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群馬県安中市 − the 1st Attack of GW in 2022.

今年は令和4(2022)年のGWは外出自粛といった恒例の措置[a]毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが 🤐️は施行されなかったので、十分な対策を講じて城攻め三昧な Week を計画した。しかしながらWeek前半は天気に悩まされた。一日前の予報も全く当てにならないって感じで :(。おかげで初日の城攻めは大雨で次の日に繰り越すことに。幸いにも翌日は晴天になってくれたが、ぬかるみとかが気になってしまった :O

と云うことで今年の GW 城攻め第一弾は群馬県安中市にある松井田城跡へ。事前に調査してみたらかなり広い城域の山城で見どころも多いようなので時間内に見て回れるか多少不安であったが。さらに小田原北條氏の重臣であり松井田城主を務めた大道寺政繁公の墓所がある補陀寺《ホダジ》にも立ち寄よる予定も追加した。この城跡には駐車場もあるようだが、車の移動時間が読めなかったので移動は公共機関と徒歩にした。

当日は東京から北陸新幹線たにがわ403号・ガーラ湯沢行で高崎まで移動した:

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JR新幹線たにがわ403号はE7系

こちらは高崎駅構内で見かけた D51 のSL時計。SL復活運転の拠点が高崎駅なのだとか:

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SL時計

そして信越本線に乗り換えて最寄り駅となる西松井田駅に到着したのが朝10時前。駅北側の高架から松井田城跡を眺めることができた。往時は全山要塞化された山城だったようだ:

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西松井田駅から眺めた松井田城跡

一方、駅の南側からは日本三大奇景の一つとされる妙義山《ミョウギサン》を見上げることができた:

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西松井田駅前から眺めた妙義山(拡大版)

今から700万年以上前に形成され、その後に風化・侵食することで険しい斜面となったらしい。ズームすると、その特異な形状がよく分かる =)

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妙義山の奇岩

こちらも同じく駅の高架から眺めることができた浅間山:

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信越本線・横川方面

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浅間山

駅北口から国道R18(松井田杯パス)へ向かう途中に大道寺家の菩提寺でもある補陀寺がある:

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曹洞宗・補陀寺

大道寺政繁公の墓所前からも妙義山をよく眺めることができた:

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補陀寺から眺めた妙義山

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裏妙義ー丁須の頭

ちなみに大道寺政繁公の供養塔は、昨年末に攻めてきた河越館跡近くの常楽寺にもある。

ここから往来が激しい国道R18沿いを歩いて、松井田城跡の登城口までぐるりと回り込むようなルートで向かった。

こちらはR18沿いを歩いていて見かけたもの。まずフジの花:

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松井田バイパス沿いで見かけたフジの花

国道R18越しに眺めた妙義山:

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松井田バイパスと妙義山(拡大版)

妙義山は白雲山(1,801m)、金洞山(1,104m)、そして金鶏山(856m)の三山からなる表妙義と、谷急山(1,162m)、烏帽子岩(1,105m)、赤岩岳、丁須の頭《チョウスノカシラ》(1,057m)、御岳からなる裏妙義を総称するものらしい:

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表妙義ー白雲山

最後は国道R18沿いに建っていた天竈朝陽《テンソウ・チョウヨウ》と古賀錦山《コガ・ギンザン》の墓碑(市指定重要文化財):

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天竈朝陽・古賀錦山の碑

二人共に江戸時代の医者であり、松井田宿で患者の診察など献身的な奉仕で多くの信頼を得たという。天竈朝陽は本名は松井安二郎と云う大坂の人で京都で医法を学んだ。天保6(1835)年に死去したあと、門人によって墓碑が建てられた。古賀錦山は九州の人で松井田宿で多くの診療に従事した。慶應2(1866)年に死去するが「天竈朝陽翁のそばに葬って欲しい」との遺言により、天竈朝陽の傍らに埋葬された。

【参考情報】

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also松井田城攻め (フォト集)
See Also大道寺駿河守政繁公墓所/大泉山・補陀寺 (フォト集)

参照

参照
a 毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが 🤐️

奥多摩釜めし・愉宇 − A simple Kamameshi has a simple taste.

