マンホールの蓋」タグアーカイブ

市中で見かけたマンホールの蓋の写真

ひつまぶし登河・那古野本店 − A Golden Unaju in NAGOYA.

先々週は令和4(2022)年の立冬の候少し前、一泊二日の予定で愛知県は名古屋市にある城跡をいくつか攻めてきた。太平洋側は小春日和になった初日は特別史跡の名古屋城。これぐらいの規模になると半日くらいかけないと巡りきれないだろうと思い、平日を利用した城攻めながら、いざ行ってみると観光客の多さに驚いたと共に、改めて名古屋城の存在感を実感できた =)

午前中の11時前から二之丸、本丸をくまなく巡った上に、二之丸の外濠も一周してきた[a]ちなみに、翌日は宿泊先から近かったので朝の散歩を兼ねて三之丸跡も巡ってきた😁️。。加えて、本丸隅櫓が特別公開されていたので行列しながら観覧してきた。

と云うことで、なんだかんだ閉園間近まで歩き回って足が棒になった状態で丸の内駅近くの宿泊先へ[b]名古屋城から徒歩でも戻れる場所ではあったが地下鉄に乗って遠回りで移動した。しかしながら駅から最寄りの出口までが遠くてキツかった〜😥️。。夕飯はあらかじめ決めておいた近くの鰻屋。予約はしていないので開店時間に合わせて店へ向かった:

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ひつまぶし登河・那古野本店

ちょっと入口が分かりづらかったが、なんとか入店することができた[c]Google の Street View は古い画像だったので、真っ暗な中を反対側へ行ったり来たりしてしまった 😕️。。そして入口で少し待たされたあと広めの部屋のテーブル席に通された。

食べたいものは「うな重」で決まっていたが、出来上がるまで少し時間がかかるようだったので生ビール[d]お通しは400円。ただの枝豆だったけど。(650円)とネギマ串焼き(タレで照焼き)1本(650円)を追加で注文した。

こちらがタレで照焼きされたネギマ串焼き。竹串ではなく鉄串だった:

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ネギマ串焼き(650円)

鶏肉は名古屋コーチンらしい。身が厚くジューシーで美味しかった:

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肉厚でタレの香り良し

そしてメインの「うな重」が登場。今回食べたのはお店の名物でもある「中黄金鰻重」(4,200円)。うなぎの隣にあるのが、これまた名古屋コーチンの玉子焼き:

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中黄金鰻重(4,200円)

鰻は身が厚く、外がパリパリ、中がふっくらで、甘めのタレとそのおこげでなかなかの満足 ;)。箸休めの玉子もその味が濃厚で旨かった:

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焦げがまた良い感じの鰻

この日は、お昼もまともに食べず[e]正しくは名古屋城内の売店で食べた五平餅とソフトクリームだけ。に歩き回ったからか、ペロリと平らげて尚まだ食べれそうだったので濃厚梅酒のロック(530円)と自家製つくね(660円)を追加した:

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自家製つくね(660円)

こちらも名古屋コーチンの温泉卵にあらびき肉で出来たつくねをからめて美味しく頂けた。

最後はサービスで付けてくれた焼きプリン。冷たくて甘くて、ここに来てやっとお腹が落ち着いた感じ:D

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冷たい焼きプリン(サービス)

あとで知ったけど、このお店は老舗とかではなく、どちらかと云うと居酒屋グループ系に近いようだ[f]全体的に値段も割高だし。。コロナ渦の中、どこもかしこも大変だが、アイディア勝負で生き抜いて行くしか無いのだろうか。と云うことで満腹になったので宿泊先へ戻り、風呂に入って城攻めの疲れを癒やすことにした。

ひつまぶし登河 那古野本店
愛知県名古屋市西区那古屋1-2-11


ここからはオマケ。

店を出て真っ暗の中を宿泊先へ戻る途中に渡ったのは、五條橋と云う由緒ある橋だった:

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美濃路の標柱

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五條橋

傍にあった説明板によると、その昔、清州城下の五條川に架けられていた橋を清洲越えと呼ばれた町ぐるみの引っ越しの際に、ここ丸の内の地に移されたという。元は木橋だったが昭和の初めにコンクリート製に架け替えられたとのこと。

