」タグアーカイブ

牛肉、豚肉、鶏肉、焼き物、揚げ物、生など肉がメイン、ハンバーガー、但し、焼き鳥は除く

ねぎし 東京駅八重洲北口鉄鋼ビル店 − An OX Tongue Restaurant established at SHINJUKU.

先週は平成30(2018)年5月の週末。前日の大雨からうって変わっての五月晴れ。その週は夏日が続いて体力的にもキツかったが、この日だけは快適に過ごすことができた。ということで、この日は都内にある城跡のうち以前攻めたところで見落とした遺構や場所を巡ってきた。特に、この年の正月に見て回って来た江戸城外郭の見附跡のうち、震災後の復旧工事[a]と、正月恒例の箱根駅伝による交通規制のため道路を渡ることができなった。で見ることができなかった常盤橋御門(ときわばしごもん)跡は、先月末にその工事が完了しているはずなので楽しみにしていた。あとは世田谷城跡で見忘れた土塁跡など。そういうことで、お昼は東京は日本橋にある老舗の洋食店であるたいめいけんでオムレツでも食べる予定を組んでいた。

しかし、いざ巡ってみると見事にこれらの期待が外れてしまった 。特に常盤橋御門跡。正月に一度「裏切られた」後に調べた時の予定だと既に工事が完了しているはずなのに、実際は遅れに遅れてなんと年末まで延期されていた。実際に現場を見たけど、本当にあと半年ほどで完了するのかと疑ってしまう状態だった :(。さら追い打ちをかけるかのように、たいめいけんは案の定、長蛇の列[b]ある程度は予想していたが、流石に考えてしまう待ち時間だったので諦めた。。さらに一橋徳川家屋敷跡も未だに工事壁の中にあって直に見ることができなかったし、有楽町駅前に残る南町奉行所跡は某製薬会社の製品キャンペン[c]久光製薬のサロンパス。CMの小道具なんかを展示し、無料でサロンパスを配布していた。で囲われてしまっていたため探し出すことができなかった :$

そんなこんなではあったけど、お昼は東京駅近くをたまたま通りかかって、たまたま見かけたの牛たんチェイン店へ。この際は何でもよかった。でも、昔は「新宿ねぎし」って呼んでいたと記憶しているが、何時から変わったのだろうか:|

牛たん・とろろ・麦めしのねぎし(鉄鋼ビルB1)

この日は牛たん三種盛りセット(1,880円)と生ビール(タンブラー)(420円)を注文。だけど、ビール飲み終わる前に、セットが出てきて、ちょっとたじろいだが :$
で、こちらが三種盛りセット。白たん厚切2枚(4切)、白たん薄切2枚、赤たん薄切り2枚(4切)の盛り合わせ:

IMG_6046.resized

3種類の食感が楽しめる三種盛りセット(1,880円)

他に麦飯、とろろ、テールスープ、そしておみ漬け+味噌南蛮というお馴染みの構成。まずは牛タン一種をビールのツマミとして頂いてから、麦めし+とろろで完食した。ビールを飲んでいるので、麦めしのおかわりは無し。肉は脂がのっていて美味しかった。

ねぎし 東京駅八重洲北口鉄鋼ビル店
東京都千代田区丸の内1-8-2 鉄鋼ビルB1


ここからはオマケ。

この日は、春先に攻めた時に見忘れた二重土塁跡を見に再び世田谷城跡へ。藪化が進んでいて、どうかなぁと思っていたがギリギリ大丈夫だった。そして見終わって少し時間があったので豪徳寺前を通って、次の城跡へ移動した。
こちらは彦根藩井伊家菩提寺である豪徳寺の参道で有名な松並木。今回は朝08:00ちょっと過ぎということもあって全く参拝客がおらず、前回よりも「井伊(良い?)」感じに撮れた:P。正面奥に見えるのが山門:

豪徳寺参道の松並木(拡大版)

そして山門と、その脇に建っていた「都史跡・井伊直弼墓」の碑:

「都史跡・井伊直弼の墓」の碑

豪徳寺の山門

このあとは皇居の東御苑へ向かうため、世田谷線・上町駅から三軒茶屋経由で大手町駅まで一気に移動した。大手町駅に到着したのは10:00前だったにもかかわらず、皇居の大手口近くの出口へ移動するのに(途中、迷ったこともあり)10:00過ぎになってしまった。ホント、東京メトロの構内は迷路だ :$

こちらは大手門交差点前から眺めた大手御門:

内堀通り越しに見た大手御門

初めて攻めた時は東日本大震災の影響で耐震補強工事があったので渡櫓門を見ることができなかった。その後は何回か新年の一般参賀で遠くから見ただけ[d]新年の一般参賀では東御苑は休園のため立入りできない。なので、間近で見るのはおよそ三年越しになる。

