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三月九日 青春食堂 − An Old Folk House Style Restaurant at IWAMURADA.

先々週は令和二(2020)年の正月明けに長野県佐久市と小諸市にある城を攻めてきたが、最終日の二日目は晴天に恵まれた。そして最も気になっていたのが前日よりも暖かくなるとの予報 :)。そういうことで早々に宿泊先をチェックアウトして佐久平駅へ。まずは北斗の拳デザインマンホールを見物し、この日最初の城攻めのためJR小海線・小諸駅へ移動した。

小諸駅隣にある観光案内所へ直行し、レンタサイクルを借りて飯縄山公園(いいづなやま・こうえん)へ向かい、その山頂付近の富士見城跡こと「歴史の広場」へ。自転車での移動と云うことで道路の凍結が気になっていたが、結果的には心配するほどのことはなかった =)。標高830mの富士見城跡は関東の富士見百景に選定されるくらい360度のパノラマが素晴らしいもので、富士山はもちろん浅間山や北アルプス、そして八ヶ岳連峰など拝むことができた。一方の富士見城跡だけれども、こちらもパノラマ眺望に負けず劣らずたくさんの石垣と連続した段郭跡で攻めごたえ十分だった 8)

城攻めを終えて飯縄山公園をあとにして観光案内所へ戻りレンタサイクルを返却して、次の目的地である岩村田(いわむらだ)行きのJR小海線がくるまでの間、今から六年前に攻めた小諸城が懐かしいので大手門を見に行ってきた。

そして本日の最後の目的地である岩村田駅に到着したのがお昼の01:30過ぎ。
ひとまず腹ごしらえするため、駅から10分ほどの岩村田商店街が直営する「築百年の古民家」をモダンに改装した御食事処へ:

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三月九日 青春食堂

お昼(11:30〜14:00)は、その名のとおり「三月九日 青春食堂[a]「三」と「九」は佐久を、そして心はいつも感謝の「サンキュー」で、いつまでも若々しい気持ちで愛される食堂でありたいと云う気持ちが店の名前になっているらしい。としてお手頃なランチを提供し、夜(18:00〜22:00)になると「九月九日 ふくろう亭」と云うおしゃれな居酒屋に変わるのだそうだ:

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昼の部の三月九日 青春食堂

お昼の部が昼02:00までとのことで店に着いたのが40分前くらい。そういうことで店内は閑散としていたが気持よくカウンターに通してもらえた。おまけに、この席からは厨房と作っているところを観ることができた。

メニューにはとにかく美味しいそうな定食が並んでいたが、ここはお店オススメであった「信州豚のしょうが焼き定食」(1,000円)を注文した。ご飯は大盛り無料とのことで、これもまた感謝である:

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信州豚のしょうが焼き定食(1,000円)

豚肉がやわらかくジューシー。そこに大盛りの醤油味ジンジャーソースがかかっていて、ご飯がパクパクいけた。意外と具だくさんのお味噌汁も旨かった。大満足だった :)

実は他にもうどんやカレーライスなど気になるメニューがあって時間がなかったので諦めたが、また次回きたらいろいろと食べてみたいお店。

三月九日 青春食堂
長野県佐久市762-5


ここからはオマケ。

まずは、こちらが小諸市観光案内所でレンタルした電動アシスト型サイクル[b]当時は、3時間で1,000円だった。

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電動アシスト付きのレンタサイクル

小諸駅前から飯縄山公園南側駐車場までは30分もかからなかった。途中、交差点を渡るために地下通路を通ることになったけど :$。あとちょっとキツイ坂があったが電動アシストで十分に楽できた。
公園駐車場に着いたらレンタサクルを停め、そこからドッグラン競技場を横目に小諸高原美術館裏の歴史の広場へ登った。

こちらは、その途中に眺めた浅間山:

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飯縄山公園の駐車場からの眺め(拡大版)

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浅間山

とにかく360度、眺めがとても良かった。空気も澄んでいた:

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飯縄山公園から佐久市の眺望(パノラマ)

高原美術館の裏にある歴史の広場が富士見城跡:

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富士見城跡

この城の主郭跡には展望台施設があって、ここが富士見百景に指定されていた:

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主郭跡

この日は少し靄がかかって分かりづらかったが、なんとか富士山を眺めることができた :)

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富士見百景から眺めた富士山

他にも浅間山と棚田の風景とか:

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旗塚跡あたりから眺めた浅間山と棚田(拡大版)

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棚田

松本方面の北アルプスの眺め:

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長野県松本方面の眺望(拡大版)

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北アルプスの眺め(拡大版)

見所はこれだけではなく、見事な石積み・石垣がたくさん残っていた:

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主郭・ニの郭の石垣

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富士見城の石垣(拡大版)

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富士見城の石垣(拡大版)

こちらは小諸観光案内所へ戻り、次の電車までの合間に立ち寄った大手門公園の一角にある小諸城大手門:

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仙石権兵衛秀久が城を築いた時代の建築物(拡大版)

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左右の石垣の間に櫓を載せた門

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左右の石垣の間に櫓を載せた門

佐久平駅の待合室には中山道と宿場の一覧が紹介されていた。この日の目的地である岩村田もかっての宿場町で、江戸から数えて二十二次にあたる:

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目的の岩村田宿へ(拡大版)

こちらは小諸城主だった仙石権兵衛秀久の菩提寺である西念寺の本堂棟。左から内藤家の下り藤紋、松平家の葵紋、仙石家の永楽通宝紋が掲げられていた:

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西念寺本堂の屋根(拡大版)

こちらは岩村田城跡。岩村田藩の最後の藩主が築いた城だったが完成間もなく明治時代となり廃城となった:

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岩村田城跡

昨年の台風の被害が浮き彫りになっていた:

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台風被害だろうか?

