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魚しげ − An Eel Restaurant on the site of the SEKIGAHARA Battlefield.

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

二日目は不破郡関ヶ原町古戦場巡り。この日の関ヶ原町は、計画を立てた一週間前の予報どおりの晴天。むしろハズレだったのは気温の方で、さすがに天下分け目の戦いがあった関ヶ原盆地は暑かった〜 :$。真夏でなかったことと、移動をレンタサイクルにしたのが救いか[a]走っていると風が心地よい。それでも水分補給・塩分補給は必須だった 😆️。

このときは駅前にある関ケ原駅前観光交流館で、事前に予約しておいた電動アシスト付き自転車を1日レンタル[b]レンタル時間は朝9時〜夕方4時半くらい。夕方5時には交流館が閉店する。して、観光協会推奨のモデルコース「関ケ原合戦・行軍コース」に、さらに陣所跡や史蹟などをいくつか追加してみたのだが、これが良くなかった。

当然ながら、そんなに楽なコースではなくなり時間も足りなくなってしまった。特に終盤の松尾山城跡・小早川秀秋陣跡は、散々走り回って疲れた体で片道50分近くの登山があり[c]特に登り下りで膝にきた感じ 😞️。、ひいひい云って登った先にある松尾山城跡に感動して、ついつい時間を忘れて巡ってしまったこともあって予定時間をだいぶズレ込んでしまった :0。おかげで昼飯を食べている時間さえなく体力的にもキツイ状態でなんとか気力だけで巡りきったって感じ :| [d]次はゆっくりと松尾山城や玉城跡を攻めたいし、島津豊久墓碑や奥平貞治の墓なんかも巡りたい。また来年に再訪か?😅️

そう云うことでレンタサイクルを返却したあとの体力は empty でカラータイマーが点滅中だったので、あらかじめ調べておいた近くの老舗うなぎ屋へ直行:

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国道R21(中山道)沿いにある魚しげ

近かったのは体力的に助かったが、まだ開店前だったので店前にあったベンチに座って待つことにしたら、女将さんが気にかけてくれて開店前だけど店に入れてもらえた。感謝 :)

店の一階に焼き場があるので、店内はうなぎのタレの匂いが漂っていた。その一階は大小のテーブル席が複数あり、その中で二人用のテーブル席に案内された。注文するものは「うな重」で決めておいたが、残念ながら肝焼きは既に予約分で売り切れとのことだったので「うざく」に変更し、さらにビール大瓶(715円)も注文した。こちらのお店は注文してから焼きに入るそうなので、ビールを飲みながらこの日の「復習」をしながら待つことにした :D

待つこと30分近く、出てきたのはなんとも神々しい重箱に入ったうな重・松(4,070円):

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うな重+肝吸い+小鉢+珍味+香の物(4,070円)

重箱の蓋をあけたものが、こちら:

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うな重・松セット

小鉢には金毘羅ごぼう、珍味は海藻とイカの酢の和え物、香の物は奈良漬だった。

肝心のうな重は、もう匂いだけで一杯頂いた感じ:Dなのだが、関東みたいに事前に蒸さずに、備長炭の直火で香ばしく焼き上げ、秘伝のタレにつけては焼くを繰り返しているようで、外はパリパリ、中はふっくら。久しぶりに脂がのった鰻を堪能した:

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御飯の中にも鰻がまぶされていた

さらに御飯の中にもぶつ切りした鰻がまぶされていて、とても食べごたえがあった。ホント、食べ終わったら店に入る前の自分とは違う感じでエネルギーが満タンとなり、気力もアップしてきた[e]だからと云って、もう一回同じ古戦場巡りができるか?と云うと、若干は疑問だが 😊️。

この肝吸い、関東風とは異なり、肝は焼きではなく茹でてある感じで、食感もプリッとしていた:

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肝吸い

そして「うざく」を頂く:

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うざく(1,045円)

酢きゅうりと、こちらもパリッと焼かれた短冊型の鰻の組み合わせは、重厚なうな重を食べて甘ったるくなった口の中のお口直しって感じ。さっぱりと、それでいて程よく脂がのった鰻は、それだけで十分な鰻料理だった。

