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元祖・輪箱飯 田季野 − A Bag Lunch using Aizu Traditional Craft.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の初秋に自身初の「奥州攻め」として、シルバーウィークを三日間の日程で福島県内に残る城跡を巡ってきた。
二日目は、今回の城攻め旅行の目玉である會津若松城。この日は、06:30には郡山駅から徒歩15分ほどの宿泊先をチェックアウトして07:00少し前のJR磐越西線の快速・会津若松行に乗車。猪苗代湖をほんの少しだけみて、猪苗代駅近くの直線で雄大な磐梯山を眺めつつ終点の会津若松駅には08:00ちょっと過ぎに到着した。駅舎を出て外にあるコインロッカーに宿泊用の荷物を預け、用を足してからそのまま駅舎の北端にある駅レンタカー会津若松営業所へ。ここで電池きのママチャリをレンタルした(1日1,500円/当時)。城攻めする前に蒲生氏郷公ゆかりの寺院を含む城下町の散策へ。
予定では會津若松城があった鶴ヶ城公園を巡る前にお昼を摂っておこうと思っていたけど、いろいろ散策していると予定をかなりオーバーしてしまった上に、この日の会津若松は見事な秋晴れということもあって観光客がものすごかった。なので、お昼どきならば人が少なくなるのではと淡い期待をして巡ってきたのだけれど大ハズレ。ホント、大勢の観光客で溢れ返っていた :O。運良く(?)「会津まつり」開催日にあたって、公園内外でのイベントが多かったので仕方がなかったが。

ということで城攻めの合間にお昼を摂ることに。最初は公園の目の前にあった蕎麦屋にしようかと思ったけど、せっかくなので会津若松市の郷土料理の一つである「輪箱飯(わっぱめし)」の老舗店である元祖・輪箱飯の田季野へ。着いたのが14:00過ぎだけど、有名店でもあるので入れなかったらどうしようかと心配をしたが、一人だったので直ぐにカウンター席に通してもらえた:

割烹・会津料理の田季野

もともとは尾瀬の玄関口にあたる南會津の山に入る男たちが「曲げわっぱ」を弁当箱にして持ち歩いていたことにヒントを得て、これと会津の食材を活かした料理を「輪箱飯」として提供したのが始まりだとか:

さじ袋

さじ袋に描かれた昔話

で、注文したのは「五種輪箱飯」と、それが出てくるまで喉の乾きを癒やすためにグラスビールを :D
そして出てきた輪箱飯は、桧を曲げた器に鮭に蟹、そして山菜が会津米の上に載せられて蒸しあげられたもの。それに前菜二品と香の物、そして味噌汁がつく:

五種輪箱(1,840円)

独特の醤油味の出汁につかった肉厚の鮭と御飯がよく合うし、ゼンマイとキノコが蒸せられて良い香りだった :)

肉厚の鮭の一身と山菜が会津米の上に載っていた

箸休めで肉ゴボウと若芽の酢物、そして浅漬。こちらも輪箱に入っていた:

前菜と香の物

この日は朝が早かったことと、ほとんど歩くかチャリに乗っているかだったので、勿論ペロリと完食してしまった:D

会津伝統工芸の一つである曲げわっぱ

これなら少しくらい冷めていても、きっと美味しい弁当だったんだろうなと想像してしまった。

元祖・輪箱飯・割烹・会津料理
田季野
会津若松市栄町5-31(鐘つき堂小路)


ここからはオマケ。

まずは郡山から乗車したJR磐越西線719系「あかべぇ塗装」。会津若松駅にて。正面の他に側面にも「あかべぇ」が描かれていた。ハリボテのあかべぇは改札口脇に展示されていた:

磐越西線719系「あかべぇ塗装」

ハリボテのあかべぇ

次は、この日の一番の功労者であるレンタルの電動ママチャリ。一日レンタルと云っても実質は9時間ほどだけどバッテリー消耗も少なく、いやーぁ、ホントに必須のアイテム;):

