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角煮 三福 − A Rice Bowl of Pork Squares Seasoned.

一昨日は令和5(2023)年の大雪《タイセツ》の候少し前の週末[a]国連が採択した国際障害者デー(International day of Disabled Persons)。手品の日(One! Two! Three!)。、六年前に攻めてきた城跡を再訪してきた。そのあと、同じ都下にある城跡(居館跡)を巡る予定だったので、お昼少し前に城址公園をあとにして最寄り駅へ向かっていた時、とある店の主人が暖簾を掲げ、店前に「角煮丼」云々と書かれた看板を出していた光景が目に入った。昼飯を摂る店はあらかじめ決めていたので、最初は特に気にならなかったが、数歩あるきながら頭の中で「角煮丼、角煮丼」と復唱していたら、なぜか自然と足が止まっていた :D

角煮丼の専門店なんだろうか? と思い、ちょっと確認するために戻って店前へ :

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角煮 三福

たしかに暖簾には「角煮」と銘を打っていたのだが、ドアに掲げられていたメニューには、角煮丼の他に、かき揚げ丼やあなご丼、はたまたラーメン[b]それもワンコインで 🤩️。なんかが並んでいた:

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角煮丼専門店ではないようだが・・・

そして暖簾の隙間からのぞいて見ると、小さな店内にL字型のカウンターと椅子が5つ並んでいるだけだった :|。一応は昼の店は決めていたで、ここで無理しなくてもいいのだが、なんか妙に気になってしまった[c]単に城攻めして腹が空いていただけかも知れないが 😁️。角煮丼。さらに開店したてで客は誰も居ない。もしかしたら行列ができるお店かも知れないと考えたら、実際のところ何屋なのか判然としないまま暖簾をくぐっていた :D

席について、カウンターの中にいた主人に角煮丼を注文。水をもらった後はしばらく無音の時間となる。と云うのも、店内にはテレビやラジオなどは無く[d]店のすぐ奥にテレビが見えたので、自宅兼店舗のようだ。、客も自分一人で、聞こえてくるのは厨房から漏れる音と外を走る車の騒音くらい 。

この日は、朝は寒かったけど昼近くになると陽がでて急に暖かくなっていたので、なんともノンビリしたひとときで、思わず寝入ってしまいそうだった :D。注文してから10分位たつと客が一人入ってきたが、店内のノイズは特に変わらない。

それから、しばらくして「お待ちどうさま」の声と共に、湯気をいっぱい燻らせた角煮丼とみそ汁が出てきた:

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角煮丼(800円)

量的には期待していたほど多くない。ご飯の上に薄切りの角煮と玉ねぎ、そして紅生姜が添えられていた。みそ汁も具は豆腐だけのシンプルなもの:

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どちらかと云うと量は少な目

肝心の角煮の方はと云うと、肉と脂身の割合がほどよく、醤油ベースでやや甘めのタレがしっかり染み込んでいた。歯ですっと噛み切れる豚肉とは対象的に、こちらも味が染みた硬めの玉ねぎとの相性は抜群だった 8)

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柔らかく、味が染みた角煮片

最初は肉とご飯を交互に食べていたが、後半はご飯も角煮もたまねぎも紅生姜も皆まぜまぜして頂いた。この食べ方はオススメ。具材の良いところを一気に味わえた:

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軽く混ぜて一緒に食べるのがオススメ

食べ終わったあとは、この量で後半の城攻めまで持つかなぁと不安に思えたけど、まったく無用の心配だった :)

おあいそして、主人と軽く会話して店をあとにした。ごちそうさまでした。

角煮・三福
東京都八王子市片倉町340


ここからはオマケ。

こちらが、この日の午前中に攻めてきた片倉城跡(八王子市):

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湯殿川と片倉城跡

六年前に攻めた時、主郭と二郭の間の空堀(堀切)が藪化していて横矢掛跡を確認できなかったので再訪した次第であるが、今回も全く確認できなかった :$

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藪化したままだった空堀

今回の収穫の一つは二郭南側の大手道沿いに残る竪堀:

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二郭南側の竪堀

もう一つは二郭の空堀(堀切)。こちらは一部が遊歩道になっているようで、綺麗に残っていた:

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三郭と二郭の空堀(堀切)

