手打ちそば処 藤美 − Handmade SOBA of Fujimi.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の秋に千葉県は房総半島の真ん中辺りにある城址公園を攻めてきた。近場ではあったけどマイカーは車検に出していたので、電車かバスでの移動と考えていろいろ調べていたら、浜松町から東京湾アクアライン経由で移動できるバスが出ているのを見つけて、こちらを利用することにした。東京湾をぐるりと周ることなく最短で、おまけに城跡の真下にあるバス停まで2時間かからないとのこと。

ということで、この日は朝7時半ちょっと過ぎに浜松町バスターミナルに到着。それから切符を購入して、朝8時発の京成バス運行・アクシー号安房鴨川駅行きに乗車。日曜日だったけど、始発の浜松町で半分くらいは席が埋まる感じの結構な乗車率だった。そして八重洲口を経由して東京湾アクアラインを通り、一時間ほどで木更津のバスターミナル、そして目的地の久留里城三の丸跡なるバス停に着いたのが朝10時前。所要時間は約1時間45分だった。

それからたっぷり3時間くらいかけて標高145mの山城を攻めてきた。お昼に入ると人が多く目についたが、どうやら久留里城まつりの開催日だったらしい。城址公園の駐車場ではいろいろな催しやフリーマケットが開かれ、寒空の中、結構な家族連れで賑わっていた :)

帰りはJR久留里駅前近くにあるバス停からバスに乗ろうと考えていたこともあり、この後は城址公園を出て国道R410沿いをぶらぶら歩きながら駅方面へ移動した。そして駅前に着いてみると、こちらはこちらで沢山の露店が立ち並んで大賑わい。そんな混雑を抜けて、駅近くにある里見家菩提寺の正源寺を訪問。
これでこの日の予定は完了で、あとはバスに乗って帰るだけだけど、なんだか中途半端に1時間半くらい時間が余ってしまった。オマケに、お昼は山頂にある本丸跡でオニギリを食べたのに、大分歩きまわったおかげで「小腹以上中腹未満」な感覚でお腹が空いてしまった :D

ということで一段と賑いを増していた露店へ戻って何かつまもうかと思っていたところ、正源寺の目の前で蕎麦屋の看板を発見。歩いて直ぐ近くのようだったので行ってみることに:

うどん・そば処の藤美

この入口からは中が覗けなかったので、おもむろに扉を開けて店内へ。ざっと見たところ4つほどあるテーブルは完全に埋まり、その向こうにある厨房前のカウンターは半分くらいが物置き場になっていたが、そのカウンターの端っこに通された。昼過ぎではあったけど家族連れが多かったので混んでいた。

バスの時間もあるので、早速ランチサービス(900円)を注文した。天ざるにオニギリと味噌汁付き:

ランチサービス(900円)は天ざる

オニギリと味噌汁付き

軽くすませようと思ったらオニギリでお腹が一杯になってしまった;)

ということでお腹も時間も一杯になって午後15時過ぎのアクシー号で浜松町バスターミナル経由で帰宅した。帰りはほぼ満席状態だったっけ。

手打ちそば処 藤美
千葉県君津市久留里市場138


ここからはオマケ。

こちらは久留里街道沿いの久留里商店街入口に建っていた、久留里城の模擬天守をモチーフとしたアーチ:

久留里商店街入口に建つアーチ

その昔、城下町として栄えた久留里は生活に密着した水として井戸が沢山あった:

久留里の自噴井戸

こちらは久留里の名水である高澤の水。

久留里の自噴井戸

さらに老舗の酒屋と、その店先にあった井戸:

藤平酒造

久留里の自噴井戸

これらの井戸は全て、その昔は上総堀りで地下水を汲み上げていたらしい(現在は電動)。

次は秋の味覚でもある果物たち:

くだもの

くだもの

くだもの

こちらが久留里城本丸跡に建てられた展望台の模擬天守:

二層三階の模擬天守型展望台

この展望台からの西側の眺望:

模擬天守からの西側の眺望

最後は二ノ丸跡で見かけたカマキリ:

ガン見してきたカマキリ

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also久留里城攻め (フォト集)

スパゲッ亭チャオ本店 − Looks like a spaghetti but not.

