Castles in Japan」カテゴリーアーカイブ

大海軒 毛呂山店 − A Very Hot Soup in the Big Bowl.

先週末は、令和3(2021)年5月最終週、COVID-19 のまん延防止等重点措置の再延長が決定されたばかりであったけど梅雨入りする前の貴重な晴天の休日は逃せないということで、またまた埼玉県入間郡にあった城攻めへ。

雲のない晴天との予報だったのに現地に着いてみたらは曇が多かったな[a]最近の天気予報のハズレ度は大きいな。それも数時間前の予報で。温暖化で、既に予報アルゴリズムが通用しない気候変動期に入ってしまったのだろうか、この地球は  😈  。マスク付けて歩き回っていたら口の回りが蒸し暑かったので難儀したっけ  :$

この日の午前中のお目当ては「ゴルフ場の中にある」城跡。現在は雷電神社や稲荷神社なんかが建っているのだけれど、さらにゴルフ場の中を町道R3368が横切っていると云うこともあって、原則的に神社への参拝目的ならばゴルフ場の門を開けて中へ入ることは可能[b]ただし施錠されていないので開けたら閉めておく事。。そして、中に入ったらプレイの邪魔にならないように参道(R3368)を登って行くって感じ8)

そう云うことで午前中は人っ子一人居ない[c]人以外の動物には遭遇したが・・・ 😀 山城を歩き回り、午後からまた歩き回るエネルギーを補給するため最寄りの毛呂《もろ》駅へ戻ってきた。この駅周辺は意外と御食事処が多いなぁと云う印象だったが、その理由は近くに埼玉医大があるからだろうか。まぁ休日だし、たまたまお昼時だったからかもしれないが、客がたくさん入った店を多く見かけた。

そういう自分も気になっていたラーメン屋へ直行したのだが、既に店の前には行列が:O。予定より早めのお昼になってしまったので、時間的にどうかと思ったけど、まさか行列ができるほどとは思ってもいなかった。それならばと、午後に予定していた城跡[d]その昔は源頼朝の御家人で、秀吉が関東に入った頃まで、この周辺を支配していた名族・毛呂氏の菩提寺と館跡。を先に巡ってから、また来てみることに。

こちらがお昼を食べたラーメン屋の大海軒・毛呂山店。時間としては午後1時半くらい。行列は解消されていた:

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中華そばの大海軒《たいかいけん》

店に入って手を消毒し、券売機で食券を購入。初めてなので一番人気らしい「ワンタン麺」(950円)を注文。店の人に席を示されて座る。

そして出てきた中華そばがこちら。丼《どんぶり》がでかい :O

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ワンタン麺(950円)

早速スープから飲んでみたのだけれど、これがまた激熱。思わず舌を火傷してしまった ;(。スープが熱いのでワンタンも熱い。こんな暑い日にハフハフしながら細麺をすすった。

ありがたいことに店員サンが何度も冷たい水を補給しれくれたので、火傷は酷くならなかったよ ;)。さらに、しっかりと肉が包まれたワンタンも、うかつにすすると火傷するので注意:

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熱々だけど旨味のあるワンタン

スープはやや薄口の味付けだけど、煮干しの香りがよく最後まで飲み干せる優しさがあった:

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完食

やっぱり暑くて汗出しまくって歩き回ったからか、薄口でも十分と味わうことができた。チャーシューは少し固め。シナチクもやや小さ目だったのが残念。

大海軒・毛呂山店
埼玉県入間郡毛呂山町毛呂本郷 657-6


ここからはオマケ。

午前中に攻めた竜ヶ谷城跡は人っ子一人会わず、この時期としては理想的な城攻めであったが、人間以外の動物をよく目にした。

まずはシマヘビ。腰郭跡へ下りた瞬間に目撃したのだけれど、あまりの巨大さに驚いて、まじまじと見入ってしまい、カメラで撮れたのは尻尾あたりだけだった :D。シマヘビって2m近くも大きくなるものだろうか:

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2mくらいあったシマヘビ(の尻尾)

同じく竜ヶ谷城跡で見かけた鳥。名前がわからない[e]カッコウかな。植物や鳥の名前を覚える簡単な方法はないかな。

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鳴き声が特徴的だった

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意外とすごい顔していた

写真はないけど他には、大きなカラスが餌を大事そうに口に加えていたのを見かけた。人間がそばに居ても一向に驚く気配が無かったっけ。

竜ヶ谷城跡の周囲はゴルフ場と云うことで、城内にはOBしたボールが幾つもあった:

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城跡にゴルフボール

城跡である雷電神社へ向かうには、こんな感じのゴルフ場の中を行く:

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オリムピック・ナショナル・ゴルフクラブ( WEST)

竜ヶ谷城攻めを終えた帰りに見かけた地蔵さま。毛呂山町指定民俗文化財(有形民俗文化財)の大行寺地蔵尊《だいぎょうじ・じぞうそん》。左手の三面六臂《さんめん・ろっぴ》の彫像が印象的:

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大行寺地蔵尊

こちらは毛呂氏館跡に建つ長栄寺《ちょうえいじ》の総門前にあった瀧と不動明王像:

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長栄寺の瀧

最後はJR八高線[f]この車両は群馬県の高崎駅と埼玉県の高麗川駅の区間のもの。

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JR八高線(キハ110)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also竜ヶ谷城攻め (フォト集)
See Also毛呂氏館攻め (フォト集)

参照

参照
a 最近の天気予報のハズレ度は大きいな。それも数時間前の予報で。温暖化で、既に予報アルゴリズムが通用しない気候変動期に入ってしまったのだろうか、この地球は  😈  
b ただし施錠されていないので開けたら閉めておく事。
c 人以外の動物には遭遇したが・・・ 😀
d その昔は源頼朝の御家人で、秀吉が関東に入った頃まで、この周辺を支配していた名族・毛呂氏の菩提寺と館跡。
e カッコウかな。植物や鳥の名前を覚える簡単な方法はないかな。
f この車両は群馬県の高崎駅と埼玉県の高麗川駅の区間のもの。

道灌うどん − “The Udon” shop in the country.

今週は令和3(2021)年のGWも終りの頃[a]東京都で三度目の緊急事態宣言が発令中だった。自分の居住地区はまん延防止等充填措置中。N501Yの蔓延が危惧される中を十分な感染対策を意識したが、天気が良かったので帰りの電車はけっこう混雑していた :-(、晴天の日を選んでいて先のばししていた埼玉県入間郡にあった城攻めへ。

ただ城は砦規模で小一時間ほどで攻略できそうだったので、その前に名将・太田道灌公の墓所がある菩提寺の龍穏寺《りゅうおんじ》に足を運んできた。天気が良かったので最寄りのバス停から歩くことに[b]川越観光自動車の黒山線で上大満《かみだいま》というバス停で下車し、そこから片道30分ほど。。こんな時期にあって多くの人は車で来ていたようだけど、サイクリングやツーリングでやって来る人達がも多かった。

菩提寺から越生《おごせ》駅へ戻ったら、次は駅の東口(山吹口[c]ちなみに西口は道灌口。)から歩いて越辺川《おっぺがわ》を渡った先にある太田道灌ゆかりの地として伝わる山吹の里歴史公園へ。やまぶきの花は既に終わっていたが高台へ登ると越生町を眺めることができた。

公園を出たら、お昼をどこかで適当に摂って越生神社の裏にある城跡を攻めようと思い、再び越生駅へ戻ろうとしたら「うどん屋」の看板が目に入った:

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「ザうどん・道灌うどん」

この街が押している太田道灌の名前を冠したお店と云うことで、せっかくなので駅へ向かう前にこの店で腹ごなしすることにした ;)

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道灌うどん(以前は中華料理屋)

