蓮爾 新町一丁目店 − An Unbelivable Jiro Type Ramen at SETAGAYA, Tokyo.

ついに先週末に食べてきた :O

「二郎系」はそれほど得意な方ではないが食べない方でもない。個人的に見た目のインパクトよりも味のインパクトの方を重視しているからだけど、それは食べることができればって話。ここ「蓮爾」にはそんな妄想は通用しないのかもしれない :|

この店の存在は一年以上前に職場の同僚からの情報で知り、忘れた頃に話題にのぼると検索して出てきた画像を眺め、見た目のインパクトがすごいのは当然ながら、麺の味を含め総合的に高評価が多いことにも驚かされていた。巷のラーメンDBでは平均94ポイント以上(執筆現在)で世田谷区内ではダントツである :O。またコメントを見る限り「中毒な人」が多いこと多いこと。「愛情」さえ感じてしまうほど。

実際のところ、ここまで高評価ならば行列必至だろうって感覚が先行してしまい、思い出しては実際に足を運ぶ機会を逸していたが、令和元年のお盆明けの先週末は、長く続いた酷暑の合間をついて雨と云う天候であったこともあり、もしかしたら行列を避けることができるかもって楽観的な思いが沸き立ち、最近の仕事の不満を「勢い」に変えてひとまず行ってみることにした[a]これ以上、話題になる度に行くか行かないか悩むのも嫌になってきたし。

今の仕事場からお店までは徒歩30分弱ってところ。R246沿いで東急田園都市線の駒沢大学駅と桜新町駅の間くらいか。駒大まで電車でも良かったが、徒歩で移動することでお腹を空かせると云う効果も期待していたわけだけど、まず店前にきて最初の驚き :O

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R246沿いの蓮爾

店の看板や暖簾といったものは一切なし。ただガラス張りの奥に湯気がうっすらと見え、それを囲むかのように客が皆同じ方向を向いて座っているのが見えるだけである。

18:50位に店に入ってみると10個ある席は満席。クーラーと扇風機が動いているので暑い感じはしない。ちょっと高めのカウンター越しに見える厨房には二人の店員が調理していた。店内には不要なBGMは無く、客もまた誰も会話していない :O。店内は正直なところ汚いが、だからって気にはならない不思議さがあった。「無言」の空気がそうさせているのかもしれないが。

待ちは自分らを含めて3人だった。これはラッキーだったかも。入って右手奥にある食券機にはラーメンミニ(麺量200g)650円、ラーメン小(麺量370g)700円、ラーメン大(麺量は自己申告)800円だけ。食券を購入して席が空くのをしばし待つ。その間にも客が数人入ってきた。10分もたたないうちにカウンター奥の客が食べ終えて店を出て行ったので自分を含む三人が新たに席につく。

食券をカウンターの上において細かい注文[b]麺やわらかめとか。を告げて完了。そこからさらに待つ。その間にどこぞの写真で見かけた「姿」をしたラーメンが出されていく。カウンターからは厨房が丸見えで、食べている人を除いて皆、厨房を注視している光景もまた不思議だった。

茹で時間が長く10分くらい待ったあと野菜増しや肉増しなんかを聞かれた。自分は「にんにく少なめ」と注文したが見ているとドカっと入れていたなぁ :O

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ラーメン小(700円)

まず平麺が太い。野菜は茹でもやし、豚肉は二枚、そして少なめ(?)のニンニク。スープは醤油豚骨らしいが隠れていてよく見えない。

で、麺を口に入れる。硬い。とにかく硬い。茹でが浅いような気もするが、ホント「ポキポキ麺」だ :D。でも不味くはない。小麦の味をストレートで味わえる。こんな自家製麺は初めて。

とにかくずっと噛んでいる。噛んで食べて噛んで食べてして、やっとスープが見えてきた。醤油豚骨というよりは醤油ニンニクである:

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姿を表したスープ

豚肉は旨い。脂が旨かった。ただ、ここにきて口も胃袋もトーンダウン。噛み疲れ :D。加えてパンチの効いたニンニクにヤラれた。後半はマンネリな味に嫌気がさした[c]カウンターには一応は七味が置いてある。がなんとか完食。カウンターの上にドンブリを置いたら、しっかりと店員に残り具合を確認されたっけ :D

