青島食堂・宮内店 − A One of the Niigata-style Ramens at MIYAUCHI.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いての「越後攻め」で、最終日の天気はこれまでの三日間からうって変わって曇り時々雨。予報によれば、新潟地方は午後から雨が降り出しそうなのだとか :O。さらに、この日はGW前半の最終日ともあって帰り(上り)の新幹線の混み具合も気になったので、あまり遅くまで攻めている余裕はなかった。そのため予定していた城攻めプランを急遽変更して[a]雨降りそうだったので、山城である北条(きたじょう)城攻めを外した。湿気が多い日の山城攻めは汗を大量にかくので。、午前中の前半は上杉謙信の家臣であり上杉四天王の一人でもある猛将・柿崎和泉守景家公の墓所(上越市柿崎区)訪問、後半は遺構は全く無く、ただ城址の碑が高校の敷地に残る琵琶島城跡を攻めることにした。そしてお昼は宮内駅近くで新潟五大ラーメンの一つである生姜醤油ラーメンの元祖として有名な青島食堂へ行き、食べたらそのままお隣の長岡から帰京することにした :)
と云うことで青島食堂があるJR宮内駅に到着したのがお昼すぎの12時半。この日は平日だったので、ちょっと行列を予想していた。まぁ駅周辺には青島食堂が3店舗[b]宮内駅前店、宮内店、そして曲新町(まがりあらまち)店の3店舗。全て駅から5〜6分圏内だった。あるので、混んでいたら別の店舗へ移動する覚悟でいたが :D。今回は豚一家が制覇した宮内店を目標とした。まずは駅を下りて、目の前にある宮内駅前店を軽く覗いてみたら行列にはなっていなかったので、予定どおり宮内店へ向かった。

こちらが宮内店。駅から徒歩5分ほど:

青島食堂(宮内店)

ちょっとラーメン屋には見えない店構えだが、覗いてみるとカウンターしか無く、見た感じは埋まっていたが「回転」は早い方で券売機で「青島チャーシュー」を購入している間に席が空いた。お店に「製麺部」と書かれているとおり、ラーメン屋というよりは工場みたいな雰囲気だった。席に着いて注文して待つこと5分ほどで登場した:

青島チャーシュー(900円)

チャーシュー麺と云っても大した肉は入っていなかったが :$。普通のラーメン(大盛り)にしておけば良かったと後悔した。味は、まさに生姜醤油そのもの。見た目も最初の味も醤油だけど、あとから生姜の香りが口一杯に広がる感じ。くどい脂も少なく、最後までスープをすすってしまった。これは寒い冬なんかに食べたいと思ってしまう支那そばだ。

ちなみに他の2店舗はこんな感じだった:

青島食堂(宮内駅前店)

青島食堂(曲新町店)

昨年食べた焼あごのラーメンといい、青島食堂の生姜醤油といい、なかなか侮りがたいラーメンが多い新潟だった。

青島食堂・宮内店
新潟県長岡市宮内3-5-3


ここからはオマケ。

この日の前半は上越市柿崎区にある楞厳寺(りょうごんじ)を訪問してきた。
これは最寄り駅である柿崎駅の駅舎。この裏は線路を挟んで日本海である。強風で雪がコンクリート壁一面に張り付いているイメージがふと思い浮かんだ :O

JR信越線の柿崎駅

そして駅前に建ててあった「かきざき観光MAP」なる案内板。ここ柿崎でも一番人気はやはり米山(標高993m)登山なんだろう:

かきざき観光MAP(拡大版)

今回、楞厳寺へは柿崎駅近くの頸北観光バスを利用した。但し、このバスはいわゆるデマンドバスと云われる予約制の乗合バスなので事前にバス会社に連絡しておく必要がある(リンクはPDF)。オマケに今回利用したバスは平日しか運行していない路線だった。ホント、事前に調査しておいてよかった。当日の朝、乗車時間の2時間くらい前にフリーダイアルで予約した。

この日は、まず長岡の宿をチェックアウトしてから駅のコインロッカーに荷物を預け、連日乗っていた朝7時過ぎの信越線・直江津行きに乗車。柿崎には8時過ぎに到着。駅からすぐの頸北観光バスのターミナルへ移動。今回乗ったのは8時半発の「芋の島中(いものしまなか)」と云う停留所までの黒岩線(リンクはPDF)。この停留所の目の前に楞厳寺があった。
で、こちらがデマンドバス。行きは自分一人だけだった。料金は片道460円(当時):