長机と椅子を並べただけの、いたってシンプルな店内には既に六組ほどのお客がいた。手を消毒して入るとすぐ券売機があったので肉汁うどん(600円)の食券を購入:

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基本的に麺がなくなり次第閉店らしい

券売機の奥が厨房になっていて、中では店主の男性とアルバイトらしき女性が大忙しに調理していた。店頭にあったとおり「セルフオーダー」のようで食券を持って立っていたが、なかなか注文をとりにきてくれないくらい忙しそうだった :O。やっと来てくれたと思ったら「順番に出すのでちょっと待ってくれ」と云われ、仕方がないので先に席を確保し、こちらもセルフの水を取りに行ってから再び厨房前へ行くと女性がフォローしてくれた。

それから20分ほど待って、「肉汁うどんの方」って呼ばれた[d]順番を管理している暇も無いようで、他のお客とかぶるケースがあったので少し困惑した。ので厨房前の受け取り口へ行き、うどんと受け取ってきた:

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肉汁うどん(600円)

温かいつけ汁にはネギと鶏肉が薬味として入っていた。うどんの方は手打ちらしい太さがバラバラの麺。つけ汁につけて食べると、適度な縮れもあって、のど越しも良かった。大盛り(50円)でもよかったかなぁと少し後悔したが、自分のあとの二組目くらいで麺が無くなったようで、あらたに入って来たお客は残念そうに出ていったっけ。

割引券をもらったので、また来てみよう :)

道灌うどん
埼玉県入間郡越生町如意435-23


ここからはオマケ。

越辺川に架かる山吹橋。正面に見える杜が山吹の里歴史公園。この橋を渡って右手すぐに道灌うどんがある:

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山吹橋

太田道真・道灌父子の菩提寺である龍穏寺へ向かう道は舗装されており、さらに周囲は「マイナスイオンの宝庫」。天気がよく気持ちのよいハイキングになった上に、いろいろな「もの」に遭遇したっけ。

こちらは龍穏寺の山門。大正時代の初めに火災で多くの堂宇を焼失したが、それを免れた歴史的建築物の一つ。天保13(1842)年の再建:

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龍穏寺の山門

一階には仏法を守護する四天王(毘沙門天、持国天、増長天、広目天)が祀られ、二階には観音菩薩、八大神将《はちだいしんしょう》と十六羅漢《じゅうろくらかん》[e]御釈迦様の弟子のうち特に優れた代表的な16名の弟子。が祀られている。

境内には太田道真・道灌公の墓所の他に銅像もあった:

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龍穏寺(埼玉県入間郡)の道灌公像

その昔、神奈川県伊勢原市で公の墓所を巡ってきたが、その際も公の銅像についてまとめていたので、ここで再びまとめてみた:

伊勢原市役所前の道灌公像

芳林寺(埼玉県さいたま市)の道灌公像

川越市役所(埼玉県川越市)の道灌公像

JR日暮里駅前の道灌公像

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東京国際フォーラム(東京都千代田区)の道灌公像

これ以外にも静岡県東伊豆町や長野県佐久市にも公の銅像があるらしい。機会があれば是非、写真に納めたい。

こちらは龍穏寺へ行くまでに目にした風景:

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杜(拡大版)

こちらは越辺川の支流:

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越辺川の支流

草花たち:

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菖蒲

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藤の花

清流渓谷[f]地形《じぎょう》の衝上断層のこと。の案内板からの眺め:

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巨石

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清流

人間が近くにいることも気づかずに、ひたすら餌をさがしていた子イノシシ。このあとカメラを向けていた自分に気づいて一目散に走って消えた:

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餌探しに夢中のイノシシ

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also太田道灌公墓所巡り (2) (フォト集)
See Also太田道灌ゆかりの地巡り (フォト集)
See Also武州高取山城攻め (フォト集)

