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三月九日 青春食堂 − An Old Folk House Style Restaurant at IWAMURADA.

先々週は令和二(2020)年の正月明けに長野県佐久市と小諸市にある城を攻めてきたが、最終日の二日目は晴天に恵まれた。そして最も気になっていたのが前日よりも暖かくなるとの予報 :)。そういうことで早々に宿泊先をチェックアウトして佐久平駅へ。まずは北斗の拳デザインマンホールを見物し、この日最初の城攻めのためJR小海線・小諸駅へ移動した。

小諸駅隣にある観光案内所へ直行し、レンタサイクルを借りて飯縄山公園(いいづなやま・こうえん)へ向かい、その山頂付近の富士見城跡こと「歴史の広場」へ。自転車での移動と云うことで道路の凍結が気になっていたが、結果的には心配するほどのことはなかった =)。標高830mの富士見城跡は関東の富士見百景に選定されるくらい360度のパノラマが素晴らしいもので、富士山はもちろん浅間山や北アルプス、そして八ヶ岳連峰など拝むことができた。一方の富士見城跡だけれども、こちらもパノラマ眺望に負けず劣らずたくさんの石垣と連続した段郭跡で攻めごたえ十分だった 8)

城攻めを終えて飯縄山公園をあとにして観光案内所へ戻りレンタサイクルを返却して、次の目的地である岩村田(いわむらだ)行きのJR小海線がくるまでの間、今から六年前に攻めた小諸城が懐かしいので大手門を見に行ってきた。

そして本日の最後の目的地である岩村田駅に到着したのがお昼の01:30過ぎ。
ひとまず腹ごしらえするため、駅から10分ほどの岩村田商店街が直営する「築百年の古民家」をモダンに改装した御食事処へ:

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三月九日 青春食堂

お昼(11:30〜14:00)は、その名のとおり「三月九日 青春食堂[a]「三」と「九」は佐久を、そして心はいつも感謝の「サンキュー」で、いつまでも若々しい気持ちで愛される食堂でありたいと云う気持ちが店の名前になっているらしい。としてお手頃なランチを提供し、夜(18:00〜22:00)になると「九月九日 ふくろう亭」と云うおしゃれな居酒屋に変わるのだそうだ:

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昼の部の三月九日 青春食堂

お昼の部が昼02:00までとのことで店に着いたのが40分前くらい。そういうことで店内は閑散としていたが気持よくカウンターに通してもらえた。おまけに、この席からは厨房と作っているところを観ることができた。

メニューにはとにかく美味しいそうな定食が並んでいたが、ここはお店オススメであった「信州豚のしょうが焼き定食」(1,000円)を注文した。ご飯は大盛り無料とのことで、これもまた感謝である:

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信州豚のしょうが焼き定食(1,000円)

豚肉がやわらかくジューシー。そこに大盛りの醤油味ジンジャーソースがかかっていて、ご飯がパクパクいけた。意外と具だくさんのお味噌汁も旨かった。大満足だった :)

実は他にもうどんやカレーライスなど気になるメニューがあって時間がなかったので諦めたが、また次回きたらいろいろと食べてみたいお店。

三月九日 青春食堂
長野県佐久市762-5


ここからはオマケ。

まずは、こちらが小諸市観光案内所でレンタルした電動アシスト型サイクル[b]当時は、3時間で1,000円だった。

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電動アシスト付きのレンタサイクル

小諸駅前から飯縄山公園南側駐車場までは30分もかからなかった。途中、交差点を渡るために地下通路を通ることになったけど :$。あとちょっとキツイ坂があったが電動アシストで十分に楽できた。
公園駐車場に着いたらレンタサクルを停め、そこからドッグラン競技場を横目に小諸高原美術館裏の歴史の広場へ登った。

こちらは、その途中に眺めた浅間山:

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飯縄山公園の駐車場からの眺め(拡大版)

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浅間山

とにかく360度、眺めがとても良かった。空気も澄んでいた:

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飯縄山公園から佐久市の眺望(パノラマ)

高原美術館の裏にある歴史の広場が富士見城跡:

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富士見城跡

この城の主郭跡には展望台施設があって、ここが富士見百景に指定されていた:

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主郭跡

この日は少し靄がかかって分かりづらかったが、なんとか富士山を眺めることができた :)

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富士見百景から眺めた富士山

他にも浅間山と棚田の風景とか:

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旗塚跡あたりから眺めた浅間山と棚田(拡大版)

