マンホールの蓋」タグアーカイブ

市中で見かけたマンホールの蓋の写真

炭火焼き・炉暖 − No GOTO Travel coupon available.

今年は令和2(2020)年、立冬を過ぎて朝起きると肌寒さを強く感じてきた頃の連休を利用し京都・大阪の城攻めへ。

一番の目的は今から5年前に訪問した際に実現できなかった京都大徳寺で、織田信長公の菩提寺である総見院の特別公開に参加すること。何度か予定を立てたけどなかなか行く機会を作れなかったが、COVID-19 が猛威を振るうこの時期にあって、もしかしたら今後は特別公開さえも開催されなくなるのでは[a]あるいは緊急事態宣言や県外移動禁止などの政治的な措置など。という思いから決心した次第。加えて土・日・祝日限定の予約制とのことで行ける日が限定されてしまった[b]本当は単一の土・日を狙っていたけど、拝観予約は6日前には受付終了してしまい、さらに天気予報や宿泊先の確保といった都合もあって、結局は連休になってしまった  😕 。。奇しくも GOTO トラベルを利用できるシーズンでもあり、京都では宿泊先を確保できなかったので大阪で宿を取ることに。そういう訳で初日は大阪府高槻市にある山城を攻めてきた。この年の大河ドラマに登場した戦国大名の居城であり続日本100名城の一つでもある。

移動の前日には、大阪府で COVID-19 の感染者が最多となったニュースが流れていたので、かなり注意して行動する必要があると感じ、その準備をしたのだけれど、流石に三連休ということで京都までの新幹線は満席だった :$。直前に、感染防止を重視して自由席から指定席に変更したんだけど全く意味が無かった :|。京都でJR京都線新快速・姫路行に乗り換えて高槻駅に着いたのが朝10時半。それから駅前から高槻市営バス51・循環・塚脇《つかわき》行へ乗って最寄りのバス停に着いたのが11時半。そこから比高150mほどの三好山にあった城跡を4時間近く歩きまわってきた:D[c]記録したデータによると総距離5.09km、タイムは03:17:16、996カロリーだった。

城攻めを終えて下山し、再び塚脇のバス停から高槻駅へ移動して宿泊先がある新大阪に到着したのが夕方4時過ぎ。いや〜、駅構内も大勢の人ですごかった :$。ということで、早々に東口近くの宿泊先へ向かおうとしたのだけど、やはり朝から歩き回っていたせいでお腹が空いたのと疲れがあったので、途中に見かけた居酒屋へ:

炉暖 新大阪東口店

時間が早かったせいか客は自分ひとり[d]まぁ、それを確認して店を決めたんだけど :-)。店の入口で検温とアルコール消毒してカウンター席に通された。COVID-19 が蔓延してから居酒屋に入ったのはもう半年以上も前。

まずは生ビール中(490円)。これも久しぶり:D

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生ビール(490円)+お通し(350円)

ビールを飲みながら注文。こちらは黒豆の枝豆(490円)。茹でたてでホント美味しかった:

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黒豆の枝豆(490円)

そして旬の魚の刺身三点盛(990円)。ハマチ、鮃、鯛。こちらは冷蔵庫にはいったままだったのか、だいぶ乾いていて硬かったなぁ:

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刺し身3品盛り(990円)

続いてお店自慢の焼き鳥。ねぎま(200円)、かしわ(200円)、レバー(200円)。すべて塩。そして一番美味かったのがお手製つくね(280円)。思わず追加してしまった:)

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焼き鳥(各200円)+つくね(280円)

ここから梅酒ロック(440円)に飲み変えて、玉ねぎの串揚げ(100円)。やっぱり大阪ではソースが違う:

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玉ねぎの串揚げ(100円)+梅酒ロック(440円)

この時の店内は家族連れ(3名)だけだったけど、突然、店前に大勢の人だかりが見えたかと思うと、既に酔っ払っているおっさん連中9名が入ってきた:|。おいおい、府知事から会食は4人までってお達しがあったはずだが、この連中は一体?

