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つぼ焼きいも・幸神 − This sweet is Hot? or Cold?

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

最終日の四日目は帰宅する前に岐阜市周辺にある城跡をいくつか攻めてきた。お昼を食べたあと、次の目的地である墨俣城跡へ。まず名鉄岐阜駅へ向かい、駅前のバス乗り場1から岐阜バスのおぶさ墨俣線(墨俣−おぶさ)・墨俣行へ乗車して、終点の墨俣で下車。ここから墨俣城跡までは、かって美濃路[a]江戸時代に東海道の宮宿と中山道の垂井宿を結んだ脇往還。の宿場町であった墨俣宿跡を通って徒歩15分ほど。

但し、そこは城跡と云うほどの場所ではなく、豊臣秀吉が木下藤吉郎と呼ばれていた頃に織田信長の命で築いたと云う伝説[b]実際のところ『信長公記』《シンチョウコウキ》などの有力な史料には全く記述されていない 😮️。を、古文書を元に後世に伝えるために鉄筋コンクリート製の歴史資料館が建っているだけである。その資料館が城郭をイメージさせる天守閣を模していることから城跡と間違える人が多い :$一応、自分は資料館を観に行くと云う目的で行って来た次第[c]ただの時間つぶしとも云えるかも知れないが 😁️。せっかく岐阜へ来たので。 :P

資料館を堪能したあとは、最後の城攻めに向かうため墨俣のバス停へ移動。このバス停でただ待っているのもなんなので、偶然見つけた焼き芋屋へ:

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岐阜元祖・つぼ焼きいも・幸神

この日も暑かったので初めは焼き芋のペーストが載ったソフトクリームと思ったが、「つぼ焼き」と「焼き芋」の関係がよくわからなかったので、お店の人に話を聞いていたら「つぼ焼き芋」の冷製があるとのことで、そちらを購入した(350円)。あるいは、一昨日の関ヶ原古戦場巡りの帰りに見た焼き芋の自販機のことが頭の中に残っていたからかも :D

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冷やし・つぼ焼き芋(350円)

こんな感じでセロファンに包まれた冷たい焼き芋ながら、持っているだけでも皮の下の柔らかさが指に伝わってきた。セロファン半分を引っ張ってとってから頂く。皮をムクのは面倒なので、そのままパクついた:

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甘くて美味しい芋

柔らかくて、ねっとりとして、甘みがあって、冷たくて、意外といけると思った。皮の苦味は全く気にならず、むしろあった方が食べやすいかも。片手で食べれるのもいい。ベタつかないし。

壺の中にある芋が炭の熱で時間をかけて焼かれることでデンプンから糖質にゆっくりと変化していくところが、このつぼ焼きの原理らしい。電気釜より炭火の釜の方がお米が美味しくなるのと似たようなものだろうか:

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「つぼ焼き」方式

つぼ焼きいも・岐阜総本舗・幸神(中乃神本店)
岐阜県大垣市墨俣町墨俣472


ここからはオマケ。

まずは、現代の「墨俣一夜城」こと大垣市墨俣歴史資料館を犀川ごしに眺めたところ:

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大垣市墨俣歴史資料館と犀川

「太閤出世橋」なる橋を渡って資料館へ。欄干には秀吉の馬印にも使われた瓢箪のオブジェが:

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大垣市墨俣歴史資料館と瓢箪

さらに木下藤吉郎秀吉の像がお出迎え:

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木下藤吉郎秀吉の像

資料館は有料(大人200円/当時)で、最上階は展望台になっていたが、それほど眺めが良いわけではなかった :X

今回のツアーでは、いろいろな方角から岐阜城を眺めることができた:

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今回のツアーではお馴染みの構図

バス停はこちらの方向。バス停と資料館との間に墨俣宿跡がある:

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展望台から眺めた墨俣宿跡あたり

資料館に展示されていた墨俣宿のジオラマ。右手下がこの資料館が建つ場所で、さらに奥には伊吹山がそびえる:

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墨俣宿周辺のジオラマ

ここが墨俣宿跡。右隣の矢倉風の建物はトイレ:

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墨俣宿跡

墨俣宿本陣跡近くには、美濃路墨俣宿渡船常夜燈が復元されていた:

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渡船常夜燈(復元)