今年は平成30(2018)年の初夏、連休を利用して愛知県にある城攻め旅行へ。今回は、街中に残る平城(ひらじろ)規模の城址公園を巡っただけなのに、連日の酷暑で歩くだけで体力を消耗することになってしまったが :$

そんな最終日は宿泊先の名古屋から名鉄名古屋本線特急で豊橋へ移動し、駅東側にある駅前なる電停から豊橋鉄道(路面電車)に乗って市役所前で降りて、吉田城跡である豊橋公園へ向かった。それほど期待していなかったのだが、模擬復元された鉄櫓(くろがねやぐら)は勿論のこと、本丸石垣や本丸堀はなかなかのものだった。そういうことで午後の城跡へ向かうまでの2時間をたっぷり攻めることが出来て、とても満足だった 8)

それから再び豊鉄で駅前まで戻り、最後の城跡へ向かう前にお昼を摂ることに。朝食を多めに摂っていたおかげで、それほど腹は空いていなかったが、ここで予定していたお店は自身初となる「あんかけスパゲッティ」で、そこは豊橋市内で有名どころ。ということで電停から直ぐのスパゲッ亭チャオ本店へ:

スパゲッ亭チャオ本店

かなりお昼どきの時刻だったので、ちょっと心配しながら店の前まで来てみたが、特に人は並んでいなかったのでイケるかなぁ!?とドアを開けてみたら店の中で行列していた。この暑さだし、普通に考えれば当たり前か :O。しかし愛知の人は行列好きだ。ついでにあんかけスパがソウルフードであることも理解できた:D

で見渡した感じ、ちょっと時間がかかりそうな雰囲気だったので、今回は諦めることにし、昼を取らずに次の城攻めへ向かうことにした。早く終われば帰りの新幹線は混まずに済むかなと思って。今回の最後の城は愛知県田原にある田原城跡。豊鉄渥美線の新豊橋駅から40分ほどの所にある三河田原駅へ。

特に見所が多い城跡ではなかったので、予想していたよりも時間がかからず豊橋へ戻ることができたので、そのまま帰宅するつもりだったが、やっぱり「あんかけスパゲッティ」が気になったので最後にもう一度、店へ行ってみたらガラガラだった:

2Fにお店があるスパゲッ亭チャオ本店

店内はレトロちっくな喫茶店だった。ちょっとガタつく椅子に座って、よくあるビニルカバーがついた分厚くて重いメニューをめくりながら何を注文しようか考えたが、どれもこれも鉄板焼きの上にスパゲッティがのった同じ写真ばかりで、今ひとつウリがわからない[a]それこそ普通のナポリタンでも注文しようかと本気で思ったが。。結局「人気No.1」のアイコンがついた「チキンカツ・ウィンナー」のMサイズを選択、さらに鉄板オプション(+54円)に、ドリンクとサラダ(+250円)を付けた。

最初にヌルいウーロン茶とサラダが出てきて、それから5分くらいで熱々の鉄板の上にのった「あんかけスパゲッティ」が登場した:

鉄板(54円)に載ったチキンカツ・ウィンナー(831円)とサラダ・ドリンク(250円)

見た目は間違いなく俺が知っているスパゲッティではない :|。でも上に載っているチキンカツとウィンナーは美味しそう:

鉄板の上に餡とトッピングが載ったスパゲッティ

あんかけの餡の味が気になるので早速、熱々の状態で頂いた:

どう見てもイタメシではない

餡は少し辛味があったトマト風味だった。そんな餡の香りが食欲をソソる。鉄板の上には卵がひかれていた。これは鉄板で食べたのは正解かも知れない。餡がとけるとスープスパ風になってしまうし :$