参照

参照
a 東京都で三度目の緊急事態宣言が発令中だった。自分の居住地区はまん延防止等充填措置中。N501Yの蔓延が危惧される中を十分な感染対策を意識したが、天気が良かったので帰りの電車はけっこう混雑していた :-(
b 川越観光自動車の黒山線で上大満《かみだいま》というバス停で下車し、そこから片道30分ほど。
c ちなみに西口は道灌口。
d 順番を管理している暇も無いようで、他のお客とかぶるケースがあったので少し困惑した。
e 御釈迦様の弟子のうち特に優れた代表的な16名の弟子。
f 地形《じぎょう》の衝上断層のこと。

武州めん 本店 − This is a Hand-Kneaded Noodle with a 100-Year History.

昨日は令和3(2021)年の春分の候を過ぎたとある週末[a]関東圏で二度目の緊急事態宣言が解けた最初の週末でもある。しかし新規感染者が下げ止まりで、かつ上昇の気配があったので、十分な感染対策を意識したが、帰りの電車は超満員 :-(に、午前中は晴れ間になるとのことで埼玉県比企郡にあった山城を攻めてきた。

遺構としては、予想外に見所があった山城だったので、ずいぶんと藪をかき分けて歩き回ってきた。さらに、この周辺は家族連れに人気のあるハイキングコースの一部であるようだけど、城攻め中に遭遇した人は3人だけだった :O。ほとんどのハイカーは城跡を通過すると云っても主郭[b]本郭やニの郭や三の郭など城を構成する縄張のうち中心部分。といった城域ではなく、それを迂回するように設けられていた散策路を利用していたようだ[c]それでも大声で喋ったり笑いながら歩くシニア系のハイカーの声は城内まで響いていたけどな :mrgreen:

城攻めを終えて下山する前に、標高298.9mの仙元山《せんげんやま》頂上に寄って展望台の上で軽く腹ごなしをした[d]駅前のローソン(10:00amくらい)ではおにぎりが全て売り切れだったので、近くにあった「あけぼの」って弁当屋で小さなおにぎり3個購入した。。それから最寄りの東武東上線小川町《おがわまち》駅へ向かうつもりだったが、予定より早めに切り上げることになったし駅までの行程でお腹が空いたので、ちょっと気になっていたうどん屋へ行くことに:

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武州めん 本店

事前にホームページを見た時は「麺がなくなり次第終了する」ってあったので、到着したら時間的にギリギリな感じがあったけど、すんなり入店できた 8)

あと実際に来てみるまで「うどん屋」だと思っていたが、どうも蕎麦もあるようで、ちょっと迷ったけど「きのこ肉汁うどん(麺は並)」 850 円にした:

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「きのこ肉汁うどん」(850円)

冷盛のうどんよりも、具材の多い暖かいつけダレの方が断然ボリューム感があって、ちょっと驚いたが :D。麺は手打ちで太さはバラバラ。コシが強いって云うか、芯が残っていてかなりの噛みごたえがあった。そのおかげかどうか、十分な満腹感があった:

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手造りにこだわった麺

今度は蕎麦で食べてみよう :)

武州めん 本店
埼玉県比企郡小川町小川500-1


ここからはオマケ。

こちらが仙元山(標高290m):

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仙元山(拡大版)

そして仙元山の南にあるのが、今回攻めてきた青山城跡(標高267m):

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青山(割谷)城跡(拡大版)

仙元山へ登るハイキングコースが幾つかあるようで、いずれの登山口からでも青山城跡へは行くことは可能だが、今回はハイカー集団に遭遇する可能性が低い青山側の登山口を利用した。その代わり小川町駅から徒歩で30分くらいかかるけど:

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ここから分岐点まで約35分

さらに仙元山と城跡への分岐点まで約20分だった(公称は約35分):

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仙元山と城跡への分岐点

この分岐点を右手に折れて、尾根筋の散策路を進んで行くと城域に入ることができた。

城攻めを終えたあとは、上の分岐点で「山頂」方面へ。誰かの公称は10分らしいが、自分は15分かかった :/。あとマスク無しで喋りながらトレッキングしているハイカー集団とすれ違ったので、声を出さず手をあげて挨拶した。