今回レンタルした電動自転車

こちらは會津若松城の天守で、蒲生氏の時代の七層七階の望楼型ではなく、その後に入城した加藤氏による五層五階の層塔型天守を、昭和の時代に鉄筋コンクリート製で外観だけ復元したもの:

外観復元された天守(拡大版)

ちなみに蒲生氏郷公が築いた天守は、公の死後に會津地震で傾いてしまったので、加藤明成が作りなおしたものが幕末の會津戦争まで使用された。

この日の会津若松市は本当に大勢の観光客がいたが、どうやら恒例の「会津まつり」が開催されていたようで、ここ鶴ヶ城公園では会津藩公行列の出陣式が執り行われていた:

帯郭跡に集まっていた行列参加者

会津藩公行列の出陣式

しかし、この絵を見て素直には楽しめない。會津戦争では子ども達も参戦していたのは承知の事実であるが、子供を戦争に駆り出すようになってはおしまいである。古今の歴史上で勝ったと云う話を聞いたことがない。子供は将来のために残しておくべきであり、大人共が負けを認めて責任をとるようにならないと国は存続しない。それなのに先の大戦でも日本では学徒出陣があった。『愚者は経験から学び、賢者は歴史から学ぶ』の一言に尽きる :|

こちらは福島県の開花基準となる桜の木らしい:

桜開花の基準木

再び天守。最初は瓦は黒であったが、保科氏の時代に冬にも強い赤瓦に葺き替えられた:

天守

このような赤瓦葺きの天守を持つ城は江戸時代にまでいくつかあったらしいが、現在は鶴ヶ城公園のみになっている:

天守閣博物館の入口

天守の中にある博物館では天守閣再建50周年を記念した展示があった:

昭和35(1960)年に再建された天守閣(拡大表示)

こちらは会津若松市のキャラクター「お城ボくん」。同市出身の漫画家の作品らしい:

会津若松市観光PRキャラクター「お城ボくん」

こちらは鶴ヶ城公園に移築された茶室麟閣。千宗易こと千利休の養子・千少庵が建てたものらしい:

茶室麟閣

ここで本物の抹茶を一服楽しんできた(500円/当時):

お抹茶と薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)

氷が入った冷たい抹茶は、この日の暑さもあって、とても心地よかった:

お抹茶

この茶菓子は薯蕷饅頭(じょうよまんじゅう)と呼ばれ、すりおろした「つくねいも」と米粉の皮で、小豆の皮を取り除き炊き上げた皮むき餡を包んだもの:

外は「つくねいも」と米粉の皮

中は皮むき餡

最後は、この鶴ヶ城公園周辺で目撃した生き物たち:

お濠で見かけた鴨

本丸跡で見かけた蜻蛉

天文台で見かけたカナヘビ

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also會津若松城攻め (フォト集)

御食事処・三松会館 − A Diner has many different kinds of food to choose at KORIYAMA.

一昨々年(さきおととし)は平成27(2015)年の初秋に自身初の「奥州攻め」として、シルバーウィークを三日間の日程で福島県内に残る城跡を巡ってきた。
初日は上野からJR特急ひたち3号・いわき行で水戸まで移動し、水戸からJR水郡線に乗り換えて磐城棚倉(いわきたなくら)へ。ここ福島県東白川郡の棚倉(たなぐら)は、この前の月の出張の合間に攻めてきた福岡県柳川城を居城とする戦国大名・立花宗茂公ゆかりの場所だということで、今回は是非とも訪問したかった町だった。午前中は公が大名に復帰し初代棚倉藩主の居城となった赤館跡、午後はその赤館を廃城にして新たに棚倉藩の居城として築城された棚倉城跡である。共に規模的にはそれほど大きくないこともあり、予定通りに城攻めを終えて宿泊地の郡山へ移動できた。そして、こちらも自身初の郡山へ到着したのが6:30pm。ホテルにチェックインするやいなや荷物を置いて早速に夕食へ。