これはイタメシのスパゲッティではなく、「あんかけスパゲッティ」という別ものの料理としてみれば特に不味くはない。しかしリピートしたいほど美味しいわけではなかった。しょせんはトッピング次第である。

ということだが、一応は完食:

鉄板オプション(+54円)

スパゲッ亭チャオ本店
愛知県豊橋市広小路1-45 OGIYA 2F


ここからはオマケ。

これは豊橋公園の出入口2。廃城後の吉田城跡は帝国陸軍に接収されたため、現在でも往時の施設跡が残っていた:

いかにも帝国陸軍風な豊橋公園出入口2

こちらが豊橋公園内に復元された吉田城の鉄櫓。ここ本丸には、往時は四隅にそれぞれ櫓が建っていた:

本丸跡と鉄櫓(拡大版)

これが、その本丸跡の復元予想模型。手前左手に見えるのが現代に復元された鉄櫓:

吉田城(本丸)復元模型(拡大版)

その一方で、ここ豊橋は大戦中はいわゆる軍都だった。そのため軍の施設の他に、軍需工場なども多数あったそうで、大戦末期にはB29からの空襲で市街地の半分以上が焼失したという。これは豊橋市役所脇の国道R1沿いに移設された歩兵第18連隊の西門跡:

歩兵第18連隊西門跡

そして吉田大橋より、吉田城の北を流れる豊川越しに眺めた鉄櫓:

豊川と吉田城址(拡大版)

あと豊橋公園の隣にある市役所別館13Fには展望ロビーがある。こちらは豊橋公園から浜名湖方面の眺望。:

展望ロビーから東方面の眺望(拡大版)

そして遠州灘方面のパノラマ眺望:

東方面のパノラマ眺望

こちらは吉田城跡で見かけた動物たち

小鳥

川ガニ

かなへび

さらにJR豊橋駅構内で出会った超小型のTレックス:

駅構内に展示されていたティラノサウルス

この城攻め最終日に利用した電車たち:

名鉄特急(名古屋から豊橋)

豊橋電鉄(駅前から市役所前)

豊鉄渥美線(豊橋から三河田原)

こちらは田原の大手公園に建っていた「報民倉(ほうみんそう)」の現代版。この倉は、江戸時代に田原藩が救民のために建設した備蓄倉庫のことで、天保7(1836)年の天保の大飢饉で活用され、一人の餓死者を出すこと無く乗り切ったことから、幕府から全国唯一表彰された藩であるのだとか。現代版も天災に備えるために資機材が保管されているのだとか:

田原市報民倉

最後は、大手公園から見上げた蔵王山展望台。その隣にある巨大な風力発電塔がポイントらしい:

蔵王山展望台(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also吉田城攻め (フォト集)
See Also田原城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. それこそ普通のナポリタンでも注文しようかと本気で思ったが。

東京らーめん・いな世 − Why Tokyo-Ramen at NAGOYA, don’t you?

今年は平成30(2018)年の初夏、連休を利用して愛知県にある城攻め旅行へ。この時の日本列島はいたるところで酷暑だった。そんな季節に山ではなく都市部を選択したのだけれど、こちらはこちらで強烈な日射や地面からの照り返しやらで相当エネルギーを消耗した旅行だった :$

そんな初日の午後は西尾市にある城址公園を巡ってきた。名鉄西尾線の西尾駅を下車したのが午後2時。そこから徒歩で西尾市歴史公園へ。途中、尚古荘(しょうこそう)なんていう京風庭園に立ち寄ってきたが、何やら不似合いな格好をした人達(特に思い思いの格好をした女性たち。)が屯していた[a]たぶん、暑いので庭園内にある古民家や東屋辺りに。 :|。どうやら、この日は「六万石城下町・西尾祇園祭」なる祭りの最終日だったようだ。そういうことで、西尾城跡の公園内が祭りの会場になっていこともあって大勢の人達が準備していたが、その邪魔にならないように足早に巡ってきた。とにかく暑かったし。そして駅へ戻ってみるとと、こちらも大勢の子どもたちでごった返していたっけ。暑いけど、子供は元気だ。で、西尾から新安城経由で宿のある名古屋に着いたのが午後4時半。予定より小一時間ほど早かったが、暑いし、汗かいたし、エネルギー補給したいので、そのままチェックインした。しかし名古屋駅太閤口周辺は人が多かったが、何かイベントでもあったのだろうか :O

