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名代・宇奈とと@神田店 − An Eel Restaurant where provides at a Reasonable Cost.

先日は令和6(2024)年の春分の候近くの週末[a]【今日は何の日?】越後国の長尾景虎が関東管領を拝命、上杉政虎に改名した日(旧暦)。知恵伊豆こと松平信綱が死去した日。享年67(旧暦)。に、戎光祥出版《エビスコウショウ・シュッパン》が開催する恒例の歴史セミナーのVol.38『上杉謙信の合戦(講師:前嶋敏)』に参加してきた。ここのセミナーは初参加で、「上杉謙信」について最近の研究成果や新しい推定などを「同期」しておくために参加することを決めた :)

開催場所はJR神田駅西口から徒歩5分ほどのところにある貸会議室。会場に入って自分の席を探すと、出入り口近くの一番後ろの三人がけのテーブルで、なんと最後から数えて二人目という場所だった[b]定員75席は原則的に先着順で席が決まるらしいので、自分はほんとギリギリ落選をまぬがれた感じ。 :O。改めて上杉謙信の人気のほどを理解できた感じ :)。参加費は取られるが、会場では戎光祥出版の書籍を20%引きで購入できる[c]PayPay払いだと更に10%引き 🤩️。ようだったので、自分は今回のセミナーの刊行書ではなく、『図説 上杉謙信 クロニクルでたどる”’越後の龍”』(今福匡/著)を購入した[d]税込み1,980円を1,600円 😃️。

二時間近くのセミナーが終ったあとJR神田駅へ向かったが、このまま帰宅すると夕方近くになりそうな時間帯だったので、駅西口通りの繁華街で夕飯を摂っていくことに。来るときに気になったのがいくつかの鰻屋。その中で、うな正うなぎ処・おお葉と云った老舗系が並ぶ通りにあって、屋号と店前に掲げられたうなぎの人形が気になった、こちらの店にした[e]帰宅するこの時間に空いていたのがこの店だったのだけど 🤐️。

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名代 宇奈とと@神田店

店前に置かれた写真入のお品書きで値段を確認[f]同時に、産地を推測した 😁️。してから店の中を覗いてみると、カウンター席には誰もいなかったこともありそのまま入店。カウンター席に着いたら、お茶とおしぼりを受け取った:

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よくあるチェイン店特有の薬味箱と箸入れ

この日は晴天で気温が20℃近くまであったので、まずはビール(380円)と「うざく」(340円)を注文:

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PREMIUM MALT’s(380円)

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うざく(340円)

「うざく」はどう見ても、切り残りした尻尾の末端を集めただけで、メニューの写真とは明らかに異なる一品だった。どんなものが出てきそうか、ある程度は想像はできたが :O

そしてビールを飲みながら再びお品書きを確認。「うざく」の件もあり、「うな重」の上と特上の違いが写真からだと分からなかったので、直接、店員さんに聞いてみたのだが、うまく日本語が伝わらず :O。こちらから日本語をフォローしながら確認した結果、うなぎの身の厚さが違うと云っていることが分かった。出てくるのは、どう見ても異常に大きく育った「中国産のうなぎ」[g]餌に違い(合成化学肥料)があるのだろう 😞️。だろうし、単に量が違うだけなのだろうと推測して「うな重上」(1,580円)にして、肝吸い+お新香セットⒸ(220円)で注文した。

一応は、注文してから炭火焼きで「温めて」くれるので、出てくるまで時間は少々かかった:

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うな重上(1,580円)と肝吸い+お新香セットⒸ(220円)

さすが中国産。身が厚い。どちらかと云うと脂は多め。変な臭みもないし、味は悪くない。普通に頂けた。肝吸いの方は、やはり中国産特大うなぎと云うことで肝もデカかった :D

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肝吸いセットⒸ(220円)

こちらはカウンター席に置かれていた「注意書き」:

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ご注意下さい

名代・宇奈とと(神田店)
東京都千代田区内神田3-10-2


ここからはオマケ。

JR神田駅下でお馴染みの場所:

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JR神田駅

駅西口通りには、秋田(久保田)藩・佐竹氏の江戸上屋敷があった敷地で鬼門除けとして建てられていた佐竹稲荷神社があった:

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佐竹稲荷神社

境内に建っていた「佐竹稲荷神社の記」の碑。先の大戦の空襲で神社は全焼したが、後に再建されたらしい:

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「佐竹稲荷神社の記」

近くには「佐竹藩江戸屋敷跡」の碑もあったんだなぁ。後で知った。

参照

参照
a 【今日は何の日?】越後国の長尾景虎が関東管領を拝命、上杉政虎に改名した日(旧暦)。知恵伊豆こと松平信綱が死去した日。享年67(旧暦)。
b 定員75席は原則的に先着順で席が決まるらしいので、自分はほんとギリギリ落選をまぬがれた感じ。
c PayPay払いだと更に10%引き 🤩️。
d 税込み1,980円を1,600円 😃️。
e 帰宅するこの時間に空いていたのがこの店だったのだけど 🤐️。
f 同時に、産地を推測した 😁️。
g 餌に違い(合成化学肥料)があるのだろう 😞️。

お食事処・大陸亭 − It’s a Common Lunch Set, but Tasteless Something.

今週始めは令和6(2024)年の立春の候を過ぎた最初の三連休の最終日[a]【今日は何の日?】徳川家康が征夷大将軍に就任し江戸幕府を開府した日(旧暦)。レトルトカレーの日(ボンカレーが発売された日)。世界の冒険家・植村直己の誕生日。に、群馬県の邑楽郡《ウオウラグン》にゆかりある勇将の菩提寺と館跡(城跡)を巡ってきた。

午前中に御廟と菩提寺を参詣して、館跡を巡る前に、その近くの御食事処[b]コンビニも無く、正直、この店しか選択肢が無かった 😮️。で腹ごなしすることにした。連休と云うことで田舎は休みの店が多いが[c]あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。、国道R354(館林バイパス)沿いを歩いていて「ラーメン」の幟が見えた時は正直ホッとした :)。はじめ店名から町中華系かと思ったが、どちらかと云うと「なんでも有り」のドライブイン系[d]和洋中のメニューは然り、国道沿いで五台以上は停められる駐車場もあったし 😉️。だった:

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お食事処・大陸亭

暖簾をくぐったのが昼すこし過ぎ。カウンターとテーブル席、そして奥に座敷があった。既にいくつかのテーブル席と座敷は埋まっていて、忙しそうに配膳していた店員に来店を告げると、窓側に席があると案内されると同時に、(店側にも客側にも)お手軽なランチセット(A・B・Cの三種類)を勧められた。なんか席につく前に、この場で決めてくれって感じだったので、佐野ラーメン系を期待してラーメンとチャーハンのCセット(1,100円)を注文してから席についた :|

窓側にある席と云っても、座った正面は壁で、少しだけ窓から国道を走る車が見えるって感じ :O。仕方がないので壁に貼ってあったメニューをつらつら眺めながら待つことにした。しばらくして出てきたのがこちら:

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Cランチセット(1,100円)

ラーメン単品が560円(当時)で、チャーハン単品が650円(当時)なので、ランチセットは110円もお得だった :D

ラーメンというか中華そばの方は、見た感じ佐野ラーメンぽっかったのだが、スープの味は薄くて何系なのかよく分からなかった。さらに麺は茹ですぎなのかフニャフニャに柔らかくて今ひとつ :|。もしかしたら自家製手打ち麺だろうか。製麺所の麺では無いような気もする。一方、チャーハンは妙に塩っぱい。どうやら中華麺とチャーハンを交互に食べるのが最もバランスの良い味わいになることが分かった。そう云うことで、ちょっと真面目に食べ切ってしまったのが原因なのか、城攻め中に腹が痛くなって少し難儀したけど :$

