太宰府天満宮 − Stopped by Dazaifu Tenmangu Shrine before Castle.

今となっては一昨々年(さきおととし)は、平成27(2015)年の夏休み明けに広島まで出張があったのに合わせて九州は福岡県にある城攻めと立花宗茂公ゆかりの地を巡ってきたが、生憎の天気ともあって、天候が回復するまでの時間を使って太宰府天満宮も参拝してきた:

太宰府天満宮の御本殿

この日のために、前日の土曜日から広島入り。当日の日曜日は早朝に飛び起きて広島から JR新幹線こだま821号に乗り、8:00am前には博多に到着していた。こちらが広島駅から乗ったJR西日本のひかりレールスター700系:

新大阪発、博多行き

JR西日本の山陽新幹線

ひかりレールスター 700系

博多駅からは地下鉄空港線で天神へ移動し、天神駅から西鉄福岡駅へ向かった。ここで自身初の西鉄に乗車。まずは大牟田線で西鉄二日市へ、そして西鉄太宰府線に乗り換えて終点の太宰府へ。
こちらが西鉄福岡駅から乗った西鉄天神大牟田線急行・花畑行き:

天神大牟田線5000系

そして西鉄二日市駅で、太宰府線の8000系。こちらの車両は昨年は、平成29(2017)年に引退してしまったのだとか:

西鉄太宰府線8000系(当時)

この時の福岡県全域は、前日が大雨で、翌日はなんとか雨は上がってくれたが、西鉄太宰府駅へ到着してみると重く低い雲が立ち込めるといった空模様だった:(
こちらが西鉄太宰府駅:

西鉄太宰府駅

まず、午前中は「嗚呼壮絶岩屋城址」の碑で有名な岩屋城高橋紹運公の墓所を巡るために、ここ太宰府駅から城址まで40分ほど歩いて登る予定であったが、なんとも天気がすぐれなく、いまにも雨が降りそうな空模様だったので、雲が南へ通り過ぎてくれるであろう30分ほどの時間を、駅近の由緒高い太宰府天満宮へ行ってきた。せっかくなので、今回の出張安全祈願、天気の快復祈願もしたかったし 0:0

まずは参道。駅からホントに近かった。日曜日の9:00amちょっと前:

駅から太宰府天満宮へ

案内所前にたつ「太宰府天満宮」の碑と、鎌倉末期に建てられた大鳥居(県指定文化財)。この奥右手には案内所とトイレがあった:

太宰府天満宮」の碑

大鳥居(県指定文化財)

鳥居をくぐって先の正面に建つのは延寿王院の山門。天保5(1834)年の建造で、切妻造り本瓦葺き。桃園天皇(1741年〜1762年)より院号を賜った現在の宮司邸で、幕末には西郷隆盛や高杉晋作、坂本龍馬らが出入りしたとか:

延寿王院の山門

この山門の手前を左折した先には心字池[a]心の文字をかたどることから「心字池」と呼ばれているのだとか。がある。本殿に参拝するに辺り、この池を渡ることで身も心も清浄になるという。それ故に、この辺一帯は神苑と呼ぶらしい。:

神苑にあたる心字池と太鼓橋

心字池には3つの橋が架かっており、手前から太鼓橋・平橋・太鼓橋となる。右手に見える社は志賀社:

太鼓橋と平橋と志賀社

心字池に架かる太鼓橋脇に建つ志賀社(重要文化財)は天満宮の末社で、長禄2(1458)年に再建されたもの。神殿は入母屋造り、祭神は海神(綿津見三柱神/わたつみ・みはしらのかみ):

志賀社(重要文化財)

心字池を渡った先に鳥居があり、その奥には楼門がある。本殿に向いている側と太鼓橋に向いている側でそれぞれ形態が異なる珍しい門で、現在建つ門は焼失後に大正3(1914)年に再建されたもの:

鳥居と楼門

楼門(太鼓橋側)

こちらが本殿側の楼門:

楼門(本殿側)

この楼門をくぐった先に鎮座しているのが御本殿。五間社流造で屋根は檜皮葺で、この本殿が菅原道真公の墓所にあたる:

筑前宰相・小早川隆景公が再建した御本殿

太宰府天満宮は、太宰府に左遷され延喜3(903)年にこの地で亡くなった菅原道真公を祀っている。幼い頃から文才に秀(ひい)でた道真公は政界での異例の昇進をにより、当時の有力者・藤原氏から疎んじられ失脚し都を追われた:

筑前宰相・小早川隆景公が再建した御本殿

御本殿は幾度の戦火で焼失したが、現在の本殿は天正19(1591)年に、関白秀吉の九州征伐後の論功行賞で筑前国を賜った筑前宰相こと小早川隆景公の尽力により造営されたもので、現在は国の重要文化財になっている。このあとに攻める予定の、かってあった岩屋城での戦いでは戦闘が始まる前に寄せ手(島津軍)と守り手(大友軍)との間で太宰府天満宮などの史跡に戦火が及ばないようにする取り決めが交わされていたとか:

御本殿

御本殿

しっかりと出張安全と城攻めと天気快復を祈願してきた。すると、雲はまだあったが雨は完全にあがったようなので城攻めを再開することに。御守をおみやげに購入して社務所側に出ると、これまた見事な大楠(おおくす)が立っていた。樹齢は1000年とも1500年とも。国指定の天然記念物らしい:

大樟

高さ39m、根廻20m、目通12mの巨木:

天然記念物の大樟

雨は上がったが、当初の予定よりも遅れていったため岩屋城址までは駅前からタクシーで移動した(10分/当時1200円くらい)。帰りは40分かけて太宰府駅までおりてきたけど :D

そして、次の城がある柳川市へ移動した。こちらは太宰府駅から西鉄二日市駅まで乗った観光列車「旅人」[b]太宰府の地で多くの歌を残したとされる歌人・大伴旅人から付けた名前らしい。

太宰府線の特別列車「旅人」

もともとは特急車両であった8000系を太宰府観光用に改造した特別車両になっていた:

太宰府線の特別列車「旅人」

西鉄二日市から西鉄天神大牟田線で西鉄柳川まで移動した。こちらは3000系:

西鉄3000系

そして西鉄柳川駅で見た7050系:

西鉄7050系

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also太宰府天満宮 (フォト集)

太宰府天満宮
福岡県太宰府市宰府4丁目7番1号


こちらはオマケ。

太宰府駅で購入したサントリー天然水のラベルを見たら「阿蘇」だった。この時に初めてサントリー天然水に採水地なるものがあるのを知った。それから広島へ戻って購入したのは「大山」だった。出張から戻って、改めてサントリー天然水を買ってラベルを確認すると、当然ながら「南アルプス」[c]そう言えば、以前、長野県松本へ行った時は南アルプスのボトルに北アルプスの水を入れたっけ :Dである。
何はともあれ、今回の出張でサントリー天然水シリーズを一気に制覇してしまった;)

阿蘇の天然水

奥大山の天然水

南アルプスの天然水

参照   [ + ]

a. 心の文字をかたどることから「心字池」と呼ばれているのだとか。
b. 太宰府の地で多くの歌を残したとされる歌人・大伴旅人から付けた名前らしい。
c. そう言えば、以前、長野県松本へ行った時は南アルプスのボトルに北アルプスの水を入れたっけ :D

My Adventure Cemera Bag produced by Shimoda Designs From Kickstarter.