墨俣宿跡からバス停へ行く間は寺町界隈と呼ばれ、めちゃくちゃ寺院が隣接しているエリア:

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寺町界隈

たとえば廣専寺。右手上が鐘楼:

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廣専寺

その目の前が本正寺。これは脇本陣の門が山門になっていた:

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本正寺の山門は墨俣脇本陣の門

門のすぐ脇に立派な鐘楼:

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本正寺の鐘楼

光受寺。左上が鐘楼:

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光受寺

満福寺。右手が鐘楼:

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満福寺

といった具合に鐘楼持ちの寺院が密集している。これって除夜の鐘の時は大合唱ならぬ大梵鐘つきなのだろうか。もしかしたら108回を毎年分担するとか、あるいは27回ずつ順番に鐘くとか? :D

最後は、愛知県犬山にある楽田城跡。こちらは城址の碑と説明板が建っていた:

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楽田城址の碑

以上でGW城攻めツアー2023は終了で、無事に帰宅。三週間ほど経過しているが特に体調不良はなし。

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also墨俣城攻め (フォト集)
See Also楽田城攻め (フォト集)

参照

参照
a 江戸時代に東海道の宮宿と中山道の垂井宿を結んだ脇往還。
b 実際のところ『信長公記』《シンチョウコウキ》などの有力な史料には全く記述されていない 😮️。
c ただの時間つぶしとも云えるかも知れないが 😁️。せっかく岐阜へ来たので。

鴨麺処・和 − A Tuke-Soba with a lot of Japanese Yam.

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

最終日の四日目は帰宅する前に岐阜市周辺にある城跡をいくつか攻めてきた。午前中は加納城跡とその近くにある革手城跡。最寄り駅はともに加納駅で、二つの城跡の間は徒歩10分圏内。さらに駅周辺は、江戸時代には加納藩が治める地であり、中山道の加納宿があったと云うことで城跡の他にもその名残があった。

城址の碑しか残っていない革手城跡をあとにして、次の城跡へ向かうために徒歩15分ほどのところにある加納駅へ向かった。予想外に午前中から歩き回った[a]すなわち、予想外に加納城跡に見どころがあったので、ついつい歩き回り過ぎた感じ 😅️。ので、お昼は駅へ向かう途中で店を見つけようと国道R22沿いを歩いていたが、GW 中ということもあり開いている店はファミレスくらい :$

そんな時、自分の目の前を横切ったチャリが停まったところが「一生懸命営業中」の札が掛かっていた「鴨麺処・和」なるお店の前:

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鴨麺処・和

はじめ何屋?と思ったが、店前にあった立て看板を見たらラーメンのメニューだった。「ラーメンかぁ・・・」と思いつつ、どうしようか悩んでいると、今度は目の前に車が駐車してきた。これは人気店だろうと直感で判断して、そのまま入店した。店内のレイアウトは、厨房と対面のカウンター席が5ないし6席あったと記憶している。既に埋まりそうだったが、自分と車できた二人がそのあと案内されて満席 :0。自分が食べている最中に客が入ってきたが、たしかカウンター席背後のベンチに座っていた気がする。

席について水を飲みつつ、メニューを改めて眺めていると、自分の両サイドの客は皆「期間限定つけそば」を注文していたので、自分もそれに倣い、注文したのは「鰹出汁の山かけ冷甘つけそば・大盛り(1,050円)」。

こちらがそのつけそば:

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鰹出汁の山かけ冷甘つけそば・大盛り(1,050円)

麺の皿には大量の山芋とろろに包まれた中太麺が入っており、とろろにも味がついていた。付け合せはシンブルにカイワレと刻み海苔(極細)、そしてローストビーフ二枚。つけ汁は鰹出汁の醤油ベースながら、甘い。単体では甘みがすこし強い感じがするが、とろろに包まった麺と一緒に食べると甘みが薄らいで、鰹出汁をよく味わうことができた :)。直感的に、美味い不味いと云うよりは、初めての味と食感だったので新鮮さの方が大きかった感じ。あと、大盛りすると味に飽きるかなと思ったが、そんなことはなく、一気に食べきることができた[b]逆に足りない感じもしたのは甘めの味だったから?😮️。