あとトイレは厨房のすぐ脇にあって、和式便器なので利用時に「生成される音」が厨房に聞こえているのではないかとハラハラしたし、衛生的にどうなんだろうか :|

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

お食事処・大陸亭
群馬県邑楽郡邑楽町篠塚2770-3


ここからはオマケ。

東武・館林駅から東武小泉線・西小泉行の10000系(10030型)に乗車して篠塚駅で下車:

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10030型

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単線・無人駅の篠塚駅

駅を下りて県道R152(赤岩足利線《アカイワ・アシカガ・セン》)沿いを南下したところにある篠塚伊賀守の御廟:

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御廟の境内

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御廟の境内

伊賀守は、群馬県の英雄である新田義貞に従った四天王の一人で、太平記にも登場する御仁。興味を持ったきっかけは、最近巡ってきた分倍河原古戦場跡の他、神流川古戦場にある金窪城主であった畑時能《ハタ・トキヨシ》もまた四天王の一人だったと云うこと。圧倒的な強さから、伊賀守の武勇伝は三国志演義の関羽雲長にもたとえられている。

邑楽町の英雄の御廟と供養塔。廟扉には新田氏の「新田一つ引き」紋があしらわれていた:

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御廟

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篠塚伊賀守重広公の供養塔

御廟をメンテしているのが近くにある篠塚家の菩提寺である大信寺で、その山門(赤門)は徳川四天王の一人で館林城主・榊原康政の菩提寺から移築したものらしい:

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大信寺の山門(赤門)

こちらは本堂。昭和の時代に建てられたもので、その脇には江戸時代の建立と伝わる旧本堂があった:

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改築された新しい本堂

篠塚氏の居館跡は既に宅地化されていて、遺構はあまり残っていないが、大手門跡に建つ毘沙門堂周辺には若干の堀と土塁のようなモノを確認できた:

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大手門跡と毘沙門堂

かって城域に建っていた八幡神社は移築されていた:

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現在の八幡神社

古城橋は、かっての外濠に架かっていた橋であったが、現在は暗渠になって石碑が残るのみ:

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古城橋跡

篠塚館跡の大部分は宅地化・耕地化されていた:

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篠塚館跡

一部に見られる用水路などは居館の名残であろう:

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城跡北側の用水路

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also篠塚伊賀守御廟と大信寺参詣 (フォト集)
See Also篠塚館攻め (フォト集)  

参照

参照
a 【今日は何の日?】徳川家康が征夷大将軍に就任し江戸幕府を開府した日(旧暦)。レトルトカレーの日(ボンカレーが発売された日)。世界の冒険家・植村直己の誕生日。
b コンビニも無く、正直、この店しか選択肢が無かった 😮️。
c あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。
d 和洋中のメニューは然り、国道沿いで五台以上は停められる駐車場もあったし 😉️。

東京国立博物館 展示 #7377、#7274 etc. − TOKYO NATIONAL MUSEUM 2024.

先週末は令和6(2024)年の立春の候を過ぎた最初の三連休の初日[a]【今日は何の日?】ふとんの日、ふきのとうの日、豚丼の日(すべて 2と10の語呂合わせから)。永享の乱で鎌倉公方・足利持氏が自刃した日(旧暦)。に、栃木県にある城跡を攻め、本場モノの讃岐うどんを食べての帰宅途中に、今年初の東京国立博物館へ立ち寄って鑑賞してきた。

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閉館間際の本館

当時は目玉の特別展があったり、海外からの観光客も押し寄せるなどあって、閉館前二時間くらいの観覧ではあったけれどかなり混んでいた :|。今回、鑑賞した総合文化展[b]料金は大人1,000円(当時)。は:

  • #7377:本館2階5室・6室の「武士の装い」:2024年2月6日(火)~ 2024年4月2日(日)
  • #2639:本館2階4室の「茶碗」:2024年1月2日(火)~ 2024年3月10日(日)
  • #7273:本館1階13室の「刀剣」:2024年1月2日(火)~ 2024年3月3日(日)
  • #2613:本館1階11室の「彫刻」:2024年1月2日(火)~ 2024年4月7日(日)

