐る店内に入って濃厚ミルクのソフトクリームを食べてきた。お値段もそれなりだったけど(460円):O

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BARNES

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サクサクコーン・タイプ(460円)

帰りは円山バスターミナルから新千歳空港行きの連絡バスを利用する予定だったので、北海道神宮を経由して向かった:

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北海道神宮の第二鳥居

このあと境内に入ろうとすると、自分の眼の前を、黒くふわっとした小さい動物が横切った。初めは美味しモノを食べて育ったネズミかと思ったが、よく見てみるとエゾリスだった :D

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何か咥えている?

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動きが可愛いリス

このあとは空港連絡バス(1,200円)で新千歳空港へ。

参照

参照
a 【今日は何の日?】世界の法の日。陸軍大将の乃木希典が殉死した明治天皇の大葬の日。
b 特に羽田まで行くのに京急の乗り場とかターミナル内のフロアとか、エスカレータの位置とか、すっかり忘れていた 😣️。
c COVID-19 全盛期には来ていないので、本当のところは知らんけど 😥️。
d 隣の席の老夫婦は外国人向けのメニューで注文していたっけ🤭️。

焼肉・冷麺 大同苑 − Just ate Morioka-Cold-Noodle Before go Home.

先週末は令和5(2023)年の秋分の日[a]【今日は何の日?】昼と夜の時間の長さがほぼ同じ日になる日。彼岸の中日でもある。貴重な文化財を観に岩手県は盛岡まで行って来た。まだ外が真っ暗の時間帯に起きて東京駅へ向かい、朝7時すぎの新幹線はやぶさ203号・新青森行に乗車して、盛岡に着いたのが朝9時半。この日の東北地方は大雨の関東とは違い、やわらかい陽がさす晴天で、少し厚着して行ったのだけど予想外に暑かった :O[b]流石に夕方になるとひんやりしていたけど 😉️。

この人生初の盛岡入りは日帰りのプランではあったが、(可能ならばを含め)観たいものは全て観ることができた[c]観覧ポイントは意外とまとまっていたが、中には結構な移動距離を往復歩くことになりそうだったので 😮️。ので満足して帰宅の途へ。ただ、この日の昼はしっかり食べたのに、城攻めで歩き回ったあとはすっかりお腹が空いてしまった :D。そんな具合で駅へ徒歩で向かっていた時、ちょうど事前に調べておいた御食事処が近くにあることを思い出し、サクッと店まで行ってサクッと盛岡のソウルフードを食べることができた:

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焼肉・冷麺 大同苑

こちらも豚一家の胃袋を満足させたお店で焼肉屋。夕食どきながら焼肉ではなく冷麺だけ食べにきたのに、気持ち良くボックス席に通してもらえて嬉しかった[d]もちろん1時間だけという制限はあったが。 ;)

グラスビール(720円)も注文して、胃袋のウォーミングアップをしながら待つこと10分ほど。人生で数えるくらいしか食したことがない冷麺、それも本場物がこちら:

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盛岡冷麺(1,080円)

前沢牛+いわて牛をベースにしたスープの真ん中に盛られた麺は北海道産のジャガイモ(馬鈴薯)の粉を使っているのだとか。付け合せの大根キムチで辛さを調節するらしいが、ひとまず素の冷麺を頂く:

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盛岡冷麺

さらにテーブルにあった酢を軽くかけて頂いて、キムチをど〜んと入れて食べた:

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盛岡冷麺+キムチ+酢

中太で弾力がある麺と、見た目は薄いがしっかりとした旨味のある冷たい牛スープが、味変でさらに味が引き立てられ、最後の一滴までしっかりと飲み干せた。辛さの苦手な自分でも問題なくいけた:

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しっかり完食

これまで食した冷麺では見事一番。見た目はシンプルながら、スープが美味しいと、それだけで違いが出るものなんだなぁ8)

店を出ると、冷たいものを食べて若干涼しさが増した感じがしたが、そのまま菜園通り沿いを歩き、北上川を渡って駅へ向った:

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開運橋から見下ろした北上川

焼肉・冷麺 大同苑(盛岡総本店)
岩手県盛岡市菜園2-6-19


ここからはオマケ。 
 
今回のツアーの目的である貴重な工芸品の他、もりおか歴史文化館には南部家に関する史料(含むレプリカ)がいろいろ展示されていた:

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不動明王打出五枚胴具足

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白羅紗地日の出紋陣羽織

盛岡城の壮大なジオラマは、城攻めする前に観ておくと良いかも:
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盛岡城のジオラマ

他には、盛岡秋まつりで使われた明治時代と現代の山車(レプリカ)なんて物も展示されていた:

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明治時代の山車

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現代の山車

このツアーの目的を成就したあと、午後は東北随一の石垣を持つと評判の盛岡城跡(巖手公園)を巡ってきたのだが、城址北側にある三ノ丸跡の一部は石垣修復工事のため立ち入りできなかった。そんな情報はホームページには無かったが :|
さらに公園内に入ると、翌日(日曜日)にはなにやらこの街恒例の音楽祭が開催されるとのことで、いろいろな場所[e]会場となる台所屋敷跡の多目的広場だけではなく、三ノ丸跡の一部や石垣の前とか 🤬️。さらに国の史跡である石垣の前に平気で車と停めていた。石垣はお前のものではない 🤬️。に注意書きの看板やら柵がおかれていた。別に今日じゃなくても良いだろうにと思ったが、前夜祭として打ち上げ花火が開催されるとのことで、午後5時頃には(暗黙のうちに)公園から閉め出される羽目に :$。田舎の行政は余所者には斯くの如くキビシイものか :X
 
これが三ノ丸北西部の石垣修復工事現場。もちろん休日なので作業はしていない:
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三ノ丸虎口の瓦御門跡

解体された石垣は公園内で空いているいろいろなエリアに保管されていた。したがって当然ながらそこには立ち入りできない:

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台所屋敷跡(多目的広場)

こちらは公園北側の三ノ丸石垣の上に置かれていた烏帽子岩(兜岩)。築城時に神域から出土したらしく、南部盛岡藩の守り岩:

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烏帽子岩

今回の園内は残念な状態ではあったが、石垣はさすがに素晴らしく見どころはあった8)。たとえば本丸と二ノ丸の石垣と堀切とか:

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本丸北東隅石垣

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二ノ丸南東隅の石垣と堀切跡

こちらは二ノ丸跡から眺めた岩手山:

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岩手山

本丸跡には立派な「トマソン[f]まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物のこと。」があったが、これは盛岡藩南部家四十二代当主であり、日露戦争で戦死した南部利祥《ナンブ・トシナガ》公の騎馬像が建っていたが、先の大戦で供出された状態のままなのだとか:

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南部利祥中尉銅像台座

最後は、惣構え南端にあった穀丁惣門《コクチョウ・ソウモン》跡へ向かう途中に偶然見つけた新渡戸稲造生誕の地:

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新渡戸稲造生誕の地

文久2(1862)年に南部藩士・新渡戸十次郎の三男として、この地で生まれ、農学博士・法学博士となって北海道の札幌農学校や京都帝国大学、東京帝国大学などで教鞭をとった:

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新渡戸稲造像

第一次世界大戦後は国際連盟事務局でも活躍したというが、個人的にはやはり著書の「武士道」と云う日本の魂についての解釈が印象的である

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also2023年9月 もりおか歴史文化館 (フォト集)
See Also盛岡城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】昼と夜の時間の長さがほぼ同じ日になる日。彼岸の中日でもある。
b 流石に夕方になるとひんやりしていたけど 😉️。
c 観覧ポイントは意外とまとまっていたが、中には結構な移動距離を往復歩くことになりそうだったので 😮️。
d もちろん1時間だけという制限はあったが。
e 会場となる台所屋敷跡の多目的広場だけではなく、三ノ丸跡の一部や石垣の前とか 🤬️。さらに国の史跡である石垣の前に平気で車と停めていた。石垣はお前のものではない 🤬️。
f まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物のこと。

そば処 東屋 − Some of them recommend Katsudon instead of Wanko-Soba.