その引っ越しで活躍したのが堀川。天下普請の名古屋城築城時に合わせて福島正則によって開削されたのだとか:

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暗くてよく分からなかったが有名な堀川

今回の名古屋城攻めは、ここ市役所駅から始まった:

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市役所駅の出口#7

ちなみに、地下鉄駅構内で見かけたのだけど、来年から「市役所」駅は「名古屋城」駅に名称が変わるようだ:

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令和5(2023)年1月4日から変わるらしい

どちらかと云うと市役所駅は「三之丸跡」だけどな :D

それから金シャチ横丁を通って二之丸東門へ向かったが、その途中でこんなものを見かけた:

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名古屋の水道水の美味しさをアピールしていた金鯱

名古屋城内にあった井戸ならぬマンホール蓋[g]汚水かも!?。

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世界デザイン博覧会を記念したデザイン

本丸の内濠越しに眺めた本丸東南隅櫓(辰巳櫓)。特別公開中だった:

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巽櫓と本丸表門枡形・二之門(拡大版)

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特別公開中

さらに平成30(2018)年に一般公開が始まった本丸御殿:

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復元された本丸御殿(拡大版)

そして本丸跡の御土産屋兼甘味処で五平餅(300円)を食べてきた[h]注文してから焼き始めるので少し時間がかかるが、ホクホクして暖かくて美味い。

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名古屋城内苑売店

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五平餅(300円)

これが外観復元の天守閣(大天守):

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天守閣(大天守)

かれこれ14年ほど前に初めて名古屋城を巡った時は天守閣(大天守と小天守)に入れたが、今回は耐震性の問題とかで立ち入り不可だった。さらに巷では木造復元なんて云うプランが持ち上がっているのだとか。徳川御三家に数えられながら一人も将軍を輩出していないのだから、そこまで気張らなくてもよいと思うが :X[i]御三家とはそういうものであり、将軍継承がつづがなく進められたと云う意味で別に悪いことではないが。。今のご時世、もっと他に大金の使い途があるであろうに。

あと今回は金鯱をじっくり見る機会がなかったけど、それでも写真に収まっていたものから choice してみると:

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尻尾だけ

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ホント尻尾だけ

これは本丸隅櫓の中で見た仕切りテープの中の金鯱:

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これも金鯱

個人的には金鯱よりも西之丸跡で開催されていた菊花展とか、御殿にあった杉戸絵[j]西の丸御蔵城宝館で見ることができた。よく大奥系ドラマで見かける例のあれ。初めて見たが素晴らしい。なんかの方が見ごたえがあった:

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第75回 名古屋城「菊花大会」より

とはいえ、名古屋城で一番の見どころはやはり天守台石垣であろう:

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天守台石垣(拡大版)

熊本城天守台石垣と同様に、上部が外側に反りだしている「扇勾配《オオギノコウバイ》」は実用性と美しさを併せ持った建造物だ。

そして、天守台石垣と云えば加藤肥後守清正だ。だから名古屋城は尾張藩主よりも清正の方が有名。至る所で清正公と出会うことができる。例えば二之丸跡の「清正の石挽」像とか:

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清正の石曳

本丸搦手にある城内最大の清正石とか:

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清正石

さらには三之丸跡の名古屋能楽堂前にある加藤清正像とか:

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加藤清正像

この像なんかは名古屋に本社があるカゴメ株式会社の創業八十周年を記念して作られ、のちに名古屋市に寄付されたものらしい。

他にも素晴らしい濠や石垣:

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月見櫓が立っていた西之丸の石垣(拡大版)

さらには重要文化財に指定された櫓なんかも見どころである:

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天守閣と本丸西南隅櫓(未申櫓)

最後は御深井丸《オフケマル》跡で見かけたオブジェ[k]詳細はすっかり忘れてしまったが、どこかの大学の美術科の作品?