全体的には昨年に鑑賞した作品が主であったが、その中で「刀剣」の展示では國寳に指定されている「天下五剣[c]江戸時代、日本刀の中で特に名刀と云われる五振りの総称。」の一つを人生で初めて鑑賞することができたし、「武士の装い」では昨年、岩手県の盛岡まで足を運んで鑑賞してきたにゆかりある御仁の肖像画[d]原本ではなく模本ではあるが 😅️。を鑑賞できたのは収穫であった 8)

まずは甲冑。こちらは樫鳥糸肩赤威胴丸《カシドリイト・カタアカオドシ・ノ・ドウマル》(重要文化財)。室町時代(15世紀)。陸奥三春藩・秋田家の伝来品:

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樫鳥糸肩赤威胴丸

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樫鳥糸肩赤威胴丸

胴に兜と大袖を備えた三ツ物皆具《ミツモノカイグ》の胴丸で、兜は総覆輪筋兜《ソウフクリン・スジカブト》で正面に鍬形を飾り、上級武士の権威を象徴した重厚かつ豪華な造形を持つ。

こちらは黒韋肩白威胴丸《クロカワカタジロオトシ・ノドウマル》(重要文化財)。南北朝時代(14世紀)。加賀藩・前田家の重臣の一人、長《チョウ》家の伝来品:

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黒韋肩白威胴丸

全体を黒韋威とし肩を白糸威とし、棟に杏葉《ギョウヨウ》を下げている。

そして色々糸威腹巻《イロイロイトオドシ・ハラマキ》(重要文化財)。室町時代(15世紀):

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色々糸威腹巻

全体は茶糸と紅糸と白糸を交互に威して華やかな配色であり、胴の胸板、脇板や壺袖の冠板の金具廻を藻獅子韋《モジシガワ》で飾った上に、要所に枝菊紋の飾金具を配す。

兜は既に昨年鑑賞しているものしかなかったが、その中から紺糸威筋兜《コンイトオドシ・ノ・スジカブト》の一頭。室町時代(15世紀):

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紺糸威筋兜

鯨の髭製を束ねた菖蒲形の前立を飾り、鳶口形の鼻を持つ面具を備えている。

そして黒田如水像《クロダジョスイ・ゾウ》の模本。これは昭和時代の作で、原本は如水が亡くなった三年後に嫡子の長政が作らせた[e]こちらは福岡県福岡市の崇福寺が所蔵しているとのこと。

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黒田如水像(模本)

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黒田如水像(模本)

如水は織田信長、豊臣秀吉、徳川家康に仕えた戦国武将の一人。頭上には、如水が帰依した京都・大徳寺の僧・春屋宗園《シュンオク・ソウエン》による賛文が記されてる。

こちらは青井戸茶碗・土岐井戸《アオイドチャワン・トキイド》。朝鮮時代(16世紀)。「井戸茶碗」は高麗茶碗の主流の一つで、すっきりと直線的な形状が特徴:

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青井戸茶碗・土岐井戸

刀剣としては、まず國寳の太刀・三条宗近《タチ・サンジョウムネチカ》。名物・三日月宗近《メイブツ・ミカヅキムネチカ》とも。平安時代(12世紀):

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太刀・三条宗近

宗近は京三条の刀工で、本作はその代表作で、手元が強く反った細身の刀身に、三日月のように見える打除け[f]焼入れの際に刃中に現れる模様のこと。を映す刃紋を持つ(赤丸の中にある破線のように見える模様):

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三日月のように見える打除け(赤丸の部分)

この太刀に付属する梨地菊桐文蒔絵糸巻太刀鞘《ナシジ・キクキリモン・マキエイトマキ・ノ・タチノサヤ》。江戸時代(16世紀)。この糸巻太刀の鞘には金蒔絵で豊臣家の菊桐紋を描き、帯執《オビトリ》の太鼓金《タイコガネ》には雲形と三日月を飾る:

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梨地菊桐文蒔絵糸巻太刀鞘

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金蒔絵の菊桐紋

この太刀・三条宗近は、豊臣秀吉の正室・高台院《コウダイイン》[g]北政所、おね(ねね)はよく知られた呼び名。の遺品でもあり、のちに徳川将軍家に伝来し、天下五剣の一つとなる。

こちらは黒漆太刀《コクシツノタチ》。鎌倉〜南北朝時代(13〜14世紀)。鎌倉時代に多く用いられた太刀拵《タチ・ゴシラエ》:

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黒漆太刀

毛利輝元から小笠原氏に贈られたもので、柄《ツカ》は鮫着黒漆塗《サメキセクロウルシヌリ》に黒韋巻《クロカワマキ》とし、小笠原家の家紋である三階菱紋《サンガイビシモン》の目貫《メヌキ》を飾る:

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目貫は小笠原家の家紋である三階菱紋

光り輝く漆が目につく、こちらは潤漆千段巻塗打刀《ウルミウルシ・センダンマキヌリ・ウチガタナ》。江戸時代(19世紀)。郷義弘の拵《コシラエ》:

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潤漆千段巻塗打刀

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潤漆千段巻塗打刀

鞘全体に多数の凸凹を平行に付けて、表面を漆塗とする千段巻塗で、目貫、笄、小柄には水仙、縁頭には葵紋と六つ葵紋を飾り、葵紋透鍔が付けられている。

これは越前国・朝倉氏景(またはその一族)の所用で、敵の籠手を一刀したことが銘の由来になった、刀・伝相州正宗《カタナ・デン・ソウシュウマサムネ》。名物・籠手切正宗《メイブツ・コテギリマサムネ》とも。南北朝時代(14世紀):

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刀・伝相州正宗

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のちに織田信長が所持して磨上げ、その後は近習の大津伝十郎長昌《オオツ・デンジュウロウ・ナガマサ》が拝領した。

最後は彫刻の作品からいくつか。武家が武運を願い崇敬を集めた八幡神《ヤハタノカミ/ハチマンシン》像。モデルは第十五代天皇である応神天皇《オウジンテンノウ》とも。島根県の赤穴八幡宮に伝わる、慶覚(鏡覚)《キョウカク》作の八幡三神坐像の三体が展示されていた。

まず大和朝廷の守護神でもある八幡神坐像《ハチマンシンザゾウ》(重要文化財)。鎌倉時代(12〜13世紀):

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八幡神坐像

二体目は息長足姫坐像《オキナガタラシヒメザゾウ》(重要文化財)。鎌倉時代(12〜13世紀)。息長足姫は応神天皇の母・神功皇后とされている:

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息長足姫坐像

三体目は比売神坐像《ヒメガミザゾウ》(重要文化財)。鎌倉時代(12〜13世紀)。比売神は特定の神ではなく、神社の主な祭神と関係の深い女性を指すと云われる:

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比売神坐像

最後は千手観音菩薩坐像。南北朝時代(14世紀)。十一の頭上面をいだき、合掌する二本の腕と四十本の脇手《ワキシュ》を表す:

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千手観音菩薩坐像

「千手」とあるが、実際は腕の数を省略した姿が一般的なのだとか。像はもちろん、台座や背後の光背に至るまで精美な彫刻になっている。

今年も時間を作って観覧しに行こうと思う =)

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also2024年2月 東京国立博物館 (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】ふとんの日、ふきのとうの日、豚丼の日(すべて 2と10の語呂合わせから)。永享の乱で鎌倉公方・足利持氏が自刃した日(旧暦)。
b 料金は大人1,000円(当時)。
c 江戸時代、日本刀の中で特に名刀と云われる五振りの総称。
d 原本ではなく模本ではあるが 😅️。
e こちらは福岡県福岡市の崇福寺が所蔵しているとのこと。
f 焼入れの際に刃中に現れる模様のこと。
g 北政所、おね(ねね)はよく知られた呼び名。

登利平@深谷店 − A Lunch at Restaurant where was acclaimed for “Torijū”(TAKE2).