こちらは2Fにあったトイレへ行く途中に見かけた手作り甲冑。店の中も戦場だった :D

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お店の二階で見かけた手作り甲冑

これで体力は復旧し、疲れた脳もリフレッシュできて満足した。そして足取りも軽やかに関ヶ原駅へ向かって宿泊先へ移動した[f]電車の時間が近づいていたので走る必要があったが、おかげで苦もなかった 😄️。

魚しげ
岐阜県不破郡関ヶ原町大字関ヶ原3206-2

 

ここからはオマケ。
 
こちらがJR東海道本線・関ヶ原駅。ちょうど古戦場を横断するように東海道本線が通っている:
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関ヶ原駅

駅前の観光交流館で見かけたイルミネーション(?):

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葵紋

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大一大万大吉紋

徳川家康が最初に陣を置いた桃配山《モモクバリヤマ》:

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桃配山・徳川家康最初陣跡

ここから関ヶ原宿がある旧中山道を西へ移動する:

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関ヶ原宿跡

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ここは旧中山道(垂井宿・関ヶ原宿・今須宿)

徳川家康最後陣跡。家康はここで首実検したらしい:

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徳川家康最後陣跡

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徳川家康最後陣跡+床几場

こちらは、この近くにある関ヶ原古戦場記念館。今回はまだ開館していなかった[g]立ち寄っている時間的余裕もなかったが 😑️

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関ケ原古戦場記念館

この建物は他の陣所跡からも眺めることができるくらい目立っていたので、家康の陣所の位置を確認する際の目印にした。

細川忠興の陣所跡黒田長政・竹中重門らの陣所跡

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細川忠興陣所跡の碑

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黒田長政・竹中重門陣所跡

黒田・竹中両氏の陣所からの眺めは良かった:

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黒田・竹中両氏の陣所跡からの眺望(パノラマ)

笹尾山麓に島左近陣所跡と竹矢来:

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島左近陣所跡

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復原された竹矢来

左近の陣所の上が石田三成の陣所跡
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石田三成陣所跡

三成の陣所からも眺めは良かった:
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三成の陣所跡からの眺望(パノラマ)

島津義弘陣所跡に建つ幟:

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島津義弘陣所跡あたり

こちらは小西行長陣所跡あたりから各地の眺め:

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石田三成陣所跡の遠望

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毛利勢が陣を置いた南宮山

 旧中山道側の若宮八幡神社境内から大谷吉継陣所跡墓所、そして眺望地へ向かった:

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若宮八幡神社の参道

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参道を横切るのは東海道本線

陣所跡近くにある眺望地では顔ハメに姿を変えた吉継が、小早川秀秋が布陣した松尾山を睨めつけるように建っていた:

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今でも警戒していた吉継

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黄色の幟が小早川秀秋の陣所跡(拡大版)

このあと推奨コースをそれて旧中山道を西へ向かい:

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旧中山道の高札場

常盤御前の墓所」へ。常磐は牛若丸こと源義経の実母。常磐の墓と伝わるものは全国に多数ある。墓所の背後に建つのは松尾芭蕉の句碑:

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伝・常盤御前の墓所

あと同じくコースをそれて見てきた不破の関土塁跡(北限と南限):

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不破関北限土塁跡

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不破関南限土塁跡

こちらは宿泊地へ戻る際に乗車したJR東海の313系とその車窓から眺めた伊吹山

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JR東海の313系

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車窓から伊吹山

最後は宿泊地の最寄駅構内で見かけた焼き芋の自販機:

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焼き芋の自販機

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also関ヶ原古戦場巡り (フォト集)

参照

参照
a 走っていると風が心地よい。それでも水分補給・塩分補給は必須だった 😆️。
b レンタル時間は朝9時〜夕方4時半くらい。夕方5時には交流館が閉店する。
c 特に登り下りで膝にきた感じ 😞️。
d 次はゆっくりと松尾山城や玉城跡を攻めたいし、島津豊久墓碑や奥平貞治の墓なんかも巡りたい。また来年に再訪か?😅️
e だからと云って、もう一回同じ古戦場巡りができるか?と云うと、若干は疑問だが 😊️。
f 電車の時間が近づいていたので走る必要があったが、おかげで苦もなかった 😄️。
g 立ち寄っている時間的余裕もなかったが 😑️

ERICK SOUTH 岐阜AG店 − A Better Indian Beer than Platter Dishes.

