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評価が四つ星

讃岐うどん処・合掌松屋 − This is so the Sanuki Udon.

先週末は令和6(2024)年の立春の候を過ぎた最初の三連休の初日[a]【今日は何の日?】ふとんの日、ふきのとうの日、豚丼の日(すべて 2と10の語呂合わせから)。永享の乱で鎌倉公方・足利持氏が自刃した日(旧暦)。に、栃木県下野市にある城跡を攻めてきた。

この日は、お昼を目標に城攻めを終えたら、最寄り駅であるJR宇都宮線の石橋駅へ戻る途中にあって創業90年を越す老舗食堂で、とんかつ定食でも食べてから長い帰宅の途につく予定だった。あらかじめ調べておいた時に、この食堂は昼と夜の二部構成で、昼の部は 13:30 がラストオーダーで 14:00 に閉店することは、しっかり頭に入れておいた。

今回の城跡は単郭ながら整備が行き届いていて見所が多く、予想外に時間をくってしまった。城跡から駅までは凡そ徒歩40分ほど。頑張って歩いて[b]往路は初めての土地なのでやや時間がかかったが、復路は信号などの障害を回避したり短縮できた 😎️。ラストオーダーに数分残したまま店前に到着できたのだが、なんと閉店時間を繰り上げたらしく、既に暖簾が下り「午前の営業は終りました」との張り紙が :O

この現実に直面したあと一層お腹が減ってきて、この際は選択肢はないと頭を切り替えて、周辺にある御食事処を探してみた。その時、日光街道(国道R4)を挟んだ所にある大衆割烹料理店の看板が目に入った。店前にはランチタイムのメニューがあって営業中であることをしっかりと確認。しかし暖簾をくぐるやいなや女将から営業終了を告げられた[c]あとで調べてみると、こちらは昼の部は 13:30 が閉店なので、完全な OUT of Service 🤨️ :O

もう、こうなったら何か腹に入れないと電車に乗れないなぁと思っている中、今いる場所から数分のところにあるうどん屋を偶然発見した[d]何か引き寄せられるかのように地図上に浮き上がってきたうどん屋の文字(ただのズーム効果だが)。もしかしたら、この日の運命だったのかもしれない 😃️。

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讃岐うどん処・合掌松屋

まだ暖簾が上がっていることを確認し、窓からは店内が見えたので、まずは一安心で暖簾をくぐった。一見するとテーブル席はだいぶ埋まっているようだったが、忙しそうな主人が奥にある二人席を案内してくれた。

この店は夫婦二人で切り盛りしているようで、水はセルフだし、注文を取りにきてくれるような雰囲気でもなかった :|。ひとまずメニューを見て「讃岐うどん」であることを知り、つけ汁うどん(豚肉汁)と天麩羅(たまご+鶏)に決めて、タイミングをみて注文を完了。この時、「うどんを茹でるのに15分ほどかかるけどいいですか?」と尋ねられたが、この際、腹に入れれるならば待ちましょう!ってことで「全然大丈夫です」と返した :D

注文が出てくるまでの間、メニューの脇にあった一冊のアルバムを眺めた。この中には、ご夫婦が讃岐うどん屋を始めるきっかけとして本場の四国でうどん屋巡りした時の話[e]特にオススメの店などが紹介されていた。や、四国の人たちの交流、試行錯誤で始めた讃岐うどん作りの話など、15分ではぜんぜん追いつかないくらいのストーリーが盛り込まれていた 8)

そして「お待たせしてすみません」の声と一緒に出てきた品がこちら:

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つけ汁うどん(950円)+天麩羅(350円)

まず最初に目についたのが、太くて形が不均一(non-uniformed)な「讃岐うどん」:

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普通盛りの讃岐うどん(冷)

本場四国の製粉所から取り寄せた小麦粉を玄関前の厨房で手打ちしているようで、その輝きから茹で上がりが見事なうどん。水や塩は店主自らが味わって選択したもの。

そして温かいつけ汁(ねぎと豚肉):

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つけ汁(豚肉汁)

そして薬味(天かすとネギ)と香の物、そして箸休めのデザート付き:

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白菜の漬物+天かす+ネギ+生姜とゼリー(?)