この日に攻めた城の規模は大したことはないが、北へ南へ歩きに歩き周ったおかげでお腹はペコペコ :D。おまけに、次のは早朝から会津若松へ移動して、今回の城攻めの目玉である鶴ヶ城(会津若松城)を攻める予定だったので量と質を満足してくれそうなお店を選ぶことにした。そして事前に調べた結果、三松会館(さんまつ・かいかん)と云う郡山では知らない人はいないくらいポピュラーな定食屋を見つけた:

総合食堂・三松会館

入口のショーケースに並ぶ食品サンプルと、暖簾に書かれた「総合食堂」の文字がかなり気になったが、このお店の「ウリ」は和・洋・中あわせて100種類以上のメニューだそうで、お店のホームページには代表的(で、人気の高い)メニューが紹介されていた。そういうことで、この中にあった「鉄板ハンバーグ定食」を食べてみることにした。

で、店に向かう時、時間も時間なので行列を覚悟してきたのだけれど、まったくそんな気配はなかった。ちょっと拍子抜けのまま暖簾をくぐってドアを開けてみたら、大勢のお客で賑わう声が。店内はほぼ満席。家族連れはもちろん、サラリーマン風の人達が大勢食べていた。一瞬、今宵は別の店にしようかと思ったけど、運良く空いていた一人用のテーブル席に通してもらえた ;)。ということで生ビール中(460円)と鉄板ハンバーグ定食(910円)を注文した。

そして、しばらくして出てきたのがこちら:

鉄板ハンバーグ定食(910円)

鉄板の上にはハンバーグの他に、エッグカッターでスライスされたであろう茹で卵がまるまる1個、ケチャップ味のナポリタン、そしてフライドポテトといんげん。別皿としてポテサラとレタス、冷奴にたくあん。ライスは洋風でお皿にのっていた。だけど味噌汁付きという無国籍料理状態が良かった。

このデミグラスソースがかかったハンバーグは手捏ねで、予想外のボリュームの「定食」:

鉄板の上にはハンバーグ+ナポリタン+エッグ+フライドポテト+いんげん

食べてみると、ハンバーグはソースハンバーグっぽく、中まで味がしみていて美味しかった 8):

デミグラスソースがしみた手捏ねハンバーグ

ホント、美味しくてボリュームがあって、これぞまさにハンバーグ「定食」。

三松会館
福島県郡山市大町1-3-13


ここからはオマケ。

こちらは始発の上野駅から水戸駅まで乗車したJR特急ひたち3号。現在の「上野東京ライン」は未だ登場していない頃。全車指定なので事前に指定席特急券の購入が必要:

E657系電車の特急ひたち

特急ひたち3号いわき行

全車指定席

こちらは水戸駅から磐城棚倉駅まで乗車したJR水郡線:

キハE130系・水郡線@磐城棚倉駅

こちらは赤館公園へ向かう県道R25で目撃した「たまご」の販売所。自販機で24時間営業らしい:

24時間営業のたまご販売所

覗いてみたところ、みな卵が大きかった :D

冷蔵庫で販売されていた卵

最後は、磐城棚倉駅近くの和菓子屋・甘盛堂のいちご大福(150円)。大福がよもぎ餅だった:

甘盛堂のいちご大福(150円)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also赤館攻めと宇迦神社 (フォト集)
See Also棚倉城攻め (フォト集)

青島食堂・宮内店 − A One of the Niigata-style Ramens at MIYAUCHI.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いての「越後攻め」で、最終日の天気はこれまでの三日間からうって変わって曇り時々雨。予報によれば、新潟地方は午後から雨が降り出しそうなのだとか :O。さらに、この日はGW前半の最終日ともあって帰り(上り)の新幹線の混み具合も気になったので、あまり遅くまで攻めている余裕はなかった。そのため予定していた城攻めプランを急遽変更して[a]雨降りそうだったので、山城である北条(きたじょう)城攻めを外した。湿気が多い日の山城攻めは汗を大量にかくので。、午前中の前半は上杉謙信の家臣であり上杉四天王の一人でもある猛将・柿崎和泉守景家公の墓所(上越市柿崎区)訪問、後半は遺構は全く無く、ただ城址の碑が高校の敷地に残る琵琶島城跡を攻めることにした。そしてお昼は宮内駅近くで新潟五大ラーメンの一つである生姜醤油ラーメンの元祖として有名な青島食堂へ行き、食べたらそのままお隣の長岡から帰京することにした :)
と云うことで青島食堂があるJR宮内駅に到着したのがお昼すぎの12時半。この日は平日だったので、ちょっと行列を予想していた。まぁ駅周辺には青島食堂が3店舗[b]宮内駅前店、宮内店、そして曲新町(まがりあらまち)店の3店舗。全て駅から5〜6分圏内だった。あるので、混んでいたら別の店舗へ移動する覚悟でいたが :D。今回は豚一家が制覇した宮内店を目標とした。まずは駅を下りて、目の前にある宮内駅前店を軽く覗いてみたら行列にはなっていなかったので、予定どおり宮内店へ向かった。