自身初めて Kickstarter のプロジェクトに pledge して手に入れたのが、この Shimoda Adventure Camera Bags (Shimoda Designs)。昨年は平成29(2017)年末に Gigazine.net の「冒険写真家のために機能性と収納性を突き詰めたカメラバッグ」なる記事を見て、これは Fund されるような予感がしたのと、現在、自分が使用しているバッグがカメラ器具以外に大きな物を入れることができない点が不満だったこと、そして彼らの宣伝文句の “Those Designs are driven by adventure.” が自分の趣味に合っているなぁと思って、早速プロジェクトページでプランを確認した ;)

で、実際に pledge したのは 12/11で、Kickstarter 内で Found が確定したのは 12/17。それから一週間後の 12/24 には Project Survey メールがきて、自分が今回 Reward した内容を確認し、送付先の住所とバッグの色(Blue Nights)を返信した:

Shimoda Explore 40 Starter Kit ($269)

– 1 Explore 40L backpack 
– 2 Small Core Units 
Save: $110.

Estimated delivery 
Feb 2018

それから年を越して、今年は平成30(2018)年2月に入るまで何回か Progress Reports を受け取り、これだと予定どおり順調に出荷できそうだと云うことで、楽しみに待っていた。

すると2月半ばくらいに Shimoda Designs の人(Founder)から「届け先の電話番号を教えてくれ」というメールを受け取って、慌てて返信し、それから5日ほど待つと、今度は日本の宅配業者から海外からの荷物が届いているが住所の一部がわからんので教えてくれと電話があった。そんなこんなで最後はバタバタしたけど、なんとか無事に受け取ることができた。どうやら宛先にアパートメント名が抜けていたようだ :|

My gift from China

届いたダンボールは中国からの輸送便で、こんな感じ。ラベルにある「2」って番号は日本向けの出荷が2番目なのか、全体で2番目なのか?

My gift from China

ダンボールを開封した状態がコレ。ちなみにビニル袋には乾燥剤が入っていた:

Explore 40 Starter Kit

Shimoda Designs のロゴと製品名が入ったタグ:

Tag

Tag

ビニルを剥がして取り出したところ。光があたっていないので黒っぽく見えるけど、実際には青色がもっと強い感じ。バッグの大きさは40L(リットル)。他に60Lあり:

Explore 40 Starter Kit

側面と背面はこんな感じ。側面のチャックは左右で一つなので、カメラ器具を取り出す際はどちらかに寄せておく必要がある。片面にのみ横持ちのハンドルが付いていた。さらに背面に取り付けられているショルダーハーネスのポケットは充実しており、特にスマフォやそのバッテリなんかを収納できるのは最近のトレンドにあっている。ロウアーハーネスを含めてワンタッチで装着、両手で調整ができる:

側面

背面

側面

こちらは底面。表面は防水だけど、生地が意外と柔らかく傷つきやすいように見えたんだけど、実際はナイロンでがコーディングされた Carbonate Ether なる樹脂で、信じられないほどの防水機能を持っているらしい:

底面

ショルダーハーネスの根本の位置は取り替え可能:

ショルダーハーネスの取り替え

これらのポケットが自分が評価したところ。現在使用しているバッグでも悩んだのがスマフォを収納する場所。やっぱり、直ぐに手を伸ばせる位置に確実に収納したいと常々思っていた。と同時に不安でもあるのが二本のハーネスだと今の一本のハーネスよりも取り回しが低下するのではないかとも危惧したり。最終的には「慣れ」だとは思うが:

Shimoda ロゴが入ったショルダーハーネス

Shimoda のロゴがさりげない。ちなみに全てのファスナーは、このように大判の紐が付けられていて、グローブを履いたままでもジッパーを操作できる。ポケットの他にもカラビナリングやゴムバンドが付いている。ただ気になることがポケットにいろいろ収納してハーネスを締め付けたら当りどころが悪くならないか?と云うこと :O

ショルダーハーネス

このバッグで、もう一つ気になったポイントがこの背面のパット部分。現在使用しているバッグは「インビスタ1000Dコーデュラ」と云う化学繊維なのだけど、自分は「汗かき」なので、夏は背中の汗で濡れてしまって少々困っているので。さらに、このパットを開けるとバッグの中にある Core Unit の状態をそのままチェックできる上に、パットの内側には13インチ程度のノートブックやタブレットをそのまま収納できるポケットが入っているようだ。これで城攻め旅行にPCを持ち込めるぞ ;)