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棚田

松本方面の北アルプスの眺め:

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長野県松本方面の眺望(拡大版)

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北アルプスの眺め(拡大版)

見所はこれだけではなく、見事な石積み・石垣がたくさん残っていた:

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主郭・ニの郭の石垣

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富士見城の石垣(拡大版)

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富士見城の石垣(拡大版)

こちらは小諸観光案内所へ戻り、次の電車までの合間に立ち寄った大手門公園の一角にある小諸城大手門:

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仙石権兵衛秀久が城を築いた時代の建築物(拡大版)

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左右の石垣の間に櫓を載せた門

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左右の石垣の間に櫓を載せた門

佐久平駅の待合室には中山道と宿場の一覧が紹介されていた。この日の目的地である岩村田もかっての宿場町で、江戸から数えて二十二次にあたる:

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目的の岩村田宿へ(拡大版)

こちらは小諸城主だった仙石権兵衛秀久の菩提寺である西念寺の本堂棟。左から内藤家の下り藤紋、松平家の葵紋、仙石家の永楽通宝紋が掲げられていた:

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西念寺本堂の屋根(拡大版)

こちらは岩村田城跡。岩村田藩の最後の藩主が築いた城だったが完成間もなく明治時代となり廃城となった:

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岩村田城跡

昨年の台風の被害が浮き彫りになっていた:

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台風被害だろうか?

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台風被害だろうか?

この日の最後の城攻めは大井城跡で、現在は公園であったが、その敷地には長野県指定天然記念物・王城のケヤキがたっていた:

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王城のケヤキ(拡大版)

もちろん遊具もあった:

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大井城跡にあった遊具

さらに高台の公園から真っ赤な鼻顔稲荷神社が見えた:

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鼻顔稲荷神社

一泊二日の長野県佐久市周辺の城攻めを終えて、帰宅するために佐久平駅へ戻り新幹線を待つまでのあいだ、駅に隣接したプラザ佐久でお土産を買ったり一休みしたり:

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おつまみセット(900円)

佐久平駅の新幹線ホーム:

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佐久平駅

昨年は台風の被害を受けた北陸新幹線も区間を限定して走行していた:

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北陸新幹線

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北陸新幹線

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also富士見城攻め (フォト集)
See Also小諸城攻め(大手門) (フォト集)
See Also仙石権兵衛秀久公の墓所と西念寺 (フォト集)
See Also岩村田城攻め (フォト集)
See Also大井城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 「三」と「九」は佐久を、そして心はいつも感謝の「サンキュー」で、いつまでも若々しい気持ちで愛される食堂でありたいと云う気持ちが店の名前になっているらしい。
b. 当時は、3時間で1,000円だった。

蕎麦いざか家 田衛門 − A Pub with Nagano Local Foods.

先々週は令和二(2020)年の正月明けに有休を使って長野県佐久市と小諸市へ一泊二日の城攻めに行って来た。

時期的に積雪が気になったけど、あえて休みをとって天気が良く、日中の気温が高めになるであろう日を狙って行って来た。
平日の移動なので通勤ラッシュを回避するためかなり頑張って早起きし、東京駅を朝06:52発の北陸新幹線あさま601号長野行きに乗車した。自由席が1〜5号車ということで余裕で座ることができたけど、上野駅や大宮駅で大勢の通勤・通学者らが乗り込んできたことで「今日は平日だったんだ」とあらためて思ったり :O。これらの人たちは高崎駅で大部分が下車したので再び静寂な空間に戻り、「やっぱり今日は平日だったんだ」と逆に感慨深くなってしまった :D。軽井沢を過ぎたところでスキー場や家の屋根に雪が残っていたのが目についたが、城攻めには特には問題なさそうだった。

そして佐久平駅に着いたのが朝08:15過ぎ。コインロッカーに荷物を預けてJR小海(こうみ)線に乗り換え、本日最初の目的地である龍岡城駅へ[a]無人駅で、ICカードを利用できないので佐久平駅からは切符を購入する必要あり。。初日は田口城跡と龍岡城跡、そして依田信蕃公の菩提寺である蕃松院(ばんしょういん)を訪問し、最後は同じくJR小海線の中込駅が最寄りである伴野氏館跡へ。さすがに夕方16:00を過ぎると暗くなってくるが、夕焼けが反射した浅間山の眺めは綺麗だった。

