Tours/Trips」カテゴリーアーカイブ

あきる野の桜 − A Budding and Bloom Season in Akiruno, Tokyo.

先週末は平成31(2019)年4月初め、東京都あきる野市にある山城を攻めてきたのが、標高400mほどの山頂から見下ろした絶景に加え、季節柄か麓に咲き誇る桜があんまり見事だったので、あとで整理してみたら城攻めの遺構よりも美しい桜を撮った写真が多かったという次第 :)

あきる野市から秋川渓谷入口あたりに聳え立つ「城山(しろやま)」は、かっては戸倉(とくら)城と呼ばれ、小田原北條氏の拠点であった八王子城に対する狼煙台を兼ねた砦であったであろう以外はあまりよく分かっていないらしい[a]築城時期も不明であり、発掘調査も行われていない城跡でもある。。今ではその際立った登山路[b]東側のルートは剥き出しの岩肌を登るといった感じ。を目指して多くのハイカーが訪れているコースでもある。
自分は素直(?)に大手道を登り降りしてきたけど。

これは帰りに西東京バス戸倉停留所前から見上げた城山こと戸倉城跡。山頂がいわゆる本丸;

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戸倉城跡

城跡へは西東京バスの西戸倉停留所から、大手口跡で登城口のある神明社の八雲神社へ向かったが、社の前には見事な桜の木が立っていた:

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登城口前に立つ桜の木(拡大版)

登城口からは結構な急斜面を上って行くことになる。最初は石段があるが、途中にはこんな感じの山道になる。右手はロープ場:

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かっての大手道(拡大版)

片側は急斜面で、場所によってはロープ場になっていたが、ちょっと注意が必要:

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これは下りの登城道

こんな感じの斜面を登り降りするのでシンドイといえばシンドイかも :|。でも、この先には山頂からの絶景が待っている:

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山登りする感覚で

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下山する感覚で

登城口から登城道を30分ほど登ると、山頂を東西に走る尾根筋に合流する:

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左手が本丸方面

そしてこちらが本丸跡。標高434.1mの山頂にある:

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「城山」の標柱が建つ山頂

ここから城址東側に広がるあきる野市の眺め。空気が澄んでいれば千葉県の房総半島まで望めるらしい:

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本丸から眼下を望む(拡大版)

さらにパノラマ。この右手には麓にある光厳寺(こうごんじ)からの、岩肌を登るもう一つの登城道がある:

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戸倉城の本丸跡(パノラマ)

あまり遺構が残ってないとのことだったけど予想外にも竪堀なんかが残っていたのは良かった:)。城攻めを終えて麓にある光厳寺へ向かったら、こちらは桜が満開だった[c]この日は20℃越えの暖かさだった。

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光厳寺へ行く途中の桜(拡大版)

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ヤマザクラ

門前に立つ桜も見事だった:

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ヤマザクラ

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山門前に立つ桜(拡大版)

光厳寺は足利尊氏が建立したと伝わる:

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光厳寺の境内より

山門から少し離れた場所には、推定樹齢が400年、根回りは5mもある大桜が立っている。東京都の三大巨樹の一つらしい:

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樹齢400年以上のヤマザクラ(拡大版)

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ヤマザクラ

真言宗建長寺派・鷲峰山・光厳寺(こうごんじ)
東京都あきる野市戸倉328

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also戸倉城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 築城時期も不明であり、発掘調査も行われていない城跡でもある。
b. 東側のルートは剥き出しの岩肌を登るといった感じ。
c. この日は20℃越えの暖かさだった。

酒処・居酒屋てんまさ − A MITO Local Dishes.

またまた「茨城県のネタ」が続くけど、こちらは一昨年は平成28(2016)年の正月明けの連休を利用した自身初の茨城県の城攻めのもの。城攻め最終日は午前中いっぱいを使って水戸城跡を巡ってきた。
そして帰宅する前の電車待ちの合間をぬって、お昼を摂ろうと駅前をうろうろしていたのだけれど適当なお店が見つからなかったので、前夜に「あんこう」料理を食べた際にメニューで気になった水戸市の郷土料理でありB級グルメでもある「納豆」料理を思い出し、再び居酒屋てんまさの暖簾をくぐることに[a]実は宿泊先の朝食にも納豆が出てきて(それも食べ放題 : 😎 )、御飯を二杯もおかわりしたっけ。ホテルの朝食でご当地モノが出ると得した感じがして嬉しい :-)

