山屋 − Local Japanese Bar at NAGAOKA.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いて「越後攻め」。但し、今回は新潟県上越市周辺の城跡を巡るため、新潟市内ではなく長岡市内に宿をとった。おかげで毎日片道2時間くらいかけて移動することになったが :$。最初は直江津あたりで宿を探したんだけど意外と割高なホテルが多く、それにしてはサービスは良くないといった評判が目についた他に、個人的になんとなく「寂しい街」っていうイメージが大きかったのでやめることにした。城攻めの疲れを癒やしてくれそうな飲み処・食べ処が見つからなかったし :O。まぁ実際に駅周辺をうろうろしたけど、予想通りで、どちらかと云うと住宅街と云う感じだった。

ということで始まった越後攻め初日は晴天(24℃)の中、7時半に東京発の新幹線たにがわ77号に乗って越後湯沢へ。所要時間は1時間半くらい。自由席は特に混むことなく、浅草ヨシカミのロースカツサンド(700円)を食べたあと少し仮眠をとって、越後湯沢からは超快速スノーラビットに乗り継いで新潟県南魚沼市の六日町へ。それから駅前にあるスーパーでお昼を調達し、坂戸城跡がある坂戸山[a]標高は東京スカイツリーと同じ634m。を登山してきた。登りのコースは予想に反してそれほど難儀しなかった[b]もちろん傾斜はキツイし暑さもあって息はあがるが、休みながら登って行けば特に問題はなかった。山頂では小さい子供達に大勢会ったし。が、降りのコースは階段ばかりで膝にきて、最後は足が釣ってしまった。それよりも精神的に一番キツかったのは iPhone の激しいバッテリー消耗に加えて、城攻め途中で充電用ケーブルが断線してしまったようで、一度も充電できなかったことかなぁ ;(。バッテリー残りわずかと云ったところで電源OFFしてしまったので、予定していた城攻めの一部や楽しみにしていた居酒屋をキャンセルせざるを得なかった。そう云うことで、城攻めを終えたら寄り道せずに宿のある長岡へ移動し、コンビニで充電ケーブルを調達してホテルで充電させている間、駅ナカで夕食を摂って、風呂入って早々に就寝してしまった。
今回も城攻めの予定は全てスマフォ依存だったので、かなり不自由だった :(

二日目は5時前に起床し、7時ちょっとすぎの長岡発、直江津行きの信越本線に乗ってえちごトキメキ鉄道妙高はねうまライン・妙高高原行に乗り換えて春日山駅に着いたのが9時ちょっと前。ここから8時間くらい使って春日山城跡林泉寺、さらには加賀街道沿いを直江津駅まで歩いて城跡を巡ってきた。この日は予定を1時間ほど過ぎた19時すぎに長岡に到着。連日、夏日の気温でかなり水分を欲したので宿泊先すぐ近くにある「山屋」と云う知る人ぞ知る地元で人気の居酒屋へ。
「某◯ログ」には「一人で入りやすい」と書いてあったけど、実際は店内が見えないので入りづらかった〜[c]外からは2Fの一部を見上げることはできるが、席が空いているかどうかは分からないと云った程度。

ビルの2Fにある山屋

開店から既に1時間たっているので少し心配したが、中に入ると運良く親父さんの目の前にある最後の席が空いていて良かった 8)

まずは生中(500円)を注文して、壁に貼ってあるメニューを眺めることに。こちらは、ゼンマイのお通し。あっさりして美味しかった:

ゼンマイのお通し(300円)

ここで注文したのは「栃尾油揚」、「鮭ハラ身焼き」、「しいたけ焼き」、「もち豚串焼き」と「つけもの」。
鮭ハラ身焼き[d]魚や肉は、とにかく大きいし量が多い。は巨大らしく、半身で焼いてもらうことにした(500円)。

これは、つけもの。少しあっさり過ぎだったけど美味しかった:

つけもの(400円)

匂いが食欲をソソる「もち豚串焼」:

もち豚串焼き(750円)