それから宿泊先がある佐久平駅へ再び戻り、コインロッカーから荷物を受け取ってチェックインした。駅前には佐久市出身で「北斗の拳」の原作者である武論尊の協力で実現した北斗の拳デザインマンホールなるものを見ようと探してみたが既に暗くなってしまってよく分からなかった。翌日にあらためて探してみることに :)

ということで、この日の城攻めは山を登り降りし、田口集落・龍岡藩城下町を散策したので、かなりのエネルギーを消費した。明日はレンタサイクルを利用する予定だったので、ここでしっかりとエネルギーを補給しておくため宿泊先の目の前にあり、ホテルの人にもオススメと云われた蕎麦いざか家・田衛門(でんえもん)へ。普通の居酒屋かと思ったら、蕎麦はもちろん鯉料理といった長野県の特産物をいただけるお店だった。

まずは生ビール中(600円)。お通し(300円)は小魚のマリネ。魚の名前は忘れた。居酒屋はお通しで決まると云うが、小魚を丸ごと食べることができるマリネは、この店の料理に期待をもたせてくれるのに十分に美味だった:

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お通し(300円)とキリン生中(600円)

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小魚のマリネ

こちらは佐久の鯉料理でお造り(あらい)(800円)。これが川魚とは思えないほどホント美味しかった〜 =)

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佐久鯉お造り(800円)

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とても美味

「佐久鯉」は江戸時代から養殖が始まり昭和初期には全国一の生産量を誇り、鯉の博覧会や品評会でもその品質で日本一の称号が与えられたのだとか。特に冷たい流水で飼育されるため成長が遅く飼育日数がかかるが、それだけに臭みがなく身が引き締まり、脂が適度にのった美味しい肉質になるらしい。

こちらは本日のオススメ品から白子ポン酢(850円):

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白子のポン酢あえ(850円)

その昔、新潟県長岡市栃尾へ行ってから大好物になった油揚げ。これは大きいのでハーフにしてもらった(300円):

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栃尾油揚(300円)

生中を二杯飲んだあとは翌日の体調を考慮して梅酒ロック(450円)を:

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梅酒グラス(450円)

やはり肉は頂きたいので若鶏からあげ(750円)。ほくほくして美味しかった:

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若鶏からあげ(750円)

締めはやはり信州そばだろう…と思って注文したざるそば(750円)。でもよく見たら北海道産のそば粉を使っていた。冷たくて酔いが少し覚めた:

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ざるそば(750円)

長野県の特産物をしっかりと堪能できただけでなく、ホント美味しかった。また食べにきたいお店が見つかった :)

蕎麦いざか家・田衛門
長野県佐久市佐久平駅北24-2


ここからはオマケ。

こちらはJR小海線のキハ110系:

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龍岡城駅にて

JR小海線は山梨県の小淵沢駅から長野県の小諸駅までを結ぶ単線で、八ヶ岳東麓の野辺山高原から千曲川の上流に沿って佐久盆地まで走る高原鉄道であることから「八ヶ岳高原線」とも呼ばれている:

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車内にあったJR小海線沿案内図(拡大版)

龍岡城駅で下車して新海三社神社日本で一番海から遠い地点なる方角へ進んでいく:

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原交差点あたり

さらに進んでいくと、土蔵や見事な大木が生えた庭を持つ、昔ながらに情緒深い田口集落に入る:

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土蔵と大けやき

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見事な松

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土蔵のある邸宅

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見事な松

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土蔵のある邸宅

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コウヤマキの大木

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小林の土蔵

土蔵が建つ家では古くから何かしらの生業を持っていたことが分かる:

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土蔵のある邸宅

こちらが蕃松院と、その背後の山頂が田口城跡。この城跡への登城道はいくつかあるようだけど、昨年は令和元(2019)年の台風10号の被害から回復していないようで、この蕃松院裏から登るルートは封鎖されていた。:

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蕃松院と田口城址(拡大版)

標高881mの城跡には展望台があり、龍岡城五稜郭のその星形を上から眺めることができた:

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五稜郭展望台からの眺め(拡大版)

こちらは龍岡城跡の近くにある五稜郭であいの館に展示されていた「龍岡城五稜郭俯瞰図」:

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「龍岡城五稜郭俯瞰図」(拡大版)

北海道は函館にある五稜郭と共に日本に二つしかない貴重な星型洋式城郭とのことであるが、函館のものとは規模や造りに雲泥の差があるのが一目瞭然だった:

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石垣が低くて防御できるのか不思議だった

石垣や土塁が低くて、水堀も一部だけである。更に云うと、山に囲まれたこの場所に稜堡式の城なんて、山の上に大砲を備え付けられて砲弾の雨が降ってきたらすぐにでも落城してしまうような気がするが :/

これは新海神社鳥居。佐久地方の開拓の祖神である興波岐命(おきはぎのみこと)ら四神を祀る佐久三庄三十六郷の総社が、この先にある:

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新海神社鳥居(拡大版)

田口城と龍岡城を攻めて蕃松院を訪問したあと、JR小海線で中込駅まで移動し、本日最後の城(居館)攻めへ。

駅から徒歩で20分ほどのところにある城山公園(伴野氏館跡)へ向かう途中、千曲川の橋から眺めた浅間山:

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千曲川と浅間山(拡大版)

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雪化粧の浅間山

伴野氏館の水堀跡はカルガモのすみかになっていた :D

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カルガモ

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伴野氏館の水堀跡

さらに公園の近くにはぴんころ地蔵なるお地蔵様がある。佐久市は全国でも有数の健康長者の街なのだとか:

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長寿地蔵尊こと「ぴんころ地蔵」

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成田山薬師寺の総門

健康で元気に長生きし(ピンピン)、寝込まずに大往生する(コロッと)ことを祈願して名付けられた長寿地蔵尊。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also田口城攻め (フォト集)
See Also依田信蕃公墓所と蕃松院 (フォト集)
See Also龍岡城攻め (フォト集)
See Also伴野氏館攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 無人駅で、ICカードを利用できないので佐久平駅からは切符を購入する必要あり。

大黒家天麩羅 − The first Asakusa visit in 2020, and second time.

今年は令和2(2020)年の初詣は例年と同様に浅草寺[a]これに対し、今年は皇居での新年一般参賀には参加しなかった。令和時代初となる徳仁天皇からのお言葉はテレビで頂いた。。ということで初詣の行動パタンはブログのタイトルにあるとおり昨年とほぼ同じ:

朝9:00浅草駅に到着 → 浅草観音・浅草寺で参拝 → 家内安全祈願御札購入 → 御籤をひく → 被官稲荷神社参拝 → 浅草寺周辺散策 → 大黒家で天丼食べる

初詣を終えた午後は毎年違うが、今年は仙台藩上屋敷跡がある新橋を散策し、箱根駅伝を横目に見つつ太田道灌城なる出郭[b]本当に太田道灌が築いたものかどうか個人的に疑問ではある。跡を攻めてきた[c]毎年、この時期にボヤいているが、本当は常磐御門へ行きたかったのだが、未だ復興工事が完了していないようなので。

前年の御籤は「凶」であったが、今年はすべてに良し[d]上手くいく、出てくる、治る、出会いある、と言った感じ。の「吉」だった 8)。気分が良かったので浅草神社の奥にある被官稲荷神社にもお参りしてから、お昼を食べに「公園通り」と「伝法院通り」を経由して大黒家天麩羅の本店へ:

大黒家天麩羅(本店)

開店40分前ぐらいに店の前に行ってみたら既に行列ができており、自分が並んだ場所も昨年とほぼ変わらず。そして11:00の開店で入店した:

開店して店内へ

さらに店内で座った席も昨年と同じだった :D
そしてオーダーも連年どおり。先にビールと「らくきょう」をつまんで、天丼が出てくるまでしばし待つ:

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今年は瓶ビール中(650円)

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らくきょう(300円)

ただ残念なことに辣韮が「痩せていた」ので、楽しみにしていた噛みごたえを堪能できず :O。値段が30円安かったけど、これはその影響なんだろうか!? :/

そしてお待ちかねの天丼(えび2、かき揚げ1、ししとう1)の登場:

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天丼(えび2本、かき揚げ1本)(1750円)

今回はビールとらくきょうが出てくるのが遅かったため、ゆっくりビールを飲んでいる間もなく天丼が出てきた。

おまけに冷たいし。ご飯も少なめで海老も小さいし :$。うーm。なんか正月の大黒家はハズレが多い感じがする。ただ、いつものごま油の味で変わらぬ美味しさではあったが :D

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ご飯少なく天麩羅冷たい、海老も小さめ

正月に並んででも大黒家の天丼を食べたいと云う思いが年を越すごとに小さくなってきている :X。なんかこう20年以上前に初めて食べた時の感動とは雲泥の差なのである


ここで、正月に食べた大黒家の天丼が今ひとつであるかどうかを改めて確かめるべく、実は本日は令和2(2020)年1月中旬の週末に浅草寺でお焚き上げしてきたついでに寄ってみた。