あつあつの天麩羅がこちら。四種から二種を選択するシステムながら、好物のいも天がオマケについていた 8)

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天麩羅二種+オマケ

手打ちの「讃岐うどん」と同様に、天麩羅粉や油はもちろん具材に不純物や添加物はなしとのこと。

最初はつけ汁と併せず、そのまま「讃岐うどん」を頂いたのだが、小麦の香りと甘さが直に伝わってきた上に、コシの凄さはこれまでのうどん人生で一番だった:

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素のままで十分に美味い

この「讃岐うどん」をつけ汁に付けて頂くと、素のコシがすーっと抜けた感じで、しっかりと噛み切れるほど柔らかくなる。これぞ「本場」の証 =)。「讃岐うどん」が太いので、一本一本しっかり頂くことで普通盛りでも十分に満足できた:

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一本ずつ頂く

天麩羅はそのままでいけた。うどんのチェイン店が出す使い古しで匂いがキツイ油ではないし、素材も良いので余計な味付けは不要と改めて思った。ホント、いも天は甘くて美味しかった:

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そのままで美味しい天麩羅

この日、この店にたどり着くまでの仕打ち(?)はどこへやら。大満足で店を出ることが出来た。また食べにきたい。たとえ攻める城がなくても :D

讃岐うどん処 合掌 松屋
栃木県下野市石橋207


ここからはオマケ。

こちらは城跡へ向かう途中にあった下野厄除け大師

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(城跡へショートカットできる?)

立派な山門(仁王門)とその境内:

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仁王門

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本堂や薬師堂があった

このお寺の隣がちょうど城跡なので、境内を横切って行けるか確認したが、途中に私有地があってショートカットは出来なかった :|

城跡の中はもちろん、周辺の案内図も整備されていて道に迷うことはなかった:

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数箇所に案内板あり

登城口前には二台分の駐車場があった:

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この先が城域(二ノ郭跡)

二ノ郭東側の堀跡:

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左手が主郭跡方面

二ノ郭南側にある堀跡近くに建っていた社:

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土塁跡に建てられていた社

二ノ郭跡に作られた遊歩道(登城道)には番犬がいた :D

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番犬?

案内板によると、植物の無断持ち出しがあるらしく、防犯カメラが作動中(?)とのことだった[f]この番犬の目にでも特殊なカメラがついているのだろうか 😁️。

二ノ郭との間にある主郭土橋:

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主郭南側の虎口

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主郭南側の堀

虎口から振り返って見た土橋:

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主郭虎口から見下ろした土橋と堀

虎口からみた 主郭跡。周囲には高い土塁が巡らされていた:

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主郭跡

主郭土塁上とそこから眺めた主郭跡:

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土塁上

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主郭跡

主郭を取り巻く堀跡にも下りてみた:

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主郭の堀跡

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会栃木県下野市のマンホールの解説を参照のこと:

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旧石橋町のマンホール蓋

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also児山城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】ふとんの日、ふきのとうの日、豚丼の日(すべて 2と10の語呂合わせから)。永享の乱で鎌倉公方・足利持氏が自刃した日(旧暦)。
b 往路は初めての土地なのでやや時間がかかったが、復路は信号などの障害を回避したり短縮できた 😎️。
c あとで調べてみると、こちらは昼の部は 13:30 が閉店なので、完全な OUT of Service 🤨️
d 何か引き寄せられるかのように地図上に浮き上がってきたうどん屋の文字(ただのズーム効果だが)。もしかしたら、この日の運命だったのかもしれない 😃️。
e 特にオススメの店などが紹介されていた。
f この番犬の目にでも特殊なカメラがついているのだろうか 😁️。

“余湖浩一 10000城への軌跡“ @しろうたカフェ.

先々週は令和5(2023)年の立冬の候を過ぎた週末に、夏に参加したイベントに次いで今の趣味に関連した講演会(Presentation)に参加してきた。今回も、この趣味の界隈では知らない人は居ないほど有名な御仁がお話する(Speaker)という夢のような企画。自分の場合、はじめて攻める城跡に関して情報を得る時は、まずは(氏の名前を冠していることでも有名な)『余湖図コレクション』に目を通すことにしている[a]御本人曰く「城址を訪れる際に私の図を参考になさっている方が多いようですが、かなり未完成の部分もあります」のように謙遜しておられるが 😊️。。特に山城なんかはどこから登るかがスムーズに城攻めするキーポイントだと思っている :)

今回のトークショーは、氏がこの年に1万城の『余湖図』を完成させたお祝いはもちろん、描きあげた鳥瞰図に関してや、国内外の城攻めについてエピソードなどの話を聞けるとのことで、前回と同様に会場となるしろうたカフェのHPを見て、すぐさま予約した[b]完全予約制の理由は当日参加して理解できた。さらに予約しておいて良かったと思った 😉️。 。こちらが講演会の開催告知:

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「余湖浩一 10000城への軌跡」

開場時間からやや遅れて入店したのだけれど、既に自分以外の参加者(計25名)の大部分が着席し拝聴準備ができているようで、今回のトークショーに対する皆の期待の大きさを知ることとなった :D

そういうことあって、自分も遅れまじと残っている席の中で良い Position を確保したのだが、すぐ側にはたくさんの余湖図が展示されていた:

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余湖図コレクション

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余湖図コレクション

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余湖図コレクション

なにやら、これらはトークショー中に出題するクイズに正解した参加者へのプレゼントとのこと(計25枚用意されていた)。おおっ、楽しみである。無くなる前にしっかりと眺めておいた:D

そして、しろうたカフェ恒例の法螺貝吹きで、トークショーの始まりである:

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城攻め以外のトークも面白かった🙂️

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法螺貝でスタート😎️

まずは余湖氏の自己紹介やホームページ立ち上げの裏話など。Dial-up パソコン通信の黎明期からのトピックス[c]Nifty や Biglobe なんて懐かしいキーワードが出てきた。は自分としても馴染みあり、記憶に残っていることが多かった(これらのプレゼン資料の一部は、後日、余湖さんから頂いた):

余湖図Presentation-P01

「余湖図10000城への軌跡」

「常に意識していること」は、自分も同じポリシーを持っていたので共感することができた8)

余湖図Presentation-P07

「常に意識していること」

ただ氏の凄いところが、ホームページにアップするまでを完了してから次の城訪問へと云うサイクルを徹底していると云うこと。これを成し得てこそ1万城達成が可能なのだ。自分の場合はついつい訪問記を後回しで城攻めしてしまっているので、直近の訪問記は六年前の城攻め。氏のようなサイクルに戻すのは既に手遅れ。これでは1,000城攻めても訪問記を書き終えるのに十数年かかりそうだ :$

氏は主要な近世城郭を訪問したあとに、身近な中世城郭を訪問し始めたとのこと。自宅がある成田の城址が余湖図のスタートでもある:

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鷺山城(成田市)

城跡については身近な市史の他に『日本城郭大系』、自治体が発行する報告書の類なのだとか。あとは地方にある研究会の類にも参加しているとのこと。近年は書籍も発刊するなど大活躍である。

区切りとなった城訪問の中には、なんと海外の城もあるのだとか:

No01000_余湖図

#1000城目

No02000_余湖図

#2000城目

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#3000城目

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#4000城目

簡単に区切りとして1000城単位で紹介されていたけど、自分と比べると雲の上の、さらに上のレベルである :D。それにしても海外の城塞をしっかり描くなんて気が遠くなる:

No05000_余湖図

#5000城目

No06000_余湖図

#6000城目

No07000_余湖図

#7000城目

No08000_余湖図

#8000城目

氏の出身は新潟県佐渡とのことで、地元の城もしっかりと訪問済らしい。自分の田舎なんか城とは無縁の場所なので羨ましいかぎり。

8000城を達成したところで、10000城を目指すことを決意したのだとか:

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#9000城目

No10000_余湖図

#10,000城目

ちなみに、これら余湖図は最初は色鉛筆で描いていたとのこと。最近は絵の具の方が描くのが早いとのことで、それをデジタル化してお絵描きソフトを使って木々をコピーしながら描く手法が現在の Standard らしい[d]絵を描く道具はダイソー御用達とのこと 🙂️。

さらに最初は斜めから俯瞰した構図であったが、これだとどうしても見えない部分が出ててくるので、真上からの俯瞰図=鳥瞰図に変更して今に至るとのこと。

あと一日で訪問できる城数を稼ぐため、全国でも城郭が密集している地方[e]たとえば伊賀とか甲賀とか。あるいは愛知県なんか。を優先して選んでいるとも。

1万を越えてから、なおも増え続けている :)

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#10,270城目

2時間近くの濃密なトークショーを終えたあと、しろうたカフェさんから氏に素敵なプレゼントが:

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五稜郭をかたどったケーキ!🤩️

城マニアにとっては眺めるだけでも、うれしくなる豪華なケーキを、僕ら参加者もおいしくいただきました ;)。力攻めでは落城しなかった五稜郭もついにあとかたもなくなってしまった:D