先週は令和4(2022)年の天皇誕生日、陽が出ている割にはまだまだ三寒四温《サンカンシオン》なんて感じられない肌寒い祝日に、次回予定していた山城攻めの下調べ[a]駐車場の有無など確認したかった。のために東京都奥多摩まで足を運んできた。長時間ドライブに加え道に迷うなどハプニングなどあったが、通りがかりに目についた飯屋で遅めのお昼を摂ることにした[b]トイレにも行きたかったので。

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奥多摩・青梅地域では釜めしの元祖らしい

どうやらこのお店、「奥多摩釜めし」の元祖らしく釜めしセットがオススメとのことだった。この奥多摩釜めしには水炊きがつく[c]さらに+100円でうどん入りの水炊き釜にできるらしい。のがデフォルトらしい :)。本格的な釜めしは初めてなので、今回は水炊きが付かない方のミニセット(1,250円)を注文した。

釜めしが炊きあがるまで少し時間がかかるようなので前菜が出てきた。お皿に載っている山芋はこのお店で栽培したものらしい:

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前菜(温泉卵+山芋)

お店のすぐ脇を渓谷度が数段高い荒々しい多摩川が流れており、そんな渓流を眺めながら頂いた。山芋は丁度よい塩加減で美味しかった :)

あと竹で造ったシンプルな箸置きが気に入ったので帰り際にお土産として購入した。で前菜を食し終えて待つこと10分くらい。お待ちかね、釜めしセットの登場:

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奥多摩釜めしミニセット(1,250円)

お店の中は寒かったので、温かくてほくほくした釜めしはたまらないって感じだった :D。具は山菜がメインだと思ったら、他にひじきなんかが入っていたり、お米は昆布や鰹節なんかで炊いているんだそうで。奥多摩釜めしはまるまる山のモノって云うわけではないようだ:

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山のモノがメインと思ったら…

味付け素朴で、濃くもなく薄くもなくシンプル。ただかなり残念だったのがみそ汁が温るくて、他に具材のカボチャやきんぴらが冷たかったこと。具材の方はおそらく炊きあがった後に出来合いのものを載せたぽいな :$

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ひじきが入っていた

と云うことで完食。黒豆も美味しかった。好物だし:

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完食

会計の際に、店内で宣伝していた梅酒(600円)と竹細工の箸置き(200円)をお土産に購入した ;)

奥多摩釜めし 愉宇《ユウ》
東京都青梅市二俣尾1-52


ここからはオマケ。すべて下調べした山城を攻めた時のもの。

下調べは車だったけど、実際の城攻めではJRで移動した :P。こちらは最寄り駅であるJR青梅線の二俣尾駅:

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二俣尾駅

駅北口から城跡へ向かう途中にある洞宗海禅寺。大変立派な山門:

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海禅寺の山門

そして、この寺院の参道はJR青梅線が横切っていた:

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参道を横切るJR

この日攻めた山城は、奥多摩では有名な青梅高水山トレイルコースとか奥多摩丘陵ハイキングコース上にあって、COVID-19::Omicron 感染拡大中にも関わらず、たくさんの人に遭遇した。 オマケに、この日は先日の下調べした時とは大違いの暖かさだったし:

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青梅高水山トレイルランのコース

これは枡形山城の主郭跡で見かけた基準点。:

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二等基準点

枡形山城跡から物見山(405m)へ向かう途中、まだ雪が残っていた。この道はハイキングコース:

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奥多摩ハイキングコースに残る雪

尾根筋には送電線の鉄塔が建っていたが、そこに付いていた注意書き、最近どこかで見た記憶がある:

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送電線の鉄塔

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なぜ鷲?

