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評価が三つ星

おぎのや 峠の釜めし − Eat the well-established Kamameshi at pass.

久しぶりに天気に恵まれた先週末は令和4(2022)年の清明《セイメイ》の候、七年前に巡ってきた甲斐武田家終焉の地を再訪してきた。加えて、前回は訪問できなかった天目山・栖雲寺《テンモクザン・セイウンジ》に行って来た。この寺院は武田家先祖の終焉の地とされる。

七年前に巡った時は年の初めで極寒だったと記憶しているが、今回はまったくの逆で、まさに季節外れの暑さだった:$。そんなドライブ日和だったこともあり、この日午前中の中央道は案の定の大渋滞。途中、談合坂SAでトイレ休憩して、お昼に食べるものを物色して早速目についたのが峠の釜めし。てっきり群馬県周辺でしか手に入らないものと思っていたので、初めて実物を見たらついつい購入してしまった。まだ温かかったっけ:)

このあとは大月ICから国道R20へ下り、新笹子トンネルを出てすぐの道の駅甲斐大和に立ち寄ってから、甲斐大和駅北にある武田勝頼公之像へ。桜吹雪のなか七年ぶりの再会だった。

それから県道R218(大菩薩初鹿《ダイボサツハジカ》線)から天目山へ向けて峠を登った。途中、ナビのガイドが消えて少し焦ったが、天目トンネルを抜けて少し登ると栖雲寺があり、その前を少し過ぎたところの天目駐車場に車を停めた。

時間的にお昼だったので車中でお昼にしようか考えていたけど、せっかくなので天目山麓から峠の風景を眺めながら釜めしを食べることにした。と云うことで見つけたのが駐車場前のガードレール脇(日川渓谷の竜門峡歩道入口近く)で、なんと霊峰富士を眺めることができた;)

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竜門峡歩道入口近く

ガードレール裏に腰掛けて、初めての峠の釜めしを頂くことに:

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「元祖・峠の釜めし」(1200円)

紐をほどいて掛紙をとり、「横川駅おぎのや」と彫られた蓋(陶磁器)を開ける:

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山の幸が入った釜めし

蓋に刻まれた「横川駅」とは明治18(1885)年に開業した信越本線[a]現在は群馬県高崎駅から群馬県横川駅まで。横川駅のことらしい。開業時に構内でお弁当を販売していたのが「おぎのや」。

醤油系の出汁をつかった釜めしの上には、鶏肉や椎茸、ごぼう、筍などたくさんの具材が載っていた。買った時より冷めていたにも関わらず、一つ一つにしっかりと味が染み込んでとても美味しかった。おまけに付いていた香の物が一段と釜めしの旨さを引き出していた感じもする:

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味付けが素晴らしい

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美味い

最近、東京の奥多摩でも釜めしを食べたけど、断然「おぎのや」の方が旨かった:)。歴史が違うね。でも奥多摩の方、よく見たら峠の釜めしの釜を使っていないか? :|

この掛紙にしてもしっかりと歴史がある上に、食べ終えてた空き釜で御飯を炊くこともできるし、市販品を入れてレンジで温めたり湯煎することもできるらしい:

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掛紙に歴史あり

美味しい釜めしを食べながらの富士山の眺めもよかった:

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峠から富士山の眺め(拡大版)

天目山・栖雲寺
山梨県甲州市大和町木賊122


ここからはオマケ。

4月という季節柄、とにかく桜の風景がすばらしかった。

こちらは新笹子トンネルを抜けた先にある道の駅甲斐大和:

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道の駅・甲斐大和

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国道R20沿いにある

いかにも峠って感じ:

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米沢山を貫通していた新笹子トンネル(拡大版)

こちらは甲州高尾山方面の眺め:

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甲州高尾山(拡大版)

満開の桜:

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しだれ桜

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大島桜

JR甲斐大和駅:

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甲斐大和駅

駅周辺の桜もすばらしい:

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JR中央線沿線の桜

駅北側にある武田勝頼公之像と満開の桜。桜が似合う若大将である:

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武田勝頼公之像と桜

近くにある中学校の校庭も桜が満開だった:

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市立大和中学校

こちらが臨済宗建長寺派の天目山・栖雲寺:

