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一茶庵支店 − This Ramen is like a So-men.

今年は令和6(2024)年のGWは暦通りに休めたものの、諸所の手配に出遅れてしまい、宿泊先を確保できた後半に二泊三日の日程で山形県の城跡をいくつか攻めてきた。その中では八年前に初めて山形県入りして以来、いつか行きたいと気になっていた長谷堂城跡とその古戦場跡を巡れたことが一番の収穫だった[a]まぁ、いろいろあったけど 😅️。。また前回の山形入りでは失念して残念な思いをした奥羽国・山形藩・初代藩主の最上義光公ら一族ゆかりの菩提寺も参詣してきた :)。最終日は雨の予報だった[b]実際にその日は雨だった 😞️。ので、時間内に行ける城跡などを詰め込めるだけ詰め込んだった感じの日程で、毎日が濃厚で疲労との戦いの二日間でもあった[c]帰ってきて二週間ほど経つけどまだ疲れが残っている感じ 😥️。 :D

東北地方も夏日になった初日は、新庄にある城跡からスタート。東京から新庄までは新幹線で一本。午前中に到着することができたので、城跡へ向かう途中で腹ごなしすることに。山形県は「ラーメン県」と云うことで予め調べておいたラーメン屋へ:

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元祖とりもつラーメンの一茶庵支店

「元祖とりもつラーメン」と銘を打つ店の前には行列はなかったけど、暖簾をくぐって店に入るとテーブル席や奥にある広めの座敷は客で一杯だった。まだ開店して15分くらいなのに:O

この時、かろうじてカウンター席が空いていて店員に促されるまま移動、既に何を注文するかは決めてきたが、一応は真上に掲げられていたメニューを一通り眺めた[d]ぬるまラーメン!?。いわゆる山形県のソウルフード「冷やしラーメン」(冷やし中華ではない)の類 🤨️。

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メニューはこれだけ

初来店と云うことで、ここはお店オススメの「もつラーメン」(700円)を注文し、セルフでお冷を取って席についた。カウンター席の目の前は厨房になっていて、店主が大きな窯鍋で麺を茹でていた。また注文はカウンター越しに厨房にいる店員に告げるシステムだった。

そんな中、厨房にいたおばちゃんが、注文を聞いたあと、その人の名前を聞いてノートに書き入れているのに気づいた。そう云えば、頭上にはこんな注意書きもあった:

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「注文の際は名前をお願いします」!?

どうやら注文は席ではなく名前で区別し、その名前で支払いを請求しているようであった。自分の場合は名前を聞かれなかったのだが、それは目の前にいるカウンター席だからだろうか:|

自分の背中越しに注文していく人が出始めた頃、注文した品がカウンター越しに出てきた:

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もつラーメン(700円)

あっさり醤油ベースのスープに、まるで素麺かのように白い麺の上にネギと細切りのメンマ、そして主役となる鶏のモツ煮がのっていた。麺は見た感じそのもので、コシは無く、まさに素麺かうどんをすするようにして頂くことができた。主役もモツは固くないのに、しっかりと食感を楽しむことができ、スープにも相性バグツンだった :)

と云うことで「干食」(完食)。店名と電話番号がはいったドンブリは、年季のあるラーメン屋の証である 8)

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ごちそうさまでした!

ドンブリと勘定をカウンターにのせて席を立ち振り返ると、結構な客が席待ちしていた。おそらく既に名前を伝え注文し終えた人たちであろう。

次にきた時は熱〜いスープの中に冷たい麺を放り込んでもらう「ぬるまラーメン」の鶏モツ・トッピングで行ってみよう:D

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

一茶庵支店
山形県新庄市鉄砲町10-3


ここからはオマケ。

初日の午前中はまずJR東京駅から新庄駅まで移動。こちらは(福島駅まで一緒に走行した)E5系はやぶさ。そして山形新幹線E3系つばさ。新庄駅では在来線に乗り入れていた:

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E5系はやぶさ@東京駅

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E3系つばさ@新庄駅

東京駅から乗車してすぐ、買っておいた駅弁(1,300円)を頂いた:

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仙臺名物・炭火焼風・牛たん弁当(南蛮味噌漬け+塩竈の藻塩付き)

弁当箱の底に加熱装置が付いていて、紐を引っ張ると湯気が出るほど温かくなる仕組み。下手すると火傷するくらい一瞬で高温になるなんて、なんとも日本人的な発想と技術である 8)。南蛮味噌漬けは猛烈に辛かったし、温かいおかげで一層美味しくいただけるのは確かなのだが、マジで温かい弁当はちょっと駅弁らしくないと思うのは自分だけだろうか。この仕組みのおかげで御飯は少ないし、値段も割高である。ぜひ廉価版を出してほしいところ :D