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台風被害だろうか?

この日の最後の城攻めは大井城跡で、現在は公園であったが、その敷地には長野県指定天然記念物・王城のケヤキがたっていた:

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王城のケヤキ(拡大版)

もちろん遊具もあった:

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大井城跡にあった遊具

さらに高台の公園から真っ赤な鼻顔稲荷神社が見えた:

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鼻顔稲荷神社

一泊二日の長野県佐久市周辺の城攻めを終えて、帰宅するために佐久平駅へ戻り新幹線を待つまでのあいだ、駅に隣接したプラザ佐久でお土産を買ったり一休みしたり:

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おつまみセット(900円)

佐久平駅の新幹線ホーム:

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佐久平駅

昨年は台風の被害を受けた北陸新幹線も区間を限定して走行していた:

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北陸新幹線

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北陸新幹線

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also富士見城攻め (フォト集)
See Also小諸城攻め(大手門) (フォト集)
See Also仙石権兵衛秀久公の墓所と西念寺 (フォト集)
See Also岩村田城攻め (フォト集)
See Also大井城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 「三」と「九」は佐久を、そして心はいつも感謝の「サンキュー」で、いつまでも若々しい気持ちで愛される食堂でありたいと云う気持ちが店の名前になっているらしい。
b. 当時は、3時間で1,000円だった。

蕎麦いざか家 田衛門 − A Pub with Nagano Local Foods.

先々週は令和二(2020)年の正月明けに有休を使って長野県佐久市と小諸市へ一泊二日の城攻めに行って来た。

時期的に積雪が気になったけど、あえて休みをとって天気が良く、日中の気温が高めになるであろう日を狙って行って来た。
平日の移動なので通勤ラッシュを回避するためかなり頑張って早起きし、東京駅を朝06:52発の北陸新幹線あさま601号長野行きに乗車した。自由席が1〜5号車ということで余裕で座ることができたけど、上野駅や大宮駅で大勢の通勤・通学者らが乗り込んできたことで「今日は平日だったんだ」とあらためて思ったり :O。これらの人たちは高崎駅で大部分が下車したので再び静寂な空間に戻り、「やっぱり今日は平日だったんだ」と逆に感慨深くなってしまった :D。軽井沢を過ぎたところでスキー場や家の屋根に雪が残っていたのが目についたが、城攻めには特には問題なさそうだった。

そして佐久平駅に着いたのが朝08:15過ぎ。コインロッカーに荷物を預けてJR小海(こうみ)線に乗り換え、本日最初の目的地である龍岡城駅へ[a]無人駅で、ICカードを利用できないので佐久平駅からは切符を購入する必要あり。。初日は田口城跡と龍岡城跡、そして依田信蕃公の菩提寺である蕃松院(ばんしょういん)を訪問し、最後は同じくJR小海線の中込駅が最寄りである伴野氏館跡へ。さすがに夕方16:00を過ぎると暗くなってくるが、夕焼けが反射した浅間山の眺めは綺麗だった。

それから宿泊先がある佐久平駅へ再び戻り、コインロッカーから荷物を受け取ってチェックインした。駅前には佐久市出身で「北斗の拳」の原作者である武論尊の協力で実現した北斗の拳デザインマンホールなるものを見ようと探してみたが既に暗くなってしまってよく分からなかった。翌日にあらためて探してみることに :)

ということで、この日の城攻めは山を登り降りし、田口集落・龍岡藩城下町を散策したので、かなりのエネルギーを消費した。明日はレンタサイクルを利用する予定だったので、ここでしっかりとエネルギーを補給しておくため宿泊先の目の前にあり、ホテルの人にもオススメと云われた蕎麦いざか家・田衛門(でんえもん)へ。普通の居酒屋かと思ったら、蕎麦はもちろん鯉料理といった長野県の特産物をいただけるお店だった。

まずは生ビール中(600円)。お通し(300円)は小魚のマリネ。魚の名前は忘れた。居酒屋はお通しで決まると云うが、小魚を丸ごと食べることができるマリネは、この店の料理に期待をもたせてくれるのに十分に美味だった:

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お通し(300円)とキリン生中(600円)

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小魚のマリネ

こちらは佐久の鯉料理でお造り(あらい)(800円)。これが川魚とは思えないほどホント美味しかった〜 =)

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佐久鯉お造り(800円)

