Photo」カテゴリーアーカイブ

かつ玄 本店 − Special Pork Loin Cutlet.

2016年の師走、今年最後の城攻め初日の前半は山梨県南アルプス市にある土屋惣蔵墓所を巡り、お昼を摂って午後は自身二度目の新府城攻めに行ってきた。二年前の2014年の晩秋に初めて攻めた時にうっかり見落とした遺構を今回は堪能してきた。この年は大河ドラマのロケ地になったということで、本丸には前回よりもたくさんの人が目に付いたけど、それ以外の曲輪は閑散としていたなぁ :|。嬉しいことに、大手口馬出あたりが綺麗に整備されており、遠目で見ても三日月堀がはっきりを確認できたのはよかった 8)

ここ山梨県韮崎市周辺の気候は晴天で空気は澄んでいたものの若干気温が高かったからだろうか、富士山の眺望はちょっと靄かかっていたのは残念ではあったけど。

城攻めが終って無人駅[a]ホームの入口あたりに小さな券売機のような機械があり、ここにあるボタンを押すと乗車駅証明書を受け取れる。そして乗った電車の車掌にこれを渡して乗車券を購入することになる。終着駅でも良いけど大抵は混んでいるので車内の方がオススメ。のJR中央本線・新府駅から宿泊地の松本へ移動。普通列車で1時間半ほど。意外と近いといった感じ。

松本には、この年の5月に松本城犬甘城を攻めているので宿泊地周辺は知った方である。で、駅を出て予め決めておいたトンカツの松本かつ玄・本店で夕食を摂った:

かつ玄本店

店に入ったのは開店早々だったのでお客は少なかったけど、やはり日曜日の夕飯どきということもあり時間が経つにつれて客がやってきて、自分が食べ終わった頃には全ての席が埋まっていた。

ここで事前にHPを見て決めておいた特選ロース定食を注文した。しかしながらHPには無い季節メニューがいくつか用意されていて、牡蠣フライやエビフライのミックス定食など、週末限定の値段であったのに若干は心が揺らいだが :D

特選ロースかつ(2100円)

ここのお店はお漬物がたくさん出てきて嬉しかった。定食の付け合せとしてポテトサラダと豚汁が付く。但し他のチェイン店にあるような御飯や野菜のおかわり可能といったシステムはなかったけど:

特選ロースかつ定食の御飯と豚汁、ポテトサラダ

口に入れたトンカツは柔らかいことは勿論、脂が程よくとけて、ちょうどこの日は合計で2万4千歩も歩いていたのでその分のエネルギーを補充できたといった感じ:)

この後はホテルに戻る前に、近くの松本城へ行ってライトアップされた天守閣を眺めてきた。

かつ玄 本店
長野県松本市大手4-9-7


ここからはオマケ。

とんかつのかつ玄本店から徒歩5分ほどの距離に松本城公園がある。もう19:00近くだったので本丸は閉館しているが公園内は開いているのでライトアップされた天守閣を眺めることができた。この松本城は別名が「烏城」ともあって、漆黒の中で独特の雰囲気があった:

ライトアップされた松本城の天守閣

こちら、この日の後半に攻めてきた新府城近辺の風景。まずはJR中央本線・新府駅。無人駅:

JR新府駅

そして駅から新府城址へ行く途中に見た富士山。前回は早朝に来たため逆光だったけど、今回は午後に撮影したからかボケがあるもののよく撮れたと思うけど :X

2016年12月の富士山

2016年12月の富士山

こちらは甲府市方面の眺め。背後には帯那山や棚山、妙見山などが見えた:

甲府市方面の眺望

同じく富士山。こちらは城攻めを終えて駅へ向かう途中で。ちょっと夕日がさした感じが良かった:

2016年12月の富士山

こちらは新府城のある山梨県韮崎市中田町の風景(パノラマ)。左手がJR新府駅方面、右手が新府城址方面で、正面に富士山が見える:

新府城へ行く途中の風景(パノラマ)

新府城本丸へは、後世に造られた新府藤武神社の参道(但し、急な石段)を使えばすぐに到達できてしまうと云うなんとも冗談っぽい話ではあるが、この年の大河ドラマがこの日は最終回ともあってたくさんの観光客が訪れていた:

大河ドラマでロケ地にもなった新府城址

こちらは大手門跡近くに残っていた石。400年以上も前に武田勝頼や真田源次郎らも見ていたかもしれない:

新府城大手門跡に残る石

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also新府城攻め(2) (フォト集)

参照

参照
a ホームの入口あたりに小さな券売機のような機械があり、ここにあるボタンを押すと乗車駅証明書を受け取れる。そして乗った電車の車掌にこれを渡して乗車券を購入することになる。終着駅でも良いけど大抵は混んでいるので車内の方がオススメ。

ラーメン食堂れんげ 竜王店 − A Soy Sauce Ramen with Pork Bone Broth.