部屋に入ってテレビを付けて、大相撲名古屋場所のこの日の大一番を観ながらしばらく休憩し、それから夕飯にと予定していた駅地下にある備長ひつまぶしへ向かったが、歩いていると名古屋に着いた時以上に大勢の人が目についた。おいおい、なんか嫌な予感がするなぁと地下街の案内図を見ながらお店に向かってみると、案の定の行列 :O。オマケに名前呼びしないシステムだったので、ひたすら待ち続ける必要がある現実に、さっさと来れば良かったと後悔したが、既に遅し ;(。仕方がないので鰻を諦めて他に名古屋名メシを求めて歩きまわってみたが、どこもかしこも行列。一旦、地上に出て宿前の繁華街を歩いてみたけど、こちらも行列。ホント、名古屋は行列が多い :D。なんて笑っている場合でもなくなってきたので、名古屋駅の駅ビルへ戻って「名古屋うまいもん通り」なるレストラン街を行ったきり来たりし、そこそこ行列が短かったラーメン屋、いな世へ。あんまり良く見なかったので店名や何系か覚えていなかったが、後で調べてみると、この辺りは全国のラーメン店が軒を並べる通りだったようだ:

名古屋駅の太閤通口

で、行列待ちしながらメニュー見ていたが大してソソるような品が無かったので、物珍しいところで期間限定の「汁なし・まぜそば」なるものを注文。席にとおされ出てくるまでの間、梅酒ロックを食前酒にして待つことにした。そして出てきたのがこちら:

汁なし・まぜそば(920円)

う〜m、メニューを見た時は分厚いチャーシュが目を引いたが、実物の方は特に目を引くほどの具材は載っていなかった :O。混ぜ混ぜして、さっさと食べて店を出てきた。値段の割に、特に感想が出てこないという悲惨な結末だった :X。このブログを書きながら調べてみたが、このお店は東京ラーメン系だったことを知って、さらに落胆した。名古屋で東京ラーメンか….。もっと旨い店あるぜ、東京には。

東京らーめん・いな世
愛知県名古屋市中村区名駅1-1-4 JR名古屋駅 名古屋うまいもん通り


ここからはオマケ。

こちらが西尾祇園祭のちらし:

尚古荘にて

尚古荘の庭園など。暑かったので、ほとんど人を見かけることは無かったが:

暑かったので

客がまばらな

尚古荘

これは西尾市歴史公園(西尾城跡)の入口(二之丸虎口)に再建された鍮石門(ちゅうじゃくもん):

江戸城の中雀門から名前をとった

こちらは本物の庭園と京から移築した茶室。有料(400円/当時)だが抹茶を頂けるサービスあり:

公園内にあった旧近衛邸(拡大版)

実は、この庭園は城跡の遺構を埋没保存したカモフラージュだけど、炎天下のお祭り会場で、そんなことに興味持つ者は俺ぐらいだろうな :D

こちらは公園内にある由緒高い神社・御劔神社(みつるぎ・じんじゃ)の狛犬。平成の時代に解体修理が行われ、なんと創建当時の姿として復元された貴重なもの:

狛犬(吽)

狛犬(阿)

こちらも平成の世に再建された本丸の隅櫓:

木造で復元された丑寅櫓(拡大版)

ここ西尾市は天守再建も計画しているということで、意外と真剣な熱意を持つ街であることを現地で知った;)。素晴らしい。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also西尾城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. たぶん、暑いので庭園内にある古民家や東屋辺りに。

お食事処・喜せん − A TENDON of a Beer Joint at OKAZAKI.

