Castles in Japan」カテゴリーアーカイブ

栃木県宇都宮市 − the 3rd Attack of GW 2022.

今年は令和4(2022)年のGWは外出自粛といった恒例の措置[a]毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤭️。は施行されなかったので、十分な対策を講じて城攻め三昧な Week を計画した。既に第一弾第二弾の城攻めは完了。そしてGW 2022も後半戦へ。

と云うことで今年の GW 城攻め第三弾は栃木県宇都宮市にある多気城跡へ。この城跡は以前から攻めてみたいと思っていた山城の一つであったものの、その規模(城域の広さ)から日帰りでは時間的にキビシイと思い、なかなか実行に移せなかったのだが、幸運にもGWのこの時期に最寄りの町で宿が取れたので、この城一本に絞って計画を立てて実行に移したと云う次第。

結果から云うと、残念がら期待したほどの遺構は残っていない上に、せいぜい攻めれる箇所は主郭周辺くらいで、あとは藪化が激しくて立ち入れなかった :$。山登りとしては多気不動尊《タゲ・フドウソン》のあの長い階段を含めると結構なハードさはあったが、城攻めと云うよりは山登りで終わってしまったのが正直な感想で、かなり期待外れだった:|[b]勝手に期待していたのは俺なのだけれど。。おかげで帰りのバスの時間までだいぶ空いてしまったので、バス停近くにあった奇岩と大谷景観公園を観てきた:D[c]こちらは観光地と云うことで(多気山と比較すると)大賑いで人や車でごった返していた 😆️

この日は朝9時前にチェックアウトして、荷物を宇都宮駅のコインロッカーに預け、キビシイ登山になるであろうと予想してカメラ機材のみの荷物を担いで現地へ向かった。朝9時過ぎに駅西口から関東自動車の立岩《タテイワ》行のバスに乗り、最寄りである「立岩入口」のバス停に着いたのが朝10時前。

これはバス停近くから眺めた多気城跡(多気山)。多気城は多気山をまるまる城砦化したものだったらしい:

多気城跡

ここから多気山の山頂までは徒歩で移動した。こちらはその途中に見た「らくだ岩」と呼ばれている奇岩。ちょっと緑が多くて分かりづらいが、岩がラクダの首と背中の形をしている[d]緑の部分を消すとイメージしやすい。

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らくだ岩

そして、なぜか旧帝国ホテル中央玄関前の壺なるオブジェ:

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旧帝国ホテル中央玄関前の壺

なぜこんなオブジェがあるかと云うと、宇都宮市の特産である大谷石《オオヤイシ》は古来から建築用材として使われた経緯があるらしく、大正12(1923)年に完成した旧帝国ホテルにもふんだんに使われていたのだとか。このオブジェは記念として実物を模したレプリカらしい。

そして国道R293に出て多気山参道の坂を上がり、市営の駐車場で一休みして一気に多気不動尊まで移動した。こちらは交通安全祈願ができる明王殿。自転車祈願も受け付けているのだとか。いかにもモダンな御不動様だ:

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明王殿

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南無大聖不動明王

明王殿の奥には水かけ不動があり、さらに立派な山門をくぐった先にある126段の石段を登って本堂へ向かう:

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水かけ不動

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126段の石段を登りきらないと本堂へ行けない

こちらが本堂、そして歳神殿。さらに奥には弘法大師堂もあった;

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歳神殿

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本堂

大聖不動妙王を祀る多気山不動尊。ここで本日の城攻めの成功と家族の御加護を祈願した:

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多気山不動尊

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線香をたいて祈願する(100円)

境内で今日一日と実家の安全を祈願して、登山口から七曲りの登山道を登った。正直なところ城攻めで登っているの俺ぐらいなもので、ほとんどがハイカーの集団か家族連れだった:

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登山口

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七曲りの登山道

登山口から多気山山頂にあって御殿平《ゴテンダイラ》と呼ばれている多気城本郭跡まではおよそ20分程の山登り。直線距離にして0.6km。キツイ勾配はないので休みながら登っても30分はかからない:

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山頂の御殿平に建つ「多気城跡」の碑

昨日に続いて筑波山を拝むことができた:

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栃木県から茨城県の筑波山を望む(拡大版)