大手御門は一の門(高麗門)と枡形、そして二の門(渡櫓門)からなる外枡形門となっている:

一の門は高麗門

一の門と二の門の大小二つの門に囲まれた枡形は侵入する敵を阻止・挟撃しやすい構造だった:

枡形

一方の二の門である渡櫓門は昭和20(1945)年4月の東京空襲で焼失し、それから20数年後に復元されたもの。そして二年前(当時)に耐震補強工事を終えた:

「大手渡櫓門」の碑

二の門は二階建ての渡櫓門

大手御門をくぐった先で入園票を受け取り、その近くある三の丸尚蔵館前の松の木とクルメツツジ:

クルメツツジと松の木

これは、さらに進んで二の丸跡に残る下乗門前あたり:

大手三の門(下乗門)前

二の丸と本丸へ通じる要所となる大手三の門の前に設けられた百人番所。長い:

百人番所

百人番所

そして本丸中の門跡を通り、中雀門跡へ。妙な形をした石垣だが、これは文久3(1863)年の火災で類焼し、石垣の表面がボロボロになったため:

中雀門(書院門)跡に残る石垣

こちらは富士見櫓。江戸城で現存する三棟の一つであり、三重櫓としては唯一の建築物。今回、櫓前の広場が整備されて従来よりも近くから眺めることができるようになった:

富士見櫓(拡大版)

このあとは江戸城攻めのもう一つの目的である富士見多聞櫓の中を見てきた。昨年11月(当時)から櫓内が公開されるようになった。

それから本丸に建つ天守台へ:

天守台

これは明暦の大火の後に、百万石の加賀前田家が半年かけて再築した「日本一の天守台」:

天守台(拡大版)

明暦の大火のあと、ついに天守が建てられることはなかった:

天守台

加賀前田家が半年かけて再築した天守台石垣は、現在は下部1mほど埋没していた:

天守台石垣

天守台石垣

いわゆる「寛永度天守台」は徳川三代将軍家光の時代の建造である:

天守台石垣

現在、天守台石垣は一種の展望エリアになっており、そこから東京の摩天楼を拝むことができる:

天守台から眺めた摩天楼(拡大版)

このあとは東御苑の出口の一つである平川御門へ向かった。
これは白鳥濠。本丸と二の丸の間にある内堀で唯一残っているもの:

二の丸跡、白鳥濠、本丸跡(拡大版)

二の丸跡から見上げた本丸高石垣と汐見坂。左手奥の石垣は徳川家康の時代、右手前は徳川二代将軍秀忠の時代の石垣:

本丸汐見坂(拡大版)

本丸石垣と二の丸跡。江戸城築城当時は、この辺りまで海だった:

二の丸跡と本丸高石垣(拡大版)

こちらが平川御門の二の門である渡櫓門。これも外枡形門である:

平川御門(二の門)

平川御門に架かる平川橋から清水濠を眺めたところ。この先に見えるのが竹橋御門跡:

平川橋と清水濠(拡大版)

平川橋をわたって内堀通りへ向かう。通りの向かいに建つのがパレスサイドビル。そして振り返って眺めた平川御門:

平川橋と平川御門

パレスサイドビル(拡大版)

この平川門交差点で見かけたマリオカートの集団:

マリオカートの集団

ちなみに、この近くの元・丸紅東京本社ビル脇には一橋徳川屋敷跡があるが、ビルの解体工事が長く続いているようで、まだ写真でしか拝めていない。この手の工事延期といった情報はどこを見れば分かるのだろうか? このあとに行った常磐御門跡もそうだけど、毎回、現地まで行って落胆することに腹立たしくなるのは自分だけだろうか :|

このあとは将門塚にお参りし、江戸城36見附跡の一つである常磐御門跡へ。今年の正月に来た時は所々の事情で見ることが叶わなかったので、復旧工事が終わっているはずのこの時期に足を運んだのだが、なんとこの年の年末まで延期され、またもや見ることができなかった。

そしてお昼を食べる店へ向かう途中、日本橋川にかかる日本橋の手前には「日本橋魚河岸跡」があった。関東大震災のあとに築地へ移転したそうで、今年(当時)には豊洲へ移転予定だ:

江戸時代にあった日本橋魚河岸跡

昭和通が走る日本橋。首都高が上を走っているのは景観がよろしく無いということで、東京オリンピックに向けてこの部分は地下に潜るのだそうだ。確かに、日本橋と云われないと、そのまま通過してしまいそうな「無機質感が漂う」景観だった:

日本橋

このあと、お昼をと思って寄ってみたお店(たいめいけん)は、ランチタイムと見事にぶつかって大行列だったのでパス。それから呉服橋御門跡を見てから東京駅八重洲口方面へ。

