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評価が三つ星

中華飯店 東華 − A Local Chinese Restaurant at MITO.

先週末は令和6(2024)年の雨水の候を過ぎた三連休の中日[a]【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。に、八年前に攻めた近世城郭跡を再び攻めてきた。自分が巡ってきた後に、二ノ丸大手門や二ノ丸角櫓が木造復元されたらしいとのことだったので。

関東地方は、この日が唯一天気が良く暖かいと云う予想だったので直前になって決めた :)。実際、考えることは皆同じで、結構な人出で駅前広場は賑わっていたし、恒例の梅まつりに併せたイベントをいろいろ見かけた。行きは上野から水戸まで久しぶりにJR常磐線を利用したのだが、うかつにも後方の車両(2号車/15車両)に乗ってしまい、途中の土浦で15→5車両に切り離しされたため前方車両へ移動する羽目に〜[b]遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。 :$

午前中に城攻めを終えたあと、帰宅する前にBS番組で昨年末に紹介されていた水戸駅周辺の町中華でお昼を摂る予定であった。ただ三連休ともあって田舎は休みの店が多い[c]あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。ことが気がかりであったが :|。で、まずは水戸東照宮近くの「中華料理・晴華」へ行ってみると、気がかりが的中 :O

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「中華料理・晴華」はお休み

仕方がないのでもう一軒の店へ向かうために駅へ戻り、さらに南口広場を縦断して川を渡った先の中華飯店・東華へ。歩いているときに営業中のネオンが見えて一安心だった:)。番組でも紹介していたが、お隣は同じ家族経営の雀荘:

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(こちらは店を出た時の写真)

暖簾をくぐって店内へ入ると奥の座敷に家族連れが一組居ただけ。昼の部が11:00〜14:00で、店に入ったのが13:30過ぎなのでギリギリかもしれない。現に食事を終えて店を出たら既に暖簾が下りていたし。「お好きな席へどうぞ」とのことで、長テーブルの厨房よりに座ってメニューを眺める。店の前でランチメニューも見たが、ここは玉ちゃんの「パイコウ」つながりで、パイコウ飯+半ラーメンのセット(1,050円)を選択した。

このあとも予定があったので「喉の洗浄」は割愛し、料理が出てくるまで町中華のしきたりとして、少年漫画に目を通す。ジャンプ、マガジン、サンデーを一通り眺めたが、特に気を引くような作品には当たらなかった。どれも線が細くて昔の作画タッチと違和感があったし、なんか印刷も薄い感じがした :|。今は漫画もデジタルの時代だからだろうか。と昔を懐かしんでいると料理が出てきた:

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パイコウ飯+半ラーメンセット(1,050円)

パイコウ(排骨)とは台湾の夜市でよく食べられる衣を付けて豚肉を揚げたもの。御飯の上で、醤油ベースのタレがかかっており、同じタレをまとった焼きネギも添えられていた:

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パイコウ飯(排骨飯)

ラーメンはあっさり系の中華そば。メンマやチャーシュが大きくて食べごたえあり:

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半ラーメン

細麺は柔らかめ。鶏ベースのしょう油味はやや薄味だった。大部分の麺を一気に食べ終えたところでパイコウ飯へ:

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”肉肉しい”パイコウ

薄い衣をまとった豚肉は肉々して脂が滲み出していた。これと焼きネギを御飯の上に載せて頂く:

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三位一体の絵

久しぶりに御飯モノが進んだ感じ。タレがいい感じだった 8)。寒い時期のネギは美味いねぇ。

こちらはレジ脇に掲げられていた玉ちゃんのサイン:

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玉ちゃんのサイン

中華飯店・東華
茨城県水戸市城南2丁目9-8

 

ここからはオマケ。
 
水戸駅と水戸黄門御一行:
 

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水戸駅の北口広場より

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黄門さま御一行

この日の水戸城跡は梅、うめ、梅づくしだった:
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弘道館公園の梅林

弘道館公園の梅林(偕楽園+弘道館の梅検索)から八重松島《ヤエ・マツシマ》は淡紅色で、見驚《ケンキョウ》は淡紅から移り白色:

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八重松島

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見驚

本丸(御本所)跡へ向かう本城橋あたりで見かけた梅(種類は不明):
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鮮やかなピンク色

こちらは鹿島神社の拝殿:

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御祭神は武甕槌神《タケミカヅチ》さま

その境内にあった神木鈴梅。水戸藩九代藩主・徳川斉昭《トクガワ・ナリアキ》(烈公)お手植えで鹿島神社の神木とされている。一見すると枯れ死しているようだが、ちゃんと生きている。木にまとった苔がその証拠らしい:

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神木鈴梅

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神木にまとった苔

こちらは三ノ丸跡に建つ茨城県庁の庁舎と、北三ノ丸跡に建っている水道の低区配水塔

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県庁@三ノ丸跡

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配水塔@北三ノ丸跡

令和2(2020)年に木造復元された二ノ丸の大手門:

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大手門(復元)

大手門の枡形虎口:

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枡形虎口跡

そして、同じく木造で復元された二ノ丸の角櫓。城内に八基あった隅櫓の一つ:

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二ノ丸角櫓

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二ノ丸角櫓

こちらは本丸(御本所)跡にある高校の敷地に移築された薬医門。本丸の表門にあたる橋詰御門と推定される。八年前は唯一の現存遺構であった[d]今は他にも城門の門扉や土塁などがある。

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薬医門@本丸跡

二ノ丸と本丸との間にあった堀切跡は現在はJR水郡線が通っている:

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堀跡を走る水郡線

本丸(御本所)の東側に置かれた下の丸跡も高校の敷地であるが、こちらはJR常磐線近くから眺めたもの(パノラマ):

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下の丸南側の城塁

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会茨城県のマンホールの解説を参照のこと:

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水戸市のマスコット

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水戸市の木

 と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also水戸城攻め(2) (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。
b 遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。
c あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。
d 今は他にも城門の門扉や土塁などがある。

登利平@深谷店 − A Lunch at Restaurant where was acclaimed for “Torijū”.

昨日は令和6(2024)年の大寒の候にあたる週末[a]【今日は何の日?】二十日正月《ハツカ・ショウガツ》。木曾(源)義仲が討死した日(旧暦)。は、南岸低気圧(South-Coast Cyclone)の襲来で前日から一転して天候が悪化した関東地方。今年一番の城攻めとして、天気が悪くなる前の午前中辺りで巡ってこれそうな埼玉県深谷市にある城跡[b]正確には内郭と外郭の境界となる城域部。へ。しかしながら、午後から雨と云う予報がハズレて、昼頃には冷たい雨が降ってきた。運良く城攻めを予定より30分くらい早めに終えることができたので、雨に打たれつつ早足でJR深谷駅へ向かっている途中に目に入ってきた御食事処の看板。冷たいし寒いしで、ひとまず入ってみることにした:

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見かけた看板

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上州御用鳥めし本舗・登利平@深谷店

入ってすぐ目の前には持ち帰りの受付カウンター[c]御食事の精算も兼ねていた。があって、初めは持ち帰り専門店かと思ったが、左手奥にテーブル席が6〜8席ほど見えたので、食事ができることは確認できた。既に大分テーブルは埋まっていたが、唯一空いていた二人用テーブルに通しもらえた :)

ここはテーブル上に置かれたタブレットから注文するシステム。メニューを眺めて三品あった定食系から鳥合わせ定食(1,200円)を注文。さらに眺めていると、焼き鳥を一本から注文できるようだったのでネギもも串(210円)を塩、レバー串(210円)をタレでそれぞれ追加した :D

これを書いているとき調べたのだけれど、この店は昭和時代の初めに群馬県前橋市で開業した鶏肉の精肉店が始まりらしく、のちに暖簾分けで御食事処の登利平《トリヘイ》を開店。ここの看板メニューにあった「鳥重(Torijū)」が好評だったらしい。チェイン店になった今、この店のホームページのお品書きには重ものや丼ものが掲載されていたけど、ここ深谷店には無く、メニューが限定されていたの気づいた :|

注文してから暫くして定食の御膳が出てきた。なんか想像していたセットよりも意外と豪華だったので少し驚いてしまった :D

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鳥合わせ定食(1,200円)