さらにパノラマで眺めた宇都宮市:

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多気山山頂からの眺め(パノラマ版)

多気城跡は山頂の主郭周辺にしか遺構が残っていなかったので、実質的にはただの山登りになってしまった:O。このあと握り飯を食べて帰りのバスに間に合うように下山した。

その途中でにわか雨に遭遇したが、この日はなんとなく天気が不安定になりそうだとふと思いついたのでアウターを持ってきたが、これが功を奏した感じ。もしかしたら多気不動尊の御加護かもしれない:)。そう云えば、途中ですれ違った普段着の家族連れを麓の駐車場で見かけたが、靴やら上着やらが泥だらけだったっけ。

下山したあとは駐車場前にあった茶屋で手作りお甘酒と団子を頂いた:

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甘酒と団子セット(200円+300円)

桃畑茶屋
栃木県宇都宮市田下町729-2

そして再び「立岩入口」のバス停まで戻ったのだけれど、次のバスまで30分ほど時間が空いてしまったので周辺にある奇岩をいろいろ眺めてきた。

まずは「弁慶の太刀割り岩」と「亀岩}。この二つの岩は同じ岩からなる(表と裏で呼び名が違うらしい):

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弁慶の太刀割り岩

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亀岩

日本全国津々浦々、巨大な岩は武蔵坊弁慶にあやかるものが多いようで:D

これは居然と呼ばれている奇岩:

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居然(東側面)

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居然(北側面)

ついでに大谷景観公園まで足を伸ばしてきた:

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大谷景観公園

大谷資料館(有料)へ行くともっといろいろ分かるようだけど、バスの時間もあったので今回は駐車場あたりでウロウロしながら奇岩を眺めてきた:

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「御止岩」(史跡名勝天然記念物)

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「御止岩」(史跡名勝天然記念物)

こんなに自然の偉大さを感じたのは、コロナ渦の生活にあって久しぶりである:

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他にもいろいろな奇岩

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他にもいろいろな奇岩

機会あれば大谷資料館にも行ってみたくなった。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also多気城攻め (フォト集)

参照

参照
a 毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが🤭️。
b 勝手に期待していたのは俺なのだけれど。
c こちらは観光地と云うことで(多気山と比較すると)大賑いで人や車でごった返していた 😆️
d 緑の部分を消すとイメージしやすい。

栃木県栃木市 − the 2nd Attack of GW 2022.

今年は令和4(2022)年のGWは外出自粛といった恒例の措置[a]毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが 🤬️は施行されなかったので、十分な対策を講じて城攻め三昧な Week を計画した。しかしながら第一弾の城攻め翌日は再び雨になった上に気温も下がり、その落差に体が順応できなかったのか軽い風邪+下痢[b]ホント文字どおり「水のような下痢」だった。水分を正常に吸収できなくなっていた。になって少し焦った:O が、漢方を飲んでしっかり寝た翌日は容態が安定したので、無事に城攻め第二弾を実行に移すことができた :)

と云うことで今年の GW 城攻め第二弾は栃木県栃木市にある二條城跡へ。ここは、実は五年前に攻めてきた西方城跡のすぐ近くにあったらしいのだが、当時は全く気づかずにスルーしてしまった城跡。その後も登城口が分からなかったので放置していたが、今回は第三弾の城攻めのために栃木県宇都宮市に宿泊する機会を持てたので、なんとか調べて登城口を見つけ、ついでに攻めてきたと云う次第。それに城攻め第三弾は再び山城を予定していたので、病み明けの体のウォーミングアップも兼ねると云う意味でも ;)

無事に下痢が治まった当日は埼玉県の栗橋で東武日光線・東武日光行きに乗り換えて東武金崎駅で下車。そこからは五年前に一度歩いたルートで城跡を目指した:

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二條城跡と西方城跡の遠景

ちなみに登城口だけど、この八坂神社を起点として東北縦貫自動車道へ向かったところにある:

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八坂神社の前を真っ直ぐ進む

当時の登城口は柵が設けられていて先に進むことができない状態であったが、特に立入禁止などの警告は無かったので、柵に結ばれていたビニル紐を外して中に入り、東北道をくぐって城跡へ向かった[c]もちろん柵を締めてビニル紐を結び戻しておいた。