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余湖氏と1万城ケーキ

トークショー中のクイズに正解して、自分が選んだ余湖図は熊本城。氏のサイン入り:

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余湖図・熊本城(拡大版)

参加賞として、1万城バッジも頂いた:

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1万城バッジ

この日は寒い日だったけど、熱いトークと凄い記録に圧倒されました。自分はあとを追うことは不可能な気がしていますが、氏にはいつまでも城マニアの視点で城跡を訪問して頂きたい。これからも余湖図にはお世話になります :D

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also2023年11月 しろうたカフェ (フォト集)

しろうたカフェ
東京都福生市牛浜158 メディカルビーンズ2F

参照

参照
a 御本人曰く「城址を訪れる際に私の図を参考になさっている方が多いようですが、かなり未完成の部分もあります」のように謙遜しておられるが 😊️。
b 完全予約制の理由は当日参加して理解できた。さらに予約しておいて良かったと思った 😉️。
c Nifty や Biglobe なんて懐かしいキーワードが出てきた。
d 絵を描く道具はダイソー御用達とのこと 🙂️。
e たとえば伊賀とか甲賀とか。あるいは愛知県なんか。

黒田如水所用・銀白檀塗合子形兜 − You know, this is not a Bowl.

つい最近、十年前の懐かしい大河ドラマをイッキ観していたのだが、その主人公にちなんだ「物」のニュースを偶然インターネットで見かけた。実際のところ、そこに書かれているとおり、既に公開会期は終了していたのだが、よくよく見ていると「次回の公開は2023年9月12日〜25日になります」と追記されていたのに気づいた:)

会場は盛岡と云うことで少し躊躇したが、岩手県は自分にとって未開の地でもあったし、何よりもドラマの後押しもあって実物を観たいと云う気持ちが募って行くことにした。それも日帰りという強攻プランで :D。ただ博物館鑑賞だけではもったいないので、運良く近くにあった城跡も攻めてきた他、この「物」に大きく関与した御仁の墓所も参詣してきた。

先週末は令和5(2023)年の秋分の日[a]【今日は何の日?】昼と夜の時間の長さがほぼ同じ日になる日。彼岸の中日でもある。、まだ外が真っ暗の時間帯に起きて東京駅へ向かい、朝7時すぎの新幹線はやぶさ203号・新青森行に乗車して、盛岡に着いたのが朝9時半。この日の東北地方は晴天で、少し厚着して行ったのだけど予想外に暑かった :O[b]流石に夕方になるとひんやりしていたけど 😉️。

午前中は墓所や南部家ゆかりの場所を巡り、豚一家の御用達でもある御食事屋でお昼を摂ったあと会場へ。垂れ幕も架かっていた:

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もりおか歴史文化館

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「これはお椀ではない」

常設展示室の一角に黒田如水(官兵衛)所用と伝わる「銀白檀塗合子形兜《ギンビャクダン・ヌリ・ゴウスナリ・カブト》」(県指定文化財)が展示されていた[c]常設展示室には他に盛岡藩南部氏の歴史やゆかりの品々、そして盛岡城のジオラマが展示されていた。これは城攻めする前に観ておくことをオススメする 😃️。

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銀白檀塗合子形兜(岩手県指定有形文化財)

この難読な名称はあくまでも価値ある工芸品としての現代の呼び名だが、江戸時代には「如水の赤合子[d]合子とは身と蓋からなる小さな器のこと。《アカゴウシ》」と呼ばれていたらしい。

お椀を臥せた形状で、前立など派手な装飾がなく質素で、いかにも如水にピッタリなデザイン。X線透過撮影の結果から、表面は赤みを帯びた漆を塗った(白檀塗《ビャクダン・ヌリ》[e]透明な漆を塗って、下地を浮かび上がらせる塗り方。)、まさに御椀そのもの :D

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銀白檀塗合子形兜

錣《シコロ》は割しころの三段下り。二段以下を三分割して素懸威《スガケ・オドシ》としているが、背面のみ裾板《スソイタ》の一段目が欠損し、二段の備えになっている:

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銀白檀塗合子形兜

一説に、如水の正妻・光《テル》(照福院殿)が実家の櫛橋《クシハシ》家から嫁いできた際の進物とされる。

平成の時代に、東北芸術工科大学・文化財保存修復研究センターがX線透過撮影を実施して内部構造や劣化状態を調査したらしい[f]平成26年度のセンター年報(PDF)を参照。