こちらが宮内店。駅から徒歩5分ほど:

青島食堂(宮内店)

ちょっとラーメン屋には見えない店構えだが、覗いてみるとカウンターしか無く、見た感じは埋まっていたが「回転」は早い方で券売機で「青島チャーシュー」を購入している間に席が空いた。お店に「製麺部」と書かれているとおり、ラーメン屋というよりは工場みたいな雰囲気だった。席に着いて注文して待つこと5分ほどで登場した:

青島チャーシュー(900円)

チャーシュー麺と云っても大した肉は入っていなかったが :$。普通のラーメン(大盛り)にしておけば良かったと後悔した。味は、まさに生姜醤油そのもの。見た目も最初の味も醤油だけど、あとから生姜の香りが口一杯に広がる感じ。くどい脂も少なく、最後までスープをすすってしまった。これは寒い冬なんかに食べたいと思ってしまう支那そばだ。

ちなみに他の2店舗はこんな感じだった:

青島食堂(宮内駅前店)

青島食堂(曲新町店)

昨年食べた焼あごのラーメンといい、青島食堂の生姜醤油といい、なかなか侮りがたいラーメンが多い新潟だった。

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

青島食堂・宮内店
新潟県長岡市宮内3-5-3


ここからはオマケ。

この日の前半は上越市柿崎区にある楞厳寺(りょうごんじ)を訪問してきた。
これは最寄り駅である柿崎駅の駅舎。この裏は線路を挟んで日本海である。強風で雪がコンクリート壁一面に張り付いているイメージがふと思い浮かんだ :O

JR信越線の柿崎駅

そして駅前に建ててあった「かきざき観光MAP」なる案内板。ここ柿崎でも一番人気はやはり米山(標高993m)登山なんだろう:

かきざき観光MAP(拡大版)

今回、楞厳寺へは柿崎駅近くの頸北観光バスを利用した。但し、このバスはいわゆるデマンドバスと云われる予約制の乗合バスなので事前にバス会社に連絡しておく必要がある(リンクはPDF)。オマケに今回利用したバスは平日しか運行していない路線だった。ホント、事前に調査しておいてよかった。当日の朝、乗車時間の2時間くらい前にフリーダイアルで予約した。

この日は、まず長岡の宿をチェックアウトしてから駅のコインロッカーに荷物を預け、連日乗っていた朝7時過ぎの信越線・直江津行きに乗車。柿崎には8時過ぎに到着。駅からすぐの頸北観光バスのターミナルへ移動。今回乗ったのは8時半発の「芋の島中(いものしまなか)」と云う停留所までの黒岩線(リンクはPDF)。この停留所の目の前に楞厳寺があった。
で、こちらがデマンドバス。行きは自分一人だけだった。料金は片道460円(当時):

頸北観光バス・デマンドバス・黒岩線

柿崎から20分程で目的地の停留所に到着。ふと周囲を見渡しても停留場の標識が見つからなかったのだが、近くにある雑貨屋の壁をよくみると標識が貼ってあった ;)