山盛りだった、しいたけ焼き。見た時は食べきれるものか心配になった :D

しいたけ焼き(350円)

こちらは一番食べたかった栃尾油揚。昨年の越後攻めで栃尾へ行った時に初めて知った名物の大きな油揚げで、長岡に来たら絶対に食べるようにしている:

栃尾油揚(500円)

そして鮭ハラ身焼き。親父さんが半分にしてくれたもの。塩かげんが丁度良くて、汗をかいて渇いていた体にドーンとしみた。骨以外の全てを平らげた:

鮭ハラ身焼き(500円)

以上を生中二杯でペロリを完食した後、酔いが回っているのが分かったので、明日の城攻めに配慮して梅酒ロックに変更。まずは越乃景虎・梅酒。これは薄くてグビグビいけた:

越乃景虎・梅酒のロック(600円)

で、今度は野菜と肉をメインに再び何品か注文。「ニンニクの芽炒め」、「とりもも焼き」(これも親父さんにハーフにしてもらった)、そして二杯目の梅酒ロックは鶴齢の梅酒。新潟の梅酒は吟醸酒で仕込むものが多いようだ。日本酒はダメだけど梅酒なら大丈夫。

こちらはニンニクの芽炒め。塩味。翌日の城攻めのために:

ニンニクの芽炒め(350円)

一人前のとりもも焼き。うまい:

とりもも焼・ハーフ(500円)

鶴齢の梅酒ロック。甘過ぎず、純米吟醸の味がした美味しい梅酒:

鶴齢の梅酒ロック(600円)

このあたりで大分、お腹が膨らんできたので次の日の準備のためオーダーストップにした。そろそろ腰を上げようかと思っていると、横からバナナの甘〜い匂いが漂ってきたので見てみるとアルミホイルに包まれた焼きバナナだった。珍しかったので眺めていると、親父さんからサービスで頂いた。バターを乗せて焼いたようで匂いがとても良かった:

バナナのホイル焼き(サービス)

焼きバナナは抗酸化力が強いようで、翌日の活力をもらった感じ。
また食べにきたいお店が見つかった :)

山屋
新潟県長岡市城内町2-749-11


ここからはオマケ。

初日に東京から乗ってきた新幹線たにがわ77号。E2系の10両編成

E2系 たにがわ@越後湯沢

こちらは越後湯沢から六日町まで乗った北陸急行ほくほく線の超快速スノーラビットHK100。この日は日曜日だったので、限定車両の「ゆめぞらII」(2両編成)だった:

北陸急行ほくほく線・ゆめぞらII

六日町駅にある展望エリアから坂戸城跡のある坂戸山を眺めたところ。標高は、東京スカイツリーと同じ634m:

六日町駅の展望デッキからの眺め

坂戸城址は麓に居館跡がある他、山頂付近には本丸などの幾つかの郭(くるわ)があったとされるが、実際には堀切や土塁くらいしか残っていなかった:

坂戸城跡(拡大版)

坂戸城跡(拡大版)

駅から徒歩20分くらいで坂戸山の登城口に行くことが可能。こちらは、その途中に流れていた魚野川:

魚野川

魚野川を渡る手前にある温泉場には「与六と桂姫の像」なるものが建っていた。与六はのちの直江兼続、桂姫は上杉景勝の妹で、二人の恋物語は「お六甚句」と云う唄になって、地元の盆踊りで歌われるのだとか:

お六と桂姫銅像

坂戸山の登山コースは幾つかあるようだけど、今回は「上り」は急坂が多い城坂コース(公称80分)、「下り」は階段が多い薬師尾根コース(公称60分)にした。

この日は夏日で予想外に暑かったが城坂コースを登って行くと雪が残っていたり、南魚沼市の眺めがとても良かった:

五合目あたり

六日町駅がある南魚沼市の眺望(拡大版)

なんとか山頂にたどり着いたが、ホントに眺めが素晴らしく、疲れが吹っ飛んでしまった;)

三国川源流をとりまく山々(拡大版)