頸北観光バス・デマンドバス・黒岩線

柿崎から20分程で目的地の停留所に到着。ふと周囲を見渡しても停留場の標識が見つからなかったのだが、近くにある雑貨屋の壁をよくみると標識が貼ってあった ;)

「芋の島中」停留所

ちなみに上り下り共通の標識(停留所)だった。で、次に上りが戻って来るのが40分先。おかげで、ゆっくりと楞厳寺境内を散策することができた。
ここ楞厳寺は柿崎和泉守景家公の菩提寺であり墓所がある他、上杉謙信が長尾虎千代と呼ばれていた幼少時に修行していた林泉寺の師匠にあたる天室光育和尚の墓所もある。さらには西国三十三所[c]もともとは近畿地方と岐阜県に点在する33ヶ所の観音信仰の霊場の総称らしい。を模した観音像が建立された「西国三十三観音」なる名跡もあった:

楞厳寺

西国三十三観音

それから、再びデマンドバスに乗って柿崎駅へ戻ったが、この時は集落のおばぁちゃん達と同乗することに。聞くところによれば、明日からGW後半が始まるため唯一の平日である、この日にバスを利用しているのだとか。ご苦労様です。

そして、柿崎から再び信越線に乗って次は柏崎へ。駅から徒歩30分位のところに琵琶島城跡がある。但し、往時の遺構はもちろん面影は全く無かった。現在は県立高校の敷地に城址の碑が建つだけだった:

琵琶島城跡の碑(拡大版)

こちらは城跡の側を流れる鵜川。往時は蛇行し、それによって形成された半島状の場所(左手の高校が建つ場所)に琵琶島城の本丸があったらしいが、現在は河川改修で流れが真っ直ぐになっていた:

琵琶島城址と鵜川(拡大版)

駅から往復60分かけて、この程度の見所だったので、どっと疲れた ;(。そのため早々にラーメンを食べるため宮内まで移動した。

こちらは柿崎駅のホームで見かけた新潟県の宣伝ポスター。新潟県の美味しい物をピースに見立ててパズルになっていた。なかなかのアイディア 8)

「うまさぎっしり新潟」

最後は長岡駅で上りの新幹線を待っていた時に見かけたE4系Maxとき。再来年の2020年末までには引退する車両だ:

E4系Maxとき

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also楞厳寺と柿崎和泉守景家公墓所 (フォト集)
See Also琵琶島城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 雨降りそうだったので、山城である北条(きたじょう)城攻めを外した。湿気が多い日の山城攻めは汗を大量にかくので。
b. 宮内駅前店、宮内店、そして曲新町(まがりあらまち)店の3店舗。全て駅から5〜6分圏内だった。
c. もともとは近畿地方と岐阜県に点在する33ヶ所の観音信仰の霊場の総称らしい。

越後長岡小嶋屋 本店 − A Niigata Local Dish Hegi soba(TAKE2).

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いての「越後攻め」で、三日目の午後一杯は新潟県上越市にある高田城跡へ。ここは、昨年には続100名城にも選定された城跡。と云っても、同様に選定され、この日の午前中に攻めてきた鮫ヶ尾城跡とでは、遺構の規模で「雲泥の差」があった。なぜ選定されたのか理解不能[a]個人の感想。まぁなんたら100名城は特に興味はないのでどうでも良いが。 :/。この高田城は廃城後に入城した帝国陸軍によって土塁や堀が破壊されている上に、その後の公園化によって往時は存在しない橋や道が設けられたり、主要なもの以外の郭(くるわ)跡を示す碑が建っていないし。さらに売りの一つである三重櫓は発掘や古絵図の調査結果を基にした模擬復原であるが、築城当時は二重櫓であったし。
と云うことではあるけど、せっかくここまで来たのでお昼を摂った後に同じ沿線にあった高田へ移動して、駅から徒歩で15分ほどのところにある高田公園へ向かった。そして足早に公園を周ったあと、宿がある長岡へ戻ったのが19時すぎ。夕食は、昨年の越後攻めで初めて食べた越後長岡小嶋屋の本店で。栃尾の油揚げがお目当てだ :D