その結果、鋲で六枚の扇形鉄板を留めて鉢型に成形し、上部から下部にかけて椎形から裾広がりに鞣《ナメ》して、鉢の内部は眉を打ち出して表裏を朱漆塗りした内眉庇《マビザシ》が鋲留めされていることが分かった:

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銀白檀塗合子形兜

特徴的な頭頂部の高台部分は別造りになっており、4カ所でカラクリ留めして取り付けられている:

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銀白檀塗合子形兜

黒田如水は筑前国福岡藩の藩祖であり、なぜ公の兜が盛岡の地にあるのかを説明したチラシがおいてあった:

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「合子形兜」はなぜ盛岡に?(拡大版)

この兜は公の右腕であった栗山利安《クリヤマ・トシヤス》(善助)が如水から形見分けとして拝領した。善助の死後に、彼の嫡男で栗山大膳《クリヤマ・ダイゼン》こと利章《トシアキラ》は父に倣って黒田家を支えてきたが、黒田長政の子で二代藩主・黒田忠之《クロダ・タダユキ》は利章ら重臣と衝突し、多くの者が減封や改易の憂き目にあった。筆頭家老である栗山大膳は主人の暴走を幕府に訴え出たが、三代将軍・徳川家光は大膳の訴えを退けた[g]ちなみに忠之の母は徳川家康の養女。家光はスーパーが付くほどの家康フリークである 😑️。上に、陸奥国の南部家への「御預[h]事実上の流罪・追放 🤬️。」の沙汰を下した(いわゆる黒田騒動)。大膳は、栗山家の家宝であるこの兜を盛岡まで持参し、のちに盛岡藩士となった子孫から南部家に献上されたのだと云う。

大膳は盛岡では手厚く待遇され、盛岡城下の発展に寄与し、同地で死去した。公の亡骸は盛岡城を見下ろす愛宕山中腹の恩流寺に埋葬された[i]現在の恩流寺は山麓へ移設されたが、墓所はそのまま中腹にある。

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栗山大膳墓所

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also2023年9月 黒田官兵衛所用「銀白檀塗合子形兜」 (フォト集)
See Also栗山大膳利章公墓所 (フォト集)

栗山大膳の墓
岩手県盛岡市愛宕下

参照

参照
a 【今日は何の日?】昼と夜の時間の長さがほぼ同じ日になる日。彼岸の中日でもある。
b 流石に夕方になるとひんやりしていたけど 😉️。
c 常設展示室には他に盛岡藩南部氏の歴史やゆかりの品々、そして盛岡城のジオラマが展示されていた。これは城攻めする前に観ておくことをオススメする 😃️。
d 合子とは身と蓋からなる小さな器のこと。
e 透明な漆を塗って、下地を浮かび上がらせる塗り方。
f 平成26年度のセンター年報(PDF)を参照。
g ちなみに忠之の母は徳川家康の養女。家光はスーパーが付くほどの家康フリークである 😑️。
h 事実上の流罪・追放 🤬️。
i 現在の恩流寺は山麓へ移設されたが、墓所はそのまま中腹にある。

“埋もれた古城&ちえぞー!城行こまい“ − The first event@しろうたカフェ.

昨日は令和5(2023)年の向暑《コウショ》の候の週末に、今の趣味に関連した講演会(Presentation)に参加してきた。この手の会合にはほとんど参加したことはないのだが、自分がこの趣味を始めた頃、イロハを学んでいろいろと参考にさせてもらい[a]実際こちらのブログでは【参考情報】としてリンクをお借りしている訪問記がたくさんある 😊️。、お世話になったサイトを公開し、この「世界」では知る人ぞ知る御二方がお話する(Speakers)とのことで参加を決めた[b]自分は経験と知識から得たポリシーに従い今は Twitter など SNS は一切使用していないので、とあるサイトを介して、この開催を知った次第 😄️。 8)。さらに開催場所は恒例の行事で利用するJR青梅線・牛浜駅が最寄りと云うのも参加動機の一つだったりする :)

こちらが講演会の開催告知:

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「見る・描く・調べる・・・お城を3倍楽しむ方法」

開催場所であるしろうたカフェ問い合わせして予約をした後に、気づいた「ウモさんのライブ演奏あり!」のフレーズ。はじめ、これは今回のテーマと何か関係があるのだろうか? そして楽しみにしてもいいのだろうか? と思ってしまった:D