昨日は令和6(2024)年の立春の候にあたる週末[a]【今日は何の日?】暦の上では春の気配が現れてくる日。旧暦だと、太政大臣・平清盛が病没した日であり、赤穂浪士の四十七士が切腹した日。、前回の城攻めに続いて再び埼玉県深谷市にある城跡と、その時に見落としていた場所を併せて巡ってきた。

この日は、JR深谷駅前からコミュニティバスで城跡に近い「幡羅公民館《ハタラ・コウミンカン》」まで100円で移動できると云うことで、その時刻に合わせて早起きして向かったのだが、当のバス停には該当する路線や行き先がない :|。あれぇ? まわりには他に停留所は無いし、出発時間も近づきつつあって、あげく北口あたりをうろうろしたのだけれど、とうとう見つけることが出来ず :$。仕方がないので1,700円をかけてタクシーで移動した。現在「幡羅生涯学習センター」と呼ばれているその場所でゲートボールを楽しんでいた御老人に聞いてみると、なんと自分が見ていたのは平成時代のバスの情報(リンクはPDF)だった〜 :O。こんな「賞味期限切れ」の情報をいつまでもインターネット上で公開しておくのはどうなんだろうか[b]これだって立派な偽情報だが、Google Searching を信じた俺のミス(自己責任)なんだろうなぁ 🤬️。 :O

ともあれ、無事に予定を済ませたあとJR深谷駅へ向かう途中[c]帰りは徒歩にした 😐️。、再び前回お昼を頂いたお店へ(投稿としては同じ店が連チャンになってしまったが・・・):

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上州御用鳥めし本舗・登利平@深谷店

お昼を少し過ぎただけの時間であったが Eat-In のスペースは誰も居らず、自分が最初の客だった[d]前回と今回の来店で思ったのだが、この店はどちらかというと弁当の持ち帰り客の方が多い感じがした 😮️。。お好きなところへどうぞと云うことで通してもらった。

前回は定食ものを選択したが、今回は御重のエントリからソースかつ重(980円)、そして一品料理から、もも串とねぎもも串(共に塩で210円/本)を注文した:

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ソースかつ重(980円)と串2本(210円/本)

前回の鳥合わせ定食にもあったチキンかつが三枚、ソースがしっかりとまとわれ、普通盛りの御飯の上にのっていた。味噌汁と香の物は同じ。自家製ソースとの相性が抜群なチキンかつの中は熱々だった:

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柔らかくて熱々のチキンカツ

串ものは脂がしっかりにのっていて、塩でさっぱりいけた:

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もも串(210円)とねぎもも串(210円)

ビールなどアルコールの提供がないのが残念。

まだまだ城跡の多い深谷市には、これからも足を運ぶ機会があるだろう 8)。ただ西や南なんだけどなぁ。

登利平(深谷店)
埼玉県深谷市国済寺 332-21


ここからはオマケ。

この日は深谷城の支城とも出城とも云われている東方城《ヒガシカタジョウ》跡へ。ちょうど現在城攻め訪問記で栃木県の西方城《ニシカタジョウ》跡を執筆中であり、なにかしらの「縁」を感じた :D

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御所屋敷跡あたり

主な遺構は土塁や土壇と云ったところ:

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御所屋敷の土塁

土塁上から見下ろした郭内は藪化し、枯葉の他にチャリが埋もれていた。一応、この敷地は市指定文化財なのだが :|

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深谷市指定文化財・東方城跡

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「埋もれた古城」ならぬ埋もれた自転車

こちらも東方城の一部とされている熊野大神社《クマノ・ダイジンジャ》。「東方」と云う地名もこの神社がゆかりなのだとか:

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熊野大神社

鳥居の脇には立派な大欅の御神木がある:

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御神木

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御神木の大欅

深谷城主をつとめた深谷上杉氏が深く崇敬、のちに徳川家康の家臣で、東方城主となった松平丹波守康長《マツダイラ・タンバノカミ・ヤスナガ》が保護し信仰した:

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熊野大神社

本殿裏には諏訪大社や八坂神社など各地から勧請された社が、土塁跡の上に建っていた:

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土塁跡と伊奈利神社

こちらは熊野大神社のお隣りにあった真言宗の寺院・弥勒院《ミロクイン》:

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真言宗・熊野山・弥勒院

境内には不動明王が鎮座していた:

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不動明王像

こちらは「ガリガリ君」で有名な赤城乳業㈱本社ビル。前日に観た「出川哲朗の充電させてもらえませんか」に出ていて、せっかくなので :D

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赤城乳業 ㈱ 本社ビル

最後は駅前にあった「ふかっちゃん」像:

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「ねぎあげます・・・」

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also東方城攻め (フォト集)
See Also廰鼻和(庁鼻和)城攻め(2) (フォト集) 

参照

参照
a 【今日は何の日?】暦の上では春の気配が現れてくる日。旧暦だと、太政大臣・平清盛が病没した日であり、赤穂浪士の四十七士が切腹した日。
b これだって立派な偽情報だが、Google Searching を信じた俺のミス(自己責任)なんだろうなぁ 🤬️。
c 帰りは徒歩にした 😐️。
d 前回と今回の来店で思ったのだが、この店はどちらかというと弁当の持ち帰り客の方が多い感じがした 😮️。

登利平@深谷店 − A Lunch at Restaurant where was acclaimed for “Torijū”.

昨日は令和6(2024)年の大寒の候にあたる週末[a]【今日は何の日?】二十日正月《ハツカ・ショウガツ》。木曾(源)義仲が討死した日(旧暦)。は、南岸低気圧(South-Coast Cyclone)の襲来で前日から一転して天候が悪化した関東地方。今年一番の城攻めとして、天気が悪くなる前の午前中辺りで巡ってこれそうな埼玉県深谷市にある城跡[b]正確には内郭と外郭の境界となる城域部。へ。しかしながら、午後から雨と云う予報がハズレて、昼頃には冷たい雨が降ってきた。運良く城攻めを予定より30分くらい早めに終えることができたので、雨に打たれつつ早足でJR深谷駅へ向かっている途中に目に入ってきた御食事処の看板。冷たいし寒いしで、ひとまず入ってみることにした:

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見かけた看板

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上州御用鳥めし本舗・登利平@深谷店

入ってすぐ目の前には持ち帰りの受付カウンター[c]御食事の精算も兼ねていた。があって、初めは持ち帰り専門店かと思ったが、左手奥にテーブル席が6〜8席ほど見えたので、食事ができることは確認できた。既に大分テーブルは埋まっていたが、唯一空いていた二人用テーブルに通しもらえた :)

ここはテーブル上に置かれたタブレットから注文するシステム。メニューを眺めて三品あった定食系から鳥合わせ定食(1,200円)を注文。さらに眺めていると、焼き鳥を一本から注文できるようだったのでネギもも串(210円)を塩、レバー串(210円)をタレでそれぞれ追加した :D

これを書いているとき調べたのだけれど、この店は昭和時代の初めに群馬県前橋市で開業した鶏肉の精肉店が始まりらしく、のちに暖簾分けで御食事処の登利平《トリヘイ》を開店。ここの看板メニューにあった「鳥重(Torijū)」が好評だったらしい。チェイン店になった今、この店のホームページのお品書きには重ものや丼ものが掲載されていたけど、ここ深谷店には無く、メニューが限定されていたの気づいた :|

注文してから暫くして定食の御膳が出てきた。なんか想像していたセットよりも意外と豪華だったので少し驚いてしまった :D

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鳥合わせ定食(1,200円)