城跡へ向かう途中にはイノシシ捕獲用の檻が置いてあった :O

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栃木市がイノシシ捕獲用の檻を設置していた

現在、二條城跡には開山不動尊が建っていた。これは不動明王が右手に持つ剣をモチーフにした置物:

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不動明王のシンボルである倶利伽羅剣

城攻めの後は、これもついでになるが、城跡近くにある実相寺《ジッソウジ》にある藤田信吉《フジタ・ノブヨシ》公の墓所を参拝してきた。こちらは墓所がある高台から眺めた筑波山:

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栃木県から茨城県の筑波山を望む(拡大版)

今回の栃木県の城攻めでは、茨城県の筑波山を拝む機会が多かったなぁ。

この後は宿泊地の宇都宮へ向かうため、再び東武金崎駅まで戻り栃木と小山を経由して移動した[d]この時は両毛線でトラブルがあって栃木駅で30分くらい足止めを食らったけど 😕️。

宇都宮に着いた頃は、またまた天気の雲行きが悪くなったので、早々に夕食を摂ることにした。この日は宇都宮駅西口から少し歩いたところにある牛かつ屋。この日は、次の日から連休後半が始まる平日ということもあって混むんじゃないかと予想していたが、開店早々に到着した店内はガラガラだった。

カウンターに座り、赤ワイン(500円)と牛かつ御前200g(2,180円)、あと塩ダレキャベツ(280円)を注文した:

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赤ワインと牛かつの食べ方

牛かつが揚がるまで時間がかるかと思ったら速攻で出てきたのには驚いた :$。逆にキャベツの方が遅かったし :|

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メチャクチャ速攻で出てきた牛かつ御膳200g

飲みと喰いのタイミングがちぐはぐになってしまったが、まったく味のない薄いワインを飲み干して、早々に牛かつを頂くことにした。御膳に載っている溶岩プレート[e]プレートの下から燃料で熱せられていたので、燃料が無くなるまでが制限時間でもある。で焼いて、いろいろな薬味を付けて食べるスタイルらしい:

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赤身部分を溶岩プレートで焼いて食べる

薬味は「わさびを載せて醤油を付ける」、「岩塩(これを載せる皿がない)」、「だしとろろ」、「山わさびソース」、「牛かつソース(これを載せる皿がない)」そして「とろろ」の6種類。全ての薬味を試したけど、「だしとろろ」と「牛カツソース」が旨かった。御飯は麦飯で、おかわりもできるのは嬉しい。

ただメインの牛かつは、ほとんどが脂身とスジの塊で、全くジューシーさを味わえなかった ;(。小さい鉄板の上で200gの牛かつを焼いていると自然に焦げができて、だんだんと焼きづらくなるのがダメダメだった。あと鉄板を温める燃料がいつのまにか消えていたし :(。なんか、いろいろ段取りが悪い店って感じ。

ちょっと天気が気になったので長居せず、酒も御飯もおかわりすることもなく、そして酒が無い状態で塩キャベツ食べ終えた時点で店を出ることにした。残念ながら既に雨が降っていたが ;(

そして宿泊先へ戻る前に宇都宮駅構内のパセオに立ち寄って、実家に御土産を送っておいた。おそらく明日の帰りに買おうとしたら昼間の観光客でごった返してそうなので。

牛かつ・なかい
栃木県宇都宮市東宿郷4丁目6-5

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also下野二條城攻め (フォト集)
See Also藤田能登守信吉公墓所 / 那智山・実相禅寺 (フォト集)

参照

参照
a 毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが 🤬️
b ホント文字どおり「水のような下痢」だった。水分を正常に吸収できなくなっていた。
c もちろん柵を締めてビニル紐を結び戻しておいた。
d この時は両毛線でトラブルがあって栃木駅で30分くらい足止めを食らったけど 😕️。
e プレートの下から燃料で熱せられていたので、燃料が無くなるまでが制限時間でもある。

群馬県安中市 − the 1st Attack of GW in 2022.