先週末は令和5(2023)年の秋分の日[a]【今日は何の日?】昼と夜の時間の長さがほぼ同じ日になる日。彼岸の中日でもある。貴重な文化財を観に岩手県は盛岡まで行って来た。まだ外が真っ暗の時間帯に起きて東京駅へ向かい、朝7時すぎの新幹線はやぶさ203号・新青森行に乗車して、盛岡に着いたのが朝9時半。この日の東北地方は大雨の関東とは違い、やわらかい陽がさす晴天で、少し厚着して行ったのだけど予想外に暑かった :O[b]流石に夕方になるとひんやりしていたけど 😉️。

午前中はこの文化財を盛岡の地にもたらした御仁の墓所盛岡城の移築門などを巡ったが、いつのまにか予定のコースから大きくズレてしまい、目的の品を展示している博物館への道のりが遠のいてしまった上に、昼近くになったので、先にお昼を摂ってからゆっくりと博物館へ向かうことにした :)

我が人生初の盛岡入りと云うことで、事前にいくつか気になった御食事処を見繕っておいた中から、豚一家がオススメするわんこそばの老舗店を選択した[c]目的地まで徒歩で移動できることも理由の一つ 😉️。

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創業明治四拾年・そば処・東屋(本店)

昼11時ちょい過ぎに到着した店前に行列はできていなかったので、そのまま「丸に東」の暖簾をくぐって店内に入ってみると目の前に整理券の発券機があった。さらに左手奥の部屋には何組かの人たち座っているのを目撃して、これは意外と待つかなぁと不安がよぎったが、よく見るとこの発券機は「わんこそば」待ち用で、通常の御食事は店員に呼ばれるのを待つシステムのようだ。と云うことで、これと云って待つことなく正面奥にあるカウンター席にすんなり通してもらえた 8)

創業から百年以上の蕎麦屋であるが、だいぶ前に観た放送で豚一家がオススメしていたのは特製カツ丼(1,100円)だったので、こちらを注文し、冷たいお茶を飲みながらしばし待つ:

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丸に東の湯呑

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「おもさげながんすー」

ちなみにトイレ前には有名人らのサイン色紙が飾ってあったが[d]豚一家の色紙を探したが、残念ながら見つからず 😣️。、その中に「実は東屋さんはカツ丼がオススメ!」なんてメッセージが意外と多かったのに驚いたと同時に、すこし安堵した[e]流石に蕎麦屋にきて蕎麦を食べないのはねぇって後ろめたさが・・・😅️。;)

注文して15分くらいたって出てきた特製カツ丼がこちら:

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特製カツ丼(1,100円)

香の物の他に、わんこそばサイズのお椀がついていた。にくいねぇ東屋!:D

厚みのある肉と割り下で味がしっかり付いた柔らかい衣と卵をまとったトンカツは、火傷しそうな熱さだったけどパクパクいけた:

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カツ+タレ+卵の三位一体

こちら少量ながらも、温かくしっかりとした出汁つゆで頂く手打ちそばも美味しかった:

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わんこそば

朝から初めての土地でさんざん歩いてきた体にエネルギーを注入し、午後の城攻めに備えることが出来た感じ。

お店を出て「お椀ではない」限定公開の文化財を展示している博物館へ向かいながら、ふと「そう云えば早朝、東京駅でカツサンドを食べた」ことを思い出したが、特に後悔はなかった :P

そば処・東屋(本店)
岩手県盛岡市中ノ橋通1-8-3


ここからはオマケ。
 
東京から盛岡まで乗車した東北新幹線のはやぶさ:

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JR新幹線はやぶさ

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はやぶさ203号・新青森行

自宅で軽く朝食は摂ってきたが二時間半の乗車後にすぐ歩きまわる予定だったので車内で軽食を。最近のケースだとほぼ決まって「やわらか・ひれかつサンド」(750円)を選択している:

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やわらか・ひれかつサンド(750円)

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朝もトンカツ

こちらがJR盛岡駅(東口バスターミナル)。二階が東北新幹線のホーム:
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盛岡駅

盛岡城の城門(裏門)が移築されたと伝わる報恩寺は山門(三門)が素晴らしかった。この門の楼上には十一面観音が祀られているのだとか:

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報恩寺の山門「瑞鳩峰山」

東屋から博物館へ向かう途中、赤煉瓦の建物が目に入ってきた。明治時代に建てられ、今も現役の都市銀(国指定重要文化財)らしい:
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岩手銀行赤レンガ館

盛岡市内中央を流れる中津川。鮭が遡上するらしい:

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中津川

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also盛岡城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】昼と夜の時間の長さがほぼ同じ日になる日。彼岸の中日でもある。
b 流石に夕方になるとひんやりしていたけど 😉️。
c 目的地まで徒歩で移動できることも理由の一つ 😉️。
d 豚一家の色紙を探したが、残念ながら見つからず 😣️。
e 流石に蕎麦屋にきて蕎麦を食べないのはねぇって後ろめたさが・・・😅️。