前日は都内でも雪がちらほら降るほどの寒さであったが、この日は一転して晴天で暖かかったもので、ホント『超』が付くぐらい大勢の観光客でごった返していた浅草寺界隈。おかげで境内へ向かうだけでも一苦労だった。そのため今回は本店ではなく別館へ直行した。昼2:00過ぎではあったが行列はできておらず、すぐに席へ通してもらえた :)

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大黒家別館(午後2:00過ぎ)

まずはビール中瓶と「らくきょう」が出てきた。こちらは残念ながら正月に食べたものと変わらず「痩せた」辣韮だった :|

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「痩せた」らくきょう(300円)

そしてお待ちかねの天丼(えび2、かき揚げ1、ししとう1)の登場:

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天丼(えび2本、かき揚げ1本)(1750円)

今日の天丼はご飯も普通の盛りで、かき揚げにもプリプリした小エビが多くて食べ応えがあった :)。それに海老天の海老が大きくて、何よりも天麩羅が温かかったぞ[e]もちろん初めて食べた時ほどの満足度まではいかないけど  😥 。

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ごま油の風味と衣の色が良い感じ

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正月の時よりも美味しかった

こんな感じで食べ比べして分かったことは、正月の大黒家の天丼には期待してはいけないということだ :X。ということで来年は釜飯とかロシア料理とか洋食とか別のものにした方が良いかも :|。浅草界隈はまだまだ他にも美味しいものがあるはずなんで。

大黒家天麩羅本館
東京都台東区浅草1-38-10


ここからはオマケ。と云っても浅草寺界隈は昨年と殆ど変わらない風景だけど :P

まずは門の左右に奉安されている風神と雷神が守護する浅草寺の総門で、「雷門」こと風雷神門(ふうらいじんもん)。トレードマークの赤い大提灯は平成25(2013)年に新調された五代目で、高さ3.9m、幅3.3m、重さ約700㎏:

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朝09:00過ぎの光景

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五代目の大提灯

こちらは朝09:00過ぎの仲見世。まだ人はまばらなのは店が開いていないから。一時間後には大変なことになっている:

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仲見世

こちらも例年通り仲見世は通らずに、その側道を使って境内へ向かった。正面に見えるのが安政元(1854)年創業の甘味処の老舗・浅草梅園:

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朝09:00頃の様子

仲見世を抜けて「宝蔵門」こと仁王門までくると流石に人が多くなってきた。トレードマークの赤い大提灯は平成26(2014)年に新調された四代目で、高さ3.75m、幅2.7m、重さ約450㎏:

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朝09:15頃の宝蔵門前

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四代目の大提灯

この辺りまで来ると恒例の出店もあってか、いかにも下町を思い起こさせるの「食べ物」の匂いが漂っていた :D

そして「観音堂」である本堂。御本尊聖観世音菩薩(ごほんぞん・せいかんぜおんぼさつ)を祀る中心堂宇である:

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朝09:20頃の本堂前(拡大版)

こちらは本堂前にある常香炉(じょうこうろ)とお水舎(おみずや)。本年は初めて線香を購入(100円)した:

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常香炉

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お水舎

そして本堂内部へ。正面に掛かる新橋大提灯は平成16(2004)年に新調された八代目。高さは4.5m、重さは約600kg。本堂外陣(ほんどう・げじん)と奥にあるのが御宮殿。お賽銭を投げて今年の健康無事を祈った:

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大提灯と向拝の聯

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上にある正面額は「施無畏」

このあとは「家内安全祈願」の御札を購入(1,000円/枚)した。朝09:30頃の本堂前は、こんな感じ:

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本堂外陣からの眺め

そして御籤をひいてから浅草寺界隈を散策しながら大黒家へ向かった。こちらは境内から眺めた五重塔とスカイツリー:

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五重塔(拡大版)

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東京スカイツリー(拡大版)

浅草神社はかなり行列だったので、その奥にある江戸の火消し一番組の新門辰五郎で有名な被官稲荷神社でお賽銭(100円)をなげて祈願した:

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朝10:00少し前

このあとは浅草花やしきの前を通って六区ブロードウェーに向かい、演芸ホールから伝法院通りを通って大黒家へ向かいお昼を摂った。

午後は仙台藩守屋敷跡がある新橋へ向かうため、来た時と同じ都営浅草線に乗るために浅草駅へ。雷門通りは歩行者天国になっていたが、既に規制線が設けられて大変な人混みになっていた:

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朝11:30頃の雷門通り

昼近くには来たくない浅草寺である :X

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歩行者天国になっていた雷門通り

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雷門の前もこんな感じ

こんな光景を見るたびに早起きしてよかったと思う新年である 0:)

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朝11:40頃の雷門前

新橋へ向かう前に久しぶりに吾妻橋上から首都高6号線向島線、アサヒビールタワー、そして東京スカイツリーを眺めてきた:

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吾妻橋上からの眺め(拡大版)

こちらは江戸時代に仙台藩の上屋敷があったとされる新橋駅東口の日テレタワー近辺:

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日テレタワー・汐留シティ・センター・カレッタ汐留(拡大版)

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日本テレビの敷地

それから新橋の西側の神谷町辺りにあったとされる太田道灌城跡へ向かう途中、日比谷通りでは箱根駅伝2020の10区の走りを見かけることができた:

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二位から五位の走り

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御成駅前の日比谷通り(拡大版)

最後は、本日浅草寺から秋葉原まで歩いた際、昨年の柳河藩立花家の江戸屋敷跡巡りでも立ち寄った宋雲院の総門に掲げられていた今日の一言。なんとも複雑な感じ =)

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立花宗茂公の御母堂を祀っている

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テレビの見過ぎだろ

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also浅草寺参拝と散策 2020 (フォト集)
See Also仙台藩上屋敷跡巡り (フォト集)
See Also太田道灌城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. これに対し、今年は皇居での新年一般参賀には参加しなかった。令和時代初となる徳仁天皇からのお言葉はテレビで頂いた。
b. 本当に太田道灌が築いたものかどうか個人的に疑問ではある。
c. 毎年、この時期にボヤいているが、本当は常磐御門へ行きたかったのだが、未だ復興工事が完了していないようなので。
d. 上手くいく、出てくる、治る、出会いある、と言った感じ。
e. もちろん初めて食べた時ほどの満足度まではいかないけど  😥 。

たちばな家 − A Ramen Restaurant founded 73 years ago near Tachibana bridge.

先週は令和元(2019)年の霜月のとある週末に東京都西奥多摩の檜原(ひのはら)村に城攻めへ。

この日はバスの時刻に合わせていつもよりは少し遅目に移動を開始。JR立川駅から青梅線に乗り換えて武蔵五日市駅へ移動し、駅前から西東京バス[a]行きのバスは「五里10・数馬行」。土日祝日は1時間に1本程度。で「吉祥滝(きちじょうだき)」と云うバス停で下車。ここから檜原街道を挟んだ標高449mの城山が、かって小田原北條氏の支城の一つであった檜原城跡である。

バス停に着いたのがお昼少し前であったので、城攻めする前にまずは近くにあった創業昭和21(1946)年のラーメン屋で腹ごしらえをした :)

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秋川渓谷 檜原村の手打ちラーメン屋 たちばな家

見た感じ創業73年とは思えない店構えだったが、開店してすぐということもあって店内はそれほど混んではおらず好きな席に座ることができた。このお店のすぐ裏を秋川が流れており、それを見下ろしながら食べるカウンター席もあった。

テーブルあったメニューをざっと眺めてみるとメインは中華そばのようで、他にうどん・そば、さらにはカツ丼やカレーライスなんかもあった。あとヤマメの塩焼きなんかも人気があるらしい[b]それなりに時間はかかるようだ。

久々の山登りを控えて少し悩んだけどバスに乗る前にコンビニでおにぎりを購入し山頂で食べるつもりでいたので、ここはお店オススメの「手打ち」中華そばを頂くことにした。但しボリュームのあるチャーシュとワンタン入りにして、醤油味を選択した (1,100円):

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ちゃーしゅーわんたんめん(1,100円)

中華そばだけあって琥珀色のスープは味薄め。麺は細麺平打ち。チャーシュは4枚、ワンタンは2個はいっていた。他にシナチクとほうれん草が申し訳ない程度に:

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味・量ともに少し物足りない感じ

日頃、都会で濃い目の味に慣れてしまっていると、ここのスープの味は何も感じられないくらい薄味ではあるが、それほど嫌味はなかった。ただ味よりも量が少なめだったのが残念。どこか地方のラーメン屋なら量が自慢なところが多いのに、どんなに山奥でもやっぱりここは東京かってことを思い起こさせるような後味だった :|