皇室献上・越後長岡 小嶋屋 殿町本店

実のところ、初日の夕飯も同じ越後長岡小嶋屋で食べた。と云っても、この本店ではなく長岡駅に隣接するCoCoLon長岡のレストランフロアの支店の方だけど。そこのメニューは本店と違っていて、残念ながら栃尾の油揚は食べることができないのである :|

で、この日の日中は暑かったけど、長岡へ戻ってきたら気温が下がって寒いくらいだったが、まずは冷たい生ビール。そして栃尾油揚ハーフと越の鶏(こしのとり)の塩焼きを注文した。

まずは栃尾油揚ハーフ。昨年、初めて食べて好物の一つになってしまった:

栃尾油揚ハーフ(432円)

ハーフ・サイズながらも分厚く、食べ応えがあるので充分ビールのおつまみになる。加えて、この店オリジナルで、油揚げの間にネギ味噌や梅肉が挟まっているのも嬉しい:

小嶋屋オリジナルの栃尾油揚げ

こちらが越の鶏の塩焼き。新潟県のブランド鶏らしい。脂少なめ。そのせいか、ちょっと硬かった:

越の鶏の塩焼き(854円)

ビール一杯飲んだだけで寒くなってきたので早々に退散することに。〆はへぎそばと海老天丼(小)を注文した。例の初日は「へぎそば+タレカツ丼セット」を食べているので被らないようにした:

へぎそばセット(854円)

海老天丼小(864円)

うーん、そばは昨年同様に美味しかったが、この値段で天丼は普通以下だった[b]てんやの方がうまい。。蕎麦屋なのに残念 ;(
ということで栃尾の油揚げは新規に開拓した店でも安く食べれるので、ここ小嶋屋は今回で最後かな :X。正直、前回食べた時の衝撃は無くなっていたし[c]初日にも食べているからかも知れないが、値段的に相応ではなくなっているような気がした。

越後長岡小嶋屋 本店
新潟県長岡市殿町2-2-9


ここからはオマケ。

こちらは自身初の上越市高田で見かけた古物商。店頭に立っていた鉄人28号が目についただけだが:

県道R38沿いで見かけた古物屋

高田は越後高田藩15万石の城下町でもあったことから、その町並みに名残が感じとれた。例えば一直線の通りで町割りされていたり:

真っ直ぐに延びる通り(拡大版)

往時は、高田城の外堀でもあった青田川はたくさんの橋が架けられた憩いの場であり、春の桜の季節では外せない場所になるらしい:

青田川

青田川散策マップ(拡大版)

そして高田城跡に造られた高田公園:

高田公園

その見所の一つである三重櫓(模擬復元):

水堀と三重櫓(拡大版)

なんとなく、西堀橋と極楽橋:

西堀橋(往時は存在していない橋)

復元された極楽橋

最後は直江津駅で電車待ちしていた時に見かけた北越ほくほく線のHK100形:

北越ほくほく線のHK100形

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also高田城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 個人の感想。まぁなんたら100名城は特に興味はないのでどうでも良いが。
b. てんやの方がうまい。
c. 初日にも食べているからかも知れないが、値段的に相応ではなくなっているような気がした。

とん汁たちばな − Tonjiru, A local delicasy of ARAI, NIIGATA.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いて「越後攻め」。三日目の午前中は新潟県妙高市にある標高185mの鮫ヶ尾城跡へ。ここは今から10年前(当時)に国指定史跡に指定され、昨年には続100名城にも選定された城跡だ。
この日は長岡駅近くの宿を出て7時発のJR信越線で直江津まで移動し、直江津からえちごトキメキ鉄道妙高はねうまライン・妙高高原行に乗り換えて北新井駅に着いたのが9時くらい。無人駅だけど構内に置いてあった城址までの案内図を参考に40分くらいかけて、田園風景と遠く妙高山を眺めながら城跡へ向かった。途中、勝福寺へ立ち寄ってから東登城口から攻める予定だったが、トイレに行きたくなったので北登城口近くにある「斐太(ひだ)歴史の里・総合案内所」[a]斐太神社の裏(西側)にあり、県道R85沿いに「ようこそ鮫ヶ尾城跡」という看板があるので、そこから登ると駐車場があり、更に登ると「斐太遺跡群・斐太遺跡」の敷地に入る。そこを進むと案内所がある。へ向かった。用を足して案内所の展示物や説明板を読んでいたら、案内所のおばさんからお茶と梅干や辣韮なんかを頂いた。この日も晴天で暑さに注意していたので、このおもてなしには感謝。さらに案内所脇にある北登城口は、上信越道の工事で通行止めが延期になっていると云う現地情報も入手できた。ちょっと遠回りになったけど立ち寄っておいて良かった。これはオススメ 8)