ライスは大盛り(+100円)にできるようだが、デフォルトのまま。サラダが乗った大皿に鶏モモの唐揚げ3個、サクサクした衣に包まれた鶏ムネのチキンカツ2個が乗っている。そして香の物とみそ汁が付く。

とにかく揚げたてなのが、冷たくなった身体に嬉しいし優しい :)

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から揚げとチキンカツの両方が味わえる

熱々のチキンカツは付け皿に入ったオリジナルのソースで頂く。おそらくソースかつ重でも使っている自家製だろう:

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やや辛めのソースに

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付けてさくっと頂く

テーブル席に置かれたマスタードを衣に付けて、ソースをまとった柔らかいチキンカツを噛むとか湯気がでる。

すると時間差で串ものがそれぞれ出てきた。こちらも焼き立てなのでジューシー。レバーは一部硬かったが、ネギもも串の方は塩味で、鶏肉の旨味を一層よく味わえた感じ:

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やや硬かったレバー串(210円)

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ネギもも串は塩で正解(210円)

鶏唐揚げは下味が付いていた。テーブルに置かれていた小袋のレモン汁をふりかけてそのまま食べた。合わせ定食と云うことでやや小ぶりの肉であったが美味かった:

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小ぶりの唐揚げ

最後に残ったご飯とチキンカツでソースかつ重風にして頂いた。結局、最後はこれが一番美味かったかも :D

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ソース漬けのチキンカツ

サラダもドレッシング二種(和風とベジタブル)あって良かったし、香の物も三種あって、これだけのボリュームで鶏肉を堪能できたので大満足だった 8)

登利平(深谷店)
埼玉県深谷市国済寺 332-21

 

ここからはオマケ。
 
深谷市と云えば、新一万円札の顔である渋沢栄一[d]個人的には、映画「帝都物語」で勝新太郎が演じていた渋沢栄一像が印象に残っている 🙂️。・生誕の地:
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渋沢栄一・生誕の地

 
 廰鼻和(庁鼻和)《コバナワ》城跡とされる臨在宗・常興山・国済寺。もともとは庁鼻和上杉氏の居館であり、のちに国済寺を開基したと云う:
 
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国済寺

この城は、その昔に攻めてきた深谷城の前身。江戸時代の建立と伝わる楼門形式の三門(市指定文化財)と、その柱に掲げられていた花入:

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梅と三門

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「わびさび」

 本堂。屋根の棟や鬼瓦に掲げられた大きな「上杉笹(竹に二羽飛び雀)」紋が目立っていた:

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本堂(正面)

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本堂(側面)

境内にある上杉憲英《ウエスギ・ノリフサ》公とその一族の墓所は市指定文化財:

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「史蹟・上杉憲英公墓所」

 国済寺境内とヤオコーとの間には土塁と堀が残っている:

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堀跡

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土塁と築山

 埼玉県を中心にスーパー(Grocery Shops)を展開するヤオコーが国済寺敷地内の店舗拡張と駐車場建設に伴い、事前に深谷市に発掘調査を依頼した結果、検出した堀跡や土塁が現在残っている(または埋没保存されている)。

城域(国済寺)の北を走る県道R263は旧中山道。往時は外郭と内郭の境界線であった。この通り沿いには寺院や崇拝所が残る。この愛宕神社も江戸時代に勧請された:

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旧中山道と愛宕神社

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会深谷市のマンホールの解説を参照のこと:

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旧深谷市の花「椿」と煉瓦風のデザイン

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旧深谷市のチューリップのデザイン

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also廰鼻和(庁鼻和)城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】二十日正月《ハツカ・ショウガツ》。木曾(源)義仲が討死した日(旧暦)。
b 正確には内郭と外郭の境界となる城域部。
c 御食事の精算も兼ねていた。
d 個人的には、映画「帝都物語」で勝新太郎が演じていた渋沢栄一像が印象に残っている 🙂️。

釜玉中華そば ナポレオン軒@府中店 − That has Taste than it Looked.