ライスは大盛り(+100円)にできるようだが、デフォルトのまま。サラダが乗った大皿に鶏モモの唐揚げ3個、サクサクした衣に包まれた鶏ムネのチキンカツ2個が乗っている。そして香の物とみそ汁が付く。

とにかく揚げたてなのが、冷たくなった身体に嬉しいし優しい :)

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から揚げとチキンカツの両方が味わえる

熱々のチキンカツは付け皿に入ったオリジナルのソースで頂く。おそらくソースかつ重でも使っている自家製だろう:

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やや辛めのソースに

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付けてさくっと頂く

テーブル席に置かれたマスタードを衣に付けて、ソースをまとった柔らかいチキンカツを噛むとか湯気がでる。

すると時間差で串ものがそれぞれ出てきた。こちらも焼き立てなのでジューシー。レバーは一部硬かったが、ネギもも串の方は塩味で、鶏肉の旨味を一層よく味わえた感じ:

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やや硬かったレバー串(210円)

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ネギもも串は塩で正解(210円)

鶏唐揚げは下味が付いていた。テーブルに置かれていた小袋のレモン汁をふりかけてそのまま食べた。合わせ定食と云うことでやや小ぶりの肉であったが美味かった:

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小ぶりの唐揚げ

最後に残ったご飯とチキンカツでソースかつ重風にして頂いた。結局、最後はこれが一番美味かったかも :D

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ソース漬けのチキンカツ

サラダもドレッシング二種(和風とベジタブル)あって良かったし、香の物も三種あって、これだけのボリュームで鶏肉を堪能できたので大満足だった 8)

登利平(深谷店)
埼玉県深谷市国済寺 332-21

 

ここからはオマケ。
 
深谷市と云えば、新一万円札の顔である渋沢栄一[d]個人的には、映画「帝都物語」で勝新太郎が演じていた渋沢栄一像が印象に残っている 🙂️。・生誕の地:
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渋沢栄一・生誕の地

 
 廰鼻和(庁鼻和)《コバナワ》城跡とされる臨在宗・常興山・国済寺。もともとは庁鼻和上杉氏の居館であり、のちに国済寺を開基したと云う:
 
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国済寺

この城は、その昔に攻めてきた深谷城の前身。江戸時代の建立と伝わる楼門形式の三門(市指定文化財)と、その柱に掲げられていた花入:

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梅と三門

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「わびさび」

 本堂。屋根の棟や鬼瓦に掲げられた大きな「上杉笹(竹に二羽飛び雀)」紋が目立っていた:

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本堂(正面)

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本堂(側面)

境内にある上杉憲英《ウエスギ・ノリフサ》公とその一族の墓所は市指定文化財:

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「史蹟・上杉憲英公墓所」

 国済寺境内とヤオコーとの間には土塁と堀が残っている:

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堀跡

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土塁と築山

 埼玉県を中心にスーパー(Grocery Shops)を展開するヤオコーが国済寺敷地内の店舗拡張と駐車場建設に伴い、事前に深谷市に発掘調査を依頼した結果、検出した堀跡や土塁が現在残っている(または埋没保存されている)。

城域(国済寺)の北を走る県道R263は旧中山道。往時は外郭と内郭の境界線であった。この通り沿いには寺院や崇拝所が残る。この愛宕神社も江戸時代に勧請された:

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旧中山道と愛宕神社

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会深谷市のマンホールの解説を参照のこと:

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旧深谷市の花「椿」と煉瓦風のデザイン

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旧深谷市のチューリップのデザイン

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also廰鼻和(庁鼻和)城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】二十日正月《ハツカ・ショウガツ》。木曾(源)義仲が討死した日(旧暦)。
b 正確には内郭と外郭の境界となる城域部。
c 御食事の精算も兼ねていた。
d 個人的には、映画「帝都物語」で勝新太郎が演じていた渋沢栄一像が印象に残っている 🙂️。