鴨麺処・和《NAGOMI》
岐阜県岐阜市城東通1丁目14-2 コーポフセヤ 103


ここからはオマケ。
 
こちら加納城の大手門跡。中山道前にあった門[c]ちなみに交差点を通る奥の道路は中山道ではなく、手前にある写っていない道路。
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かって中山道前にあった大手門

大手門跡の交差点を渡ってしばらく南下したところに加納公園があり、ここには本丸の高石垣が残っていた。石垣前の公園部は、かっての水濠:

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本丸高石垣と濠跡

「城址」ではない市民公園ながら残っている石垣は意外と見ごたえがあった:

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本丸高石垣(北東隅)

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本丸高石垣(北西隅)

本丸石垣前(濠跡)で野球できるスペースもあった :D

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本丸高石垣(南東隅)

石垣に囲まれた本丸内部こそは、木々が立つ普通の市民公園だった:

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本丸跡

城跡は公園だけではなく、周辺の小学校や岐阜地方気象台なんかの敷地にも残っていた。

他にも中山道沿いには加納宿高札場跡なんかの説明板が建っていたりする(高札場そのものは無い):

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加納宿高札場跡

加納城の外濠だった新荒田川から眺めた岐阜城:

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新荒田川と岐阜城(拡大版)

廃城となった岐阜城から天守を解体して移築したものが、加納城で御三階櫓として利用されたり、石垣や御殿も再利用された。他に、近くの革手城(こちらも往時は廃城)から土塁の土などが再利用されているのだとか。

こちらが、その革手城跡に建つ城址の碑。廃城後に土砂が加納城へ持っていかれたこともあり、さらに遺構が無くなっている:

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革手(川手)城址の碑

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also加納城攻め (フォト集)
See Also革手(川手)城攻め (フォト集)

参照

参照
a すなわち、予想外に加納城跡に見どころがあったので、ついつい歩き回り過ぎた感じ 😅️。
b 逆に足りない感じもしたのは甘めの味だったから?😮️。
c ちなみに交差点を通る奥の道路は中山道ではなく、手前にある写っていない道路。

郡上八幡の城下町散策 − Waterways, Gujō Odori and Old townspace.

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

その三日目は、長良川と吉田川を天然の外堀とした郡上八幡城、城下町を流れる用水路、そして郡上おどりでも有名な郡上市八幡町へ。かって奥美濃の小京都とも呼ばれたこの古い町並みは、一部が国の重要伝統的建築物群保存地区にも指定されている。

午前中に城攻めを終えて、老舗の鰻屋でお昼を摂ったあと、城下町を散策してきた。

こちらは大手門跡あたりから見上げた城山(郡上八幡城)方面。城下町と云うことで直線のラインが多い。さらに、ここは大手道だったので幅も広い:

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郡上八幡城下町プラザの横あたり

左上には、つい三日前にリニューアルオープンした模擬天守が見える。町のどこからでも城のシンボルが見えるのは、さすが城下町。

こちらは郡上八幡博物館。「郡上おどり実演中」の幟があったが、夏になると一日中踊り明かすことで有名な郡上おどり。ユネスコの無形文化遺産に指定されているのだとか:

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郡上八幡博覧館

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流響の里にて

毎年8月13日から16日の4日間、徹夜で踊り明かす郡上おどりは「徹夜おどり」とも:

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郡上おどりの像

この銅像が建つ八幡町職人町通りの古い町並み。建ち並ぶ家の前には用水路がある。流れている水も清らかであるが、これは二度の大きな火事による教訓でもあるらしい:

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八幡町職人町本町通り

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用水路

細い脇路地にも用水路があり、町中には宗祇水《ソウギスイ》と呼ばれる湧水がある:

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脇路地の用水路

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この先に宗祇水がある

郡上市のマンホール蓋。清流を泳ぐアマゴ(川魚)を描いたデザイン:

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清流を泳ぐアマゴ

城下町からはどこからでも天守を眺めることができる:

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城下町と城山

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城山に建つ天守

小駄良川《コダラガワ》は吉田川の支流で一級河川。城下町の風景に溶け込む清流である:

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小駄良川

この川沿いにある大乗寺《ダイジョウジ》の山門は江戸時代後期の享和3(1803)年の建立で市指定重要文化財。門の上が鐘楼になっている鐘楼門型式。藤の花も見頃だった:

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大乗寺の山門

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藤の花も見頃

このあとは吉田川方面へ。城跡南側の崖沿いにはいくつかのオブジェがあった。

商売繁盛の神様を祀る神農薬師さま、そして学者・歌人と知られる折口信夫《オリグチ・シノブ》の歌碑。氏が郡上へ来遊した大正8(1919)年には大火に遭遇し、焼け跡の情景を歌に詠んだもの:

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神農薬師さま

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焼け原の 町のもなかを行く水の せせらぎ澄みて秋近つけり” (冒頭の一首)

郡上はこれまでに二度の大火に遭遇し、そのたびに水路を増やしたり整備が行われて、現在見るような用水路網ができあがったらしい。

こちらは吉田川にかかる新橋。この橋の欄干から12mほど下の吉田川に飛び込む人もいるようで、「不慣れな人」向けに警告が出ていた[a]実際、死亡事故が発生しているのだそうだが 😞️。

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吉田川に架かる新橋

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不慣れな人は駄目

この先は高山・下呂方面。ここから渓谷の間を流れる吉田川の眺めがすこぶるいい。右上は稚児山(標高817m)真ん中奥は京塚山(862m):

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吉田川と稚児山(拡大版)

こんな色の川なら飛び込んでみたくなる気持ちもわからなくもない:X。春先は観光客を迎えるために町内あげて川や用水路の清掃を行っているらしい:

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吉田川の水の色

もちろん川と渓谷の絵もいいが、こんな風景もなかなか:

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断崖上にへばりつく建物

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吉田川が運ぶ大量の水

橋を渡った先に建っていた郡上八幡旧庁舎記念館。その昔、この中にある食堂で豚一家がカレーを食べたらしい[b]中で観たメニューには、そんなカレーは無かったけど😞️。

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郡上八幡旧庁舎記念館

吉田川対岸から振り返って観たところ。この崖面上が城山こと郡上八幡城跡:

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吉田川に架かる新橋

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新橋と城山南の崖面

旧庁舎記念館脇の側道に置かれた椅子に座りながら、この渓流と周囲の景観を眺めてゆったりできるようになっていた :)

 

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吉田川に架かる新橋

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意外と巨岩が多い

旧庁舎記念館の駐車場脇には「いがわ小径」と云う用水路を利用した生活用道路への降り口がある:

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いがわ小径(降り口)

民家の用水路沿いに、幅1mほどの生活用道路が120mほど続く:

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いがわ小径

この町では古くから、生活に利用する小さい川や用水路などを総称して「いがわ」と呼んでいたらしい。生活用の水路とはいえ、きれいな水なので大きな鯉がたくさんいた:

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周囲は民家

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大きな鯉

小径の終点近くから吉田川の河原へ降りることができた:

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吉田川

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意外と巨岩が多い

河川敷を上がり、また城下町へ戻る:

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路地裏

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八幡町あたり

こちらは吉田川に注ぐ支流の一つである乙姫川(名広川):

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乙姫川

この川周辺は個性的で、どことなく懐かしさのあるお店が多かった :)

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靴・履物屋の「わだてつ」

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帽子屋の「宮田」

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魚屋の「ひらくす」

こちらは願蓮寺の山門。その昔、城主からの援軍要請で、この寺の住職らも僧兵として参陣し討ち死した記録が残るのだとか:

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願蓮寺の山門

このあたりから再び吉田川方面へ向ったが、そのとき笛(ホイッスル)の音が聞こえたので、振り返ってみると小学生が集団で下校する風景だった 8)。こんなのどかな風景を観て、ああ今日が平日だったことを思い出した ;)[c]ここで小学生らから挨拶の連続攻撃を受けることになる 😁️。もちんろん挨拶で迎え撃ったが 😆️。

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なんか懐かしい集団下校の風景😊️

吉田川に架かる宮ケ瀬橋からの眺めもよかった。吉田川がこの先で小駄良川と合流、さらにその奥で長良側へ合流するところの眺め:

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吉田川と小駄良川の合流点(拡大版)

さらに振り返って、先程の新橋方面の眺め。ここからも城のシンボルが見えた:

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宮ケ瀬橋上から新橋方面の眺め(拡大版)

橋を渡った先が八幡本町で、そのままバス乗り場がある城下町プラザへ戻った。

こちらは、その途中、酒屋の店先で目に入った「ゴジラフライ」なる食品サンプル:

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ゴジラの他にモスラも😄️

近くにあった貼り紙によると、この食品サンプルが作られたのは約35年前。この作者さんをず〜っと探しているようだが、まだ見つかっていない模様。

こちらは城下町プラザの眼の前にあった創作カフェで買った「新食感・冷やしわらび串(250円0」の黒蜜きなこ味。少し溶けてから食べるように云われたが、そんな暇無かったのでそのまま食べたら、新食感もなにも普通のアイスの食感だった :P

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小物屋を兼ねたカフェ・花籠

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冷やしわらび串

以上で城攻めと城下町散策を終え、人生初の郡上八幡をあとにした 0:)

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岐阜バス往復乗車券

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also2023年5月 郡上八幡城下町 (フォト集)


ここからはオマケ。

この日は宿泊先最寄りの名鉄新羽島駅からスタート。この名鉄6800系に乗車して笠松経由で名鉄岐阜へ:

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新羽島から笠松経由で岐阜へ

そして、この日の帰りは大失敗した 。名鉄岐阜から笠松経由で宿泊先へ向かったのだが、笠松で下車せずにうっかりと乗り過ごしてしまった。なので、次の駅で下車し「連絡通路」を使って反対方面のホームから乗り換えようと思ったのだが、その「連絡通路」がどこにもない :0 。仕方なく一度改札を出て、線路を渡った先にあるもう一つの改札口から改めにて乗車するハメに :(:(:(

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絶対に忘れない駅名

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もう絶対に降りない駅

関東人的には「連絡通路」があって無料で乗り換えできると期待するのが普通なのだが、中京地区ではそれは普通ではないようだ :X

参照

参照
a 実際、死亡事故が発生しているのだそうだが 😞️。
b 中で観たメニューには、そんなカレーは無かったけど😞️。
c ここで小学生らから挨拶の連続攻撃を受けることになる 😁️。もちんろん挨拶で迎え撃ったが 😆️。

吉田屋・美濃錦 − An Eel Restaurant in the Pristine Castle Town.

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

三日目は郡上市八幡町にある郡上八幡城攻め。このときは名鉄岐阜バスターミナルから岐阜バスの高速岐阜八幡線で移動し、郡上八幡城下町プラザで下車[a]時間は80分ほど。大人片道(往路)1,550円、(復路)1,240円。。高速バスは岐阜駅を南下して岐阜各務原ICから東海北陸自動車道で北上し、郡上八幡iCで一般道に降りて、長良川を渡って八幡町へ向かうルート。

この日の八幡町は晴天で、GWともあって多くの観光客で城跡も城下町も大賑いだった[b]あとで知ったが、この三日前に城の模擬天守が耐震工事を経てリニューアルオープンしたこともその理由かも。 :)。城跡を歩き回り、昼ちょっと過ぎに城山公園を下山、お昼はあらかじめ調べておいた鰻屋。前日に続いての鰻である。今年のGWは鰻で乗り切ろうと思う :D。ここ郡上市はB級グルメの「鶏ちゃん」も名物らしいが、美味しい店が分からなかったので鰻を選択したのだが、時間も時間だったのでお店は案の定の空席待ち。結局 40分くらい待つことになった :|

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吉田屋・美濃錦

GW明けには全国的に COVID-19 対応が変わる予定だったし、自分も含めて行き交う観光客のほとんどはマスク無しだったなぁ。さらに店の方も昨年までの度が過ぎた感染対策はしていなかったし、客もゆっくり食事しすぎって感じに見えた[c]COVID-19蔓延全盛期のような、どことなくせわしなく落ち着きのない食事、そして微妙な距離をおく風景ではなかった 😎️。

名前を書いて店の中にある椅子に座って待っても良かったが、他人が食べているの見ていたら、余計にお腹が空いてきそうだったので、店周辺の城下町を軽く歩くことにした[d]待ち時間が分からないので10分くらいの間隔で待ち人数を確認しに店に戻ってくる羽目になったが 😕️。

そして店前に居た時にタイミングよく名前を呼ばれたので店内へ入ると、一人なのに座敷のテーブルに案内された。これもタイミングなんだろうな :0

注文したのは鰻一本半が入ったうな重(3,850円)。そしてグラスビール(600円)。今回も肝焼きは売り切れ。しばらくはお茶で喉を潤す:

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水が美味しいのか、お茶も美味しかった

まだまだ料理は出てこなかったので、城巡りした体をアルコールで癒やした :D

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これぞ黄金比(7:3)

ちょうど飲み干したタイミングでうな重の登場。肝吸いと香の物も一緒に。あとでデザートがでてくる:

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うな重(3,850円)

パンパンの御飯の上に一本分の鰻が載っていた:

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上面は鰻一本、そして御飯の下にも・・・

創業以来、120年以上継ぎ足してきたタレは濃いめ。鰻は備長炭で、やはり蒸さずに直火で焼き上げていて、外側はパリパリ:

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一本分の鰻がのったうな重

御飯の上の鰻を食べて、さらに御飯を掘り進んでいくと、鰻半分が出現した :)。上にのっている鰻とは異なり、こちらは御飯で暖められているのでふんわり:

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うな重は何度食べても・・・

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美味い!

今日の肝吸いは、関東風に焼きが入っていた:

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肝吸い

最後は、お口直しのデザート(ぶどう入のゼリー):

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ゼリーで口直し

と云うことで、連日の鰻でもぜんぜん飽きはなく、今日も美味しく頂いて、エネルギーを補充することができた :)。あと、メニューにあった「ししなべ定食」が気になったが冬季のみ。

吉田屋・美濃錦
岐阜県郡上市八幡町殿町160


ここからはオマケ。

こちらが郡上八幡城下町プラザ。岐阜からの高速バスは、ここで乗り降りした。トイレ・休憩所あり。裏手は有料駐車場:

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郡上八幡八幡城下町プラザ

ここから郡上八幡城跡へ向かて坂を登っていくと駐車場に至るが、ここに山内一豊と妻・千代の像が建っていた。なにやら千代の父が郡上八幡城の初代城主であった遠藤盛数らしいことで建立されたものらしい。ただしこの城と山内一豊は全く関係はない[e]多分、多くの人が山内一豊が城主だったと勘違いしているのでは? 🤭️。

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山内一豊の妻千代と模擬天守

大手虎口と石垣。大手道は鈎の字に折れている:

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本丸石垣と大手虎口跡

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大手道

大手道を本丸方面へ向かって登って行くと、城山山頂に建つ模擬天守(町重要文化財)が見えてくる:

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日本最古の木造模擬天守

このあたりからがビューポイント。ちなみに(これまでの史料から)この城には天守は無かった:

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模擬天守と隅櫓

天守、櫓、門、そして築地塀は模擬による復原であるが、石垣(の石材)は往時のもの。ちなみに、この城門から先は有料:

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本丸の模擬城門と築地塀

天守台石垣の上に立つ模擬天守は昭和の時代に建てられたが、木造模擬天守としては国内最古のもの:

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大垣城の天守を参考にした木造の模擬天守

しかしながら、近年の大地震状況により、再建90周辺を機に耐震補強工事が施工されて、なんとあ三日前にリニューアルオープンしたばかりだった 8)

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耐震補強工事された模擬天守

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耐震補強工事済

四層五階の模擬天守からの城下町の眺め:

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城下の眺め(拡大版)

山間部に建つ城からの眺め:

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城下の眺め(拡大版)

初夏の城山公園:

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初夏の風景1

戦国時代から残る石垣と初夏の風景:

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初夏の風景2

山頂にある駐車場の奥が搦手。こちらを進んでいくと搦手口跡あり、堀切が残っていた:

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土橋と堀切

最後は、本丸跡の茶屋で買った飛騨牛コロッケ(150円)。衣に味がついていた:

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飛騨牛のコロッケ

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also郡上八幡城攻め (フォト集)
See Also長敬寺と遠藤慶隆公墓所 (フォト集)

参照

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a 時間は80分ほど。大人片道(往路)1,550円、(復路)1,240円。
b あとで知ったが、この三日前に城の模擬天守が耐震工事を経てリニューアルオープンしたこともその理由かも。
c COVID-19蔓延全盛期のような、どことなくせわしなく落ち着きのない食事、そして微妙な距離をおく風景ではなかった 😎️。
d 待ち時間が分からないので10分くらいの間隔で待ち人数を確認しに店に戻ってくる羽目になったが 😕️。
e 多分、多くの人が山内一豊が城主だったと勘違いしているのでは? 🤭️。

魚しげ − An Eel Restaurant on the site of the SEKIGAHARA Battlefield.