なるべく水は飲まないようにしたが、食べ終わったらニンニクのせいか、かなり喉が渇いたので軽く一杯飲み干す。いや〜、麺が多すぎた。次回はミニでいこう[d]次回があるかどうかは不明。。帰りにブレスケアなるものを人生で初めて購入した。

蓮爾(はすみ) 新町一丁目店
東京都世田谷区駒沢4丁目4-29-13

参照   [ + ]

a. これ以上、話題になる度に行くか行かないか悩むのも嫌になってきたし。
b. 麺やわらかめとか。
c. カウンターには一応は七味が置いてある。
d. 次回があるかどうかは不明。

世界の山ちゃん アスティ三河安城店 − A Nagoya Famous Local Food “Tebasaki”.

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは『桶狭間古戦場』を巡るため三泊四日の日程で愛知県へ。前半とは天候がうって変わり、三日目の名古屋地方は四国に上陸しそうな台風10号の影響で突発的な雨と強い日差しの変化について行けず、かなり難儀した一日だった。

とは言え、予定していた城攻め5ヶ所のうち1ヶ所を除いて無事に巡ることができて良かった 8)。最後の刈谷城址は公園へ向かう途中で激しい大雨に遭遇して身動きできなくなり、雨が弱まった隙をついて城攻めを諦めてやむなく宿泊先の三河安城駅へ戻ったと云う次第である。まぁ駅に着いたら雨が上がっていたので少し残念な気持ちにはなったが。

ただ新幹線の改札前に大勢の人が集まっていたので、帰宅を翌日に控えていた自分としては気になったので見てみるとJR東海による「台風10号接近に伴う東海道新幹線の運転計画」なるものが貼られていた:

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「東海道新幹線は本数を減らして運行する」とのこと(拡大版)

台風10号は四国に上陸したあとは中国地方を縦断して日本海へ抜けるとの予報になったため、翌日の山陽新幹線と山陽本線の在来線は運転見合わせ、それにより新大阪と東京間は本数を減らした運行になるとのことだった :O。ということで三河安城駅から九州や広島方面へ向かう人たちが予定を繰り上げて帰るかどうか悩んでいるようだった。

東京方面の運転見合わせは無いので、個人的にはそれほど大きな影響は受けないだろうと考えていた。むしろ東京方面へ向かう人たちも繰り上げて今日帰ってくれれば「明日」は空いているじゃないかと楽観していたくらい :D

しかしながら早々に引き上げて時間が余ってしまった「今日」の方が残念。と云うことですぐに宿泊先には戻らずに、駅ビルに入っていたチェイン店の手羽先屋で早めの夕食として飲み食いすることにした。どのみち「明日」は帰るだけなので:

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世界の山ちゃん アスティ三河安城店

このお店は昼間から開いているようで、入店するやすぐにカウンター席へ通してもらえた。ということで10年ぶりに『幻の手羽先』を食することに :O

まずは中ジョッキ(615円)。そして何十年も変化のない取り皿:

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銀河高原ビールジョッキ(615円)

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いつもの皿

それからは、ほとんど「幻の手羽先(一人前5本)」(486円)とビールの注文を繰り返していた記憶がある:

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「幻の手羽先」(486円)

この店で手羽先以外の料理は正直なところ大したことはない :X。しかし手羽先だけだと飽きてくるのでトマトスライス(378円)も注文。冷たいだけで大して美味しくはない。あとマヨキュー(313円)とみそうずら卵フライ(280円)も追加で注文した:

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「トマトスライス」(378円)

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マヨキュー(313円)とうずらフライ(280円)

って感じで手羽先を食い散らかして終了。帰りはお土産に「手羽先棒10本入」[a]うまい棒と山ちゃんのコラボ品(324円)。を購入して精算した。まぁ「どこでも変わらぬ味」は「飽きも早い」と云うことか :D。結局は宿泊先で洗濯しながら飲み直す羽目になってしまったが。