ここが山頂:

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標高298.9m

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仙元山の山頂

この日は晴れの予報だったけど・・・:$

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小川町の眺望(拡大版)

遠くに見える白い建物はホンダ技研工業の工場群。

軽食を摂った展望台。周囲が藪化していて眺望はゼロだった :(

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展望台

登城中に見つけた翡翠のような岩石の塊:

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岩盤をくり抜いて作った登山道だった

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also青山城攻め (フォト集)

参照

参照
a 関東圏で二度目の緊急事態宣言が解けた最初の週末でもある。しかし新規感染者が下げ止まりで、かつ上昇の気配があったので、十分な感染対策を意識したが、帰りの電車は超満員 :-(
b 本郭やニの郭や三の郭など城を構成する縄張のうち中心部分。
c それでも大声で喋ったり笑いながら歩くシニア系のハイカーの声は城内まで響いていたけどな :mrgreen:
d 駅前のローソン(10:00amくらい)ではおにぎりが全て売り切れだったので、近くにあった「あけぼの」って弁当屋で小さなおにぎり3個購入した。

ぎょうざの満州 高坂駅前店 − A Cheap and Ubiquitous Gyoza Shop.

先週末は令和3(2021)年の春分の候近く、気温も高く晴天の週末[a]当時はまだ緊急事態宣言下であった。に近場の城攻めへ。この日の前日は大雨が通過した関東地方。そのため山城を攻める予定を変更して[b]藪の中に分け入るとビショビショになったり、ぬかるんで足を取られる恐れがあったので。街なかにあった中世城館跡へ。「館跡」とあるが往時は「城跡」並の規模だったようだ。

そのあとは時間的に余裕があったので、その昔、豊臣秀吉による小田原北條氏の征伐の際、大谷吉継が武蔵松山城攻めの陣を置いたとされる野本の八幡社まで行って来た。その近くにある曹洞宗・無量寿《むりょうじゅ》寺[c]大谷吉継の子孫が建てた供養碑がある。と、その目の前にある将軍塚古墳にも立ち寄ってきた。

と云う感じで軽いハイキングのつもりが、かなりの距離を歩き回る羽目になったので、お昼はガツッと食べたいなぁと都幾川《ときがわ》[d]埼玉県西部を流れる荒川水系の一級河川。を渡った先で見かけたとんかつ屋に寄ってみたら、すごい待ちになっていた:$。正直なところ往きに見かけた時は、店の外観が美味そうな雰囲気ではなかったし、駐車場にも車がまばらだったので、まぁ行けば直ぐに入れるだろうなんてたかをくくっていた[e]すみません。こんなご時世ながらも地元人のパワーに負けた :-(

仕方がないので東武東上線の高坂駅前まで戻って、近くで見つけた餃子屋へ:

ぎょうざの満州・高坂駅前店

「3割うまい」ってキャッチフレーズの意味はよく分からないが[f]あとで調べたけど。、お腹が空いていたのでダブル餃子定食(御飯普通盛り)を注文。さらに、定食が出てくる前に生ビール(グラス)と水餃子3個を合わせて注文した。うm。安い 8)

このグラスビールを飲んで乾いた喉を潤した:

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生ビール(352円)

そして水餃子3個。とてもプリプリして美味しかった。タレも:

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水餃子3個(198円)

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タレが美味い

このチェイン店は埼玉県・東京都・群馬県に展開し、キャッチフレーズの『3割うまい!!』とは他の餃子店よりも三割増で美味いと云う意味[g]現在は、別な意味として「うまい・安い・元気」の三つで3割らしいが、こっちの方が意味がわからん。なのだとか:

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この子の名は「らんちゃん」

そして特・ダブル餃子定食。焼き餃子が12個で、この値段は安い。御飯の量で値段が変わるけど:

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ダブル餃子定食(649円)

しかしカウンターに置いてあった酢が決定的に不味かった。ほぼ気が抜けていた。酢醤油と酢コショーで食べたけど味が半減で致命的 :(。半分くらい水餃子で余ったタレで食べていたっけ。ホント最近のチェイン店ってのは基本ができてないな[h]この間行った松屋も持ち帰り用の箸やドレッシングが補給されず放置されていたなぁ。。回りを見ても餃子食べているの俺だけだったし :O。あとライスぐらい大盛り無料にしてくれ :X

そう言えば、最近は「餃子の王将」で食べてないなぁ。

ぎょうざの満州・高坂駅前店
埼玉県東松山市元宿1-15-1


ここからはオマケ。

これは高坂駅前で見かけた「スマホ無料充電スポット」。へぇ〜って感じ:

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この扉を開けると・・・

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挿したら一歩も動けない感じ

しかし挿しっぱなしのまま、ここから離れることができないわけだから、ホントに利用する人はいるのだろうか:X

そして都幾川に架かる橋梁を走行する東武東上線:

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東武東上線(拡大版)

これは野本の八幡社へ向かうために県道R345を歩きながら眺めた将軍塚古墳の全景(前方後円墳):

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県道R345から眺めた将軍塚古墳

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コメント付き

この日は晴れていたけど風が強かった〜。遮るものがない県道沿いは特に寒かったが、富士山を眺めることができたので良しとする:

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どこに富士山があるでしょう?(拡大版)

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ここです

こちらが県指定史蹟の野本の将軍塚古墳の前方部。全長15m、高さは前方部が8m、後円部が13mで、県内第三位なのだとか:

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野本将軍塚古墳の前方部

まだ学術調査も実施されていなため詳細は不明らしい。西面には鳥居が建っていたが、これは前方部に建てられている利仁神社のもの:

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利仁神社の鳥居

鳥居をくぐって登ったところが前方部と後円部の境界あたり。そこから前方部を見上げてみる。この上は利仁神社の境内:

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半円状の前方部

こちらが利仁神社の拝殿:

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利仁神社

前方部頂上から下を見下ろすとこんな感じ:

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ホントに丸い形だった

利仁神社が建つ前方部から後円部を眺めたところ。こうしてみると、前方部の方が高いけど? :/

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後円部を見下ろす

なんと後円部は削平されて忠魂碑[i]陸軍大将だったか。人が眠っている上に石碑を建てるとは、いかにも頭の悪い田舎モンが考えることだよ。が建っていた :O。これでは永遠に学術調査はできないな。呆れて何も云えん:

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後円部

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also高坂館攻め (フォト集)
See Also小田原仕置・大谷吉継陣所跡  (フォト集)

参照

参照
a 当時はまだ緊急事態宣言下であった。
b 藪の中に分け入るとビショビショになったり、ぬかるんで足を取られる恐れがあったので。
c 大谷吉継の子孫が建てた供養碑がある。
d 埼玉県西部を流れる荒川水系の一級河川。
e すみません。こんなご時世ながらも地元人のパワーに負けた :-(
f あとで調べたけど。
g 現在は、別な意味として「うまい・安い・元気」の三つで3割らしいが、こっちの方が意味がわからん。
h この間行った松屋も持ち帰り用の箸やドレッシングが補給されず放置されていたなぁ。
i 陸軍大将だったか。人が眠っている上に石碑を建てるとは、いかにも頭の悪い田舎モンが考えることだよ。

Seeing Mt.Fuji from a Castle.