本丸にあたる山頂には富士権現の社が建っていたが、おびただしい数のハイカーによって占拠されていた :O

山頂部

それでも360度、周囲の眺望が素晴らしく、途中で挫けずに登ってきて良かったと思った8)

駅がある城址西側の眺望(拡大版)

これは山頂から城址東側と南側の眺望:

城址東側に八海山を拝めた(拡大版)

城址南側(拡大版)

ここ坂戸山周辺はカタクリの群生地としても有名らしく、登山道の途中には立入り禁止のエリアが多数設けられていた:

カタクリ群生地

カタクリ

麓の銭淵公園には鴨がいたり:

つがいのマガモ(中央がメス、左下がオス)

喜平次(のちの上杉景勝)と与六(のちの直江兼続)の銅像が建っていたり。おそらく10年ほど前の大河ドラマの名残だろう:

喜平次と与六

こちらは二日目に宿のある長岡市長岡駅から上越市直江津駅・春日山駅へ移動した時に乗った/見た車両:

E129系(長岡-直江津)

ET127系(直江津-春日山)/妙高はねうまライン

ET122系(日本海ひすいライン)

こちらは妙高はねうまラインの春日山駅を下車して春日山城跡へ向かう途中にあった謙信公広場なる憩いの場(トイレあり):

謙信公広場

工事現場に現れた上杉謙信公:

名前はあるんだろうか?

上越市埋蔵文化財センターで遭遇した越後上越・上杉おもてなし武将隊の一人、直江兼続公。登城ガイドや山城マップの他にも、いろいろ貴重な話を頂いた。ホント親切で仁愛の将だった:

直江兼続公(上杉おもてなし武将隊)

春日山城と云うと、やっぱり上杉謙信公像:

軍神は今なお越後を睨む(拡大版)

春日山神社と物置:

春日山神社の拝殿

「毘」の物置

これは復元された毘沙門堂。まさに「オンベイシラマンダヤソワカ・・・」:

復元された毘沙門堂

ここ春日山城跡では、二年前は平成28(2016)年7月に城跡の一部が崩落して以来、ずっと通行止になっていたようだが、今年は平成30(2018)年1月に復旧・補強工事が完了したそうで、一部の遊歩道の通行止めが解除された。こちらは、その爪あと:

茶色の部分が復旧・強化されたところ

本丸跡や天守台跡からの眺めも、また素晴らしかった 8)

春日山城

本丸跡からの眺望

本丸跡からの眺望

本丸跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

こちらは天守台跡からのパノラマ:

城址東側に広がる上越市の町並み

春日山神社脇にある茶屋で、コシヒカリの米粒が入ったバニラ・アイスクリーム(260円)を購入して、暑さを吹き飛ばした:

新潟産コシヒカリ入り

それから春日山城址の麓にある林泉寺にも足を伸ばしてきた。こちらは惣門:

惣門

山門。上杉謙信公が寄進したものは江戸時代に焼失した。これは大正時代に再建されたもの:

山門

本堂と、本堂から眺めた山門・鐘楼:

IMGP8743.resized

本堂

境内

ここ林泉寺には上杉謙信公の墓所の他にも、謙信公の祖父と実父の墓所もあり、さらに上杉家が會津へ転封した後に越後へ入封してきた堀家の墓所もあった。また宝物館には貴重な甲冑や史料が展示されていた。

この後は春日山史跡公園を経由し、旧加賀街道を通って直江津駅まで歩いた。こちらが加賀街道の説明板:

加賀街道散策絵図(拡大版)

現在でも沿道には松の木が立っていた:

旧加賀街道(県道R185)

旧加賀街道(県道R185)

途中、有名な親鸞ゆかりの旧跡があったりして意外と見所があった:

本願寺国府別院

最後は直江津駅付近で見かけた電車たち:

妙高ときめきラインのET127系

E653系・特急しらゆき

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also坂戸城攻め (フォト集)
See Also長尾政景公墓所と歴代上田長尾氏顕彰碑 (フォト集)
See Also春日山城攻め (フォト集)
See Also春日山林泉寺と上杉謙信公墓所 (フォト集)
See Also御館攻め (フォト集)