世界の山ちゃん アスティ三河安城店
愛知県安城市三河安城1丁目 三河安城駅構内


ここからはオマケ。

これは、今回の城攻め中に発見したローカル自販機の飲み物で、伊藤園の「一日分のビタミン SPARKLING」(100円)。炎天下を歩きまわって水分補給してもすぐに汗になって出てしまうのは仕方がないが、その際にしっかりと栄養分を補給することができた上に微炭酸で口当たりもよく美味しかった 8)。ぜひ関東圏でも販売して欲しい:

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伊藤園の「一日分のビタミン」(100円)

この日は台風の影響を気にしながら名古屋市内に残る城跡を巡ってきた。まずは清洲城

清洲城の模擬天主(拡大版)

宿泊先の三河安城から新清洲までやってくると雲の流れが速く雨になりそうな予感がしたが、案の定、模擬天主の中の博物館を観覧している最中に突然、強い雨が降ってきた :O。しばし庭園脇の休憩所で雨宿りをして次の城跡へ向かった:

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未だ晴天だった時の清洲城周辺

こちらは清洲城近くを流れる五条川で見かけた鷺:

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五条川で見かけた鷺

清洲公園には桶狭間出陣時の信長公と濃姫の銅像が建っていた:

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濃姫像

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信長公像(拡大版)

こちらは豊臣秀吉こと木下藤吉郎の右腕であった蜂須賀小六公の墓所で菩提寺でもある蓮華寺にて顕彰碑:

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「蜂須賀小六正勝顕彰碑」(拡大版)

このお寺もまた蜂須賀城の一部だったとか。で、この時に境内を横断していたミドリガメに遭遇した。台風による雨を察知したのかどうかは不明だが、蜂須賀小六公の墓所を参拝して戻ってきた時には居なかったので、境内の池に無事に辿り着いたと思われる :)

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ミドリガメ

こちらは勝幡(しょばた)駅前に建っていた織田信秀・土田御前、そして吉法師の家族ぐるみの銅像。この街に近くにあった勝幡城は信長公が誕生した場所とされている:

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「織田信秀と土田御前に抱かれた幼少期の信長」の銅像

こちらが現在の勝幡城跡。特に遺構はない:

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勝幡城址

最後は知立城跡。と言っても現在は児童公園:

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「知立古城址」の碑

知立は旧東海道の39番目の宿場町で往時は池鯉鮒宿(ちりふしゅく)と綴っていた:

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東海道・池鯉鮒宿跡の碑

そして、この日の最後の目的地である刈谷市駅を下りたあたりから、だいぶ空模様が怪しくなってきたので急遽、コンビニに立ち寄って傘を購入した。で、コンビニをでて数十歩歩いたところで突然の土砂降り。数メートル先が見えないくらいの強い雨だった :$

30分近く雨宿りしたが止みそうもないので刈谷城址行きは諦めて宿泊先がある三河安城へ戻った。これは駅構内に展示されていた安城市のジオラマ:

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「愛知県安城市」のジオラマ

帰宅する翌日も朝から雨が降ったり止んだりの落ち着かない天気。帰省ラッシュにぶつからないように早々にチェックアウトして三河安城を朝9時前に出発するこだま636号で乗り換えすることなくそのまま午前中のうちに無事帰ることができた:)

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こだま636号

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突然の雨

この時のフォト集はこちら:

See Also清洲城攻め (フォト集)
See Also蜂須賀城攻めと蜂須賀小六公菩提寺 (フォト集)
See Also勝幡城攻め (フォト集)
See Also知立城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. うまい棒と山ちゃんのコラボ品(324円)。

石松ぎょうざ 三河安城店 − My First HAMAMATSU Gyouza At Last, But…

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは『桶狭間古戦場』を巡るため三泊四日の日程で愛知県へ。二日目の午後は今川義元が最後に宿泊した城跡を巡ってきた。

城址公園として整備されている沓掛(くつかけ)城跡へは直接、公共機関は利用できないが、調べてみると最寄りのバス停から徒歩15分ほどだった。但し周囲には田んぼが広がっており日陰が多くないので、今回のように酷暑の場合だと大変なので、途中にあるコンビニ[a]バス停がある県道R57から城址までいく途中にファミマとセブンイレブンがあった(当時)。を活用するようにした。