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とても美味

「佐久鯉」は江戸時代から養殖が始まり昭和初期には全国一の生産量を誇り、鯉の博覧会や品評会でもその品質で日本一の称号が与えられたのだとか。特に冷たい流水で飼育されるため成長が遅く飼育日数がかかるが、それだけに臭みがなく身が引き締まり、脂が適度にのった美味しい肉質になるらしい。

こちらは本日のオススメ品から白子ポン酢(850円):

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白子のポン酢あえ(850円)

その昔、新潟県長岡市栃尾へ行ってから大好物になった油揚げ。これは大きいのでハーフにしてもらった(300円):

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栃尾油揚(300円)

生中を二杯飲んだあとは翌日の体調を考慮して梅酒ロック(450円)を:

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梅酒グラス(450円)

やはり肉は頂きたいので若鶏からあげ(750円)。ほくほくして美味しかった:

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若鶏からあげ(750円)

締めはやはり信州そばだろう…と思って注文したざるそば(750円)。でもよく見たら北海道産のそば粉を使っていた。冷たくて酔いが少し覚めた:

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ざるそば(750円)

長野県の特産物をしっかりと堪能できただけでなく、ホント美味しかった。また食べにきたいお店が見つかった :)

蕎麦いざか家・田衛門
長野県佐久市佐久平駅北24-2


ここからはオマケ。

こちらはJR小海線のキハ110系:

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龍岡城駅にて

JR小海線は山梨県の小淵沢駅から長野県の小諸駅までを結ぶ単線で、八ヶ岳東麓の野辺山高原から千曲川の上流に沿って佐久盆地まで走る高原鉄道であることから「八ヶ岳高原線」とも呼ばれている:

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車内にあったJR小海線沿案内図(拡大版)

龍岡城駅で下車して新海三社神社日本で一番海から遠い地点なる方角へ進んでいく:

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原交差点あたり

さらに進んでいくと、土蔵や見事な大木が生えた庭を持つ、昔ながらに情緒深い田口集落に入る:

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土蔵と大けやき

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見事な松

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土蔵のある邸宅

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見事な松

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土蔵のある邸宅

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コウヤマキの大木

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小林の土蔵

土蔵が建つ家では古くから何かしらの生業を持っていたことが分かる:

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土蔵のある邸宅

こちらが蕃松院と、その背後の山頂が田口城跡。この城跡への登城道はいくつかあるようだけど、昨年は令和元(2019)年の台風10号の被害から回復していないようで、この蕃松院裏から登るルートは封鎖されていた。:

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蕃松院と田口城址(拡大版)

標高881mの城跡には展望台があり、龍岡城五稜郭のその星形を上から眺めることができた:

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五稜郭展望台からの眺め(拡大版)

こちらは龍岡城跡の近くにある五稜郭であいの館に展示されていた「龍岡城五稜郭俯瞰図」:

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「龍岡城五稜郭俯瞰図」(拡大版)

北海道は函館にある五稜郭と共に日本に二つしかない貴重な星型洋式城郭とのことであるが、函館のものとは規模や造りに雲泥の差があるのが一目瞭然だった:

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石垣が低くて防御できるのか不思議だった

石垣や土塁が低くて、水堀も一部だけである。更に云うと、山に囲まれたこの場所に稜堡式の城なんて、山の上に大砲を備え付けられて砲弾の雨が降ってきたらすぐにでも落城してしまうような気がするが :/

これは新海神社鳥居。佐久地方の開拓の祖神である興波岐命(おきはぎのみこと)ら四神を祀る佐久三庄三十六郷の総社が、この先にある:

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新海神社鳥居(拡大版)

田口城と龍岡城を攻めて蕃松院を訪問したあと、JR小海線で中込駅まで移動し、本日最後の城(居館)攻めへ。

駅から徒歩で20分ほどのところにある城山公園(伴野氏館跡)へ向かう途中、千曲川の橋から眺めた浅間山:

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千曲川と浅間山(拡大版)

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雪化粧の浅間山

伴野氏館の水堀跡はカルガモのすみかになっていた :D

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カルガモ

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伴野氏館の水堀跡

さらに公園の近くにはぴんころ地蔵なるお地蔵様がある。佐久市は全国でも有数の健康長者の街なのだとか:

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長寿地蔵尊こと「ぴんころ地蔵」

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成田山薬師寺の総門

健康で元気に長生きし(ピンピン)、寝込まずに大往生する(コロッと)ことを祈願して名付けられた長寿地蔵尊。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also田口城攻め (フォト集)
See Also依田信蕃公墓所と蕃松院 (フォト集)
See Also龍岡城攻め (フォト集)
See Also伴野氏館攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 無人駅で、ICカードを利用できないので佐久平駅からは切符を購入する必要あり。

世界の山ちゃん アスティ三河安城店 − A Nagoya Famous Local Food “Tebasaki”.