それから2時間くらいかけて城址一帯を攻めて、大手道であった南登城口から下りて、午後の城攻めに向かうために再び北新井駅へ。ちょっとゆっくり城攻めしたため予定の時間を1時間ほど超えていた。そのため、お昼は次の城攻めの最寄りである高田あたりで摂ろうかと思ったけど、どうしても行ってみたいお店があったので、炎天下を片道20分ほど歩いて行ってきた。そのお店は豚一家も制覇したとん汁の店たちばな

国道R292沿いにある新井名物とん汁・たちばな

この日は平日だけど、GW中は平日を含めて営業中だったので助かった :)

国道R292沿いにあるとん汁の店たちばな

豚肉・玉ねぎ・豆腐・白味噌で作ったとん汁と、矢代産コシヒカリの御飯の組み合わせは城攻めでの疲れを癒やし、さらに次の城攻めのパワーの源となること間違いなかった :D。炎天下、駅前から歩いてきてお店に到着したのは昼時を過ぎた13時半。カウンターに何人か居るぐらいで、すんなりテーブル席に通してもらえた。注文した品は、店一番人気のとん汁定食(ライスは並):

とん汁定食(950円)

ライスは並だけど、丼ぷり一杯ある。コシヒカリで粘り気があり、甘く美味しい。そこに少し塩っぱ目のとん汁がベストマッチだった;)

たっぷりのとん汁(豚肉・玉ねぎ・人参・白味噌)

玉ねぎが甘かったが、玉ねぎ好きの自分としては問題ない。白味噌のコクある汁も美味しかった。

とん汁の店たちばな
新潟県妙高市栗原2丁目3-10


ここからはオマケ。

直江津から乗車した妙高はねうまラインのET127系妙高高原行きと、北新井駅から高田方面の眺め:

ET127系(直江津〜妙高高原)

北新井駅(無人駅)のホーム

こちらは城址へ向かう途中に眺めることができた妙高山・火打山。未だ雪が残っていた:

田園風景と妙高山方面の眺望(拡大版)

こちらは籠町南葉山・南葉山・青田難波山:

上新バイパスと籠町南葉山・南葉山・青田難波山(拡大版)

その手前に見える低い(150mクラスの)山が鮫ヶ尾城跡と斐太遺跡地区:

田園風景と鮫ヶ尾城跡+斐太遺跡地区

矢代川の支流と、その近くに生えていた乙吉の大けやき(妙高市指定文化財)。大けやきは高さ30m、樹齢は約500年:

矢代川(支流)

乙吉の大けやき

炎天下をとぼとぼ歩いていると出会った野鳥。物珍しそうな眼差しだった:

途中に出会った野鳥

こちらは斐太神社。うっそうとした杉にすっぽりと囲まれていた:

807年創建の斐太神社(拡大版)

鮫ヶ尾城址の麓には、弥生時代の遺跡も多数発掘されているそうで、この辺りは斐太遺跡群斐太遺跡(国指定史跡)が広がっていた:

矢代山B地区の斐太遺跡

浅い窪みとして確認できる竪穴式建物は60箇所を超え、尾根筋を分断する鋭い傾斜の空堀が二重に巡らされていた(外環濠跡):

外環濠跡

外環濠跡

こちらが鮫ヶ尾城の本丸跡:

標高185mの山頂部にある本丸跡

最後に、総合案内所で頂いたお茶と香の物:

総合案内所にて休憩

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also鮫ヶ尾城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 斐太神社の裏(西側)にあり、県道R85沿いに「ようこそ鮫ヶ尾城跡」という看板があるので、そこから登ると駐車場があり、更に登ると「斐太遺跡群・斐太遺跡」の敷地に入る。そこを進むと案内所がある。

山屋 − Local Japanese Bar at NAGAOKA.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いて「越後攻め」。但し、今回は新潟県上越市周辺の城跡を巡るため、新潟市内ではなく長岡市内に宿をとった。おかげで毎日片道2時間くらいかけて移動することになったが :$。最初は直江津あたりで宿を探したんだけど意外と割高なホテルが多く、それにしてはサービスは良くないといった評判が目についた他に、個人的になんとなく「寂しい街」っていうイメージが大きかったのでやめることにした。城攻めの疲れを癒やしてくれそうな飲み処・食べ処が見つからなかったし :O。まぁ実際に駅周辺をうろうろしたけど、予想通りで、どちらかと云うと住宅街と云う感じだった。

ということで始まった越後攻め初日は晴天(24℃)の中、7時半に東京発の新幹線たにがわ77号に乗って越後湯沢へ。所要時間は1時間半くらい。自由席は特に混むことなく、浅草ヨシカミのロースカツサンド(700円)を食べたあと少し仮眠をとって、越後湯沢からは超快速スノーラビットに乗り継いで新潟県南魚沼市の六日町へ。それから駅前にあるスーパーでお昼を調達し、坂戸城跡がある坂戸山[a]標高は東京スカイツリーと同じ634m。を登山してきた。登りのコースは予想に反してそれほど難儀しなかった[b]もちろん傾斜はキツイし暑さもあって息はあがるが、休みながら登って行けば特に問題はなかった。山頂では小さい子供達に大勢会ったし。が、降りのコースは階段ばかりで膝にきて、最後は足が釣ってしまった。それよりも精神的に一番キツかったのは iPhone の激しいバッテリー消耗に加えて、城攻め途中で充電用ケーブルが断線してしまったようで、一度も充電できなかったことかなぁ ;(。バッテリー残りわずかと云ったところで電源OFFしてしまったので、予定していた城攻めの一部や楽しみにしていた居酒屋をキャンセルせざるを得なかった。そう云うことで、城攻めを終えたら寄り道せずに宿のある長岡へ移動し、コンビニで充電ケーブルを調達してホテルで充電させている間、駅ナカで夕食を摂って、風呂入って早々に就寝してしまった。
今回も城攻めの予定は全てスマフォ依存だったので、かなり不自由だった :(

二日目は5時前に起床し、7時ちょっとすぎの長岡発、直江津行きの信越本線に乗ってえちごトキメキ鉄道妙高はねうまライン・妙高高原行に乗り換えて春日山駅に着いたのが9時ちょっと前。ここから8時間くらい使って春日山城跡林泉寺、さらには加賀街道沿いを直江津駅まで歩いて城跡を巡ってきた。この日は予定を1時間ほど過ぎた19時すぎに長岡に到着。連日、夏日の気温でかなり水分を欲したので宿泊先すぐ近くにある「山屋」と云う知る人ぞ知る地元で人気の居酒屋へ。
「某◯ログ」には「一人で入りやすい」と書いてあったけど、実際は店内が見えないので入りづらかった〜[c]外からは2Fの一部を見上げることはできるが、席が空いているかどうかは分からないと云った程度。

ビルの2Fにある山屋

開店から既に1時間たっているので少し心配したが、中に入ると運良く親父さんの目の前にある最後の席が空いていて良かった 8)

まずは生中(500円)を注文して、壁に貼ってあるメニューを眺めることに。こちらは、ゼンマイのお通し。あっさりして美味しかった:

ゼンマイのお通し(300円)

ここで注文したのは「栃尾油揚」、「鮭ハラ身焼き」、「しいたけ焼き」、「もち豚串焼き」と「つけもの」。
鮭ハラ身焼き[d]魚や肉は、とにかく大きいし量が多い。は巨大らしく、半身で焼いてもらうことにした(500円)。

これは、つけもの。少しあっさり過ぎだったけど美味しかった:

つけもの(400円)

匂いが食欲をソソる「もち豚串焼」:

もち豚串焼き(750円)

山盛りだった、しいたけ焼き。見た時は食べきれるものか心配になった :D

しいたけ焼き(350円)