午前中の桶狭間古戦場巡りを終えて、お昼を摂ってから名鉄・前後駅へ移動。駅前のバスターミナルから名鉄バス・祐福寺線・赤池駅行きに乗って下高根と云うバス停で下車する。この時、クーラーがガンガンに効いたバスの待合室を利用した。ほとんど人が居なかったのでクーラーを独占することができたのはラッキーだった 8)

沓掛城址公園を巡った後は徒歩5分ほどのところにある聖應寺(しょうおうじ)へ。ここには信長の家臣で桶狭間の戦の折に義元の本陣位置を探索した梁田政綱公の墓所がある。境内に残る土塁や堀などを併せて見た後は再び15分かけて最寄りのバス停まで歩いてし、前後駅行きのバスに乗り国指定史跡の戦人塚を参拝。

二日目の夕飯は宿泊先の三河安城駅周辺で。新幹線の駅ビル1Fにはいくつか気になるお店がはいっており、これまで静岡県浜松では苦い思いをした浜松餃子のお店もその一つ。夕飯にはちょっと早い時間ではあったがホテルへ戻ってまた来るのも面倒なので食べて帰ることにした:

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石松ぎょうざ アスティ三河安城店

新幹線の駅ビル1F[b]「うまいもん通り」って呼んでいるようだけど、ただの駅ビルのフロア。目の前に新幹線の改札口がある。には他に「世界の山ちゃん」や串カツ屋と居酒屋チェイン店、そしてキヨスクがある。ホント、それだけ :O

浜松にはそれなりに行っているが、一度も餃子にありついた覚えが無いが、この「浜松餃子」ってのには一応は厳密な定義があるらしい。’が、浜松市内や愛知県で作られたキャベツを中心とした野菜多めで豚肉のコクがありながらもあっさりしているのが特徴なのだとか。あと見た目の特徴は円盤状に並べて焼き、中央にもやしを付け合わせるらしい。さらに、このお店は「元祖 浜松ぎょうざ」なんだから期待度は大である :P

お盆ということで家族れが多かったがカウンターは空いていたのですぐに通された。メニューを見て、餃子定食15個入りと生ビールを注文した:

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餃子定食(1,300円)と生ビール(580円)

どっからどうみても普通の餃子定食。何か特別な仕掛けがあるんだろうと思い、とりあえず食べる。が、普通。キャベツの甘みとか肉のコクとかは全く感じることがなかった:|

独自のタレとか、餃子を載せていたのがもやしだとか、特に「浜松ならでは」の特別さは感じなかった。円盤状態だったら既に福島県で体験済みだし:

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石松独自のタレ?

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もやしは「皿」か!?

まぁ、こんなもんだろうな。期待していた俺が悪かった。普通の冷凍餃子でした。広告に偽りありと云うことで★はひとつ :(

石松ぎょうざ アスティ三河安城
愛知県安城市三河安城町1丁目17-1


ここからはオマケ。

名鉄の前後駅からバスに乗って30分くらい行ったところの下高根というバス停で下車し、沓掛城址公園へ向かって歩いて行く途中、田園風景に遭遇した:

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沓掛町の田園風景(拡大版)

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青々と色づいた稲

城址公園で遭遇したシオカラトンボ。東京の街中ではお目にかかることはない蜻蛉 :)

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「沓掛城址」の碑。この先が本丸跡:

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本丸跡に建つ石碑

城址公園として整備されていたが、本丸を囲む一部の堀は季節柄か草ぼうぼうだった:

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沓掛城址公園(拡大版)

草ぼうぼうだが良く整備されている方かな:

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二之丸の内堀

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二之丸と本丸の内堀

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本丸の内堀

城址公園のお隣にある慈光寺もまた往時は城域だった:

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二之丸跡から見た慈光寺

二之丸跡と本丸跡。こちら側には燕子花(かきつばた)が植生されていた:

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ニ之丸跡から本丸跡(拡大版)

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本丸跡からニ之丸跡

高低差のある諏訪曲輪跡から本丸跡と内堀を見下ろしたところ:

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沓掛城址公園

こちらは聖應寺の門前にあった「さざれ石」:

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さざれ石(岐阜県産)

同じく聖應寺の門前にあった「三寶荒神(さんぽうこうじん)」像。このお寺の守護神とのこと:

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「三寶荒神」様

この時のフォト集はこちら:

See Also沓掛城攻めと簗田政綱公墓所 (フォト集)

参照   [ + ]

a. バス停がある県道R57から城址までいく途中にファミマとセブンイレブンがあった(当時)。
b. 「うまいもん通り」って呼んでいるようだけど、ただの駅ビルのフロア。目の前に新幹線の改札口がある。

手打麺処・寿限無茶屋 − A Hand-Kneaded Noodle at the Traditional Architectures.

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは『桶狭間古戦場』を巡るため三泊四日の日程で愛知県へ。初日は炎天下[a]同じ時期に台風が日本列島を縦断する予報があったので、どうなるものかとハラハラしたが、旅行の大部分はフェーン現象の煽りを受けてとにかく大変な暑さだった 😥 。の中を主に織田勢の砦跡などを巡ってきたが、二日目はこちらも酷暑の中を今川勢に関係のある史蹟や城跡を巡ってきた。

この日の午前中は、宿泊先の三河安城(みかわあんじょう)を朝8時前に出て刈谷(かりや)と知立(ちりゅう)を経由し名鉄の中京競馬場前まで移動。この駅の近くにある桶狭間古戦場伝説地からスタートして、今川義元の本陣跡や桶狭間古戦場公園、信長による義元の首実検が行われた長福寺、信長が嵐の中を桶狭間山へ向かって駆け上ったとされる「信長坂」、そして今川勢の先陣が陣をおいたとされる高根山などを3時間近くかけて[b]涼を取るために無人のコインランドリーや巨大なホームセンターなどに立ち寄ったり、コンビニで水分補給するなどの時間を含む。ホント、外に立っているだけで暑さにヤラれる大変な天気だった。や徒歩で巡ってきた。

お昼は、有松の伝統的な町屋建築が残る旧東海道沿いにあった手打ちうどん屋で頂くことにした:

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手打麺処・寿限無茶屋

この味わいあるとおりには残念ながらお食事処が少なかったこともあって、昼時を外して行ったもののほぼ満席。オマケに店員が少なくて新規の注文や片付けができていない「てんやわんや」状態だった。自分も店に入ってから席が片付けられるまで10分ほど待つ羽目に :$

席についてもなかなか注文をとりにきてくれず、自分も午前中は予想外の暑さのため休憩を多くとったため、ちょっと予定より時間が押していたため諦めて店を出ようかと云う思いがよぎったが、ここで何か食べておかないと午後の城攻めに響くような気がしたので我慢して待つことにした。幸いにも向かいに座っていた年配の方(地元の人)が話し相手になってくれたので大分気を紛らわすことができたが :)

そして20分ぐらい待ったあとに、このお店のオススメ「梅おろし」(860円)が出てきた:

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この店オリジナルの梅おろし(860円)

なにやら三年間、自家製の完熟梅を蔵で熟成させたソースがかかった冷やしうどんだそうで。他に紫蘇、天カス、胡瓜がのっていた。午後も歩きづくめを考えたら丼物を考えたけど、ちょっと夏バテが入っていたので選択したのが、店オリジナルのひと品。

うどんはコシ強く、ちょっとキツ目の酸味の効いたタレが絶妙。胡瓜と梅の組み合わせにより午前中の暑さから解放され、午後の暑さにもバテること無く城攻めすることができた。大盛りにはしなかったけど腹持ちしたし、大変に素晴らしいうどん。これは予想外でちょっと感動した 8)

手打麺処・寿限無茶屋(じゅげむぢゃや)
愛知県名古屋市緑区有松2339


ここからはオマケ。

こちらは名鉄・中京競馬場前駅・南口のホーム脇に建っていた「よろいかけの松旧地」の碑。信長が桶狭間の戦いに勝利して凱旋途中、休憩のため鎧をかけたとされる松があったと云う。大正時代まで立っていたそうだが現在は石碑のみ:

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「よろいかけの松旧地」の碑

こちらは駅ちかくにある「桶狭間古戦場伝説地」に建つ石碑。ここには、この他にも義元の墓や七石表なる石碑群、さらに桶狭間の戦いに関する説明板があった:

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「桶狭間古戦場址」の碑

ここは愛知県豊明市が管理しているが、実はもう一つ同じ桶狭間古戦場として、あとで行くことになる名古屋市が管理する桶狭間古戦場公園が離れたところにある。

実際のところ、現存する古戦場跡はすべて「伝承地」であり、古文書に記載されている遺構が複数あるそうで、どれが本物であるかは確認できないとのこと。

そして伝説地と通りを挟んだところにある古刹・高徳院の境内には「今川義元公本陣跡」の碑が建っていた:

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「今川義元公本陣跡」の碑

この他、墓所脇には今川勢の先鋒・松井宗信の墓もあった。

高徳院を出て、炎天下を徒歩20分くらいかけて桶狭間古戦場公園へ向かった。途中、義元本陣跡に立ち寄ったが、この時点で体の沸点が限界に近づきつつあったので、公園近くの DCM Kahma 桶狭間店 なる巨大なホームセンターに立ち寄って、しばしの涼をとった :O。この後も、クーラーがかかったこのお店には何度か足を運ぶことになり大変ありがたかった。でも何度もぶらぶらしているのもなんなんで、最後は汗拭いにタオルを購入したっけ。

こちらは公園内に建っていた織田信長と今川義元の銅像:

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「織田信長公」像

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「今川義元公」像

義元公の墓碑:

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「今川義元の墓」碑

公園を出て南にある「大池」と云う貯水池前を通って長福寺[c]桶狭間の戦いの後、信長が境内で義元やその武将の首検証をしたとされる。にも足を運んだ:

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大池(拡大版)

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マガモたち

この後は、あまりの暑さで桶狭間神明社という神社に立ち寄るのをうっかり忘れてしまったが、さらに井伊直盛陣地跡、七ツ塚を経由して武路釜ケ谷・信長坂へ移動した。これがまた大学の敷地内にあったため、暑い中をぐるりと回り込んで大学の正門へ移動する羽目に。お盆休み中とあって構内はひっそりとしていたが、なんとか[d]結果的には無断で立ち入ることになったが、なぜ大学の敷地を通らないと史跡にいけないのだろうか。辿り着いた:

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豪雨の中を駆け上った信長坂(拡大版)

そして、お昼を摂った寿限無茶屋周辺は旧東海道にあたり、江戸時代には尾張藩の奨励で有松町屋が造られたとされる伝統的な場所。とういことで有形文化財に指定された豪壮な町屋の一部が残されていた:

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旧東海道有松の町屋街跡

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旧東海道有松の町屋街跡

服部良也邸土蔵(愛知県指定文化財・都市景観重要建築物指定)。この家は寛政2(1790)年創業の絞問屋(しぼりどんや)。有松・鳴海を中心として作られた手ぬぐいなどの絞り染めの名産地である:

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服部良也邸土蔵

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服部良也邸土蔵

同じく有松絞りの井桁屋(服部家住宅)。屋根瓦が豪壮な造りになっているが、これは火災に備えて漆喰による塗籠造で萱葺(わらぶ)き屋根を瓦葺きにしたもの:

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独特の瓦葺き

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服部邸の大屋敷

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井桁屋(都市景観重要建築物指定)

最後は山与遊歩道。名鉄・有松駅と旧東海道を結ぶ遊歩道。平成の時代につくられた。「山与」はここにあった絞問屋が由来だとか。右奥に見える建物が有松駅:

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山与遊歩道

この時のフォト集はこちら:

See Also桶狭間古戦場(今川勢他)巡り (フォト集)

参照   [ + ]

a. 同じ時期に台風が日本列島を縦断する予報があったので、どうなるものかとハラハラしたが、旅行の大部分はフェーン現象の煽りを受けてとにかく大変な暑さだった 😥 。
b. 涼を取るために無人のコインランドリーや巨大なホームセンターなどに立ち寄ったり、コンビニで水分補給するなどの時間を含む。ホント、外に立っているだけで暑さにヤラれる大変な天気だった。
c. 桶狭間の戦いの後、信長が境内で義元やその武将の首検証をしたとされる。
d. 結果的には無断で立ち入ることになったが、なぜ大学の敷地を通らないと史跡にいけないのだろうか。

あつた蓬莱軒 神宮店 − My Second Time to the Local Delicasy Here.