八重洲北口にある、この鉄鋼ビルディングとトラストタワー(右手)の間には江戸城外堀の石垣の他に、北町奉行所の一部の遺構が復元された歴史散策ゾーンになっていた:

江戸城外堀石垣の復元ゾーン

さらに東京駅付近にあった鍛冶橋御門、数寄屋橋御門などを見て回って有楽町方面へ。

これはJRの高速バスターミナルのグランルーフ

グランルーフ

一度、東海道線の反対側へ渡って旧・東京府庁舎の跡地に建てられた東京国際フォーラムへ。フリーマケットで大変な混雑だった。

これはガラス棟の天井。吹き抜けになっている上に、船底をイメージした構造だった:

東京国際フォーラム・ガラス棟の天井

さらに有楽町駅前にある「大岡越前守」で有名な南町奉行所跡も見ることができず。そうして、この日の最後は有楽町・日比谷あたりに建つ(意外と小さな)ゴジラ像を見てから:

ゴジラ像

ゴジラ像

これは呉服橋御門跡の近くで見たもの。何のギャラリーかは不明だが:

常盤橋ゴジラ・ギャラリー

この鹿児島県のアンテナショップ・遊楽館でお土産を購入して終了:

かごしま遊楽館

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also世田谷城攻め(2) (フォト集)
See Also江戸城攻め(6) (フォト集)
See Also江戸城攻め(7) (フォト集)

参照

参照
a と、正月恒例の箱根駅伝による交通規制のため道路を渡ることができなった。
b ある程度は予想していたが、流石に考えてしまう待ち時間だったので諦めた。
c 久光製薬のサロンパス。CMの小道具なんかを展示し、無料でサロンパスを配布していた。
d 新年の一般参賀では東御苑は休園のため立入りできない。

御食事処・三松会館 − A Diner has many different kinds of food to choose at KORIYAMA.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の初秋に自身初の「奥州攻め」として、シルバーウィークを三日間の日程で福島県内に残る城跡を巡ってきた。
初日は上野からJR特急ひたち3号・いわき行で水戸まで移動し、水戸からJR水郡線に乗り換えて磐城棚倉(いわきたなくら)へ。ここ福島県東白川郡の棚倉(たなぐら)は、この前の月の出張の合間に攻めてきた福岡県柳川城を居城とする戦国大名・立花宗茂公ゆかりの場所だということで、今回は是非とも訪問したかった町だった。午前中は公が大名に復帰し初代棚倉藩主の居城となった赤館跡、午後はその赤館を廃城にして新たに棚倉藩の居城として築城された棚倉城跡である。共に規模的にはそれほど大きくないこともあり、予定通りに城攻めを終えて宿泊地の郡山へ移動できた。そして、こちらも自身初の郡山へ到着したのが6:30pm。ホテルにチェックインするやいなや荷物を置いて早速に夕食へ。

この日に攻めた城の規模は大したことはないが、北へ南へ歩きに歩き周ったおかげでお腹はペコペコ :D。おまけに、次のは早朝から会津若松へ移動して、今回の城攻めの目玉である鶴ヶ城(会津若松城)を攻める予定だったので量と質を満足してくれそうなお店を選ぶことにした。そして事前に調べた結果、三松会館(さんまつ・かいかん)と云う郡山では知らない人はいないくらいポピュラーな定食屋を見つけた:

総合食堂・三松会館

入口のショーケースに並ぶ食品サンプルと、暖簾に書かれた「総合食堂」の文字がかなり気になったが、このお店の「ウリ」は和・洋・中あわせて100種類以上のメニューだそうで、お店のホームページには代表的(で、人気の高い)メニューが紹介されていた。そういうことで、この中にあった「鉄板ハンバーグ定食」を食べてみることにした。

で、店に向かう時、時間も時間なので行列を覚悟してきたのだけれど、まったくそんな気配はなかった。ちょっと拍子抜けのまま暖簾をくぐってドアを開けてみたら、大勢のお客で賑わう声が。店内はほぼ満席。家族連れはもちろん、サラリーマン風の人達が大勢食べていた。一瞬、今宵は別の店にしようかと思ったけど、運良く空いていた一人用のテーブル席に通してもらえた ;)。ということで生ビール中(460円)と鉄板ハンバーグ定食(910円)を注文した。

そして、しばらくして出てきたのがこちら:

鉄板ハンバーグ定食(910円)

鉄板の上にはハンバーグの他に、エッグカッターでスライスされたであろう茹で卵がまるまる1個、ケチャップ味のナポリタン、そしてフライドポテトといんげん。別皿としてポテサラとレタス、冷奴にたくあん。ライスは洋風でお皿にのっていた。だけど味噌汁付きという無国籍料理状態が良かった。