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは『桶狭間古戦場』を巡るため三泊四日の日程で愛知県へ。前半とは天候がうって変わり、三日目の名古屋地方は四国に上陸しそうな台風10号の影響で突発的な雨と強い日差しの変化について行けず、かなり難儀した一日だった。

とは言え、予定していた城攻め5ヶ所のうち1ヶ所を除いて無事に巡ることができて良かった 8)。最後の刈谷城址は公園へ向かう途中で激しい大雨に遭遇して身動きできなくなり、雨が弱まった隙をついて城攻めを諦めてやむなく宿泊先の三河安城駅へ戻ったと云う次第である。まぁ駅に着いたら雨が上がっていたので少し残念な気持ちにはなったが。

ただ新幹線の改札前に大勢の人が集まっていたので、帰宅を翌日に控えていた自分としては気になったので見てみるとJR東海による「台風10号接近に伴う東海道新幹線の運転計画」なるものが貼られていた:

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「東海道新幹線は本数を減らして運行する」とのこと(拡大版)

台風10号は四国に上陸したあとは中国地方を縦断して日本海へ抜けるとの予報になったため、翌日の山陽新幹線と山陽本線の在来線は運転見合わせ、それにより新大阪と東京間は本数を減らした運行になるとのことだった :O。ということで三河安城駅から九州や広島方面へ向かう人たちが予定を繰り上げて帰るかどうか悩んでいるようだった。

東京方面の運転見合わせは無いので、個人的にはそれほど大きな影響は受けないだろうと考えていた。むしろ東京方面へ向かう人たちも繰り上げて今日帰ってくれれば「明日」は空いているじゃないかと楽観していたくらい :D

しかしながら早々に引き上げて時間が余ってしまった「今日」の方が残念。と云うことですぐに宿泊先には戻らずに、駅ビルに入っていたチェイン店の手羽先屋で早めの夕食として飲み食いすることにした。どのみち「明日」は帰るだけなので:

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世界の山ちゃん アスティ三河安城店

このお店は昼間から開いているようで、入店するやすぐにカウンター席へ通してもらえた。ということで10年ぶりに『幻の手羽先』を食することに :O

まずは中ジョッキ(615円)。そして何十年も変化のない取り皿:

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銀河高原ビールジョッキ(615円)

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いつもの皿

それからは、ほとんど「幻の手羽先(一人前5本)」(486円)とビールの注文を繰り返していた記憶がある:

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「幻の手羽先」(486円)

この店で手羽先以外の料理は正直なところ大したことはない :X。しかし手羽先だけだと飽きてくるのでトマトスライス(378円)も注文。冷たいだけで大して美味しくはない。あとマヨキュー(313円)とみそうずら卵フライ(280円)も追加で注文した:

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「トマトスライス」(378円)

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マヨキュー(313円)とうずらフライ(280円)

って感じで手羽先を食い散らかして終了。帰りはお土産に「手羽先棒10本入」[a]うまい棒と山ちゃんのコラボ品(324円)。を購入して精算した。まぁ「どこでも変わらぬ味」は「飽きも早い」と云うことか :D。結局は宿泊先で洗濯しながら飲み直す羽目になってしまったが。

世界の山ちゃん アスティ三河安城店
愛知県安城市三河安城1丁目 三河安城駅構内


ここからはオマケ。

これは、今回の城攻め中に発見したローカル自販機の飲み物で、伊藤園の「一日分のビタミン SPARKLING」(100円)。炎天下を歩きまわって水分補給してもすぐに汗になって出てしまうのは仕方がないが、その際にしっかりと栄養分を補給することができた上に微炭酸で口当たりもよく美味しかった 8)。ぜひ関東圏でも販売して欲しい:

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伊藤園の「一日分のビタミン」(100円)

この日は台風の影響を気にしながら名古屋市内に残る城跡を巡ってきた。まずは清洲城

清洲城の模擬天主(拡大版)

宿泊先の三河安城から新清洲までやってくると雲の流れが速く雨になりそうな予感がしたが、案の定、模擬天主の中の博物館を観覧している最中に突然、強い雨が降ってきた :O。しばし庭園脇の休憩所で雨宿りをして次の城跡へ向かった:

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未だ晴天だった時の清洲城周辺

こちらは清洲城近くを流れる五条川で見かけた鷺:

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五条川で見かけた鷺

清洲公園には桶狭間出陣時の信長公と濃姫の銅像が建っていた:

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濃姫像

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信長公像(拡大版)

こちらは豊臣秀吉こと木下藤吉郎の右腕であった蜂須賀小六公の墓所で菩提寺でもある蓮華寺にて顕彰碑:

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「蜂須賀小六正勝顕彰碑」(拡大版)

このお寺もまた蜂須賀城の一部だったとか。で、この時に境内を横断していたミドリガメに遭遇した。台風による雨を察知したのかどうかは不明だが、蜂須賀小六公の墓所を参拝して戻ってきた時には居なかったので、境内の池に無事に辿り着いたと思われる :)

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ミドリガメ

こちらは勝幡(しょばた)駅前に建っていた織田信秀・土田御前、そして吉法師の家族ぐるみの銅像。この街に近くにあった勝幡城は信長公が誕生した場所とされている:

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「織田信秀と土田御前に抱かれた幼少期の信長」の銅像

こちらが現在の勝幡城跡。特に遺構はない:

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勝幡城址

最後は知立城跡。と言っても現在は児童公園:

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「知立古城址」の碑

知立は旧東海道の39番目の宿場町で往時は池鯉鮒宿(ちりふしゅく)と綴っていた:

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東海道・池鯉鮒宿跡の碑

そして、この日の最後の目的地である刈谷市駅を下りたあたりから、だいぶ空模様が怪しくなってきたので急遽、コンビニに立ち寄って傘を購入した。で、コンビニをでて数十歩歩いたところで突然の土砂降り。数メートル先が見えないくらいの強い雨だった :$

30分近く雨宿りしたが止みそうもないので刈谷城址行きは諦めて宿泊先がある三河安城へ戻った。これは駅構内に展示されていた安城市のジオラマ:

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「愛知県安城市」のジオラマ

帰宅する翌日も朝から雨が降ったり止んだりの落ち着かない天気。帰省ラッシュにぶつからないように早々にチェックアウトして三河安城を朝9時前に出発するこだま636号で乗り換えすることなくそのまま午前中のうちに無事帰ることができた:)

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こだま636号

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突然の雨

この時のフォト集はこちら:

See Also清洲城攻め (フォト集)
See Also蜂須賀城攻めと蜂須賀小六公菩提寺 (フォト集)
See Also勝幡城攻め (フォト集)
See Also知立城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. うまい棒と山ちゃんのコラボ品(324円)。

あつた蓬莱軒 神宮店 − My Second Time to the Local Delicasy Here.

先週は、令和元(2019)年の暑いお盆休みは三泊四日の日程で、愛知県にある城攻めの他、前々から気になっていた『桶狭間古戦場』を歩いて巡ってきた。何もわざわざ「暑い所」へ行くこともないのに :$ と思ってしまいそうだけど、今年は北海道を含めて日本全国どこも異常な暑さ[a]云わずとしれたオゾン層破壊による地球温暖化である。間違いなく 😯 であり、結局はどこへ行っても変わりはないと云う訳であったが、やっぱり名古屋周辺は暑かった :O

初日は、主に信長が率いる織田勢の砦跡の他に松平元康が兵糧を運び入れた大高城跡、今川勢にあって猛将の誉高い岡部元信が守備していた鳴海城跡[b]と云ってもほぼ完全に児童公園に変わっていたが。を徒歩で巡ってきたのだけど、平均気温は36℃(当時)で肌に突き刺ささんばかりの強い日差しのおかげで、かなり難儀した ;(。今思えば城跡(公園とか)で自分以外の人に出会ったのは皆無だったっけ。

この日は前夜から旅行の準備やらで寝不足のまま朝9時過ぎには名古屋駅に到着し、それから金山を経由して最初の目的地である大高へ。ここから大高城跡、丸根砦跡、鷲津砦跡、そしてお昼を摂って中嶋砦跡、鳴海城跡、丹下砦跡、善照寺砦跡など6時間くらい[c]暑さのための小休止も含む。小刻みに。あと大型スーパーとかコインランドリーなんかはクーラーがかかっていて快適なので、見かけたらなるべく入るようにした。かけて巡り、最後は名鉄で鳴海から神宮前へ移動して熱田神宮へ。ここには桶狭間で勝利を得た信長が御礼言上のために奉納したと云う「信長塀」なるものがある。これで初日の日程は終了。

このあと宿泊先の三河安城へ移動する前に、その昔に神宮近くの鰻屋さんで食べた名物「ひつまぶし」を再び食べてみたくなった[d]「ひつまぶし」は「あつた蓬莱軒」の登録商標なのだとか。

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あつた蓬莱軒・神宮店 〜 待ち時間は1時間

夕餉の刻前とはいえ行列必至であると覚悟して店前まで行ってみると、実際には行列はなく、玄関に「お席の待ち時間は1時間」とあった。ここまできて小一時間待つのはどうかと思ったが、行列ではなかったのでとりあえず店内へ。諦めて予約をとろうとしたら、運良くカウンター席でよければ一人分が空いているとのことで、早速とおしてもらった 0:)

1Fの調理場が目の前にあるカウンター席にに通してもらい、ビール中瓶と肝焼、そしてひつまぶしを注文した。混んでいるから時間差ででてくるだろうと先にビールに手を付ける:

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うなぎにはYEBISUビール(750円)

なにせ半日とはいえ37℃の炎天下を歩きまわって火照った体をクールダウンさせる必要があったけど酔いすぎると美味しい鰻を味わえなくなりそうなので中瓶でちびちびいくことにした :)。それでも半分くらい飲んだところで薬味と香の物が目の前に並べられた:

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「ひつまぶし」用の薬味と香の物

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薬味(ネギ+わさび+海苔)

ビールを飲み干す前に肝焼き来ないかとまっていたら、ひつまぶしと一緒に登場 :O。ちなみに、左奥の土瓶の中はお茶漬け用の出汁:

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ひつまぶし(3,900円)+肝焼(950円)

肝焼のためにビールを残しておいたが、メインが登場してしまったので冷めないうち食べたいから、そそくさと肝焼をいただいた:

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肝焼

甘辛いタレは「140年継ぎ足しの秘伝タレ」らしい。ビールの苦味と相まって口の中一杯に旨みが広がった。もう少しゆっくりと味わいたいところだが、メインがお待ちのようなので美味しい間に食べ終えた。

