日別アーカイブ: 2018年12月6日

そば処 ちくま − This is a Japanese Fast Food.

先月は平成30(2018)年晩秋の三連休を利用して信州上田へ城攻めしてきたが、その最終日は、まずは宿泊先をチェックアウトする前の小一時間を利用して上田城跡公園へ。ここ上田城址は、前回は4年前に訪れた際に既に攻略済みではあるが、当時見落としていた二の丸跡や南北櫓で展示されている史料(有料)などを改めて観てきた。オマケに、いつも大勢の観光客がいて上手く撮れなかった東虎口櫓門も、早朝はほとんど人が居なかったので良い感じで全景を写真に収めることができた :)。それから公園の目の前にある上田市観光会館売店2Fに展示されていた某大河ドラマの衣装や小道具など、真田幸村公にゆかりのものなんかも拝見してきた。

そして宿泊先をチェックアウトした後は、上田駅から上田電鉄に乗って上田原駅へ。そこから徒歩で、かの武田晴信[a]『甲斐の虎』武田信玄の若い頃。が猛将・村上義清の軍勢と激突して、生涯で数少ない敗け戦の一つとなった[b]おまけに板垣信方と甘利虎泰と云う重臣の二本柱を失う。上田原古戦場を巡ってきた。古戦場とは云っても、現在は石碑が建っているだけだけど、板垣駿河守や村上方の勇将らの墓所にも足を運んだ。

一泊二日の信州上田旅行を終えて帰宅するために上田駅へ戻り、お土産を購入した後、すぐに新幹線に乗るつもりだったけど、お昼を食べていないことに気づいて、駅構内にある蕎麦屋へ。てっきり立ち食いかと思ったら、椅子があるカウンターのお店だった。ということで乗車時間も迫っていた[c]三連休の最終日で混雑必至であろうと、なるべく早めに帰るつもりだった。こともあり、何も考えないまま自販機で一番左上にある食券を選択した。

こちらが「(特上)かき揚げ・山菜・玉子そば」(580円)。要するに「全部のせ」。玉子は温泉卵だったけど、残念ながら割れて黄身が出ていた…:|

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(特上)かき揚げ・山菜・玉子そば(580円)

山菜とかき揚げの食感がよく、汁は塩っぱすぎず、蕎麦は暖かくても伸びておらず、総合的に美味しく頂けた。流石に信州、ファストフードレベルの蕎麦も美味しい。

そば処 ちくま
長野県上田市天神1丁目


ここからはオマケ。

まず改めてコメントするほどのものではないけど、マンホールの蓋にあしらわれた六連銭。そして城下町ならでの町名:

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マンホールの蓋に六連銭

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大手門近くにあった標識

上田城の二の丸堀跡には、その昔は上田交通・真田傍陽線が敷かれていた。現在は欅並木道となっている:

上田城の二の丸橋と二の丸堀跡(拡大版)

こちらが上田城の東虎口櫓門。人が誰も居ない状態で全景を写真に収めることができた。向かって左手が南櫓、中が櫓門、右手が北櫓。櫓門は復元:

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東虎口櫓門(拡大版)

さすがに、この季節の紅葉は趣がある:

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城と紅葉(拡大版)

そして、ご存知「真田石」。但し、石垣そのものは仙石氏時代のもの:

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真田石

廃城後は遊郭に転用されていた北と南の櫓が昭和24(1949)年に復元された。現在は貴重な史料が展示された有料の博物館になっていた:

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北櫓

これは南櫓内に展示されていた甲冑のレプリカ。モデルは真田幸村所用と伝わる当世鉄二枚胴具足:

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鉄二枚胴具足のレプリカ

次は、北櫓内に展示されていた真田幸村公像。大坂夏の陣の際に装備した鹿角兜姿で、これも4年前に巡ってきた大坂夏の陣・真田幸村公ゆかりの地でも見た、三光神社(大阪市天王寺区)に建てられている銅像のミニチュア版らしい:

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真田幸村公像

こちらは上田市観光会館1Fにあった若き日の幸村(信繁)騎馬像で、これと同じものが上田駅のお城口にもある

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真田幸村公像

また、この観光会館の2Fは観光案内所になっていて、二年前(当時)の大河ドラマ「真田丸」の衣装や小道具が展示されていた。

これは真田氏三代のレプリカ甲冑:

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真田氏中興の祖である幸綱(幸隆)、信濃真田家を継いだ三男・昌幸、孫の幸村まで

そしてドラマで使われた品々。中央は赤備甲冑、左手は十文字槍、右手は陣羽織:

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ドラマ「真田丸」で使用された小道具

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十文字槍

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赤備甲冑

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陣羽織

あとドラマに出演した俳優陣のサイン色紙なんかも展示されていた。

この他には、やはり「上田」と云えば、このアニメも忘れることはできない :D

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上田が舞台の「サマーウォーズ」

こちらは午後に利用した上田電鉄の改札口近くに置いてあった「本日のラッピング電車運行予定」。今回は上田原駅まで1000系まるまどりーむ号、帰りは6000系さなだどりーむ号に乗車できた:

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上田電鉄のラッピング電車案内

こちらが6000系さなだどりーむ号:

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6000系さなだどりーむ号@上田原駅

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6000系さなだどりーむ号@上田駅

2000系まるまどりーむ号の車両横に付いていた上田電鉄のロゴ:

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2000系まるまどりーむ号

こちらが上田原駅の駅舎:

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上田原駅(平日以外は無人駅)

上田原駅のホームにて:

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上田電鉄別所線の上田原駅

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上田原駅のホーム

この上田原駅から有名な上田原古戦場跡を歩いて巡ってきた。
こちらは石久摩神社に建っていた古戦場の碑:

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「上田原古戦場」の碑

そして神社の裏手にある「信玄道」の碑。村上義清の猛攻を支えきれず敗走した信玄率いる武田軍は、このあたりで態勢を整え、この道を通って退陣したと云う:

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信玄道の碑

石久摩神社から「北国脇往還保福寺道」(松本街道)を通って、合戦城とされる上田古戦場公園へ向かった。この公園にはナイター設備が整った野球場やグランドがあって古戦場なんて雰囲気は全く無かったが、その先には村上義清が陣を置いた「岩鼻」なる旧崖の丘陵を眺めることができた:

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上田古戦場公園と岩鼻(拡大版)

「岩鼻」は、現在は千曲公園になっており、そこからは古戦場全景を眺めることができるらしい。但し、徒歩で向かうには少々キツイので今回は諦めたけど、いつか眺めてみたい :|

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岩鼻跡の千曲公園

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村上義清が陣を置いた場所(拡大版)

最後は千曲川ごしに眺めた太郎山や東太郎山といった晩秋の信州上田の山並みをパノラマスタイルで:

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信州上田の山並み(拡大版)

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信州上田の山並み(拡大版)

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信州上田の山並み(拡大版)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also上田城攻め(2) (フォト集)
See Also上田原古戦場 (フォト集)

参照   [ + ]

a. 『甲斐の虎』武田信玄の若い頃。
b. おまけに板垣信方と甘利虎泰と云う重臣の二本柱を失う。
c. 三連休の最終日で混雑必至であろうと、なるべく早めに帰るつもりだった。