そして(はやぶさ切り離しのため)福島駅に停車中の車窓からの風景。吾妻小富士《アヅマコフジ》と一切経山《イッサイギョウザン》の眺め:

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車窓からの眺め@JR福島駅(拡大版)

福島を離れ山形へ向かっている途中、車窓から偶然、南陽市の山火事(当時)であろう煙を目撃した。そこから山形方面まで煙がたなびき、晴れなのに空気が霞んで見えたことを思い出す。こちらは、そんな状況を撮ろうした際に偶然にも写っていた上山城郷土資料館[e]時間の都合で、残念ながら今回は城攻めを断念した 😞️。

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上山城郷土資料館(民家の屋根の上)

新庄駅では在来線のホームに到着。改札口へ向かう途中、秋田行き奥羽本線の701系が停車しているのを目撃:

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701系@新庄駅

次は新庄駅でわざわざ出迎えてれくれたオブジェたち。まずはホームにて新庄市公式のイメージキャラクタである「かむてん」。神室山《カムロヤマ》に住む天狗をイメージしたものらしい:

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かむてん

駅構内には、国重要無形民俗文化財新庄まつりの主役であり、有名な歌舞伎を人形であしらえた山車が展示されていた:

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新庄まつりの山車

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新庄まつりの山車

この山車は実際に、昨年は令和5(2023)年の新庄まつりで練り歩いたものらしい。演目は鬼一法眼三略巻《キイチホウゲン・サンリャクノマキ》」。

そもそもこの新庄まつりの起源は、今回攻めてきた城跡(戸澤神社)と深い関係があるらしい。

そして「きてけろくん」とJR新庄駅の駅舎。きてけろくんは正面からだと分かりづらいが、横から見ると山形県の地形になっているのだとか:

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きてけろくん

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JR新庄駅

濠に囲まれた最上公園には歴史ある建築物が多くあった。その中で県指定建造物になっている天満神社脇に学問の神様である菅原道真公を祀った御堂があり、ちゃんと撫で牛《ナデベコ》がおいてあった:

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撫で牛

こちらは、最上公園近くある新庄ふるさと歴史センターの玄関ホールで見かけた隠明寺凧《オンミョウジダコ》:

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隠明寺凧(小型)

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隠明寺凧(大型)

一つ目の城攻めを終えて、次の城跡を攻めるためJR新庄駅へ向かっている途中に見かけたホテルの案内板。ちょっと興味津々なフレーズだけれど、何が小さいのだろうか?[f]「大浴場」ではなく「小浴場」とか? 😅️

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「日本でいちばんちいさな・セントラルホテル」

この日二つ目の城跡は天童市にあった天童(古)城。最寄りであるJR天童駅のホームや駅舎、その周辺はいかにも将棋の駒の形をイメージさせるようなデザインだった:

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@JR天童駅東口

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@ホーム

天童市の市制施行65周年を記念して建立された、このモニュメントの題字は羽生善治《ハブ・ヨシハル》棋士によるもの:

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駒のモニュメント(令和6年設置)

駅下の天童将棋史料館も、竜王で名人である藤井聡太棋士の活躍にあやかり将棋ブームを一段と盛り上げようとしているようだった(知らんけど):

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@天童将棋史料館

現在、天童城跡の一部は人間将棋でも有名な天童公園になっている。観覧席から将棋盤あたりが天童城の段曲輪だった:

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王将の碑

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観覧席から将棋盤

「王将」のモニュメントの題字は故・大山康晴棋士によるもの。六年前の平成30(2018)年には人間将棋の対局数が2千を越えて(2,362)ギネスに登録された:

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1会場で同時に対局した最多数でギネス登録

天童城の主郭は、この公園ではなく山道を登った愛宕神社が建つ場所である。実際に登ってきたのだが、なんとその境内でカモシカにばったり遭遇した。

軍神を祀る愛宕神社で今回の城攻めの成功を祈願したあと、主郭跡を歩いていると正面に白い物体が目に入った。一瞬、何かの剥製?まさか?と思った:0

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え!? 何かの剥製か?・・・

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・・・白いカモシカだった

色からして熊だとは思わなかったが、それでも一瞬、固まってしまった :D。すかさず撮影するも、特にこちらに驚いていた様子はなかった様に見えた。もしかして人間慣れしているのだろうか。それでも接近して縄張り?に入るのは回避し、早々に城攻めを済ませたあと下山しようとすると、今度は参道口の目の前で此方を凝視している:

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此方を凝視するカモシカ

むむっ。日も暮れそうな時間であり、下山してこの日最後の城攻めをしたかったので、あまり刺激しないようにゆっくり参道口へ回り込んで石段を下りて天童公園へ戻った 0:)

このあとは無事に下山し、天童織田藩[g]大六天魔王・織田信長の次男である信雄の子の系統が天童織田家になる。の政庁があった陣屋跡を巡ってきた。城跡は奥羽本線に分断され、宅地化の波に押しつぶされてしまったので特に遺構はない。そんな中、印象に残ったのがやはりこちらのマンホール。さすが将棋の街。詳細は日本マンホール蓋学会山形県天童市のマンホールを参照のこと:

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天童市の市章

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将棋の駒

 と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also新庄城攻め (フォト集)
See Also新庄藩と戸澤家 (フォト集)
See Also天童城攻め (フォト集)
See Also天童御陣屋攻め (フォト集)

参照

参照
a まぁ、いろいろあったけど 😅️。
b 実際にその日は雨だった 😞️。
c 帰ってきて二週間ほど経つけどまだ疲れが残っている感じ 😥️。
d ぬるまラーメン!?。いわゆる山形県のソウルフード「冷やしラーメン」(冷やし中華ではない)の類 🤨️。
e 時間の都合で、残念ながら今回は城攻めを断念した 😞️。
f 「大浴場」ではなく「小浴場」とか? 😅️
g 大六天魔王・織田信長の次男である信雄の子の系統が天童織田家になる。

手打ちそば処 麓 − A Soba shop at the Castle Town in Ishioka.

先日は令和6(2024)年の清明の候を過ぎた週末[a]【今日は何の日】徳川家康の三男で二代将軍となる徳川秀忠の誕生日。豊臣政権の五奉行の一人である浅野長吉(長政)が江戸で没した日。共に旧暦。に茨城県石岡市にある城跡を攻めてきた。午前中に城攻め、そして縁ある武将らの墓所を参詣した後はそのまま最寄りのバス停へ向かうつもりだった[b]所要時間としては凡そ徒歩30分。。と云うのも、かって藩があったこの城下町跡は、現在はその大部分が田畑と地主らの豪邸があるだけで御食事処は期待できなかったから :|

ところが、かっての城主である瀧川雄利《タキガワ・カツトシ》ら瀧川一族(雄利系)が眠る泰寧寺《タイネイジ》からバス停へ向かおうとした際に「手打ちそば」なる幟が目に入った。近くに蕎麦屋があったのかと思い、調べてみると寺の裏手にあることが分かった :)

このままバス停へ向かうと予定どおりJR石岡駅へ向かうバスに乗れるが、昼を摂るのが困る[c]駅前にある御食事処は全て日曜が定休 😞️。。反対に、その蕎麦屋でお昼と摂るとバスに乗れるのは二時間以上先になる :O。軽く悩んだが、すぐに足は蕎麦屋へ向かっていた :D

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ここを左に入る

意外と駐車場が空いていたので、すんなりありつけるかなと思い、入口前に置いてあった案内板でオススメを確認してから暖簾をくぐった:

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手打ちそば処・麓

店の中に入り靴を脱いで、厨房と座敷を忙しく行き来している店員に来店を告げると、挨拶されたまま少し待たされた。座敷を覗くとだいぶテーブル席は埋まっていたが、入店時に入れ替わりで出ていった人のテーブル席が空いていることを確認。座敷と反対側にある厨房も忙しそうにしていて声をかけるに戸惑っていたところ、空いている席へどうぞと案内されて座敷の中へ。

一応はテーブルの上にあったメニューを見るが、既に店口の案内板でみた「ぶっかけ納豆そば」(1,250円)に決めていた。さらに店員に確認して大盛りのオプションを追加(250円)。注文してから15分くらい待って出てきたのがこちら。大盛りにしておいてよかった :)

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ぶっかけ納豆そば(1,250円)+大盛り(250円)

この蕎麦屋は、以前までは種から蕎麦の実を育てていたらしいが、今は旧・八郷町(現・石岡市)の農家が作った蕎麦の実を石臼で挽き、黒っぽい色をしたその「挽きぐるみ」で新鮮な味と香りを堪能してもらいたいのだとか。

自家挽き+自家打ち蕎麦の上には薬味として、大根おろし+特製油揚げ+カイワレ+ネギ+大葉、そして山形産の紅大豆「茶々丸」の納豆がかかっている。茨城産ではないところがミソ:

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「茶々丸」納豆

納豆大好きの自分としては、まず素の茶々丸を頂いた。思ったほど糸はひいておらず、小粒ながら咬むとふんわり鼻にぬける香りがいい感じ。味が薄めの蕎麦つゆと衝突せずに、よくよく味わうことができた。箸休めの酢の物もいい感じ。

だいたい食べ終わりそうなタイミングで蕎麦湯とデザートが出てきた:

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蕎麦ゼリーと蕎麦湯

「この蕎麦にこの蕎麦湯あり」って感じで、ホント濃厚 :)。冷めても味わいがあった。ゼリーの方はきな粉がかかっているので香りは感じられないが、口入れるとたしかに蕎麦の味がした:

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濃厚な蕎麦湯

いやぁ〜、大盛りにしておいて良かった。これでも少ないくらいだった。あと日曜日営業で助かった〜。

ちなみに蕎麦はなくなり次第で終了らしく、自分が店を出たときには「閉店」の札がかかっていた。そして、次のバスの時刻まで1時間以上あったので、根小屋周辺をゆっくり遠回りしながら最寄りのバス停へ向かった :D

手打ちそば処・麓《フモト》
茨城県石岡市根古屋829-1


ここからはオマケ。
 
これは七代天神社の北側にある、片野城址の碑と案内板:
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片野城址

この城跡は夏が近くづくにつれて藪化が激しくなって攻めるのが大変らしいので、この時期に行って来た。この時期でも主郭部の大部分は藪化したままで、当時は昨日の大雨で泥濘んでいたこともあり、堀跡に降りることはしなかったが、深く幅広の堀跡は郭跡の上からでも楽しめた。

こちらは城址北東隅の堀跡と郭跡。ここは藪化してなかったので、一応は整備が行われているようだった[d]市指定史跡だから当たり前か😅️。

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城址北東隅に遺る堀跡と郭跡

こちらは根小屋七代天神社。片野城の守護神として、常陸国の佐竹氏の郷から七代天神を迎祀したのが始まり:

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根小屋七代天神社の社殿

片野城址の郭であった境内には神々しい木々が立っていた。これらは御神木として人々から畏敬され神として崇められてきたと云う。樹齢は400年は越えているらしい:

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神々しい杉の木

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神々しい欅

社殿前から鳥居が建つ参道口へ真っ直ぐ伸びた参道。この先の鳥居脇には土塁と枡形虎口が残っていた:

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参道

この神社境内の南側にある浄瑠璃光寺《ジョウルリコウジ》[e]住職が居ない無住寺院。も片野城の郭跡:

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浄瑠璃光寺

この境内には片野城主だった太田資正(号して三楽斎)公の墓所がある:

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太田資正公之墓所

資正は名将・太田道灌の玄孫《ヤシャゴ》にあたる。かっては岩付城主であり、宿敵・小田原北條氏に与した子に裏切られて奪われたのちは、岩付城帰還をよりどころとし、末は常陸国の戦国大名で「坂東太郎」の異名を持つ佐竹義重の客将となって片野城に入った。天正18(1590)年に小田原北條氏は滅亡したが、岩付城には戻ること叶わず、この地で無念ながら没した。享年70。現在の墓所は、平成の時代に十三世後裔が整備したもの。

こちらが瀧川雄利公を祖とする瀧川家の菩提寺である泰寧寺:

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泰寧寺

本堂裏手の小高い丘上に三代当主の瀧川利貞《タキガワ・トシサダ》公の墓所と瀧川雄利公の墓碑が建っている:

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瀧川利貞公の五輪塔

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瀧川雄利公の墓碑

利貞は元は土岐家の次男坊で、のちに片野藩の瀧川正利《タキガワ・マサトシ》の養子に入り瀧川家を継承した。

雄利はかっては出家したが、還俗して織田信長の重臣の一人で関東管領を務めた瀧川一益《タキガワ・カズマス》の娘を娶って「瀧川」の姓を拝領し一族に加わった。のちに太閤秀吉の直臣となり、関ヶ原の戦いでは西軍についたが、徳川家康に召し出されて片野城主となった。

この時期の石岡市根小屋あたりは桜が満開だった:

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片野城下の桜

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片野城下の桜

前日の大雨に負けず満開だった:

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望月桜?