先週は令和5(2023)年の冬至の候を過ぎたとある日[a]【今日は何の日?】鎌倉幕府初代征夷大将軍・源頼朝が落馬した日(旧暦)で翌月の1月13日に死去した。旧ソ連による大統領暗殺によるアフガニスタン紛争が勃発した日。七年前に攻めてきた城館跡(東京都府中市)を再訪してきた。そのあとは旧甲州街道から府中街道に入り、大國魂神社《オオクニタマ・ジンジャ》とその周辺を散策する前にお昼を摂ることにした。「大國魂神社西」交差点からJR府中本町駅へ抜けるあたりには麺系の御食事処が集っているらしい :)。ちょうど昼時で、現地の混み具合でお店を選ぶことにしていたので、ひとまず初来店の釜玉中華そば・ナポレオン軒(府中店)へ[b]他の候補は「中華そば・中野・青葉」、「いつみ屋」、そして「とんかつ山下」。最悪のケースは松屋か 😁️。

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釜玉中華そばナポレオン軒@府中店

店の前には既に二人の客が行列していて、最初は何も考えずその後ろに並んだのだけれど、先客から「先に店内の券売機で食券を買ってから並ぶんだよ」と教えられたので、店内に入って自販機で「リッチ・釜玉中華そば(並)」(900円)を選択。この自販機から厨房に向かって横に伸びたカウンター席は6席。厨房に居た店員から外でお待ち下さいと云われて、再び店前へ:

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店頭

ちなみにリッチ版にはチャーシューとメンマが乗っている。

並ぶこと10分ほど、食事を終えた客と入れ替わりで店内に入って店員に案内された席へ。これは眼の前にあった御品書:

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御品書

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御品書

次にカウンター席の棚にはトッピングらしきものが並んでいたのだけれど、その数がいろいろあって凄い :D

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トッピング(その1)

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トッピング(その2)

全てのテーブルに等しく置かれているわけではないので、混んでいる時に取るのは苦労するかも[c]今回は、自分の両脇は空席だったので手を伸ばせば苦もなく取ることができた 🙂️。。そしてテーブルの上にはきくらげの箱があった:

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トッピング(その3)

こちらが釜玉中華そば(並)のリッチ版:

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釜玉中華そば(並)のリッチ版(900円)

見た目は「汁なしラーメン」そのもの。正確にはスープ無しか :D。ゴマ油に浸かったネギがデフォルトのトッピングで、オプションである味付きメンマもいい感じ。隣の客のものを見たところ、辛ネギ版は「辣油」が加えられているっぽい。そして「釜玉」と冠している割には生玉子は小さめ。それらの裏に隠れているのが太麺のちぢれ平打ち麺。食べる前であるが、この麺はかなり気になった。

と云うことで湯気が出ているうちに麺をまぜまぜする:

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釜揚げ平打ち麺に玉子を一気に絡める

釜玉うどんの場合だと泡が出るまでかき回すが、こちらは溶いた黄身を和えているって感じ。丼の底に置かれた醤油+にんにくベースの醤油ダレは濃いめながら、黄身が合体すると濃味がまろやかになる(にんにく味はそのまま)。

まずはトッピングなしで頂く。平打ち麺のコシが凄い。ラーメンと云うよりはうどんに近い感じ。食べごたえあり 8)

味が単調なのでトッピングに手を付けてみる。タレの主張が大きいので、味変と云うよりは気分転換に近いかも:

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with きくらげ

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and 揚げねぎ

他の客は皆、替え玉を追加で注文していた。見たところ、平打ち麺ではなく細麺のようだ。券売機横に居た客の荷物が邪魔で券売機までたどり着けそうに無かったので今回は諦めたが、(機会があれば)次回はあらかじめ購入しておこうと思った :|

釜玉中華そば・ナポレオン軒(府中店)
東京都府中市本町一丁目9-41


ここからはオマケ。

JR府中本町駅前を通る鎌倉街道から府中市街地の眺め。道路の奥に見える跨線橋[d]線路を跨ぐような形で架けた橋。《コセンキョウ》は東西の高さが異なるのでループ式の橋になっているのが珍しい:

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府中市街の遠望

京王府中駅前のけやき並木通りには八幡太郎こと源義家《ミナモト・ノ・ヨシイエ》の像があった。平成4(1992)年の建立とのことだけど、残念ながら、この街に住んで居た時に見た覚えがない :X