三福でお昼を摂ったあとは、京王片倉から平山城址公園(日野市)へ移動し、鎌倉幕府の御家人の一人、平山季重《ヒラヤマ・スエシゲ》の館跡の他、公の墓所がある宗印寺を巡ってきた:

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大澤山・宗印寺

境内奥には万福閣なるエリアがあり、高台には平山万福稲荷大明神が祀られていた:

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万福閣

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神の使徒・牛の像

鳥居からのぞく佐源堂なる建物の中には五重塔の木造模型が置かれていた:

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佐源堂

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五重塔の模型

そして、この日の最後は三田氏館(三田城・谷保城)跡(国立市)。最寄り駅から甲州街道を横断して谷保天満宮の境内を通って向かった:

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谷保天満宮

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社殿

三田氏館跡は、その城域の大部分が私有地(三田氏の後裔の住居)であるが、空堀(堀切)跡は「谷保の城山歴史環境保全地域」の散策路になっていて、一応は遠目で城塁などを観察することができた:

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三田氏館跡の周辺は畑だった

館跡に隣接する城山公園《ジョウヤマ・コウエン》には古民家なんかが整備・復元されていた:

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旧青柳村古民家

建屋は立派なものだった:

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旧青柳村古民家

江戸時代から昭和の時代まで使われていた家の中も立派に復元されていた:

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復元された主屋

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復元された主屋

土間には農家で使われていた家財道具が展示されていた:

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往時の道具が展示されていた

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also片倉城攻め(2) (フォト集)
See Also平山季重居館攻め (フォト集)
See Also三田氏館攻め (フォト集)

参照

参照
a 国連が採択した国際障害者デー(International day of Disabled Persons)。手品の日(One! Two! Three!)。
b それもワンコインで 🤩️。
c 単に城攻めして腹が空いていただけかも知れないが 😁️。
d 店のすぐ奥にテレビが見えたので、自宅兼店舗のようだ。

柳川フェア in 東京丸の内 − Come and Eat to YANAGAWA City, Fukuoka.

先週は令和5(2023)年の小雪の候の少し前の週末[a]土木学会+旧建設省が制定した土木の日。漢字の「土木」を分解すると十一と十八になることから。同じような語呂合わせだと、雪見だいふくの日。に、神奈川県の大磯町にある山城跡を攻めて、予定していたより大分早めに終えることができたので、早々に帰宅の途についたのだけれど、ふと先日受け取ったメール「柳川フェアin丸の内」を思い出し、丁度、今乗車している東海道本線一本で行けると考えたので、そのまま東京駅へ向かった:

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福岡県・柳川フェア in 東京丸の内

十数年前に復原された東京駅・丸の内駅舎をしっかり眺めるのはかなり久しぶり:

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丸の内駅舎・南側

東京駅丸の内口と直結している南ドームを見上げたところ。窓の上にある緑色の円は八つの方位に掲げられた干支のレリーフだったんだねぇ8)

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南ドーム

柳川フェアの開催場所は、丸の内口を出て眼の前にある東京シティアイ地下1Fのパフォーマンスゾーン:

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柳川フェアin東京丸の内@パフォーマンスゾーン

福岡県柳川市は八年前に城攻めしてきた。人気の鰻屋に行列してせいろ蒸しも頂いた。今となっては懐かしい:)

このフェアでは福岡県柳川市の特産品などが販売されていた他、ふるさと納税コーナーがあったが、自分の場合は「立花宗茂と誾千代NHK大河ドラマ招致」活動を応援するために来たので、買い物は主に立花宗茂関連グッズだけど :D

ざっと会場を見渡してみても、こんな感じで宗茂を前面に押して、某大河ドラマ招致のPRが行われていた。宗茂って知名度があると思っていたけど、東京をはじめ全国的にはそうでもないのだろうか :|。その昔、東京にある江戸屋敷跡菩提寺へも行って来たけど。

この会場には宗茂と誾千代のお二方も応援にきて。このパネルの前で記念撮影やトークしたていた(画:大久保ヤマト):

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立花宗茂とゆかりあるの人たち

宗茂所領の甲冑で、関ヶ原の戦いで装着した「伊予札縫延栗色革包仏丸胴具足《イヨザネヌイ・ノベクリイロ・カワツツミ・ホトケマル・ドウグソク》」のレプリカが展示されていた:

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伊予札縫延栗色革包仏丸胴具足(レプリカ)