今年は令和4(2022)年のGWは外出自粛といった恒例の措置[a]毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが 🤐️は施行されなかったので、十分な対策を講じて城攻め三昧な Week を計画した。しかしながらWeek前半は天気に悩まされた。一日前の予報も全く当てにならないって感じで :(。おかげで初日の城攻めは大雨で次の日に繰り越すことに。幸いにも翌日は晴天になってくれたが、ぬかるみとかが気になってしまった :O

と云うことで今年の GW 城攻め第一弾は群馬県安中市にある松井田城跡へ。事前に調査してみたらかなり広い城域の山城で見どころも多いようなので時間内に見て回れるか多少不安であったが。さらに小田原北條氏の重臣であり松井田城主を務めた大道寺政繁公の墓所がある補陀寺《ホダジ》にも立ち寄よる予定も追加した。この城跡には駐車場もあるようだが、車の移動時間が読めなかったので移動は公共機関と徒歩にした。

当日は東京から北陸新幹線たにがわ403号・ガーラ湯沢行で高崎まで移動した:

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JR新幹線たにがわ403号はE7系

こちらは高崎駅構内で見かけた D51 のSL時計。SL復活運転の拠点が高崎駅なのだとか:

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SL時計

そして信越本線に乗り換えて最寄り駅となる西松井田駅に到着したのが朝10時前。駅北側の高架から松井田城跡を眺めることができた。往時は全山要塞化された山城だったようだ:

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西松井田駅から眺めた松井田城跡

一方、駅の南側からは日本三大奇景の一つとされる妙義山《ミョウギサン》を見上げることができた:

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西松井田駅前から眺めた妙義山(拡大版)

今から700万年以上前に形成され、その後に風化・侵食することで険しい斜面となったらしい。ズームすると、その特異な形状がよく分かる =)

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妙義山の奇岩

こちらも同じく駅の高架から眺めることができた浅間山:

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信越本線・横川方面

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浅間山

駅北口から国道R18(松井田杯パス)へ向かう途中に大道寺家の菩提寺でもある補陀寺がある:

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曹洞宗・補陀寺

大道寺政繁公の墓所前からも妙義山をよく眺めることができた:

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補陀寺から眺めた妙義山

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裏妙義ー丁須の頭

ちなみに大道寺政繁公の供養塔は、昨年末に攻めてきた河越館跡近くの常楽寺にもある。

ここから往来が激しい国道R18沿いを歩いて、松井田城跡の登城口までぐるりと回り込むようなルートで向かった。

こちらはR18沿いを歩いていて見かけたもの。まずフジの花:

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松井田バイパス沿いで見かけたフジの花

国道R18越しに眺めた妙義山:

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松井田バイパスと妙義山(拡大版)

妙義山は白雲山(1,801m)、金洞山(1,104m)、そして金鶏山(856m)の三山からなる表妙義と、谷急山(1,162m)、烏帽子岩(1,105m)、赤岩岳、丁須の頭《チョウスノカシラ》(1,057m)、御岳からなる裏妙義を総称するものらしい:

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表妙義ー白雲山

最後は国道R18沿いに建っていた天竈朝陽《テンソウ・チョウヨウ》と古賀錦山《コガ・ギンザン》の墓碑(市指定重要文化財):

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天竈朝陽・古賀錦山の碑

二人共に江戸時代の医者であり、松井田宿で患者の診察など献身的な奉仕で多くの信頼を得たという。天竈朝陽は本名は松井安二郎と云う大坂の人で京都で医法を学んだ。天保6(1835)年に死去したあと、門人によって墓碑が建てられた。古賀錦山は九州の人で松井田宿で多くの診療に従事した。慶應2(1866)年に死去するが「天竈朝陽翁のそばに葬って欲しい」との遺言により、天竈朝陽の傍らに埋葬された。

【参考情報】

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also松井田城攻め (フォト集)
See Also大道寺駿河守政繁公墓所/大泉山・補陀寺 (フォト集)

参照

参照
a 毎度のことながら個人の分別にる判断に依るところが大きいが、他人と接触機会を減らすことは対策として最も基本的かつ有効なもののあるのは自明なので。何処かの馬鹿はそんなことさえ理解していなかったが 🤐️

奥多摩釜めし・愉宇 − A simple Kamameshi has a simple taste.