物見山から下りていくと名郷峠:

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名郷峠(拡大版)

さらに名郷峠から振り返って見た物見山方面:

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急峻なコース(拡大版)

こちらが、今回の目的地である辛垣《カラカイ》城主郭跡:

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辛垣城主郭跡

この城は石灰岩が多かったらしく、江戸時代から採石場となっており、城の状態が破壊された状態で残っていた。なので土塁で囲まれている訳ではないらしい。

他にもハイキングコースからは巨大な岩盤をたくさん目撃した;

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むき出し岩盤

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切り立った岩盤斜面

城攻め中に見つけた不思議な切り株と無数の苔:

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切り株を覆う苔

下山したあと、多摩川に架かる奥多摩橋から城跡を眺めることにした:

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雷電山と辛垣城(辛垣山)

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奥多摩橋

この奥多摩橋から見下ろした多摩川:

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多摩川

多摩川

最後は多摩川が侵食してできた岩盤。荒川みたい:

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多摩川

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also辛垣城・枡形山城攻め (フォト集)
See Also海禅寺と三田氏墓所 (フォト集)

こちらが今回の散策ルート:

辛垣城攻めルート

活動時間は 04:15、距離は 6.1km、消費カロリーは 1937kcal。

参照

参照
a 駐車場の有無など確認したかった。
b トイレにも行きたかったので。
c さらに+100円でうどん入りの水炊き釜にできるらしい。

小田原散策 2021 − Went for the Last Walk of This Year in ODAWARA.

今月は令和3(2021)年の大雪の候少し前の週末に、今年4回目にして最後の小田原市内の散策へ。こうも何度も小田原まで足を運んだ目的は、今から431年前の天正18(1590)年に関白秀吉が西国の大名ら率いて小田原北條氏が籠もる小田原城惣構《おだわらじょう・そうがまえ》を包囲した時の、秀吉方の諸将らの陣場跡を見て回ってくることであった。まぁ、さすがに相模湾封鎖時の諸軍勢[a]脇坂安治、九鬼嘉隆、菅達長、小浜隆景、間宮高則、長曾我部元親、そして加藤嘉明らの船団。の陣場を見てくることはできないので陸の上の軍勢だけ :)。ただし遺構なんてものは期待するほど無かったけど。

ということで2021年、小田原最後の散策は惣構の北西あたりに布陣したとされる宇喜多秀家や羽柴秀次ら[b]他には一柳直盛、山内一豊、堀尾吉晴、中村一氏、織田信包《おだ・のぶかね》、そして細川忠興。の陣場跡を見て回ってきた[c]と云っても、ほとんどが立ち入り出来ない場所だったので遠くから眺めるって感じだけど。

この日のスタートは小田原市荻窪[d]往時の小田原城惣構の荻窪口近く。にある辻村植物公園前。朝9時半くらいに小田和駅西口から伊豆箱根バス・いこいの森行きに乗って辻村植物公園前で下車すると、停留所の前が植物公園:

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辻村植物公園

さすがに早いのか誰も公園内を散策している人は居なかったが :D[e]後で分かったのだけど、実はそうではなく公園の周辺には多くの人が居たのでした。、この公園は梅林が有名らしい。ちょっと時期外れだったけど:

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梅林

こちらは公園の駐車場。左手にみえる丘陵(尾根筋)上が羽柴秀次の本陣跡:

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辻村植物公園の駐車場

この尾根筋を分断して架けられた鉄橋「こもれびの橋」と、別の意味にとってしまいそうな注意書き:

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こもれびの橋

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「夜間のご利用をお控え下さい」

この橋と反対側へ歩いていくと太陽の丘と云う広場がある:

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大小さまざまな石が林立する広場

ちょっと不思議な広場:

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太陽の丘(拡大版)

ユーカリノキやホソイトスギに囲まれた広場:

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これらの石は何を意味するのか?

そして石で出来た巨大な椅子?みたいなオブジェがあったり:

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このオブジェ何を意味するのか?

案内図や説明板が無く、これらをどう受け止めればよいのか少し混乱したので正直なところ落ち着くどころではなかった :D

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新手のUFO交信所?