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源義家公とけやき並木

源氏武士の先祖と云われる義家は、平安時代末に父・頼義《ヨリヨシ》と陸奥国で起こった地侍の反乱(前九年の役)の鎮圧に向かう途中、府中の大國魂神社で戦勝祈願し、平定後に戦勝報告し、その報賽《ホウサイ》として、けやきの苗木を奉納したと云う。

この他に、源頼義・義家父子は同じように志村城そばの熊野神社に立ち寄り武運と祈願している。

なお義家の弟・(新良三郎)義光《(シンラサブロウ)ヨシミツ》は信濃国源氏の祖であり、武田信玄で有名な甲斐武田氏の先祖にもあたる。

こちらが大國魂神社。大鳥居前にあるけやきは、この伝承にちなんで徳川家康が追加で寄進したものの一つらしく、既に枯れ死しているが御神木として残されている:

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武蔵総社・大國魂神社

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門前のケヤキ

今回は七年前に一度攻めた高安寺館跡を再訪した。特に目立った遺構はないが城塁らしきものを確認できた:

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曹洞宗・龍門山・高安寺

室町時代の征夷大将軍・足利尊氏が再興した禅寺。二度の分倍河原合戦では諸勢が本陣を置き、勝利を勝ち取った縁起の良い館跡。ただし、その度に兵火で伽藍などを焼失し、幾度か再興・再建されている。

山門は明治5(1872)年の再建(都選定歴史的建造物指定):

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四脚楼門形式の山門

本堂・山門と同じ線(参道)上にある弥勒菩薩像:

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高安寺境内には源義経の郎党の一人、武蔵坊弁慶にゆかりありと伝わる井戸跡がある:

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伝・弁慶硯の井

平家滅亡後、兄の源頼朝に鎌倉入りを許されなかった義経はやむなく京へ戻る途中、赦免祈願のため立ち寄った見性寺(現・高安寺)で大般若経を写したが、その際に硯に使う水を弁慶がここから汲み取ったらしい。

分倍河原合戦で鎌倉(執権北條)勢を敗走させた新田義貞公の騎馬像がJR分倍河原駅ロータリーにある[e]公は鎌倉方面を向いている。。こちらの像は昔から知っている :D

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新田義貞公之像

個人的には、公の四天王[f]篠塚重広、栗生顕友、畑時能、由良具滋の四人。が剛勇ぞろいで凄いと思う。

最後は、その昔に歓送迎会や忘年会で利用した居酒屋の割烹・番場屋。手前が旧甲州街道:

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割烹・番場屋

江戸時代、ここの辺りの集落には「番場宿」なる宿場町があったらしい。

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also分倍河原古戦場巡り (フォト集)
See Also高安寺館攻め(2) (フォト集)
See Also2023年12月 大國魂神社と武蔵国府跡巡り (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】鎌倉幕府初代征夷大将軍・源頼朝が落馬した日(旧暦)で翌月の1月13日に死去した。旧ソ連による大統領暗殺によるアフガニスタン紛争が勃発した日。
b 他の候補は「中華そば・中野・青葉」、「いつみ屋」、そして「とんかつ山下」。最悪のケースは松屋か 😁️。
c 今回は、自分の両脇は空席だったので手を伸ばせば苦もなく取ることができた 🙂️。
d 線路を跨ぐような形で架けた橋。
e 公は鎌倉方面を向いている。
f 篠塚重広、栗生顕友、畑時能、由良具滋の四人。

SOUP CURRY 鳩時計 − I Forgot to Look For the HATODOKEI.

一昨日は令和5(2023)年の大雪《タイセツ》の候をすぎた週末[a]【今日は何の日?】明治時代に東京と横浜で日本初の交換器式の電話事業が開始された日。元内閣総理大臣・田中角榮氏がロッキード事件上告中に死去した日。六年前に攻めてきた山城跡(東京都日野市)を再訪したあと、ちょうどこの年の大河ドラマを観て知った都旧跡「浅野長政隠棲の地」なる場所(東京都府中市)を巡ってきた[b]車でたまたま近かっただけで決めた。ほとんど「ついで」って感じ 😅️。その昔、この街に住んでいたけど、全く知らなかった :O