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すっかり失念したが

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このオブジェの上に

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登ると学生に怒られるぞ

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(意味不明)

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also名古屋城攻め (フォト集)
See Also本丸御殿2022 (フォト集)

こちらが今回の散策ルート:

Screenshot from 2022-11-15 08-24-40

名古屋城攻めのルート

活動時間は 05:38、距離は 9.2km、消費カロリーは 2,572Kcal。

参照

参照
a ちなみに、翌日は宿泊先から近かったので朝の散歩を兼ねて三之丸跡も巡ってきた😁️。
b 名古屋城から徒歩でも戻れる場所ではあったが地下鉄に乗って遠回りで移動した。しかしながら駅から最寄りの出口までが遠くてキツかった〜😥️。
c Google の Street View は古い画像だったので、真っ暗な中を反対側へ行ったり来たりしてしまった 😕️。
d お通しは400円。ただの枝豆だったけど。
e 正しくは名古屋城内の売店で食べた五平餅とソフトクリームだけ。
f 全体的に値段も割高だし。
g 汚水かも!?。
h 注文してから焼き始めるので少し時間がかかるが、ホクホクして暖かくて美味い。
i 御三家とはそういうものであり、将軍継承がつづがなく進められたと云う意味で別に悪いことではないが。
j 西の丸御蔵城宝館で見ることができた。よく大奥系ドラマで見かける例のあれ。初めて見たが素晴らしい。
k 詳細はすっかり忘れてしまったが、どこかの大学の美術科の作品?

SLもおか号 − Japanese Steam Locomotive MOKA.

先週末は令和4(2022)年の寒露《カンロ》の候で、三連休の初日に栃木県にある城跡を攻めてきたが、その帰路に運良く真岡鐵道《モオカ・テツドウ》のSLもおか号に乗車することができた 8)

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SLもおか号@茂木駅

城攻めを終えて城山公園(桔梗山《キキョウヤマ》)から下山し、途中八雲神社に参詣して、通り向かいにあったお店で、かき氷を食べて一休みしてから茂木駅へ来てみると大勢の人たちが駅舎前にたむろしていた。もしやと思って構内の時刻表を確認してみると、(自分が乗るつもりだった)直近の電車を一本ずらすと SLもおか号で下館駅まで行けるようだ:

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真岡鐵道・茂木駅

ただ切符売り場で「ネットからの事前予約が必要」云々の貼り紙を見かけたので、深く考えずにそのまま下館までの普通乗車券を購入し、帰りの電車を待つ間、駅舎2Fへ上がって茂木駅で準備中だったSLもおか号を眺めたりしていた:

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茂木駅で待機中のもおか号

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転車台

そして電車の時間が近づいてきたので用をたしに1Fへ下りてみると、一人の男性がSLに乗れないか切符売り場の人と交渉しているのを見かけた。で、傍から話を聞いてみると、どうやらこの日は事前予約しなくても乗車できるとのこと;)。それならばと云うことで、自分も窓口に乗車券を見せてSL整理券(全席自由席)を購入した。追加料金は大人500円(当時):

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2022年のSL整理券+乗車券+乗車記念証

ちなみに一番下の乗車記念証は乗車後の検札で貰った。

今思うと、七年前に自身初めて SLやまぐち号に乗車した時も同じ様に窓口に直談判したような気がする :D[a]自分は城攻めほど鉄道マニアに傾倒はしていないのだが。

と云うことで、はじめ自分が乗る予定だったモオカ14形気動車を見送り:

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ワンマンカーのモオカ14形気動車

SLもおか号がスイッチバックでホームに入場すると、発車までの時間は自分も含めて多くの人たちの撮影タイムになった:

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旧国鉄C12形蒸気機関車

「SLもおか号」は旧国鉄時代に製造されたC12形蒸気機関車の66号機(C1266)。牽引機のC1266は昭和47(1972)年に廃車となり、その後は福島県川俣町で展示車両となっていたところ、平成3(1991)年に SL復活を目指す現在の栃木県芳賀地区広域行政事務組合に譲渡され同5(1993)年に動態復活を成し遂げ、翌6(1994)年3月から運行。それ以来、毎週土日に茂木〜下館間を一往復ずつしているとのこと:

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煙突部

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動輪部

当たり前だが(写真を含め)各地で見かける静態保存のSLよりリアル感が高い:

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運転部

運転室の中:

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各種計器類と各種ハンドル

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石炭保管部

ナンバープレート:

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C1266(昭8・日立)

牽引されているのは50系客車。平成5(1993)年にJR東日本から譲渡され、のちに白帯から赤帯に変更された:

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50系客車

客車の内部:

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客車内部

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新潟鐵工・昭和55年

SLもおか号が走行する真岡線にはトンネルはないものの、感染対策もあり、窓は開けたままなので煙が車内に入り込む。発車時の振動や走行中の汽笛などと同様に悪い感じはしない ;)。SLに乗ったのは二度目であるが、昭和の時代の客車についてはどこか懐かしい趣がある。

さらに沿線脇に集まってくる人が多いこと多いこと。鉄道マニアを含め、皆、気軽に手をふってくれるので、こちらも振り返してあげたりして、一時間半の長旅でなんとも云えない一体感をSLもおか号がガッタンゴットンと力強く走行しながら作り出していた感じ =)。他にも踏切待ちしている車の中からスマフォ取り出して撮影する人や、並行して走行している車中からチラリとSLを眺める人もたくさん居た。ほとんどが無人駅なので、それこそホームにはスマフォやカメラを持った人が大勢いたっけ。

こちらは真岡鐵道本社がある真岡駅に停車した時のC1266:

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SLもおか号@真岡駅

さらに三年前に、ここ真岡線沿線の城跡を攻めた時に偶然、前代のSLもおか号(C11325)を写真に収めたっけ :O。そこで初めて真岡鐵道がSLを運行していることを知った記憶がある[b]C11325はSL維持費の圧迫(コロナ渦による利用客減少もあり)で令和元(2020)年に東武鉄道に譲渡されたらしい。

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also2022年10月 SLもおか号乗車 (フォト集)
See Also茂木城攻め (フォト集)

【参考情報】


ここからはオマケ。

茂木町を縦横断する逆川《サカガワ》前から見上げた城山(桔梗山)こと茂木城跡。逆川は天然の外堀でもあった:

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茂木城跡

同じく茂木町を縦横断する県道R27とマンホール蓋:

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県道R27

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茂木町の草・キキョウと那珂川と鶯

こちらは城攻めのあとにかき氷を戴いた満天家:

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日光・天然のかき氷「満天家」

かき氷のメニュー。他にもハンバーガなんかもあった:

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満天家・日光天然かき氷・Menu

こんな感じで氷を砕いていた。手動ではなく自動だけど :D

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天然かき氷の作成中

食べたかき氷は「とちおとめ」味+練乳付き(600円):

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日光かき氷・とちおとめ(600円)

この日は前日と打って変わって気温が高く、山登りして汗もかいたので、冷たいかき氷で体を冷やすことにした[c]自身としてはホント何十年ぶりのかき氷だった😁️。

日光天然かき氷・満天家
栃木県芳賀郡茂木町茂木1587

こちらが今回の散策ルート:

茂木町散策ルート

茂木町散策ルート

活動時間は 02:56、距離は 4.9km、消費カロリーは 1,1612Kcal。

参照

参照
a 自分は城攻めほど鉄道マニアに傾倒はしていないのだが。
b C11325はSL維持費の圧迫(コロナ渦による利用客減少もあり)で令和元(2020)年に東武鉄道に譲渡されたらしい。
c 自身としてはホント何十年ぶりのかき氷だった😁️。

肉うどん・中村屋 − A Well-Established Horsemeat-Udon Restaurant.

今年は令和4(2022)年のGWは外出自粛といった恒例の措置[a]毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤬️。は施行されなかったので、十分な対策を講じて城攻め三昧な Week を計画した。既に第一弾第二弾第三弾の城攻めは無事に完了し、GW後半は長野県上田市に宿をとって、その周辺の城跡を攻めてきた。

その第四弾は長野県は埴科郡《ハニシナ・グン》坂城町《サカキ・チョウ》にあった北信(北信濃)の雄・信濃村上氏の居城・葛尾城攻めの予定を変更して、坂城町周辺をいろいろ巡ってきた。