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

初日の岐阜市はやや愚図ついた天気ながら特に雨に遭遇することなく、六年前に攻めてきた岐阜城跡を再訪したあと下山して、次の目的地である鷺山城跡へ。斎藤山城守道三が嫡男・義龍に家督をゆずって自身の隠居城としたところで、ここが最後の居城だった。一説に、麓の居館には信長の正妻・濃姫(帰蝶姫)も居たのだとか。

このときは「岐阜公園歴史博物館前」のバス停から岐阜バス市内ループ線(左回り)JR岐阜駅行きに乗車して「緑ヶ丘」なるバス停で下車し、そこから徒歩で北野神社、そして現在は鷺山公園となっている城跡へ。

久しぶりの山城を攻たあとは、同じ路線でJR岐阜駅まで戻り、そこから宿泊地の新羽島(岐阜羽島)へ向かう前に早めの夕飯を食べることにした[a]寂しいことだが宿泊地周辺には圧倒的に御食事処が無かった。このツアーで一番の残念なところだった😕️。。あらかじめ調べておいた店の中で、一番に気になったのが岐阜駅前の飲み屋街にある餃子専門店の岐州《ギシュウ》。駅について開店前まで余裕で間に合うと思って店前まで行くとすでに大行列 :0。食べるまで時間かかりそうで、店内も狭かったので流石にパス。次に機会あればと云うことで、もう一つ調べておいたJR岐阜駅ビルの南インド料理の店(全国チェイン店[b]と云っても東京の高円寺とここ岐阜みたいだけど。)へ:

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こちらも時間的には開店直前であったが、店前でメニューを観ながらウロウロしていた自分に声を掛けてもらい、一番で入店した。店内はテーブル席の他、一人用のカウンターもあって入りやすい感じ。自分もカウンターで好きな席に座った。

注文もあらかじめ決めておいたカレーを選べるプレート料理にした。あとはアルコールもいただくことに。ただ飲める種類が少なかったので、インドのビール BIRA91 を選択した。

まずは自身初のインドのビール:

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BIRA91(990円)

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フルーティな色のビール

フルーティながらアルコール分がしっかりあるクラフトビールで、自分のお気に入りであるベルギーの Hoegaarden ホワイトビールに色も味も似ていた。これを書いていて知ったのだけど、BiRA91もはじめはベルギーにある蒸溜所で製造していたものらしい。ロゴのモンキーが印象的。

そして、こちらが注文したチキン・ビリヤニ・プレートのレギュラー300g(1,210円):

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チキン・ビリヤニ・プレート・レギュラー(1,210円)

他にラージ450gがあるようだが、今ひとつボリュームが分からなかったのでレギュラーサイズにしたが、お隣の人が食べていたラージをのぞい見て、ラージでもいけそうな気もしたが、俺みたいにビールや単品も楽しみたいならレギュラーで十分かも :)

「ビリヤニ」なる食物は自身初であるがインドの炊き込みご飯。スペインのパエリア、日本の松茸ご飯と並ぶ世界三大炊き込みご飯の一つらしい。俺的には中華の炒飯に似た食感だったが、インディカ米にはしっかりと味がついてスパイシーで、カレーやトッピングなしでも全然いけた。

カレーのルーは九種類から1つ選択できるシステムで、このときは辛さの基準が分からなかったので、マラバール風キーマカレー(辛さ2)を選択した:

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カレーソースと付け合せ

カレーソースの横にあるのが刻み野菜入りのヨーグルト。単品で口直しでも、ビリヤニにかけても良いらしい。その隣はオリジナルドレッシングのサラダ。

そしてこれ以外にもいろいろトッピングが出てきた(無料):

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ビリヤニ向けの数種のトッピング

一応は説明を貰ったが、すでに忘れてしまった:X。多分、右上の液体は辛さが増したと思う。これも適度にかけて「味変」と云うか「スパイス変」で頂いた。

プレートを平らげたがまだ余裕があり、さらに久しぶりの大好きなホワイト系ビールを飲んだので、ついつい追加注文してしまった[c]さすがに値段が値段なだけに躊躇したが、これも久しぶりの旅行の高揚感からかもしれない 😅️。。それにあわせ単品モノのチキン・ティッカ(416円)なる鳥の串焼きも追加した:

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チキン・ティッカ(416円)

こちらは、どこにでもあるスパイシーなタンドリーチキンって感じ。まぁ BIRA91 のいいツマミにはなったけど。

お腹も満足したところで店を出て、ロッカーから荷物を取り出し、名鉄岐阜駅から宿泊地へ。

ERICK SOUTH 岐阜アクティブG店
岐阜県岐阜市橋本町1-10-1 アクティブG 2F


ここからはオマケ。

まずは、この日の午後に攻めてきた鷺山城跡の遠景。ほんと「城山」って感じの小山で標高は70mほどで、この山が公園になっている:

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「鷺山白鷺町」なるバス停近くから城山の遠景

城山の麓にある北野神社は、城主の居館跡だったらしく、最後の城主であった道三を偲ぶ碑が建っていた[d]コレも大河ドラマの影響だろうか。

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戦国の武将・斎藤道三公慰霊之碑

また昭和の時代にあった城山南側の造成工事の際に出土した城の礎石が展示されていた。ホントかどうかは未検証らしい:

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鷺山城内のどこかの礎石?

公園はこんな感じ。ちなみに登城口がこの階段の先にある:

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公園入口

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いこいの場

四阿あたりからは、この日の午前中に攻めてきた岐阜城跡と金華山を眺めることができた[e]このあとも何回か眺めることがあったけど、その眺めには飽きなかったなぁ 😄️。ホント街のシンボルって感じ。

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金華山と岐阜城跡(拡大版)

登城道を登った先には、こんな堀切跡(堀底は遊歩道)があった:

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本郭と北郭との間の堀切(堀底道)跡

こちらは、城攻めを終えて岐阜駅へ戻る際のバス停近くで見かけたお店。注意用のパイロンがおいてあったりして、かなり年季が入った建物だが、ちゃんと営業していた:

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年季の入ったお店

こちらはJR岐阜駅の長良川口側のバスターミナル近くにあった丸窓電車モ513(展示車両):

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丸窓電車モ513

大正時代に製造され、岐阜のチンチン電車の走りとなった美濃電気軌道のもの。平成17(2005)年に引退したが、戸袋の楕円形窓から「丸窓電車」の愛称で親しまれていたらしい:

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楕円形の「丸窓」と赤白のストライプが特徴

最後は名鉄岐阜駅にて見かけたもので、名鉄とシン仮面ライダーのコラボ?:

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名鉄沿線スタンプラリー?のようだ

宿泊地の最寄り駅まで乗った名鉄車両9500系:

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9500系・9100系

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also鷺山城攻め (フォト集)

参照

参照
a 寂しいことだが宿泊地周辺には圧倒的に御食事処が無かった。このツアーで一番の残念なところだった😕️。
b と云っても東京の高円寺とここ岐阜みたいだけど。
c さすがに値段が値段なだけに躊躇したが、これも久しぶりの旅行の高揚感からかもしれない 😅️。
d コレも大河ドラマの影響だろうか。
e このあとも何回か眺めることがあったけど、その眺めには飽きなかったなぁ 😄️。ホント街のシンボルって感じ。

金華山展望レストラン・ポンシェル − Is This Really a Restaurant?(TAKE2).

今年は令和5(2023)年のGWは天気が気になる連休になりそうだったので、先週末から平日を含むGW前半のみの城攻めを計画した。まずは、たまたま六年前に攻めてきた岐阜城跡について調べ事をしていた際に、見忘れた遺構があったのに気づいて再訪することに。そして三泊四日の城攻めツアーでは、この城跡がある岐阜県を中心に[a]とは云っても正確には西部地方が中心。山城が多い東部は肝心の(連泊できる)宿を確保することができなかったので諦めた 😞️。いくつかの城攻めと古戦場跡巡りを計画した。ただGW後半も天気の良い予報が出ていれば、お隣の滋賀県(近江国)まで足を延ばしたのだが :|

と云うことでGW城攻めツアー2023の初日、岐阜市はやや愚図ついた天気ながら特に雨に遭遇することなく、六年前と同じように金華山ロープウェイで山頂へ向かい、前回見落とした石垣や裏門跡を見てきた :)