この日は、城攻めしていた午前中は曇りであったが、お昼を摂ってバス停へ向かう頃は若干、雲がはけて筑波山を眺めることができた:

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筑波山

最後はバス停へ向かっている際に目撃したもの:

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スイーツ自販機

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林小学校のクスノキ

「スイーツ自販機」は需要に供給が間に合わない手作りのデザートのためか、全て売り切れだった。メニューには写真は無く文字ばかりで何が出てくるか分からない気がするが :O

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also片野城攻め (フォト集)
See Also太田資正公墓所 (フォト集)
See Also瀧川雄利公墓所 (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日】徳川家康の三男で二代将軍となる徳川秀忠の誕生日。豊臣政権の五奉行の一人である浅野長吉(長政)が江戸で没した日。共に旧暦。
b 所要時間としては凡そ徒歩30分。
c 駅前にある御食事処は全て日曜が定休 😞️。
d 市指定史跡だから当たり前か😅️。
e 住職が居ない無住寺院。

名代・宇奈とと@神田店 − An Eel Restaurant where provides at a Reasonable Cost.

先日は令和6(2024)年の春分の候近くの週末[a]【今日は何の日?】越後国の長尾景虎が関東管領を拝命、上杉政虎に改名した日(旧暦)。知恵伊豆こと松平信綱が死去した日。享年67(旧暦)。に、戎光祥出版《エビスコウショウ・シュッパン》が開催する恒例の歴史セミナーのVol.38『上杉謙信の合戦(講師:前嶋敏)』に参加してきた。ここのセミナーは初参加で、「上杉謙信」について最近の研究成果や新しい推定などを「同期」しておくために参加することを決めた :)

開催場所はJR神田駅西口から徒歩5分ほどのところにある貸会議室。会場に入って自分の席を探すと、出入り口近くの一番後ろの三人がけのテーブルで、なんと最後から数えて二人目という場所だった[b]定員75席は原則的に先着順で席が決まるらしいので、自分はほんとギリギリ落選をまぬがれた感じ。 :O。改めて上杉謙信の人気のほどを理解できた感じ :)。参加費は取られるが、会場では戎光祥出版の書籍を20%引きで購入できる[c]PayPay払いだと更に10%引き 🤩️。ようだったので、自分は今回のセミナーの刊行書ではなく、『図説 上杉謙信 クロニクルでたどる”’越後の龍”』(今福匡/著)を購入した[d]税込み1,980円を1,600円 😃️。

二時間近くのセミナーが終ったあとJR神田駅へ向かったが、このまま帰宅すると夕方近くになりそうな時間帯だったので、駅西口通りの繁華街で夕飯を摂っていくことに。来るときに気になったのがいくつかの鰻屋。その中で、うな正うなぎ処・おお葉と云った老舗系が並ぶ通りにあって、屋号と店前に掲げられたうなぎの人形が気になった、こちらの店にした[e]帰宅するこの時間に空いていたのがこの店だったのだけど 🤐️。

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名代 宇奈とと@神田店

店前に置かれた写真入のお品書きで値段を確認[f]同時に、産地を推測した 😁️。してから店の中を覗いてみると、カウンター席には誰もいなかったこともありそのまま入店。カウンター席に着いたら、お茶とおしぼりを受け取った:

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よくあるチェイン店特有の薬味箱と箸入れ

この日は晴天で気温が20℃近くまであったので、まずはビール(380円)と「うざく」(340円)を注文:

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PREMIUM MALT’s(380円)

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うざく(340円)

「うざく」はどう見ても、切り残りした尻尾の末端を集めただけで、メニューの写真とは明らかに異なる一品だった。どんなものが出てきそうか、ある程度は想像はできたが :O

そしてビールを飲みながら再びお品書きを確認。「うざく」の件もあり、「うな重」の上と特上の違いが写真からだと分からなかったので、直接、店員さんに聞いてみたのだが、うまく日本語が伝わらず :O。こちらから日本語をフォローしながら確認した結果、うなぎの身の厚さが違うと云っていることが分かった。出てくるのは、どう見ても異常に大きく育った「中国産のうなぎ」[g]餌に違い(合成化学肥料)があるのだろう 😞️。だろうし、単に量が違うだけなのだろうと推測して「うな重上」(1,580円)にして、肝吸い+お新香セットⒸ(220円)で注文した。

一応は、注文してから炭火焼きで「温めて」くれるので、出てくるまで時間は少々かかった:

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うな重上(1,580円)と肝吸い+お新香セットⒸ(220円)

さすが中国産。身が厚い。どちらかと云うと脂は多め。変な臭みもないし、味は悪くない。普通に頂けた。肝吸いの方は、やはり中国産特大うなぎと云うことで肝もデカかった :D

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肝吸いセットⒸ(220円)

こちらはカウンター席に置かれていた「注意書き」:

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ご注意下さい

名代・宇奈とと(神田店)
東京都千代田区内神田3-10-2


ここからはオマケ。

JR神田駅下でお馴染みの場所:

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JR神田駅

駅西口通りには、秋田(久保田)藩・佐竹氏の江戸上屋敷があった敷地で鬼門除けとして建てられていた佐竹稲荷神社があった:

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佐竹稲荷神社

境内に建っていた「佐竹稲荷神社の記」の碑。先の大戦の空襲で神社は全焼したが、後に再建されたらしい:

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「佐竹稲荷神社の記」

近くには「佐竹藩江戸屋敷跡」の碑もあったんだなぁ。後で知った。

参照

参照
a 【今日は何の日?】越後国の長尾景虎が関東管領を拝命、上杉政虎に改名した日(旧暦)。知恵伊豆こと松平信綱が死去した日。享年67(旧暦)。
b 定員75席は原則的に先着順で席が決まるらしいので、自分はほんとギリギリ落選をまぬがれた感じ。
c PayPay払いだと更に10%引き 🤩️。
d 税込み1,980円を1,600円 😃️。
e 帰宅するこの時間に空いていたのがこの店だったのだけど 🤐️。
f 同時に、産地を推測した 😁️。
g 餌に違い(合成化学肥料)があるのだろう 😞️。

中華蕎麦 萌芽 − This Shop has Variety of Ramens.

先週は令和6(2024)年の啓蟄の候を過ぎた週末[a]【今日は何の日?】東京と博多まで新幹線が全線開通下日。本多佐渡守の嫡男・正純が失脚後に幽閉先で死去した日(旧暦)。に、現在の千葉県我孫子市と柏市の市町村界[b]行政区画のうち、市町村の境界線のこと。あたりにある城跡二つ攻めてきた。午前中に我孫子市にある城跡を攻めたあと、常磐線を越えた先にある柏市の城跡を攻めるため、その前にお昼を摂ることにした。

数日前には雪が降るほど寒かった関東地方で、この日は晴天ながらも意外と風が強く、見ごたえがあった城跡を歩き回ってきのに体が冷え切ってしまい、何か温かいモノと云うことで、トイレを借りたコンビニ近くのラーメン屋へ向かった[c]ちょうど柏市へ入るためにJR北柏駅へ向かっている途中でもあったので 😄️。

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中華蕎麦 萌芽

こちらは中華蕎麦・萌芽《ホウガ》(煮干・自家製麺・豚骨)。開店時刻である11:00ちょっと過ぎに到着。引き戸の窓から軽く覗いてみると、正面には厨房で忙しくしている主人の姿、左手に券売機、そして右手にカウンターと今しがた入店したであろう客が見えた。このまま店に入ると、忙しそうではあったけれど、店員からしっかりと声掛けしてもらえた :)

券売機の方は、ほぼ空いているボタンがないくらいびっしりとメニューが並んでいて、全て目を通さなかったのだが、ひとまず縦方向に「豚骨+煮干」系、「あっさり煮干」系、「創作」系、そして「つけ麺」系のグループを見た気がする。それに対して横方向は卵やらチャーシュやらのトッピングでグレード(値段)が上がっていく並びだったと思う。

ただ自分が座ったカウンター席の目の前には他にも写真入のメニューが貼ってあったり、(券売機で見た覚えのない)担々麺を食べていた客がいたりして、メニューの充実度には驚いた:D

そんな中から自分が選んだのは「あっさり煮干し」系で最上位のグレードであるチャーシュー煮干蕎麦(1,200円)。券売機の前に立って無数のボタンを見ながら短時間でいろいろ考えたのだが、結局のところ、低いグレードにトッピングを追加すると意外と懐に響く値段になるように思えた[d]くどいけど、一つ一つ確認していないので、あくまでも記憶ありき 😮️。ので、こちらの方がお得かなと思っただけだけど :|

そして、こちらが小ぶりの丼に入ったチャーシュー煮干蕎麦:

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チャーシュー煮干蕎麦(1,200円)

トッピングは、チャーシューが豚トロ、なると、刻みネギ、岩のり、メンマがのっていた。スープはあっさりの煮干しと云うことで臭みはほとんどなかった。若干、味が濃かったので「あっさり」と云うほど軽めではなかったが、逆に旨味を感じることができるスープだった:

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ストレート細麺

自家製麺はストレートの細麺で、やや茹ですぎ感があったが、濃い目のスープと一緒にしっかり頂くことができた。豚トロのチャーシューも温かくて美味しかった。ちょっと残念だったのが、丼《ドンブリ》が小さめだったのでスープも少なかったことか :|