このデミグラスソースがかかったハンバーグは手捏ねで、予想外のボリュームの「定食」:

鉄板の上にはハンバーグ+ナポリタン+エッグ+フライドポテト+いんげん

食べてみると、ハンバーグはソースハンバーグっぽく、中まで味がしみていて美味しかった 8):

デミグラスソースがしみた手捏ねハンバーグ

ホント、美味しくてボリュームがあって、これぞまさにハンバーグ「定食」。

三松会館
福島県郡山市大町1-3-13


ここからはオマケ。

こちらは始発の上野駅から水戸駅まで乗車したJR特急ひたち3号。現在の「上野東京ライン」は未だ登場していない頃。全車指定なので事前に指定席特急券の購入が必要:

E657系電車の特急ひたち

特急ひたち3号いわき行

全車指定席

こちらは水戸駅から磐城棚倉駅まで乗車したJR水郡線:

キハE130系・水郡線@磐城棚倉駅

こちらは赤館公園へ向かう県道R25で目撃した「たまご」の販売所。自販機で24時間営業らしい:

24時間営業のたまご販売所

覗いてみたところ、みな卵が大きかった :D

冷蔵庫で販売されていた卵

最後は、磐城棚倉駅近くの和菓子屋・甘盛堂のいちご大福(150円)。大福がよもぎ餅だった:

甘盛堂のいちご大福(150円)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also赤館攻めと宇迦神社 (フォト集)
See Also棚倉城攻め (フォト集)

越後長岡小嶋屋 本店 − A Niigata Local Dish Hegi soba(TAKE2).

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いての「越後攻め」で、三日目の午後一杯は新潟県上越市にある高田城跡へ。ここは、昨年には続100名城にも選定された城跡。と云っても、同様に選定され、この日の午前中に攻めてきた鮫ヶ尾城跡とでは、遺構の規模で「雲泥の差」があった。なぜ選定されたのか理解不能[a]個人の感想。まぁなんたら100名城は特に興味はないのでどうでも良いが。 :/。この高田城は廃城後に入城した帝国陸軍によって土塁や堀が破壊されている上に、その後の公園化によって往時は存在しない橋や道が設けられたり、主要なもの以外の郭(くるわ)跡を示す碑が建っていないし。さらに売りの一つである三重櫓は発掘や古絵図の調査結果を基にした模擬復原であるが、築城当時は二重櫓であったし。
と云うことではあるけど、せっかくここまで来たのでお昼を摂った後に同じ沿線にあった高田へ移動して、駅から徒歩で15分ほどのところにある高田公園へ向かった。そして足早に公園を周ったあと、宿がある長岡へ戻ったのが19時すぎ。夕食は、昨年の越後攻めで初めて食べた越後長岡小嶋屋の本店で。栃尾の油揚げがお目当てだ :D

皇室献上・越後長岡 小嶋屋 殿町本店

実のところ、初日の夕飯も同じ越後長岡小嶋屋で食べた。と云っても、この本店ではなく長岡駅に隣接するCoCoLon長岡のレストランフロアの支店の方だけど。そこのメニューは本店と違っていて、残念ながら栃尾の油揚は食べることができないのである :|

で、この日の日中は暑かったけど、長岡へ戻ってきたら気温が下がって寒いくらいだったが、まずは冷たい生ビール。そして栃尾油揚ハーフと越の鶏(こしのとり)の塩焼きを注文した。

まずは栃尾油揚ハーフ。昨年、初めて食べて好物の一つになってしまった:

栃尾油揚ハーフ(432円)

ハーフ・サイズながらも分厚く、食べ応えがあるので充分ビールのおつまみになる。加えて、この店オリジナルで、油揚げの間にネギ味噌や梅肉が挟まっているのも嬉しい:

小嶋屋オリジナルの栃尾油揚げ

こちらが越の鶏の塩焼き。新潟県のブランド鶏らしい。脂少なめ。そのせいか、ちょっと硬かった:

越の鶏の塩焼き(854円)

ビール一杯飲んだだけで寒くなってきたので早々に退散することに。〆はへぎそばと海老天丼(小)を注文した。例の初日は「へぎそば+タレカツ丼セット」を食べているので被らないようにした:

へぎそばセット(854円)

海老天丼小(864円)

うーん、そばは昨年同様に美味しかったが、この値段で天丼は普通以下だった[b]てんやの方がうまい。。蕎麦屋なのに残念 ;(
ということで栃尾の油揚げは新規に開拓した店でも安く食べれるので、ここ小嶋屋は今回で最後かな :X。正直、前回食べた時の衝撃は無くなっていたし[c]初日にも食べているからかも知れないが、値段的に相応ではなくなっているような気がした。

越後長岡小嶋屋 本店
新潟県長岡市殿町2-2-9


ここからはオマケ。

こちらは自身初の上越市高田で見かけた古物商。店頭に立っていた鉄人28号が目についただけだが:

県道R38沿いで見かけた古物屋

高田は越後高田藩15万石の城下町でもあったことから、その町並みに名残が感じとれた。例えば一直線の通りで町割りされていたり:

真っ直ぐに延びる通り(拡大版)

往時は、高田城の外堀でもあった青田川はたくさんの橋が架けられた憩いの場であり、春の桜の季節では外せない場所になるらしい:

青田川

青田川散策マップ(拡大版)

そして高田城跡に造られた高田公園:

高田公園

その見所の一つである三重櫓(模擬復元):

水堀と三重櫓(拡大版)

なんとなく、西堀橋と極楽橋:

西堀橋(往時は存在していない橋)

復元された極楽橋

最後は直江津駅で電車待ちしていた時に見かけた北越ほくほく線のHK100形:

北越ほくほく線のHK100形

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also高田城攻め (フォト集)

参照

参照
a 個人の感想。まぁなんたら100名城は特に興味はないのでどうでも良いが。
b てんやの方がうまい。
c 初日にも食べているからかも知れないが、値段的に相応ではなくなっているような気がした。

とん汁たちばな − Tonjiru, A local delicasy of ARAI, NIIGATA.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いて「越後攻め」。三日目の午前中は新潟県妙高市にある標高185mの鮫ヶ尾城跡へ。ここは今から10年前(当時)に国指定史跡に指定され、昨年には続100名城にも選定された城跡だ。
この日は長岡駅近くの宿を出て7時発のJR信越線で直江津まで移動し、直江津からえちごトキメキ鉄道妙高はねうまライン・妙高高原行に乗り換えて北新井駅に着いたのが9時くらい。無人駅だけど構内に置いてあった城址までの案内図を参考に40分くらいかけて、田園風景と遠く妙高山を眺めながら城跡へ向かった。途中、勝福寺へ立ち寄ってから東登城口から攻める予定だったが、トイレに行きたくなったので北登城口近くにある「斐太(ひだ)歴史の里・総合案内所」[a]斐太神社の裏(西側)にあり、県道R85沿いに「ようこそ鮫ヶ尾城跡」という看板があるので、そこから登ると駐車場があり、更に登ると「斐太遺跡群・斐太遺跡」の敷地に入る。そこを進むと案内所がある。へ向かった。用を足して案内所の展示物や説明板を読んでいたら、案内所のおばさんからお茶と梅干や辣韮なんかを頂いた。この日も晴天で暑さに注意していたので、このおもてなしには感謝。さらに案内所脇にある北登城口は、上信越道の工事で通行止めが延期になっていると云う現地情報も入手できた。ちょっと遠回りになったけど立ち寄っておいて良かった。これはオススメ 8)

それから2時間くらいかけて城址一帯を攻めて、大手道であった南登城口から下りて、午後の城攻めに向かうために再び北新井駅へ。ちょっとゆっくり城攻めしたため予定の時間を1時間ほど超えていた。そのため、お昼は次の城攻めの最寄りである高田あたりで摂ろうかと思ったけど、どうしても行ってみたいお店があったので、炎天下を片道20分ほど歩いて行ってきた。そのお店は豚一家も制覇したとん汁の店たちばな

国道R292沿いにある新井名物とん汁・たちばな

この日は平日だけど、GW中は平日を含めて営業中だったので助かった :)

国道R292沿いにあるとん汁の店たちばな

豚肉・玉ねぎ・豆腐・白味噌で作ったとん汁と、矢代産コシヒカリの御飯の組み合わせは城攻めでの疲れを癒やし、さらに次の城攻めのパワーの源となること間違いなかった :D。炎天下、駅前から歩いてきてお店に到着したのは昼時を過ぎた13時半。カウンターに何人か居るぐらいで、すんなりテーブル席に通してもらえた。注文した品は、店一番人気のとん汁定食(ライスは並):

とん汁定食(950円)

ライスは並だけど、丼ぷり一杯ある。コシヒカリで粘り気があり、甘く美味しい。そこに少し塩っぱ目のとん汁がベストマッチだった;)

たっぷりのとん汁(豚肉・玉ねぎ・人参・白味噌)

玉ねぎが甘かったが、玉ねぎ好きの自分としては問題ない。白味噌のコクある汁も美味しかった。

とん汁の店たちばな
新潟県妙高市栗原2丁目3-10


ここからはオマケ。

直江津から乗車した妙高はねうまラインのET127系妙高高原行きと、北新井駅から高田方面の眺め:

ET127系(直江津〜妙高高原)

北新井駅(無人駅)のホーム

こちらは城址へ向かう途中に眺めることができた妙高山・火打山。未だ雪が残っていた:

田園風景と妙高山方面の眺望(拡大版)

こちらは籠町南葉山・南葉山・青田難波山:

上新バイパスと籠町南葉山・南葉山・青田難波山(拡大版)

その手前に見える低い(150mクラスの)山が鮫ヶ尾城跡と斐太遺跡地区:

田園風景と鮫ヶ尾城跡+斐太遺跡地区

矢代川の支流と、その近くに生えていた乙吉の大けやき(妙高市指定文化財)。大けやきは高さ30m、樹齢は約500年:

矢代川(支流)

乙吉の大けやき

炎天下をとぼとぼ歩いていると出会った野鳥。物珍しそうな眼差しだった:

途中に出会った野鳥

こちらは斐太神社。うっそうとした杉にすっぽりと囲まれていた:

807年創建の斐太神社(拡大版)

鮫ヶ尾城址の麓には、弥生時代の遺跡も多数発掘されているそうで、この辺りは斐太遺跡群斐太遺跡(国指定史跡)が広がっていた:

矢代山B地区の斐太遺跡

浅い窪みとして確認できる竪穴式建物は60箇所を超え、尾根筋を分断する鋭い傾斜の空堀が二重に巡らされていた(外環濠跡):

外環濠跡

外環濠跡

こちらが鮫ヶ尾城の本丸跡:

標高185mの山頂部にある本丸跡

最後に、総合案内所で頂いたお茶と香の物:

総合案内所にて休憩

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also鮫ヶ尾城攻め (フォト集)

参照

参照
a 斐太神社の裏(西側)にあり、県道R85沿いに「ようこそ鮫ヶ尾城跡」という看板があるので、そこから登ると駐車場があり、更に登ると「斐太遺跡群・斐太遺跡」の敷地に入る。そこを進むと案内所がある。

山屋 − Local Japanese Bar at NAGAOKA.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いて「越後攻め」。但し、今回は新潟県上越市周辺の城跡を巡るため、新潟市内ではなく長岡市内に宿をとった。おかげで毎日片道2時間くらいかけて移動することになったが :$。最初は直江津あたりで宿を探したんだけど意外と割高なホテルが多く、それにしてはサービスは良くないといった評判が目についた他に、個人的になんとなく「寂しい街」っていうイメージが大きかったのでやめることにした。城攻めの疲れを癒やしてくれそうな飲み処・食べ処が見つからなかったし :O。まぁ実際に駅周辺をうろうろしたけど、予想通りで、どちらかと云うと住宅街と云う感じだった。

ということで始まった越後攻め初日は晴天(24℃)の中、7時半に東京発の新幹線たにがわ77号に乗って越後湯沢へ。所要時間は1時間半くらい。自由席は特に混むことなく、浅草ヨシカミのロースカツサンド(700円)を食べたあと少し仮眠をとって、越後湯沢からは超快速スノーラビットに乗り継いで新潟県南魚沼市の六日町へ。それから駅前にあるスーパーでお昼を調達し、坂戸城跡がある坂戸山[a]標高は東京スカイツリーと同じ634m。を登山してきた。登りのコースは予想に反してそれほど難儀しなかった[b]もちろん傾斜はキツイし暑さもあって息はあがるが、休みながら登って行けば特に問題はなかった。山頂では小さい子供達に大勢会ったし。が、降りのコースは階段ばかりで膝にきて、最後は足が釣ってしまった。それよりも精神的に一番キツかったのは iPhone の激しいバッテリー消耗に加えて、城攻め途中で充電用ケーブルが断線してしまったようで、一度も充電できなかったことかなぁ ;(。バッテリー残りわずかと云ったところで電源OFFしてしまったので、予定していた城攻めの一部や楽しみにしていた居酒屋をキャンセルせざるを得なかった。そう云うことで、城攻めを終えたら寄り道せずに宿のある長岡へ移動し、コンビニで充電ケーブルを調達してホテルで充電させている間、駅ナカで夕食を摂って、風呂入って早々に就寝してしまった。
今回も城攻めの予定は全てスマフォ依存だったので、かなり不自由だった :(

二日目は5時前に起床し、7時ちょっとすぎの長岡発、直江津行きの信越本線に乗ってえちごトキメキ鉄道妙高はねうまライン・妙高高原行に乗り換えて春日山駅に着いたのが9時ちょっと前。ここから8時間くらい使って春日山城跡林泉寺、さらには加賀街道沿いを直江津駅まで歩いて城跡を巡ってきた。この日は予定を1時間ほど過ぎた19時すぎに長岡に到着。連日、夏日の気温でかなり水分を欲したので宿泊先すぐ近くにある「山屋」と云う知る人ぞ知る地元で人気の居酒屋へ。
「某◯ログ」には「一人で入りやすい」と書いてあったけど、実際は店内が見えないので入りづらかった〜[c]外からは2Fの一部を見上げることはできるが、席が空いているかどうかは分からないと云った程度。