それでも霜月で山奥ともあって日は出ているが寒い感じがした体をしっかりと温めることができ、標高450mほどの急坂を登る準備ができたって感じ。

でも次回があるかどうかわからないけど今度は丼物にしよう :P

秋川渓谷・檜原村 たちばな家
東京都西多摩郡檜原村5574


ここからはオマケ。

こちらが檜原城跡の遠景。ちょうど檜原街道沿いの檜原村役場前から見上げた感じ:

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檜原城跡の遠景(拡大版)

このまま秋川に架かる橘橋を渡ると二股に分かれる。紅葉の季節になると、ほとんどの観光客は右手に折れて「やすらぎの里」や渓流と滝、あるいは山登りを楽しむらしい。城山を登る自分は左手に折れて吉祥寺へ向かった:

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城山と橘橋交差点(拡大版)

檜原城跡の登城口は、かっての居館跡に建てられた吉祥寺にある。境内はそんな趣が感じ取れる建物が多く、いたるところに小田原北條氏の家紋・三ツ鱗紋が掲げられていた:

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三ッ鱗紋を掲げた土蔵

そして六地蔵様。お地蔵様に向かて左手に登城口、右手奥にはトイレがあった:

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六地蔵様の左手が登城口

ここ吉祥寺から標高449mの城山こと檜原城跡への登城道は十三佛礼拝の道でもあるそうで、登城道から少しそれた所に十三体の仏像が鎮座していた。いわゆる「十三佛巡拝」なる日本独自の民間信仰らしい。

個人的には城攻め優先で脇道に逸れないように登ったため全13体の仏様にはお会いできなかったが、幸いにもお参りできた仏様を紹介すると、まずは釈迦如来像:

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釈迦如来像

地蔵菩薩像:

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地蔵菩薩像

普賢菩薩像:

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普賢菩薩像

薬師如来像:

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薬師如来像

観音菩薩像:

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観音菩薩像

勢至(せいし)菩薩像:

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勢至菩薩像

阿弥陀如来像:

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阿弥陀如来像

大日如来像:

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大日如来像

最後は虚空蔵菩薩像。この仏像は檜原城の主郭跡に置かれていた:

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虚空蔵菩薩像

山の尾根づたいに段郭を設けた山城である檜原城跡から武蔵五日市方面の眺め。眺望は思ったほど良くはなかった :$

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木々が生い茂っていて眺望はあまり良くない(拡大版)

城攻めを終えて麓に降りたあと周囲を少し散策した。

こちらが橘橋。お昼を頂いた「たちばな家」由来の橋。この下は南秋川:

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橘橋

渓流・秋川も先日の台風や大雨でだいぶやられていた:

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南秋川(拡大版)

バスの時間まで外で待っていると寒くなってきたので村役場にあった喫茶店でしばし休憩:

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檜原村役場

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カフェせせらぎ

村役場のエントランス奥にあったカフェせせらぎでコーヒーとレアチーズケーキセット(600円)を頂いた:

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レアチーズケーキセット(600円)

チーズケーキは自家製(かな?)。甘すぎずプレーンな味と香りでブルーベリーソースと共に頂いた:

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お手製のレアチーズケーキ

店の特等席から秋川の渓流を眺めながら今回の城攻めの疲れを癒やした:

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カフェせせらぎの特等席

これは西東京バスの「本宿役場前」停留所から城山の眺め。周囲を観ても判るように、まだ紅葉は少なかった:

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檜原街道と檜原城跡遠景

最後は、この日に見かけた乗り物など。まずは村役場前で見かけた自転車のオブジェ:

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なんのオブジェだろうか?

これは武蔵五日市駅前で目撃したトレーラーバス「機関車バス青春号」(って云うらしい):

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機関車バス青春号

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also檜原城攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 行きのバスは「五里10・数馬行」。土日祝日は1時間に1本程度。
b. それなりに時間はかかるようだ。

華正樓 高島屋新横浜店 − A Chow mein with Seafoods Starchy Souce.