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栖雲寺の本堂

南北朝時代[b]鎌倉時代と室町時代の間。に中国の元の国にある天目山で修行した業海本浄《ゴッカイホンジョウ》禅師が帰国し、甲斐武田家の招聘により開山した禅寺。

この寺は蕎麦切発祥の地らしい:

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栖雲寺は蕎麦切発祥の地

その由来は、江戸時代の宝永年間(1704〜1711年)に尾張藩士の天野信景が記した雑誌『塩尻』によるものとされる。そこには

”蕎麦切は甲州より始まる、初め天目山へ参詣多かりし時、庶民参詣の所人に食を売に米麦の少かりし故、蕎麦を練りて旅籠とせし、其後うどんを学びて今の蕎麦切とはなりし信濃人のかたりし”

とあり、開山した業海本浄禅師の渡海経歴が中国から麺類が伝えられた時代と重なったところが由緒となったのだとか。

また庫裏の裏山には禅僧の修行場として使われた「普通ではない」石庭があった:

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斜面と奇岩を持つ石庭

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石庭

大きな石がゴロゴロあってすごかった。ここ(有料)を観るには登山靴の方がよいかも。

帰りは、こちらも七年前に巡ってきた武田勝頼公らの供養塔がある景徳院にも立ち寄ってきた:

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武田勝頼候廟所の景徳院

こちらの境内も桜が満開だった。県指定重要文化財の山門と桜:

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山門と桜

静寂の色と桜の色がほんと「満開」な状態だった:

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境内で満開の桜(拡大版)

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境内の桜

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also武田勝頼公之像 / 2022年4月 (フォト集)
See Also武田勝頼公墓所と景徳院 / 2022年4月 (フォト集)
See Also甲斐天目山の戦い / 2022年4月 (フォト集)
See Also天目山栖雲寺 / 2022年4月 (フォト集)

参照

参照
a 現在は群馬県高崎駅から群馬県横川駅まで。
b 鎌倉時代と室町時代の間。

らーめん専門店 めん蔵 − A Nostalgic ASAHIKAWA Style Ramen.

先週は、令和4(2022)年3月末に(COVID-19 感染拡大中ともあって)二年越しの人間ドックに行って来たが、全検査を終えて検診結果の説明があるまで時間があったのでお昼を摂ることを兼ねて検診センター(西新橋・虎ノ門)周辺を散策してきた[a]これまでは、お昼は検診センターが提供してくれる弁当を利用していたが COVID-19 感染予防対策のため提供中止だった。おまけに一眠りできるリザクレーションルームも閉鎖だった  😥 。。さらに胃内視鏡検査をしたので喉の局部麻酔が解けて飲食できるまで1時間くらい必要だった[b]無理して食べると喉を痛めるらしい。 :|

なにせ検査のため朝から水も食物もまともに摂っておらず体力的にキツかったので、とにかくお昼を食べれるまでの小一時間を潰すため前回と同様に、まずは近くにある愛宕神社を参詣。ここの階段を上がるのがキツかったが :$。それから季節的に桜が満開だった愛宕山周辺をうろうろ。それでもまだ時間があったので、前から気になっていた NHK放送博物館に入ってみた(入場無料)。

これが予想外に面白くて、子供の頃に観たり聞いたりした懐かしい番組やラジオ・テレビ関係の歴史、そしてハードウェアの展示なんかはホント時間を忘れてしまいそうだった。ラジオ放送からテレビ放送、衛星放送、ハイビジョン放送、そしてデジタル放送といった技術の進歩につれて番組内容が変わっていくのも。あと JOAK の呼びかけって昔どこかで聞いたな〜って自らの記憶を辿ることができて楽しかった〜 ;)。大河ドラマや朝のテレビ小説コーナーなんかじっくり観たかったので、また観に来たい:)

それから弁当屋などを探しながら検診センターへ戻ることにした[c]検診センター内で弁当を食べることが可能だったので。

そこで見かけたのがラーメン屋の暖簾。検診センターを出た時は「準備中」の札がかかっていたので特に気にしなかったが、中に客が居るのを見たら無性にラーメンを食べたくなって、空いているこの時間ならばと暖簾をくぐることにした:

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らーめん専門店・めん蔵

カウンター席には先客一人が味噌ラーメンを食べていた。店員は一人。暖簾に「西山製麺」の文字が目にはいった時点で、さっぽろらーめん系(卵麺)かと推測した。あとで調べてみたら、やはりこの店はさっぽろらーめん系らしい。