この時に気になっていたランチメニューが、この納豆ねばり丼(1,080円)。それも納豆汁付き:)

納豆ねばり丼(1,080円)

別に水戸ではなくどこにでもありそうな「ネバネバ系」の丼ではある[b]例えば「やよい軒」のおまぜ定食とか。し納豆も少なかったけど美味しく頂けた:

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大好物の納豆を本場で

ついでに前夜に食べた料理の一部がこちら。
前日の後半は自転車にのって笠間にある山城を攻めてきたので体力補充のために、こちらも名物のあんこう料理を食べてきた。

まずはあん肝(650円+税)をもみじおろしのポン酢で。新鮮かどうかは不明 :X

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あん肝(702円)

そして、あんこう鍋(2,000円+税/一人前)。さすがに年明けすぐの水戸と云うこともあってまだまだ寒い夜だったけど、コラーゲンを摂ってしっかりと温まることができた :D

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あんこう鍋(2,160円)

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あんこうを味噌味で

まぁ居酒屋的にはどこにでもあるようなお店だったけど全国規模のチェイン店よりは全然よかった。

酒処・居酒屋てんまさ
茨城県水戸市宮町2-2-31 三友ビルB1F


ここからはオマケ。

さすがにこの時期の弘道館の庭は梅の華まっさかりだった。こちらは八重冬至(やえとうじ)という白色の中輪で八重咲きの梅。葉っぱの展開に先立って花を咲かせる(開花時期は1月中旬から2月):

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八重冬至

こちらは八重寒紅(やえかんこう)と云う濃い紅色の中輪で八重咲きの梅。開花後に花弁の先が白く色あせてくるのだとか:

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八重寒紅

これは、同じく三の丸跡の弘道館敷地内にある鹿島神社の御神輿殿。右手の神輿は北関東最大級の神輿らしい:

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御神輿殿

水戸市のマスコットキャラクターである「みとちゃん」がマンホール蓋に:

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みとちゃん@マンホール蓋

最後は帰りの水戸駅ホームで見かけた鹿島臨海鉄道大洗鹿島線の6000形:

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鹿島臨海鉄道大洗鹿島線

ちなみに帰りも行きと同じ特急ひたちを利用した。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also笠間城攻め (フォト集)
See Also水戸城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 実は宿泊先の朝食にも納豆が出てきて(それも食べ放題 : 😎 )、御飯を二杯もおかわりしたっけ。ホテルの朝食でご当地モノが出ると得した感じがして嬉しい :-)
b. 例えば「やよい軒」のおまぜ定食とか。

永盛食堂 − A SHIMODATE Ramen.

「茨城県のネタ」が続くけど、こちらは先週末は平成31(2019)年3月の週末[a]正確には「飛び石」連休の週末。を利用して茨城県の城攻め第二弾として初日はJR水戸線沿線にあった城跡を巡り、最終日は真岡鉄道(もおか・てつどう)沿いに残る城跡[b]かっては「上館」、「中舘」、そして「下館」と呼ばれていたらしい。なぜか京から一番遠い方が「上館」だったけど。オマケに栃木県と茨城県が入り組んでいる。を巡ってきた。ただし城跡としては大部分が田畑化、あるいは宅地化、もしくは公園化されてしまって遺構はほとんど残っていなかったが、それはそれで小さいながらも色々と発見があって良かった :)。おまけに初日の天気予報が大ハズレで、ところどころで予想外の雨が降るって云うイマイチの天候だったこともあり、最終日の晴天は気分もモチベーションも上がったし :D。あぁそうそう、ホテルの朝食がカレーだったのも良かったっけ 8)

この日最後の城攻めが終わったのが昼過ぎで、帰りの電車までの時間があったので駅へ向かう途中にあった永盛食堂と云う、なんか田舎でよく見かけるお店で茨城県のご当地ラーメンを食べてきた:

永盛食堂

実際に食べるまでご当地ラーメンとは知らなかったが、ここ茨城県西部にある筑西市筑西(ちくせい)市のB級グルメが下館ラーメンと呼ばれる鶏ガラをベースにした「正統派」の中華そばらしい。

店には既に先客が居たけど、すぐに座ることができた。で、目の前に掲げられた木札のメニューからチャーシューメン(800円)を注文した。その際に、店の人から「チャーシューは鶏肉ですけど良いですか?」と質問されたので、聞いてみたらそれが下館ラーメンのスタイルとのこと。

こちらがチャーシューメン:

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チャーシューメン(800円)

