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Shin Godzilla.

観てきた。それも MX4D というオプション付きで。

ちなみに邦題は「シン・ゴジラ」。Made in Japan の「ゴジラ」としては約12年ぶりだとか。と言っても前作は観ていない。その間に輸入盤を観た記憶があるが「文化」のギャップが如何に大きいものだったのかを思い知らされた記憶がある :(。で、今作は純粋に「現代日本」が制作したゴジラがどうのこうのよりも、かなり前評判が高いことが「気になっただけ」で劇場へ足を運んでみただけなんだけど:X。そんな心構えだったので、上映時間119分があっという間で観終わったら充実感があった。やっぱり、これは怪獣映画というよりは Disaster Movie なのだろう。このところ悲劇的な災害をたて続けに経験している日本人としては「Blackbox 的な世界」を知ることができて、ちょっと安心したというか、情報を共有できたというのがストレートな感想だった:

シン・ゴジラ

災害時、ニュースでは知ることができない裏側、例えば自衛隊、政治家、自治体なんかの動きを「見る」ことができたのでなんかちょっと安堵した。現実はもっといろいろ台本以外のことが起こるから、映画のように思い通りにはならないと思うけど、ある程度の外部の動きを予測できれば、実際の災害時の行動に役に立つだろうと思ったり。でも、個人的には娯楽映画のゴジラを見たかったなぁ。

で、今回つけてみたオプション(+1,200円)だけど、映画鑑賞にしてはちょっと大げさな Experience ではあったかなぁ :|。こちらはMX4Dで鑑賞する際の諸注意。荷物は絶対にロッカーに預けるべき。不意に椅子が飛び跳ねるので、たとえ膝の上に置いておける位のモノでもロッカーの利用を強くオススメする;):

MX4D鑑賞にあたっての注意事項

シートはこんな感じ。通常のシートより視線が高くなる:

四席が一つの台の上にあり、連動して動く

シートからの視線はこんな感じ

ゴジラが登場している時は水しぶきを何度も浴びることになる。あと、意外とトイレに行って戻ってきて、いざ座ると突然動き出す、なんてことがあるので注意した方がよいかも  =)


こちらはオマケ。シン・ゴジラでも撮影協賛しているミドリ安全の「備蓄保存用パン・ミドリのサバイバルパン」。但し、賞味期限切れ:P

ミドリのサバイバルパン

 

Tour of San-in Region in 2014.

昨年は2014年の8月初めの週末を利用して、島根県は安来(やすぎ)市にある月山富田城と、同じく鹿足郡津和野町にある津和野城を攻めてきたのだけれど、残念ながら後半は天候に恵まれず、台風の影響のため津和野城攻めの方は中止する羽目になってしまった。
どちらも別宅のある広島からだと地理的にも交通の便が良くないので、そうそう行ける機会がないのだけれど、まぁ天気ばかりは如何ともしがたく、とても残念な思いをした;(。加えて、津和野町あたりは、その前年の大豪雨で阿武川の橋梁が流出したり、土砂崩れでトンネルが不通になったりして、当時も依然として復旧作業が続いていたということで、行きはJR山口線の益田から津和野までは電車で行くことはできたものの、帰りは津和野駅から振替高速バスで新山口まで移動した思い出がある:$

そんなことで、まずは初日は別宅のある広島から岡山を経由して島根県安来へ移動した。この時も雨が降っていてなんとも先行きが不安だった。
で、これは広島駅で目撃したJR西日本とJR九州の新幹線:

JR東日本のN700系

JR西日本+JR九州のN700系新幹線

岡山からは特急やくもで伯備線の安来まで移動した:

381系特急やくも

こちらは岡山駅で見かけた117系サンライナー。岡山と福山間の快速列車:

117系SUNLINER

山陽新幹線に乗っていた時は大雨だったけれど、安来に着くと雨は上がっていた:

JR安来駅

島根県で最も東にある安来駅で見かけたローカル列車たち:

キハ40系普通列車

キハ126系普通列車

島根県安来市は「やすぎどじょう」と「どじょうすくい」が有名で、町のキャラクターである「あらエッサくん」がアチラコチラにいた:

安来駅構内に飾ってあった「あらエッサくん」

駅前のロータリーにいた「あらエッサくん」

こちらは「すくい愛」をモチーフにした(?)「安来節の像」:

安来節のモニュメント

記憶に無いのだけれど、ゆるキャラの「しまねっこ」なんかも写真に収めていた:D

IMG_2852

で、月山富田城がある広瀬町へは駅前から安来市が運行しているイエローバスというマイクロバスで移動した。

これは広瀬町を流れる富田川こと高梨川からみた月山富田城と月山県立自然公園の案内図:

月山富田城址

月山周辺は自然公園になっている

高梨川の広い川岸は三日月公園として整備されていた:

IMGP4356

 

お昼は、隣に安来市立歴史資料館のある道の駅で済ませた。カツ丼かなにか食べた記憶がある:

道の駅に併設されていた喫茶「藍」

ひとまず一日目の富田城攻めは、なんとか天気が保ってくれたので助かった〜 8)。イエローバスで再びJR安来駅へ戻り、この日は松江市のホテルに一泊した。最上階に温泉があるホテルで、自分一人だけしか入っておらず、夜景を背景に松江城の眺望を楽しんできた。

翌朝は8:36amのスーパーまつかぜ1号で松江から益田へ移動した:

松江から益田までスーパーまつかぜ

まだこの時は雨は降っていなかったが、益田に着いたあたりから本降りになっていた。こちらは益田駅から山口線に乗り換えた時に乗ったキハ47系:

益田駅から乗り換えたキハ47系気動車

津和野に到着したキハ47系気動車

 

そして、その他の電車たち:

益田駅にて。キハ126系。

国鉄時代の小郡保線区067。津和野駅にて。

益田から40分ほどで津和野へ到着したのだけれど、こちらも本降りで止む気配が全くなかったので、この時点で城攻めを諦めた。当初の予定としては、駅前にある貸自転車屋で自転車をレンタルして鯉料理をお昼に食べて、津和野城址の入口であるリフト乗り場まで移動して城攻めする計画だった:

津和野駅の駅前。左下にあるのがレンタルサイクル屋

ということで、改札を出て駅窓口へ行き、早々にJR山口線の振替高速バス(津和野駅から新山口駅まで当時3670円)を予約購入した。バスは1時間後に出発ということで、時間をつぶすために駅前を中心にぶらぶら観光することにした。

山に囲まれた津和野の町は、山陰の「小京都」と呼ばれており、写真を見てもわかるように、ほとんどの家の屋根が朱色になっている。そして、何よりもSLの街として知られており、津和野駅前にはD51型蒸気機関車が展示されていた:

D50型の改良型であるD51型蒸気機関車

昭和11(1936)年から同19年まで製造された

現在は全国に181両が静状態で保存されている

それから駅通りを西へ歩いて、津和野郵便局あたりから青野山を眺めたところ:

正面が青野山

本通りには地元の商店街の他に観光向けのお店や、保存された武家屋敷などが立ち並んでいた。さらに、本通りの正面には津和野城址が・・・:O。うーん、つくづく恨めしい天気だと思った:

本通り。正面の山が津和野城址。

ホント、京都っぽい町並みで情緒豊かな通りだった。あと、地酒屋が多かったなぁ。こちらは老舗っぽい蔵元「古橋酒造」:

杉玉を吊った古橋酒造

古橋酒造の初陣

さらに津和野は城下町の時代から鯉が飼われていたとか。それ以来、街全体では人口を越える鯉が住んでいると云われている:

大きな鯉

大きな鯉

大きな鯉

本町通りを抜けて、殿町通りに入ると津和野川が見えてくる:

津和野川と青野山

津和野川と津和野大橋

津和野川沿いに建つ津和野共存病院

こちらにも鯉のオブジェや鷺舞の像といったものがあった:

鯉のオブジェ

津和野大橋を渡って郷土館の前に立っている松の木:

郷土館の前の道路に建っていた松の木

津和野橋と並行に走っているJR山口線:

津和野川とJR山口線

そして、その向こうに見えるは津和野城址:

石垣は津和野城の三ノ丸跡

駅に戻る時に立ち寄った「城下町の小さな農家レストラン ちしゃの木」という喫茶・軽食屋さんでは無農薬の栗を使った料理が豊富で、ここで栗モナカ(アイス)を食べた。人懐っこい店のおばさんから栗羊羹を味見させてくれた。なかなかの美味だったのでお土産に購入した。栗の木は虫がつきやすく、無農薬で育てるのは、それはもう大変なんだとか:

無農薬の栗を使った羊羹

こんな感じで、津和野川を越えたところまで行って戻ってきただけの、ちょっとした観光で時間をつぶして、JRの代行バスに乗って津和野をあとにした。

バスに乗って山陰道を走って、遠くにある津和野城の三ノ丸跡を眺めていて、城攻めできなくてホント残念だったのだけれど、実は今年は2015年の3月に一ヶ月ほど広島出張があって、そこで改めて津和野城を攻めることができた。この時はJR山口線も完全復旧し、おまけにSLやまぐち号にまで乗れるという幸運にも恵まれた=)。そう思うと、この時はこれでよかったんだなぁと思ったり。

Getting Scared Again – 2 weeks ago.

ここ何年か大きく揺れのないところに住んでいたからか、こっちに来ると揺れが妙に大きく感じる。足下から伝わってくるなんとも言えない振動がそのまま恐怖感につながるって感じで。
ちょっと古いけど先々週の地震規模:
EQ_TwoWeeksAgo-20121219.png
こっちは 3.11の時のモノだけど、数値的に違うのは分かるのだけれど揺れは揺れってことで :$

Getting Reconstruction.

弟が今月末から東日本大震災支援のため宮城県に派遣されるとのこと。グローブでも贈ってあげようか。
あと、東京は警視庁勤務の友人が配属している本隊は福島原発20K圏内派遣だそうだ。
自分の場合は直接かかわることはできそうもないが、
こういう人達をサポートしていくことでも復興の一助につなげたい。

Getting serious by TOHOKU earthquake.

東北地方太平洋沖地震-20110313.png
日を追う毎に被害の甚大さに驚愕する。
我が家の本家は宮城県のため、連絡の取れない親戚の行方が心配だ。
しかし、日本の報道連中は何様なんだろうな。
どうしてあそこまで第三者的、他人様の立場でいられるのか理解できん。
See Also 東北地方太平洋沖地震: Google の Crisis Response プロジェクト
See Also Post-earthquake imagery of Japan: Google Earth の写真を使って地震発生前後を比較しているサイト