今年は令和5(2023)年のGW城攻めツアー2023は三泊四日で岐阜県を中心にいくつかの城攻めと古戦場跡巡りしてきた。

二日目は不破郡関ヶ原町古戦場巡り。この日の関ヶ原町は、計画を立てた一週間前の予報どおりの晴天。むしろハズレだったのは気温の方で、さすがに天下分け目の戦いがあった関ヶ原盆地は暑かった〜 :$。真夏でなかったことと、移動をレンタサイクルにしたのが救いか[a]走っていると風が心地よい。それでも水分補給・塩分補給は必須だった 😆️。

このときは駅前にある関ケ原駅前観光交流館で、事前に予約しておいた電動アシスト付き自転車を1日レンタル[b]レンタル時間は朝9時〜夕方4時半くらい。夕方5時には交流館が閉店する。して、観光協会推奨のモデルコース「関ケ原合戦・行軍コース」に、さらに陣所跡や史蹟などをいくつか追加してみたのだが、これが良くなかった。

当然ながら、そんなに楽なコースではなくなり時間も足りなくなってしまった。特に終盤の松尾山城跡・小早川秀秋陣跡は、散々走り回って疲れた体で片道50分近くの登山があり[c]特に登り下りで膝にきた感じ 😞️。、ひいひい云って登った先にある松尾山城跡に感動して、ついつい時間を忘れて巡ってしまったこともあって予定時間をだいぶズレ込んでしまった :0。おかげで昼飯を食べている時間さえなく体力的にもキツイ状態でなんとか気力だけで巡りきったって感じ :| [d]次はゆっくりと松尾山城や玉城跡を攻めたいし、島津豊久墓碑や奥平貞治の墓なんかも巡りたい。また来年に再訪か?😅️

そう云うことでレンタサイクルを返却したあとの体力は empty でカラータイマーが点滅中だったので、あらかじめ調べておいた近くの老舗うなぎ屋へ直行:

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国道R21(中山道)沿いにある魚しげ

近かったのは体力的に助かったが、まだ開店前だったので店前にあったベンチに座って待つことにしたら、女将さんが気にかけてくれて開店前だけど店に入れてもらえた。感謝 :)

店の一階に焼き場があるので、店内はうなぎのタレの匂いが漂っていた。その一階は大小のテーブル席が複数あり、その中で二人用のテーブル席に案内された。注文するものは「うな重」で決めておいたが、残念ながら肝焼きは既に予約分で売り切れとのことだったので「うざく」に変更し、さらにビール大瓶(715円)も注文した。こちらのお店は注文してから焼きに入るそうなので、ビールを飲みながらこの日の「復習」をしながら待つことにした :D

待つこと30分近く、出てきたのはなんとも神々しい重箱に入ったうな重・松(4,070円):

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うな重+肝吸い+小鉢+珍味+香の物(4,070円)

重箱の蓋をあけたものが、こちら:

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うな重・松セット

小鉢には金毘羅ごぼう、珍味は海藻とイカの酢の和え物、香の物は奈良漬だった。

肝心のうな重は、もう匂いだけで一杯頂いた感じ:Dなのだが、関東みたいに事前に蒸さずに、備長炭の直火で香ばしく焼き上げ、秘伝のタレにつけては焼くを繰り返しているようで、外はパリパリ、中はふっくら。久しぶりに脂がのった鰻を堪能した:

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御飯の中にも鰻がまぶされていた

さらに御飯の中にもぶつ切りした鰻がまぶされていて、とても食べごたえがあった。ホント、食べ終わったら店に入る前の自分とは違う感じでエネルギーが満タンとなり、気力もアップしてきた[e]だからと云って、もう一回同じ古戦場巡りができるか?と云うと、若干は疑問だが 😊️。

この肝吸い、関東風とは異なり、肝は焼きではなく茹でてある感じで、食感もプリッとしていた:

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肝吸い

そして「うざく」を頂く:

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うざく(1,045円)

酢きゅうりと、こちらもパリッと焼かれた短冊型の鰻の組み合わせは、重厚なうな重を食べて甘ったるくなった口の中のお口直しって感じ。さっぱりと、それでいて程よく脂がのった鰻は、それだけで十分な鰻料理だった。