ということで、本当はもう少し注文したかったけど、席は離れていても大声で話す連中とは関わり合いたくないので、この二品を最後におあいそしてもらうことにした:

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数量限定しまちょう(390円)+つくえ(280円)

メニューにあった「しまちょう(数量限定)」が気になって聞いてみたら「ホルモン」だった。タレだったけど美味しかったな〜。もう一本食べたかったけど、やはりルール無視の連中が気になったので出ることにした:(

全般的に駅周辺の人通りは普通で感染予防している人が多い中、駅の階段で缶ビール飲んで大声を出していたおっさんなんかも居たりして、今ひとつ危機感が薄いなぁと思った。

この店は GOTO トラベル対象外で、ちょっと値段は高かったけど平均して美味しかった。次回、また行きたい店。

炉暖 新大阪東口点
大阪府大阪市東淀川区西淡路1丁目1−36


ここからはオマケ。

こちらはJR高槻駅北口のバスターミナルあたり。3年前に初めて高槻へ来た時は南口を利用したっけ:

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JR高槻駅北口の眺め

城攻めでは北口からバスに乗ったんだけど、少し時間があったので周辺をうろうろ。こちらはマンホールの蓋:

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高槻市のマンホールの蓋

こちらが、この日に攻めた芥川山《あくたがわさん》城跡の想像図。塚脇という最寄りのバス停には沢山の説明板や案内板があった:

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「芥川山城推定復元図」(拡大版)

ここは戦国時代に畿内の覇者である三好長慶《みよし・ながよし》の居城であったことで有名。技巧的な遺構が多く残っていて見所が多かった。

COVID-19 蔓延期でも山城は比較的に人が少ない方であるけど、この日は多くの人を見かけた。ただ皆がマスク付けていたわけでなかったので山道でもすれ違う時は、距離をとった控えめな挨拶だった :|

こちらは登城口へ向かう途中、見かけたトルハルバンという石像。韓国の済州島の石像で、町の入口になどに立てられ、日本の道祖神やお地蔵さまのような存在なんだとか:

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妙力寺前にあったトルハルバン像

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妙力寺入口

この城跡は私有地になっているおかげで、貴重な遺構がたくさん残されていたが、これは珍しい竪土塁。麓に向かて土塁が縦に延びている:

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竪土塁

山城ということで実城あたりからの眺望は素晴らしかった:

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主郭下の腰郭跡から高槻市街の眺め(拡大版)

主郭(本丸)跡からは大阪市(右手)も眺めることができた:

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主郭跡からの眺め(パノラマ)

大阪市の高層ビル群:

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あべのハルカス等が見えた(拡大版)

この城跡は私有地ながら、GF (Green Friends)というボランティアの方々が説明板や案内板、はたまた大木の伐採や登城道の整備などをしてくれているおかげで特に問題なく見て回ることができた。ホント、感謝である 8)

そんなことで GF の方に声をかけて頂いて、主郭北側の遺構についてガイドしてもらう機会を得た:

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GFの方と城好きの皆さん

こちらは下山時に見かけた倒木。近年の台風の影響が大きいらしく、完全には整備の手がまわっていないのだとか:

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台風による倒木

最後は宿泊先でもらった GOTO トラベル地域共通クーポン。炉暖では使えなかったので、この翌日の京都で使用した:

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GOTO トラベル地域共通クーポン

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also芥川山城攻め (フォト集)

参照

a あるいは緊急事態宣言や県外移動禁止などの政治的な措置など。
b 本当は単一の土・日を狙っていたけど、拝観予約は6日前には受付終了してしまい、さらに天気予報や宿泊先の確保といった都合もあって、結局は連休になってしまった  😕 。
c 記録したデータによると総距離5.09km、タイムは03:17:16、996カロリーだった。
d まぁ、それを確認して店を決めたんだけど :-)

北斗の拳デザインマンホール − SAKU City Collaboration MC.