参照

参照
a 標高は東京スカイツリーと同じ634m。
b もちろん傾斜はキツイし暑さもあって息はあがるが、休みながら登って行けば特に問題はなかった。山頂では小さい子供達に大勢会ったし。
c 外からは2Fの一部を見上げることはできるが、席が空いているかどうかは分からないと云った程度。
d 魚や肉は、とにかく大きいし量が多い。

うなぎ料理 若松屋 − An Eel Steamed in a Bamboo Steamer at YANAGAWA.

今となっては一昨々年(さきおととし)は、平成27(2015)年の夏休み明けに広島まで出張があったのに合わせて九州は福岡県にある城攻めと立花宗茂公ゆかりの地を巡ってきた。
午前中の太宰府市は生憎の天候であったが、午後に柳川市へ移動した頃には、すっかり雨は止んでくれてよかった。遺構が殆ど残っていなかった柳川城攻めは正直なところ物足りなかったけど、ほぼ徒歩での行程だったので、午後のエネルギーを補給するため、お昼は行列覚悟で柳川名物の鰻を食べることにした ;)

柳川城跡である中学校・高校の立ち入りは不可なので、その周囲をぐるりと一周してから御花(おはな)の前を通り、事前に調べておいた鰻屋がある水路沿いの場所へ向かった。そこには同じように老舗な鰻屋が軒を連ねていて、美味しそうな鰻の匂いが辺りに漂っていた :D
目的地の若松屋豚一家も完食していた安政年間創業の老舗の鰻屋で、柳川の郷土料理の一つである「鰻の蒸籠(せいろ)蒸し」が食べられる。が、しかしお店の前は予想以上の行列でごった返していて、見たところ1時間くらいは待たなければ入れそうもなかったが、ここまで来て諦めるわけにはいかないので待つことにした :|

若松屋

若松屋

それでも30分くらい辛抱強く待っていたら、二階にあるテーブル席に案内してもらえた。

席に着くやいなや、待っている時にメニューを見て既に決めていた「上鰻せいろ蒸し」(2,625円/当時)を注文。さらに出てくるまでに時間がかかるとのことで、待っている間はビール(560円/当時)で時間をつぶした。

そして、遂に待つこと15分ほど。出てきたせいろ蒸しが、こちら:

上鰻せいろ蒸し+肝吸い+香の物(2,625円)

お櫃の蓋をとると、こんな感じ。と、その瞬間に鰻とタレの絶妙な匂いが空腹をさらに刺激する:

上鰻せいろ蒸し

「焼きあがった鰻を、甘辛いタレを絡めた御飯の上にのせて蒸籠ごと蒸す」と云う若松屋が代々受け継いだ秘伝のタレと製法で造られた一品。この界隈に軒を並べる20軒を越える鰻屋が腕を競い合っていると云う。

鰻の上の錦糸卵が一際目を引いた:

錦糸卵が乗ったせいろ蒸し

危うくヤケドしそうなほど熱かったが、味はもちろんのこと、この時期でも脂がのって、湯気が出る鰻は、ハフハフと美味しかった:

味はもちろん、香りがとてもよかった

ホント、諦めずに行列してよかった 8)

若松屋
福岡県柳川市沖端町26番地


ここからはオマケ。

若松屋などの鰻屋が立ち並ぶ目の前に堀があって鴨にお目にかかれた:

堀と鴨

そして、今回の城攻めでは時間の都合で乗れなかったけど、傍から眺めているとやっぱり面白そうなお掘りめぐり(川下り):

お掘りめぐり

柳川市内2km四方に総延長60kmにも及ぶ掘割に敷かれた水路を、船頭が漕ぐ「どんこ舟」で巡る:

お掘りめぐり

お掘りめぐり

内堀に相当する水路には、往時に造られた水門が残っており、そこをくぐるのもお堀めぐりの醍醐味のようだ:

水門をくぐる「どんこ舟」

水門をくぐる「どんこ舟」

お掘りめぐり

「水のまち」柳川市は干拓地における米の栽培も地場産業の一つ。当時は夏真っ盛りで、すくすくと稲が育っていた:

田んぼの稲(拡大版)

こちらは若松屋で鰻を食べたあとに寄った柳川藩主・立花家別邸の御花(おはな)にある日本庭園の「松濤園(しょうとうえん)」:

大広間と松濤園(拡大版)

大広間に面して設けられた庭園は、黒松に囲まれた華やかな池庭。生憎の空だけれど、やはり落ち着く:

黒松に囲まれた松濤園(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also柳川城攻め (フォト集)
See Also立花史料館と御花 (フォト集)

太宰府天満宮 − Stopped by Dazaifu Tenmangu Shrine before Castle.

今となっては一昨々年(さきおととし)は、平成27(2015)年の夏休み明けに広島まで出張があったのに合わせて九州は福岡県にある城攻めと立花宗茂公ゆかりの地を巡ってきたが、生憎の天気ともあって、天候が回復するまでの時間を使って太宰府天満宮も参拝してきた:

太宰府天満宮の御本殿

この日のために、前日の土曜日から広島入り。当日の日曜日は早朝に飛び起きて広島から JR新幹線こだま821号に乗り、8:00am前には博多に到着していた。こちらが広島駅から乗ったJR西日本のひかりレールスター700系:

新大阪発、博多行き

JR西日本の山陽新幹線

ひかりレールスター 700系

博多駅からは地下鉄空港線で天神へ移動し、天神駅から西鉄福岡駅へ向かった。ここで自身初の西鉄に乗車。まずは大牟田線で西鉄二日市へ、そして西鉄太宰府線に乗り換えて終点の太宰府へ。
こちらが西鉄福岡駅から乗った西鉄天神大牟田線急行・花畑行き:

天神大牟田線5000系

そして西鉄二日市駅で、太宰府線の8000系。こちらの車両は昨年は、平成29(2017)年に引退してしまったのだとか:

西鉄太宰府線8000系(当時)

この時の福岡県全域は、前日が大雨で、翌日はなんとか雨は上がってくれたが、西鉄太宰府駅へ到着してみると重く低い雲が立ち込めるといった空模様だった:(
こちらが西鉄太宰府駅:

西鉄太宰府駅

まず、午前中は「嗚呼壮絶岩屋城址」の碑で有名な岩屋城高橋紹運公の墓所を巡るために、ここ太宰府駅から城址まで40分ほど歩いて登る予定であったが、なんとも天気がすぐれなく、いまにも雨が降りそうな空模様だったので、雲が南へ通り過ぎてくれるであろう30分ほどの時間を、駅近の由緒高い太宰府天満宮へ行ってきた。せっかくなので、今回の出張安全祈願、天気の快復祈願もしたかったし 0:0

まずは参道。駅からホントに近かった。日曜日の9:00amちょっと前:

駅から太宰府天満宮へ

案内所前にたつ「太宰府天満宮」の碑と、鎌倉末期に建てられた大鳥居(県指定文化財)。この奥右手には案内所とトイレがあった:

太宰府天満宮」の碑

大鳥居(県指定文化財)

鳥居をくぐって先の正面に建つのは延寿王院の山門。天保5(1834)年の建造で、切妻造り本瓦葺き。桃園天皇(1741年〜1762年)より院号を賜った現在の宮司邸で、幕末には西郷隆盛や高杉晋作、坂本龍馬らが出入りしたとか:

延寿王院の山門

この山門の手前を左折した先には心字池[a]心の文字をかたどることから「心字池」と呼ばれているのだとか。がある。本殿に参拝するに辺り、この池を渡ることで身も心も清浄になるという。それ故に、この辺一帯は神苑と呼ぶらしい。:

神苑にあたる心字池と太鼓橋

心字池には3つの橋が架かっており、手前から太鼓橋・平橋・太鼓橋となる。右手に見える社は志賀社:

太鼓橋と平橋と志賀社

心字池に架かる太鼓橋脇に建つ志賀社(重要文化財)は天満宮の末社で、長禄2(1458)年に再建されたもの。神殿は入母屋造り、祭神は海神(綿津見三柱神/わたつみ・みはしらのかみ):

志賀社(重要文化財)

心字池を渡った先に鳥居があり、その奥には楼門がある。本殿に向いている側と太鼓橋に向いている側でそれぞれ形態が異なる珍しい門で、現在建つ門は焼失後に大正3(1914)年に再建されたもの:

鳥居と楼門

楼門(太鼓橋側)

こちらが本殿側の楼門:

楼門(本殿側)

この楼門をくぐった先に鎮座しているのが御本殿。五間社流造で屋根は檜皮葺で、この本殿が菅原道真公の墓所にあたる:

筑前宰相・小早川隆景公が再建した御本殿

太宰府天満宮は、太宰府に左遷され延喜3(903)年にこの地で亡くなった菅原道真公を祀っている。幼い頃から文才に秀(ひい)でた道真公は政界での異例の昇進をにより、当時の有力者・藤原氏から疎んじられ失脚し都を追われた:

筑前宰相・小早川隆景公が再建した御本殿

御本殿は幾度の戦火で焼失したが、現在の本殿は天正19(1591)年に、関白秀吉の九州征伐後の論功行賞で筑前国を賜った筑前宰相こと小早川隆景公の尽力により造営されたもので、現在は国の重要文化財になっている。このあとに攻める予定の、かってあった岩屋城での戦いでは戦闘が始まる前に寄せ手(島津軍)と守り手(大友軍)との間で太宰府天満宮などの史跡に戦火が及ばないようにする取り決めが交わされていたとか:

御本殿

御本殿

しっかりと出張安全と城攻めと天気快復を祈願してきた。すると、雲はまだあったが雨は完全にあがったようなので城攻めを再開することに。御守をおみやげに購入して社務所側に出ると、これまた見事な大楠(おおくす)が立っていた。樹齢は1000年とも1500年とも。国指定の天然記念物らしい:

大樟

高さ39m、根廻20m、目通12mの巨木:

天然記念物の大樟

雨は上がったが、当初の予定よりも遅れていったため岩屋城址までは駅前からタクシーで移動した(10分/当時1200円くらい)。帰りは40分かけて太宰府駅までおりてきたけど :D

そして、次の城がある柳川市へ移動した。こちらは太宰府駅から西鉄二日市駅まで乗った観光列車「旅人」[b]太宰府の地で多くの歌を残したとされる歌人・大伴旅人から付けた名前らしい。

太宰府線の特別列車「旅人」

もともとは特急車両であった8000系を太宰府観光用に改造した特別車両になっていた:

太宰府線の特別列車「旅人」

西鉄二日市から西鉄天神大牟田線で西鉄柳川まで移動した。こちらは3000系:

西鉄3000系

そして西鉄柳川駅で見た7050系:

西鉄7050系

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also太宰府天満宮 (フォト集)

太宰府天満宮
福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号


こちらはオマケ。

太宰府駅で購入したサントリー天然水のラベルを見たら「阿蘇」だった。この時に初めてサントリー天然水に採水地なるものがあるのを知った。それから広島へ戻って購入したのは「大山」だった。出張から戻って、改めてサントリー天然水を買ってラベルを確認すると、当然ながら「南アルプス」[c]そう言えば、以前、長野県松本へ行った時は南アルプスのボトルに北アルプスの水を入れたっけ :Dである。
何はともあれ、今回の出張でサントリー天然水シリーズを一気に制覇してしまった;)

阿蘇の天然水

奥大山の天然水

南アルプスの天然水

参照

参照
a 心の文字をかたどることから「心字池」と呼ばれているのだとか。
b 太宰府の地で多くの歌を残したとされる歌人・大伴旅人から付けた名前らしい。
c そう言えば、以前、長野県松本へ行った時は南アルプスのボトルに北アルプスの水を入れたっけ :D

My Adventure Cemera Bag produced by Shimoda Designs From Kickstarter.