そして下山する前に六年前と同じレストランで腹ごなししてきた。実際のところ少々時間が押していたので昼ヌキを覚悟していたのだけれど、ロープウェイ乗り場へ行く途中、そのレストラン前を通ったら予想外に空いていたのでついつい足を向けてしまった。

こちらはロープウェイ乗り場あたりからレストランを見上げたところ。いかにも展望レストラン風である:

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展望レストラン・ポンシェルとロープウェイ乗り場

この判断がまずかったなぁと今となっては思うのだが[b]COVID-19感染傾向が下火になってきた中での旅行ともあって、少々気分が高揚していたかも😅️。ついつい勢いで判断してしまった。、さらに最悪だったのは料理に奮発してしまったこと。初めは「飛騨牛カレーライス(1,100円)」にするつもりで、いざ券売機で購入しようとしたら「売り切れ」になっていたので、その場で目についたこれを押してしまった :$

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美濃けんとん・金華山からあげ

こんな金額で、さらに岐阜県の名物ならばと期待大で案内されたのは、なんと六年前と同じ窓際の席だった :D

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展望レストランからの眺め(拡大版)

前回は晴天だったので、比較してしまうと見劣りするが、なかなかの眺望である。と云ったところで意外と早く出てきた料理の出来をみて、ふたたび驚いた :O

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美濃けんとん・金華山からあげ(1,500円)

唐揚げは衣が厚くて硬いし、本当に「美濃けんとん」なのか判断できない物を油で揚げたものだった[c]もしかしたら肉は溶けてしまっていた?😞️。。オマケにちょっと冷たい。白米も前日のものをレンジで温めた感じで、部分的に固くて不味かった。

これまでの人生で、どんなに不味そうな料理でも極力完食することに努めてきたが、これを口に入れて喉に通すことにかなり躊躇した :$。岐阜県民は、こんなモノを食べるのかと驚き呆れてしまって、ほとんど箸が進まず。結局、こんな感じで最後は残して店を出てきた:

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ほとんど口を付けずに終了

そして店を出た先にあった団子屋で熱ったかい醤油団子(150円)を買ってほうばりながら、あらためてこのレストランの料理人は本当に人に「食べ物」を作って出す気があるのかと淋しい気分になった… :(:(

GW城攻めツアー2023は、この日の天気と同じように、なんかモヤモヤした感じでスタート :|

金華山展望レストラン・ポンシェル
岐阜県岐阜市千畳敷下257 金華山山頂


ここからはオマケ。

こちらはJR岐阜駅の長良川口で見た風景。おそらく昨年末に話題になった武者行列のシーンを描いたもののようだ:

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「信長公騎馬武者行列 2022」

GW直前の週末と云うことで広場はイベント+ダンス会場になっていたが、くもり空下の織田信長公の黄金像はどことなくくすんで寂しく見えた:

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織田信長公像の黄金像

今回も、岐阜公園前バス停から山頂のある模擬天守を見上げてみた。別に今回再訪した目的は模擬天守ではないのだけど:X

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麓から模擬天守を見上げたところ

さらに山頂にて、オススメのビューポイントから眺めた模擬天守:

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現代の模擬天守

こちらは別のビューポイントから:

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ビューポイントからの眺め

こちらはレストラン上にある展望台から眺めた風景の中から、次に攻める予定の鷺山城跡。斎藤道三が家督を義龍に譲ったあとの隠居城とされる:

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鷲山城跡

そしてロープウェイで麓へ下りたあと次のバス時間まで信長公居館跡を巡ってきた:

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金華山ロープウェイ

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金華山ロープウェイと三重塔(拡大版)

最後はバス待ちしていた時に見かけたエアーライフル射撃場。営業しているのか?と思ったが、まだ開店していないだけだった:

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岐阜エアー ライフル射撃場

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also岐阜城攻め(2) (フォト集)
See Also織田信長居館攻め(2) (フォト集)

参照

参照
a とは云っても正確には西部地方が中心。山城が多い東部は肝心の(連泊できる)宿を確保することができなかったので諦めた 😞️。
b COVID-19感染傾向が下火になってきた中での旅行ともあって、少々気分が高揚していたかも😅️。ついつい勢いで判断してしまった。
c もしかしたら肉は溶けてしまっていた?😞️。

黒豚とんかつ合掌 − The Tonkatsu Restaurant where has the Otemon Gate.