葛尾城下にあたる坂城町は意外と歴史のある街であり、見どころが多かったこともあって半日だけでも結構な歩数[b]この日は26千歩。を稼いだ:D。お昼は坂城町にある御食事処で肉ものを頂いたが旧北国街道・坂木宿巡りを終えて、宿がある上田駅前に戻ってきた時にはお腹がペコペコ状態だった :O

と云うことで、あらかじめ開店時間を調べておいた宿泊場所近くの老舗うどん屋へ。時間帯的には夕食前であったがGWで混んだり並んだりするのは嫌だったので、店内が空いている時に頂くことにした:

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肉うどん・中村屋

このお店の「肉うどん」とは、いわゆる豚肉ではなく信州ならではのさくら肉(馬肉)使ったうどん。国鉄時代に信越線・上田駅ができた頃とほぼ同時期[c]明治21(1888)年ごろ。したがってこの年で創業134年になる(当時)。に創業した老舗中の老舗。信州蕎麦ではなく、信州馬肉うどん[d]創業当時は「肉かけうどん」と呼ばれていたらしい。で勝負する店である。

この日は坂城町を歩き回りって体力的にもヘトヘトで、肉を欲しがっていた体に馬肉うどん(680円)はもちろん、こちらも馬肉を使ったさくら丼(900円)を合わせで注文した :D

厨房近くのカウンター席に座って注文して、しばし待つとまず最初に馬肉うどんが出てきた:

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馬肉うどん(680円)

甘辛い醤油ベースの出汁に、ツルッとして柔らかいうどん。そして真ん中に煮込んだような馬肉がド〜ンとのっていた。薬味のネギは完全に脇に寄せられていた。主役の座を馬肉に渡してしまったうどんの方は飲み込んだら直ぐに消化されそうなくらい柔らかかった。主役の馬肉は意外と弾力があった。この肉はうどんの出汁をとるために煮込んだものらしく、出汁の方も一般的なめんつゆとは異なりに鰹節や昆布なんかは使っていないのだそうだ :|

うどんの量も結構あったような記憶があるが、まだ食べきらない間にさくら丼がでてきた:

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さくら丼(900円)

こちらは味噌汁と香の物たつく他、丼の方も馬肉とネギを(おそらくは)うどんの出汁で煮込んだ風の具材が暖かい御飯の上に乗っかり紅生姜が添えられていた。見た目も匂いも美味そうだったので、残っていたうどんを平らげて丼を頂くことに。丼はうどんほど甘辛くなく、ときおり脂身があったりして御飯がすすんだ :)。注文した時は食べきれるか多少不安であったが、この日の運動量からするにペロリとお腹に入ってしまった次第 :D。紅生姜がいい箸休めになった。

これで次の日の山城攻めのエネルギーを十二分に補充することができた ;)。が、やはりちょっとお腹が窮屈だったので宿泊先に戻る前上田城跡公園まで散歩してきた。

肉うどん・中村屋
長野県上田市天神1丁目6-6


ここからはオマケ。

この日の朝に乗ってきた北陸新幹線はくたか557号・金沢行:

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E7系のはくたか557号

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上田駅

上田駅構内では(相変わらず)眞田の六連銭と赤備えがお出迎え:

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ダンボール製甲冑

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上田城甲冑隊

上田駅のお城口・ロータリー内には、こちらもお馴染みの眞田幸村騎馬像。何年経っても人気者だ:

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真田幸村騎馬像

こちらは肉うどんとさくら丼を食べた後、腹をこなすために散歩してきた上田城跡公園の風景:

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上田城南櫓(拡大版)

かっては千曲川が流れていた尼ヶ淵跡(現在は芝生広場)から見上げた近世城郭・上田城の櫓。こちらも以前と変わりない:

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上田城西櫓(拡大版)

そして階段を登って公園内に入ったけど、いろいろ工事中だった。ライトアップされた櫓を見たのは初めて ;)。但し、公園の中では逆にライトアップの強烈な光で難儀したけど :O

これは初めて見た新しい幸村像:

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眞田幸村像

こちらは東虎口櫓門。向こう側から出てきたけど強烈なライトにやられた感じ:

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東虎口櫓門

最後は、こちらもおなじみの六連銭が描かれたマンホール:

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マンホールと六連銭

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also上田城攻め (3) (フォト集)

参照

参照
a 毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤬️。
b この日は26千歩。
c 明治21(1888)年ごろ。したがってこの年で創業134年になる(当時)。
d 創業当時は「肉かけうどん」と呼ばれていたらしい。

手打ちそば処 田毎 – Handmade SOBA of TAGOTO(TAKE2).

