月別アーカイブ: 2017年4月

農家レストラン 千舎ノ木 − A Farmers Directly Managed Restaurant at Tsuwano.

一昨年は平成27(2015)年の春に広島出張があって、その週末に島根県の津和野にある城を攻めてきた。さらに幸運なことにSLやまぐち号にも乗車することができた。ここ津和野は、その前の年に初めて訪れたが、その時は台風による大雨で城攻めを断念した苦い思い出の街であったが、今回の訪問で何か胸に支えてたものが無くなってスッキリした =)

で、その時に立ち寄った駅チカの喫茶・軽食屋さんの千舎ノ木に、今回もまた立ち寄ってみた。というのも、前回は城攻めできず、天気も悪く、気持ちが重かったんだけど、この店で食べた栗モナカが美味しかったので、今回はスッキリした気分でまた食べて帰ろうと思ったから:

栗モナカ(350円)

甘さが控えめで、栗の香りが口の中いっぱいに広がるアイス。美味しかった。

アイスを食べ終わった後、この日は昼から結構食べているにも関わらず、なぜかまた何か食べたくなったので、おばさんが勧めてくれたた十割蕎麦を注文してしまった :P

十割蕎麦(1500円)と木灰こんにゃく

少量で、値段が高いけど、完全無欠の十割蕎麦はコシがあって美味しかった:

十割そば

木灰こんにゃくの刺身は、おまけで頂いた。なにやら石窯パンを焼いた時に出た灰で固めた昔ながらの手作りこんにゃくなんだとか:

木灰こんにゃくの刺身

木灰こんにゃくの刺身

十割蕎麦のそば湯は、ホント濃厚だった:

十割蕎麦のそば湯

城下町の小さな農家レストラン ちしゃの木
島根県鹿足郡津和野町津和野町駅前通りイ140


ここからはおまけ。
ここ津和野に、自分の故郷である北海道ゆかりの人の誕生地があった:

高岡兄弟の生誕の地

こちらが生誕地の碑:

高岡直吉氏と高岡熊雄氏の生誕地に建つ石碑

道産子とゆかりのある高岡兄弟が津和野の生まれだとは知らなかった:

道産子とゆかりのある高岡兄弟が津和野で生まれていた

つくづく津和野は俺と縁があるなぁと思った。帰りは新山口までSLやまぐち号で移動し、新山口からは新幹線N500系こだまで広島まで戻った:

N500系こだま

ということで、この時のフォト集はこちら:
See Also津和野城攻め (フォト集)

SLやまぐち号 − Japanese Steam Locomotive YAMAGUCHI.

一昨年は平成27(2015)年の春に広島出張があって、その週末に島根県は津和野にある城を攻めてきた。そして津和野駅へ向かって帰りの切符を購入しようとしたところ、幸運にも SL「やまぐち」号に乗車できる機会があった 8)。人生で初めて「動く蒸気機関車」に乗れるということで、かなり感動した記憶が残っている。この時、津和野城の本丸跡(三十間台跡)から高らかな警笛が聞こえていたのが印象的だった。実際に本丸跡から目視でSLやまぐちを眺めることができたし :)

現在のSLやまぐち号はC57形蒸気機関車の1号機で、自分が生まれるず〜っと前の昭和12(1937)年に製造された旅客用の蒸気機関車。それまでのC55形から足回りが近代化されており、四国を除く全国各地の主要線区で活躍し、近代蒸気機関車の傑作機と呼ばれているのだとか:

「貴婦人」の愛称で親しまれるC571(拡大版)

昭和40年代に国鉄は近代化・合理化を推し進め、その結果、全国の蒸気機関車が廃止になった。その中で昭和48(1973)年10月には、ついに山口線からも蒸気機関車が姿を消した。それから6年後にはSL復活の気運が高まり、当時の国鉄総裁の英断で昭和54(1979)年8月1日に山口線でSLが復活した。
復活したC571形は「貴婦人」の愛称で親しまれ、俳人・種田山頭火が愛した新山口を出発し、湯田本線、大内文化の香り漂う山口、四季折々の情緒を楽しめる長門狭、山陰の小京都の津和野を結ぶ合計62.9kmを2時間弱かけて走り続けている。

こちらがJR山口線・津和野駅の駅舎:

津和野駅

そして、これが指定席券(520円)。もちろん他に乗車券が必要になる(自分の場合は宿泊先の広島まで):

指定席券

SLやまぐち号の客車は「レトロ客室」と云う時代別に装飾されており、自分が乗車した4号車は「明治風客車」だった。さすがに客車は選べるほど空いていなかったけど、乗ってしまえば自由に客車を渡り歩くことができるので、あまり気にすることはない。