今回、このフェアで入手したものは書籍がメイン。まずは柳川市のコーナーで『柳川の歴史4 − 近世大名・立花家』(中野等・穴井綾香著):

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四六版・407頁(1,500円)

残念ながら品物は売り切れだったのだけど、見本品として展示されていた最後の一冊[b]割印があった以外は、外装・内丁ともに汚れなどは無し 😉️。をお願いして購入した。

あと柳川市役所の方のオススメだったオールカラーの柳川市史別編『新・柳川明証図会』:

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A4版・396頁・貼箱入(3,000円)

先の本と合わせて、かなり重たかった〜 :$

他には立花家史料館のコーナーでグッズを購入。これらの購入額でガラポン抽選会に参加して、さらに荷物が増えて慕った :D

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グッズとガラポンの景品

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also2023年11月 柳川フェアin東京丸の内 (フォト集)

参照

参照
a 土木学会+旧建設省が制定した土木の日。漢字の「土木」を分解すると十一と十八になることから。同じような語呂合わせだと、雪見だいふくの日。
b 割印があった以外は、外装・内丁ともに汚れなどは無し 😉️。

手打ちそば 車屋 ー This is not just Soba-shop.

先週は令和5(2023)年の小雪の候の少し前の週末[a]土木学会+旧建設省が制定した土木の日。漢字の「土木」を分解すると十一と十八になることから。同じような語呂合わせだと、雪見だいふくの日。に、神奈川県の大磯町にある山城跡を二ヶ所攻めてきた。一応は、事前にコンビニ製おにぎりを2個購入して、標高167mほどの山頂で(早めの)お昼を摂ったのだけれど、下山して二つ目の山城跡を(徒歩で)攻めた後にはすっかりお腹が空いてしまった :D

昼の1時近く、予定より大分早く城攻めを終え、東海道は国道R1沿いの最寄りのバス停へ向かう途中、一軒の蕎麦屋を見かけた。店の前の水車が、この店は「そこいらの蕎麦屋とは違うぞ」感を醸し出していたが、ひとまずバスの時間を確認。次のバスまで小一時間ほどあったので、それならばと蕎麦屋まで戻って二度目のお昼を摂ることにした:

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旧東海道沿いにある車屋

暖簾をくぐり店内に入ると、一人用のテーブル席に通された。眼の前はテレビというお得な席だった。さらにテーブルの上の壁にはたくさんの御品書きが吊るされていたので、右から順番に眺めていく。

いつもなら城攻めを終えた後のビールで喉を洗浄するのだけれど、このあとも予定があったので、ここは我慢 :D。この日は陽が出ていたけど風が強く、歩いても歩いても体が冷えたままだったので暖かい本鴨南蛮蕎麦(1,210円)を注文した。

昼時ともあって店内には他にも客がいて、その中で最後に注文した自分の蕎麦が出てくるまで時間がかかりそうだなぁと眼の前のテレビを観ながら思っていた時、吊るされていたメニューの中の一つが目に入った。自家製・きゅうりのぬか漬け(300円)。糠が自家製なのか、きゅうりが自家製なのか詳細は不明であるが、乾いた喉を潤すために注文した:

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きゅうりのぬか漬け(300円)

若干、浅漬けに近い味であまり糠感を感じなかったが、みずみずしくて美味しかった。食べながらふと、その奥にあった黒板に書かれた刺し身の御品書きが目に入った。この店は夜は居酒屋にもなるのだろうかと思ったくらい、お酒のおつまみの品揃えが多かった。

ぬか漬けを食べ終える前に、出てきた本鴨南蛮蕎麦がこちら:

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本鴨南蛮蕎麦(1,210円)

熱々の濃い目のつゆに平たい蕎麦を絡ませて頂いた。鴨肉はスーパーでよくあるハム系ではなく、ちゃんとした(?)肉で、ちょっと硬かったが、脂もほどよく食べ応えがあった:

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少々硬めの鴨肉

最後は、肌寒い中で汗をかいたからか、ややしょっぱ目のつゆをしっかりと飲み干せた。おかげで体は暖かくなって良かったけど:)

車屋
神奈川県中郡大磯町高麗2丁目1-34


ここからはオマケ。
この日の午前中は高麗山城跡を攻めてきた。比高150mほどの高麗山[b]読みは《コマヤマ》。その昔、新羅に敗れた高句麗の亡命者が、この附近に移住して高麗神社を建立したことから。築かれた城:
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高麗山城跡と花水川