2016年の師走、今年最後の城攻めとして二日間をかけて山梨県と長野県へ。初日の前半は山梨県南アルプス市にある土屋惣蔵昌恒(つちや・そうぞう・まさつね)公の墓所へ。二年前に甲斐武田家終焉の地を巡った際、同じ山梨県の甲州市で武田家最後の忠臣の一人である土屋惣蔵公の「片手斬跡」を見学し田野集落の景徳院で勝頼公らの墓所に御参りしたのだけれど、その当時は彼の墓所がどこだか分からなかった。後で調べてみたら、彼の生まれ故郷である現在の南アルプス市の白根附近に墓所があるということで行ってきた。

この場所へは最寄り駅のJR中央本線・竜王駅からだとかなりの距離を歩いて行くことになる。片道4〜50分位はかかったと思う:O。体力的に辛かったけれど、この季節の南アルプス市の眺望や澄んだ空気が疲れを癒やしてくれた;)。その帰途、JR竜王駅へ向かう途中のラーメン屋で冷えた体を温めることにした。こちらは県道R20と国道R20(甲府バイパス)が交差する近くにあったラーメン食堂れんげ 竜王店

ラーメン食堂れんげ 竜王店

県内でチェーン店をしているようなお店。特に店内もメニューの品揃えも特徴はないのだけれど、この当時は日曜日と云うこともあり、田舎にある人気店は殆どが休業日で開いているのはチェーン店くらいしかなかっただけなんだけど:X。で、注文したのはお店オススメのラーメンと餃子。メニューを見ただけではあまり期待はしていなかったのだけれど、手作り餃子は中までアツアツで予想以上に美味しかった。ラーメンはと言うとスープの背脂は若干甘めで見た目ほど脂っぽくなかったので、最後まで飲み干せた:

れんげラーメン(700円)

ラーメンよりも餃子の方が美味しかった:

手作り餃子(350円)

スープを飲んで、とりあえず冷えた体を温めることができてよかった。この後は、これもまた二年前に攻めた新府城へ。当時は見忘れてしまった搦手側の出構えなどを見る予定。

ラーメン食堂れんげ 竜王店
山梨県甲斐市竜王1284-1


ここからはオマケ。

土屋惣蔵公の墓所へ向かう際にJR竜王駅から釜無川沿いにある信玄堤公園まで甲斐市民バス(マイクロバス)で移動し、信玄橋を渡って甲斐市から南アルプス市へ。そこで見た眺望。

こちらは南アルプス。左から櫛形山(くしがたやま)、雪が積もっているのは白河内岳(しろごうちだけ)、広河内岳(ひろごうちだけ)、農鳥岳(のうとりだけ)、西農鳥岳。そして薬師岳・観音岳・地蔵ヶ岳も少し積もっていた:

信玄堤公園から南アルプスの眺望

そして、こちらは茅ヶ岳(かやがだけ)・曲岳・黒富士など北東側の山々:

甲府方面の山々

最後は定番の富士山。この日は晴天だったけれど靄がかっていたのでズームしたらボケてしまった;(

信玄橋から眺めた富士山

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also土屋惣蔵墓所と金丸氏館跡 (フォト集)

旧東海道金谷坂石畳 − The Old Tōkaidō Highway on Stone Pavement at Kanaya.

昨年は平成27(2015)年の初春に静岡県島田市金谷に残る諏訪原城址を攻めてきたのだけれど、ここ金谷は、この甲州流築城術を駆使した壮大な山城がある町として有名な他に、旧東海道筋の宿場町として古(いにしえ)の街道の面影を残す町であった。ということで、城攻めのあとに、復元だけど由緒ある石畳の坂道を下りて駅に向かった。

まず諏訪原城址の周囲や城内の一部は茶畑、茶畑、茶畑だった。さすが静岡。御茶の国だ。そんな感じで周囲を見渡していたら、なにやら気になる風景が目に入ってきた:

城址の周囲は茶畑だった

そして、よ〜く見ると、なんと山裾に「茶」の文字が:O

ここまでくると芸術だ

以前は城の二の曲輪は茶畑だったとか。なんとも贅沢な。で、これは大量のカテキンを有する葉っぱ:

さすがはお茶の国、静岡

まだまだ寒い冬なのに青々と一面に茶畑が広がっていた:

見渡す限りの茶畑

これは1月下旬の静岡

こちらは城址で見つけた蜂の巣の「化石」:

城址の本丸に落ちていた蜂の巣の化石

それからJR金谷駅へ向かって旧東海道を歩いて行くと芭蕉句碑なる碑が建っていた:

【芭蕉句碑】金谷坂石畳峠


「馬に寝て 残夢月遠し 茶のけぶり」(芭蕉)

そして、この碑の目の前には旧東海道金谷石畳(復元)があった:

復元された旧東海道金谷坂の石畳下り口

ちなみに旧東海道は、徳川家康が慶長6(1601)年に制定した東海道伝馬制度で整備された、いわゆる「高速道路」である。ここ金谷宿は江戸から51里(約204㎞)、品川宿から数えて24番目の宿場町として定められ天領(幕府の直轄地)であったと云う。

この金谷坂は、急坂な上に粘土質(いわゆる関東ローム層)であるため雨が降るたびに滑りやすく、大名行列や旅人らは大変難儀していたとか。このため文久2(1862)年あたりに石畳が敷設されたと推測されている。その後、近世に一度はコンクリート舗装されてしまったが、平成3(1991)年に金谷の「町おこし」の一環で71,000個の山石を用いて、430mの石畳が復元されたのだとか:

町おこしで復元された旧東海道金谷坂の石畳

それに加えて、この石畳、多くの人達が歩いてきたからだろうが、いざ歩いて見ると結構すべりやすい:/。下りだったので体重が乗っかると足の裏が痛くなってきた: 

江戸時代に整備された石畳を復元したもの

この石畳、復元ではあるが、よく出来ていた:

歩いていると足の裏が痛くなってきた

復元された金谷坂石畳

石畳の坂を下りていく途中にすべらず地蔵尊なる六角堂が建っていた:

すべらず地蔵尊

この先は国道R473

最後は国道R473から見下したJR東海道本線の金谷駅:

もちろん人生で初めて乗り降りした駅

冬晴れのちょっと肌寒い週末の静岡県だった。

旧東海道金谷坂石畳
静岡県島田市金谷坂町

 

きらく 金屋店 − Source Katsu-Don at Chinese Restaurant.

今年は2016年の晩秋のとある週末、前日の冷たい大雨から一転して暖気流が入り込んで深い霧に覆われて100m先は真っ白といった、なんとも珍しい日に埼玉県本庄市児玉町にある雉ヶ岡城址を攻めてきた。ただし城址の半分以上は宅地化され学校などの敷地になっているので、正直なところ半日かけるほどの規模ではないだろうと期待していなかったのだが、実際に攻めてみると土塁や水堀などが現在でもよく残っており、もしかして宅地化されていなければスゴイ城だったのでは?;)と思えるくらい予想外に満足できた城跡だった。埼玉県は城が多い割には宅地化の波が激しい地区なので:O

で、ゆっくり周って午前中には城攻めをしっかりと堪能できたので、そのまま児玉町でお昼を食べて帰ることにした。で事前に調べたところ、本庄市児玉町はちょっと気になる美味しい処が多いといった感じだった。ただ田舎ということもあって日曜日は定休の店が多かったが。

その中から選択したのが「中華料理屋だけどカツ丼が有名。」と云うキャッチフレーズと、雉ヶ岡城跡から徒歩で行ける距離(約15分)にあったきらく金屋店というお店:

中華料理屋には見えない「きらく」

中華料理屋によくある暖簾もなく、ちょっと素通りしちゃいそうな佇まいだけど、お昼どきともあって大変な混みようだった;)。老夫婦とお手伝いのおばさんの三人で、目が回りそうな注文をこなしていた。

で、なんとか注文して出てきたのがソースカツ丼(700円)。一見ふつーのソースカツ丼のようだけど・・・:

ソースカツ丼(700円)

アツアツの御飯の上に、これまたアツアツの柔らかい豚カツがそのまま載っていて、上から醤油ベースというか、蕎麦つゆに似たソースが御飯までかかっているだけ。しかし、それがとても美味しかった。とにかく豚カツが旨い。というのもラードでじっくり揚げていたからだけど。今時ラードで揚げた豚カツはそう食べれないよ:D。さらに味噌汁ではなく中華スープ付き。これもいい味だった。ということで、いつもながら城址を歩き周ってお腹ペコペコ、そこから15分も歩いてさらにお腹ペコペコだったのもあるけど、ホントに体が温まった。値段も田舎価格で良かったし:P。くどいけど、ココは中華料理店。老年の親父さんは大きな中華鍋でラーメンを作っていた。