先々週は令和二(2020)年の正月明けに長野県佐久市と小諸市にある城を攻めてきたが、宿泊地の最寄り駅である佐久平(さくだいら)駅前には、漫画『北斗の拳』の原作者である武論尊が佐久市出身ということで、市とのコラボレーションの一つとして北斗の拳の登場人物をプリントしたデザインマンホールが昨年は令和元(2019)年9月にお披露目されたらしい。そんな情報を偶然知って、城攻めで移動する合間に観てきた 8)

まずは佐久平駅。JR北陸新幹線と在来線であるJR小海線が乗入れされており、駅ビルである佐久平駅プラザ佐久には武論尊ら漫画家たちの交流会の情報や貴重な品々が展示されていた:

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JR佐久平駅

佐久平駅の南口前には「北斗の拳・デザインマンホール案内図」が立っていた:

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「北斗の拳・デザインマンホール案内図」

昭和58(1983)年から少年ジャンプに連載された『北斗の拳』で、35周年を記念してコラボレーションによるデザインマンホールが作成され、主人公であるケンシロウの胸の7つの傷の形にちなんで北斗七星の形に主要なキャラクターが印刷されたマンホールの蓋が配置されている。

案内図に従って順番に並べてみる:

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①ラオウ

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②トキ

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③ユリア

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④ジャギ

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⑤ケンシロウ

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⑥サウザー

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⑦レイ

こちらは駅に隣接したプラザ佐久内で展示されていたものの中から:

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プラザ佐久内の展示コーナー

まずは「武論尊」先生の肖像画:

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佐久市出身の武論尊

そして劇中でも有名なシーンである「わが生涯に一片の悔いなし!!」のサイン付き原画:

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ラオウ死す

こちらはJR佐久平駅の改札前エントランスに建っていたもの。佐久市は『北斗の拳』を全面押しだった:

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「佐久市に来い!」

こちらはオマケ。小諸市のマンホール蓋:

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小諸城大手門

酒処・居酒屋てんまさ − A MITO Local Dishes.

またまた「茨城県のネタ」が続くけど、こちらは一昨年は平成28(2016)年の正月明けの連休を利用した自身初の茨城県の城攻めのもの。城攻め最終日は午前中いっぱいを使って水戸城跡を巡ってきた。
そして帰宅する前の電車待ちの合間をぬって、お昼を摂ろうと駅前をうろうろしていたのだけれど適当なお店が見つからなかったので、前夜に「あんこう」料理を食べた際にメニューで気になった水戸市の郷土料理でありB級グルメでもある「納豆」料理を思い出し、再び居酒屋てんまさの暖簾をくぐることに[a]実は宿泊先の朝食にも納豆が出てきて(それも食べ放題 : 😎 )、御飯を二杯もおかわりしたっけ。ホテルの朝食でご当地モノが出ると得した感じがして嬉しい :-)

この時に気になっていたランチメニューが、この納豆ねばり丼(1,080円)。それも納豆汁付き:)

納豆ねばり丼(1,080円)

別に水戸ではなくどこにでもありそうな「ネバネバ系」の丼ではある[b]例えば「やよい軒」のおまぜ定食とか。し納豆も少なかったけど美味しく頂けた:

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大好物の納豆を本場で

ついでに前夜に食べた料理の一部がこちら。
前日の後半は自転車にのって笠間にある山城を攻めてきたので体力補充のために、こちらも名物のあんこう料理を食べてきた。

まずはあん肝(650円+税)をもみじおろしのポン酢で。新鮮かどうかは不明 :X

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あん肝(702円)

そして、あんこう鍋(2,000円+税/一人前)。さすがに年明けすぐの水戸と云うこともあってまだまだ寒い夜だったけど、コラーゲンを摂ってしっかりと温まることができた :D

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あんこう鍋(2,160円)