中世(室町・戦国時代)から近世(幕末)まであった城で、関東にあっては地理的にも政治的にも要の城と云われ、戦国大名として関東に勢力を広げた「相模の獅子」こと北條氏康曰く「この城を手に入れることは一国を手に入れるに等しい」とも云わしめた大手門が移築されているとのことで、令和5(2023)年の陽春の候で桜が満開だった先週末に、ただその門を観るだけのために早起きして栃木県下野市まで行って来た :)

この門は、幕末の戊辰戦争で資金調達のために近くの村に売り払われたものらしい[a]この藩は江戸城が近かかったので、自分たちの城を犠牲にしてまで江戸城を守れと命令されていたらしい 😑️。。それが巡り巡って、現在はとんかつ屋の敷地に再建されている 8)

ということで意外と良好な状態の大手門を堪能したあとは、とんかつの方もしっかりと堪能してきた :D

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国道R4(日光街道)沿いにある

店の建物ものそれなりに歴史を感じるもの。店内に入ればそれがわかる :D

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予想以外に大きなお店だった

開店まもない時間で既に数組の先客が居たが、一階だけでもテーブル数は多めだったので行列も待ちも無し[b]現在は一階しか使っていなかったようだが 😥️。

一応は事前に調べて注文するものは決めていたが、メニューを眺めて、この店押しの黒豚とんかつ膳(200g)(2,190円)に変更した[c]と云うか、決めていた品(和豚もちぶたトンテキ)は平日ランチメニューでしかないものだった 😉️。さらに、この日は駅から30分ほど歩いてきたので、喉を潤し直すためにグラスビール(420円)も注文した。

ビールをクゥっと飲み終えたら、席を立ってクラッシックな雰囲気の店内を眺めるためにウロウロしたり:

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ステーキ屋にありそうなシャンデリア

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なぜ杵と臼?

そうこうしていると御膳が出てきた:

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黒豚とんかつ膳(200g)(2,190円)

御飯と豚汁はおかわり自由 8)。箸休めの冷奴の他に、熱々の茶碗蒸しがついていた。

独特の脂身を岩塩をつけて頂いた方が旨かった。口の中で解けて、嫌味のない脂ぽさが口いっぱいに広がるので。肉の方はゴマ入りの特製ソースで頂く。これで御飯をパクパクいけた 8)。さすがにカロリーが気になって、後半は豚汁と一緒に頂いたが。この豚汁がまたまた美味い:

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特製ソースも良いが、黒豚は塩がオススメ

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熱々でおかわりOKな豚汁

なんだか最後は、大手門よりもトンカツの方が堪能した感が大きかった :D

黒豚とんかつ合掌
栃木県下野市下石橋134-1


ここからはオマケ。

こちらが、満開の桜越しに眺めた大手門。その奥にあるのがトンカツ屋。右手奥はとんかつ屋のだだっ広い駐車場:

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関宿城の大手門(移築)

大手門の梁に残っていた破壊済みのスズメ蜂の巣:

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スズメバチの巣

駐車場脇には桜が満開だった:

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国道R4沿いにある

来るときは宇都宮線の石橋駅から歩いてきたが、その時に見かけた模型屋の建物:

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有名な模型屋らしい

帰りは同じく宇都宮線の自治医大駅まで歩いたが、とんかつ屋と国道を挟んで向かいには丸大食品の工場があり、その入場門の前にそびえていたのがこの慈母観音像:

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巨大な慈母観音

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慈母観音

国道R4を自治医大駅方面へ南下して行くとアカマツと桜がたつ松原があった:

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国道R4沿いの松原

アカマツの松原:

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国道R4沿いの松原

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also関宿城攻め / 伝・大手門と薬医門 (フォト集)

参照

参照
a この藩は江戸城が近かかったので、自分たちの城を犠牲にしてまで江戸城を守れと命令されていたらしい 😑️。
b 現在は一階しか使っていなかったようだが 😥️。
c と云うか、決めていた品(和豚もちぶたトンテキ)は平日ランチメニューでしかないものだった 😉️

東京国立博物館 展示 #6919、#6946 − TOKYO NATIONAL MUSEUM 2023.