先週は令和4(2022)年の天皇誕生日、陽が出ている割にはまだまだ三寒四温《サンカンシオン》なんて感じられない肌寒い祝日に、次回予定していた山城攻めの下調べ[a]駐車場の有無など確認したかった。のために東京都奥多摩まで足を運んできた。長時間ドライブに加え道に迷うなどハプニングなどあったが、通りがかりに目についた飯屋で遅めのお昼を摂ることにした[b]トイレにも行きたかったので。

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奥多摩・青梅地域では釜めしの元祖らしい

どうやらこのお店、「奥多摩釜めし」の元祖らしく釜めしセットがオススメとのことだった。この奥多摩釜めしには水炊きがつく[c]さらに+100円でうどん入りの水炊き釜にできるらしい。のがデフォルトらしい :)。本格的な釜めしは初めてなので、今回は水炊きが付かない方のミニセット(1,250円)を注文した。

釜めしが炊きあがるまで少し時間がかかるようなので前菜が出てきた。お皿に載っている山芋はこのお店で栽培したものらしい:

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前菜(温泉卵+山芋)

お店のすぐ脇を渓谷度が数段高い荒々しい多摩川が流れており、そんな渓流を眺めながら頂いた。山芋は丁度よい塩加減で美味しかった :)

あと竹で造ったシンプルな箸置きが気に入ったので帰り際にお土産として購入した。で前菜を食し終えて待つこと10分くらい。お待ちかね、釜めしセットの登場:

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奥多摩釜めしミニセット(1,250円)

お店の中は寒かったので、温かくてほくほくした釜めしはたまらないって感じだった :D。具は山菜がメインだと思ったら、他にひじきなんかが入っていたり、お米は昆布や鰹節なんかで炊いているんだそうで。奥多摩釜めしはまるまる山のモノって云うわけではないようだ:

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山のモノがメインと思ったら…

味付け素朴で、濃くもなく薄くもなくシンプル。ただかなり残念だったのがみそ汁が温るくて、他に具材のカボチャやきんぴらが冷たかったこと。具材の方はおそらく炊きあがった後に出来合いのものを載せたぽいな :$

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ひじきが入っていた

と云うことで完食。黒豆も美味しかった。好物だし:

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完食

会計の際に、店内で宣伝していた梅酒(600円)と竹細工の箸置き(200円)をお土産に購入した ;)

奥多摩釜めし 愉宇《ユウ》
東京都青梅市二俣尾1-52


ここからはオマケ。すべて下調べした山城を攻めた時のもの。

下調べは車だったけど、実際の城攻めではJRで移動した :P。こちらは最寄り駅であるJR青梅線の二俣尾駅:

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二俣尾駅

駅北口から城跡へ向かう途中にある洞宗海禅寺。大変立派な山門:

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海禅寺の山門

そして、この寺院の参道はJR青梅線が横切っていた:

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参道を横切るJR

この日攻めた山城は、奥多摩では有名な青梅高水山トレイルコースとか奥多摩丘陵ハイキングコース上にあって、COVID-19::Omicron 感染拡大中にも関わらず、たくさんの人に遭遇した。 オマケに、この日は先日の下調べした時とは大違いの暖かさだったし:

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青梅高水山トレイルランのコース

これは枡形山城の主郭跡で見かけた基準点。:

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二等基準点

枡形山城跡から物見山(405m)へ向かう途中、まだ雪が残っていた。この道はハイキングコース:

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奥多摩ハイキングコースに残る雪

尾根筋には送電線の鉄塔が建っていたが、そこに付いていた注意書き、最近どこかで見た記憶がある:

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送電線の鉄塔

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なぜ鷲?

物見山から下りていくと名郷峠:

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名郷峠(拡大版)

さらに名郷峠から振り返って見た物見山方面:

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急峻なコース(拡大版)

こちらが、今回の目的地である辛垣《カラカイ》城主郭跡:

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辛垣城主郭跡

この城は石灰岩が多かったらしく、江戸時代から採石場となっており、城の状態が破壊された状態で残っていた。なので土塁で囲まれている訳ではないらしい。

他にもハイキングコースからは巨大な岩盤をたくさん目撃した;

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むき出し岩盤

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切り立った岩盤斜面

城攻め中に見つけた不思議な切り株と無数の苔:

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切り株を覆う苔

下山したあと、多摩川に架かる奥多摩橋から城跡を眺めることにした:

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雷電山と辛垣城(辛垣山)