「芋の島中」停留所

ちなみに上り下り共通の標識(停留所)だった。で、次に上りが戻って来るのが40分先。おかげで、ゆっくりと楞厳寺境内を散策することができた。
ここ楞厳寺は柿崎和泉守景家公の菩提寺であり墓所がある他、上杉謙信が長尾虎千代と呼ばれていた幼少時に修行していた林泉寺の師匠にあたる天室光育和尚の墓所もある。さらには西国三十三所[c]もともとは近畿地方と岐阜県に点在する33ヶ所の観音信仰の霊場の総称らしい。を模した観音像が建立された「西国三十三観音」なる名跡もあった:

楞厳寺

西国三十三観音

それから、再びデマンドバスに乗って柿崎駅へ戻ったが、この時は集落のおばぁちゃん達と同乗することに。聞くところによれば、明日からGW後半が始まるため唯一の平日である、この日にバスを利用しているのだとか。ご苦労様です。

そして、柿崎から再び信越線に乗って次は柏崎へ。駅から徒歩30分位のところに琵琶島城跡がある。但し、往時の遺構はもちろん面影は全く無かった。現在は県立高校の敷地に城址の碑が建つだけだった:

琵琶島城跡の碑(拡大版)

こちらは城跡の側を流れる鵜川。往時は蛇行し、それによって形成された半島状の場所(左手の高校が建つ場所)に琵琶島城の本丸があったらしいが、現在は河川改修で流れが真っ直ぐになっていた:

琵琶島城址と鵜川(拡大版)

駅から往復60分かけて、この程度の見所だったので、どっと疲れた ;(。そのため早々にラーメンを食べるため宮内まで移動した。

こちらは柿崎駅のホームで見かけた新潟県の宣伝ポスター。新潟県の美味しい物をピースに見立ててパズルになっていた。なかなかのアイディア 8)

「うまさぎっしり新潟」

最後は長岡駅で上りの新幹線を待っていた時に見かけたE4系Maxとき。再来年の2020年末までには引退する車両だ:

E4系Maxとき

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also楞厳寺と柿崎和泉守景家公墓所 (フォト集)
See Also琵琶島城攻め (フォト集)

参照

参照
a 雨降りそうだったので、山城である北条(きたじょう)城攻めを外した。湿気が多い日の山城攻めは汗を大量にかくので。
b 宮内駅前店、宮内店、そして曲新町(まがりあらまち)店の3店舗。全て駅から5〜6分圏内だった。
c もともとは近畿地方と岐阜県に点在する33ヶ所の観音信仰の霊場の総称らしい。

越後長岡小嶋屋 本店 − A Niigata Local Dish Hegi soba(TAKE2).

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いての「越後攻め」で、三日目の午後一杯は新潟県上越市にある高田城跡へ。ここは、昨年には続100名城にも選定された城跡。と云っても、同様に選定され、この日の午前中に攻めてきた鮫ヶ尾城跡とでは、遺構の規模で「雲泥の差」があった。なぜ選定されたのか理解不能[a]個人の感想。まぁなんたら100名城は特に興味はないのでどうでも良いが。 :/。この高田城は廃城後に入城した帝国陸軍によって土塁や堀が破壊されている上に、その後の公園化によって往時は存在しない橋や道が設けられたり、主要なもの以外の郭(くるわ)跡を示す碑が建っていないし。さらに売りの一つである三重櫓は発掘や古絵図の調査結果を基にした模擬復原であるが、築城当時は二重櫓であったし。
と云うことではあるけど、せっかくここまで来たのでお昼を摂った後に同じ沿線にあった高田へ移動して、駅から徒歩で15分ほどのところにある高田公園へ向かった。そして足早に公園を周ったあと、宿がある長岡へ戻ったのが19時すぎ。夕食は、昨年の越後攻めで初めて食べた越後長岡小嶋屋の本店で。栃尾の油揚げがお目当てだ :D

皇室献上・越後長岡 小嶋屋 殿町本店

実のところ、初日の夕飯も同じ越後長岡小嶋屋で食べた。と云っても、この本店ではなく長岡駅に隣接するCoCoLon長岡のレストランフロアの支店の方だけど。そこのメニューは本店と違っていて、残念ながら栃尾の油揚は食べることができないのである :|