先週は、令和5(2023)年の啓蟄の候すぎの週末[a]2011年に観測史上最大規模の東北地方太平洋沖地震が発生した日。旧暦だと初代天皇である神武天皇が没した日。甲斐武田家が滅亡した日。に六年前に巡ってきた城跡周辺を再訪したあと帰宅する際に時間があったので上野で途中下車し、先月に続いて東京国立博物館を観覧して来た。今回も本館で開催されている総合文化展のいくつかを観覧してきた:

  • #6919:本館2階5室・6室の「武士の装い」:2023年2月4日(火)~ 2023年5月7日(日)
  • #6946:本館1階13室の「刀剣」:2023年1月17日(火)~ 2023年4月9日(日)

後者の展示は先月とほぼ同じ。今回は勢州村正《セイシュウ・ムラマサ》や重文指定の刀剣などを、またまた閉館近くまで観覧してきた  :)

まずは甲冑から。こちらは白糸威二枚胴具足《シロイト・オドシ・ニマイ・ドウグソク》。江戸時代(17世紀)。尾張徳川家初代藩主の徳川義直《トクガワ・ヨシナオ》が大坂の陣で携帯したと伝わる具足:

白糸威二枚胴具足(右正面)

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白糸威二枚胴具足(側面)

胴と袖は銀箔押の札《サネ》を白糸で威しており、現在はくすんでいるが、往時は白銀に輝いていただろうとのこと。兜は通天冠《ツウテンカン》[b]中国の冠。を模した変わり兜で、前立は仏具の如意形《ニョイナリ》。

そして紺色縅二枚胴具足《コンイロ・オドシ・ニマイ・ドウグソク》。江戸時代。大名茶人・小堀遠州と呼ばれた小堀政一《コボリ・マサカズ》所用と伝わる具足:

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紺糸威二枚胴具足

全体の縅毛を紺色で統一し、要所には小堀家の家紋である花輪違紋をあしらった飾金具を配している。兜は輪貫《ワヌキ》の前立を持つ尖り帽子のような変わり兜。

今回はいろいろな変わり兜が展示されていたが、その中からこちらは紫糸素懸威烏帽子形桐紋兜《ムラサキイト・スガケオドシ・エボシナリ・キリモンノ・カブト》。江戸時代。これは烏帽子の形を鉄で模した変わり兜:

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紫糸素懸威烏帽子形桐紋兜

側面には切鉄と銀の布目象嵌《ヌノメ・ゾウガン》による大きな桐紋を飾り、正面や裾にも桐紋を打っている。六段下りの錣《シコロ》は紫糸の素懸威。豊臣秀吉の兜と伝わる。

ここからは刀剣。基本的に前回とほとんど展示品は替わっていなかったが、そんな中で重文のものを中心に紹介する  :)

黒漆銀銅蛭巻太刀《クロウルシ・ギンドウ・ヒルマキノ・タチ》(重要文化財)。南北朝時代:

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黒漆銀銅蛭巻太刀

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柄の装飾は蛭巻

柄《ツカ》や鞘《サヤ》などは補強と装飾を兼ねて、帯状の金属板で螺旋状に巻く蛭巻《ヒルマキ》と云う技法[c]蛭巻太刀は武士に愛好された刀装の一種。を使っている。南朝の武将、南部政長《ナンブ・マサナガ》[d]新田義貞が倒幕のために挙兵した際、正長もこれに呼応して馳せ参じて武功を挙げた。恩賞は陸奥国の一郡。の所用と伝えられる。

青漆銀流水文半太刀大小《セイシツ・ギンリュウスイモン・ハンダチノ・ダイショウ》の一腰。安土桃山〜江戸時代:

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青漆銀流水文半太刀大小

半太刀とは刀装の一種で、太刀のように刃を下にして[e]通常、刀は刃を上にして腰帯に指す。、刀と同様、鞘に栗形《クリガタ》や返角《カエリヅノ》を設けたもの。この二腰は、美濃国・苗木城主の遠山友政《トオヤマ・トモマサ》[f]美濃国苗木藩の初代藩主。父は遠山友忠《トオヤマ・トモタダ》、母は織田信長の姪。の差料と伝わる。青漆塗の鞘に二条の曲線形の銀板を貼って流水の模様を表現している。