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奥多摩橋

この奥多摩橋から見下ろした多摩川:

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多摩川

多摩川

最後は多摩川が侵食してできた岩盤。荒川みたい:

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多摩川

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also辛垣城・枡形山城攻め (フォト集)
See Also海禅寺と三田氏墓所 (フォト集)

こちらが今回の散策ルート:

辛垣城攻めルート

活動時間は 04:15、距離は 6.1km、消費カロリーは 1937kcal。

参照

参照
a 駐車場の有無など確認したかった。
b トイレにも行きたかったので。
c さらに+100円でうどん入りの水炊き釜にできるらしい。

小野路宿散策 − It was unexpectedly Historical Area.

昨日は令和4(2022)年の立春の候を過ぎた週末、この季節一番で極寒の予報ではあったが天気が良いようなので今年初の城攻めへ。

新しい年が明けてすぐに国内のいたるところで COVID-19::Omicron の感染が急拡大し、もしかしたら関東圏には今月にも緊急事態宣言が発令されるんじゃないかと云う不安が募ってきた中、何といってもずいぶんと山城攻めがご無沙汰だった[a]記憶では、昨年は令和3(2021)年10月末が最後だったと思う。こともあって山城を探すことに。

しかしながら遠出の準備をする暇も無く、もちろん感染拡大中での移動手段も気になったので、比較的近場である東京都町田市にあった平山城を攻めることに。一つは比高70mほど丘陵上に築かれていた小野路城跡と、その近くにあった砦規模の小野路関屋城跡へ。この周辺には多摩丘陵なんかがあるようで町田と云ってもてっきり田畑が多い田舎的なエリアと勝手に想像していた ;)

で今回、小野路城跡を攻めたあと次の小野路関屋城跡へ向かう際に、町田市HPの小野路宿里山交流館・周辺散策ガイドマップで公開されていた散策路を利用した訳なのだが、この辺りはどうも江戸時代の宿場町として賑わった小野路宿《オノジジュク》って意外と歴史的に知られたエリアだったようだ。どうりで小野路宿通り[b]都道R156(町田日野線)のこと。を歩いていたら風情ある建物が目についたっけ :)

と云うことで小野路城跡からほど近い町田市立野津田公園まで車で移動して駐車場[c]土日は有料。今回利用したのは西口第1駐車場。朝9時半からお昼1時半くらいまでで料金は350円(当時)。こんなご時世からか有料だからか朝9時でもガラガラだった。から出発。

駐車場を出るといきなり「小野路の一里塚」なる史跡があった:

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小野路の一里塚

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小野路の一里塚

この塚は、徳川家康が死去した翌年の元和3(1617)年に駿河国の久能山東照宮に埋葬されていた遺骨を日光東照宮へ移すための街道整備に伴って造られたと云う。この街道は、古来は「鎌倉みち」と呼ばれ、鎌倉から武蔵国の国府があった府中を抜けて上野国方面につながっていたらしい。

こちらは小野路城跡へ向かう途中で見かけた注意板。電柱の後ろに隠れているのは、いかにも昭和生まれの悪い奴って感じ:D

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真っ暗だと分かりづらくないか?

これは城の遺構ではないけど、なんとも特徴的な地形:

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さらに城跡へ向って歩いて行くと、気になる注意版があった:

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この辺りは「図師小野路歴史環境保全地域」(拡大版)

気になったのは「マムシ注意」の方ではなく「SNSに載せないで!」って云う注意書き :|

保全地域内の希少生物の写真や情報を SNS に掲載することにより、土地が荒らされたり盗掘などの危険にさらされる可能性がありますので、お控えください。

〜貴重な動植物への配慮をお願いします〜(東京都多摩環境事務所)

人の良心に訴える控えめな注意書きのようだが、これを尊守する(外国人を含む)人間がどれくらい居るだろうか。今のような時代、本当にこれを実現したいのであれば完全保護区みたいにしないとダメではないだろうか :|。正直 SNS が悪とするのは全く合理的な主張には聞こえないし、逆に地元の奴輩の強引で身勝手な主張と捉えられないだろうか。盗むや壊す行為自体は犯罪なので。

実は、今回攻めた小野路城跡も歴史環境保全地域である:

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小野路城址(拡大版)