で、この日の日中は暑かったけど、長岡へ戻ってきたら気温が下がって寒いくらいだったが、まずは冷たい生ビール。そして栃尾油揚ハーフと越の鶏(こしのとり)の塩焼きを注文した。

まずは栃尾油揚ハーフ。昨年、初めて食べて好物の一つになってしまった:

栃尾油揚ハーフ(432円)

ハーフ・サイズながらも分厚く、食べ応えがあるので充分ビールのおつまみになる。加えて、この店オリジナルで、油揚げの間にネギ味噌や梅肉が挟まっているのも嬉しい:

小嶋屋オリジナルの栃尾油揚げ

こちらが越の鶏の塩焼き。新潟県のブランド鶏らしい。脂少なめ。そのせいか、ちょっと硬かった:

越の鶏の塩焼き(854円)

ビール一杯飲んだだけで寒くなってきたので早々に退散することに。〆はへぎそばと海老天丼(小)を注文した。例の初日は「へぎそば+タレカツ丼セット」を食べているので被らないようにした:

へぎそばセット(854円)

海老天丼小(864円)

うーん、そばは昨年同様に美味しかったが、この値段で天丼は普通以下だった[b]てんやの方がうまい。。蕎麦屋なのに残念 ;(
ということで栃尾の油揚げは新規に開拓した店でも安く食べれるので、ここ小嶋屋は今回で最後かな :X。正直、前回食べた時の衝撃は無くなっていたし[c]初日にも食べているからかも知れないが、値段的に相応ではなくなっているような気がした。

越後長岡小嶋屋 本店
新潟県長岡市殿町2-2-9


ここからはオマケ。

こちらは自身初の上越市高田で見かけた古物商。店頭に立っていた鉄人28号が目についただけだが:

県道R38沿いで見かけた古物屋

高田は越後高田藩15万石の城下町でもあったことから、その町並みに名残が感じとれた。例えば一直線の通りで町割りされていたり:

真っ直ぐに延びる通り(拡大版)

往時は、高田城の外堀でもあった青田川はたくさんの橋が架けられた憩いの場であり、春の桜の季節では外せない場所になるらしい:

青田川

青田川散策マップ(拡大版)

そして高田城跡に造られた高田公園:

高田公園

その見所の一つである三重櫓(模擬復元):

水堀と三重櫓(拡大版)

なんとなく、西堀橋と極楽橋:

西堀橋(往時は存在していない橋)

復元された極楽橋

最後は直江津駅で電車待ちしていた時に見かけた北越ほくほく線のHK100形:

北越ほくほく線のHK100形

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also高田城攻め (フォト集)

参照

参照
a 個人の感想。まぁなんたら100名城は特に興味はないのでどうでも良いが。
b てんやの方がうまい。
c 初日にも食べているからかも知れないが、値段的に相応ではなくなっているような気がした。

とん汁たちばな − Tonjiru, A local delicasy of ARAI, NIIGATA.

今年は平成30(2018)年のGWは、昨年に続いて「越後攻め」。三日目の午前中は新潟県妙高市にある標高185mの鮫ヶ尾城跡へ。ここは今から10年前(当時)に国指定史跡に指定され、昨年には続100名城にも選定された城跡だ。
この日は長岡駅近くの宿を出て7時発のJR信越線で直江津まで移動し、直江津からえちごトキメキ鉄道妙高はねうまライン・妙高高原行に乗り換えて北新井駅に着いたのが9時くらい。無人駅だけど構内に置いてあった城址までの案内図を参考に40分くらいかけて、田園風景と遠く妙高山を眺めながら城跡へ向かった。途中、勝福寺へ立ち寄ってから東登城口から攻める予定だったが、トイレに行きたくなったので北登城口近くにある「斐太(ひだ)歴史の里・総合案内所」[a]斐太神社の裏(西側)にあり、県道R85沿いに「ようこそ鮫ヶ尾城跡」という看板があるので、そこから登ると駐車場があり、更に登ると「斐太遺跡群・斐太遺跡」の敷地に入る。そこを進むと案内所がある。へ向かった。用を足して案内所の展示物や説明板を読んでいたら、案内所のおばさんからお茶と梅干や辣韮なんかを頂いた。この日も晴天で暑さに注意していたので、このおもてなしには感謝。さらに案内所脇にある北登城口は、上信越道の工事で通行止めが延期になっていると云う現地情報も入手できた。ちょっと遠回りになったけど立ち寄っておいて良かった。これはオススメ 8)