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あんこうを味噌味で

まぁ居酒屋的にはどこにでもあるようなお店だったけど全国規模のチェイン店よりは全然よかった。

酒処・居酒屋てんまさ
茨城県水戸市宮町2-2-31 三友ビルB1F


ここからはオマケ。

さすがにこの時期の弘道館の庭は梅の華まっさかりだった。こちらは八重冬至(やえとうじ)という白色の中輪で八重咲きの梅。葉っぱの展開に先立って花を咲かせる(開花時期は1月中旬から2月):

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八重冬至

こちらは八重寒紅(やえかんこう)と云う濃い紅色の中輪で八重咲きの梅。開花後に花弁の先が白く色あせてくるのだとか:

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八重寒紅

これは、同じく三の丸跡の弘道館敷地内にある鹿島神社の御神輿殿。右手の神輿は北関東最大級の神輿らしい:

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御神輿殿

水戸市のマスコットキャラクターである「みとちゃん」がマンホール蓋に:

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みとちゃん@マンホール蓋

最後は帰りの水戸駅ホームで見かけた鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の6000形:

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鹿島臨海鉄道大洗鹿島線

ちなみに帰りも行きと同じ特急ひたちを利用した。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also笠間城攻め (フォト集)
See Also水戸城攻め (フォト集)

参照

a 実は宿泊先の朝食にも納豆が出てきて(それも食べ放題 : 😎 )、御飯を二杯もおかわりしたっけ。ホテルの朝食でご当地モノが出ると得した感じがして嬉しい :-)
b 例えば「やよい軒」のおまぜ定食とか。

そば処 ちくま − This is a Japanese Fast Food.

先月は平成30(2018)年晩秋の三連休を利用して信州上田へ城攻めしてきたが、その最終日は、まずは宿泊先をチェックアウトする前の小一時間を利用して上田城跡公園へ。ここ上田城跡は、前回は4年前に訪れた際に既に攻略済みではあるが、当時見落としていた二の丸跡や南北櫓で展示されている史料(有料)などを改めて観てきた。オマケに、いつも大勢の観光客がいて上手く撮れなかった東虎口櫓門も、早朝はほとんど人が居なかったので良い感じで全景を写真に収めることができた :)。それから公園の目の前にある上田市観光会館売店2Fに展示されていた某大河ドラマの衣装や小道具など、真田幸村公にゆかりのものなんかも拝見してきた。

そして宿泊先をチェックアウトした後は、上田駅から上田電鉄に乗って上田原駅へ。そこから徒歩で、かの武田晴信[a]『甲斐の虎』武田信玄の若い頃。が猛将・村上義清の軍勢と激突して、生涯で数少ない敗け戦の一つとなった[b]おまけに板垣信方と甘利虎泰と云う重臣の二本柱を失う。上田原古戦場を巡ってきた。古戦場とは云っても、現在は石碑が建っているだけだけど、板垣駿河守や村上方の勇将らの墓所にも足を運んだ。

一泊二日の信州上田旅行を終えて帰宅するために上田駅へ戻り、お土産を購入した後、すぐに新幹線に乗るつもりだったけど、お昼を食べていないことに気づいて、駅構内にある蕎麦屋へ。てっきり立ち食いかと思ったら、椅子があるカウンターのお店だった。ということで乗車時間も迫っていた[c]三連休の最終日で混雑必至であろうと、なるべく早めに帰るつもりだった。こともあり、何も考えないまま自販機で一番左上にある食券を選択した。

こちらが「(特上)かき揚げ・山菜・玉子そば」(580円)。要するに「全部のせ」。玉子は温泉卵だったけど、残念ながら割れて黄身が出ていた…:|

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(特上)かき揚げ・山菜・玉子そば(580円)

山菜とかき揚げの食感がよく、汁は塩っぱすぎず、蕎麦は暖かくても伸びておらず、総合的に美味しく頂けた。流石に信州、ファストフードレベルの蕎麦も美味しい。

そば処 ちくま
長野県上田市天神1丁目


ここからはオマケ。

まず改めてコメントするほどのものではないけど、マンホールの蓋にあしらわれた六連銭。そして城下町ならでの町名:

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マンホールの蓋に六連銭

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大手門近くにあった標識

上田城の二の丸堀跡には、その昔は上田交通・真田傍陽線が敷かれていた。現在は欅並木道となっている:

上田城の二の丸橋と二の丸堀跡(拡大版)

こちらが上田城の東虎口櫓門。人が誰も居ない状態で全景を写真に収めることができた。向かって左手が南櫓、中が櫓門、右手が北櫓。櫓門は復元:

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東虎口櫓門(拡大版)

さすがに、この季節の紅葉は趣がある:

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城と紅葉(拡大版)

そして、ご存知「真田石」。但し、石垣そのものは仙石氏時代のもの:

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真田石

廃城後は遊郭に転用されていた北と南の櫓が昭和24(1949)年に復元された。現在は貴重な史料が展示された有料の博物館になっていた:

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北櫓

これは南櫓内に展示されていた甲冑のレプリカ。モデルは真田幸村所用と伝わる当世鉄二枚胴具足:

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鉄二枚胴具足のレプリカ

次は、北櫓内に展示されていた真田幸村公像。大坂夏の陣の際に装備した鹿角兜姿で、これも4年前に巡ってきた大坂夏の陣・真田幸村公ゆかりの地でも見た、三光神社(大阪市天王寺区)に建てられている銅像のミニチュア版らしい:

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真田幸村公像

こちらは上田市観光会館1Fにあった若き日の幸村(信繁)騎馬像で、これと同じものが上田駅のお城口にもある

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真田幸村公像

また、この観光会館の2Fは観光案内所になっていて、二年前(当時)の大河ドラマ「真田丸」の衣装や小道具が展示されていた。

これは真田氏三代のレプリカ甲冑:

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真田氏中興の祖である幸綱(幸隆)、信濃真田家を継いだ三男・昌幸、孫の幸村まで

そしてドラマで使われた品々。中央は赤備甲冑、左手は十文字槍、右手は陣羽織:

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ドラマ「真田丸」で使用された小道具

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十文字槍

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赤備甲冑

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陣羽織

あとドラマに出演した俳優陣のサイン色紙なんかも展示されていた。

この他には、やはり「上田」と云えば、このアニメも忘れることはできない :D

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上田が舞台の「サマーウォーズ」

こちらは午後に利用した上田電鉄の改札口近くに置いてあった「本日のラッピング電車運行予定」。今回は上田原駅まで1000系まるまどりーむ号、帰りは6000系さなだどりーむ号に乗車できた:

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上田電鉄のラッピング電車案内

こちらが6000系さなだどりーむ号:

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6000系さなだどりーむ号@上田原駅

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6000系さなだどりーむ号@上田駅

2000系まるまどりーむ号の車両横に付いていた上田電鉄のロゴ:

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2000系まるまどりーむ号

こちらが上田原駅の駅舎:

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上田原駅(平日以外は無人駅)

上田原駅のホームにて:

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上田電鉄別所線の上田原駅

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上田原駅のホーム

この上田原駅から有名な上田原古戦場跡を歩いて巡ってきた。
こちらは石久摩神社に建っていた古戦場の碑:

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「上田原古戦場」の碑

そして神社の裏手にある「信玄道」の碑。村上義清の猛攻を支えきれず敗走した信玄率いる武田軍は、このあたりで態勢を整え、この道を通って退陣したと云う:

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信玄道の碑

石久摩神社から「北国脇往還保福寺道」(松本街道)を通って、合戦城とされる上田古戦場公園へ向かった。この公園にはナイター設備が整った野球場やグランドがあって古戦場なんて雰囲気は全く無かったが、その先には村上義清が陣を置いた「岩鼻」なる旧崖の丘陵を眺めることができた:

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上田古戦場公園と岩鼻(拡大版)

「岩鼻」は、現在は千曲公園になっており、そこからは古戦場全景を眺めることができるらしい。但し、徒歩で向かうには少々キツイので今回は諦めたけど、いつか眺めてみたい :|