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青い空が清々しい

ちなみに橋の向こう側は小田原こどもの森公園・わんぱくらんどなる広大な公園があり、こちらの駐車場は早くも満車だった:

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小田原こどもの森・わんぱくらんど

次は宇喜多秀家の本陣跡を目指して、辻村植物公園の南側へ向かったが、その途中、Forest Bike と云う森の中に MTB 向けのコースがあるエリアがあった。こちらは多くの人がライディングしていた:

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Forest Bike

都市ではなく自然の中で楽しむスポーツらしい:

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レンタルも可能

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森の中で MTB を楽しむ

よく見ると初心者用から中上級社向けの本格的なコースがいくつかあった:

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本格的なコース

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初心者コース

こんな感じで楽しめるエリア:

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そばにインストラクターも居た

さらに進むとトレッキングコースに分岐する。ただ、ここも Forest Bike のコースがあるんだけど特に案内板には記載されていないので注意する必要あり:

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案内板

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この先は人は立ち入り禁止

こんな感じの坂を上る。周囲は Forest Bike のコースの他に辻村植物公園の一部で梅林があった。ここは MTB コースではないけど面白い形をしていた:

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ここは私道?

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なんとなく土橋っぽい

まだまだ紅葉が綺麗な季節だった(この辺りが宇喜多秀家本陣跡):

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右手下はダートコースだった(拡大版)

さらに急坂を登った先には広大な斜面に太陽光パネルが設置されていた(立入禁止):

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右手上に太陽光パネルがある

そこから先は行き止まりだったので来た途を戻ろうとするとけたたましい音が聞こえたので上空を見上げてみると CH-53系の輸送ヘリコプターが飛んでいた:

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CH-53系ヘリコプターは何処へ?

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米海兵隊のCH-53E?

再び辻村植物公園前まで戻り、今度は荻窪集落あたりをぐるりと周って戻ってくるコースを散策。こちら側には山内一豊や堀尾吉晴らの本陣跡がある。
しかしながら、公園から少ししか離れていないのに道路脇の森林はゴミの不法投棄が多く、全く酷いものだった :(

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両側の森林はゴミだらけ

ちなみに、このコースの先にある分岐点は、先日これまた陣場跡巡りしてきた羽柴秀勝や黒田官兵衛らの本陣跡へ向かう道に合流する。

山内一豊の本陣跡あたりは眺望が開けており、小田原城本丸周辺を眺めることができる場所だった(この下が堀尾吉晴の本陣跡):

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小田原城本丸方面の眺め(拡大版)

Amazon.JP の小田原FCも見えた[f]特に意味はないけど目に入ってきたので 😐 。

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Amazon JP 小田原FC

さきほど立ち寄った太陽の丘の脇を通って再び辻村植物公園へ戻ってきたら、今度はバスで来た時とは逆に山を下り、毘沙門橋を渡って水之尾集落方面へ:

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毘沙門橋

このあたりもトレッキングコースの一部らしいが、すれ違った人は居なかった:O

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案内板

ここからは国道 R271(小田原厚木道路)へ向ってひたすら下るだけだけど、その途中からの眺望は抜群に良かった。例えば、こちらは小田原城三の丸外郭新堀土塁附近の眺め。この土塁の左手奥が本丸跡(現在の小田原高校):

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小田原城方面の眺望(拡大版)

一方、こちらは先日行って来た箱根・箱根湯本方面の眺め:

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箱根方面の眺望(拡大版)

徒歩だと、国道 R271 の小田原西 IC を迂回する必要があるのでちょっと遠回りになるけど国道 R1 に入ったら、あとはみちなりに歩いて箱根登山鉄道の箱根板橋駅を目指す。

その途中、小田原行きの小田急1000形(赤)を目撃したり:

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赤い小田急1000形

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小田原行き

さらに途中、富士山陣城跡にも立ち寄ってきて意外と体力を消耗したが、なんとか無事に箱根板橋駅へ到着:

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箱根板橋駅

ざっと3時間程、9.3kmほど歩いてきた 8)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also小田原城攻め / 小田原城包囲戦 / 豊臣勢陣地跡(4) (フォト集)

参照

参照
a 脇坂安治、九鬼嘉隆、菅達長、小浜隆景、間宮高則、長曾我部元親、そして加藤嘉明らの船団。
b 他には一柳直盛、山内一豊、堀尾吉晴、中村一氏、織田信包《おだ・のぶかね》、そして細川忠興。
c と云っても、ほとんどが立ち入り出来ない場所だったので遠くから眺めるって感じだけど。
d 往時の小田原城惣構の荻窪口近く。
e 後で分かったのだけど、実はそうではなく公園の周辺には多くの人が居たのでした。
f 特に意味はないけど目に入ってきたので 😐 。

手打ちそば処 田毎 – Handmade SOBA of TAGOTO(TAKE3).

先月は令和3(2021)年の小雪《しょうせつ》の候近くの週末に、またまた小田原へ。この日も(前週に続いて)関白秀吉による小田原城包囲戦で豊臣方の諸将が布陣したとされる陣場跡を中心に歩いてきた。

午前中は、七年前に攻めた石垣山城の麓あたりで秀吉本陣の前衛として布陣していた諸将らの陣場跡を巡ってきた。そのあとは早川を渡って小田原北條氏が築いた惣構の遺構へ立ち寄ってから徳川時代の小田原藩主・大久保家の菩提寺を参拝して箱根口跡あたりまでぐるっと散策してきた。

午後も小田原から足柄まで移動して豊臣勢の陣場跡を巡ってくる予定だったので、お昼を早々に摂ろうと、この間に続いて再び手打ち蕎麦屋;)。こうも頻繁に同じ街へくると、なんだか悩みながら店を選ぶのが億劫になってきたことは否めない :D

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手打そば処・ 田毎

で、この日は初心にかえって(?)ミニ天丼と盛りそばのセットメニュー(1,270円)を選択:

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ミニ天丼+もり(1,270円)

ミニ天丼には中サイズの車海老、カボチャ、ピーマン、イカの温かい天ぷらが載っており、何度も同じ店で感想を出すのもなんなんだけれど、安心して食べれる上に普通に美味しい。これが一番かもしれない :D

手打そば処 田毎
神奈川県小田原市本町1-6-20


ここからはオマケ。

まずはJR早川駅から一夜城城通りにそって海蔵寺へ:

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一夜城下通り

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史跡巡りコース

海蔵寺は、秀吉本陣の前衛を任された一人で小田原城包囲中に陣没した堀久太郎秀政公の供養塔[a]この本堂とは道路を挟んで向かい側の高台に供養塔がある。がある:

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海蔵寺本堂

石垣山一夜城歴史公園へ向かう坂道は太閤秀吉にあやかってか「出世道」なんて名前がついているらしい:

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「出世道」

しかし小田原市は、小田原北條氏からみれば敵《かたき》にあたる関白秀吉をいやに持ち上げている感がするな :|

出世道沿いには小田原城包囲戦に関する説明板が立っていた[b]しかし、この手のものに興味がない人にとっては全く無用の説明板だが。

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「宇喜多秀家」の説明板

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「伊達政宗」の説明板

この説明板、よく見ると「石垣山に参陣した」って書いてあるけど秀家の本陣は石垣山ではないし、政宗の軍勢は包囲軍には参加していないけど・・・ :|

こちらは細川幽斎とその息子の忠興が北條勢を蹴散らして陣を置いたとされる富士山陣城《ふじやま・じんじろ》跡[c]遺構は残っているらしいが、現在は私有地で立入禁止だった。先日行って来たと、その麓を走る小田急の箱根登山線:

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富士山陣城跡

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小田急1000形

このあたりは猿が出没するらしい:

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「猿に餌をやらないでください」

こちらは小田原城本丸方面の眺め;

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小田原城の遠望(拡大版)