さっぽろらーめん系なら味噌だろうが、道民としては醤油ラーメンでその実力を確認するものだ :X。と云うことで醤油ラーメン(700円)を注文:

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醤油ラーメン(700円)

この黒い醤油ベースのスープ。まさに旭川ラーメン。ただしモヤシが載っていない。これはマイナスだなぁ。麺もスープも西山製麺のものだろう。昔食べたような味だったので :)。チャーシューは脂が旨かった。もうお腹が空いていたので、塩っぱいスープを飲み干してしまった :D

次回の人間ドックは味噌ラーメンにしてみよう。

らーめん専門店・めん蔵
東京都港区西新橋3丁目13-6


ここからはオマケ。

まずは愛宕神社:

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愛宕神社の入口

境内へ上がる石段は男坂と女坂の二つある:

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男坂

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女坂

男坂の石段を上がって振り返って見下ろすと:

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一の鳥居から見下ろす

丹塗りの門をくぐって社殿で参詣:

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愛宕神社の社殿

この神社は、征夷大将軍の徳川家康が慶長8(1603)年に江戸に幕府を開くにあたり防火・防災の守り神として創建された。

こちらは愛宕隧道《アタゴ・ズイドウ》と桜の木:

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愛宕トンネルと満開の桜

そして愛宕神社の隣りにあるNHK放送博物館。こちらも桜は満開:

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NHK放送博物館

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満開の桜

博物館1Fのエントランスで「チコちゃんとキョエちゃん」がお出迎え:

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チコちゃん」と「キョエちゃん」

2Fの展示物には、子供の頃に観た番組系の展示物があった。特に人形劇「プリンプリン物語」は懐かしかったなぁ 8)。こちらは「ひょっこりひょうたん島」:

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NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」

ゴン太くんも:

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着ぐるみ

最後は最寄り駅に向かう際に立ち寄った芝公園から東京タワーの眺め:

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芝公園から東京タワー

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also西新橋散策 (フォト集)

参照

参照
a これまでは、お昼は検診センターが提供してくれる弁当を利用していたが COVID-19 感染予防対策のため提供中止だった。おまけに一眠りできるリザクレーションルームも閉鎖だった  😥 。
b 無理して食べると喉を痛めるらしい。
c 検診センター内で弁当を食べることが可能だったので。

中華料理 光屋 − Here is not a Chinese Restaurant.

先週は令和3(2021)年の大雪の候の週末に、埼玉県川越市の東武東上線沿線附近に埋もれてしまった古城跡をいくつか攻めてきた。

一つ目は柳瀬川駅から徒歩20分ほどのところにあった柏の城跡。宅地化の波に埋もれていたが、一応は説明板が建っていた。二つ目は新河岸《しんがし》駅から徒歩15分程の新河岸川沿いにあった武蔵寺尾城跡。今は日枝神社が建っている。

そして最後の城攻めへ向かう前にお昼を摂ることにした。COVID-19 がいっこうに落ち着かない、こんな時期ではあるが、久々に地元系[a]地元の人がお客の大部分を占める御食事屋。なので自分みたいなのは外国人かエイリアンと同じ扱い :-)の中華料理店をあらかじめて探しておいた:)

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中華料理・光屋《ひかりや》

外装では、間違いなく「中華料理」と云う文字が掲げられていたが、一歩中に入るとそこは昭和の香りが漂うノスタルジックな雰囲気を持つ店だった。中華料理屋と云うよりは御食事処の佇まいである。店の中央に置かれたテーブル席の他に、一人か二人ぐらいしか座れないカウンター席、そして座敷が2カ所にあったと思う。

時間的には少し早めだったようで、自分がこの日初めてのお客だった。店に入るやテレビを見ていたおばあさんと目があって「いらっしゃい」の声をかけられた時に営業中であると認識できた:D

店の選択と注文する料理を予め決めておいたので、かなりスムーズにことが進むかと思ったが、どうやらおばあさんが料理するのではなく、おじいさんと息子さんが担当らしい。残念ながら、彼等はまだ厨房には居なかった。従って正確にはまだ営業中ではなかったことになる。まぁ、これが埼玉にある地元系の特徴の一つだ。俺とは異なる時間軸が存在している、ブラックホールのような店でもあるのだ :D