事前に、この旧跡周辺のコインパーキングを探していた時に「車返団地《クルマガエシ・ダンチ》」って珍しい地名[c]これも近くに住んでいながら知らなかった地名だったので、逆に覚えていた 😁️。にピンときて、これ昔に観た旅番組で、たしかスープカレー屋を紹介していたことを思い出した。と云うことで、めったに行かなくなった街でもあり、きっと軽い登山の後でお腹がいい具合に空いているであろうと予想して、すべて終えたらこの店で遅めの昼を摂ることにした。

で、当日は午前中の城攻めでだいぶ時間をくってしまった上に、お腹の方も暴れる寸前になっていたので、コインパーキングに車を停めたあと、旧跡を巡る前に店へ向かった:

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SOUP CURRY 鳩時計

ホント、お店は団地の中にあった。店前に何人か座っていたので、おおよそ店の場所は想像がつくけど、周りにある他の店とは異なり、目立つ看板はない。

時間は土曜日の昼の2時すぎ。店の前に置かれていたテーブル上の受付表に名前を記入。自分の前には6組ほど待っていた。ちょっと待ち時間が読めなかったが、ここまできたら待つしかないと腹をくくった。遅くなったら旧跡の方は後日にまわしでも良いだろうと。どうせ見所は多くないので :X

店前で待つこと40分ほど。名前を呼ばれて入店。初めは店内中央にある椅子に座って、席を作ってくれるまでの間、メニューを眺める。事前に何を注文するかは決めていたが、HPには書いてなかった「トッピング・サイドメニュー」には眼をとおした。それからカウンター席に案内された。他に2〜5人用のテーブルあり。

メニューを眺めて少し変更して注文。鳩時計の一番人気メニューA「チキン(骨付き鶏モモ肉)とお野菜10種のスープカレー」のドリンク付きセット(1,800円)に、サイドメニューとしてザンギ(200円)と、トッピングとして「府中椎茸」(100円)を追加した:

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チキン(骨付き鶏モモ肉)とお野菜10種のスープカレー他(計2,100円)

個人的には辛いのが駄目だけど、スパイスは嫌いではないと云う微妙なカレー好き[d]ちなみに、好きなカレー屋は日乃屋のカレー。辛いけど 😣️。ので、辛さは「ちょい辛」(5段階のうち1段め)を選択 ;)

ドリンクはトニックウォーター。お店のロゴが入ったコップで頂いた:

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WILKINSON Tonic Water with ice

どちらかと云うとスープカレーとしては普通の色どり(具材)と大きさだと思う:

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野菜いっぱいはスープカレーのデフォルト

スープを軽く飲んでみたけど、全く辛くなかった。メニューにも書いてあったけど、もう一段上の辛さの方が良かったかも :|。スープカレーなので、ルー式のカレーよりスパイスはあまり感じない。ホント、これだけだと普通の野菜スープって感じ。若干、温めかな。

こちらがライス(180g)と揚げたてのザンギ:

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ライスとザンギ

ザンギは衣に味が付いているので、そのままいただく:

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熱々のザンギ

ザンギと一緒に、スープカレーに盛られた野菜を交互に。スープは思ったほど濃く無いので、野菜は素材の味がストレートに伝わってきた。長太のゴボウや肉厚な椎茸はホント美味しかった 8)

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ボリュームのある野菜たち

野菜をほぼ食べ終えたところで鶏モモ肉が出現。スプーンとフォークでほぐしたチキンと、今度はライス&スープでいただく:

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骨付き鶏モモ肉

スプーンで肉の表面を軽く撫ぜるだけでほぐせるので、これをライスの上に置いて、スープをかけて頂いた。

ライスは300gの方が満腹感はあるかも。あと辛さはもう一段階上にした方が良かったかな。そうそう、お店の名物で文字盤の無い「鳩時計」を探すのを忘れてしまった :O

と云うことで、少し物足りなかったので、また(近くまでいく)機会があれば、待ち時間を覚悟して食べたい。ごちそうさまでした。

SOUP CURRY 鳩時計
東京都府中市白糸台5-25-1車返商店街内

 

ここからはオマケ。
 
午前中は、築城年や築城主など詳しいことが不明な高幡城跡へ:
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浅川に架かる高幡橋から

標高130mほどの高幡山に築かれた山城だけど、一般的(圧倒的)に麓にある高幡不動尊(金剛寺)が有名:

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國寳だったのか?