位置的に、北條氏政が篭っていた本丸が正面あたり(現在の小田原高等学校附近)、右手に見える現代の天守閣が建っている場所は北條氏直が篭っていた御殿跡だったとされている。

ともあれ、石垣山に布陣していた豊臣勢から小田原城は「丸見え」だったと云える。

もう少しズームさせて、近世城郭の小田原城本丸・二の丸・三の丸あたりの遠望がこちら:

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左手に天守閣が建っている(拡大版)

こちらは里見義康や小早川隆景らの陣場跡がある方面:

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里見・小早川・吉川らが布陣した丘陵

のちに豊臣政権で五大老の一人となる小早川隆景が本陣をおいたあたりから小田原城を見下ろしたところ:

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難攻不落?の小田原城を一望できる(拡大版)

こちらは小田原城惣構の早川口遺構の一部:

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早川口遺構

最後は、小田原藩主だった大久保家の菩提寺・大久寺境内に咲いていた御会式桜《おえしきざくら》:

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御会式桜

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also堀秀政公供養塔 / 堀秀政公墓所(2) (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原城包囲戦 / 豊臣勢陣地跡(2) (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原城包囲戦 / 豊臣勢陣地跡(3) (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原北條氏の時代 / 早川口遺構 (フォト集)
See Also小田原城攻め / 小田原北條氏の時代 / 箱根口遺構 (フォト集)
See Also大久保家菩提寺の大久寺 (フォト集)

参照

参照
a この本堂とは道路を挟んで向かい側の高台に供養塔がある。
b しかし、この手のものに興味がない人にとっては全く無用の説明板だが。
c 遺構は残っているらしいが、現在は私有地で立入禁止だった。先日行って来た

お食事 富貴 − A Restaurant at HAKONE that was Attracting Tourists.

先月は令和3(2021)年の立冬の候[a]もうそんな季節。COVID-19 の蔓延と長い緊急事態宣言のため、この年はとても短く感じられたのは自分だけではないだろう :-(、このあいだ集め始めた「巡礼!戦国北条カード」なるコレクション・カードの次のカードを手に入れるため箱根神社にある宝物殿へ。

この日は午後に小田原仕置で惣構を包囲した徳川勢の陣地跡を巡ってくる予定にしていたので、電車とバスを使って箱根までやってきた[b]おもえば公共機関を使って箱根や芦ノ湖にきたのははじめてかも。。小田原へ到着したあとは箱根登山鉄道に乗って箱根湯本まで移動。ここは、よくドラマや新春のマラソンなんかの中継で見かける温泉街だけど、自身は初めてだったりする。

そして箱根湯本から箱根登山バスに乗り旧東海道のグネグネした道を登り下りして箱根神社入口についたのが朝の10時すこし前。あとは神社通りに沿って箱根神社へ向かい、一応は本殿で参拝してから宝物殿へ向かった。ここでの観覧料は550円(当時)。常設展示は意外と面白かった :D。それから取って返して小田原へ戻る予定だったが、朝早くの移動で昼前でもお腹が空いていたので、このあたり(箱根神社入口)で食事できるところさがしながらをうろうろしていたら、とある御食事処の前に立っていた店員に呼び込まれ、ついつい店内へ[c]他の店のほとんどは未だ開いていないか、緊急事態宣言明けでも閉めたままって感じだった。

店内は小さな食堂というか喫茶店のような規模。既に一組の家族がこちらも早めのお昼を摂っていた。店の人に呼び込まれたと云っても、いちおうは店頭にあったメニューを見てある程度は何を注文するか決めて入ったつもり[d]ただ、この店を含め通り沿いの店は全体的に値段は高め。

で注文したのは店おすすめのランチセット(1,300円)。わかさぎのフライが美味しそうだったので:

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ランチセット(1,300円)

揚げたてのフライはやっぱり美味しかった。アクリル板や消毒液など置かれていて感染対策はいちおうはパスしていた感じ。箱根湯本へ戻るバスの時刻が迫っていたので、足早に店をでることになったけど。