まさに「中華そば」。鶏ガラスープと濃口醤油をベースとしたスープの上に刻みネギ、海苔、ナルト、メンマ、そしてほうれん草。浮いている玉子は茹でたもの。そして鶏胸肉のチャーシューが五切れ:

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鶏肉のチャーシュー

スープは濃い醤油味、麺はちぢれ細麺でちょっと茹で過ぎって感じが、昔風で懐かしかった:

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店名が刻まれたどんぶり

ということで完食。最後は店主の親爺さんが出てきて挨拶してくれた。

永盛食堂
茨城県筑西市岡芹958番地


ここからはオマケ。

前日とは打って変わって晴天に恵まれた最終日は朝8時前にホテルをチェックアウトして小山駅から水戸線に乗って下館駅へ。ここで真岡鉄道(もおか・てつどう)へ乗り換えだけど、IC乗車券は利用できないので実費で精算となる:

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真岡鉄道乗車券・久下田行き

こちらが真岡鉄道のモオカ14形(日本車両製)。同型に富士重工製があるが、違いは前照灯の位置:

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モオカ14形

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広告ラッピング車両

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モオカ14形

そして、まずは「上館」こと久下田城跡の最寄りである久下田駅へ。なお駅は栃木県、城跡は茨城県となる:

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久下田駅(無人駅)

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「久下田」駅

これは駅前にあった二宮尊徳廻村の像。ここ下野国も奥羽国同様に農地改革で二宮金次郎の教えが生きていた:

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二宮尊徳廻村の像

城攻めの前に久下田城主で開祖だった水谷蟠龍斎正村(みずのや・はんりゅうさい・まさむら)の墓がある芳全寺(ほうぜんじ)へ立ち寄った。ここには、なんと阿弥陀如来像が置かれていた:

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芳全寺の阿弥陀如来座像

あと「とちぎ・名木百選・芳全寺のしだれざくら」。樹齢は約200年だとか。未だ咲き頃ではなかった。くどいけど芳全寺は栃木県、城跡は茨城県:

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芳全寺のしだれ桜

それから茨城県の久下田城を攻めて、再び栃木県の久下田駅へ:

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茂木方面(左手が栃木県、右手が茨城県)

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久下田駅・下館方面

次の「中舘」こと伊佐城跡へは茨城県の折本駅まで戻って徒歩で移動した。こちらは乗車時の整理券。ワンマンカーなので下車時にこの整理券と料金を払う。そして車窓からの眺め:

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乗車整理券

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先頭車からの眺め

こちらは折本駅ホームにて:

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モオカ14形

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「折本」駅

折本で下車するとホームや駅舎の周辺には大勢の人たちがたむろっていたが、その直後に汽笛が聞こえて納得した。というか真岡鉄道ってSL走っていたのか 8)

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C11325号(拡大版)

C11325号は新潟県阿賀野市から真岡市が譲り受けたもの。最後尾は気動車だった:

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新旧車両が並ぶ

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新旧車両が並ぶ

で驚くことに、本ブログ執筆中、C11325号は東武鉄道へ譲渡されるらしいことが判明。さらに残り2両のうち老朽化のため1両の運行を取りやめるとのことで、最終的に1両での運行になるのだとか :O。うーむ、最後の勇姿を拝めたのは運が良かったのだろうか。

折本駅から南下していくと何やら櫓台ぽい丘陵が見えてきたが、これは筑西市指定史跡の富士東古墳とのこと:

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富士東古墳(拡大版)

現在、伊佐城跡には中舘観音寺が建っており、その一角にある御堂には旧国宝で重要文化財の木造観世音菩薩立像が置かれていた。

そして最後の「下館」こと下館城跡へは徒歩で移動。五行川の河川敷沿いにある遊歩道を南下した:

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五行川の河川敷

この河川敷の桜並木の間からは筑波山を拝むことができた:

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桜並木と筑波山

こちらは下館城主・水谷(みずのや)家菩提寺であり、歴代城主の墓がある定林寺の山門:

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定林寺

再び五行川越しに眺めることができた筑波山:

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筑波山(拡大版)

下館ラーメンを食べたあとは最寄りの下館二高前駅から乗車して下館駅へ。下館駅では下車時にJRへ乗り換える際に必要になるのかどうか分からないが精算証明書なるものを貰った:

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「下館二高前」駅

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乗車・精算証明書

最後は小山駅で見かけた「最強ラーメン祭2019」のポスター。前日に知っていたら行っていたのになぁ :P

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最強ラーメン祭2019

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also真壁城攻め (フォト集)
See Also結城城攻めと結城家御廟 (フォト集)
See Also久下田城攻め (フォト集)
See Also伊佐城攻め (フォト集)
See Also下館城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 正確には「飛び石」連休の週末。
b. かっては「上館」、「中舘」、そして「下館」と呼ばれていたらしい。なぜか京から一番遠い方が「上館」だったけど。オマケに栃木県と茨城県が入り組んでいる。

麺屋 工藤 − Another SANO Ramen.

