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牛肉、豚肉、鶏肉、焼き物、揚げ物、生など肉がメイン、ハンバーガー、但し、焼き鳥は除く

一茶庵支店 − This Ramen is like a So-men.

今年は令和6(2024)年のGWは暦通りに休めたものの、諸所の手配に出遅れてしまい、宿泊先を確保できた後半に二泊三日の日程で山形県の城跡をいくつか攻めてきた。その中では八年前に初めて山形県入りして以来、いつか行きたいと気になっていた長谷堂城跡とその古戦場跡を巡れたことが一番の収穫だった[a]まぁ、いろいろあったけど 😅️。。また前回の山形入りでは失念して残念な思いをした奥羽国・山形藩・初代藩主の最上義光公ら一族ゆかりの菩提寺も参詣してきた :)。最終日は雨の予報だった[b]実際にその日は雨だった 😞️。ので、時間内に行ける城跡などを詰め込めるだけ詰め込んだった感じの日程で、毎日が濃厚で疲労との戦いの二日間でもあった[c]帰ってきて二週間ほど経つけどまだ疲れが残っている感じ 😥️。 :D

東北地方も夏日になった初日は、新庄にある城跡からスタート。東京から新庄までは新幹線で一本。午前中に到着することができたので、城跡へ向かう途中で腹ごなしすることに。山形県は「ラーメン県」と云うことで予め調べておいたラーメン屋へ:

Mikeforce::Today

元祖とりもつラーメンの一茶庵支店

「元祖とりもつラーメン」と銘を打つ店の前には行列はなかったけど、暖簾をくぐって店に入るとテーブル席や奥にある広めの座敷は客で一杯だった。まだ開店して15分くらいなのに:O

この時、かろうじてカウンター席が空いていて店員に促されるまま移動、既に何を注文するかは決めてきたが、一応は真上に掲げられていたメニューを一通り眺めた[d]ぬるまラーメン!?。いわゆる山形県のソウルフード「冷やしラーメン」(冷やし中華ではない)の類 🤨️。

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メニューはこれだけ

初来店と云うことで、ここはお店オススメの「もつラーメン」(700円)を注文し、セルフでお冷を取って席についた。カウンター席の目の前は厨房になっていて、店主が大きな窯鍋で麺を茹でていた。また注文はカウンター越しに厨房にいる店員に告げるシステムだった。

そんな中、厨房にいたおばちゃんが、注文を聞いたあと、その人の名前を聞いてノートに書き入れているのに気づいた。そう云えば、頭上にはこんな注意書きもあった:

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「注文の際は名前をお願いします」!?

どうやら注文は席ではなく名前で区別し、その名前で支払いを請求しているようであった。自分の場合は名前を聞かれなかったのだが、それは目の前にいるカウンター席だからだろうか:|

自分の背中越しに注文していく人が出始めた頃、注文した品がカウンター越しに出てきた:

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もつラーメン(700円)

あっさり醤油ベースのスープに、まるで素麺かのように白い麺の上にネギと細切りのメンマ、そして主役となる鶏のモツ煮がのっていた。麺は見た感じそのもので、コシは無く、まさに素麺かうどんをすするようにして頂くことができた。主役もモツは固くないのに、しっかりと食感を楽しむことができ、スープにも相性バグツンだった :)

と云うことで「干食」(完食)。店名と電話番号がはいったドンブリは、年季のあるラーメン屋の証である 8)

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ごちそうさまでした!

ドンブリと勘定をカウンターにのせて席を立ち振り返ると、結構な客が席待ちしていた。おそらく既に名前を伝え注文し終えた人たちであろう。

次にきた時は熱〜いスープの中に冷たい麺を放り込んでもらう「ぬるまラーメン」の鶏モツ・トッピングで行ってみよう:D

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

一茶庵支店
山形県新庄市鉄砲町10-3


ここからはオマケ。

初日の午前中はまずJR東京駅から新庄駅まで移動。こちらは(福島駅まで一緒に走行した)E5系はやぶさ。そして山形新幹線E3系つばさ。新庄駅では在来線に乗り入れていた:

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E5系はやぶさ@東京駅

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E3系つばさ@新庄駅

東京駅から乗車してすぐ、買っておいた駅弁(1,300円)を頂いた:

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仙臺名物・炭火焼風・牛たん弁当(南蛮味噌漬け+塩竈の藻塩付き)