こちらは一番食べたかった栃尾油揚。昨年の越後攻めで栃尾へ行った時に初めて知った名物の大きな油揚げで、長岡に来たら絶対に食べるようにしている:

栃尾油揚(500円)

そして鮭ハラ身焼き。親父さんが半分にしてくれたもの。塩かげんが丁度良くて、汗をかいて渇いていた体にドーンとしみた。骨以外の全てを平らげた:

鮭ハラ身焼き(500円)

以上を生中二杯でペロリを完食した後、酔いが回っているのが分かったので、明日の城攻めに配慮して梅酒ロックに変更。まずは越乃景虎・梅酒。これは薄くてグビグビいけた:

越乃景虎・梅酒のロック(600円)

で、今度は野菜と肉をメインに再び何品か注文。「ニンニクの芽炒め」、「とりもも焼き」(これも親父さんにハーフにしてもらった)、そして二杯目の梅酒ロックは鶴齢の梅酒。新潟の梅酒は吟醸酒で仕込むものが多いようだ。日本酒はダメだけど梅酒なら大丈夫。

こちらはニンニクの芽炒め。塩味。翌日の城攻めのために:

ニンニクの芽炒め(350円)

一人前のとりもも焼き。うまい:

とりもも焼・ハーフ(500円)

鶴齢の梅酒ロック。甘過ぎず、純米吟醸の味がした美味しい梅酒:

鶴齢の梅酒ロック(600円)

このあたりで大分、お腹が膨らんできたので次の日の準備のためオーダーストップにした。そろそろ腰を上げようかと思っていると、横からバナナの甘〜い匂いが漂ってきたので見てみるとアルミホイルに包まれた焼きバナナだった。珍しかったので眺めていると、親父さんからサービスで頂いた。バターを乗せて焼いたようで匂いがとても良かった:

バナナのホイル焼き(サービス)

焼きバナナは抗酸化力が強いようで、翌日の活力をもらった感じ。
また食べにきたいお店が見つかった :)

山屋
新潟県長岡市城内町2-749-11


ここからはオマケ。

初日に東京から乗ってきた新幹線たにがわ77号。E2系の10両編成

E2系 たにがわ@越後湯沢

こちらは越後湯沢から六日町まで乗った北陸急行ほくほく線の超快速スノーラビットHK100。この日は日曜日だったので、限定車両の「ゆめぞらII」(2両編成)だった:

北陸急行ほくほく線・ゆめぞらII

六日町駅にある展望エリアから坂戸城跡のある坂戸山を眺めたところ。標高は、東京スカイツリーと同じ634m:

六日町駅の展望デッキからの眺め

坂戸城址は麓に居館跡がある他、山頂付近には本丸などの幾つかの郭(くるわ)があったとされるが、実際には堀切や土塁くらいしか残っていなかった:

坂戸城跡(拡大版)

坂戸城跡(拡大版)

駅から徒歩20分くらいで坂戸山の登城口に行くことが可能。こちらは、その途中に流れていた魚野川:

魚野川

魚野川を渡る手前にある温泉場には「与六と桂姫の像」なるものが建っていた。与六はのちの直江兼続、桂姫は上杉景勝の妹で、二人の恋物語は「お六甚句」と云う唄になって、地元の盆踊りで歌われるのだとか:

お六と桂姫銅像

坂戸山の登山コースは幾つかあるようだけど、今回は「上り」は急坂が多い城坂コース(公称80分)、「下り」は階段が多い薬師尾根コース(公称60分)にした。

この日は夏日で予想外に暑かったが城坂コースを登って行くと雪が残っていたり、南魚沼市の眺めがとても良かった:

五合目あたり

六日町駅がある南魚沼市の眺望(拡大版)

なんとか山頂にたどり着いたが、ホントに眺めが素晴らしく、疲れが吹っ飛んでしまった;)

三国川源流をとりまく山々(拡大版)

本丸にあたる山頂には富士権現の社が建っていたが、おびただしい数のハイカーによって占拠されていた :O

山頂部

それでも360度、周囲の眺望が素晴らしく、途中で挫けずに登ってきて良かったと思った8)

駅がある城址西側の眺望(拡大版)