先月は令和3(2021)年の文化の日、五年ぶりに小田原城を攻めてきた。と云っても目的は、この前週から始めた巡礼!戦国北条カード」なるコレクション・カードを手に入れるためだけど :D

ただそれだけでは、わざわざ時間をかけ高速代を払ってやってきた意味がないので、五年前に攻めきれなかった小田原城惣構の遺構と北條氏政公らの墓所参拝もついでに ;)

この日の小田原は晴天で暖かく、COVID-19 感染防止でマスクしていると息苦しくなるくらいだった。小田原城址の三の丸跡周辺は昼頃になると多くの人が出歩いていたし、御食事処も大勢の人達で溢れかえっていた。

と云うことで小田原城天守閣へ向かう前に腹ごなししようと、まずは七年前に初めて小田原城跡を攻めたあとにお昼で刺身定食を頂いた居酒屋へ向ったら、もう既に満席。店の人に一時間は空かないと思いますと云われ諦めることに :$

結局は、これまた五年前に小田原城跡を攻めた時に食べたお堀端通り沿いの手打ち蕎麦屋へ。途中にあった鰻屋なんて行列だったっけ。

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手打そば処・ 田毎

この時期は新蕎麦を出してくれるらしい:

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手打そば処・ 田毎

自分が店に入ったのがお昼時の隙間だったのか、思っていたほどの行列はできておらず、ちょっと待って席に通してもらえた。ただ店員さんは一人しか居おらず、客が出たあとの片付けやテーブルの消毒なんてのがおろそかになっていたように見えた。自分が食べていると出口あたりに数組の行列ができていた。

前回はセットメニュー(ミニ天丼とかしわ南蛮そば)にしたけど、今回は季節外れの天気の中をうろうろ散策してきたので、冷たい蕎麦の「田毎そば」(1,070円)にした:

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田毎そば(1,070円)

この店の蕎麦は細くて香りが高く美味しい。さらに、この田毎そばには、大根おろしの上に自家焙煎したと云う二種類のすりゴマが大量にかかっており、ここにそばつゆを流し込み、細い蕎麦をすするのではなくからめながら食べる感じ:

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大根おろし+二種類の焙煎すりゴマ+秘伝のそばつゆ

ちょっと残念だったのが、大根おろしの匂いがせっかくの蕎麦とゴマの香りを消してしまっていたことか :O

手打そば処 田毎
神奈川県小田原市本町1-6-20


ここからはオマケ。

こちらが小田原北條氏が築いた小田原城惣構・渋取口の土塁(通称は蓮上院土塁)。手前の道路が堀跡:

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蓮上院土塁

この土塁は、先の大戦の小田原空襲で爆弾が着弾したのだとか:

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爆弾着弾地点

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説明板

土塁のそばには小学校があり犠牲者も出たと云う:

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米軍により破壊された土塁

田毎でお昼を摂ったあとは小田原城址公園へ。天守閣へ入場(510円/当時)して北條氏康像のカードを入手[a]入手場所は出口にあるカウンターで、そこにいる係員に「北條氏康像のカードが欲しい」と伝えればくれる。。今日まで入手したカードは四枚:

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今日まで入手した「巡礼!戦国北条カード」

こちらは二の丸の枡形虎口の一の門である馬出門で、平成21(2009)年に復元された:

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馬出門

こちらは二の丸東堀で見かけたマガモ(雌):

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雌のマガモ

渡櫓門形式の銅門《あかがねもん》は平成9(1997)年の復元:

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銅門

この日は銅門の内部も公開されていた上に、俗に云う小田原評定を再現したマネキンが置かれていた:

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小田原評定(想像)

二の丸跡には市指定天然記念物の見事なイヌマキが立っている:

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小田原城後のイヌマキ

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小田原城後のイヌマキ

こちらは本丸跡に立っていた巨松《おおまつ》:

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小田原城跡本丸の巨マツ

そしてニホンザル:

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ニホンザル

さらに、この日は本丸跡で菊花展が催されていた:

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小田原城菊花展

その中で鈴廣かまぼこ賞だったのがこちら:

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菊花展

最後はマンホールの蓋:

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マンホールの蓋

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also小田原城攻め / 小田原北條氏の時代 / 蓮上院土塁 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 徳川氏の時代(2) (フォト集)

参照

参照
a 入手場所は出口にあるカウンターで、そこにいる係員に「北條氏康像のカードが欲しい」と伝えればくれる。

炭火焼き・炉暖 − No GOTO Travel coupon available.

今年は令和2(2020)年、立冬を過ぎて朝起きると肌寒さを強く感じてきた頃の連休を利用し京都・大阪の城攻めへ。

一番の目的は今から5年前に訪問した際に実現できなかった京都大徳寺で、織田信長公の菩提寺である総見院の特別公開に参加すること。何度か予定を立てたけどなかなか行く機会を作れなかったが、COVID-19 が猛威を振るうこの時期にあって、もしかしたら今後は特別公開さえも開催されなくなるのでは[a]あるいは緊急事態宣言や県外移動禁止などの政治的な措置など。という思いから決心した次第。加えて土・日・祝日限定の予約制とのことで行ける日が限定されてしまった[b]本当は単一の土・日を狙っていたけど、拝観予約は6日前には受付終了してしまい、さらに天気予報や宿泊先の確保といった都合もあって、結局は連休になってしまった  😕 。。奇しくも GOTO トラベルを利用できるシーズンでもあり、京都では宿泊先を確保できなかったので大阪で宿を取ることに。そういう訳で初日は大阪府高槻市にある山城を攻めてきた。この年の大河ドラマに登場した戦国大名の居城であり続日本100名城の一つでもある。

移動の前日には、大阪府で COVID-19 の感染者が最多となったニュースが流れていたので、かなり注意して行動する必要があると感じ、その準備をしたのだけれど、流石に三連休ということで京都までの新幹線は満席だった :$。直前に、感染防止を重視して自由席から指定席に変更したんだけど全く意味が無かった :|。京都でJR京都線新快速・姫路行に乗り換えて高槻駅に着いたのが朝10時半。それから駅前から高槻市営バス51・循環・塚脇《つかわき》行へ乗って最寄りのバス停に着いたのが11時半。そこから比高150mほどの三好山にあった城跡を4時間近く歩きまわってきた:D[c]記録したデータによると総距離5.09km、タイムは03:17:16、996カロリーだった。

城攻めを終えて下山し、再び塚脇のバス停から高槻駅へ移動して宿泊先がある新大阪に到着したのが夕方4時過ぎ。いや〜、駅構内も大勢の人ですごかった :$。ということで、早々に東口近くの宿泊先へ向かおうとしたのだけど、やはり朝から歩き回っていたせいでお腹が空いたのと疲れがあったので、途中に見かけた居酒屋へ:

炉暖 新大阪東口店

時間が早かったせいか客は自分ひとり[d]まぁ、それを確認して店を決めたんだけど :-)。店の入口で検温とアルコール消毒してカウンター席に通された。COVID-19 が蔓延してから居酒屋に入ったのはもう半年以上も前。

まずは生ビール中(490円)。これも久しぶり:D

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生ビール(490円)+お通し(350円)

ビールを飲みながら注文。こちらは黒豆の枝豆(490円)。茹でたてでホント美味しかった:

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黒豆の枝豆(490円)

そして旬の魚の刺身三点盛(990円)。ハマチ、鮃、鯛。こちらは冷蔵庫にはいったままだったのか、だいぶ乾いていて硬かったなぁ:

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刺し身3品盛り(990円)

続いてお店自慢の焼き鳥。ねぎま(200円)、かしわ(200円)、レバー(200円)。すべて塩。そして一番美味かったのがお手製つくね(280円)。思わず追加してしまった:)

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焼き鳥(各200円)+つくね(280円)

ここから梅酒ロック(440円)に飲み変えて、玉ねぎの串揚げ(100円)。やっぱり大阪ではソースが違う:

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玉ねぎの串揚げ(100円)+梅酒ロック(440円)

この時の店内は家族連れ(3名)だけだったけど、突然、店前に大勢の人だかりが見えたかと思うと、既に酔っ払っているおっさん連中9名が入ってきた:|。おいおい、府知事から会食は4人までってお達しがあったはずだが、この連中は一体?