弁当箱の底に加熱装置が付いていて、紐を引っ張ると湯気が出るほど温かくなる仕組み。下手すると火傷するくらい一瞬で高温になるなんて、なんとも日本人的な発想と技術である 8)。南蛮味噌漬けは猛烈に辛かったし、温かいおかげで一層美味しくいただけるのは確かなのだが、マジで温かい弁当はちょっと駅弁らしくないと思うのは自分だけだろうか。この仕組みのおかげで御飯は少ないし、値段も割高である。ぜひ廉価版を出してほしいところ :D

そして(はやぶさ切り離しのため)福島駅に停車中の車窓からの風景。吾妻小富士《アヅマコフジ》と一切経山《イッサイギョウザン》の眺め:

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車窓からの眺め@JR福島駅(拡大版)

福島を離れ山形へ向かっている途中、車窓から偶然、南陽市の山火事(当時)であろう煙を目撃した。そこから山形方面まで煙がたなびき、晴れなのに空気が霞んで見えたことを思い出す。こちらは、そんな状況を撮ろうした際に偶然にも写っていた上山城郷土資料館[e]時間の都合で、残念ながら今回は城攻めを断念した 😞️。

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上山城郷土資料館(民家の屋根の上)

新庄駅では在来線のホームに到着。改札口へ向かう途中、秋田行き奥羽本線の701系が停車しているのを目撃:

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701系@新庄駅

次は新庄駅でわざわざ出迎えてれくれたオブジェたち。まずはホームにて新庄市公式のイメージキャラクタである「かむてん」。神室山《カムロヤマ》に住む天狗をイメージしたものらしい:

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かむてん

駅構内には、国重要無形民俗文化財新庄まつりの主役であり、有名な歌舞伎を人形であしらえた山車が展示されていた:

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新庄まつりの山車

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新庄まつりの山車

この山車は実際に、昨年は令和5(2023)年の新庄まつりで練り歩いたものらしい。演目は鬼一法眼三略巻《キイチホウゲン・サンリャクノマキ》」。

そもそもこの新庄まつりの起源は、今回攻めてきた城跡(戸澤神社)と深い関係があるらしい。

そして「きてけろくん」とJR新庄駅の駅舎。きてけろくんは正面からだと分かりづらいが、横から見ると山形県の地形になっているのだとか:

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きてけろくん

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JR新庄駅

濠に囲まれた最上公園には歴史ある建築物が多くあった。その中で県指定建造物になっている天満神社脇に学問の神様である菅原道真公を祀った御堂があり、ちゃんと撫で牛《ナデベコ》がおいてあった:

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撫で牛

こちらは、最上公園近くある新庄ふるさと歴史センターの玄関ホールで見かけた隠明寺凧《オンミョウジダコ》:

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隠明寺凧(小型)

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隠明寺凧(大型)

一つ目の城攻めを終えて、次の城跡を攻めるためJR新庄駅へ向かっている途中に見かけたホテルの案内板。ちょっと興味津々なフレーズだけれど、何が小さいのだろうか?[f]「大浴場」ではなく「小浴場」とか? 😅️

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「日本でいちばんちいさな・セントラルホテル」

この日二つ目の城跡は天童市にあった天童(古)城。最寄りであるJR天童駅のホームや駅舎、その周辺はいかにも将棋の駒の形をイメージさせるようなデザインだった:

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@JR天童駅東口

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@ホーム

天童市の市制施行65周年を記念して建立された、このモニュメントの題字は羽生善治《ハブ・ヨシハル》棋士によるもの:

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駒のモニュメント(令和6年設置)

駅下の天童将棋史料館も、竜王で名人である藤井聡太棋士の活躍にあやかり将棋ブームを一段と盛り上げようとしているようだった(知らんけど):

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@天童将棋史料館

現在、天童城跡の一部は人間将棋でも有名な天童公園になっている。観覧席から将棋盤あたりが天童城の段曲輪だった:

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王将の碑

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観覧席から将棋盤

「王将」のモニュメントの題字は故・大山康晴棋士によるもの。六年前の平成30(2018)年には人間将棋の対局数が2千を越えて(2,362)ギネスに登録された:

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1会場で同時に対局した最多数でギネス登録

天童城の主郭は、この公園ではなく山道を登った愛宕神社が建つ場所である。実際に登ってきたのだが、なんとその境内でカモシカにばったり遭遇した。

軍神を祀る愛宕神社で今回の城攻めの成功を祈願したあと、主郭跡を歩いていると正面に白い物体が目に入った。一瞬、何かの剥製?まさか?と思った:0

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え!? 何かの剥製か?・・・

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・・・白いカモシカだった

色からして熊だとは思わなかったが、それでも一瞬、固まってしまった :D。すかさず撮影するも、特にこちらに驚いていた様子はなかった様に見えた。もしかして人間慣れしているのだろうか。それでも接近して縄張り?に入るのは回避し、早々に城攻めを済ませたあと下山しようとすると、今度は参道口の目の前で此方を凝視している:

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此方を凝視するカモシカ

むむっ。日も暮れそうな時間であり、下山してこの日最後の城攻めをしたかったので、あまり刺激しないようにゆっくり参道口へ回り込んで石段を下りて天童公園へ戻った 0:)

このあとは無事に下山し、天童織田藩[g]大六天魔王・織田信長の次男である信雄の子の系統が天童織田家になる。の政庁があった陣屋跡を巡ってきた。城跡は奥羽本線に分断され、宅地化の波に押しつぶされてしまったので特に遺構はない。そんな中、印象に残ったのがやはりこちらのマンホール。さすが将棋の街。詳細は日本マンホール蓋学会山形県天童市のマンホールを参照のこと:

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天童市の市章

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将棋の駒

 と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also新庄城攻め (フォト集)
See Also新庄藩と戸澤家 (フォト集)
See Also天童城攻め (フォト集)
See Also天童御陣屋攻め (フォト集)

参照

参照
a まぁ、いろいろあったけど 😅️。
b 実際にその日は雨だった 😞️。
c 帰ってきて二週間ほど経つけどまだ疲れが残っている感じ 😥️。
d ぬるまラーメン!?。いわゆる山形県のソウルフード「冷やしラーメン」(冷やし中華ではない)の類 🤨️。
e 時間の都合で、残念ながら今回は城攻めを断念した 😞️。
f 「大浴場」ではなく「小浴場」とか? 😅️
g 大六天魔王・織田信長の次男である信雄の子の系統が天童織田家になる。

中華飯店 東華 − A Local Chinese Restaurant at MITO.

先週末は令和6(2024)年の雨水の候を過ぎた三連休の中日[a]【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。に、八年前に攻めた近世城郭跡再び攻めてきた。自分が巡ってきた後に、二ノ丸大手門や二ノ丸角櫓が木造復元されたらしいとのことだったので。

関東地方は、この日が唯一天気が良く暖かいと云う予想だったので直前になって決めた :)。実際、考えることは皆同じで、結構な人出で駅前広場は賑わっていたし、恒例の梅まつりに併せたイベントをいろいろ見かけた。行きは上野から水戸まで久しぶりにJR常磐線を利用したのだが、うかつにも後方の車両(2号車/15車両)に乗ってしまい、途中の土浦で15→5車両に切り離しされたため前方車両へ移動する羽目に〜[b]遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。 :$

午前中に城攻めを終えたあと、帰宅する前にBS番組で昨年末に紹介されていた水戸駅周辺の町中華でお昼を摂る予定であった。ただ三連休ともあって田舎は休みの店が多い[c]あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。ことが気がかりであったが :|。で、まずは水戸東照宮近くの「中華料理・晴華」へ行ってみると、気がかりが的中 :O

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「中華料理・晴華」はお休み

仕方がないのでもう一軒の店へ向かうために駅へ戻り、さらに南口広場を縦断して川を渡った先の中華飯店・東華へ。歩いているときに営業中のネオンが見えて一安心だった:)。番組でも紹介していたが、お隣は同じ家族経営の雀荘:

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(こちらは店を出た時の写真)

暖簾をくぐって店内へ入ると奥の座敷に家族連れが一組居ただけ。昼の部が11:00〜14:00で、店に入ったのが13:30過ぎなのでギリギリかもしれない。現に食事を終えて店を出たら既に暖簾が下りていたし。「お好きな席へどうぞ」とのことで、長テーブルの厨房よりに座ってメニューを眺める。店の前でランチメニューも見たが、ここは玉ちゃんの「パイコウ」つながりで、パイコウ飯+半ラーメンのセット(1,050円)を選択した。

このあとも予定があったので「喉の洗浄」は割愛し、料理が出てくるまで町中華のしきたりとして、少年漫画に目を通す。ジャンプ、マガジン、サンデーを一通り眺めたが、特に気を引くような作品には当たらなかった。どれも線が細くて昔の作画タッチと違和感があったし、なんか印刷も薄い感じがした :|。今は漫画もデジタルの時代だからだろうか。と昔を懐かしんでいると料理が出てきた:

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パイコウ飯+半ラーメンセット(1,050円)

パイコウ(排骨)とは台湾の夜市でよく食べられる衣を付けて豚肉を揚げたもの。御飯の上で、醤油ベースのタレがかかっており、同じタレをまとった焼きネギも添えられていた:

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パイコウ飯(排骨飯)

ラーメンはあっさり系の中華そば。メンマやチャーシュが大きくて食べごたえあり:

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半ラーメン

細麺は柔らかめ。鶏ベースのしょう油味はやや薄味だった。大部分の麺を一気に食べ終えたところでパイコウ飯へ:

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”肉肉しい”パイコウ

薄い衣をまとった豚肉は肉々しい脂が滲み出していた。これと焼きネギを御飯の上に載せて頂く:

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三位一体の絵

久しぶりに御飯モノが進んだ感じ。タレがいい感じだった 8)。寒い時期のネギは美味いねぇ。

こちらはレジ脇に掲げられていた玉ちゃんのサイン:

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玉ちゃんのサイン

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

中華飯店・東華
茨城県水戸市城南2丁目9-8

 

ここからはオマケ。
水戸と云うと、水戸駅と水戸黄門御一行:

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水戸駅の北口広場より

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黄門さま御一行

この日の水戸城跡は梅、うめ、梅づくしだった:
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弘道館公園の梅林

弘道館公園の梅林(偕楽園+弘道館の梅検索)から八重松島《ヤエ・マツシマ》は淡紅色で、見驚《ケンキョウ》は淡紅から移り白色:

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八重松島

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見驚

本丸(御本所)跡へ向かう本城橋あたりで見かけた梅(種類は不明):
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鮮やかなピンク色

こちらは鹿島神社の拝殿:

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御祭神は武甕槌神《タケミカヅチ》さま

その境内にあった神木鈴梅。水戸藩九代藩主・徳川斉昭《トクガワ・ナリアキ》(烈公)お手植えで鹿島神社の神木とされている。一見すると枯れ死しているようだが、ちゃんと生きている。木にまとった苔がその証拠らしい:

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神木鈴梅

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神木にまとった苔

こちらは三ノ丸跡に建つ茨城県庁の庁舎と、北三ノ丸跡に建っている水道の低区配水塔

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県庁@三ノ丸跡

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配水塔@北三ノ丸跡

令和2(2020)年に木造復元された二ノ丸の大手門:

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大手門(復元)

大手門の枡形虎口:

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枡形虎口跡

そして、同じく木造で復元された二ノ丸の角櫓。城内に八基あった隅櫓の一つ:

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二ノ丸角櫓

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二ノ丸角櫓

こちらは本丸(御本所)跡にある高校の敷地に移築された薬医門。本丸の表門にあたる橋詰御門と推定される。八年前は唯一の現存遺構であった[d]今は他にも城門の門扉や土塁などがある。

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薬医門@本丸跡

二ノ丸と本丸との間にあった堀切跡は現在はJR水郡線が通っている:

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堀跡を走る水郡線

本丸(御本所)の東側に置かれた下の丸跡も高校の敷地であるが、こちらはJR常磐線近くから眺めたもの(パノラマ):

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下の丸南側の城塁

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会茨城県のマンホールの解説を参照のこと:

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水戸市のマスコット

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水戸市の木

 と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also水戸城攻め(2) (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。
b 遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。
c あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。
d 今は他にも城門の門扉や土塁などがある。

登利平@深谷店 − A Lunch at Restaurant where was acclaimed for “Torijū”(TAKE2).

昨日は令和6(2024)年の立春の候にあたる週末[a]【今日は何の日?】暦の上では春の気配が現れてくる日。旧暦だと、太政大臣・平清盛が病没した日であり、赤穂浪士の四十七士が切腹した日。、前回の城攻めに続いて再び埼玉県深谷市にある城跡と、その時に見落としていた場所を併せて巡ってきた。