こちらは2Fにあったトイレへ行く途中に見かけた手作り甲冑。店の中も戦場だった :D

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お店の二階で見かけた手作り甲冑

これで体力は復旧し、疲れた脳もリフレッシュできて満足した。そして足取りも軽やかに関ヶ原駅へ向かって宿泊先へ移動した[f]電車の時間が近づいていたので走る必要があったが、おかげで苦もなかった 😄️。

魚しげ
岐阜県不破郡関ヶ原町大字関ヶ原3206-2

 

ここからはオマケ。
 
こちらがJR東海道本線・関ヶ原駅。ちょうど古戦場を横断するように東海道本線が通っている:
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関ヶ原駅

駅前の観光交流館で見かけたイルミネーション(?):

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葵紋

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大一大万大吉紋

徳川家康が最初に陣を置いた桃配山《モモクバリヤマ》:

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桃配山・徳川家康最初陣跡

ここから関ヶ原宿がある旧中山道を西へ移動する:

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関ヶ原宿跡

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ここは旧中山道(垂井宿・関ヶ原宿・今須宿)

徳川家康最後陣跡。家康はここで首実検したらしい:

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徳川家康最後陣跡

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徳川家康最後陣跡+床几場

こちらは、この近くにある関ヶ原古戦場記念館。今回はまだ開館していなかった[g]立ち寄っている時間的余裕もなかったが 😑️

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関ケ原古戦場記念館

この建物は他の陣所跡からも眺めることができるくらい目立っていたので、家康の陣所の位置を確認する際の目印にした。

細川忠興の陣所跡黒田長政・竹中重門らの陣所跡

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細川忠興陣所跡の碑

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黒田長政・竹中重門陣所跡

黒田・竹中両氏の陣所からの眺めは良かった:

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黒田・竹中両氏の陣所跡からの眺望(パノラマ)

笹尾山麓に島左近陣所跡と竹矢来:

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島左近陣所跡

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復原された竹矢来

左近の陣所の上が石田三成の陣所跡
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石田三成陣所跡

三成の陣所からも眺めは良かった:
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三成の陣所跡からの眺望(パノラマ)

島津義弘陣所跡に建つ幟:

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島津義弘陣所跡あたり

こちらは小西行長陣所跡あたりから各地の眺め:

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石田三成陣所跡の遠望

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毛利勢が陣を置いた南宮山

 旧中山道側の若宮八幡神社境内から大谷吉継陣所跡墓所、そして眺望地へ向かった:

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若宮八幡神社の参道

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参道を横切るのは東海道本線

陣所跡近くにある眺望地では顔ハメに姿を変えた吉継が、小早川秀秋が布陣した松尾山を睨めつけるように建っていた:

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今でも警戒していた吉継

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黄色の幟が小早川秀秋の陣所跡(拡大版)

このあと推奨コースをそれて旧中山道を西へ向かい:

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旧中山道の高札場

常盤御前の墓所」へ。常磐は牛若丸こと源義経の実母。常磐の墓と伝わるものは全国に多数ある。墓所の背後に建つのは松尾芭蕉の句碑:

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伝・常盤御前の墓所

あと同じくコースをそれて見てきた不破の関土塁跡(北限と南限):

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不破関北限土塁跡

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不破関南限土塁跡

こちらは宿泊地へ戻る際に乗車したJR東海の313系とその車窓から眺めた伊吹山

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JR東海の313系

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車窓から伊吹山

最後は宿泊地の最寄駅構内で見かけた焼き芋の自販機:

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焼き芋の自販機

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also関ヶ原古戦場巡り (フォト集)

参照

参照
a 走っていると風が心地よい。それでも水分補給・塩分補給は必須だった 😆️。
b レンタル時間は朝9時〜夕方4時半くらい。夕方5時には交流館が閉店する。
c 特に登り下りで膝にきた感じ 😞️。
d 次はゆっくりと松尾山城や玉城跡を攻めたいし、島津豊久墓碑や奥平貞治の墓なんかも巡りたい。また来年に再訪か?😅️
e だからと云って、もう一回同じ古戦場巡りができるか?と云うと、若干は疑問だが 😊️。
f 電車の時間が近づいていたので走る必要があったが、おかげで苦もなかった 😄️。
g 立ち寄っている時間的余裕もなかったが 😑️