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仁王門

「國寳」だとは知らなかったけど、ホントか? :|

ここ金剛寺は新選組・副長の土方歳三の菩提寺としても有名。その昔、自分も会津若松函館でゆかりの地を巡ったなぁ。特に熱烈なファンではないけれど:

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新選組副長・土方歳三

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土方歳三

近藤勇・土方歳三顕彰碑(日野市指定史跡):

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局長と副長の顕彰碑

こちらは上杉堂。上杉憲秋《ウエスギ・ノリアキ》公の供養塔(服石)が祀られている。分倍河原の戦いで、上杉勢(含む太田道灌ら)の先鋒として鎌倉公方・足利成氏らと戦を交えたが敗れ、深手を負ってここで自刃した。公は関東管領も務めた犬懸上杉家の当主(いわゆる山内上杉家や扇谷上杉家とは親戚筋):

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上杉堂

さらに立派な五重塔がある。高さ45m:

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五重塔

こちらは高幡城の主郭跡(高幡山の山頂)から眺めた多摩モノレール:

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多摩モノレール

あと京王線・高幡不動駅近くで、おもしろい自販機を見かけた。このソースは1本700円(当時):

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悪魔のホットソース

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1本700円

最後は、浅野長政隠棲の地である屋敷跡の隣りに鬼門除けとしてあった諏訪神社。この境内も某の屋敷跡だったらしく、竹やぶの中には堀跡のようなものを確認した:

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諏訪神社

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堀跡

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also高幡城攻め(2) (フォト集)
See Also浅野長政隠棲の地巡り (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】明治時代に東京と横浜で日本初の交換器式の電話事業が開始された日。元内閣総理大臣・田中角榮氏がロッキード事件上告中に死去した日。
b 車でたまたま近かっただけで決めた。ほとんど「ついで」って感じ 😅️
c これも近くに住んでいながら知らなかった地名だったので、逆に覚えていた 😁️。
d ちなみに、好きなカレー屋は日乃屋のカレー。辛いけど 😣️。

角煮 三福 − A Rice Bowl of Pork Squares Seasoned.

一昨日は令和5(2023)年の大雪《タイセツ》の候少し前の週末[a]【今日は何の日?】国連が採択した国際障害者デー(International day of Disabled Persons)。手品の日(One! Two! Three!)。、六年前に攻めてきた城跡を再訪してきた。そのあと、同じ都下にある城跡(居館跡)を巡る予定だったので、お昼少し前に城址公園をあとにして最寄り駅へ向かっていた時、とある店の主人が暖簾を掲げ、店前に「角煮丼」云々と書かれた看板を出していた光景が目に入った。昼飯を摂る店はあらかじめ決めていたので、最初は特に気にならなかったが、数歩あるきながら頭の中で「角煮丼、角煮丼」と復唱していたら、なぜか自然と足が止まっていた :D

角煮丼の専門店なんだろうか? と思い、ちょっと確認するために戻って店前へ :

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角煮 三福

たしかに暖簾には「角煮」と銘を打っていたのだが、ドアに掲げられていたメニューには、角煮丼の他に、かき揚げ丼やあなご丼、はたまたラーメン[b]それもワンコインで 🤩️。なんかが並んでいた:

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角煮丼専門店ではないようだが・・・

そして暖簾の隙間からのぞいて見ると、小さな店内にL字型のカウンターと椅子が5つ並んでいるだけだった :|。一応は昼の店は決めていたで、ここで無理しなくてもいいのだが、なんか妙に気になってしまった[c]単に城攻めして腹が空いていただけかも知れないが 😁️。角煮丼。さらに開店したてで客は誰も居ない。もしかしたら行列ができるお店かも知れないと考えたら、実際のところ何屋なのか判然としないまま暖簾をくぐっていた :D

席について、カウンターの中にいた主人に角煮丼を注文。水をもらった後はしばらく無音の時間となる。と云うのも、店内にはテレビやラジオなどは無く[d]店のすぐ奥にテレビが見えたので、自宅兼店舗のようだ。、客も自分一人で、聞こえてくるのは厨房から漏れる音と外を走る車の騒音くらい 。