店に入って30分くらい経ち、未だお天道様が高いのに飲んだくれみたいな客が入ってくる時間になっても、一向に注文した料理が出てこない。オマケに、この店には「禁煙」と云う単語が存在しておらず、飲んだくれで大声出す客が吐く危険きわまりない煙にむせそうになりながら、感染防止でマスクしていて助かったと思ったものだ :D

そろそろ煙と大声に飽き飽きしそうになってきた頃に、おばあさんが「ごめんなさいね。遅くなって。」と一言添えて出してきたのが、そう自分が35分前に注文したラーメン餃子セット(850円)だ:

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ラーメン餃子セット(850円)

この店のメニューには「当店のおすすめ特製餃子、是非一度お試しを・・・!!」って書かれていたっけ。試すにしては多少、勇気が必要だったが :D

しかし、そんな心配は無用だった。しっかりと餡が詰まっていて肉汁も申し分なく美味かった:

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特製餃子

さらに支那蕎麦のようなラーメンも美味しかった。鶏ガラのスープをしっかりと飲み干して体が温まった:

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スープを飲み干したあとの丼

注文してから出てくるまでの間、何度か注文をキャンセルして店を出ようか悩んだが待っていて良かった。そんな感想がでるラーメン餃子セットだった。しかし、後ろで煙草の煙を吐きながら大声で話している酔っぱらいは叩き出してやりたかったが :X、こちらも我慢して良かった[b]駅のホームで見たポスターの藤岡弘、に怒られそうなので。

中華料理 光屋《ひかりや》
埼玉県川越市砂977-3


ここからはオマケ。

こちらは柏の城跡西の曲輪跡で見た長勝院旗桜《ちょうしょういん・はたざくら》。県内でも有数の巨木の桜で、推定樹齢は400年以上とされ、柏の城の歴史を語る生き証人として大切に保護・保存されているとのこと:

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長勝院旗桜

そして色鮮やかな銀杏がある武蔵寺尾城跡の日枝神社境内の風景。正面のお堂は天台宗・新河岸観音堂:

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日枝神社境内(拡大版)

こちらが日枝神社と新河岸・愛宕神社、そして新河岸・厳島神社:

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新河岸・日枝神社

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新河岸・愛宕神社

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新河岸・厳島神社

新河岸駅へ向かう途中で見かけたピラカンサ[c]バラ科でトゲを持つので防犯上、玄関に植える家が多いらしい。

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ピラカンサ

光屋で昼食を摂ったあとは新河岸駅から霞ヶ関駅(埼玉県)へ向かい、国指定史跡に指定されている河越館跡(史跡公園)へ。

これは関東管領・山内上杉氏の時代に館の周囲に巡らされた土塁らしい:

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史跡公園の西側に

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残る中世時代の土塁

こちらは史跡公園近くにある常楽寺と、山門前にある六地蔵様:

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本堂

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山門前の六地蔵様

ここ常楽寺は河越館の主である河越重頼《かわごえ・しげより》の開基であり、征夷大将軍・源頼朝の命令で、彼の弟である義経に娘を嫁がせた。しかし、それにより兄弟の対立に巻き込まれ、逆に謀殺された御家人。

こちらは平成の時代に建てられた重頼公供養塔と、彼の娘で京姫こと郷御前《さとごぜん》と夫である源義経公の供養塔:

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河越重頼公・京姫・源義経公供養塔

他に、関白秀吉による小田原仕置後に戦争責任を問われ切腹となった河越城主/松井田城主・大道寺政繁公の供養塔がある[d]一説に御腹を召した所がここ河越館だったらしい。

最後は河越館跡の脇を流れる荒川水系一級河川の入間川[e]往時、入間川沿いにはたくさんの城や砦があった上に、江戸時代は重要な交通網を担った。

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入間川

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江戸時代は水上交通の要だった

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also柏の城攻め (フォト集)
See Also武蔵寺尾城攻め (フォト集)
See Also河越館攻め (フォト集)
See Also常楽寺と大道寺政繁公墓所 (フォト集)

参照

参照
a 地元の人がお客の大部分を占める御食事屋。なので自分みたいなのは外国人かエイリアンと同じ扱い :-)
b 駅のホームで見たポスターの藤岡弘、に怒られそうなので。
c バラ科でトゲを持つので防犯上、玄関に植える家が多いらしい。
d 一説に御腹を召した所がここ河越館だったらしい。
e 往時、入間川沿いにはたくさんの城や砦があった上に、江戸時代は重要な交通網を担った。

そば処・寿庵 − Their Katsudon seems to be just a little bit difference.

