深大寺散策 − A Famouse Buddhist Temple in the Suburbs Tokyo.

一昨昨年(さおととし)は平成25(2015)年の暮れに自宅から車で行ける深大寺城跡を攻めてきた。お昼は人気のあるお店で深大寺そばを食べ、ついでに深大寺も散策してきた。正直なところ、そういう機会はもう無いかもしれないと思ったので :P

深大寺は歴史的にも一大参拝スポットなので、参道脇の観光案内所で「深大寺散策マップ[a]ウラ面に「深大寺の主な見所」やオススメの散策ルートなど記載されていた。なるものを配布していたので、それに従って境内を巡ることにした。

こちらは「深大寺境内絵図」[b]どこに立っていたか覚えていない…。

「深大寺境内絵図(拡大版)

まずは「天台宗・別格保山・浮岳山・深大寺」の石碑が建つ山門前からスタート:

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深大寺の碑と山門

平成の世に調布市重宝に指定された山門は、320年以上前の元禄8(1695)年の普請で、この境内の中では最古の建築物であるらしい。正面には「浮岳山」の山号額が掲げられていた:

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桁行3.55m,、梁間2.32.mの一間薬医門で、屋根は切妻造の茅葺きである。主柱・控柱ともに丸柱で、上下は粽(ちまき)付き、下に礎板を置いて薬医門特有の前寄り屋根を構成する:

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山門の控柱

ここ深大寺は慶応元(1865)年にあった大火で堂宇の大半を焼失したが、この山門はその時の災禍を免れた建物の一つである。

これは山門をくぐって境内正面に建っていた常香楼(じょうころう)と本堂の眺め:

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常香楼と本堂(拡大版)

この鐘楼は慶応元(1865)年の大火で焼失し、明治3(1870)年に再建されたもので、山門をくぐった右手にある。梵鐘は平成13(2001)年に鋳造されたもので、柱間の木鼻として象・獅子が付いていた:

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鐘楼

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鐘楼の柱間の彫り物

深大寺境内に句碑や歌碑なんかも建っていた。こちらは小松北溟(こまつ・ほくめい)歌碑:

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小松北溟歌碑

常香楼(じょうころう)は天保4(1833)年の建立。慶応の大火の際に山門と共に焼失から免れたが、北側には大火の跡を残している:

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常香楼

そして本堂。慶応の大火で焼失したが、大正時代に再建されたもの。屋根が焼失前よりも若干大きくなっているのだとか:

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本堂(拡大版)

本尊は宝冠阿弥陀如来(ほうかん・あみだにょらい)像で、天台宗の常行三味堂の本尊であったという。
焼失前の本堂は寄棟造りの茅葺き屋根だったが、再建した本堂は入母屋造りの棧瓦葺きである。また向拝は焼失前は入母屋破風が付いていたが、再建後は唐破風になっている:

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向拝は唐破風

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本堂の唐破風

梁の木鼻には獅子・象の彫り物、正面の三段の虹梁の間には龍、破風板の下には鳳凰の彫り物があった。

こちらは本堂脇の五大尊池:

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五大尊池

そして手水鉢。仏教では仏前などに供える水を閼伽(あか)と言い、閼伽水で手や口を濯ぎ身と心を浄めるのだとか:

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手水鉢

本堂から少し西へ離れたところに建つ元三大師堂には慈恵大師(元三大師)像が安置されている。ここ深大寺における厄除け信仰の中心として、慶応の大火で焼失したが、翌々年の慶応3(1863)年にいち早く再建された。焼失前は本堂の西南にあった:

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元三大師堂

このあとは高台の上にある開山堂へ:

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開山堂参詣道

昭和58(1983)年に新築された奈良時代様式の堂宇で、本尊は薬師如来脇侍に弥勒菩薩千手観音を安置し、開基満功上人、天台宗一祖契惠亮和尚の尊像を祀っている:

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奈良建築様式の開山堂

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堂宇内に祀られた御本尊

この後は、一度境内を出て周辺を散策した。こちらは多聞院坂。この坂の上は調布市立深大寺小学校:

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多聞院坂

そして不動の瀧。これは二箇所にあって連結していた:

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不動の瀧(その1)

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不動の瀧(その2)

こちらは開福不動明王:

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開福不動明王

それから庫裡東門から再び境内へ:

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庫裡東門

こちらは、いわゆる保存用倉庫に相当する本坊急庫裡。この庫裡の屋根を見上げると鷺がいた:

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本坊急庫裡

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屋根の棟にいた鷺

再び境内を西へ移動して釈迦堂へ。白鳳仏を安置する堂宇として昭和51(1976)年に新築された。この中には国の重要文化財である釈迦如来倚象が展示されていた。この像は東日本随一の白鳳仏であり、七世紀頃に奈良で造られたもの:

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釈迦堂

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釈迦如来倚像(拡大版)

再び境内を外れて深沙大王堂(じんじゃだいおうどう)へ。深大寺の秘仏[c]秘仏ということで、深大寺住職でも在任中に一度拝める程度であるらしい。・深沙大王を祀る。調布市内に現存する最古の貴重な建物:

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深沙大王堂

延命観音。秋田県沖で引き上がった慈覚大師自刻の延命観音で、縁あって深大寺に奉安されたのだとか:

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延命観音

こちらはお昼を頂いたあとに深大寺通り沿いで見かけた水車館。明治末期に地元の人びとが水車組合を作り、お金を出し合って水車小屋を建てたのが始まりだとか:

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深大寺水車館

以上で散策は終了。このあとは車を停めた駐車場まで行く途中に植物公園なんかを観てきた。

こちらは参道脇の門前の風景。朝9時くらいはほどんと人はいなかったが、お昼を過ぎた時間には多くの参拝客がいた:

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日曜日の朝9時頃

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日曜日のお昼すぎ(拡大版)

門前には蕎麦屋を含めて、多くのお店があった:

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門前の蕎麦屋

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also深大寺散策 (フォト集)

深大寺
東京都調布市深大寺元町5-15-1

参照   [ + ]

a. ウラ面に「深大寺の主な見所」やオススメの散策ルートなど記載されていた。
b. どこに立っていたか覚えていない…。
c. 秘仏ということで、深大寺住職でも在任中に一度拝める程度であるらしい。

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