新年が明けて平常な生活感が戻ってきた感じがする平成31(2019)年は1月中旬の晴れた週末に、栃木県佐野市にある信州・真田家ゆかりの地へ行ってきた。今回の目的地は、三年ほど前のNHK大河ドラマでもその場所に関連するエピソードが取り上げられたこともあって市内でも有名な観光場所となった新町薬師堂

JR佐野駅からだと徒歩30分程。この日は晴天で気温も低すぎず、ちょっとした散歩にはうってつけの日和だった。おまけに新町薬師堂がある例幣使街道(れいへいし・かいどう)[a]この街道は複数の県道がつながっていた。例えば県道R151、県道R141、県道R75など。沿いにはご当地物の佐野ラーメンのお店が何軒かあって、お昼前に着いた頃には既に駐車場は満車だったり、入口前に行列ができていたりしていた。

もちろん自分も今回の目的が完了したらお昼に佐野ラーメンを食べる予定にしていたのであるが、もしかしたら一番混みそうな時間帯と被ってしまいそうで、ラーメン屋の前を通る度にちょっと不安になってしまったが :(

で、「犬伏の別れ」の舞台となったとされる新町薬師堂を出たのが午後1時ちょっと前。このまま歩いてきた道を戻りながら適当に空いてそうなラーメン屋に入ろうかどうかと考えたが、これはこれであとで後悔しそうだったので、ちょうど薬師堂のすぐ近くにあった麺屋・工藤に入ることにした。来るときにちらっと店内を見たらカウンターが空いてそうに見えたので;)

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麺屋・工藤

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佐野ラーメンの麺屋・工藤

暖簾をくぐって店内に入ってみるとテーブル席とお座敷、そしてカウンターがあって、先客はテーブル席の四人だけだった。お昼時にしては運が良かったかも。
ということで自分はカウンターに座って「文字だけ」のメニューを眺める。佐野ラーメンは三年前に佐野厄除大師近くにあったお店以来。この日も歩きに歩いたのでチャーシュー麺(800円)と餃子3個(290円)を注文した。もう少し暖かかったらビールも注文していたかも。

まず最初に出てきたのが餃子。三個ながら思っていたより大きい:

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餃子3個(290円)

餡が不明だったので、ここは醤油ベースのタレで頂いた。食べてみると餡はすごく柔らかくフワフワだった。これぐらいなら6個でもよかったかなぁ:

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柔らかい餡の餃子

そしてチャーシュー麺の登場。最初、文字だけのメニューだと雰囲気がつかめなかったので、食べログか何かに掲載されていた写真を店員に見せて注文したのがこれ。でも玉子が入っていないではないか。写真には入っていたのに:$

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チャーシュー麺(800円)

それはそうと、美味しそうなスープであるのが目で見てわかったので、すかさずレンゲでスープをすすったらヌルい〜」:O。いきなり冷たいチャーシューを何枚もぶち込んだからだろう。それでもチャーシューの下から麺をかき出しながら食べたら丁度よくなった。全体的にバランスのよいラーメンで、チャーシューもスープも美味しかった。もちろん佐野ラーメン独特のちぢれ麺もよかった。

ということでスープをしっかり飲み干して完食。身も心も暖かくなった。自分が食べ終わろうかとしていた頃、客もどんどん入ってきて座敷は満席、カウンターも数席のみ空いていたという感じ:

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完食

ちなみに、このお店は今年の2019年6月頃には移転してしまうらしい。店内に地図が貼ってあったっけ。

麺屋・工藤
栃木県佐野市犬伏新町2079


ここからはオマケ。

まずは新町薬師堂まで歩いた時に目に入った例幣使街道沿いのラーメン屋たち:

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手打中華・森田屋総本店

まずは手打麺で有名な森田屋総本店。土曜日の11時46分頃の状態。帰り(午後2時くらい)に店の前を通ったら午前の部が終了していた。

こちらはネギラーメンで有名なラーメン太七。予定としては、このお店に行こうかと思ったが、土曜日の11時49分でこんな具合。帰りに通った時はベンチに人が座っていたので、多分、この日見た店の中では一番混んでいたかも:

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ラーメン太七

こちらは手打中華・生そばの鈴木食堂。土曜日の11時57分頃。ここは地元のナンバーの車が多かった:

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鈴木食堂

そして、こちらのこの日の目的地である新町薬師堂。その背後にそびえているは米山古墳:

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新町薬師堂(拡大版)

慶長5(1600)年、天下分け目の関ヶ原の合戦を前に、真田父子三人(昌幸・信幸・信繁)が東軍と西軍に別れて戦うことを決断した密議の場所だったらしい:

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新町薬師堂

なお、この密議の場所としては、このあと紹介する大庵寺だったという説もあり。

これは薬師堂内に展示されていた写真。大河ドラマとタイアップした番組でも紹介されていたようだ:

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新町薬師堂に因む写真

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大河ドラマとタイアップした番組(拡大版)

こちらは浄土宗・天王山・昌綱院の大庵寺の入口。先に紹介した「犬伏の別れ」の舞台となったもう一つの密談場所。実際、真田軍はこのお寺に陣を置いていたから、ここである説が有力じゃないかと思うが:

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大庵寺の入口

大庵寺の境内には「西遊記」で有名な玄奘三蔵法師(げんじょう・さんぞうほうし)の石版やお釈迦様の足跡などがあった。

こちらは善導大師。中国浄土教の大成者。日本の浄土宗の開祖・法然の教えは、善導の教えに基づいたものらしい:

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善導大師の石版

次は玄奘三蔵法師。三蔵とは仏教の聖典(経蔵、律蔵、論蔵)に精通した優れた僧のことらしい:

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玄奘三蔵法師の石版

最後は釈迦牟尼世尊、すなわちお釈迦様の石版と物足:

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釈迦牟尼世尊の石版

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お釈迦様の足跡

この仏足の上に自らの足を乗せると、インドの仏跡を巡拝したのと同じ功徳があるそうで、邪鬼が払われて幸せが訪れるのだとかで、実際に石版の上に乗ってみた:

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釈迦如来様の佛足石

これは例幣使街道沿いを歩いている際に見かけてかなり気になった建物。1Fがカレー屋に見えるが、本当に営業中かどうかは未確認。かなり不気味だった:O

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廃墟にカレー屋?

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実際に営業中かどうか不明(拡大版)

これも通りすがりに撮ったもので、FIAT 500L:

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愛くるしいFIAT 500L

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also真田父子犬伏の別れの地と大庵寺 (フォト集)

参照   [ + ]

a. この街道は複数の県道がつながっていた。例えば県道R151、県道R141、県道R75など。

大黒家天麩羅 − The first Asakusa visit in 2019.

今年は平成31(2019)年の正月三ヶ日は、二日目に一年ぶりの新年一般参賀に行って来て「平成最後」となる新春の御言葉を皇居にて拝聴し、今年初の城攻めに行って来た。

そして三日目は浅草寺に詣でて天丼を食べる予定だったのだけれど、二日目の夜にお腹を壊してしまったので正月が終わった最初の週末に行って来た。三ヶ日を外したので天丼食べるのに行列しなくてもいいかなぁと予想していたが、結局は行列するはめに:O。まぁ浅草はいつ行っても正月並の賑いであることを改めて認識させられたって感じ :D
ただ一つ残念なことは浅草寺で引いた御籤が「凶」だったこと:$。今年は注意を怠らずに気持ちの上でも引き締めて生活する必要があるようだ[a]実は、その翌週に古御札を返納するため再び浅草寺を訪問し、改めて引いたら「大吉」だった :-)。やっぱり予定通り三日目に参拝できなかったのが効いていたのだろうかと勘ぐったり。

浅草寺本堂で参拝し家内安全の新札を購入して御籤を引いた後は、かなり引きづるものがあったので、例年は目の前をとおるだけの浅草神社にも詣でてきた。それから「奥山おまいりまち通り」から「公園通り」、そして「伝法院通り」を通って大黒家天麩羅へ。店の前には既に行列ができていたが、昨年ほどでもなく気温も比較的緩かったのでそのまま並んだ:

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開店前の大黒家天麩羅(本店)

朝11:00に開店すると「第一陣」でそのまま入店できた[b]たいてい家族連れは2Fのお座敷を希望する。一人だと目の前のテーブル席に優先して案内してもらえる。有り難い。

