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泰巖歴史美術館 − A Legendary Castle in the Tokyo MACHIDA City.

先週末は、令和4(2022)年の処暑の候の週末、天気が優れないとの予報により城攻めは諦めて溜まっている訪問記でも書こうかと思っていたが、どうやら予報は外れだったらしく[a]このところ天気予報の外れっぷりはすごい。前日の予報さえも当てにならない 😐️。、外出したいが、どうせなら今読んでいるに関係ありそうな史料探しに博物館に行くことにした。

そこで思い出したのが二年前の令和2(2020)年にオープンしてから、いつか観に行こうと頭の隅っこに置いておいた東京都町田市の泰巖《タイガン》歴史美術館。館名は信長の戒名である「総見院殿贈大相国一品泰巌大居士」からとっているらしい。

小田急町田駅から歩いていくと外観が少し変わった建物が見えてくるのですぐに分かる:

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泰巖歴史美術館

展示室は1階から5階まで。入場料は大人1,500円(当時)。

原則的に写真撮影は不可だが1階と2階で鑑賞できる安土城天主櫓は可能だった[b]しかしながら撮影エリアが狭く被写体が巨大なのでスマフォカメラでは限界があった 😕️。

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織田信長の居城・安土城の天主

てっきり縮小模型くらいと勝手に思っていたが、博物館の建物の1階と2階の吹き抜けに、推定ながらも実物大の建築物が置かれているとは正直なところ全く想像していなかった:D

通説では、天正4(1576)年に信長が築城を命じ三年後の同7(1579)年に完成した安土城には、望楼型地上6階地下1階の規模を誇る天主が建っていたと云う。

博物館1Fでは、この天主の5階部分の復元を観覧できる:

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復元された天主の5階部分

今思うとスケールの大きさに驚き、外観ばかりに目がいって内陣や外陣はほとんど写真に収めていなかった:O

この5階は「八角の段」と呼ばれるとおり八角形をした大変特徴的な部屋で、天界をイメージしているらしい。正面に見えるのは狩野永徳による釈迦説法図(レプリカ)。

最上階6階は正方形で「四角の段」と呼ばれ、外観は金箔で仕上げられていた:

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天主最上階を見上げる

但し、しっかり観ると細部が省略されている部分があるようだ[c]あくまでも推定図と比較するとだが。

1階には他に、二年前に自分も京都の大徳寺・総見院で拝見した位牌のレプリカや肖像画や年譜なども展示されていた。

博物館2階では自分の目線から最上階を眺めることができる:

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博物館2階から天主最上階を観る

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2階は近写はできない

いかせん展示室の規模から天主全景を写真に納めることができないのは1階と同じだが、被写体との距離が取れる分だけ斜めからの撮影ができた。但し、1階のように近くには寄れない。

八角の段を垣間見れる瓦屋根:

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七層の屋根は瓦葺

あと松図なんてのも撮影可だったが、かって京都・大徳寺にあった天瑞寺の障壁画らしい。現存する縮図をもとに推定で復元したもの:

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縮図から復元した松図

かって天瑞寺は信長の菩提寺である総見院の横に建ち、明治維新の廃仏毀釈で衰退し廃寺したと云う。

それから博物館3階にある信長の時代の古文書の展示を見てきた。原文の他、現代語訳も併記されているのでじっくり読んできた。ここに展示されている古文書は読み応えあり、信長の他にも信玄や謙信といった同時代の英傑らの肖像画もあった。気づいたら入館して既に1時間以上たっていたっけ :D

博物館4階には刀剣や甲冑、火縄銃が展示さていた。残念ながら、これらの類は近世のものが多かった。そんな中で、「フル装備」の加藤清正が片鎌の槍を持って虎退治しているジオラマは必見。よくできている :)

博物館4階は茶の湯の世界観一杯だった。茶器はもちろん茶室を実物大で再現していた。ここでは千利休の門弟らの茶道具なんかもあり、蒲生飛騨守氏郷と細川越中守忠興の茶筅(実物)は必見かも :)