この日は、JR深谷駅前からコミュニティバスで城跡に近い「幡羅公民館《ハタラ・コウミンカン》」まで100円で移動できると云うことで、その時刻に合わせて早起きして向かったのだが、当のバス停には該当する路線や行き先がない :|。あれぇ? まわりには他に停留所は無いし、出発時間も近づきつつあって、あげく北口あたりをうろうろしたのだけれど、とうとう見つけることが出来ず :$。仕方がないので1,700円をかけてタクシーで移動した。現在「幡羅生涯学習センター」と呼ばれているその場所でゲートボールを楽しんでいた御老人に聞いてみると、なんと自分が見ていたのは平成時代のバスの情報(リンクはPDF)だった〜 :O。こんな「賞味期限切れ」の情報をいつまでもインターネット上で公開しておくのはどうなんだろうか[b]これだって立派な偽情報だが、Google Searching を信じた俺のミス(自己責任)なんだろうなぁ 🤬️。 :O

ともあれ、無事に予定を済ませたあとJR深谷駅へ向かう途中[c]帰りは徒歩にした 😐️。、再び前回お昼を頂いたお店へ(投稿としては同じ店が連チャンになってしまったが・・・):

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上州御用鳥めし本舗・登利平@深谷店

お昼を少し過ぎただけの時間であったが Eat-In のスペースは誰も居らず、自分が最初の客だった[d]前回と今回の来店で思ったのだが、この店はどちらかというと弁当の持ち帰り客の方が多い感じがした 😮️。。お好きなところへどうぞと云うことで通してもらった。

前回は定食ものを選択したが、今回は御重のエントリからソースかつ重(980円)、そして一品料理から、もも串とねぎもも串(共に塩で210円/本)を注文した:

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ソースかつ重(980円)と串2本(210円/本)

前回の鳥合わせ定食にもあったチキンかつが三枚、ソースがしっかりとまとわれ、普通盛りの御飯の上にのっていた。味噌汁と香の物は同じ。自家製ソースとの相性が抜群なチキンかつの中は熱々だった:

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柔らかくて熱々のチキンカツ

串ものは脂がしっかりにのっていて、塩でさっぱりいけた:

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もも串(210円)とねぎもも串(210円)

ビールなどアルコールの提供がないのが残念。

まだまだ城跡の多い深谷市には、これからも足を運ぶ機会があるだろう 8)。ただ西や南なんだけどなぁ。

登利平(深谷店)
埼玉県深谷市国済寺 332-21


ここからはオマケ。

この日は深谷城の支城とも出城とも云われている東方城《ヒガシカタジョウ》跡へ。ちょうど現在城攻め訪問記で栃木県の西方城《ニシカタジョウ》跡を執筆中であり、なにかしらの「縁」を感じた :D

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御所屋敷跡あたり

主な遺構は土塁や土壇と云ったところ:

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御所屋敷の土塁

土塁上から見下ろした郭内は藪化し、枯葉の他にチャリが埋もれていた。一応、この敷地は市指定文化財なのだが :|

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深谷市指定文化財・東方城跡

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「埋もれた古城」ならぬ埋もれた自転車

こちらも東方城の一部とされている熊野大神社《クマノ・ダイジンジャ》。「東方」と云う地名もこの神社がゆかりなのだとか:

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熊野大神社

鳥居の脇には立派な大欅の御神木がある:

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御神木

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御神木の大欅

深谷城主をつとめた深谷上杉氏が深く崇敬、のちに徳川家康の家臣で、東方城主となった松平丹波守康長《マツダイラ・タンバノカミ・ヤスナガ》が保護し信仰した:

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熊野大神社

本殿裏には諏訪大社や八坂神社など各地から勧請された社が、土塁跡の上に建っていた:

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土塁跡と伊奈利神社

こちらは熊野大神社のお隣りにあった真言宗の寺院・弥勒院《ミロクイン》:

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真言宗・熊野山・弥勒院

境内には不動明王が鎮座していた:

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不動明王像

こちらは「ガリガリ君」で有名な赤城乳業㈱本社ビル。前日に観た「出川哲朗の充電させてもらえませんか」に出ていて、せっかくなので :D

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赤城乳業 ㈱ 本社ビル

最後は駅前にあった「ふかっちゃん」像:

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「ねぎあげます・・・」

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also東方城攻め (フォト集)
See Also廰鼻和(庁鼻和)城攻め(2) (フォト集) 

参照

参照
a 【今日は何の日?】暦の上では春の気配が現れてくる日。旧暦だと、太政大臣・平清盛が病没した日であり、赤穂浪士の四十七士が切腹した日。
b これだって立派な偽情報だが、Google Searching を信じた俺のミス(自己責任)なんだろうなぁ 🤬️。
c 帰りは徒歩にした 😐️。
d 前回と今回の来店で思ったのだが、この店はどちらかというと弁当の持ち帰り客の方が多い感じがした 😮️。

登利平@深谷店 − A Lunch at Restaurant where was acclaimed for “Torijū”.