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

中華蕎麦・萌芽
千葉県柏市北柏1丁目3-5 エクセル田中103


ここからはオマケ。
午前中に攻めた我孫子市の城跡。中世の平山城で、太田道灌が築いたと云う説もあるが、詳細は不明。畑になっているところは、往時は手賀沼からの沼地だったとか:
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根戸城跡

こちらは反対に、根戸城跡にある森林管理団体の敷地から眺めた城下。先に見えるのが手賀沼:

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手賀沼の眺望

想像していたよりも良好に遺構が残っていた。たとえば二郭西側の堀が竪堀に変化するところ:

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二郭西側の堀跡

主郭(左手)西側に残る横矢掛:

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主郭西側の横矢跡

土塁に囲まれた主郭跡:

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主郭跡

主郭(左手)西側の堀。右手は二郭城塁:

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主郭の横堀跡

この城跡から線路を越えた北側が柏市で、お昼を摂った後に攻めてきた城跡はやや造成が進んでしまっていたが、この日の天気にもかかわらず花見シーズンに突入して賑わっていた:

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松ヶ崎城跡

意外と花見している人は城跡の遺構には、あまり興味がなかったようで混雑はしていなかった。こちらは西側虎口跡:

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松ヶ崎城跡

往時この虎口は喰違虎口であったが、現在は遊歩道によって土塁の一部が破壊されて真っ直ぐ通行できるようになっていた:

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一応は土塁が喰い違ってはいるが・・・

本曲輪の城塁と堀:

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本曲輪西側の堀と土塁

東側虎口跡と物見台跡:

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東側虎口跡

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古墳を利用した物見台跡

この物見台跡からは本曲輪跡の全景を眺めることが出来た:

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本曲輪跡

城址南側に残る腰曲輪跡:

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腰曲輪跡と土塁

この日は桜、サクラ、さくらで満開だったので大勢の家族連れが訪れていた:

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桜(ソメイヨシノ)

人だけではなく鶯も:

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桜と鶯

こちらも桜:

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カワヅザクラ

と云うことで、この時のフォト集はこちら:
See Also根戸城攻め (フォト集)
See Also松ヶ崎城攻め (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】東京と博多まで新幹線が全線開通下日。本多佐渡守の嫡男・正純が失脚後に幽閉先で死去した日(旧暦)。
b 行政区画のうち、市町村の境界線のこと。
c ちょうど柏市へ入るためにJR北柏駅へ向かっている途中でもあったので 😄️。
d くどいけど、一つ一つ確認していないので、あくまでも記憶ありき 😮️。

中華飯店 東華 − A Local Chinese Restaurant at MITO.

先週末は令和6(2024)年の雨水の候を過ぎた三連休の中日[a]【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。に、八年前に攻めた近世城郭跡再び攻めてきた。自分が巡ってきた後に、二ノ丸大手門や二ノ丸角櫓が木造復元されたらしいとのことだったので。

関東地方は、この日が唯一天気が良く暖かいと云う予想だったので直前になって決めた :)。実際、考えることは皆同じで、結構な人出で駅前広場は賑わっていたし、恒例の梅まつりに併せたイベントをいろいろ見かけた。行きは上野から水戸まで久しぶりにJR常磐線を利用したのだが、うかつにも後方の車両(2号車/15車両)に乗ってしまい、途中の土浦で15→5車両に切り離しされたため前方車両へ移動する羽目に〜[b]遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。 :$

午前中に城攻めを終えたあと、帰宅する前にBS番組で昨年末に紹介されていた水戸駅周辺の町中華でお昼を摂る予定であった。ただ三連休ともあって田舎は休みの店が多い[c]あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。ことが気がかりであったが :|。で、まずは水戸東照宮近くの「中華料理・晴華」へ行ってみると、気がかりが的中 :O

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「中華料理・晴華」はお休み

仕方がないのでもう一軒の店へ向かうために駅へ戻り、さらに南口広場を縦断して川を渡った先の中華飯店・東華へ。歩いているときに営業中のネオンが見えて一安心だった:)。番組でも紹介していたが、お隣は同じ家族経営の雀荘:

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(こちらは店を出た時の写真)

暖簾をくぐって店内へ入ると奥の座敷に家族連れが一組居ただけ。昼の部が11:00〜14:00で、店に入ったのが13:30過ぎなのでギリギリかもしれない。現に食事を終えて店を出たら既に暖簾が下りていたし。「お好きな席へどうぞ」とのことで、長テーブルの厨房よりに座ってメニューを眺める。店の前でランチメニューも見たが、ここは玉ちゃんの「パイコウ」つながりで、パイコウ飯+半ラーメンのセット(1,050円)を選択した。