ということで、本当はもう少し注文したかったけど、席は離れていても大声で話す連中とは関わり合いたくないので、この二品を最後におあいそしてもらうことにした:

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数量限定しまちょう(390円)+つくね(280円)

メニューにあった「しまちょう(数量限定)」が気になって聞いてみたら「ホルモン」だった。タレだったけど美味しかったな〜。もう一本食べたかったけど、やはりルール無視の連中が気になったので出ることにした:(

全般的に駅周辺の人通りは普通で感染予防している人が多い中、駅の階段で缶ビール飲んで大声を出していたおっさんなんかも居たりして、今ひとつ危機感が薄いなぁと思った。

この店は GOTO トラベル対象外で、ちょっと値段は高かったけど平均して美味しかった。次回、また行きたい店。

炉暖 新大阪東口点
大阪府大阪市東淀川区西淡路1丁目1−36


ここからはオマケ。

こちらはJR高槻駅北口のバスターミナルあたり。3年前に初めて高槻へ来た時は南口を利用したっけ:

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JR高槻駅北口の眺め

城攻めでは北口からバスに乗ったんだけど、少し時間があったので周辺をうろうろ。こちらはマンホールの蓋:

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高槻市のマンホールの蓋

こちらが、この日に攻めた芥川山《あくたがわさん》城跡の想像図。塚脇という最寄りのバス停には沢山の説明板や案内板があった:

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「芥川山城推定復元図」(拡大版)

ここは戦国時代に畿内の覇者である三好長慶《みよし・ながよし》の居城であったことで有名。技巧的な遺構が多く残っていて見所が多かった。

COVID-19 蔓延期でも山城は比較的に人が少ない方であるけど、この日は多くの人を見かけた。ただ皆がマスク付けていたわけでなかったので山道でもすれ違う時は、距離をとった控えめな挨拶だった :|

こちらは登城口へ向かう途中、見かけたトルハルバンという石像。韓国の済州島の石像で、町の入口になどに立てられ、日本の道祖神やお地蔵さまのような存在なんだとか:

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妙力寺前にあったトルハルバン像

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妙力寺入口

この城跡は私有地になっているおかげで、貴重な遺構がたくさん残されていたが、これは珍しい竪土塁。麓に向かて土塁が縦に延びている:

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竪土塁

山城ということで実城あたりからの眺望は素晴らしかった:

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主郭下の腰郭跡から高槻市街の眺め(拡大版)

主郭(本丸)跡からは大阪市(右手)も眺めることができた:

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主郭跡からの眺め(パノラマ)

大阪市の高層ビル群:

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あべのハルカス等が見えた(拡大版)

この城跡は私有地ながら、GF (Green Friends)というボランティアの方々が説明板や案内板、はたまた大木の伐採や登城道の整備などをしてくれているおかげで特に問題なく見て回ることができた。ホント、感謝である 8)

そんなことで GF の方に声をかけて頂いて、主郭北側の遺構についてガイドしてもらう機会を得た:

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GFの方と城好きの皆さん

こちらは下山時に見かけた倒木。近年の台風の影響が大きいらしく、完全には整備の手がまわっていないのだとか:

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台風による倒木

最後は宿泊先でもらった GOTO トラベル地域共通クーポン。炉暖では使えなかったので、この翌日の京都で使用した:

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GOTO トラベル地域共通クーポン

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also芥川山城攻め (フォト集)

参照

参照
a あるいは緊急事態宣言や県外移動禁止などの政治的な措置など。
b 本当は単一の土・日を狙っていたけど、拝観予約は6日前には受付終了してしまい、さらに天気予報や宿泊先の確保といった都合もあって、結局は連休になってしまった  😕 。
c 記録したデータによると総距離5.09km、タイムは03:17:16、996カロリーだった。
d まぁ、それを確認して店を決めたんだけど :-)