戦国時代に越後の上杉謙信小田原城攻めした際に、ここ高麗山に本陣を置いたと伝わる。

さらに花水川の先は丹沢方面で、大山を眺めることもできた:

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花水川ごしに大山・丹沢寺山を眺める

昼を摂った蕎麦屋の目の前には化粧坂《ケワイザカ》交差点から旧東海道が走っており、近くには大磯宿跡があった。現在も道路脇に松の木が生えて情緒ある風情が残っていた(化粧坂松並木):

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旧東海道の化粧坂松並木

この旧道沿いをバスの時間まで歩くことにした。こちらは化粧井戸《ケショウ・イド》:

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化粧井戸

現在は水は溜まっていなかったが、鎌倉時代にここ大磯では知られた遊女・虎御前[c]上杉謙信の母御ではなく、吾妻鏡や曾我物語に登場し、「曽我兄弟の仇討ち」の一人、曾我十郎祐成の妾だったとか。がこの界隈に住み、朝な夕なこの井戸水を汲んで化粧をしたのでその名がついたと云う。

さらに進むと化粧坂の一里塚なる場所があり、江戸日本橋から十六里のところに設けられた休息所:

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「此辺大磯宿の史跡(化粧坂の一里塚)」

往時は日陰と風よけを目的に、相模湾側に榎《エノキ》、高麗山側に栴檀《センダン》を植えていたのだとか。

こちらは大磯宿跡。江戸時代の浮世絵師・歌川広重が描いた「東海道五拾三次之内大磯虎ヶ雨」が案内板として建っていた:

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大磯宿跡

空は鼠色に曇って秋雨が降る中、大磯宿堺の傍示杭が建つ入口近くを合羽を被って馬で行く旅人や野良仕事帰りの人、笠をさした町人など、街道も濡れてなにか寂しげな風景である:

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広重『東海道五拾三次・大磯・虎ヶ雨』

この地に伝わる曽我十郎と虎御前の悲恋にちなみ、恋人・十郎の死を悲しんで虎御前が流す涙と云われ、虎ヶ雨は夏の季語にもなっている。

こちらは化粧坂沿いの民家なんだろうけど、なんとも季節感いっぱいのお宅だったので、ついつい眺めてしまった :D

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柿の木と民家

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椪柑と民家

 
そして大磯八景碑の一つ、「化粧坂の夜雨」の場所に建つ歌碑:
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大磯八景碑 〜「化粧坂の夜雨」

大磯町長・宮台謙吉が選んだ大磯の名所八景を絵葉書として出版したものを、のちに大磯小学校の校長が刻んだ歌碑が建立された。

こちらは平成の一里塚。かっての一里塚を現代に蘇らせたもので、花水川に架かる花水橋傍にあった:

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平成の一里塚

最後は、この日二つ目の城跡である王城山城跡へ向かう途中、道に迷って見かけた「徳川家地堺」と刻まれた標柱。道路脇にあったけど、このあたりは天領だったのだろうか?:

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「徳川家地堺」の標柱

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標柱があった場所

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also高麗山城攻め (フォト集)
See Also玉城山城攻め (フォト集)
See Also2023年11月 旧東海道大磯宿散策 (フォト集)

参照

参照
a 土木学会+旧建設省が制定した土木の日。漢字の「土木」を分解すると十一と十八になることから。同じような語呂合わせだと、雪見だいふくの日。
b 読みは《コマヤマ》。その昔、新羅に敗れた高句麗の亡命者が、この附近に移住して高麗神社を建立したことから。
c 上杉謙信の母御ではなく、吾妻鏡や曾我物語に登場し、「曽我兄弟の仇討ち」の一人、曾我十郎祐成の妾だったとか。

ラーメンハウス香雅 − It’s tastes like stick to nothing.