なんだかんだで、大変有意義な時間を過ごすことができた。なぜか観覧者は自分以外に一、二組ほどで、渋滞することも迂回することもなく、ゆっくり観覧できたのも良かった :)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also2022年9月 泰巖歴史美術館 (フォト集)

泰巖歴史美術館
東京都町田市中町1丁目4-10

参照

参照
a このところ天気予報の外れっぷりはすごい。前日の予報さえも当てにならない 😐️。
b しかしながら撮影エリアが狭く被写体が巨大なのでスマフォカメラでは限界があった 😕️。
c あくまでも推定図と比較するとだが。

RESTAURANT じゅらく − I remember eating before at here.

今月は、令和4(2022)年6月頭に人生で初めて東京国立博物館を観覧してきた。目的は中世は戦国時代の甲冑や戦国武将らが遺した書状など。中には重要文化財クラスはもちろん国宝クラスのものに出会えるらしい[a]と云うのを、今回観覧して学習した 😁️。

JR上野駅で下車して公園口から出ると眼の前が上野恩賜公園であることは知っていたが、美術館や博物館がたくさんあるとは知らなかった:X。この日は天気もよく久しぶりに暖かくて、ここ来る間にホント外出日和だなぁと思っていたが、まさかこんなに大勢の人がいるとは思わず、少し驚いたが[b]コロナ流行してるって感じがしないくらい活気がある雰囲気だったけど、多くの人達はほとんど感染対策してたな。

常設展示もあるから、本館だけでもいろいろな時代の日本美術を鑑賞することができ、予定していた時間をかるくオーバーして、だいぶ遅めのお昼を摂ることになってしまったが[c]鑑賞するのが楽しくて、全然後悔はしていないぞ😎️。 :|

お昼は、あらかじめ決めておいたお店。それも幼稚園時代に家族で食べにきた記憶のある上野じゅらく[d]大人になって浅草にある浅草聚楽で食べた記憶はある。。とはいえ一度閉店し、現在はレストランじゅらくとしてJR高架下で営業しているとのことで行って来た:

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RESTAURANT じゅらく

お昼時ではないのに行列になっていて驚いた:D。ちなみにお店の入口は左手奥にある。それでも予約一覧に名前を書いて待つこと5分で店内のカウンター席に案内された。そして、渡されたメニューを三回くらい見ても目移りして、なかなか決められなかったので、店先の食品ディスプレイで見たものを注文した。

まずは生ビールグラス(410円):

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生ビールグラス(410円)

フォークとナイフを頂くワンプレート・スタイルのカツライス(1,450円):

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カツライス(1,450円)

ドミグラスソースは昔なつかしいトマトの味が濃いもの。ライスに絡めて残さず頂いた ;)

店内は昔の面影は(場所が変わっているので)全く無かったが、味はなんとなくこんな感じだったかなぁと、少しだけ思い出して嬉しかった。

RESTAURANT じゅらく(じゅらく上野駅前店)
東京都台東区上野6-11-11


ここからはオマケ。

こちらは本館。この日の目的となる展示品は、この建物の中にあった:

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本館

昔見た映画「GANTZ(実写版)」のロケ地として知られている[e]たしか、おこりんぼう星人との戦いの場。、明治時代の雰囲気を残す建築物

これは東洋館。主に東洋諸国の美術・工芸品、考古遺物があるらしい:

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東洋館

建物が重要文化財になっている表慶館。特別展が開催されるらしいが、この日は休館中だった:

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表慶館

ここからは今回観覧した「総合文化展」(観覧料 1,000円)の美術品の一部紹介していく。

本館は、今回の目的だった中世時代の美術品の他にも縄文・弥生・古墳の各時代の美術品が展示されていた:

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「日本美術のあけぼの〜縄文・弥生・古墳」のエントランス

こちらは聖観音菩薩像のレプリカ[f]実物は奈良の薬師寺蔵。

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聖観音菩薩立像(レプリカ)

仏教世界の四方を護る四天王の木造:

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四天王木像

四天王の一人で多聞天こと、毘沙門天立像:

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毘沙門天立像

こちらが今回の目的の品の一つ。細川三斎(忠興)像絵図:

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細川三斎(忠興)像

細川ガラシヤが夫・忠興に書き送ったとされる直筆の手紙:

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ガラシャ直筆の手紙

刀剣なんかは大勢のギャラリーがいたっけ。こちらは長船兼光。備前国長船派の名工・兼光の作で、戦国武将の福島正則が所持したことから名物・福島兼光とも:

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長船兼光(名物・福島兼光)

こちらは手掻包永《テガイカネナガ》。徳川家康から信濃国・高遠藩の保科正直に渡ったもの:

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手掻包永

なお包永には細川幽斎が所有し、次男の隆元の手に渡ったのちに徳川将軍家が買い上げたとされる「児手柏《コノテガシワ》」と云う一振りもある。

教科書にも載っていた遮光器土偶(宮城県出土):

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遮光器土偶(宮城県出土)

こちらも教科書で見たことのある銅鐸(滋賀県出土):

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突線鈕5式銅鐸(滋賀県出土)

珍しいものとしてはホンモノの大判・小判、そして寛永通宝なんてお金の類も:O

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慶長丁銀、慶長大判、慶長小判、寛永通宝

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also2022年6月 東京国立博物館 (フォト集)

参照

参照
a と云うのを、今回観覧して学習した 😁️。
b コロナ流行してるって感じがしないくらい活気がある雰囲気だったけど、多くの人達はほとんど感染対策してたな。
c 鑑賞するのが楽しくて、全然後悔はしていないぞ😎️。
d 大人になって浅草にある浅草聚楽で食べた記憶はある。
e たしか、おこりんぼう星人との戦いの場。
f 実物は奈良の薬師寺蔵。

旧北国街道坂木宿めぐり − A Traditional Post Town on Hokkoku Kaidō.

今年は令和4(2022)年のGWは外出自粛といった恒例の措置[a]毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤬️。は施行されなかったので、十分な対策を講じて城攻め三昧な Week を計画した。既に第一弾第二弾、そして第三弾の城攻めは無事に完了し、第四弾として戦国時代に若き日の武田信玄を苦しめ、北信(北信濃)で最大の勢力を誇った信濃村上氏の居城として有名な[b]現代ではハイカーらにも人気のある山登りコースが幾つかある。なんと6時間かけて尾根を縦断するルートが人気らしい。葛尾城《カツラオ・ジョウ》を攻めるため、長野県は埴科郡《ハニシナ・グン》坂城町《サカキ・チョウ》までやってきたが、ここにきてGW連日の山城攻めでさすがに疲れが出てきたので、この日の城攻め(山登り)を取り止めることにした[c]他にも暑かったとか、登山コースなど下準備が完全ではなかったと云うのもある。

そのかわりに旧葛尾城下にあたる坂城町で村上義清にゆかりある場所を巡ってきた他に、旧北国街道の宿場町として坂木宿[d]現代の町名は「坂城」、江戸時代は「坂木」宿または「坂木」藩。の歴史に触れてきた。実際、そういう趣を持つ建物や街の中の情景が印象深かった:)

これが街の中に建っていた探訪ガイド。ここに掲載されていた場所を巡ってきたと云う次第。この案内板も歴史を感じる:D

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北国街道坂木宿・歴史探訪ガイド(拡大版)

ガイドにある⑪坂城駅。上田駅からしなの鉄道に乗り換えてきた:

しなの鉄道

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坂城駅

駅前から北へ向かう県道R339が旧北国街道。ここ坂木宿はゆるやかな坂と鉤形の街道に沿った町割りが特徴である:

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県道R339は旧北国街道

北国街道は中山道追分宿(現在の軽井沢町)から分かれ、坂木宿をとおり、越後国高田(現在の上越市)で北陸道と結れる道で、北国往還とも呼ばれ、五街道につぐ重要な街道の一つだった。この道筋の歴史は古く、江戸時代の上杉景勝の時代に越後府中(現在の上越市)と海津城(現在の長野市)を結ぶ伝馬制がしかれたことが始まり。

まずは旧北国街道を北へ向かう。すると、右手に見えてくるのがガイドにある坂木宿・ふるさと歴史館

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坂木宿・ふるさと歴史館

ここは北国街道坂木宿本陣[e]江戸時代の宿場町で大名・旗本など位の高い者が泊まった建物。ちなみに「脇本陣」は本陣の予備の建物を指す。の跡地に建てられた木造三階建一部平屋造の住宅である。昭和4年に遊郭経営者により建てられた風情あるもので、のちに病院となって洋館部分が増築されたと云う。

この敷地には江戸時代中期に建てられた旧本陣表門が遺構として残されていた:

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旧本陣表門

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大壁造り

本陣の表門は間口六間、奥行き二間半の入母屋造り、桟瓦葺き。門扉以外は土塀による大壁造り《オオカベヅクリ》[f]壁に覆われて柱が見えない構造で、日本では近世城郭で見られる塗籠《ヌリゴメ》などがあたる。で、扉には八双金物《ハッソウカナモノ》と云う飾り金具の痕跡があることから江戸中期に建てられたと推測されている。坂城町指定有形文化財。

この表門は一部が土蔵になっていて、当時は江戸時代に使われていた生活道具などが展示されていた:

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民族史料の展示

本棟にあたるふるさと歴史館は木造三階建の住宅を利用したもので12の和室や座敷を有し、展示スペースとして利用されていた:

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元は遊郭・病院だった

玄関を入ってすぐの交流スペースには、この時期に合わせて五月人形が飾られていた:

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交流スペース

五月人形

五月人形

そして、ここ長野(北信濃国)の戦国大名である村上義清に関連する史料の他、江戸時代の坂木宿指定を示す朱印状や旧北国街道に関する史料、そしてこの地で盛んだった和算や算盤《そろばん》などの日本式算術の歴史ある展示品がたくさんあった:

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村上氏に関する史料など

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御本陣と宿場町

さらに、この歴史館で葛尾山への登山マップ[g]これがよく書かれた手書きマップ。と『坂城町郷土史シリーズ第1集・葛尾城を歩く』(笹本正治著/坂城町教育委員会)を入手。きたる城攻めに向けての準備もできた :)

歴史館を出て再び旧北国街道を北上していくと、こちらも江戸時代の坂木宿の名残を残す建物がいくつか見かけた。こちらがガイドにある⑨大門町・春日家・山浦家⑩名主坂田家の屋敷:

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名主・坂田家の建物

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大門町・春日家・山浦家の建物。

さらに北上して村上氏の居館跡とされる⑥満泉寺へ立ち寄ったあと、次の宿場町である上戸倉に向けて西へ折れる旧北国街道を越えたところに鎮座する⑦坂城神社へ:

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坂城神社

主祭神は、日本神話にも登場する出雲の大国主神《オオクニヌシノカミ》。その昔、日本武尊《ヤマトタケルノミコト》が東征した折に、この地に祖神を祀り社殿を建てたのが始まりなのだとか。戦国時代はこの地を納めた村上氏によって代々崇敬され、武田信玄が領した際には祭祀を再興し、その子・勝頼も保護したと云う古文書が残る。

現代は縁結びの神様として多くの参拝者がいるらしいとのことだったが、GWなのにほとんど誰もいなかったけど :|

拝殿

拝殿に入る手前には町指定有形文化財の狛犬がある。これは天和2(1682)年から元禄16(1703)年までの二十二年間坂木に陣屋を置いていた坂木藩板倉氏の家臣・石川義孝が寄進したものと伝わる。