自身初めて Kickstarter のプロジェクトに pledge して手に入れたのが、この Shimoda Adventure Camera Bags (Shimoda Designs)。昨年は平成29(2017)年末に Gigazine.net の「冒険写真家のために機能性と収納性を突き詰めたカメラバッグ」なる記事を見て、これは Fund されるような予感がしたのと、現在、自分が使用しているバッグがカメラ器具以外に大きな物を入れることができない点が不満だったこと、そして彼らの宣伝文句の “Those Designs are driven by adventure.” が自分の趣味に合っているなぁと思って、早速プロジェクトページでプランを確認した ;)

で、実際に pledge したのは 12/11で、Kickstarter 内で Found が確定したのは 12/17。それから一週間後の 12/24 には Project Survey メールがきて、自分が今回 Reward した内容を確認し、送付先の住所とバッグの色(Blue Nights)を返信した:

Shimoda Explore 40 Starter Kit ($269)

– 1 Explore 40L backpack 
– 2 Small Core Units 
Save: $110.

Estimated delivery 
Feb 2018

それから年を越して、今年は平成30(2018)年2月に入るまで何回か Progress Reports を受け取り、これだと予定どおり順調に出荷できそうだと云うことで、楽しみに待っていた。

すると2月半ばくらいに Shimoda Designs の人(Founder)から「届け先の電話番号を教えてくれ」というメールを受け取って、慌てて返信し、それから5日ほど待つと、今度は日本の宅配業者から海外からの荷物が届いているが住所の一部がわからんので教えてくれと電話があった。そんなこんなで最後はバタバタしたけど、なんとか無事に受け取ることができた。どうやら宛先にアパートメント名が抜けていたようだ :|

My gift from China

届いたダンボールは中国からの輸送便で、こんな感じ。ラベルにある「2」って番号は日本向けの出荷が2番目なのか、全体で2番目なのか?

My gift from China

ダンボールを開封した状態がコレ。ちなみにビニル袋には乾燥剤が入っていた:

Explore 40 Starter Kit

Shimoda Designs のロゴと製品名が入ったタグ:

Tag

Tag

ビニルを剥がして取り出したところ。光があたっていないので黒っぽく見えるけど、実際には青色がもっと強い感じ。バッグの大きさは40L(リットル)。他に60Lあり:

Explore 40 Starter Kit

側面と背面はこんな感じ。側面のチャックは左右で一つなので、カメラ器具を取り出す際はどちらかに寄せておく必要がある。片面にのみ横持ちのハンドルが付いていた。さらに背面に取り付けられているショルダーハーネスのポケットは充実しており、特にスマフォやそのバッテリなんかを収納できるのは最近のトレンドにあっている。ロウアーハーネスを含めてワンタッチで装着、両手で調整ができる:

側面

背面

側面

こちらは底面。表面は防水だけど、生地が意外と柔らかく傷つきやすいように見えたんだけど、実際はナイロンでがコーディングされた Carbonate Ether なる樹脂で、信じられないほどの防水機能を持っているらしい:

底面

ショルダーハーネスの根本の位置は取り替え可能:

ショルダーハーネスの取り替え

これらのポケットが自分が評価したところ。現在使用しているバッグでも悩んだのがスマフォを収納する場所。やっぱり、直ぐに手を伸ばせる位置に確実に収納したいと常々思っていた。と同時に不安でもあるのが二本のハーネスだと今の一本のハーネスよりも取り回しが低下するのではないかとも危惧したり。最終的には「慣れ」だとは思うが:

Shimoda ロゴが入ったショルダーハーネス

Shimoda のロゴがさりげない。ちなみに全てのファスナーは、このように大判の紐が付けられていて、グローブを履いたままでもジッパーを操作できる。ポケットの他にもカラビナリングやゴムバンドが付いている。ただ気になることがポケットにいろいろ収納してハーネスを締め付けたら当りどころが悪くならないか?と云うこと :O