当日は開場20分くらい前にしろうたカフェに到着。雨は止んでいたが湿気がひどかった〜 :(

しろうたカフェ@ メディカルビーンズ 2F

「本日カフェイベントにつき貸し切りです」と貼ってあったドアを開けて店内へ。あとで受付するから中に居ても OK と云う店側の御厚意で、会場設営中の店内をウロウロする。もちろん今回のプレゼンで主役となるウモさんとちえぞーさん御二方を初めてお見かけする。感動した ;)

店内には、今回のプレゼンで紹介するウモさん直筆の縄張図がたくさん展示されていた:

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城跡から描いた縄張図

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他には往時の城を想像した俯瞰図

これらの展示品はプレゼン終了後、参加した人に[c]プレゼン最後の城クイズに正解した人が選択優先で 😊️。配られると云うサプライズなプレゼントになった 8)

さらに入口近くにはウモさんが縄張図を描き続けてきたスケッチブックが数冊展示されていて、まるでさっき描いたような図を実際に見ることができた。

こちらはプレゼンでも紹介されたスケッチブックに丈夫なクリップでコンパスを固定し、クリップの羽にはシューズの靴紐でペンを結びつけた城攻め装備の一つ:

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スケッチブック+コンパス+ペンは必須の装備

意外と伸び縮みする靴紐は藪中で動き回る際に引っかかっても無くさないようにする工夫なのだとか。

受付をして、ひとまず飲み物を注文、席についたらプレゼンがスタート。これまで実際に巡ってきた城跡の写真と縄張図などを紹介してくれた:

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プレゼンの風景

そして実際に、縄張図を描く手順や注意点などを説明してくれた:

縄張り図 = お城の平面的な配置を図化したもの。簡易測量図。

基本は測量図を描くことに似ているが、違うのは大きさや長さを測ることではなく、遺構の場所を図化することが目的である。

プレゼンの合間、休憩時間を利用して、ウモさんオリジナルの曲でライブ演奏があったり:

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オリジナルの曲でライブ演奏

ウモさんはライブ演奏でも大人気!! ;)。史実をベースに作詞した北條陸奥守とカネ返せは面白かった〜[d]「カネ」はお金ではなく御鐘だけど。 :D

今回のプレゼンで一番聞きたかった縄張り図の描き方については、もっともっと教えてもらいたかったが初めてのプレゼンで大まかに理解できた[e]城攻め時に、(体力と気力と持ち物に)もう少し余裕があれば描きたい😁️。

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縄張図を描く

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楽しくてタメになったプレゼン、ありがとう!😎️

こちらは御二人が二十一年かけて巡ってきた7千以上の城跡から「感動したお城・厳選300城(近世城郭は除く)」の一覧表:

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「ちえぞー!感動したお城・厳選300城(有名な近世城郭は除く)」

これからは、自分もこのリストからピックアップして城攻めして行こう!と思った:)

あとプレゼン中に城クイズがいくつかあり、自分も城郭施設で正解をして、お好きな展示図をと云うことで、いろいろ迷ったが久留里城の戦い(千葉県)を、御二方のサイン付きで頂いた[f]大好きな地黄八幡の大将・北條綱成と里見義堯・義弘父子の対決を思い出して。

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サイン付きの俯瞰図

他にも縄張図・俯瞰図を幾つか。新府城韮山城

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甲斐・新府城

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伊豆・韮山城

どちらも昔の城攻めで記憶に残っているので嬉しかった[g]おそらく実際に城攻めしてない人には、この嬉しさは理解できないかも 🤭️。 8)

最後は、お腹が空いたまま楽しんだプレゼンのあと、このカフェでオススメだった福生ドッグ(500円)とAlcohol Free ビール(500円)を頂いてきた:

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福生ドッグ(500円)+ノンアルコールビール(500円)

このホットドッグ、地元福生の大多摩ハムのフランクフルトにチーズのトッピングで美味しかった。

プレゼンのあと、初めてあった城マニアの方々と談笑した。

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also2023年7月 しろうたカフェ (フォト集)

しろうたカフェ
東京都福生市牛浜158 メディカルビーンズ2F

参照

参照
a 実際こちらのブログでは【参考情報】としてリンクをお借りしている訪問記がたくさんある 😊️。
b 自分は経験と知識から得たポリシーに従い今は Twitter など SNS は一切使用していないので、とあるサイトを介して、この開催を知った次第 😄️。
c プレゼン最後の城クイズに正解した人が選択優先で 😊️。
d 「カネ」はお金ではなく御鐘だけど。
e 城攻め時に、(体力と気力と持ち物に)もう少し余裕があれば描きたい😁️。
f 大好きな地黄八幡の大将・北條綱成と里見義堯・義弘父子の対決を思い出して。
g おそらく実際に城攻めしてない人には、この嬉しさは理解できないかも 🤭️。

郡上八幡の城下町散策 − Waterways, Gujō Odori and Old townspace.