先週末[a]あかりの日(エジソンが白熱電球を完成させた日)。小説家・志賀直哉の忌日。は令和5(2023)年の寒露の候に、群馬と埼玉の県境にある古戦場跡を巡ってきた。

まず、この日の午前中は瀧川一益勢が本陣を置いたとされる群馬県(上野国)側の軍配山古墳へ。JR高崎線・東海道本線(上野東京ライン)の新町駅前から出ている前橋玉村線に乗り、上之手南なるバス停で下車。そこから歩いて向かった。そして軍配山古墳周辺を巡ったあと、午後は橋の架け替えで移設されている古戦場碑を見てから神流川を渡り、埼玉県(武蔵国)側の古戦場跡を巡る予定だったので、同じ路線バスで駅へ戻った。

新町駅に着いたのが昼少し前だったので、あらかじめ見つけておいた近くにあるラーメン屋でお昼を摂って、エネルギーを満タンにしてから(瀧川勢と同じように)神流川を渡河することにした :D

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ラーメンハウス香雅

店前の駐車場(ニ台分)は満車であり、この店のホームページの内容から、もしかしたら地元では人気の店?なんて入る前からあらぬ期待をしてまった[b]意外と午前中は歩き回ったので腹が減っていたからだろう 😅️。。そして店内に入ると既に二つあるテーブル席は埋まっており、厨房を囲むL字型のカウンター席も1/3は先客が。

こんな具合でさらに期待を(勝手に)膨らませ、既に注文する品は決めていたのだが、一応はメニューを眺めた。ただお品書きはどこにでもある内容であったが、かまわずカウンター越しに店一番人気でこだわりの一品(930円)を注文。このあとも10分くらい待ったが、お昼どきともあって、その間にも客がどんどん入ってきたっけ。

で、出てきた広東メンがこちら:

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広東メン(930円)

写真ではよくわからないけど、かなりの熱々で湯気々。ここ群馬のからっ風は相当キツイだろうと想像し、午前中は体が冷えるはずだから、熱々の広東メンで体を十分に温めてから午後がんばろうと思っていたのだが、予想に反してこの日の群馬は暑かった〜(店内も暑かった) :O

ハフハフしながら食べ始めると、なんか味が物足りない。と云うか、ほとんど味がしない感じだった。餡はいい具合の色だったのだけれど、スープではなくただの「お湯」で溶いた感じ:|。お湯と云うと、以前同じようなラーメンを食べたことを思い出してしまった。うーm、周りを見ると広東メン食べているのは俺一人。もしかしたらハズレかも。と考えながら、とりあえず味の無い餡の中から麺と具材だけをすくい上げて食べ終えた(スープは残したまま)。

そんな感じで食べ終えた頃、店の入口には客が数人待っていたので、汗をふきつつ御勘定。このとき「広東メンは一番人気ですか?」と聞いてみたら「はい」って返ってきたっけ :|

店の「こだわり」が注ぎこまれた品であれば「930円」は高くはないと諦めるけど、「こんな味わい」が店の「こだわり」と云うのであれば「勘違い」も甚だしいな :$。期待して損した感じとは、まさにこのこと:/

このあとは駅中のコンビニでパンを購入して駅前のベンチで食ることに[c]かなり高く付いたパンになってしまった 🤬️。

ラーメンハウス香雅
群馬県高崎市新町2159-9


ここからはオマケ。

こちらが軍配山古墳(玉村町指定史蹟)。古墳時代の墳墓で、神流川合戦では瀧川一益が本陣をおいたと伝わる:

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軍配山古墳

一面に広がる田んぼの中にぽつんとあるので、遠くからでもすぐに分かった。近づいてみるとただの小山なんだけど、頂上には石碑、麓には説明板が建っていた(手前の黒い石碑は無関係):

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軍配山古墳

頂上から神流川古戦場(渡河地点)方面を眺めてみたが、川はまったく見えなかった:

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古墳上からの眺め

明治時代に発掘調査が行われたあと建てられた石碑(出土品の一覧)の裏面には「軍配山」と呼ばれた由緒が刻まれていた:

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「・・・瀧川一益挙兵ニ際シ軍配ヲ此ノ山ニ・・・」

古墳のまわりは田んぼだった。当時はまさに収穫の季節:

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クボタ ER448

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「♫ 燃える男の 赤いトラクター」

あと、古墳の近くには「滝川」って名前の川が流れ、そこに架かっていた橋は「一本橋[d]いかにも戦国時代にありそうな名前 😄️。」って名前だったけど、これも瀧川左近将監と何か関係があるのだろうか?:

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滝川

こちらが「神流川古戦場跡」の石碑など。JR高崎線のすぐ脇に移設されていた:

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移設されたもの

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JR高崎線の側

移設された物の中で一番奥にあるのが「神流川古戦場跡」の碑。それ以外は常夜燈やら道祖神やらで、あまり合戦とは関係のないものばかり。「森田新吉」って誰よ:|

このあと新しい神流川橋を渡る。古い神流川橋が撤去されずに残っていた。一番奥がJR高崎線:

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新旧の神流川橋とJR高崎線

これらは神流川橋からの眺め。流石に橋の上は風が強かったけど:

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赤城山

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天気が良かった

風が強い上空には必ず出現する鳶:

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そして神流川。この先が烏川《カラスガワ》との合流点で、その近くで北條勢と激突したらしい:

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現在の神流川

瀧川勢が渡河した場所は、今はゴルフ場だった:

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神流川の土手上(左手がゴルフ場)

この日、出会った虫たち(大分ちっちゃいけど :D):

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バッタ

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カマキリ

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トンボ

神流川橋の架替えにより旧道になった国道R17沿いを歩いていた時に、廃車なのか中古車なのかよく分からない置き場所があった。車の墓場にしては、なかなか貴重な車を見かけたけど :O

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車の墓場?

捨てられているのか?、保管されているのか?:

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MINI 1300

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これは保管中?

いやいや売り物だった :O

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72年式 VW ビートル

こちらは、帰りお腹がすいたので、立て続けにJRの自販機で購入したもの。最近の自販機のバラエティさは限度がないらしい。飲む時は目をつぶって :D

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お米が入っていた

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微妙な味だった

最後は踏切信号。今までまじまじと見たことは無かったけど、最新型は意外と elegant だった ;)

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踏切信号

と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also神流川古戦場巡り (フォト集)
See Also軍配山古墳攻め (フォト集)
See Also金窪城攻め (フォト集)

参照

参照
a あかりの日(エジソンが白熱電球を完成させた日)。小説家・志賀直哉の忌日。
b 意外と午前中は歩き回ったので腹が減っていたからだろう 😅️。
c かなり高く付いたパンになってしまった 🤬️。
d いかにも戦国時代にありそうな名前 😄️。

串鳥 − A Historic YAKITORI Chain Store with Sapporo Style.

先週末[a]世界の法の日。陸軍大将の乃木希典が殉死した明治天皇の大葬の日。は令和5(2023)年の寒露の候に所用で札幌へ。最後に北海道に上陸したのは COVID-19 流行前。飛行機を利用するのも久方ぶりだったので勝手ちがい[b]特に羽田まで行くのに京急の乗り場とかターミナル内のフロアとか、エスカレータの位置とか、すっかり忘れていた 😣️。にいろいろ戸惑ってしまったが、なんとか無事に新千歳空港に到着 ;)。そのままJR快速エアポート・小樽行に乗車して札幌へ。その昔、客車はボックス席(Box Seat)だったが、今回は全車ベンチ席(Long Seat)だったな。これも時代の流れか。

札幌駅に着いたのが夜6時近く。流石にここは北国、この時間帯は既に真っ暗であるが、駅周辺のネオン&イルミネーション街は COVID-19 流行前に戻っているような気がした[c]COVID-19 全盛期には来ていないので、本当のところは知らんけど 😥️。 ;)。先にどこかで飲み食いしようと思って、予め調べておいたいくつかの店に向かったが、金曜日の夜6時近くと云うことで既に満席か予約 Only の状況であった :$。駅北を横断する北8条通沿いを歩きながら全国チェイン店系の居酒屋で済ませてしまおうかと思っていたところ、懐かしい赤字の看板が目に入った:

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串鳥・札幌駅北口店

その昔、何度か食べに行った札幌生まれで財布にリーズナブルな焼き鳥チェイン店である。ご多分に洩れず、この店も大盛況。既に待ち客が数組あったが、ここは並んで待つことにした:

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この店のトレードマーク

結局20分くらい待ってカウンター席に通された。二席ごとにアクリル版で仕切られた席だった。ひとまず生ビール(495円)を注文すると、お通し(お席料)が出てきた。鶏スープと大根おろし(200円):

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熱めの鶏スープと大根おろし

大根おろしをそのまま出されてもなぁと思って、店員に聞いてみると、席にある醤油でそのまま頂く他に、温かいスープの中に入れるのもオススメとのこと。後者で頂くと、これはこれでいい感じで体が温まった ;)