富貴
神奈川県足柄下郡箱根町元箱根13-1


ここからはオマケ。

まずは箱根湯本駅周辺の風景。こちらは小田急ロマンスカーの終点でもある箱根湯本駅:

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箱根湯本駅

箱根登山鉄道線(小田原〜箱根湯本)の小田急1000形:

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小田急1000形

同じく箱根登山鉄道線(箱根湯本〜強羅)の1000形のベルニナ号:

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箱根登山鉄道1000形ベルニナ号

こちらは箱根湯本駅前の箱根登山バス乗り場から眺めた早川とあじさい橋、そして有名な湯本富士屋ホテルの眺め:

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早川とあじさい橋と湯本富士屋ホテル(拡大版)

元箱根港行きの箱根登山バスに乗り換え、細くてグネグネして急カーブが多い旧東海道を通って箱根神社入口についたのは50分くらい過ぎ。

神社通りに沿って箱根神社へ向かう。途中、公衆トイレ[e]この日は晴天と云う予報が大ハズレでとても寒かったので歩いていると突然腹が差し込んできた。ちょうど眼の前に清掃中のトイレがあり、清掃人の方に事情を話して無事に用をたすことができた :-) 。おまけに便座にヒータが入っていて良かった。感謝。 に寄ってから向かった:

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箱根神社の第二鳥居

こちらが境内図:

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箱根神社境内図(拡大版)

第三鳥居を通って境内へ:

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第三鳥居と「國幣小社箱根神社」の碑

石段を登って本殿へ:

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第四鳥居から石段へ

第五鳥居をくぐった眼の前が御本殿:

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第五鳥居の先が御本殿

こちらが権現造り[f]拝殿から下がって幣殿を置き御本殿をつないで一体にした江戸時代に主流となった造り。の御本殿:

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御本殿

そして「真の目的地(?)」である宝物殿:

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宝物殿

入口にあたりで観覧料(550円/当時)を払って2Fと3Fにある展示を観てきた。先日神奈川県立博物館で観てきた『開基500年記念 早雲寺−戦国大名北條氏の遺産と系譜−』に出展中の宝物もあった。

ここでは北條氏綱像と北條氏政像の二枚のカードを入手してきた[g]観覧料を払う時に「北條家のカードが欲しい」と云えばくれる。。残りは一枚:

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今日まで入手した「巡礼!戦国北条カード」

と云うことで箱根神社での目的を達成したので、午後の城攻めのために観光スポットである平和の鳥居はスルーして戻ることにした:

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遠望した平和の鳥居

こちらは神社通りを歩いている時に見かけたものなど。まずは有名なスワンボート。朝きた時はそれほどではなかったが、お昼近くになるとスワンボートに乗っている客をちらほら見かけた:

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スワンボート

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停泊中のスワンボート

こちらも有名な芦ノ湖の海賊船:

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海賊船

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航行中の海賊船

最後は箱根駒ケ岳(標高1,356m)の眺め:

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箱根駒ヶ岳

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ロープーウェー

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also2021年11月 箱根神社と芦ノ湖 (フォト集)

参照

参照
a もうそんな季節。COVID-19 の蔓延と長い緊急事態宣言のため、この年はとても短く感じられたのは自分だけではないだろう :-(
b おもえば公共機関を使って箱根や芦ノ湖にきたのははじめてかも。
c 他の店のほとんどは未だ開いていないか、緊急事態宣言明けでも閉めたままって感じだった。
d ただ、この店を含め通り沿いの店は全体的に値段は高め。
e この日は晴天と云う予報が大ハズレでとても寒かったので歩いていると突然腹が差し込んできた。ちょうど眼の前に清掃中のトイレがあり、清掃人の方に事情を話して無事に用をたすことができた :-) 。おまけに便座にヒータが入っていて良かった。感謝。
f 拝殿から下がって幣殿を置き御本殿をつないで一体にした江戸時代に主流となった造り。
g 観覧料を払う時に「北條家のカードが欲しい」と云えばくれる。