背面部

こちらがメインのセパレート部分。Core Unitsが少し見えている。ちなみに今回購入した “Starter Kit” には Small が二個付いていた。バッグを肩に掛けたまま、こちらのファスナーを半分ほど開けて横からカメラを取り出す感じで利用できる “Side Access” をイメージしている:

一番メインの開け口

そして、これがカメラのアクセサリーを収納して、そのままバッグに格納するための Core Units Small ☓2。その脇にある収容カバーはバッグの横に括りつけることができる袋で、カメラ本体を収容してショルダーハーネスに引っ掛けて使うことも可能:

Core Units と収容カバー

Core Unit も小さいカバーに入っているので、これ自体をそのまま取り扱うこともできる:

Core Unit Small

Core Unit の構成。Unit 内部はベロクロが着いた仕切りが付いているので、収納するオブジェクトの大きさに応じて、いろいろとレイアウトを変更できるようになっている。カバーと肩掛けベルトが付いているので、コレを単体で扱うことも可能:

Core Unit

Core Unit

最後に、これが現在使用しているカメラバッグ。これは、これでホント素晴らしいバッグ。初めて使った本格的なカメラバッグなんだけど、この HAZARD4 のモジュラ−システム(MOLE)を選択できたのは良かったと思っている 8)

HAZARD4 Photo Recon Bag + Smartphone Pouch

と云っても、まだまだ使う予定だけど。スマフォポーチには iphone6s をバッテリコード付けて収納できない微妙な大きさなのでバッテリ本体を収納している。ポーチの脇から指を入れて充電スイッチを押せるのが Good ;)

HAZARD4 Photo Recon Bag

ということで、 Adventure Camera Bag は次回の城攻め旅行から使っていく予定。

からあげ専門店 からやま − A Fried Chicken from ASAKUSA.

最近、鶏の唐揚げが無性に食べたくなる機会が増えてきたが、また仕事帰りに1軒見つけた。からあげ専門店「からやま」。専門店と云うだけあって、唐揚げは美味しい。「かつや」系列の店らしい:

からやま 溝の口店

すた丼屋の唐揚げは単に量が多いと云う以外に特徴はないと最近思うようになった。宣伝しているほど味が濃くない。オマケに揚げムラも多い。

今回、初めて注文したのがお店デフォルトの「からやま定食」(590円)+からあげ1個追加(120円):

「からやま定食」(からあげ+1個追加)

オープン記念か何かで御飯は大盛りを選択できるようだったのだけれど、初めてなのでパスしたが、お膳に付いてきた小さい茶碗一杯の御飯を見て、大盛りにしておけば良かったと後悔した ;(

からあげ自体は、大きめで中は熱々。揚げた表面もよかった。キャベツは申し訳無さそうにあるだけ。これはこれで寂しい。味噌汁は最近では珍しく、とろろ昆布入り。つけダレは左から「すりおろしニンニクたれ」と「甘辛醤油たれ」。味は唐揚げにマッチするが、この小皿に大きな唐揚げを付けるのが至難の業:

唐揚げ4+1

カウンターには漬物と、なぜか塩辛が食べ放題だった。夜の時間帯は混んでいるが、ちょっとしばらく通いそうな雰囲気。あとはもう少し安ければ良いのだけれど :|

からやま 溝の口店
神奈川県川崎市高津区溝口1-14-1

らーめん 高はし − An Another Yokohama Ramen.