これは山頂から城址東側と南側の眺望:

城址東側に八海山を拝めた(拡大版)

城址南側(拡大版)

ここ坂戸山周辺はカタクリの群生地としても有名らしく、登山道の途中には立入り禁止のエリアが多数設けられていた:

カタクリ群生地

カタクリ

麓の銭淵公園には鴨がいたり:

つがいのマガモ(中央がメス、左下がオス)

喜平次(のちの上杉景勝)と与六(のちの直江兼続)の銅像が建っていたり。おそらく10年ほど前の大河ドラマの名残だろう:

喜平次と与六

こちらは二日目に宿のある長岡市長岡駅から上越市直江津駅・春日山駅へ移動した時に乗った/見た車両:

E129系(長岡-直江津)

ET127系(直江津-春日山)/妙高はねうまライン

ET122系(日本海ひすいライン)

こちらは妙高はねうまラインの春日山駅を下車して春日山城跡へ向かう途中にあった謙信公広場なる憩いの場(トイレあり):

謙信公広場

工事現場に現れた上杉謙信公:

名前はあるんだろうか?

上越市埋蔵文化財センターで遭遇した越後上越・上杉おもてなし武将隊の一人、直江兼続公。登城ガイドや山城マップの他にも、いろいろ貴重な話を頂いた。ホント親切で仁愛の将だった:

直江兼続公(上杉おもてなし武将隊)

春日山城と云うと、やっぱり上杉謙信公像:

軍神は今なお越後を睨む(拡大版)

春日山神社と物置:

春日山神社の拝殿

「毘」の物置

これは復元された毘沙門堂。まさに「オンベイシラマンダヤソワカ・・・」:

復元された毘沙門堂

ここ春日山城跡では、二年前は平成28(2016)年7月に城跡の一部が崩落して以来、ずっと通行止になっていたようだが、今年は平成30(2018)年1月に復旧・補強工事が完了したそうで、一部の遊歩道の通行止めが解除された。こちらは、その爪あと:

茶色の部分が復旧・強化されたところ

本丸跡や天守台跡からの眺めも、また素晴らしかった 8)

春日山城

本丸跡からの眺望

本丸跡からの眺望

本丸跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

天守台跡からの眺望

こちらは天守台跡からのパノラマ:

城址東側に広がる上越市の町並み

春日山神社脇にある茶屋で、コシヒカリの米粒が入ったバニラ・アイスクリーム(260円)を購入して、暑さを吹き飛ばした:

新潟産コシヒカリ入り

それから春日山城址の麓にある林泉寺にも足を伸ばしてきた。こちらは惣門:

惣門

山門。上杉謙信公が寄進したものは江戸時代に焼失した。これは大正時代に再建されたもの:

山門

本堂と、本堂から眺めた山門・鐘楼:

IMGP8743.resized

本堂

境内

ここ林泉寺には上杉謙信公の墓所の他にも、謙信公の祖父と実父の墓所もあり、さらに上杉家が會津へ転封した後に越後へ入封してきた堀家の墓所もあった。また宝物館には貴重な甲冑や史料が展示されていた。

この後は春日山史跡公園を経由し、旧加賀街道を通って直江津駅まで歩いた。こちらが加賀街道の説明板:

加賀街道散策絵図(拡大版)

現在でも沿道には松の木が立っていた:

旧加賀街道(県道R185)

旧加賀街道(県道R185)

途中、有名な親鸞ゆかりの旧跡があったりして意外と見所があった:

本願寺国府別院

最後は直江津駅付近で見かけた電車たち:

妙高ときめきラインのET127系

E653系・特急しらゆき

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also坂戸城攻め (フォト集)
See Also長尾政景公墓所と歴代上田長尾氏顕彰碑 (フォト集)
See Also春日山城攻め (フォト集)
See Also春日山林泉寺と上杉謙信公墓所 (フォト集)
See Also御館攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 標高は東京スカイツリーと同じ634m。
b. もちろん傾斜はキツイし暑さもあって息はあがるが、休みながら登って行けば特に問題はなかった。山頂では小さい子供達に大勢会ったし。
c. 外からは2Fの一部を見上げることはできるが、席が空いているかどうかは分からないと云った程度。
d. 魚や肉は、とにかく大きいし量が多い。

うなぎ料理 若松屋 − An Eel Steamed in a Bamboo Steamer at YANAGAWA.