境内は見事な杉の木に囲まれていた:

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境内の杉の木

そして坂城神社裏にある葛尾城跡の登城口を確認したあとは、村上義清公ゆかりの地を巡って坂城町を南へ縦断し、再び坂城駅へ。

こちらは旧北国街道沿いに建っていた釣り鐘:

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坂城町の釣り鐘

坂城駅隣にある多目的広場には平成25(2013)年に惜しまれつつも引退となった169系電車(S51編成)が展示されていた。それも、なつかしの湘南色:

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169系電車

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169系電車

169系電車は信越本線(横川〜軽井沢間)の急勾配な碓氷峠において、EF63 型電気機関車と協調運転することで輸送力とスピードアップを図ることを目的として昭和43(1968)年に誕生した。主に信越本線の中長距離向けに、急行「信州(上野〜長野)」、「妙高(上野〜長野〜直江津)」、「志賀(上野〜湯田中)」の各路線で活躍した。

この日の最後は鉄の展示館・コミュニティセンター[h]坂木宿・ふるさと歴史館と一緒に観覧する場合は割引あり。

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鉄の展示館

ここ坂城町は、人間国宝で坂城町出身の刀鍛冶の故・宮入行平《ミヤイリ・ユキヒラ》氏のもとで修行した多くの刀匠が宮入一門会として活躍していることに因んで「刀匠の町」として広く知られているらしい。それに関連して趣向を凝らした企画展や故・高倉健氏所蔵の刀剣類などを展示しているのだとか。

戦国好きではあるが、正直なところ刀剣については自慢できるほど深い造詣はなく、最近の巷でのブームには全く関心がない自分ではあったけど、ここで見た刀剣の基本みたいな説明図は大変勉強になった:)。これからは刀剣の歴史についても勉強しようと思う。

まずは『日本刀ができるまで』。刀の原料(玉鋼《タマハガネ》)からいくつもの工程を経て日本刀ができあがるまでをわかりやすくフローにた図:

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日本刀の誕生(拡大版)

この図を見て、今まで知らなかったことが分かって大変勉強になった ;)

他にも『日本刀の裏表』とか『銘の種類』など丁寧に説明してくれる図があった。これらは必見:

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『日本刀の裏表』

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『銘の種類』

展示室はこんな感じ。撮影はフリーだった 8)

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展示室

全て撮りきれなかったが、ひとまず気になったものを紹介していくと、こちらは鎌倉時代後期の太刀。備州長船則光、附・黒漆塗鞘打ち刀:

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備州長船則光

鎌倉時代の太刀。この村上大國魂神社奉納大太刀は、信濃村上氏が埴科郡に進出する前に大國魂神社へ奉納されたもの:

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村上大国魂神社奉納大太刀

鎌倉時代中期の太刀で無銘。肥後藩主細川忠興の差料を幕末に模したもの:

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太刀・無銘(景安)

人間国宝・宮入行平刀匠に関するもの:

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刀匠・宮入行平像「鉄の華」

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宮入行平肖像画

専用の展示室:

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宮入行平展示室

大関昇進した長野県出身の御嶽海関が一日館長を務めたらしい[i]後ろの張り紙から察するに大関昇進前のイベントか。

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一日館長の御嶽海関

最後は季節柄、必須な五月人形のひな壇?:

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五月人形?