そして、ついにお櫃の蓋をあける

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お店自慢の名物「ひつまぶし」

蓋をあけると漂う甘辛タレと鰻の脂が融合(?)した匂いが漂い、目の前には食べやすく刻まれた鰻がびっしりと載っていた。

ビールを飲みながら眺めた「ひつまぶしのお召し上がり方」に従い、まずお櫃の中に埋もれた鰻とご飯を上から十字形に四等分する。そして一膳目は薬味は入れずに、脂ののった鰻本来の味を味わえた:

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一膳目は鰻丼

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吸い物

肝焼もそうだったけどタレが美味い :)。ご飯によくあうし。二膳目は三種の薬味を加えて食べる:

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鰻丼(薬味あり)

わさびによって秘伝のタレがいっそう引き立つ感じ。自分はこれが一番美味しいと思った。

三膳目はお茶漬け。ちょっと時間がたっちゃて出汁が温るくなっていたのが気になったが、猫舌の自分としてはさらさらいけたので悪くはない:

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三膳目はお茶漬け

最後の四膳目は悩んだ挙句に、お茶漬けで頂いた。薬味が残りすぎていたので全部入れたら見た感じ分からない食べ物になっていたけど :D。さらに、さっきまで鰻で一杯だったお櫃が空っぽに。当たり前だけど:

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最後もお茶漬け

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完食

この翌日も炎天下の中、桶狭間古戦場巡りをする予定であったこともあり十分にエネルギーを補給することができた :)。ちなみに、このお店で豚一家も完食している。

あつた蓬莱軒 神宮店
愛知県名古屋市熱田区神宮2-10-26


ここからはオマケ。

まずは熱田神宮の正門(南門)。このそば近くにあつた蓬莱軒神宮店がある:

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熱田神宮の正門(拡大版)

そして弘法大師のお手植えと伝えられている大楠。樹齢は約1000年だとか:

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大楠(拡大版)

こちらが熱田神宮でのお目当てである信長塀。桶狭間出陣の際に熱田神宮に願文を奏し勝利したので、その御礼として奉納した塀。本宮を囲むように建っていた:

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信長塀

次は大高駅ホームからJR東海の在来線「キハ313形」豊橋行き:

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JR東海のキハ313形

これは、この日一番に攻めた大高城址。今から460年近く前の桶狭間の戦いの時、織田領内で今川勢に寝返り、織田勢に包囲されている中を徳川家康こと松平元康が兵糧を運び入れることに成功したという。現在は公園になっていたが藪の奥には見事な空堀が残っていた:

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大高城跡

そして丸根砦跡の遠景。信長が今川義元の上洛に備えて築いた砦の一つで、大高城の監視の任についていた。佐久間大学盛重が守備していたが松平元康に攻められて落城した。現在、周囲は宅地化されているが砦跡は国指定史蹟として残されていた:

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丸根砦跡

これは鳴海城跡近くに復元されていた「東海道・鳴海宿高札場」。桶狭間合戦とは関係はないが、江戸時代の宿場に建っていた屋根付きの高札場で、さまざまな高札が掲げられていた:

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東海道・鳴海宿高札場(復元)

これも桶狭間の戦時に築かれた織田勢の砦の一つであった丹下砦跡:

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丹下砦跡

現在は光明禅寺が建っているが、山門の風神雷神両像はインパクトが強い彫り物だった:

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雷神像

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風神像

最後は同じく織田勢の砦の一つであった善照寺砦跡。こちらは完全に児童公園となっていたが、結構な高台の上にあった:

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善照寺砦跡

この時のフォト集はこちら:

See Also大高城攻め (フォト集)
See Also桶狭間古戦場(織田勢)巡り (フォト集)

参照   [ + ]

a. 云わずとしれたオゾン層破壊による地球温暖化である。間違いなく 😯
b. と云ってもほぼ完全に児童公園に変わっていたが。
c. 暑さのための小休止も含む。小刻みに。あと大型スーパーとかコインランドリーなんかはクーラーがかかっていて快適なので、見かけたらなるべく入るようにした。
d. 「ひつまぶし」は「あつた蓬莱軒」の登録商標なのだとか。

うどん・そば処 勢川本店 − Another TOYOHASHI Local Curry-Udon.