職場近くに二件あったラーメン屋「佐とう」。そのうち一方が「高はし」って名前が変わったんだそうで、先日は「らーめん 佐とう」へ行ってきたので、今回は名前が変わった方へ。:

らーめん高はし 三軒茶屋店

看板の色、そして店構えや店内は昔行った時の「らーめん 佐とう」(2件目)の時代と変わらず、看板の文字や暖簾だけが「高はし」になっていた。

で、注文したのは、お店デフォルトで「らーめん 佐とう」と同じ「らーめん」(700円)に卵(100円)つけた:

らーめん(麺硬め)(700円+100円)

スープは濃厚すぎて、ちょっと塩っぱかった :|。佐とうほどスープは熱くなく、ちょっとぬるめ。完食できるけど、って感だった。場所が駅を越えたところにあるので、今後も食べに足を伸ばすかどうかは微妙 :X

らーめん高はし 三軒茶屋店
東京都世田谷区太子堂4-23-4

函館旅行 − A Family Tour to Hakodate, HOKKAIDO in 2015.

今となっては一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年のお盆休みに実家へ帰省して、そのうちの一日を母親[a]函館生まれ。と一緒に日帰りの函館旅行へ行ってきた。朝早くから夜遅くまで、だいたいその半分くらいは電車での移動に費やしたので、もう家に着いたらどっと疲れてしまった :$。まぁ、その甲斐があって一番の目的だった五稜郭攻めの他にも市内観光もできて良かった。

JR札幌駅から06:30amすぎの特急スーパー北斗2号に乗って函館には10:00am過ぎに到着:

JR北海道の函館駅

自分はこれが何年ぶりの函館なのか全く記憶がない :/。確かなことは駅が綺麗で近代的になっていたことくらいだ。前日の予報だと、この日の函館を含む渡島地方は「曇り時々雨」だったけど、『良い意味で』全くのハズレだった。

これは到着後、駅前から眺めた函館山。一応は函館山ロープウェイ[b]自分の父親が初代ロープウエイの建設に携わったと記憶している。にも乗る予定だったので、この天気であれば大丈夫だと安心した[c]この風景を観て、あとで残念なことになることなど予想だにしなかった。

駅前からみた函館山(拡大版)

それから市電の一日乗車券(大人600円/当時)[d]2015年7月25日から函館アリーナで予定されていた GLAY の Special Live 記念チケットだった。を購入し、路面電車を利用して五稜郭公園へ移動。公園前まで市電+徒歩で30分くらいかかった。

ここで早めのお昼を摂って、そこから午前中一杯は五稜郭攻め。それから五稜郭タワーへ。これは五稜郭の遺構の一つである半月堡(はんげっぽ)の上からタワーを見上げたところ:

五稜郭タワー(拡大版)

五稜郭タワーは平成18(2006)年にリニューアルされた二代目で、高さは107m。タワーの展望台は二階建てで、回廊型のフロアは Pentagon (五角形)、さらに塔体の断面は星形になっていた:

塔体の断面は星形、展望台は五角形

展望料金は大人840円(当時)。まぁ大変な混みようだったけど、自分が五稜郭攻めしている間に、母親に切符を購入してもらっていたので、エレベータで行列待ちした以外は特に問題はなかった[e]もちろん展望台への入場制限はあったので、それなりに時間はかかったが。

で、こちらが展望台から眺め。東方面は函館空港と津軽湾:

東方面の眺望(拡大版)

東方面の眺望(コメント付き)

そして東南方面。津軽海峡の先は青森県大間あたり:

東南方面の眺望(拡大版)

東南方面の眺望(コメント付き)

こちらは南方面の眺望。函館山と立待岬が見えてきた:

南方面の眺望(拡大版)

南方面の眺望(コメント付き)

五稜郭タワー展望台から眺めた函館山方面。中央の目立つ建物が函館市役所、その右手がJR函館駅方面。ここで、ちょっと函館山にかかる雲が気になったが・・・:|

立待岬と雲がかかった函館山(拡大版)

これは函館駅方面。他には土方歳三が銃弾に倒れた場所や、箱館戦争で旧幕府軍の最後の陣屋跡などが見えた:

JR函館駅方面の眺望(拡大版)

JR函館駅方面の眺望(コメント付き)