本丸に相当する郭1跡には八雲《ヤクモ》神社が祀られていた:

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八雲神社

全国に多くあるスサノオを祭神とする八雲神社の分祀だろうか。詳細は不明。

そして郭1跡北側下には城内の井戸としても利用されたという(伝)小町井戸があった。今でも水が湧き出ていた;

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(伝)小町井戸

この名の由来は、平安朝のむかし、小野小町が病にかかったおり、この山に千日籠もり、この湧き水で目を洗ったところ全快したと云う伝説から。

こちらは城内にあった送電線用の鉄塔とその注意書き。でも、なぜ鷲? 鷲だと登っちゃわない?:

環境保全地域を横切る送電線

環境保全地域を横切る送電線

なぜ鷲?

なぜ鷲?

城の郭跡の一つが10番ホール(?)になっていた:D

ここはゴルフ場ではありません

ここはゴルフ場ではありません

小野路城を攻めたあと、ガイドマップにあった散策路を経由して次の小野路関屋城へ向かった。

こちらはコース No.6 と No.5 の標柱の間にあった田畑から眺めた風景(パノラマ):

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のどかな田畑風景(パノラマ)

さらに見晴らし広場なる展望エリアからの眺め。ランドマークタワーが見えるとマップに書いてあったが、まったく見えなかった :(

ランドマークタワーはどこ?(拡大版)

ランドマークタワーはどこ?(拡大版)

ここからさらに東を進んでいくと、(伝)戦車塹壕なる遺構があった[d]一応、Google Map に場所を申請しておいた。

戦車塹壕跡

戦車塹壕跡

戦車塹壕跡

戦車塹壕跡

先の大戦末期、本土決戦を想定して帝国陸軍は相模湾から上陸するであろう米軍を迎撃するために、ここ多摩丘陵周辺に最後の防衛ラインを築き、小野路をあたりには戦車壕が掘られたのだとか。かって町田市内と多摩丘陵上の尾根道は「戦車道路」とも呼ばれ、相模陸軍造兵廠《サガミ・リクグン・ゾウヘイショウ》による性能テストや訓練に使われた専用道路があったらしい。

小野路関屋城跡近くには、鎌倉みちと布田道が交差する箇所に関所が建っていて切通しになっていたらしい。現在は「関屋の切通し」と呼ばれている:

関屋の切通し(拡大版)

関屋の切通し(拡大版)

一部は崩落している箇所があるようだけど、注意板とか建てなくて大丈夫なのだろうか? :/

関屋の切通し

関屋の切通し

関屋の切通し

関屋の切通し

説明板によると、この布田道は、かの新撰組局長・近藤勇も通ったらしい:

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布田道

小野路関屋城跡の内部は大部分が竹林だった;

城内は竹林

城内は竹林

城内は竹林

城内は竹林

ちょっと奇妙な模様を持つ木。枯れ木?:

奇妙な模様が入った木

奇妙な模様が入った木

奇妙な模様

奇妙な模様

最後は、城攻めを終えて野津田公園へ戻る際に参拝しに立ち寄った小野神社:

尾野神社

尾野神社

梵鐘

梵鐘

小野路宿の入口に建つ小野神社は小野篁《オノ・タカムラ》なる国司の御霊を祀った神社。篁は平安時代前期の人で、和漢に優れた学者で、学問の神様であり、菅原道真の先輩にあたるのだとか。

戦国時代に入ると山内上杉の兵が小野神社の宮鐘を陣鐘として持ち去ったらしく、拝殿脇にある梵鐘は昭和の時代に復元寄進されたものらしい。

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also小野路城攻め (フォト集)
See Also小野路関屋城攻め (フォト集)

こちらが今回の散策ルート:

小野路宿散策ルート

小野路宿散策ルート

活動時間は 03:11、距離は 6.0km、消費カロリーは 1443Kcal。

参照

参照
a 記憶では、昨年は令和3(2021)年10月末が最後だったと思う。
b 都道R156(町田日野線)のこと。
c 土日は有料。今回利用したのは西口第1駐車場。朝9時半からお昼1時半くらいまでで料金は350円(当時)。こんなご時世からか有料だからか朝9時でもガラガラだった。
d 一応、Google Map に場所を申請しておいた。