今年は平成30(2018)年の初夏、連休を利用して愛知県にある城攻め旅行へ。梅雨明けが例年よりかなり早かったため、7月中旬の日本列島はいたるところで酷暑だったわけだけだが、特に中部地方は全国でも気温が高い土地だったので、今回の城攻めはかなり辛かった ;(。おまけに温室効果になる山城を避けて、何時でも水を補給しやすい環境[a]早い話、自動販売機が近くありそうなところ。にある都市部の平城を選択したのだけれど、こちらはこちらで上(太陽)と下(アスファルト)の両方から熱せられる状態で、歩いているだけでヘトヘトになってしまった :$

初日は愛知県岡崎市と西尾市。まずは新幹線で名古屋に着いたのが朝9時すぎ。そこから名鉄で東岡崎まで移動。駅から徒歩15分ほどのところにある岡崎公園へ。そこから午前中一杯を、徳川家康生誕の岡崎城攻め。十分な余裕をもって組んだ予定を30分ほど越えてしまったのは休憩の回数が多かったから。そして午後の城攻めに向けてエネルギー補給のため、名鉄の岡崎公園駅へ向かう途中にあるお食事処・喜せんへ:

お食事処・喜せん

この店は事前に調べておいたので、特に迷うこと無く、岡崎公園のはずれから数分で到着。商い中であることにホッとして早速、店内へ。入ってみてとクーラが効いることに再びホッとした =)

いかにもローカルな定食屋さん風

お昼時だったけど、やっぱりこんな天気には人は出歩いていなかったようで、特に混雑しておらず好きな所へどうぞ、ということで目の前にあったテーブル席へ。まわりを見ると定食屋兼居酒屋風の佇まいだった。

冷たいおしぼりを頂いて、メニューを見てみるとデフォルトは少し高めの値段だったが、こちらも事前に調べておいた本日のランチから選択することにした。この日のランチは刺し身定食と天丼定食(共に700円)。ここでは迷わずに天丼を選択し、ライス大盛り(50円)オプションも付けることにした。この天気だと午後はさらに気温が上がりそうだったので。しかし、天丼を食べたのは何時以来だったか。

そして10分ほどで出来たのがこちら。天丼以外にも小鉢と香の物がついた定食スタイル:

天丼定食(700円+ライス大盛り50円)

天丼からの香りが猛烈に食欲を掻き立ててくれた。ふと、横にあるレンゲは何に使うのか分からなかったが、まずは天丼を頂く。

野菜がメインの天丼、茄子、オクラ、海苔、じゃこ天(?)、サヤエンドウ、そしてエビと云う構成だったのだけど、一番の特徴は御飯に天つゆが多めにかかっていること[b]いわゆる、汁だく。

見た目も美味しい、野菜メインの天丼

なるほど。レンゲは汁だくの御飯をすくうためのものか =)。こういう天丼も良いもんだ。大盛りにしたけど、軽くペロリと食べ尽くすことができてしまった。小鉢の切り干し大根も味が染みていて塩分を欲していた体にすぐ吸収されていたし、青菜とイカの味噌和えも美味しかった。味噌汁も。総合的に定食として、素晴らしいバランスだった。

お食事処・喜せん
愛知県岡崎市板屋町168-1


ここからはオマケ。

名鉄の東岡崎駅から歩いて乙川(おとがわ)に架かった殿橋を渡って岡崎公園へ向かった:

殿橋

橋の上からみた乙川。8月には恒例の花火大会が開催されるとのことで、河川敷には常設の観覧席があった。正面の森が岡崎城跡こと岡崎公園:

乙川(拡大版)

こちらが岡崎公園の正面出入口に建つ大手門(復元):

本当はこの場所には無かった大手門

こちらは公園内にあったオブジェたち:

天守閣が建つ電話BOX

直接は城と関係無い本多忠勝公

家康公の人形が出るからくり時計

壮年期の家康公

幼少期の家康公(竹千代君)