ビルの2Fにある山屋

開店から既に1時間たっているので少し心配したが、中に入ると運良く親父さんの目の前にある最後の席が空いていて良かった 8)

まずは生中(500円)を注文して、壁に貼ってあるメニューを眺めることに。こちらは、ゼンマイのお通し。あっさりして美味しかった:

ゼンマイのお通し(300円)

ここで注文したのは「栃尾油揚」、「鮭ハラ身焼き」、「しいたけ焼き」、「もち豚串焼き」と「つけもの」。
鮭ハラ身焼き[d]魚や肉は、とにかく大きいし量が多い。は巨大らしく、半身で焼いてもらうことにした(500円)。

これは、つけもの。少しあっさり過ぎだったけど美味しかった:

つけもの(400円)

匂いが食欲をソソる「もち豚串焼」:

もち豚串焼き(750円)

山盛りだった、しいたけ焼き。見た時は食べきれるものか心配になった :D

しいたけ焼き(350円)

こちらは一番食べたかった栃尾油揚。昨年の越後攻めで栃尾へ行った時に初めて知った名物の大きな油揚げで、長岡に来たら絶対に食べるようにしている:

栃尾油揚(500円)

そして鮭ハラ身焼き。親父さんが半分にしてくれたもの。塩かげんが丁度良くて、汗をかいて渇いていた体にドーンとしみた。骨以外の全てを平らげた:

鮭ハラ身焼き(500円)

以上を生中二杯でペロリを完食した後、酔いが回っているのが分かったので、明日の城攻めに配慮して梅酒ロックに変更。まずは越乃景虎・梅酒。これは薄くてグビグビいけた:

越乃景虎・梅酒のロック(600円)

で、今度は野菜と肉をメインに再び何品か注文。「ニンニクの芽炒め」、「とりもも焼き」(これも親父さんにハーフにしてもらった)、そして二杯目の梅酒ロックは鶴齢の梅酒。新潟の梅酒は吟醸酒で仕込むものが多いようだ。日本酒はダメだけど梅酒なら大丈夫。

こちらはニンニクの芽炒め。塩味。翌日の城攻めのために:

ニンニクの芽炒め(350円)

一人前のとりもも焼き。うまい:

とりもも焼・ハーフ(500円)

鶴齢の梅酒ロック。甘過ぎず、純米吟醸の味がした美味しい梅酒:

鶴齢の梅酒ロック(600円)

このあたりで大分、お腹が膨らんできたので次の日の準備のためオーダーストップにした。そろそろ腰を上げようかと思っていると、横からバナナの甘〜い匂いが漂ってきたので見てみるとアルミホイルに包まれた焼きバナナだった。珍しかったので眺めていると、親父さんからサービスで頂いた。バターを乗せて焼いたようで匂いがとても良かった:

バナナのホイル焼き(サービス)

焼きバナナは抗酸化力が強いようで、翌日の活力をもらった感じ。
また食べにきたいお店が見つかった :)

山屋
新潟県長岡市城内町2-749-11


ここからはオマケ。

初日に東京から乗ってきた新幹線たにがわ77号。E2系の10両編成

E2系 たにがわ@越後湯沢

こちらは越後湯沢から六日町まで乗った北陸急行ほくほく線の超快速スノーラビットHK100。この日は日曜日だったので、限定車両の「ゆめぞらII」(2両編成)だった:

北陸急行ほくほく線・ゆめぞらII

六日町駅にある展望エリアから坂戸城跡のある坂戸山を眺めたところ。標高は、東京スカイツリーと同じ634m:

六日町駅の展望デッキからの眺め

坂戸城址は麓に居館跡がある他、山頂付近には本丸などの幾つかの郭(くるわ)があったとされるが、実際には堀切や土塁くらいしか残っていなかった:

坂戸城跡(拡大版)

坂戸城跡(拡大版)

駅から徒歩20分くらいで坂戸山の登城口に行くことが可能。こちらは、その途中に流れていた魚野川:

魚野川

魚野川を渡る手前にある温泉場には「与六と桂姫の像」なるものが建っていた。与六はのちの直江兼続、桂姫は上杉景勝の妹で、二人の恋物語は「お六甚句」と云う唄になって、地元の盆踊りで歌われるのだとか:

お六と桂姫銅像

坂戸山の登山コースは幾つかあるようだけど、今回は「上り」は急坂が多い城坂コース(公称80分)、「下り」は階段が多い薬師尾根コース(公称60分)にした。

この日は夏日で予想外に暑かったが城坂コースを登って行くと雪が残っていたり、南魚沼市の眺めがとても良かった:

五合目あたり

六日町駅がある南魚沼市の眺望(拡大版)

なんとか山頂にたどり着いたが、ホントに眺めが素晴らしく、疲れが吹っ飛んでしまった;)

三国川源流をとりまく山々(拡大版)

本丸にあたる山頂には富士権現の社が建っていたが、おびただしい数のハイカーによって占拠されていた :O

山頂部

それでも360度、周囲の眺望が素晴らしく、途中で挫けずに登ってきて良かったと思った8)

駅がある城址西側の眺望(拡大版)

これは山頂から城址東側と南側の眺望:

城址東側に八海山を拝めた(拡大版)

城址南側(拡大版)

ここ坂戸山周辺はカタクリの群生地としても有名らしく、登山道の途中には立入り禁止のエリアが多数設けられていた:

カタクリ群生地

カタクリ

麓の銭淵公園には鴨がいたり:

つがいのマガモ(中央がメス、左下がオス)

喜平次(のちの上杉景勝)と与六(のちの直江兼続)の銅像が建っていたり。おそらく10年ほど前の大河ドラマの名残だろう:

喜平次と与六

こちらは二日目に宿のある長岡市長岡駅から上越市直江津駅・春日山駅へ移動した時に乗った/見た車両:

E129系(長岡-直江津)

ET127系(直江津-春日山)/妙高はねうまライン

ET122系(日本海ひすいライン)

こちらは妙高はねうまラインの春日山駅を下車して春日山城跡へ向かう途中にあった謙信公広場なる憩いの場(トイレあり):

謙信公広場

工事現場に現れた上杉謙信公:

名前はあるんだろうか?

上越市埋蔵文化財センターで遭遇した越後上越・上杉おもてなし武将隊の一人、直江兼続公。登城ガイドや山城マップの他にも、いろいろ貴重な話を頂いた。ホント親切で仁愛の将だった:

直江兼続公(上杉おもてなし武将隊)

春日山城と云うと、やっぱり上杉謙信公像:

軍神は今なお越後を睨む(拡大版)

春日山神社と物置:

春日山神社の拝殿

「毘」の物置

これは復元された毘沙門堂。まさに「オンベイシラマンダヤソワカ・・・」:

復元された毘沙門堂

ここ春日山城跡では、二年前は平成28(2016)年7月に城跡の一部が崩落して以来、ずっと通行止になっていたようだが、今年は平成30(2018)年1月に復旧・補強工事が完了したそうで、一部の遊歩道の通行止めが解除された。こちらは、その爪あと:

茶色の部分が復旧・強化されたところ

本丸跡や天守台跡からの眺めも、また素晴らしかった 8)

春日山城

本丸跡からの眺望

本丸跡からの眺望

本丸跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

こちらは天守台跡からのパノラマ:

城址東側に広がる上越市の町並み

春日山神社脇にある茶屋で、コシヒカリの米粒が入ったバニラ・アイスクリーム(260円)を購入して、暑さを吹き飛ばした:

新潟産コシヒカリ入り

それから春日山城址の麓にある林泉寺にも足を伸ばしてきた。こちらは惣門:

惣門

山門。上杉謙信公が寄進したものは江戸時代に焼失した。これは大正時代に再建されたもの:

山門

本堂と、本堂から眺めた山門・鐘楼:

IMGP8743.resized

本堂

境内

ここ林泉寺には上杉謙信公の墓所の他にも、謙信公の祖父と実父の墓所もあり、さらに上杉家が會津へ転封した後に越後へ入封してきた堀家の墓所もあった。また宝物館には貴重な甲冑や史料が展示されていた。

この後は春日山史跡公園を経由し、旧加賀街道を通って直江津駅まで歩いた。こちらが加賀街道の説明板:

加賀街道散策絵図(拡大版)

現在でも沿道には松の木が立っていた:

旧加賀街道(県道R185)

旧加賀街道(県道R185)

途中、有名な親鸞ゆかりの旧跡があったりして意外と見所があった:

本願寺国府別院

最後は直江津駅付近で見かけた電車たち:

妙高ときめきラインのET127系

E653系・特急しらゆき

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also坂戸城攻め (フォト集)
See Also長尾政景公墓所と歴代上田長尾氏顕彰碑 (フォト集)
See Also春日山城攻め (フォト集)
See Also春日山林泉寺と上杉謙信公墓所 (フォト集)
See Also御館攻め (フォト集)

参照

参照
a 標高は東京スカイツリーと同じ634m。
b もちろん傾斜はキツイし暑さもあって息はあがるが、休みながら登って行けば特に問題はなかった。山頂では小さい子供達に大勢会ったし。
c 外からは2Fの一部を見上げることはできるが、席が空いているかどうかは分からないと云った程度。
d 魚や肉は、とにかく大きいし量が多い。