我が人生で初の「国民の祝日」10連休の中、遂に新しい令和の時代が始まった今月は令和元(2019)年5月初めに、GW恒例の城攻め第二弾として一泊二日の日程で愛知県と静岡県へ。
福島県での城攻め旧跡巡りした第一弾とは打って変わって青空が広がる晴天で、梅雨はこれからと云う晩春とは思えない暑さの中を今回も例にもれず歩きに歩いてきた。

初日は四年前に愛知県の長篠城跡を攻めた際に時間の都合で一部しか行けなかった武田軍の砦跡を巡ってきた。この日は早起きして、まずは新幹線で愛知県は豊橋へ移動、それからJR飯田線に乗り換えて新城市へ。ここからは四年前で歩いたルートを辿りながら鳶ヶ巣山(とびがすやま)砦や武田勝頼が本陣を置いたとされる医王寺山本陣跡を巡ってきた。

そして宿のある豊橋へ戻り次の日に予定していた山城攻めの準備をしたあと、夕食としてこれまた四年前に初めて食べた豊橋カレーうどんのお店の一つである勢川本店へ:

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宿泊先から徒歩3分のところにあった「勢川」

宿泊先の裏にあるお店に着いたのが18:00ちょっと前だったけど既に店内は満席で、店の前に一組の家族連れが並んでいた。

豊橋市でも100年の歴史を持つ老舗の店である勢川は、東三河にはここ本店の他に10軒ほど(当時)のグループ店があるのだとか:

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勢川本店

面白いのが「うどん」と「蕎麦」の両方を食べれるところ。この場所がちょうど西と東の中間あたりにあるからだろうか :D:

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入口脇のショーウィンドウ

10分程待たされて、中へ通されたお店はかなり混んでいたため、自分は大きなテーブルで他の家族れと相席となった。

まずは生ビール(450円)。結局、この日は晴天の中、4時間半近くかけて10㎞を登り降りしてきた[a]高度(標高)は最高で148m、最低で69m。

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中瓶とお通しは漬物セット(450円)

そして、もちろん注文したのは豊橋カレーうどん(820円)。しかしながら、ここからが長かった〜:O。ビールを飲み始めてから30分近くたっても料理がでてこなかった。危うくビールをもう一本注文してしまうところだったよ。流石に史上初の10連休だ。

四年前に食べた時と同様に、料理を待っている合間に読んだのがこのガイド:

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カレーうどん+カレーライス!!

そして相席していたお隣の家族がいなくなって別の客が通されてきた頃に、やっと勢川本店がイチオシのカレーうどんが登場;

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豊橋カレーうどん(820円)

まずは箸を使ってカレーうどんとして頂く。うどんはコシは強くはないけど「つるつる」とのど越しが良かった。具は、まさに「豚カレー」そのもののでカレーと豚肉の相性良く、嫌な辛さはなかった。ネギと油揚げも良かった:

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カレーうどんを味わう

うどんを食べ終わった状態がこちら。カレーのルウの中から「とろろがのったご飯」が出てきた:

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とろろのかかったご飯

箸から木製のカレースプーンに切り替え、付け合せされた福神漬を絡めて、うずらの卵が入った昔ながらのカレーライスとして頂いた。まさに二度美味しい:

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カレーと搦手二度目の味を楽しむ!

辛いのが大の苦手な自分でもしっかりと完食することができた。辛さはいわゆる「お蕎麦屋さんのカレー」相当。量はそれほどではなかったけど「カレーうどん+カレーライスと」して二度食べたらしっかり満腹になった :)。まぁ、あとで調べたら量も辛さも調整可能とのこと。

ちなみに自分が食べに行った時期に「豊橋カレーうどん」を出してくれるお店は豊橋市界隈で52件もあった。

勢川・本店
愛知県豊橋市松葉町3-88


ここからはオマケ。

まず豊橋駅構内で見かけたオブジェたち。連休中日でGWでもあった、この日の豊橋駅は大勢の人たちで混雑していて切符を購入するにも行列だった :$

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三河國一之宮・砥鹿神社の流鏑馬像

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のんほいパークで本格サーキット!

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豊橋市のマスコット「トヨッキー」

初日の午前中は豊橋まで新幹線で移動し、午後は飯田線に乗り換えて鳥居という無人駅で下車:

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JR飯田線・鳥居駅

それから四年前の城攻めでは行けなかった武田軍の砦跡を巡ってきが、晴天に加えて気温も高く、GW城攻め第一弾の時と寒暖の差がありすぎて少々バテてしまったが、それでも記憶の中に眠っていた四年前の風景を再び眺めることができてなんとも感慨深い気持ちになった :)

こちらは愛知県の一級河川である豊川に架かる牛渕橋(うしぶちばし)の上から遠望した長篠城跡。豊川と宇連川が合流する「渡合(どあい)」という急峻な崖を利用して築かれた攻めるに難く、守るに易い城だった。現在は城跡の中をJR飯田線が通過しており、いかんせん本数が少ないのでレアなケースになるけど、運が良ければこんな感じの通過シーンを見ることができる ;)

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豊川と長篠城跡(拡大版)

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通過するjR飯田線

橋の上から豊川を見下ろすと、こんな感じ:

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豊川の岩礁(拡大版)

牛渕橋を降りて橋のたもとへ降りていく最中に目撃した巨大な筍:

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巨大な筍

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牛渕橋の橋桁あたり(拡大版)

こちらは武田軍の砦へ向かう際に通った農道入口。ここから20分位登った山の中に砦跡があった:

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鳶ヶ巣山入口

それから宇連川を渡って武田軍の陣地跡を巡ってきた。これは、その際に渡った文化橋(ぶんかはし)という一本橋と、その上からの宇連川が創りだした渓谷の眺め:

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豊川に架かる文化橋

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宇連川とその渓谷(拡大版)