最後は西方面の眺望。有名な亀田八幡宮[f]古くは戦国大名・松前慶広が必勝祈願したところで、後に松前藩の祈願所となった。が見えた:

西方面の眺望(拡大版)

西方面の眺望(コメント付き)

五稜郭と言うと榎本武揚ではなく新選組『鬼の副長』こと土方歳三である。展望台2Fには銅像があった:

土方歳三坐像

さらに1Fのラウンジにも銅像があった(逆光でひどい画像だけど)。そういえば昨年の秋には土方歳三の菩提寺でもある東京の高幡不動尊へ行って 銅像(新撰組時代がモデル)を観てきたっけ:

土方歳三立像

20150812-函館旅行-020.resized

土方歳三立像

五稜郭タワーの1Fは展望台乗り場の他にお土産屋さんが入っていたが、ちょっとした展示物や五稜郭ゆかりの人物の銅像があった。

こちらはエレベータホールに展示されていた開陽丸の模型。オランダ製の軍艦で、榎本武揚が江差沖まで進むも嵐のため座礁し沈没することになった悲劇の軍艦:

開陽丸の模型

北海道のお土産としても有名な「ヒグマと鮭」の彫り物:

ヒグマと鮭の木像

五稜郭から函館湾にいる新政府軍に対して使われた大砲(レプリカ):

外に展示されていた大砲

このあとは再び市電に乗って函館山ロープウェイに向かい、その途中にある観光名所を幾つか巡ってきた。
こちらは函館ハリストス正教会前に建っていた案内板:

函館山の麓にある案内図

まずは十字街駅で市電を下車して八幡坂(はちまんざか)へ。函館湾へ向かって一直線の坂は270mもあり、函館のビュースポットの一つとして有名で、かっては函館八幡宮の参道だったらしい:

八幡坂

函館のビュースポットの一つである八幡坂(拡大版)

こちらはハリストス正教会。安政6(1859)年に敷地内に建てられた初代ロシア領事館の付属聖堂として建立されたのが始まりで、正確には「函館復活聖堂」という:

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

文久元(1861)年には青年司祭ニコライがロシアから来函し、切支丹解禁を待って日本で最初にギリシア正教を布教したと云う。目地40(1907)年の大火で多くの建物が焼失したが、大正5(1916)年に現在のロシア風ビザンチン様式で再建された:

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

屋根に装着された数多くの十字架と、その装飾部を飾る冠状構造が独特な形状をしており、丸い天井がビザンチン様式特徴となっている:

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

ロシア・ビザンチン様式の聖堂

聖ニコライ(1836〜1912)は亜使徒(あしと)[g]正教会における聖人の称号。使徒に次ぐ者と云う意味らしい。で、日本の大主教なのだとか:

日本に正教を伝道した大主教・ニコライの碑

このハリストス正教会の庭から見たカトリック元町教会(左手)と真宗大谷派函館別院(右手)。おもむろに「和洋折衷」感が漂うのも函館の魅力:

カトリック元町教会(左手)と真宗大谷派函館別院(右手)

ハリストス正教会を出て函館山ロープウエイへ向かう途中、これまた函館風の長い坂「チャチャ登り」。チャチャとはアイヌ語で「おじいさん」の意。あまりにも急な坂なので、誰もが腰を曲げて登ることから名付けられた:

チャチャ登り

こちらはカトリック元町教会。安政6(1859)年にフランス人司祭が設けた仮聖堂が起源で、現在の建物は大正13(1924)年に再建されたものなのだとか:

カトリック元町教会

この教会と道路を挟んで対面にあるのが真宗大谷派函館別院(しんしゅう・おおたには・はこだてべついん)。東本願寺を本山とし一度焼失したが、鉄筋コンクリートの寺院としては日本最古のもので、大正4(1915)年の再建。国の重要文化財:

真宗大谷派函館別院の伽藍

ということでロープウエイ山麓駅付近にやってきたが、函館山を見上げると雲がかかっていた :O

山麓駅の駐車場から見上げた函館山

切符を買おうと窓口に行ってみると、係の人から山頂は雲がかかって視界は悪いとアドバイスされて、やむなく今回は諦めること ;(。ほんと山頂だけすっぽりとガスに包まれていた:

函館山ロープウエイ山麓駅からの眺め

ということでロープウエイは次回の楽しみにして、市電に乗ろうと二十間坂を下り、目に入った赤レンガ倉庫群へ。ここにある浪漫館や金森洋物館などをいろいろ巡ってきた:

BAYはこだての赤レンガ倉庫

こちらも大勢の観光客や地元の人達が楽しんでいた:

BAYはこだての赤レンガ倉庫

それから市電に乗って函館駅へ。帰りの電車まで時間があったので駅前のビアガーデンで軽く飲んだあとに、函館朝一の店や係留保存された青函連絡船などを観てきた。

こちらは朝一の道沿いにあったお店。まぁ、もっとも観光客寄せっぽい飲み屋が多かったが:

イカ、烏賊(Squids)

大きなヒラメとホタテ:

「ひらめ」と「ホタテ」

巨大な大だこ。窓に写っている自分の体と比較しても、かなりの大きさだと云うのが分かる:

「大だこ」

北海道といえば毛ガニと:

「毛ガニ(Hairy Crabs)」

そしてシマエビ:

「北海シマエビ」

朝一を抜けてベイエリアへ向かったところで函館山を眺めてみると雲がはけていた。小一時間待てば良かったかなと思うと、う〜ん、ホントに残念 :$

ベイエリアから眺めた函館山と函館湾(拡大版)

こちらが係留保存されていた青函連絡船の摩周丸。昭和63(1988)年3月13日に青函連絡船は廃線となり、実際に乗船場だった旧函館第二岸壁に係留保存されて、内装は記念館となり公開されている:

青函連絡船・摩周丸

自分は中学・高校と青函連絡船を利用して修学旅行へ行った覚えがある:

1988年で退役した摩周丸

廃線と同時に退役した摩周丸

この摩周丸は二代目。初代は戦後まもない昭和23(1948)年に就航し、二代目は昭和40(1965)年に就航した:

青函連絡船・摩周丸

函館のベイエリア:

イカ広場からの眺め

こちらは函館湾内の海上自衛隊函館基地に停泊中の護衛艦DD114「すずなみ」:

護衛艦DD114「すずなみ」

この日の函館は予報を大きく裏切った天気になったわけだけど、晴れてくれたおかげで楽しい家族旅行になった 8)

函館の空(拡大版)

摩周丸付近のいか広場には沢山のカモメがいた:

こちらをガン見するカモメ(拡大版)

こちらは帰りの電車待ちで函館駅構内をウロウロしているときに撮ったもの:

函館駅構内(拡大版)

そして函館駅で見かけた列車。真ん中が帰りに乗った特急北斗なんだけど、外も中もボロボロで、客車内に煙は入ってくるは騒音はするわで乗り心地はも最悪だったと記憶している :$

スーパー白鳥(JR東日本)

北斗(JR北海道)

特急つがる(JR東日本)

帰りの電車では「函館駅名物みがき」弁当(880円/当時)を食べて、札幌までの3時間を寝て過ごした。

最後は函館のマンホール蓋:

函館のマンホールの蓋

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also函館旅行 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 函館生まれ。
b. 自分の父親が初代ロープウエイの建設に携わったと記憶している。
c. この風景を観て、あとで残念なことになることなど予想だにしなかった。
d. 2015年7月25日から函館アリーナで予定されていた GLAY の Special Live 記念チケットだった。
e. もちろん展望台への入場制限はあったので、それなりに時間はかかったが。
f. 古くは戦国大名・松前慶広が必勝祈願したところで、後に松前藩の祈願所となった。
g. 正教会における聖人の称号。使徒に次ぐ者と云う意味らしい。