このあとも予定があったので「喉の洗浄」は割愛し、料理が出てくるまで町中華のしきたりとして、少年漫画に目を通す。ジャンプ、マガジン、サンデーを一通り眺めたが、特に気を引くような作品には当たらなかった。どれも線が細くて昔の作画タッチと違和感があったし、なんか印刷も薄い感じがした :|。今は漫画もデジタルの時代だからだろうか。と昔を懐かしんでいると料理が出てきた:

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パイコウ飯+半ラーメンセット(1,050円)

パイコウ(排骨)とは台湾の夜市でよく食べられる衣を付けて豚肉を揚げたもの。御飯の上で、醤油ベースのタレがかかっており、同じタレをまとった焼きネギも添えられていた:

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パイコウ飯(排骨飯)

ラーメンはあっさり系の中華そば。メンマやチャーシュが大きくて食べごたえあり:

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半ラーメン

細麺は柔らかめ。鶏ベースのしょう油味はやや薄味だった。大部分の麺を一気に食べ終えたところでパイコウ飯へ:

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”肉肉しい”パイコウ

薄い衣をまとった豚肉は肉々しい脂が滲み出していた。これと焼きネギを御飯の上に載せて頂く:

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三位一体の絵

久しぶりに御飯モノが進んだ感じ。タレがいい感じだった 8)。寒い時期のネギは美味いねぇ。

こちらはレジ脇に掲げられていた玉ちゃんのサイン:

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玉ちゃんのサイン

巷のラーメンDBase のエントリはこちら

中華飯店・東華
茨城県水戸市城南2丁目9-8

 

ここからはオマケ。
水戸と云うと、水戸駅と水戸黄門御一行:

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水戸駅の北口広場より

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黄門さま御一行

この日の水戸城跡は梅、うめ、梅づくしだった:
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弘道館公園の梅林

弘道館公園の梅林(偕楽園+弘道館の梅検索)から八重松島《ヤエ・マツシマ》は淡紅色で、見驚《ケンキョウ》は淡紅から移り白色:

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八重松島

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見驚

本丸(御本所)跡へ向かう本城橋あたりで見かけた梅(種類は不明):
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鮮やかなピンク色

こちらは鹿島神社の拝殿:

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御祭神は武甕槌神《タケミカヅチ》さま

その境内にあった神木鈴梅。水戸藩九代藩主・徳川斉昭《トクガワ・ナリアキ》(烈公)お手植えで鹿島神社の神木とされている。一見すると枯れ死しているようだが、ちゃんと生きている。木にまとった苔がその証拠らしい:

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神木鈴梅

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神木にまとった苔

こちらは三ノ丸跡に建つ茨城県庁の庁舎と、北三ノ丸跡に建っている水道の低区配水塔

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県庁@三ノ丸跡

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配水塔@北三ノ丸跡

令和2(2020)年に木造復元された二ノ丸の大手門:

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大手門(復元)

大手門の枡形虎口:

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枡形虎口跡

そして、同じく木造で復元された二ノ丸の角櫓。城内に八基あった隅櫓の一つ:

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二ノ丸角櫓

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二ノ丸角櫓

こちらは本丸(御本所)跡にある高校の敷地に移築された薬医門。本丸の表門にあたる橋詰御門と推定される。八年前は唯一の現存遺構であった[d]今は他にも城門の門扉や土塁などがある。

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薬医門@本丸跡

二ノ丸と本丸との間にあった堀切跡は現在はJR水郡線が通っている:

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堀跡を走る水郡線

本丸(御本所)の東側に置かれた下の丸跡も高校の敷地であるが、こちらはJR常磐線近くから眺めたもの(パノラマ):

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下の丸南側の城塁

最後は、城域を巡っていた際に目撃したマンホール蓋。詳細は日本マンホール蓋学会茨城県のマンホールの解説を参照のこと:

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水戸市のマスコット

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水戸市の木

 と云うことで、この時のフォト集はこちら:

See Also水戸城攻め(2) (フォト集)

参照

参照
a 【今日は何の日?】昭和天皇の大喪の礼《タイソウノレイ》が執り行われた日。
b 遠かったし、当然ながら大変混んでいた😞️。以前も同じようなミスをしたような気がする・・・😣️。ただ水戸の一つ手前の偕楽園で人が一気に下りたのには少し驚いたが。
c あくまでも自分のこれまでの経験値からの結論だけど 😉️。
d 今は他にも城門の門扉や土塁などがある。