ショルダーハーネス

このバッグで、もう一つ気になったポイントがこの背面のパット部分。現在使用しているバッグは「インビスタ1000Dコーデュラ」と云う化学繊維なのだけど、自分は「汗かき」なので、夏は背中の汗で濡れてしまって少々困っているので。さらに、このパットを開けるとバッグの中にある Core Unit の状態をそのままチェックできる上に、パットの内側には13インチ程度のノートブックやタブレットをそのまま収納できるポケットが入っているようだ。これで城攻め旅行にPCを持ち込めるぞ ;)

背面部

こちらがメインのセパレート部分。Core Unitsが少し見えている。ちなみに今回購入した “Starter Kit” には Small が二個付いていた。バッグを肩に掛けたまま、こちらのファスナーを半分ほど開けて横からカメラを取り出す感じで利用できる “Side Access” をイメージしている:

一番メインの開け口

そして、これがカメラのアクセサリーを収納して、そのままバッグに格納するための Core Units Small ☓2。その脇にある収容カバーはバッグの横に括りつけることができる袋で、カメラ本体を収容してショルダーハーネスに引っ掛けて使うことも可能:

Core Units と収容カバー

Core Unit も小さいカバーに入っているので、これ自体をそのまま取り扱うこともできる:

Core Unit Small

Core Unit の構成。Unit 内部はベロクロが着いた仕切りが付いているので、収納するオブジェクトの大きさに応じて、いろいろとレイアウトを変更できるようになっている。カバーと肩掛けベルトが付いているので、コレを単体で扱うことも可能:

Core Unit

Core Unit

最後に、これが現在使用しているカメラバッグ。これは、これでホント素晴らしいバッグ。初めて使った本格的なカメラバッグなんだけど、この HAZARD4 のモジュラ−システム(MOLE)を選択できたのは良かったと思っている 8)

HAZARD4 Photo Recon Bag + Smartphone Pouch

と云っても、まだまだ使う予定だけど。スマフォポーチには iphone6s をバッテリコード付けて収納できない微妙な大きさなのでバッテリ本体を収納している。ポーチの脇から指を入れて充電スイッチを押せるのが Good ;)

HAZARD4 Photo Recon Bag

ということで、 Adventure Camera Bag は次回の城攻め旅行から使っていく予定。

からあげ専門店 からやま − A Fried Chicken from ASAKUSA.

最近、鶏の唐揚げが無性に食べたくなる機会が増えてきたが、また仕事帰りに1軒見つけた。からあげ専門店「からやま」。専門店と云うだけあって、唐揚げは美味しい。「かつや」系列の店らしい:

からやま 溝の口店

すた丼屋の唐揚げは単に量が多いと云う以外に特徴はないと最近思うようになった。宣伝しているほど味が濃くない。オマケに揚げムラも多い。

今回、初めて注文したのがお店デフォルトの「からやま定食」(590円)+からあげ1個追加(120円):

「からやま定食」(からあげ+1個追加)

オープン記念か何かで御飯は大盛りを選択できるようだったのだけれど、初めてなのでパスしたが、お膳に付いてきた小さい茶碗一杯の御飯を見て、大盛りにしておけば良かったと後悔した ;(

からあげ自体は、大きめで中は熱々。揚げた表面もよかった。キャベツは申し訳無さそうにあるだけ。これはこれで寂しい。味噌汁は最近では珍しく、とろろ昆布入り。つけダレは左から「すりおろしニンニクたれ」と「甘辛醤油たれ」。味は唐揚げにマッチするが、この小皿に大きな唐揚げを付けるのが至難の業:

唐揚げ4+1

カウンターには漬物と、なぜか塩辛が食べ放題だった。夜の時間帯は混んでいるが、ちょっとしばらく通いそうな雰囲気。あとはもう少し安ければ良いのだけれど :|

からやま 溝の口店
神奈川県川崎市高津区溝口1-14-1