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also2022年5月 坂木宿とふるさと歴史館 (フォト集)
See Also2022年5月 坂城町鉄の展示館 (フォト集)

こちらが今回の散策ルート:

坂城町巡り

旧北国街道坂木宿めぐりルート

活動時間は 03:23、距離は 5.5km、消費カロリーは 1,251Kcal。

参照

参照
a 毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤬️。
b 現代ではハイカーらにも人気のある山登りコースが幾つかある。なんと6時間かけて尾根を縦断するルートが人気らしい。
c 他にも暑かったとか、登山コースなど下準備が完全ではなかったと云うのもある。
d 現代の町名は「坂城」、江戸時代は「坂木」宿または「坂木」藩。
e 江戸時代の宿場町で大名・旗本など位の高い者が泊まった建物。ちなみに「脇本陣」は本陣の予備の建物を指す。
f 壁に覆われて柱が見えない構造で、日本では近世城郭で見られる塗籠《ヌリゴメ》などがあたる。
g これがよく書かれた手書きマップ。
h 坂木宿・ふるさと歴史館と一緒に観覧する場合は割引あり。
i 後ろの張り紙から察するに大関昇進前のイベントか。

お食事・居酒屋 こっくどーる − the 4th Attack of GW 2022.

今年は令和4(2022)年のGWは外出自粛といった恒例の措置[a]毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤬️。は施行されなかったので、十分な対策を講じて城攻め三昧な Week を計画した。既に第一弾第二弾、そして第三弾の城攻めは無事に完了。

そしてGW 2022も後半戦へ突入し、幸いにも天気は良好続きとの予報だった。第四弾は長野県の城攻め。こちらも長年温めていた山城で、標高800mを越える葛尾山《カツラオヤマ》山頂に築かれた信濃村上氏の居城・葛尾城跡。ハイカーらにも人気のある山登りコースが幾つかあり[b]なんと6時間かけて尾根を縦断するルートが人気らしい。、カメラを背負ってガレ場を登ることを予想して気合を入れて準備をしてきたのだが、ここにきて若干ではあるがGW前半の疲れが出てきた感じがしたので、山登り(葛尾城攻め)はせず、信濃村上氏の中でも、あの武田信玄を苦しめた村上義清《ムラカミ・ヨシキヨ》の居館跡や供養塔といったゆかりの場所を巡ることにした。それ以外にも北国街道坂木宿《ホッコクカイドウ・サカキジュク》という古い歴史が残るこの街には歴史館や刀剣の博物館もあるようなので、来る葛尾城攻めの下調べも兼ねると云う意味でも無理をしないことにした[c]この次の日も山登りの計画だったし 😂️。 :)

この日は、朝9時半過ぎに東京駅発の北陸新幹線・金沢行きのはくたか557号に乗って上田駅に着いたのが11時前。次にしなの鉄道・長野行に乗り換えて、今日の目的地である坂城《さかき》駅に着いたのが昼12時少し前:

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しなの鉄道・坂城駅

山登りして城攻めする予定では無かったが、お腹が空いたので駅前にある御食事処へ:

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居酒屋(お食事・大小宴会)こっくどーる

このお店、夕方になると居酒屋になるようで昼メニューと夜メニューとに分けられていた。事前に調べてみたらおしぼりうどんなる坂城名物を出してくれるとのことで、検温+手を消毒してカウンター席につくまで、その名物を食べるつもりだったけどランチタイムだったこともあり、曜日替わりのヒレカツ定食(750円)にした:D

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ヒレカツ定食・コーヒー付き(750円)

御前の上はごくごく普通の彩りではあったが味は文句なしで美味しく頂けた。ヒレカツも柔らかかったし。食後のコーヒーには落花生が入った硬くて甘くない煎餅が添えてあった:)

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食後のコーヒーと硬くて甘くない煎餅

この時のお客は先客が一人だけで、田舎にありながら感染対策を徹底しているお店で安心した。

居酒屋(お食事・大小宴会)こっくどーる
長野県埴科郡坂城町大字坂城立町6318−1


ここからはオマケ。

坂城駅前の通りの県道R339は旧北国街道。ここ坂木宿はゆるやかな坂と鉤形の町割りが特徴である:

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県道R339は旧北国街道

信濃村上氏の居城である葛尾城攻めを取り止めた代わりに、この説明図に記載された村上義清ゆかりの名所を巡ってきた:

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村上義清ゆかりの名所(拡大版)

ここ村上山・満泉寺は信濃村上氏代々の菩提寺で、戦国時代に村上義清の子・國清により村上氏の居館跡に建立された:

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山号が村上山の満泉寺は村上氏居館跡に建てられている

戦のない平時には、ここに建てられていた居館で生活し、いったん敵に攻め込まれ戦となると、背後にある葛尾城(詰めの城)に籠もったと云う:

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葛尾城跡と姫城跡(拡大版)

葛尾城は、現在の葛尾山尾根筋を利用して築かれた典型的な山城である。上の写真左端にみえる尾根が姫城跡、その次の尾根が葛尾城跡。麓の坂城神社から徒歩で約60分。東側の尾根づたいにいくつもの堀切跡が残っているのだとか。特筆は、葛尾城主郭跡から眼下に千曲川をのぞむ見晴らしである。

こちらが葛尾山の麓にある坂城神社:

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坂城神社

その坂城神社の裏手には村上國清公の供養塔があった[d]せっかくなので、このフォトと一緒に Google Map に登録しておいた。

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「村上国清の供養塔」

さらに町にある歴史館で信濃村上氏や村上義清と武田信玄との戦いについて詳しい情報の他、葛尾城跡への登山ルートについて詳細を入手することができた:

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坂木宿・ふるさと歴史館

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村上氏に関する史料など

ちなみに、この歴史館には江戸時代の宿場町であった坂木宿の本陣表門が移築されている。

こちらは、駅近くにある村上義清の供養塔へ向かう途中に眺めた菅平《スガダイラ》高原方面。この日は「こどもの日」だった:

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坂城町から菅平方面の眺め(拡大版)

もう一枚。これは村上義清が武田晴信(信玄)を破り、重臣の板垣信方らを討ち取った上田原古戦場方面の眺め[e]と云ってもかなり遠いが😁️。

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上田原古戦場方面の眺め(拡大版)

村上義清公の供養塔は、旧北国街道沿いある田町十王堂《タマチ・ジュウオドウ》裏にある:

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田町十王堂

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村上義清公供養塔

ちなみに、この田町十王堂は閻魔堂のことで、十王とは死後に冥府で人間の生前の罪業を裁くとされる十人の王のことで、その頂点にいるのが閻魔大王らしい。

葛尾城下で葛尾城跡へ登城口やと登城ルート、そして村上義清公についていろいろ情報を得ることができたことで、一段と葛尾城攻めしたい気持ちが強くなってきた:D。そろそろ計画でもたてようか。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also村上義清公墓所とゆかりの地 (フォト集)

参照

参照
a 毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤬️。
b なんと6時間かけて尾根を縦断するルートが人気らしい。
c この次の日も山登りの計画だったし 😂️。
d せっかくなので、このフォトと一緒に Google Map に登録しておいた。
e と云ってもかなり遠いが😁️。

らーめん専門店 めん蔵 − A Nostalgic ASAHIKAWA Style Ramen.

先週は、令和4(2022)年3月末に(COVID-19 感染拡大中ともあって)二年越しの人間ドックに行って来たが、全検査を終えて検診結果の説明があるまで時間があったのでお昼を摂ることを兼ねて検診センター(西新橋・虎ノ門)周辺を散策してきた[a]これまでは、お昼は検診センターが提供してくれる弁当を利用していたが COVID-19 感染予防対策のため提供中止だった。おまけに一眠りできるリザクレーションルームも閉鎖だった  😥 。。さらに胃内視鏡検査をしたので喉の局部麻酔が解けて飲食できるまで1時間くらい必要だった[b]無理して食べると喉を痛めるらしい。 :|