この日は、朝は寒かったけど昼近くになると陽がでて急に暖かくなっていたので、なんともノンビリしたひとときで、思わず寝入ってしまいそうだった :D。注文してから10分位たつと客が一人入ってきたが、店内のノイズは特に変わらない。

それから、しばらくして「お待ちどうさま」の声と共に、湯気をいっぱい燻らせた角煮丼とみそ汁が出てきた:

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角煮丼(800円)

量的には期待していたほど多くない。ご飯の上に薄切りの角煮と玉ねぎ、そして紅生姜が添えられていた。みそ汁も具は豆腐だけのシンプルなもの:

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どちらかと云うと量は少な目

肝心の角煮の方はと云うと、肉と脂身の割合がほどよく、醤油ベースでやや甘めのタレがしっかり染み込んでいた。歯ですっと噛み切れる豚肉とは対象的に、こちらも味が染みた硬めの玉ねぎとの相性は抜群だった 8)

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柔らかく、味が染みた角煮片

最初は肉とご飯を交互に食べていたが、後半はご飯も角煮もたまねぎも紅生姜も皆まぜまぜして頂いた。この食べ方はオススメ。具材の良いところを一気に味わえた:

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軽く混ぜて一緒に食べるのがオススメ

食べ終わったあとは、この量で後半の城攻めまで持つかなぁと不安に思えたけど、まったく無用の心配だった :)

おあいそして、主人と軽く会話して店をあとにした。ごちそうさまでした。

角煮・三福
東京都八王子市片倉町340


ここからはオマケ。

こちらが、この日の午前中に攻めてきた片倉城跡(八王子市):

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湯殿川と片倉城跡

六年前に攻めた時、主郭と二郭の間の空堀(堀切)が藪化していて横矢掛跡を確認できなかったので再訪した次第であるが、今回も全く確認できなかった :$

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藪化したままだった空堀

今回の収穫の一つは二郭南側の大手道沿いに残る竪堀:

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二郭南側の竪堀

もう一つは二郭の空堀(堀切)。こちらは一部が遊歩道になっているようで、綺麗に残っていた:

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三郭と二郭の空堀(堀切)

三福でお昼を摂ったあとは、京王片倉から平山城址公園(日野市)へ移動し、鎌倉幕府の御家人の一人、平山季重《ヒラヤマ・スエシゲ》の館跡の他、公の墓所がある宗印寺を巡ってきた:

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大澤山・宗印寺

境内奥には万福閣なるエリアがあり、高台には平山万福稲荷大明神が祀られていた:

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万福閣

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神の使徒・牛の像

鳥居からのぞく佐源堂なる建物の中には五重塔の木造模型が置かれていた:

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佐源堂

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五重塔の模型

そして、この日の最後は三田氏館(三田城・谷保城)跡(国立市)。最寄り駅から甲州街道を横断して谷保天満宮の境内を通って向かった:

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谷保天満宮

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社殿

三田氏館跡は、その城域の大部分が私有地(三田氏の後裔の住居)であるが、空堀(堀切)跡は「谷保の城山歴史環境保全地域」の散策路になっていて、一応は遠目で城塁などを観察することができた:

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三田氏館跡の周辺は畑だった

館跡に隣接する城山公園《ジョウヤマ・コウエン》には古民家なんかが整備・復元されていた:

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旧青柳村古民家

建屋は立派なものだった:

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旧青柳村古民家

江戸時代から昭和の時代まで使われていた家の中も立派に復元されていた:

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復元された主屋

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復元された主屋

土間には農家で使われていた家財道具が展示されていた:

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往時の道具が展示されていた

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also片倉城攻め(2) (フォト集)
See Also平山季重居館攻め (フォト集)
See Also三田氏館攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】国連が採択した国際障害者デー(International day of Disabled Persons)。手品の日(One! Two! Three!)。
b それもワンコインで 🤩️。
c 単に城攻めして腹が空いていただけかも知れないが 😁️。
d 店のすぐ奥にテレビが見えたので、自宅兼店舗のようだ。