きらく 金屋店
埼玉県本庄市児玉町金星1204-2


ここからはオマケ。
こちらは雉ヶ岡城址の堀の中にあった「夜泣き石」。この石にまつわる伝説として、その昔、殿様の夕餉(ゆうげ)に針が入っていて、それを女中のお小夜の仕業と考えた奥方はろくに取調べもせずに彼女を井戸に落として殺してしまった。お小夜は子を孕んでいたが、後で遺体を引き上げてみると、お小夜も赤ん坊も石になっていたと云う。それがこれらの石で、それ以来、夜になると泣き声が聞こえるのだとか。あとで調べてみたけど、夜泣き石って云う伝説は日本のあちらこちらで残っているらしい:|

夜泣き石の伝説

堀の底で眠る夜泣き石

そして、こちらは城址の二ノ丸あたりに建っていた金比羅神社の鬼瓦。天狗の面だった。当時、拝殿の扉が半ば開いていたので近寄ってみてみると、何と「賽銭泥棒」がこじ開けた跡だった。うーむ。罰当たりは何処にでもいるんだなぁ:(。でも、しっかりと天狗に見られていたはず。天罰を!:

金比羅神社の鬼瓦

最後に、これも城址で見かけた山茶花(さざんか)。とても綺麗だった:

寒椿ではなく山茶花

山茶花と書いて「さざんか」

ということで、今回の旅のフォト集はこちら:

See Also雉ヶ岡城攻め (フォト集)

居酒屋ひょうたんや − Shizuoka Oden at Hyoutan-Ya.

昨年は平成27(2015)年の早春に静岡県静岡市にある臨済寺と云う国指定の重要文化財がある有名な禅寺に行ってきた。ここは拝観謝絶なので境内の一部をうろうろしただけ。もちろんいつもの城つながりで、さらには徳川家康つながりだけれど。その後は静岡浅間神社(しずおか・せんげんじんじゃ)にも立ち寄って、こちらも重要文化財の拝殿などを見物してきた。城攻めしていた時間帯は本当に寒かったけど、夕方からは幾分やわらいだようで、大勢の静岡市民に出会った。
それからJR静岡駅方面へ向かい、県庁の南側にある呉服町とか云う繁華街まで足を運んで、商店街にあった御茶屋でお土産を購入、それから静岡名物のおでんでも食べて帰ろうかと、静岡では知る人ぞ知る三河屋[a]豚一家が飲み食いしたお店まで行ってみたら未だ開いていなかった:$。ということで、この界隈でおでんが美味しそうな店を探したけど、静岡素人にはよく分からず;(。大分歩きまわってお腹も喉も「煩く」なってきたので、目の前にあったひょうたんやと云う居酒屋へ。ビールと、そのおつまみになりそうな静岡B級グルメのいくつかを注文した。

まずはお昼でも頂いた生の桜えび:

生桜えび

続いて、マグロカツ:

まぐろカツ

そして、お目当ての静岡おでん。ホントに黒かった。ダシ粉がコレ又いい味していた。大根なんかホントに真っ黒:

静岡おでん

真っ黒に染みた大根

真っ黒に染みたちくわ

そして、その日の焼津であがったハマチの刺身:

はまちの刺身

そんなこんなで飲みの方も本気モードで、梅酒ロック:

梅酒ロックで締める

ということで、そろそろ電車の時間になったのでJR静岡駅へ。なんとなく静岡おでんが気に入ったので、お土産に買ってしまった。そして7:30pm過ぎのJR新幹線ひかり478号に乗り、品川着が8:30pmだった。

静岡県静岡市葵区呉服町2丁目5-21
ひょうたんや


ここからはオマケ。
臨済寺は修行道場のため一般日は拝観謝絶。とはいえ、山門と本堂の間は見学できる:

問答無用に拝観謝絶・・・ではなかった

そして、静岡浅間神社には七つの神社があり、いろいろとご利益が異なるようだ:

七社参りで大願成就

臨済寺と浅間神社は共に賤機山(しずはたやま)の麓にあるが、この賤機山の「シズ」が静岡の名前の由来だとか:

県庁前にあった静岡の由来

そして、到着した品川駅ホームで見かけた長野新幹線→北陸新幹線の開業ポスター(当時):

2015.3.14開業予定の北陸新幹線(当時)

ということで、今回の旅のフォト集はこちら:

See Also臨済寺と浅間神社 (フォト集)