それから2時間くらいかけて城址一帯を攻めて、大手道であった南登城口から下りて、午後の城攻めに向かうために再び北新井駅へ。ちょっとゆっくり城攻めしたため予定の時間を1時間ほど超えていた。そのため、お昼は次の城攻めの最寄りである高田あたりで摂ろうかと思ったけど、どうしても行ってみたいお店があったので、炎天下を片道20分ほど歩いて行ってきた。そのお店は豚一家も制覇したとん汁の店たちばな

国道R292沿いにある新井名物とん汁・たちばな

この日は平日だけど、GW中は平日を含めて営業中だったので助かった :)

国道R292沿いにあるとん汁の店たちばな

豚肉・玉ねぎ・豆腐・白味噌で作ったとん汁と、矢代産コシヒカリの御飯の組み合わせは城攻めでの疲れを癒やし、さらに次の城攻めのパワーの源となること間違いなかった :D。炎天下、駅前から歩いてきてお店に到着したのは昼時を過ぎた13時半。カウンターに何人か居るぐらいで、すんなりテーブル席に通してもらえた。注文した品は、店一番人気のとん汁定食(ライスは並):

とん汁定食(950円)

ライスは並だけど、丼ぷり一杯ある。コシヒカリで粘り気があり、甘く美味しい。そこに少し塩っぱ目のとん汁がベストマッチだった;)

たっぷりのとん汁(豚肉・玉ねぎ・人参・白味噌)

玉ねぎが甘かったが、玉ねぎ好きの自分としては問題ない。白味噌のコクある汁も美味しかった。

とん汁の店たちばな
新潟県妙高市栗原2丁目3-10


ここからはオマケ。

直江津から乗車した妙高はねうまラインのET127系妙高高原行きと、北新井駅から高田方面の眺め:

ET127系(直江津〜妙高高原)

北新井駅(無人駅)のホーム

こちらは城址へ向かう途中に眺めることができた妙高山・火打山。未だ雪が残っていた:

田園風景と妙高山方面の眺望(拡大版)

こちらは籠町南葉山・南葉山・青田難波山:

上新バイパスと籠町南葉山・南葉山・青田難波山(拡大版)

その手前に見える低い(150mクラスの)山が鮫ヶ尾城跡と斐太遺跡地区:

田園風景と鮫ヶ尾城跡+斐太遺跡地区

矢代川の支流と、その近くに生えていた乙吉の大けやき(妙高市指定文化財)。大けやきは高さ30m、樹齢は約500年:

矢代川(支流)

乙吉の大けやき

炎天下をとぼとぼ歩いていると出会った野鳥。物珍しそうな眼差しだった:

途中に出会った野鳥

こちらは斐太神社。うっそうとした杉にすっぽりと囲まれていた:

807年創建の斐太神社(拡大版)

鮫ヶ尾城址の麓には、弥生時代の遺跡も多数発掘されているそうで、この辺りは斐太遺跡群斐太遺跡(国指定史跡)が広がっていた:

矢代山B地区の斐太遺跡

浅い窪みとして確認できる竪穴式建物は60箇所を超え、尾根筋を分断する鋭い傾斜の空堀が二重に巡らされていた(外環濠跡):

外環濠跡

外環濠跡

こちらが鮫ヶ尾城の本丸跡:

標高185mの山頂部にある本丸跡

最後に、総合案内所で頂いたお茶と香の物:

総合案内所にて休憩

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also鮫ヶ尾城攻め (フォト集)

参照

参照
a 斐太神社の裏(西側)にあり、県道R85沿いに「ようこそ鮫ヶ尾城跡」という看板があるので、そこから登ると駐車場があり、更に登ると「斐太遺跡群・斐太遺跡」の敷地に入る。そこを進むと案内所がある。