先月は令和3(2021)年の立冬の候を過ぎた週末、すこし前に集め始めた「巡礼!戦国北条カード」なるコレクション・カードの最後の一枚を手に入れるため箱根町立郷土資料館へ行って来た。

さらに先日観てきた『開基500年記念 早雲寺−戦国大名北條氏の遺産と系譜−』に展示品を提供し、小田原北條氏五代の墓所(供養塔)が通年で公開されている早雲寺[a]てっきり年に一回(例えば文化の日とか)の公開だと勘違いしていた。年に一回は寺宝の方だった 😮  。にも足を運んできた。郷土資料館から徒歩で15分ほどだった。

それから再び小田原へ向かい、今から430年くらい前の関白秀吉による小田原城包囲戦で豊臣勢の陣地跡を巡る予定だったので小田原駅東口[b]利用するバスが伊豆箱根バスだったので。周辺でお昼を摂ることにした。

で、こののところ三たび(?)、七年前に初めて小田原城跡を攻めたあとにお昼で刺身定食を頂いた居酒屋へ行ってみたけど、未だ開店しておらず、さらに家族連れの行列ができていたので、今回もやむなく諦めることにして:$、バスの時間に間に合いそうな御食事処を探していて見つけたの蕎麦やうどん、さらには丼ものあるし、昼間からお酒も飲めるお店

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そば処・寿庵

このそば処は、東海道本線[c]当時は熱海線。の終着駅として小田原駅ができた大正9(1920)年の創業という老舗らしい。このあとの午後はけっこう歩く予定だったのでいちばんに御飯ものを選択。ただ老舗のお蕎麦も食べたかったので+300円して丼と冷たい蕎麦の合せにした ;)

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カツ丼と冷たい蕎麦の合せ(930円+300円)

メニューには「そば屋のカツ丼は一味違います。」って売り文句が書いてあったので注文してみた。まずカツと同じくらい大きなタマネギ。タマネギ好きとしては高得点。タマネギの甘みに塩っぱい醤油ダレがいい具合で合っていた 8)。とんかつはヒレ肉か何かで柔らかかったの比べ、逆に蕎麦はいたって普通。正直なところ老舗っていう程の特徴は見つからなかった。俺的には前の週に食べた店の方が美味かったと云う感想 :X

そば処・寿庵
小田原市栄町2-1-26


ここからはオマケ。

この日の箱根湯本は天気が良かった:

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箱根湯本駅と箱根町塔之澤(拡大版)

箱根の観光風景:

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早川と箱根の山並み(拡大版)

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国道R1沿いの土産ロード

箱根町郷土資料館へは、まず「あじさい橋」を渡る:

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あじさい橋

渡った先に案内板兼展示紹介が置かれていた。当時の特別展示は、やはり渋沢栄一関係:

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箱根町役場方面へ

こちらが郷土資料館。眼の前に町役場がある:

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箱根町立郷土資料館

観覧料(300円/当時)を払って特別展を観てきた。ここでは早雲寺を開山した以天宗清《いてん・そうせい》像のカードを入手[d]資料館窓口の前に束になって置かれていた。おもむろに三枚も取ってしまった 😀 。し、これで全七種のカードが揃うことになった:

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とうとう全て入手した「巡礼!戦国北条カード」

ここからだと箱根町役場の脇にある階段を使って早雲寺へ行くのが最短ルートらしい:

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早雲寺への近道

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箱根町役場

最短ではあったが坂を登ったり降ったりする必要がある :O

早雲寺へ向かう途中にあった早雲寺林。公園化されておりヒメハルゼミと云う貴重なセミが生息するらしい:

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早雲公園

こちらが早雲寺の惣門(山門)。東海道沿いから:

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早雲寺の惣門(山門)

東海道を挟んで眼の前に建っているのは箱根・花紋と云う温泉旅館。なぜか天守閣のような外観だった:

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箱根・花紋

惣門をくぐって進むと早雲寺の境内に至る。境内はまさに紅葉のまっただ中だった:

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早雲寺の境内(拡大版)