ただ注文スタイルがスマフォを使ったウェブ経由だったので面倒な上に操作性が悪かった〜[d]隣の席の老夫婦は外国人向けのメニューで注文していたっけ🤭️。 :$。注文が集中していて混雑している時は、注文画面が更新されなかったりして :|

それでも鶏肉や豚肉の串の他、サイドメニューとして宇和島じゃこ天なんかを注文したし、最後は茶漬けで締めてきた。

鶏精肉、いわゆる「ねぎま」(180円/本)は塩で:

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鳥精肉/ねぎま(180円)

豚精肉(190円/本)と豚レバー(170円/本)も塩で:

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豚精肉(190円)と豚レバー(170円)

宇和島じゃこ天(370円)。本場物はすでに経験済み :D

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宇和島じゃこ天(370円)

つくね(180円/本)はタレで:

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つくね(180円)

豚精肉(190円/本)、豚レバー(170円/本)は塩、そして豚ハラミ(280円/本)はタレ:

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豚精肉(190円)と豚レバー(170円)と豚ハラミ(280円)

だんだんと注文が面倒になってきたので、そろそろ締めに。こちらは阿波尾鶏・踊り節茶漬け(380円):

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阿波尾鶏・踊り節茶漬け(380円)

はじめスープ無しのご飯だけ出てきたのは、よろしくなかった :/

と云うことで腹八分目だし、注文も面倒だし、正直なところ満足するほど大して美味しくはなかったので、おあいそすることに。昔の記憶とのギャプが大きいのも時代の流れか :|

串鳥・札幌北口店
札幌市北区北7条西4丁目8-3 北口ヨシヤビル1F・2F


ここからはオマケ。
今回、羽田ー札幌(新千歳)間往復で利用したのが SKYMARK AIRLINES。無料のドリンクサービスがあったが、そこで頂いたのがネスレ・キットカット・ミニ(そらとぶピカチュウ・プロジェクト・オリジナル・デザイン版):
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ネスレ・キットカット・ミニ(無料)

この機内サービスは COVID-19 が 5類感染症に移ってから再開になったようだ。

こちらは、その昔よくランチで利用していた喫茶店「マーヴィ」の跡地。グリルチキンやチキンカツは最高だったが、昨年閉店したらしく、今回立ち寄ってみたがビルが建っていて全く面影が無かった。COVID-19 感染拡大がなければ最後に食べることができたかも知れない ;(

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お食事&珈琲「マーヴィ」(13年前)

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現在の跡地

この時期の札幌駅北側のビジネス街周辺はイルミネーションが点灯していた:

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京王プレリアホテル札幌のイルミ

こちらは札幌駅構内で見かけたアイヌ民族・長老の木像。「弓の舞(クリムセ)」を踊りながら祈りを捧げる姿らしい:

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イランカラプテ像

あと駅構内は新幹線開通工事が既に始まっていたなぁ。

そして大通公園とさっぽろテレビ塔:

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大通公園3丁目

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大通公園4丁目

翌日、所用を済ませて円山にある北海道神宮方面へ向かう途中、なにやらソフトクリームを食べているグループ見かけた。この日の札幌は厚着してきた者にとっては(それなりに)暑かったので、特に看板や案内がなかったが恐る恐る店内に入って濃厚ミルクのソフトクリームを食べてきた。お値段もそれなりだったけど(460円):O

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BARNES

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サクサクコーン・タイプ(460円)

帰りは円山バスターミナルから新千歳空港行きの連絡バスを利用する予定だったので、北海道神宮を経由して向かった:

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北海道神宮の第二鳥居

このあと境内に入ろうとすると、自分の眼の前を、黒くふわっとした小さい動物が横切った。初めは美味しモノを食べて育ったネズミかと思ったが、よく見てみるとエゾリスだった :D

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何か咥えている?

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動きが可愛いリス

このあとは空港連絡バス(1,200円)で新千歳空港へ。

参照

参照
a 世界の法の日。陸軍大将の乃木希典が殉死した明治天皇の大葬の日。
b 特に羽田まで行くのに京急の乗り場とかターミナル内のフロアとか、エスカレータの位置とか、すっかり忘れていた 😣️。
c COVID-19 全盛期には来ていないので、本当のところは知らんけど 😥️。
d 隣の席の老夫婦は外国人向けのメニューで注文していたっけ🤭️。