なにせ検査のため朝から水も食物もまともに摂っておらず体力的にキツかったので、とにかくお昼を食べれるまでの小一時間を潰すため前回と同様に、まずは近くにある愛宕神社を参詣。ここの階段を上がるのがキツかったが :$。それから季節的に桜が満開だった愛宕山周辺をうろうろ。それでもまだ時間があったので、前から気になっていた NHK放送博物館に入ってみた(入場無料)。

これが予想外に面白くて、子供の頃に観たり聞いたりした懐かしい番組やラジオ・テレビ関係の歴史、そしてハードウェアの展示なんかはホント時間を忘れてしまいそうだった。ラジオ放送からテレビ放送、衛星放送、ハイビジョン放送、そしてデジタル放送といった技術の進歩につれて番組内容が変わっていくのも。あと JOAK の呼びかけって昔どこかで聞いたな〜って自らの記憶を辿ることができて楽しかった〜 ;)。大河ドラマや朝のテレビ小説コーナーなんかじっくり観たかったので、また観に来たい:)

それから弁当屋などを探しながら検診センターへ戻ることにした[c]検診センター内で弁当を食べることが可能だったので。

そこで見かけたのがラーメン屋の暖簾。検診センターを出た時は「準備中」の札がかかっていたので特に気にしなかったが、中に客が居るのを見たら無性にラーメンを食べたくなって、空いているこの時間ならばと暖簾をくぐることにした:

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らーめん専門店・めん蔵

カウンター席には先客一人が味噌ラーメンを食べていた。店員は一人。暖簾に「西山製麺」の文字が目にはいった時点で、さっぽろらーめん系(卵麺)かと推測した。あとで調べてみたら、やはりこの店はさっぽろらーめん系らしい。

さっぽろらーめん系なら味噌だろうが、道民としては醤油ラーメンでその実力を確認するものだ :X。と云うことで醤油ラーメン(700円)を注文:

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醤油ラーメン(700円)

この黒い醤油ベースのスープ。まさに旭川ラーメン。ただしモヤシが載っていない。これはマイナスだなぁ。麺もスープも西山製麺のものだろう。昔食べたような味だったので :)。チャーシューは脂が旨かった。もうお腹が空いていたので、塩っぱいスープを飲み干してしまった :D

次回の人間ドックは味噌ラーメンにしてみよう。

らーめん専門店・めん蔵
東京都港区西新橋3丁目13-6


ここからはオマケ。

まずは愛宕神社:

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愛宕神社の入口

境内へ上がる石段は男坂と女坂の二つある:

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男坂

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女坂

男坂の石段を上がって振り返って見下ろすと:

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一の鳥居から見下ろす

丹塗りの門をくぐって社殿で参詣:

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愛宕神社の社殿

この神社は、征夷大将軍の徳川家康が慶長8(1603)年に江戸に幕府を開くにあたり防火・防災の守り神として創建された。

こちらは愛宕隧道《アタゴ・ズイドウ》と桜の木:

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愛宕トンネルと満開の桜

そして愛宕神社の隣りにあるNHK放送博物館。こちらも桜は満開:

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NHK放送博物館

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満開の桜

博物館1Fのエントランスで「チコちゃんとキョエちゃん」がお出迎え:

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チコちゃん」と「キョエちゃん」

2Fの展示物には、子供の頃に観た番組系の展示物があった。特に人形劇「プリンプリン物語」は懐かしかったなぁ 8)。こちらは「ひょっこりひょうたん島」:

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NHK人形劇「ひょっこりひょうたん島」

ゴン太くんも:

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着ぐるみ

最後は最寄り駅に向かう際に立ち寄った芝公園から東京タワーの眺め:

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芝公園から東京タワー

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also西新橋散策 (フォト集)

参照

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a これまでは、お昼は検診センターが提供してくれる弁当を利用していたが COVID-19 感染予防対策のため提供中止だった。おまけに一眠りできるリザクレーションルームも閉鎖だった  😥 。
b 無理して食べると喉を痛めるらしい。
c 検診センター内で弁当を食べることが可能だったので。