先々週は令和元(2019)年の文化の日を含む三連休の最終日は大阪にて城攻め。

午前中は大阪城公園で期間限定の「重要文化財 大阪城の櫓YAGURA特別公開」を観てきた。この時期にわざわざ関西まで足を伸ばした理由は、今年多発した天災を目の当たりにして、もしかしたら大災害で観られなくなるかもしれないと云う個人的な危機感を覚えたからだけど :|

そして午後は帰京にする前に四年前にも攻めた真田丸跡を巡ってきた。と云うか、あれから年は流れ、某大河ドラマをきっかけに真田丸ブームが盛り上がって記念碑が建立されたり、発掘調査が進んで今までの謎が解明されたりして見所がアップレートされたから。たとえば真田丸跡は四年前に巡った場所とは別の場所だったり。まぁ歴史ってものはまだまだ判らないことが多いってことで :/

でお昼を食べたあと2時間ちかく(新しい方の)真田丸跡と関連する寺社などを巡って二度目の大坂城攻めは終了。早いところ帰京するため最寄りのJR玉造駅から環状線で大阪へ。それからJR京都線に乗り継いで新大阪に着いたのは2:00pmすぎ。新幹線口へ向かうにつれて人混みが多くなってきたものだから「もしかしたら二、三本は乗れないかも :$」なんて心配してしまった。まぁ案の定、大変な人だったが。

それでも自分はうまい具合に新大阪始発の新幹線のぞみの自由席に乗車し座席を確保することができたけど新大阪を出発した時点で立っていた乗客が何人かいたが、京都や名古屋ではさらに大挙して乗り込んできたんでタラップや通路が人で一杯になっていたっけ :O
連休最終日・午後の新幹線自由席争奪戦は侮れない [a]新大阪から乗る時点で指定席は満席だったので選択肢はなかったのである。

3:00pmすぎの新幹線で新横浜に着いたのが6:00pmすぎ。
結構な距離を歩きまわった上に新幹線に乗るためにいろいろ動きまわったおかげてお腹はぺこぺこ。ということで駅直結の中華屋で夕飯をとることにした。といってもデパートの売り場脇に設けられたイートインスペースでだけど。

このお店は東海地方への城攻めの帰りによく利用していたが、今回は2年ぶりか。注文した品も毎回同じで、まずはビール中瓶(350円)と餃子(630円):

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メチャクチャ美味しい餃子(630円)+ビール中瓶(350円)

本当は酢とコショウで食べたい餃子ではあるがコショウが置いていなかったので酢+醤油+ラー油で頂いた。とにかく詰まった肉が旨い :D

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肉が旨い点心は最強

メインディッシュは海鮮あんかけやきそば(1,050円):

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海鮮あんかけやきそば(1,050円)

若干、二年前と比べて海鮮ものの具材が小さくなった気もするが、熱々のあんかけとカタやきそばの組み合わせはいつ食べても美味しい。ちなみに細麺で量もそれなりにあるので大盛りはオススメしない[b]その昔、失敗した。

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熱々の海鮮あんかけが最強

ただイートインスペースでの食事なので10%とられるが、たまには良いだろう。

華正樓 高島屋新横浜店
神奈川県横浜市港北区新横浜2-100-45 キュービックプラザ新横浜 タカシマヤフードメゾン新横浜店3F


ここからはオマケ。

これは玉造稲荷神社境内に建っていた豊臣秀頼公像。よくイメージされるお相撲さんの体型でモデル化されていた。この神社は豊臣期の大坂城の三の丸跡に相当する:

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豊臣秀頼公像

大阪女子学院前の長堀通りはちょうど大坂城と真田丸との間にあった惣濠の縁(ヘリ)にあたり、大坂冬の陣で和睦した際に埋められたものであるが、現在もそんな面影が残っていた:

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長堀通りは惣堀跡の一部だった(拡大版)

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長堀通り

これは真田丸脇を大坂城から南北に走っていた街道筋に建てられていた寺院の一つである大應(だいおう)寺:

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大應寺

こちらは真田丸(出丸)跡に建つ心眼寺。ここには真田信繁(幸村)公の供養塔がある他に、幕末に坂本龍馬を暗殺した京都見廻組の墓石もあった;

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明星学園グラウンド前に建つ心眼寺(拡大版)

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心眼寺

心眼寺の山門前に置かれた「出丸跡」の石碑:

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「真田幸村・出丸城跡」の碑

従来の説から変更になった真田丸跡の推定地が大阪明星学院のグランド跡:

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手前の道路が堀跡

最後は、四年前同様に三光神社の真田幸村公像を再訪。左手には「真田の抜け穴」がある:

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「真田の抜け穴」と「真田幸村公之像」(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also真田丸攻め (フォト集)

参照   [ + ]

a. 新大阪から乗る時点で指定席は満席だったので選択肢はなかったのである。
b. その昔、失敗した。