先週末は令和3(2021)年の啓蟄の候、緊急事態宣言中に近場の城攻めへ。前評判では城跡へ行くまでの道が狭いとか「城跡」とは関係のないコメントをよく見かけたが、実際に攻めてみたらホント語るほどの遺構は無かった:$。片道二時間かけて行った先で、唯一の救いは富士山の眺めが良かったこと 8)。最寄り駅である小田急新松田駅の改札内からもその姿を見ることができた:

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駅改札内の渡り廊下から

この日は晴天ながら気温は思ったほど高くはなく、大勢のハイカーらが新松田駅向かいにあるJR御殿場線・松田駅へ向かって行くのをよそ目に、自分は20分ほど歩いて城跡へ[a]平時の土日なら富士急湘南バスの松81/102あたりに乗るのが近道らしいが、当時は緊急事態宣言中なので運休だった 😥 。まぁ大した距離ではなかったけど。ここ神奈川県足柄郡松田町で、この時期は「桜まつり」なるイベントが有名らしいが、こんな状況下なので中止の案内をあちらこちらで見かけた。それでも歩いていると意外と人が多い感じがしたが、彼らの目的地はどこだったんだろうか :|。もしかして、ここかな:

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西平畑公園

よく見ると梅か桜が満開で人がそれなりに居たし。桜まつりは中止ではなかったのか。

こんな時期だし(遺構なんて殆どない)城跡を巡る人は自分くらいだろうと思っいたが、車を含めて結構な人と遭遇したな[b]ほぼ全員が城跡入口に建っていた案内板をスマフォで撮ったらすぐに帰っていったけど。。城跡の入口まで行く道は確かに狭かった。しかし何故かほとんどの連中が大型車で来て、案の定、何度も切り返ししたり、すれ違いで苦労していた :D。あと猟友会みたいに散弾銃と犬を連れた集団がオレンジ色のジャンパー羽織って猪射ちしていたけど、この城跡は猟場なのか?何も知らないで立ち入ったけど、誤射したらどうするつもりなんだろうか :|

日本人が大好きな「富士山」だけど、国土交通省は「関東の富士見百景」なる地点をSNSなんかで広めているようだが、御殿場に近いこの辺ならばどこからでも素晴らしい富士山を眺めることができた。なんと贅沢な町だろうか。

こちらは城跡へ向かう途中、東名脇の側道から眺めた富士山;

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左手は東名高速道路(拡大版)

さらにズームで:

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富士山(拡大版)

こちらは酒匂川《さかわがわ》[c]静岡県と神奈川県を流れる二級河川。が流れる足柄平野と富士山。眼下に見えるのは東名高速道路:

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足柄平野と酒匂川と富士山(拡大版)

丹沢山地から流れる酒匂川は足柄平野を南下して小田原市を抜けて相模湾へと注ぐ:

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小田原市方面(拡大版)

ここが城跡。自分が立ち入った時にはオレンジ色のジャンパーを着たハンター等が大勢いたっけ:

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奥が本丸跡

この城跡の背後にある松田山の頂上にはカントリークラブがあるようだが、他にもパラグライダーの滑走路があるようだ:

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松田山

足柄平野は相模湾からの南風と丹沢山地の北風が合流してできる気流が複雑なのだとか。それを利用してフライトを楽しむ愛好家が多いらしい:

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パラグライダー

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パラグライダー

本曲輪跡から眺めた富士山:

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富士山(拡大版)

こちらも本曲輪跡から垣間見た富士山:

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富士山(拡大版)

この城跡からは富士山の他にも小田急のロマンスカーを眺めることができた:

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GSE(70000形)

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GSE(70000形)

すると、突然カメラのレンズの中を横切る物体が。よく見たらかなり大きな鳶:

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突然、眼前を横切った鳶

城攻めを終えた帰りにも素晴らしい姿の富士山:

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富士山(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also相模松田城攻め (フォト集)

参照

参照
a 平時の土日なら富士急湘南バスの松81/102あたりに乗るのが近道らしいが、当時は緊急事態宣言中なので運休だった 😥
b ほぼ全員が城跡入口に建っていた案内板をスマフォで撮ったらすぐに帰っていったけど。
c 静岡県と神奈川県を流れる二級河川。