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは三泊四日の日程で、愛知県にある城攻めの他、前々から気になっていた『桶狭間古戦場』を歩いて巡ってきた。何もわざわざ「暑い所」へ行くこともないのに :$ と思ってしまいそうだけど、今年は北海道を含めて日本全国どこも異常な暑さ[a]云わずとしれたオゾン層破壊による地球温暖化である。間違いなく 😯 であり、結局はどこへ行っても変わりはないと云う訳であったが、やっぱり名古屋周辺は暑かった :O

初日は、主に信長が率いる織田勢の砦跡の他に松平元康が兵糧を運び入れた大高城跡、今川勢にあって猛将の誉高い岡部元信が守備していた鳴海城跡[b]と云ってもほぼ完全に児童公園に変わっていたが。を徒歩で巡ってきたのだけど、平均気温は36℃(当時)で肌に突き刺ささんばかりの強い日差しのおかげで、かなり難儀した ;(。今思えば城跡(公園とか)で自分以外の人に出会ったのは皆無だったっけ。

この日は前夜から旅行の準備やらで寝不足のまま朝9時過ぎには名古屋駅に到着し、それから金山を経由して最初の目的地である大高へ。ここから大高城跡、丸根砦跡、鷲津砦跡、そしてお昼を摂って中嶋砦跡、鳴海城跡、丹下砦跡、善照寺砦跡など6時間くらい[c]暑さのための小休止も含む。小刻みに。あと大型スーパーとかコインランドリーなんかはクーラーがかかっていて快適なので、見かけたらなるべく入るようにした。かけて巡り、最後は名鉄で鳴海から神宮前へ移動して熱田神宮へ。ここには桶狭間で勝利を得た信長が御礼言上のために奉納したと云う「信長塀」なるものがある。これで初日の日程は終了。

このあと宿泊先の三河安城へ移動する前に、その昔に神宮近くの鰻屋さんで食べた名物「ひつまぶし」を再び食べてみたくなった[d]「ひつまぶし」は「あつた蓬莱軒」の登録商標なのだとか。

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あつた蓬莱軒・神宮店 〜 待ち時間は1時間

夕餉の刻前とはいえ行列必至であると覚悟して店前まで行ってみると、実際には行列はなく、玄関に「お席の待ち時間は1時間」とあった。ここまできて小一時間待つのはどうかと思ったが、行列ではなかったのでとりあえず店内へ。諦めて予約をとろうとしたら、運良くカウンター席でよければ一人分が空いているとのことで、早速とおしてもらった 0:)

1Fの調理場が目の前にあるカウンター席にに通してもらい、ビール中瓶と肝焼、そしてひつまぶしを注文した。混んでいるから時間差ででてくるだろうと先にビールに手を付ける:

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うなぎにはYEBISUビール(750円)

なにせ半日とはいえ37℃の炎天下を歩きまわって火照った体をクールダウンさせる必要があったけど酔いすぎると美味しい鰻を味わえなくなりそうなので中瓶でちびちびいくことにした :)。それでも半分くらい飲んだところで薬味と香の物が目の前に並べられた:

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「ひつまぶし」用の薬味と香の物

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薬味(ネギ+わさび+海苔)

ビールを飲み干す前に肝焼き来ないかとまっていたら、ひつまぶしと一緒に登場 :O。ちなみに、左奥の土瓶の中はお茶漬け用の出汁:

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ひつまぶし(3,900円)+肝焼(950円)

肝焼のためにビールを残しておいたが、メインが登場してしまったので冷めないうち食べたいから、そそくさと肝焼をいただいた:

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肝焼

甘辛いタレは「140年継ぎ足しの秘伝タレ」らしい。ビールの苦味と相まって口の中一杯に旨みが広がった。もう少しゆっくりと味わいたいところだが、メインがお待ちのようなので美味しい間に食べ終えた。