幼少期と壮年期の像

こちらが復元された天守閣。いろいろな物が邪魔で全景が撮れないのが難点:

天守閣(拡大版)

最後は竹千代通りをとおって、お昼を食べに公園をあとにした:

どちらが竹千代君か不明

そして岡崎公園から喜せんへ向かう途中、アスファルトからの照り返しの他に上から妙な視線を感じたので見上げてみると雀だった:

愛知県の雀にガン見されていた

午後は同県の西尾市へ向かうために岡崎公園駅から名鉄に乗ることにしたが、そこでオカザえもんに遭遇した:

オカザえもん

 

ここ岡崎公園前駅から再び名鉄名古屋本線に乗り、新安城で名鉄西尾線に乗り換えて西尾へ移動した:

「目の前」ではないけど岡崎公園前

待っている間、ホームで目撃した名鉄の車両たち:

2200系

6500系

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also三河岡崎城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 早い話、自動販売機が近くありそうなところ。
b. いわゆる、汁だく。

うなぎ八百徳 − Unagi YAOTOKU.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の秋に一泊二日で静岡県の城攻めへ。初日は大雨の中、ちょっと忙しくて、まずは同じ年の夏に静岡市内にある山城を攻めた際、訪問し忘れていたとある戦国武将の菩提寺に立ち寄ってから、藤枝市にある駿州田中城跡、そして最後は榛原郡(はいばらぐん)吉田町へ移動して遠州小山城跡へ。それぞれ、それなりに見所があって良かったのだが、けっこう徒歩の時間が長くて大雨には難儀した :$

ということで藤枝駅から宿泊先がある浜松までJR東海道本線で一時間ほどかけて移動して、到着したのが午後7時前。夕食時間には丁度よかったので、駅南側にある浜松餃子として有名な「むつぎく」へ直行てみたら予想以上の行列だった :O。そのまま店の前を通ってみたけど、どうやら1時間以上は待たないと入れなさそうな雰囲気だったので諦めて駅北側にある宿泊先にチェックインした。で宿泊先オススメの食べ処・飲み処のチラシを眺めながら、最初は餃子に拘ってみたけど周辺には「むつぎく」みたいな地元店ではなくチェーン店ばかりだったので鰻料理に変更。ちょうど徒歩で行けるお店が駅前の広小路沿いにあったので行って来た:

うなぎ八百徳

創業は明治時代のうなぎ八百徳。連休中日(日曜日)の夜7半過ぎ、お座敷は一杯だったけど小さいテーブル席が空いていたので通してもらった。

まずは生ビール。雨の中を歩きまわったので身体をリラックスさせた。あと夕食時間なので口取りが二品つく:

生ビール(600円)と口取り(300円)

この日の口取りはワカサギの南蛮漬けと鱈子の煮物。ビールに合うツマミで美味しくいただけた:

冷たいグラスビールとオリジナル・コースター

そしてメインが出てくる前に気になって注文してしまったのがきも焼き:

きも焼き(620円)

うなぎの肝を10匹分串に刺し、タレ焼きしたもので、案の定、匂いがたまらなかった :D

少し焼き過ぎが良い肝

そしてビールとツマミでちょっとお腹が膨らんできたかなぁと行った頃に、メインの上うな重が登場。海の幸(もずく酢)と香の物、そして肝吸いが付いていた:

上うな重(3,100円)

お重の蓋をめくって、鰻が焼きあがった照り具合を見ると、どんなにお腹が一杯でもソソる感じが一気に放出される感じがする :D。鰻は年々減少し、仕入れ値も当然ながら年々高騰する、この時代に贅沢過ぎる料理ではある。三度のタレ付け焼きで味は濃厚、鰻の表面はカリッと中はふっくら。

しかし、そんな幸せを噛み締めつつ頂くことにした:

この照り感がたまらないうな重

この時期でも十分に脂が載っていて、それでいてシツコクないのは浜松鰻の特徴だろうか:

目で楽しんで、鼻で楽しんで、舌で楽しむ贅沢な料理

鰻と米の間に、肉汁と脂と焦げがタレによって三位一体となって口の中に入ってくる。城攻めした体を癒やしてくれ、さらに明日の城攻めのエネルギーを補給することができて良かった )"

ホント、行列に並んでまでして餃子を食べなくて良かった〜 :X。これはこれで正解だった。

ということで大雨で始まった今回の城攻めは最後は美味しい鰻で大満足して、なんとか明日も頑張ろう的な気分に復帰することができた。そんなお店は、実は現在でも浜松へ来たらちょくちょく利用している。というのも、ここのウリは「お櫃うなぎ茶漬け」であることを店を出るときに知った。これは贅沢品と分かっても堪能しないといけないなぁ感が強くなって、これ以降は二度三度と茶漬けを満喫している次第。

もう個人的に浜松餃子は選択肢には無い:D[a]宇都宮餃子にも痛い目見ている。とことん餃子とは縁が無い。と思ったが福島餃子は美味かった。

うなぎ八百徳 本店
静岡県浜松市中区板屋町655


ここからはオマケ。初日は天気が悪かったので写真も曇り空ばかりだけど。

まずは丸子路(まりこじ)の案内板。東海道五十三次の20番目の宿場であった丸子(鞠子)周辺にはいろいろと散策できる旧跡が残っていた。静岡駅前からバスで30分くらい:

「丸子路・歴史とロマン」の案内板(拡大版)

こちらが、この城攻めに合わせて訪問してきた誓願寺。ここには江戸初期、大坂冬の陣のキッカケにされた方広寺大仏鐘銘事件の弁明のため、ここ誓願寺に滞在した豊臣方の片桐且元夫妻の墓所がある:

大鑪山・誓願寺の山門

こちらは藤枝市にある田中城下屋敷に復元されていた庭園(泉水)。田中城の城主の御殿にあったとされるものをイメージしているらしい:

下屋敷内に復元された庭園(拡大版)

こちらは宅地化の波に完全に埋もれていた田中城の遺構の一つで三日月堀跡。しかしながら、こうなってしまっては、どこがどう三日月なのかさえ分からない有り様だった:

田中城三日月堀(馬出曲輪)跡

ちなみに、ここ田中城は徳川家康のお気に入りの城であった他に、大坂夏の陣に勝利して駿府へ戻る途中に訪れた際に鯛の天ぷらを食べて腹痛を起こし、その後に没したと云うエピソードでも有名である。

こちらは小山城跡(能満寺山公園)の能満寺にある国指定天然記念物のソテツ:

能満寺境内にあるソテツ

日本三大ソテツ[b]他の二つは、同じ静岡県の龍華寺、そして大阪府にある妙国寺。の一つと云われる代表的な巨樹。高さ約6m、根本の周囲約5m、五本の大枝に分かれ最も太い枝は周囲約2mにのぼり、東西約8m、南北約11mで、約50㎡の面積に広がっている雄株なのだとか:

天然記念物・能満寺のソテツ(拡大版)

能満寺の言い伝えによると、平安時代の陰陽学者・安倍晴明が中国から持ち帰って植えたものと云われ、徳川家康の所望により一時、駿府城に移植されたが、能満寺へ帰りたいと夜な夜な泣いたので哀れに思った家康が再び、ここ能満寺に戻したと云う:

天然記念物・能満寺のソテツ(拡大版)

能満寺脇にある城へ向かう石段(通称は男坂):

小山城へ向かう登城道

この上には虚空蔵堂と云うお堂があり、大日如来像が安置されている:

大日如来の祠

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also片桐且元公墓所と誓願寺 (フォト集)
See Also駿河田中城攻め (フォト集)
See Also遠江小山城攻めと能満寺 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 宇都宮餃子にも痛い目見ている。とことん餃子とは縁が無い。と思ったが福島餃子は美味かった。
b. 他の二つは、同じ静岡県の龍華寺、そして大阪府にある妙国寺。