今となっては一昨々年(さきおととし)は、平成27(2015)年の夏休み明けに広島まで出張があったのに合わせて九州は福岡県にある城攻めと立花宗茂公ゆかりの地を巡ってきた。
午前中の太宰府市は生憎の天候であったが、午後に柳川市へ移動した頃には、すっかり雨は止んでくれてよかった。遺構が殆ど残っていなかった柳川城攻めは正直なところ物足りなかったけど、ほぼ徒歩での行程だったので、午後のエネルギーを補給するため、お昼は行列覚悟で柳川名物の鰻を食べることにした ;)

柳川城跡である中学校・高校の立ち入りは不可なので、その周囲をぐるりと一周してから御花(おはな)の前を通り、事前に調べておいた鰻屋がある水路沿いの場所へ向かった。そこには同じように老舗な鰻屋が軒を連ねていて、美味しそうな鰻の匂いが辺りに漂っていた :D
目的地の若松屋豚一家も完食していた安政年間創業の老舗の鰻屋で、柳川の郷土料理の一つである「鰻の蒸籠(せいろ)蒸し」が食べられる。が、しかしお店の前は予想以上の行列でごった返していて、見たところ1時間くらいは待たなければ入れそうもなかったが、ここまで来て諦めるわけにはいかないので待つことにした :|

若松屋

若松屋

それでも30分くらい辛抱強く待っていたら、二階にあるテーブル席に案内してもらえた。

席に着くやいなや、待っている時にメニューを見て既に決めていた「上鰻せいろ蒸し」(2,625円/当時)を注文。さらに出てくるまでに時間がかかるとのことで、待っている間はビール(560円/当時)で時間をつぶした。

そして、遂に待つこと15分ほど。出てきたせいろ蒸しが、こちら:

上鰻せいろ蒸し+肝吸い+香の物(2,625円)

お櫃の蓋をとると、こんな感じ。と、その瞬間に鰻とタレの絶妙な匂いが空腹をさらに刺激する:

上鰻せいろ蒸し

「焼きあがった鰻を、甘辛いタレを絡めた御飯の上にのせて蒸籠ごと蒸す」と云う若松屋が代々受け継いだ秘伝のタレと製法で造られた一品。この界隈に軒を並べる20軒を越える鰻屋が腕を競い合っていると云う。

鰻の上の錦糸卵が一際目を引いた:

錦糸卵が乗ったせいろ蒸し

危うくヤケドしそうなほど熱かったが、味はもちろんのこと、この時期でも脂がのって、湯気が出る鰻は、ハフハフと美味しかった:

味はもちろん、香りがとてもよかった

ホント、諦めずに行列してよかった 8)

若松屋
福岡県柳川市沖端町26番地


ここからはオマケ。

若松屋などの鰻屋が立ち並ぶ目の前に堀があって鴨にお目にかかれた:

堀と鴨

そして、今回の城攻めでは時間の都合で乗れなかったけど、傍から眺めているとやっぱり面白そうなお掘りめぐり(川下り):

お掘りめぐり

柳川市内2km四方に総延長60kmにも及ぶ掘割に敷かれた水路を、船頭が漕ぐ「どんこ舟」で巡る:

お掘りめぐり

お掘りめぐり

内堀に相当する水路には、往時に造られた水門が残っており、そこをくぐるのもお堀めぐりの醍醐味のようだ:

水門をくぐる「どんこ舟」

水門をくぐる「どんこ舟」

お掘りめぐり

「水のまち」柳川市は干拓地における米の栽培も地場産業の一つ。当時は夏真っ盛りで、すくすくと稲が育っていた:

田んぼの稲(拡大版)

こちらは若松屋で鰻を食べたあとに寄った柳川藩主・立花家別邸の御花(おはな)にある日本庭園の「松濤園(しょうとうえん)」:

大広間と松濤園(拡大版)

大広間に面して設けられた庭園は、黒松に囲まれた華やかな池庭。生憎の空だけれど、やはり落ち着く:

黒松に囲まれた松濤園(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also柳川城攻め (フォト集)
See Also立花史料館と御花 (フォト集)