そして、ついにお櫃の蓋をあける

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お店自慢の名物「ひつまぶし」

蓋をあけると漂う甘辛タレと鰻の脂が融合(?)した匂いが漂い、目の前には食べやすく刻まれた鰻がびっしりと載っていた。

ビールを飲みながら眺めた「ひつまぶしのお召し上がり方」に従い、まずお櫃の中に埋もれた鰻とご飯を上から十字形に四等分する。そして一膳目は薬味は入れずに、脂ののった鰻本来の味を味わえた:

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一膳目は鰻丼

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吸い物

肝焼もそうだったけどタレが美味い :)。ご飯によくあうし。二膳目は三種の薬味を加えて食べる:

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鰻丼(薬味あり)

わさびによって秘伝のタレがいっそう引き立つ感じ。自分はこれが一番美味しいと思った。

三膳目はお茶漬け。ちょっと時間がたっちゃて出汁が温るくなっていたのが気になったが、猫舌の自分としてはさらさらいけたので悪くはない:

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三膳目はお茶漬け

最後の四膳目は悩んだ挙句に、お茶漬けで頂いた。薬味が残りすぎていたので全部入れたら見た感じ分からない食べ物になっていたけど :D。さらに、さっきまで鰻で一杯だったお櫃が空っぽに。当たり前だけど:

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最後もお茶漬け

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完食

この翌日も炎天下の中、桶狭間古戦場巡りをする予定であったこともあり十分にエネルギーを補給することができた :)。ちなみに、このお店で豚一家も完食している。

あつた蓬莱軒 神宮店
愛知県名古屋市熱田区神宮2-10-26


ここからはオマケ。

まずは熱田神宮の正門(南門)。このそば近くにあつた蓬莱軒神宮店がある:

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熱田神宮の正門(拡大版)

そして弘法大師のお手植えと伝えられている大楠。樹齢は約1000年だとか:

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大楠(拡大版)

こちらが熱田神宮でのお目当てである信長塀。桶狭間出陣の際に熱田神宮に願文を奏し勝利したので、その御礼として奉納した塀。本宮を囲むように建っていた:

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信長塀

次は大高駅ホームからJR東海の在来線「キハ313形」豊橋行き:

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JR東海のキハ313形

これは、この日一番に攻めた大高城址。今から460年近く前の桶狭間の戦いの時、織田領内で今川勢に寝返り、織田勢に包囲されている中を徳川家康こと松平元康が兵糧を運び入れることに成功したという。現在は公園になっていたが藪の奥には見事な空堀が残っていた:

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大高城跡

そして丸根砦跡の遠景。信長が今川義元の上洛に備えて築いた砦の一つで、大高城の監視の任についていた。佐久間大学盛重が守備していたが松平元康に攻められて落城した。現在、周囲は宅地化されているが砦跡は国指定史蹟として残されていた:

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丸根砦跡

これは鳴海城跡近くに復元されていた「東海道・鳴海宿高札場」。桶狭間合戦とは関係はないが、江戸時代の宿場に建っていた屋根付きの高札場で、さまざまな高札が掲げられていた:

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東海道・鳴海宿高札場(復元)

これも桶狭間の戦時に築かれた織田勢の砦の一つであった丹下砦跡:

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丹下砦跡

現在は光明禅寺が建っているが、山門の風神雷神両像はインパクトが強い彫り物だった:

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雷神像

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風神像

最後は同じく織田勢の砦の一つであった善照寺砦跡。こちらは完全に児童公園となっていたが、結構な高台の上にあった:

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善照寺砦跡

この時のフォト集はこちら:

See Also大高城攻め (フォト集)
See Also桶狭間古戦場(織田勢)巡り (フォト集)

参照   [ + ]

a. 云わずとしれたオゾン層破壊による地球温暖化である。間違いなく 😯
b. と云ってもほぼ完全に児童公園に変わっていたが。
c. 暑さのための小休止も含む。小刻みに。あと大型スーパーとかコインランドリーなんかはクーラーがかかっていて快適なので、見かけたらなるべく入るようにした。
d. 「ひつまぶし」は「あつた蓬莱軒」の登録商標なのだとか。