長篠城跡の最寄りである長篠城駅は無人駅で、城にちなんで櫓風の駅舎だった:

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JR飯田線・長篠城駅

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長篠城駅

券売機は無いので車内で乗車券を自己申告で購入する必要がある。そのためローカル線ながら他線とは異なり車掌と運転手のペアが必須となる:

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長篠城から豊橋の乗車券

ホームに入ってきたJR東海の313系。こちらはお隣の本長篠駅行きだった:

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313系

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313系

長篠城駅近くの踏切からの眺め:

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JR飯田線

長篠城包囲戦で武田勝頼が本陣を置いたとされる医王寺山あたりは見どころがたくさんあった。
例えば禅寺である医王寺境内には寺所有の民俗史料館があって、昭和初期頃の懐かしい物[b]あまりに古くて捨てるに忍びないようなものばかりだった  :-)、いろいろと面白そうなものが転がって展示されていた :D

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旧田口鉄道の三河大草駅の駅名標

時代物の骨董品たち:

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防火帽

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電話の手動式交換器

よく見るとヴィンテージ級の物が展示されていた:

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Electrola のレコード・プレイヤーなど

医王寺境内の裏にある医王寺山には、なんと往時の雰囲気を残すため物見櫓が復元されていた:

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復元された物見櫓

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物見櫓(拡大版)

医王寺境内脇から10分ほどの登山で物見櫓が復元された勝頼の陣地跡へ行くことが可能であった。そして、ここからの眺めは素晴らしかった:)

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勝頼本陣跡からの眺め(パノラマ)

物見櫓の上から長篠城跡を見下ろすことができるのだが、かなり遠く感じた :|

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物見櫓から長篠城の本丸跡を眺めたところ

この当時の長篠城跡の周辺には翌日から始まる「長篠合戦のぼりまつり」の幟がここそこらに立っており、行き帰りにでも目についた。長篠・設楽原合戦で亡くなった将士らを慰霊するためのものなのだとか:

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色とりどりの幟

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将士慰霊をするためのまつり(拡大版)

荏柄天(えがらてん)神社。ここもまた武田軍の天神山陣地であった:

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荏柄天神社の鳥居

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荏柄天神社の本殿

いかにも古戦場跡って感じがする(?)風景。ただの御休処とは思えない案内板だった:D

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戦場跡の風景!?

そして時は変わって、GW城攻め第二弾の最終日は同じJR飯田線沿線に残る山城を攻めてきた。朝、ホテルをチェックアウトして愛知県豊橋駅から静岡県向市場駅までの片道3時間近く電車に揺られる羽目になったが、天気もよく絶景ありで寝ている暇は全くなかったけど:D

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豊橋 − 向市場の乗車券は片道1,490円(当時)

あまりに長い電車旅だったので、途中、中部天竜駅で時間調整ため小休止することになった。乗客は皆、車両の外に出て風景を撮ったり、トイレ行ったり、談話したりして過ごしていた:

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中部天竜の駅名標

JR東海の213系天竜峡行き。一度は見てみたい渓谷:

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天竜峡行き

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JR東海・飯田線の213系

中部天竜駅のホームより:

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ホームからの眺め

こちらが駅舎。駅舎の外まで出れても文句は云われない完全野放し状態だった :D。ありがたいことですが:

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中部天竜駅の駅舎

そして、ここが目的地の最寄り駅・向市場。ここも無人駅。駅名標が立っていなければ駅とは分からん雰囲気があった :O

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向市場の駅名標

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向市場駅

帰りに電車待ちしていたら地元の猫に遭遇した:

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警戒中のローカル猫

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313系

この向市場駅から徒歩15分ほどのところに登城口となる高根公園駐車場があるが、そこから更に20分ほど急斜面な登山道を登ると高根城跡に到着する。この城跡は数年前の某大河ドラマのロケ地になっていたこともあり、予想外に観光客が来ていた:

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「おんな城主・直虎」のロケ地(拡大版)

標高400mほどの山ではあるけど、なかなかの眺望だった:

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展望エリア

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水窪(みさくぼ)集落の眺望(拡大版)

中世の時代に甲斐武田氏が支配していた城郭の雰囲気を再現していた:

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本丸跡

実際に発掘調査から礎石が見つかった井楼櫓。こちらも復元で、中には入れない:

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復元された井楼櫓

二の曲輪跡へ行くには、少し勇気を出して梯子を上がる必要があるが、そこからの眺めは素晴らしかった:

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二の曲輪跡

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「おんな城主・直虎」のロケ地(拡大版)

二の曲輪から搦手方面の眺め。この下が二重堀切:

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三の曲輪跡

城跡の東側には甲州流築城術の一つ、二重堀切が復元されていた。これも見どころの一つ:

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二重堀切

最後は素晴らしい眺望をパノラマで:

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高根城跡から浜松市天竜区水窪町を囲む山々(パノラマ)

この時のフォト集はこちら:

See Also武田軍・長篠城包囲陣地めぐり (フォト集)
See Also高根城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 高度(標高)は最高で148m、最低で69m。
b. あまりに古くて捨てるに忍びないようなものばかりだった  :-)