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1Fのテーブル席にて

オーダーは毎年同じ。先にビールと「らくきょう」をつまんで、天丼が出てくるまでしばし待つ:

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小さなビール(380円)

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らくきょう(330円)

そしてお待ちかねの天丼(えび2、かき揚げ1、ししとう1)の登場。今回は「らくきょう」を2個食べたところで出てきたので揚げたてではなかったようだが :|

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天丼(えび2本、かき揚げ1本)(1750円)

いつもの味で変わらぬ美味しさ :D

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ごま油の風味と衣の色が特徴

大エビの天麩羅もよいけど、実は小エビが沢山入ったかき揚げが旨い。ということで15分ほどで完食。ごちそうさまでした:

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ぷりっとした小エビ入りのかき揚げ

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甘辛いタレも独特

大黒家天麩羅本館
東京都台東区浅草1-38-10


ここからはオマケ。浅草寺散策は毎年恒例なので、正直なところあまり変わり映えが無いけど :X

まずは浅草公会堂前に建っていた「浅草周辺地図」(下が北方面)。意外と通りの名前は知らなかったりする:

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「浅草周辺地図」(拡大版)

銀座線浅草駅から地上へ出て、江戸通りの吾妻橋交差点前から眺めた東京スカイツリーとアサヒビールタワー、そして首都高6号線向島線。ホント、毎年同じアングルの写真を撮っているなぁ:

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晴天の中、お馴染みの風景(拡大版)

ここから雷門通りを西へ進めば雷門。風雷神門とも:

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門の左に風神、右に雷神が祀られている

仲見世から境内へ入るのではなく側道から。土曜日の朝9時はこんな感じ:

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朝9時の仲見世の側道

この先には沢山の露店が出ていたが、その中を掻い潜って宝蔵門へ:

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宝蔵門(仁王門)

まずは手水鉢で手を清めて本堂へ向かう:

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本堂(拡大版)

朝9:30でも、こんな混み具合。特に大陸系のツアー客が目についた:

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朝9時半の境内の様子

このあと御札を購入し「運命」の御籤を引いた後、最初は落ち込んで ;(、内容を深く読みもせずに御籤を木に縛って厄払いし、やや放心状態で浅草神社へ:

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浅草神社

いつもは甘酒(350円)を購入して素通りだったけど、今年は甘酒を飲まずにそのまま参拝の列に並んだ。

こちらは神楽殿前で披露されていた正月にはお馴染みの猿回し:

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日光さる軍団・太郎次郎の一門

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四代目チビ次郎(拡大版)

そして三社祭の神輿を見てから、浅草神社の奥にある被官稲荷社にも行って来た。気持ち的にとにかく厄払いしたかった:

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浅草三社祭りの神輿(三之宮、一之宮、二之宮)

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江戸の火消し一番組の新門辰五郎で有名な被官稲荷

少し気持ちが落ち着いたので、天丼屋が開店するまで時間をつぶすことに。まず本堂の北を通って、はとバスが止まる駐車場越しに花やしきで一番のアトラクションであるスペースショットを遠目で眺めてきた:

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地上60mの絶叫マシンらしい(拡大版)

それから影向堂・薬師堂を経由して伝法院通り方面へ移動。これは、その途中に見かけた木馬亭:

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浪曲寄席の木馬亭

伝法院通りとオレンジ通りの交差点に建つ浅草公会堂。当時は「新春浅草歌舞伎」が開催されていた:

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浅草公会堂

オレンジ通り商店街のマスコット「オレンテくん」。天下取りのますかけ線が自慢なのだとか:

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オレンジ通り

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オレンテくん

天丼を頂いたあとは正月お土産の人形焼を購入するために仲見世にある木村家本店へ:

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朝10時過ぎの仲見世

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人形焼の作成中@木村家人形焼本舗

さすがに、この時間帯となると人が多くなってきた:

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土曜日朝10時半の仲見世

お腹も満足し、お土産も購入したので、このあとは同じ台東区内にあった柳河藩立花家の江戸屋敷跡を巡ってきた。

その際にかっぱ橋道具街を初めて縦断した。こちらは西欧の人たち(ドイツ人)を多く見かけた:

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かっぱ橋道具街

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かっぱ橋道具街

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also浅草寺参拝と散策 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 実は、その翌週に古御札を返納するため再び浅草寺を訪問し、改めて引いたら「大吉」だった :-)
b. たいてい家族連れは2Fのお座敷を希望する。一人だと目の前のテーブル席に優先して案内してもらえる。有り難い。