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

その三日目は、長良川と吉田川を天然の外堀とした郡上八幡城、城下町を流れる用水路、そして郡上おどりでも有名な郡上市八幡町へ。かって奥美濃の小京都とも呼ばれたこの古い町並みは、一部が国の重要伝統的建築物群保存地区にも指定されている。

午前中に城攻めを終えて、老舗の鰻屋でお昼を摂ったあと、城下町を散策してきた。

こちらは大手門跡あたりから見上げた城山(郡上八幡城)方面。城下町と云うことで直線のラインが多い。さらに、ここは大手道だったので幅も広い:

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郡上八幡城下町プラザの横あたり

左上には、つい三日前にリニューアルオープンした模擬天守が見える。町のどこからでも城のシンボルが見えるのは、さすが城下町。

こちらは郡上八幡博物館。「郡上おどり実演中」の幟があったが、夏になると一日中踊り明かすことで有名な郡上おどり。ユネスコの無形文化遺産に指定されているのだとか:

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郡上八幡博覧館

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流響の里にて

毎年8月13日から16日の4日間、徹夜で踊り明かす郡上おどりは「徹夜おどり」とも:

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郡上おどりの像

この銅像が建つ八幡町職人町通りの古い町並み。建ち並ぶ家の前には用水路がある。流れている水も清らかであるが、これは二度の大きな火事による教訓でもあるらしい:

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八幡町職人町本町通り

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用水路

細い脇路地にも用水路があり、町中には宗祇水《ソウギスイ》と呼ばれる湧水がある:

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脇路地の用水路

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この先に宗祇水がある

郡上市のマンホール蓋。清流を泳ぐアマゴ(川魚)を描いたデザイン:

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清流を泳ぐアマゴ

城下町からはどこからでも天守を眺めることができる:

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城下町と城山

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城山に建つ天守

小駄良川《コダラガワ》は吉田川の支流で一級河川。城下町の風景に溶け込む清流である:

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小駄良川

この川沿いにある大乗寺《ダイジョウジ》の山門は江戸時代後期の享和3(1803)年の建立で市指定重要文化財。門の上が鐘楼になっている鐘楼門型式。藤の花も見頃だった:

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大乗寺の山門

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藤の花も見頃

このあとは吉田川方面へ。城跡南側の崖沿いにはいくつかのオブジェがあった。

商売繁盛の神様を祀る神農薬師さま、そして学者・歌人と知られる折口信夫《オリグチ・シノブ》の歌碑。氏が郡上へ来遊した大正8(1919)年には大火に遭遇し、焼け跡の情景を歌に詠んだもの:

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神農薬師さま

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焼け原の 町のもなかを行く水の せせらぎ澄みて秋近つけり” (冒頭の一首)

郡上はこれまでに二度の大火に遭遇し、そのたびに水路を増やしたり整備が行われて、現在見るような用水路網ができあがったらしい。

こちらは吉田川にかかる新橋。この橋の欄干から12mほど下の吉田川に飛び込む人もいるようで、「不慣れな人」向けに警告が出ていた[a]実際、死亡事故が発生しているのだそうだが 😞️。

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吉田川に架かる新橋

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不慣れな人は駄目

この先は高山・下呂方面。ここから渓谷の間を流れる吉田川の眺めがすこぶるいい。右上は稚児山(標高817m)真ん中奥は京塚山(862m):

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吉田川と稚児山(拡大版)

こんな色の川なら飛び込んでみたくなる気持ちもわからなくもない:X。春先は観光客を迎えるために町内あげて川や用水路の清掃を行っているらしい:

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吉田川の水の色

もちろん川と渓谷の絵もいいが、こんな風景もなかなか:

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断崖上にへばりつく建物

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吉田川が運ぶ大量の水

橋を渡った先に建っていた郡上八幡旧庁舎記念館。その昔、この中にある食堂で豚一家がカレーを食べたらしい[b]中で観たメニューには、そんなカレーは無かったけど😞️。

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郡上八幡旧庁舎記念館

吉田川対岸から振り返って観たところ。この崖面上が城山こと郡上八幡城跡:

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吉田川に架かる新橋

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新橋と城山南の崖面

旧庁舎記念館脇の側道に置かれた椅子に座りながら、この渓流と周囲の景観を眺めてゆったりできるようになっていた :)

 

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吉田川に架かる新橋

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意外と巨岩が多い

旧庁舎記念館の駐車場脇には「いがわ小径」と云う用水路を利用した生活用道路への降り口がある:

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いがわ小径(降り口)

民家の用水路沿いに、幅1mほどの生活用道路が120mほど続く:

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いがわ小径

この町では古くから、生活に利用する小さい川や用水路などを総称して「いがわ」と呼んでいたらしい。生活用の水路とはいえ、きれいな水なので大きな鯉がたくさんいた:

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周囲は民家

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大きな鯉

小径の終点近くから吉田川の河原へ降りることができた:

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吉田川

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意外と巨岩が多い

河川敷を上がり、また城下町へ戻る:

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路地裏

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八幡町あたり

こちらは吉田川に注ぐ支流の一つである乙姫川(名広川):

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乙姫川

この川周辺は個性的で、どことなく懐かしさのあるお店が多かった :)

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靴・履物屋の「わだてつ」

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帽子屋の「宮田」

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魚屋の「ひらくす」

こちらは願蓮寺の山門。その昔、城主からの援軍要請で、この寺の住職らも僧兵として参陣し討ち死した記録が残るのだとか:

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願蓮寺の山門

このあたりから再び吉田川方面へ向ったが、そのとき笛(ホイッスル)の音が聞こえたので、振り返ってみると小学生が集団で下校する風景だった 8)。こんなのどかな風景を観て、ああ今日が平日だったことを思い出した ;)[c]ここで小学生らから挨拶の連続攻撃を受けることになる 😁️。もちんろん挨拶で迎え撃ったが 😆️。

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なんか懐かしい集団下校の風景😊️

吉田川に架かる宮ケ瀬橋からの眺めもよかった。吉田川がこの先で小駄良川と合流、さらにその奥で長良側へ合流するところの眺め:

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吉田川と小駄良川の合流点(拡大版)

さらに振り返って、先程の新橋方面の眺め。ここからも城のシンボルが見えた:

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宮ケ瀬橋上から新橋方面の眺め(拡大版)

橋を渡った先が八幡本町で、そのままバス乗り場がある城下町プラザへ戻った。

こちらは、その途中、酒屋の店先で目に入った「ゴジラフライ」なる食品サンプル:

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ゴジラの他にモスラも😄️

近くにあった貼り紙によると、この食品サンプルが作られたのは約35年前。この作者さんをず〜っと探しているようだが、まだ見つかっていない模様。

こちらは城下町プラザの眼の前にあった創作カフェで買った「新食感・冷やしわらび串(250円0」の黒蜜きなこ味。少し溶けてから食べるように云われたが、そんな暇無かったのでそのまま食べたら、新食感もなにも普通のアイスの食感だった :P

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小物屋を兼ねたカフェ・花籠

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冷やしわらび串

以上で城攻めと城下町散策を終え、人生初の郡上八幡をあとにした 0:)

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岐阜バス往復乗車券

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also2023年5月 郡上八幡城下町 (フォト集)


ここからはオマケ。

この日は宿泊先最寄りの名鉄新羽島駅からスタート。この名鉄6800系に乗車して笠松経由で名鉄岐阜へ:

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新羽島から笠松経由で岐阜へ

そして、この日の帰りは大失敗した 。名鉄岐阜から笠松経由で宿泊先へ向かったのだが、笠松で下車せずにうっかりと乗り過ごしてしまった。なので、次の駅で下車し「連絡通路」を使って反対方面のホームから乗り換えようと思ったのだが、その「連絡通路」がどこにもない :0 。仕方なく一度改札を出て、線路を渡った先にあるもう一つの改札口から改めにて乗車するハメに :(:(:(

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絶対に忘れない駅名

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もう絶対に降りない駅

関東人的には「連絡通路」があって無料で乗り換えできると期待するのが普通なのだが、中京地区ではそれは普通ではないようだ :X

参照

参照
a 実際、死亡事故が発生しているのだそうだが 😞️。
b 中で観たメニューには、そんなカレーは無かったけど😞️。
c ここで小学生らから挨拶の連続攻撃を受けることになる 😁️。もちんろん挨拶で迎え撃ったが 😆️。