早雲寺は、はじめ秀吉の本陣が置かれた場所であるが、石垣山城が出来て移ったあとは焼き払われてしまった。今の早雲寺は江戸時代に復興されたもの。

ところ変わって、こちらは小田原市内の久野というところを流れている山王川。この川を境に、往時は豊臣勢と小田原北條勢が対峙した:

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山王川

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山王川

この下流に徳川家康らの陣場跡がある。位置関係としては、ちょうど左手に豊臣勢が布陣、右手が小田原勢が籠もる惣構って感じ。

ここから小田原城惣構に食い込むように布陣したのが蒲生氏郷らの軍勢で、氏郷は神山神社《こうやま・じんじゃ》附近の高台に本陣を置いたらしい:

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神山神社

特に氏郷らが本陣を置いた遺構は残っていないが、昭和2(1927)年に奉納された魚雷が展示されていた:

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45cm四四式二号魚雷

この由来によると、神社関係者が戦前に旧日本海軍から譲り受けたものらしい。明治44年制式45cm弐号魚雷とのこと:

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意外としっかりとした魚雷だった。ネジ穴は水中の抵抗を考慮したもの:

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ネジ穴は涙滴型

このあとは黒田官兵衛勢の陣場跡だった高台へ登ってきたが、その周辺は小田原ではおなじみの柑橘系の畑が多かった:

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大きなミカン

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ミカン畑

ホント、ミカンだらけ:

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ミカンだらけ

黒田官兵衛が本陣を置いたあたりから小田原城本丸方面の眺め:

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北條氏時代の小田原城本丸方面(拡大版)

蒲生や黒田らは小田原城惣構を北西側から見下ろすような高台に本陣を置いていたらしい。

この辺からの眺めは抜群だった 8)

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小田原市街地の眺望(拡大版)

こちらは小田原城跡とは反対側の眺め。奥に聳えるのは丹沢連山:

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丹沢方面の眺望(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also小田原城攻め / 北條氏墓所・墓碑 / 早雲寺と北條五代の墓所 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 北條氏墓所・墓碑 / 北條幻庵屋敷跡 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原城包囲戦 / 豊臣勢陣地跡(1) (フォト集)

参照

参照
a てっきり年に一回(例えば文化の日とか)の公開だと勘違いしていた。年に一回は寺宝の方だった 😮  。
b 利用するバスが伊豆箱根バスだったので。
c 当時は熱海線。
d 資料館窓口の前に束になって置かれていた。おもむろに三枚も取ってしまった 😀 。

お食事 富貴 − A Restaurant at HAKONE that was Attracting Tourists.

先月は令和3(2021)年の立冬の候[a]もうそんな季節。COVID-19 の蔓延と長い緊急事態宣言のため、この年はとても短く感じられたのは自分だけではないだろう :-(、このあいだ集め始めた「巡礼!戦国北条カード」なるコレクション・カードの次のカードを手に入れるため箱根神社にある宝物殿へ。

この日は午後に小田原仕置で惣構を包囲した徳川勢の陣地跡を巡ってくる予定にしていたので、電車とバスを使って箱根までやってきた[b]おもえば公共機関を使って箱根や芦ノ湖にきたのははじめてかも。。小田原へ到着したあとは箱根登山鉄道に乗って箱根湯本まで移動。ここは、よくドラマや新春のマラソンなんかの中継で見かける温泉街だけど、自身は初めてだったりする。

そして箱根湯本から箱根登山バスに乗り旧東海道のグネグネした道を登り下りして箱根神社入口についたのが朝の10時すこし前。あとは神社通りに沿って箱根神社へ向かい、一応は本殿で参拝してから宝物殿へ向かった。ここでの観覧料は550円(当時)。常設展示は意外と面白かった :D。それから取って返して小田原へ戻る予定だったが、朝早くの移動で昼前でもお腹が空いていたので、このあたり(箱根神社入口)で食事できるところさがしながらをうろうろしていたら、とある御食事処の前に立っていた店員に呼び込まれ、ついつい店内へ[c]他の店のほとんどは未だ開いていないか、緊急事態宣言明けでも閉めたままって感じだった。

店内は小さな食堂というか喫茶店のような規模。既に一組の家族がこちらも早めのお昼を摂っていた。店の人に呼び込まれたと云っても、いちおうは店頭にあったメニューを見てある程度は何を注文するか決めて入ったつもり[d]ただ、この店を含め通り沿いの店は全体的に値段は高め。