太刀・古備前吉包《タチ・コビゼン・ヨシカネ》(重要文化財)。平安〜鎌倉時代。「古備前」とは備前国で平安末期から鎌倉初期に活躍した刀工たちの総称で、吉包はその一人:

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太刀・古備前吉包

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太刀・古備前吉包

刀身は腰反りが高く、よく鍛えられた板目の地鉄に、高さの揃った小乱の刃文を焼き入れている。

ここからは一階の「刀剣]コーナーから。

まずは有名な太刀・豊後行平《タチ・ブンゴノクニユキヒラ》(重要文化財)。平安〜鎌倉時代。行平は平安時代から豊後国で活躍した刀工の一人:

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太刀・豊後行平

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太刀・豊後行平

刀身はやや細身で、板目《イタメ》の地鉄《ジガネ》に「浅くのたれた」小乱《コミダレ》の刃文を焼入れ腰元で焼落としている。

次は太刀・古青江貞次《タチ・コアオエ・サダツグ》(重要文化財)。鎌倉時代。備中国青江を拠点とした青江派のうち、平安末期から鎌倉初期に活躍した古青江と呼ばれる刀工の代表がが貞次:

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太刀・古青江貞次

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太刀・古青江貞次

精美な小板目《コイタメ》の地鉄に、小乱を交えた直刃《スグハ》の刃文を焼入れている。

こちらは太刀・長船長光《タチ・オサフネミツタダ》(重要文化財)。鎌倉時代。備中国長船を拠点に、日本最大の刀工流派として繁栄した長船派:

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太刀・長船長光

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太刀・長船長光

よく鍛えられた板目の地鉄に乱映りが立ち、高低のある丁子に互の目を交えた刃文を焼き入れており、金筋など刃中の働きも豊か。

刀・津田助広《カタナ・ツダスケヒロ》(重要文化財)。江戸時代。大坂で作刀した名工で、寄せては返す大波をかたどった濤瀾刃《トウランバ》と云われる独創的な刃文を作り出した:

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刀・津田助広

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刀・津田助広

小板目の精美な地鉄に、明るく冴えた濤瀾刃を焼入れている。

こちらもよく知られた、刀・勢州村正《カタナ・セイシュウ・ムラマサ》。室町時代。村正は伊勢国桑名の名工で、その作刀は業物《ワザモノ》として知られ、江戸時代には徳川家を祟る妖刀伝説が生まれた:

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刀・勢州村正

やや流れた板目の地鉄、低く焼き入れた乱刃《ミダレバ》の刃文、たなご腹形の茎《ナカゴ》などが特徴。

最後は刀・小野繁慶《カタナ・オノハンケイ》(重要文化財)。江戸時代。繁慶は徳川家康・秀忠に仕えた鉄砲鍛冶で作刀もした:

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刀・小野繁慶

 以上、東京国立博物館蔵の作品は「e國寳」や「文化遺産オンライン」(ともに文化庁)のサイトでも閲覧できる ;)


ここからはオマケ。

千葉県松戸市にあった巨大な平城の外郭跡を攻めていた時に観たマンホール蓋

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「矢切の渡し」柄のマンホール・デザイン

この日は久しぶりに晴天の休日で、沿道に咲いていた梅がとても映えていた 8):

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野梅系

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野梅系

こちらは上野公園でみた梅:

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緋梅系

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緋梅系

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also2023年3月 東京国立博物館 (フォト集)

参照

参照
a 2011年に観測史上最大規模の東北地方太平洋沖地震が発生した日。旧暦だと初代天皇である神武天皇が没した日。甲斐武田家が滅亡した日。
b 中国の冠。
c 蛭巻太刀は武士に愛好された刀装の一種。
d 新田義貞が倒幕のために挙兵した際、正長もこれに呼応して馳せ参じて武功を挙げた。恩賞は陸奥国の一郡。
e 通常、刀は刃を上にして腰帯に指す。
f 美濃国苗木藩の初代藩主。父は遠山友忠《トオヤマ・トモタダ》、母は織田信長の姪。