昨日は令和6(2024)年の大寒の候にあたる週末[a]【今日は何の日?】二十日正月《ハツカ・ショウガツ》。木曾(源)義仲が討死した日(旧暦)。は、南岸低気圧(South-Coast Cyclone)の襲来で前日から一転して天候が悪化した関東地方。今年一番の城攻めとして、天気が悪くなる前の午前中辺りで巡ってこれそうな埼玉県深谷市にある城跡[b]正確には内郭と外郭の境界となる城域部。へ。しかしながら、午後から雨と云う予報がハズレて、昼頃には冷たい雨が降ってきた。運良く城攻めを予定より30分くらい早めに終えることができたので、雨に打たれつつ早足でJR深谷駅へ向かっている途中に目に入ってきた御食事処の看板。冷たいし寒いしで、ひとまず入ってみることにした:

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見かけた看板

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上州御用鳥めし本舗・登利平@深谷店

入ってすぐ目の前には持ち帰りの受付カウンター[c]御食事の精算も兼ねていた。があって、初めは持ち帰り専門店かと思ったが、左手奥にテーブル席が6〜8席ほど見えたので、食事ができることは確認できた。既に大分テーブルは埋まっていたが、唯一空いていた二人用テーブルに通しもらえた :)

ここはテーブル上に置かれたタブレットから注文するシステム。メニューを眺めて三品あった定食系から鳥合わせ定食(1,200円)を注文。さらに眺めていると、焼き鳥を一本から注文できるようだったのでネギもも串(210円)を塩、レバー串(210円)をタレでそれぞれ追加した :D

これを書いているとき調べたのだけれど、この店は昭和時代の初めに群馬県前橋市で開業した鶏肉の精肉店が始まりらしく、のちに暖簾分けで御食事処の登利平《トリヘイ》を開店。ここの看板メニューにあった「鳥重(Torijū)」が好評だったらしい。チェイン店になった今、この店のホームページのお品書きには重ものや丼ものが掲載されていたけど、ここ深谷店には無く、メニューが限定されていたの気づいた :|

注文してから暫くして定食の御膳が出てきた。なんか想像していたセットよりも意外と豪華だったので少し驚いてしまった :D

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鳥合わせ定食(1,200円)

ライスは大盛り(+100円)にできるようだが、デフォルトのまま。サラダが乗った大皿に鶏モモの唐揚げ3個、サクサクした衣に包まれた鶏ムネのチキンカツ2個が乗っている。そして香の物とみそ汁が付く。

とにかく揚げたてなのが、冷たくなった身体に嬉しいし優しい :)

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から揚げとチキンカツの両方が味わえる

熱々のチキンカツは付け皿に入ったオリジナルのソースで頂く。おそらくソースかつ重でも使っている自家製だろう:

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やや辛めのソースに

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付けてさくっと頂く

テーブル席に置かれたマスタードを衣に付けて、ソースをまとった柔らかいチキンカツを噛むとか湯気がでる。

すると時間差で串ものがそれぞれ出てきた。こちらも焼き立てなのでジューシー。レバーは一部硬かったが、ネギもも串の方は塩味で、鶏肉の旨味を一層よく味わえた感じ:

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やや硬かったレバー串(210円)

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ネギもも串は塩で正解(210円)

鶏唐揚げは下味が付いていた。テーブルに置かれていた小袋のレモン汁をふりかけてそのまま食べた。合わせ定食と云うことでやや小ぶりの肉であったが美味かった:

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小ぶりの唐揚げ

最後に残ったご飯とチキンカツでソースかつ重風にして頂いた。結局、最後はこれが一番美味かったかも :D

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ソース漬けのチキンカツ

サラダもドレッシング二種(和風とベジタブル)あって良かったし、香の物も三種あって、これだけのボリュームで鶏肉を堪能できたので大満足だった 8)

登利平(深谷店)
埼玉県深谷市国済寺 332-21

 

ここからはオマケ。
 
深谷市と云えば、新一万円札の顔である渋沢栄一[d]個人的には、映画「帝都物語」で勝新太郎が演じていた渋沢栄一像が印象に残っている 🙂️。・生誕の地:
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渋沢栄一・生誕の地

 
 廰鼻和(庁鼻和)《コバナワ》城跡とされる臨在宗・常興山・国済寺。もともとは庁鼻和上杉氏の居館であり、のちに国済寺を開基したと云う:
 