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岩鼻跡の千曲公園

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村上義清が陣を置いた場所(拡大版)

最後は千曲川ごしに眺めた太郎山や東太郎山といった晩秋の信州上田の山並みをパノラマスタイルで:

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信州上田の山並み(拡大版)

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信州上田の山並み(拡大版)

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信州上田の山並み(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also上田城攻め(2) (フォト集)
See Also上田原古戦場 (フォト集)

参照

a 『甲斐の虎』武田信玄の若い頃。
b おまけに板垣信方と甘利虎泰と云う重臣の二本柱を失う。
c 三連休の最終日で混雑必至であろうと、なるべく早めに帰るつもりだった。

函館旅行 − A Family Tour to Hakodate, HOKKAIDO in 2015.

今となっては一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年のお盆休みに実家へ帰省して、そのうちの一日を母親[a]函館生まれ。と一緒に日帰りの函館旅行へ行ってきた。朝早くから夜遅くまで、だいたいその半分くらいは電車での移動に費やしたので、もう家に着いたらどっと疲れてしまった :$。まぁ、その甲斐があって一番の目的だった五稜郭攻めの他にも市内観光もできて良かった。

JR札幌駅から06:30amすぎの特急スーパー北斗2号に乗って函館には10:00am過ぎに到着:

JR北海道の函館駅

自分はこれが何年ぶりの函館なのか全く記憶がない :/。確かなことは駅が綺麗で近代的になっていたことくらいだ。前日の予報だと、この日の函館を含む渡島地方は「曇り時々雨」だったけど、『良い意味で』全くのハズレだった。

これは到着後、駅前から眺めた函館山。一応は函館山ロープウェイ[b]自分の父親が初代ロープウエイの建設に携わったと記憶している。にも乗る予定だったので、この天気であれば大丈夫だと安心した[c]この風景を観て、あとで残念なことになることなど予想だにしなかった。

駅前からみた函館山(拡大版)

それから市電の一日乗車券(大人600円/当時)[d]2015年7月25日から函館アリーナで予定されていた GLAY の Special Live 記念チケットだった。を購入し、路面電車を利用して五稜郭公園へ移動。公園前まで市電+徒歩で30分くらいかかった。

ここで早めのお昼を摂って、そこから午前中一杯は五稜郭攻め。それから五稜郭タワーへ。これは五稜郭の遺構の一つである半月堡(はんげっぽ)の上からタワーを見上げたところ:

五稜郭タワー(拡大版)

五稜郭タワーは平成18(2006)年にリニューアルされた二代目で、高さは107m。タワーの展望台は二階建てで、回廊型のフロアは Pentagon (五角形)、さらに塔体の断面は星形になっていた:

塔体の断面は星形、展望台は五角形

展望料金は大人840円(当時)。まぁ大変な混みようだったけど、自分が五稜郭攻めしている間に、母親に切符を購入してもらっていたので、エレベータで行列待ちした以外は特に問題はなかった[e]もちろん展望台への入場制限はあったので、それなりに時間はかかったが。

で、こちらが展望台から眺め。東方面は函館空港と津軽湾:

東方面の眺望(拡大版)

東方面の眺望(コメント付き)

そして東南方面。津軽海峡の先は青森県大間あたり:

東南方面の眺望(拡大版)

東南方面の眺望(コメント付き)

こちらは南方面の眺望。函館山と立待岬が見えてきた:

南方面の眺望(拡大版)

南方面の眺望(コメント付き)

五稜郭タワー展望台から眺めた函館山方面。中央の目立つ建物が函館市役所、その右手がJR函館駅方面。ここで、ちょっと函館山にかかる雲が気になったが・・・:|

立待岬と雲がかかった函館山(拡大版)

これは函館駅方面。他には土方歳三が銃弾に倒れた場所や、箱館戦争で旧幕府軍の最後の陣屋跡などが見えた:

JR函館駅方面の眺望(拡大版)

JR函館駅方面の眺望(コメント付き)

最後は西方面の眺望。有名な亀田八幡宮[f]古くは戦国大名・松前慶広が必勝祈願したところで、後に松前藩の祈願所となった。が見えた:

西方面の眺望(拡大版)

西方面の眺望(コメント付き)

五稜郭と言うと榎本武揚ではなく新選組『鬼の副長』こと土方歳三である。展望台2Fには銅像があった:

土方歳三坐像

さらに1Fのラウンジにも銅像があった(逆光でひどい画像だけど)。そういえば昨年の秋には土方歳三の菩提寺でもある東京の高幡不動尊へ行って 銅像(新撰組時代がモデル)を観てきたっけ:

土方歳三立像

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土方歳三立像

五稜郭タワーの1Fは展望台乗り場の他にお土産屋さんが入っていたが、ちょっとした展示物や五稜郭ゆかりの人物の銅像があった。

こちらはエレベータホールに展示されていた開陽丸の模型。オランダ製の軍艦で、榎本武揚が江差沖まで進むも嵐のため座礁し沈没することになった悲劇の軍艦:

開陽丸の模型

北海道のお土産としても有名な「ヒグマと鮭」の彫り物:

ヒグマと鮭の木像

五稜郭から函館湾にいる新政府軍に対して使われた大砲(レプリカ):

外に展示されていた大砲

このあとは再び市電に乗って函館山ロープウェイに向かい、その途中にある観光名所を幾つか巡ってきた。
こちらは函館ハリストス正教会前に建っていた案内板:

函館山の麓にある案内図

まずは十字街駅で市電を下車して八幡坂(はちまんざか)へ。函館湾へ向かって一直線の坂は270mもあり、函館のビュースポットの一つとして有名で、かっては函館八幡宮の参道だったらしい:

八幡坂

函館のビュースポットの一つである八幡坂(拡大版)

こちらはハリストス正教会。安政6(1859)年に敷地内に建てられた初代ロシア領事館の付属聖堂として建立されたのが始まりで、正確には「函館復活聖堂」という:

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

文久元(1861)年には青年司祭ニコライがロシアから来函し、切支丹解禁を待って日本で最初にギリシア正教を布教したと云う。目地40(1907)年の大火で多くの建物が焼失したが、大正5(1916)年に現在のロシア風ビザンチン様式で再建された:

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

屋根に装着された数多くの十字架と、その装飾部を飾る冠状構造が独特な形状をしており、丸い天井がビザンチン様式特徴となっている:

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

聖ニコライ(1836〜1912)は亜使徒(あしと)[g]正教会における聖人の称号。使徒に次ぐ者と云う意味らしい。で、日本の大主教なのだとか:

日本に正教を伝道した大主教・ニコライの碑

このハリストス正教会の庭から見たカトリック元町教会(左手)と真宗大谷派函館別院(右手)。おもむろに「和洋折衷」感が漂うのも函館の魅力:

カトリック元町教会(左手)と真宗大谷派函館別院(右手)

ハリストス正教会を出て函館山ロープウエイへ向かう途中、これまた函館風の長い坂「チャチャ登り」。チャチャとはアイヌ語で「おじいさん」の意。あまりにも急な坂なので、誰もが腰を曲げて登ることから名付けられた:

チャチャ登り

こちらはカトリック元町教会。安政6(1859)年にフランス人司祭が設けた仮聖堂が起源で、現在の建物は大正13(1924)年に再建されたものなのだとか:

カトリック元町教会

この教会と道路を挟んで対面にあるのが真宗大谷派函館別院(しんしゅう・おおたには・はこだてべついん)。東本願寺を本山とし一度焼失したが、鉄筋コンクリートの寺院としては日本最古のもので、大正4(1915)年の再建。国の重要文化財:

真宗大谷派函館別院の伽藍

ということでロープウエイ山麓駅付近にやってきたが、函館山を見上げると雲がかかっていた :O

山麓駅の駐車場から見上げた函館山

切符を買おうと窓口に行ってみると、係の人から山頂は雲がかかって視界は悪いとアドバイスされて、やむなく今回は諦めること ;(。ほんと山頂だけすっぽりとガスに包まれていた:

函館山ロープウエイ山麓駅からの眺め

ということでロープウエイは次回の楽しみにして、市電に乗ろうと二十間坂を下り、目に入った赤レンガ倉庫群へ。ここにある浪漫館や金森洋物館などをいろいろ巡ってきた:

BAYはこだての赤レンガ倉庫

こちらも大勢の観光客や地元の人達が楽しんでいた:

BAYはこだての赤レンガ倉庫

それから市電に乗って函館駅へ。帰りの電車まで時間があったので駅前のビアガーデンで軽く飲んだあとに、函館朝一の店や係留保存された青函連絡船などを観てきた。

こちらは朝一の道沿いにあったお店。まぁ、もっとも観光客寄せっぽい飲み屋が多かったが:

イカ、烏賊(Squids)

大きなヒラメとホタテ:

「ひらめ」と「ホタテ」

巨大な大だこ。窓に写っている自分の体と比較しても、かなりの大きさだと云うのが分かる:

「大だこ」

北海道といえば毛ガニと:

「毛ガニ(Hairy Crabs)」

そしてシマエビ:

「北海シマエビ」

朝一を抜けてベイエリアへ向かったところで函館山を眺めてみると雲がはけていた。小一時間待てば良かったかなと思うと、う〜ん、ホントに残念 :$

ベイエリアから眺めた函館山と函館湾(拡大版)

こちらが係留保存されていた青函連絡船の摩周丸。昭和63(1988)年3月13日に青函連絡船は廃線となり、実際に乗船場だった旧函館第二岸壁に係留保存されて、内装は記念館となり公開されている:

青函連絡船・摩周丸

自分は中学・高校と青函連絡船を利用して修学旅行へ行った覚えがある:

1988年で退役した摩周丸

廃線と同時に退役した摩周丸

この摩周丸は二代目。初代は戦後まもない昭和23(1948)年に就航し、二代目は昭和40(1965)年に就航した:

青函連絡船・摩周丸

函館のベイエリア:

イカ広場からの眺め

こちらは函館湾内の海上自衛隊函館基地に停泊中の護衛艦DD114「すずなみ」:

護衛艦DD114「すずなみ」

この日の函館は予報を大きく裏切った天気になったわけだけど、晴れてくれたおかげで楽しい家族旅行になった 8)

函館の空(拡大版)

摩周丸付近のいか広場には沢山のカモメがいた:

こちらをガン見するカモメ(拡大版)

こちらは帰りの電車待ちで函館駅構内をウロウロしているときに撮ったもの:

函館駅構内(拡大版)

そして函館駅で見かけた列車。真ん中が帰りに乗った特急北斗なんだけど、外も中もボロボロで、客車内に煙は入ってくるは騒音はするわで乗り心地はも最悪だったと記憶している :$

スーパー白鳥(JR東日本)

北斗(JR北海道)

特急つがる(JR東日本)

帰りの電車では「函館駅名物みがき」弁当(880円/当時)を食べて、札幌までの3時間を寝て過ごした。

最後は函館のマンホール蓋:

函館のマンホールの蓋

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also函館旅行 (フォト集)

参照

a 函館生まれ。
b 自分の父親が初代ロープウエイの建設に携わったと記憶している。
c この風景を観て、あとで残念なことになることなど予想だにしなかった。
d 2015年7月25日から函館アリーナで予定されていた GLAY の Special Live 記念チケットだった。
e もちろん展望台への入場制限はあったので、それなりに時間はかかったが。
f 古くは戦国大名・松前慶広が必勝祈願したところで、後に松前藩の祈願所となった。
g 正教会における聖人の称号。使徒に次ぐ者と云う意味らしい。