で注文したのは店おすすめのランチセット(1,300円)。わかさぎのフライが美味しそうだったので:

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ランチセット(1,300円)

揚げたてのフライはやっぱり美味しかった。アクリル板や消毒液など置かれていて感染対策はいちおうはパスしていた感じ。箱根湯本へ戻るバスの時刻が迫っていたので、足早に店をでることになったけど。

富貴
神奈川県足柄下郡箱根町元箱根13-1


ここからはオマケ。

まずは箱根湯本駅周辺の風景。こちらは小田急ロマンスカーの終点でもある箱根湯本駅:

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箱根湯本駅

箱根登山鉄道線(小田原〜箱根湯本)の小田急1000形:

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小田急1000形

同じく箱根登山鉄道線(箱根湯本〜強羅)の1000形のベルニナ号:

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箱根登山鉄道1000形ベルニナ号

こちらは箱根湯本駅前の箱根登山バス乗り場から眺めた早川とあじさい橋、そして有名な湯本富士屋ホテルの眺め:

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早川とあじさい橋と湯本富士屋ホテル(拡大版)

元箱根港行きの箱根登山バスに乗り換え、細くてグネグネして急カーブが多い旧東海道を通って箱根神社入口についたのは50分くらい過ぎ。

神社通りに沿って箱根神社へ向かう。途中、公衆トイレ[e]この日は晴天と云う予報が大ハズレでとても寒かったので歩いていると突然腹が差し込んできた。ちょうど眼の前に清掃中のトイレがあり、清掃人の方に事情を話して無事に用をたすことができた :-) 。おまけに便座にヒータが入っていて良かった。感謝。 に寄ってから向かった:

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箱根神社の第二鳥居

こちらが境内図:

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箱根神社境内図(拡大版)

第三鳥居を通って境内へ:

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第三鳥居と「國幣小社箱根神社」の碑

石段を登って本殿へ:

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第四鳥居から石段へ

第五鳥居をくぐった眼の前が御本殿:

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第五鳥居の先が御本殿

こちらが権現造り[f]拝殿から下がって幣殿を置き御本殿をつないで一体にした江戸時代に主流となった造り。の御本殿:

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御本殿

そして「真の目的地(?)」である宝物殿:

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宝物殿

入口にあたりで観覧料(550円/当時)を払って2Fと3Fにある展示を観てきた。先日神奈川県立博物館で観てきた『開基500年記念 早雲寺−戦国大名北條氏の遺産と系譜−』に出展中の宝物もあった。

ここでは北條氏綱像と北條氏政像の二枚のカードを入手してきた[g]観覧料を払う時に「北條家のカードが欲しい」と云えばくれる。。残りは一枚:

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今日まで入手した「巡礼!戦国北条カード」

と云うことで箱根神社での目的を達成したので、午後の城攻めのために観光スポットである平和の鳥居はスルーして戻ることにした:

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遠望した平和の鳥居

こちらは神社通りを歩いている時に見かけたものなど。まずは有名なスワンボート。朝きた時はそれほどではなかったが、お昼近くになるとスワンボートに乗っている客をちらほら見かけた:

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スワンボート

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停泊中のスワンボート

こちらも有名な芦ノ湖の海賊船:

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海賊船

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航行中の海賊船

最後は箱根駒ケ岳(標高1,356m)の眺め:

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箱根駒ヶ岳

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ロープーウェー

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also2021年11月 箱根神社と芦ノ湖 (フォト集)

参照

参照
a もうそんな季節。COVID-19 の蔓延と長い緊急事態宣言のため、この年はとても短く感じられたのは自分だけではないだろう :-(
b おもえば公共機関を使って箱根や芦ノ湖にきたのははじめてかも。
c 他の店のほとんどは未だ開いていないか、緊急事態宣言明けでも閉めたままって感じだった。
d ただ、この店を含め通り沿いの店は全体的に値段は高め。
e この日は晴天と云う予報が大ハズレでとても寒かったので歩いていると突然腹が差し込んできた。ちょうど眼の前に清掃中のトイレがあり、清掃人の方に事情を話して無事に用をたすことができた :-) 。おまけに便座にヒータが入っていて良かった。感謝。
f 拝殿から下がって幣殿を置き御本殿をつないで一体にした江戸時代に主流となった造り。
g 観覧料を払う時に「北條家のカードが欲しい」と云えばくれる。