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国済寺

この城は、その昔に攻めてきた深谷城の前身。江戸時代の建立と伝わる楼門形式の三門(市指定文化財)と、その柱に掲げられていた花入:

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梅と三門

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「わびさび」

 本堂。屋根の棟や鬼瓦に掲げられた大きな「上杉笹(竹に二羽飛び雀)」紋が目立っていた:

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本堂(正面)

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本堂(側面)

境内にある上杉憲英《ウエスギ・ノリフサ》公とその一族の墓所は市指定文化財:

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「史蹟・上杉憲英公墓所」

 国済寺境内とヤオコーとの間には土塁と堀が残っている:

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堀跡

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土塁と築山

 埼玉県を中心にスーパー(Grocery Shops)を展開するヤオコーが国済寺敷地内の店舗拡張と駐車場建設に伴い、事前に深谷市に発掘調査を依頼した結果、検出した堀跡や土塁が現在残っている(または埋没保存されている)。

城域(国済寺)の北を走る県道R263は旧中山道。往時は外郭と内郭の境界線であった。この通り沿いには寺院や崇拝所が残る。この愛宕神社も江戸時代に勧請された:

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旧中山道と愛宕神社

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会深谷市のマンホールの解説を参照のこと:

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旧深谷市の花「椿」と煉瓦風のデザイン

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旧深谷市のチューリップのデザイン

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also廰鼻和(庁鼻和)城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】二十日正月《ハツカ・ショウガツ》。木曾(源)義仲が討死した日(旧暦)。
b 正確には内郭と外郭の境界となる城域部。
c 御食事の精算も兼ねていた。
d 個人的には、映画「帝都物語」で勝新太郎が演じていた渋沢栄一像が印象に残っている 🙂️。

SOUP CURRY 鳩時計 − I Forgot to Look For the HATODOKEI.

一昨日は令和5(2023)年の大雪《タイセツ》の候をすぎた週末[a]【今日は何の日?】明治時代に東京と横浜で日本初の交換器式の電話事業が開始された日。元内閣総理大臣・田中角榮氏がロッキード事件上告中に死去した日。六年前に攻めてきた山城跡(東京都日野市)を再訪したあと、ちょうどこの年の大河ドラマを観て知った都旧跡「浅野長政隠棲の地」なる場所(東京都府中市)を巡ってきた[b]車でたまたま近かっただけで決めた。ほとんど「ついで」って感じ 😅️。その昔、この街に住んでいたけど、全く知らなかった :O

事前に、この旧跡周辺のコインパーキングを探していた時に「車返団地《クルマガエシ・ダンチ》」って珍しい地名[c]これも近くに住んでいながら知らなかった地名だったので、逆に覚えていた 😁️。にピンときて、これ昔に観た旅番組で、たしかスープカレー屋を紹介していたことを思い出した。と云うことで、めったに行かなくなった街でもあり、きっと軽い登山の後でお腹がいい具合に空いているであろうと予想して、すべて終えたらこの店で遅めの昼を摂ることにした。

で、当日は午前中の城攻めでだいぶ時間をくってしまった上に、お腹の方も暴れる寸前になっていたので、コインパーキングに車を停めたあと、旧跡を巡る前に店へ向かった:

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SOUP CURRY 鳩時計

ホント、お店は団地の中にあった。店前に何人か座っていたので、おおよそ店の場所は想像がつくけど、周りにある他の店とは異なり、目立つ看板はない。

時間は土曜日の昼の2時すぎ。店の前に置かれていたテーブル上の受付表に名前を記入。自分の前には6組ほど待っていた。ちょっと待ち時間が読めなかったが、ここまできたら待つしかないと腹をくくった。遅くなったら旧跡の方は後日にまわしでも良いだろうと。どうせ見所は多くないので :X

店前で待つこと40分ほど。名前を呼ばれて入店。初めは店内中央にある椅子に座って、席を作ってくれるまでの間、メニューを眺める。事前に何を注文するかは決めていたが、HPには書いてなかった「トッピング・サイドメニュー」には眼をとおした。それからカウンター席に案内された。他に2〜5人用のテーブルあり。

メニューを眺めて少し変更して注文。鳩時計の一番人気メニューA「チキン(骨付き鶏モモ肉)とお野菜10種のスープカレー」のドリンク付きセット(1,800円)に、サイドメニューとしてザンギ(200円)と、トッピングとして「府中椎茸」(100円)を追加した:

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チキン(骨付き鶏モモ肉)とお野菜10種のスープカレー他(計2,100円)

個人的には辛いのが駄目だけど、スパイスは嫌いではないと云う微妙なカレー好き[d]ちなみに、好きなカレー屋は日乃屋のカレー。辛いけど 😣️。ので、辛さは「ちょい辛」(5段階のうち1段め)を選択 ;)

ドリンクはトニックウォーター。お店のロゴが入ったコップで頂いた:

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WILKINSON Tonic Water with ice

どちらかと云うとスープカレーとしては普通の色どり(具材)と大きさだと思う:

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野菜いっぱいはスープカレーのデフォルト

スープを軽く飲んでみたけど、全く辛くなかった。メニューにも書いてあったけど、もう一段上の辛さの方が良かったかも :|。スープカレーなので、ルー式のカレーよりスパイスはあまり感じない。ホント、これだけだと普通の野菜スープって感じ。若干、温めかな。

こちらがライス(180g)と揚げたてのザンギ:

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ライスとザンギ

ザンギは衣に味が付いているので、そのままいただく:

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熱々のザンギ

ザンギと一緒に、スープカレーに盛られた野菜を交互に。スープは思ったほど濃く無いので、野菜は素材の味がストレートに伝わってきた。長太のゴボウや肉厚な椎茸はホント美味しかった 8)

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ボリュームのある野菜たち

野菜をほぼ食べ終えたところで鶏モモ肉が出現。スプーンとフォークでほぐしたチキンと、今度はライス&スープでいただく:

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骨付き鶏モモ肉

スプーンで肉の表面を軽く撫ぜるだけでほぐせるので、これをライスの上に置いて、スープをかけて頂いた。

ライスは300gの方が満腹感はあるかも。あと辛さはもう一段階上にした方が良かったかな。そうそう、お店の名物で文字盤の無い「鳩時計」を探すのを忘れてしまった :O

と云うことで、少し物足りなかったので、また(近くまでいく)機会があれば、待ち時間を覚悟して食べたい。ごちそうさまでした。

SOUP CURRY 鳩時計
東京都府中市白糸台5-25-1車返商店街内

 

ここからはオマケ。
 
午前中は、築城年や築城主など詳しいことが不明な高幡城跡へ:
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浅川に架かる高幡橋から

標高130mほどの高幡山に築かれた山城だけど、一般的(圧倒的)に麓にある高幡不動尊(金剛寺)が有名:

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國寳だったのか?

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仁王門

「國寳」だとは知らなかったけど、ホントか? :|

ここ金剛寺は新選組・副長の土方歳三の菩提寺としても有名。その昔、自分も会津若松函館でゆかりの地を巡ったなぁ。特に熱烈なファンではないけれど:

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新選組副長・土方歳三

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土方歳三

近藤勇・土方歳三顕彰碑(日野市指定史跡):

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局長と副長の顕彰碑

こちらは上杉堂。上杉憲秋《ウエスギ・ノリアキ》公の供養塔(服石)が祀られている。分倍河原の戦いで、上杉勢(含む太田道灌ら)の先鋒として鎌倉公方・足利成氏らと戦を交えたが敗れ、深手を負ってここで自刃した。公は関東管領も務めた犬懸上杉家の当主(いわゆる山内上杉家や扇谷上杉家とは親戚筋):

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上杉堂

さらに立派な五重塔がある。高さ45m:

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五重塔

こちらは高幡城の主郭跡(高幡山の山頂)から眺めた多摩モノレール:

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多摩モノレール

あと京王線・高幡不動駅近くで、おもしろい自販機を見かけた。このソースは1本700円(当時):

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悪魔のホットソース

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1本700円

最後は、浅野長政隠棲の地である屋敷跡の隣りに鬼門除けとしてあった諏訪神社。この境内も某の屋敷跡だったらしく、竹やぶの中には堀跡のようなものを確認した:

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諏訪神社

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堀跡

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also高幡城攻め(2) (フォト集)
See Also浅野長政隠棲の地巡り (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】明治時代に東京と横浜で日本初の交換器式の電話事業が開始された日。元内閣総理大臣・田中角榮氏がロッキード事件上告中に死去した日。
b 車でたまたま近かっただけで決めた。ほとんど「ついで」って感じ 😅️
c これも近くに住んでいながら知らなかった地名だったので、逆に覚えていた 😁️。
d ちなみに、好きなカレー屋は日乃屋のカレー。辛いけど 😣️。