乗車まで時間があったので、駅に停車中の列車をいろいろ撮ってきた。まずは客車。二号車から五号車がそれぞれ欧風、昭和風、明治風、大正風の装飾になっていた:

レトロムード漂う「レトロ客室」の一つ

レトロ客室の一号車は展望デッキがついていた:

1号車は展望車風客車

新山口から津和野までの62.9kmを走るSLやまぐち号は「快速」扱い:

新山口駅と津和野駅を2時間かけて走る

自分が乗車した4号車はもっとも「レトロ」な文字がお似合いな明治風客車。車内は落ち着いたダークブラウンにまとめられていた:

4号車 「明治風客車」

そして、ここが自分の指定席。あとで向かいの人が乗ってきて、いろいろと談笑しながら2時間ほどの旅を満喫できた:

4号車8番D席

車内の装飾もレトロ感満載だった:

4号車天井のイルミ

壁にかかったレトロなランプ

出発時間となって動き出した時の振動や揺れ、そして車内に立ち込めた煙、トンネルに入る前に鳴る警笛なんかが大人でも堪らなかった8)

煙が立ち込めた客室

車内をうろうろする人が少なくなったのを見計らって、他の客室も見て回ったきた。まず客室3号車は昭和風の装飾:

客室3号車

客室2号車はオリエント急行を彷彿させる欧風の装飾。椅子の背が高くて、これは良さそうだった:

客室2号車

客室5号車は大正風の装飾。緑色がなんとも昔の国鉄時代を思い起こさせる :D

客室5号車

こちらは車窓から眺めた津和野城跡:

車窓から見えた津和野城跡

津和野から新山口まで、現代の特急(行きに乗ったスーパーおき)だと小一時間ほどの距離を2時間半くらいかけてそれなりのスピードで力強く走っているのを肌で感じ取ることができたし、車窓から外を見ると、自動車に乗った人、畑仕事している人、カメラを持ってSLやまぐちを出向かえてくれた人達が警笛を聞いて手を振ってくれたりした:

最後尾の展望デッキから

そして新山口に到着。再びホームから熱を帯びた機関車を撮ってきた:

 

新山口にて

「貴婦人」の愛称で親しまれるC571形

昭和12年製、最大出力は1290馬力

あと乗車記念シールとSLやまぐちのカレンダーを貰った。機会あればまた乗りたい ;)

ということで、この時のフォト集はこちら:

See AlsoSLやまぐち乗車 (フォト集)

 

美松食堂 − The Black Inarizushi.

一昨年は平成27(2015)年の春に広島出張があって、その週末に島根県の津和野城を攻めてきた。実は、この「城」と「津和野」と云う町は自身にとって少々因縁めいた思い出のあるところである。というのは、この前年の広島出張で一度攻めてきた城ではあるのだが、その当時は台風が接近していたため、ギリギリまで城攻めを諦めることができず、津和野までやってきてもなお降り続いた大雨に勝てず、観光だけして帰ってきたと云う苦い記憶がず〜っと残っていたからである;(。しかしながら、その「無念」な思いも今回のこの出張で消えてなくなることになった8)

この日は朝から天気予報を何度も確認し、宿泊先を出て朝8:00amくらいの新幹線ひかり411号で新山口まで移動。そこから特急スーパーおきに乗って津和野に着いたのが朝10:00am。駅前の観光案内所で情報を入手して、レンタルサイクルを借りようとしたら日曜なのに休業だった:O。前年の無念さを思い出せば、この程度では挫けません。徒歩40分ほどかけてリフト乗り場まで移動することに。一度観光した町でもあるので、民俗資料館やら郷土資料館の他、あらためて新しいお店を見て回ってきた。で途中沙羅の木と云う観光客向けの茶屋に立ち寄り、休憩がてら津和野名物の赤天[a]島根県浜田市名物で、魚のすり身に香りの良い唐辛子を練りこんで油で揚げた天ぷらのこと。を使ったハンバーガーを食べて小腹を満たし、再び歩き出したら本格的にお腹が減ってきたので、リフト乗り場までショートカット出来る稲成神社の裏手で見つけた、いかにも古めかしい美松食堂(食べログ)でそば定食を注文した。付けあわせで濃い目の醤油で煮た揚げを使った「黒いなり」がついてきた:

そば定食(1200円)

まだ3月下旬の津和野は寒さが厳しく、暖かい蕎麦は体を温めてくれた。自家製の山菜の煮付けも美味しかった。思ったほど黒くはなかったけど、いなり寿しも美味しかった:

黒いなり

ショートカットできると思ったら何と道路が工事中で通行止め。ここでも諦めること無く、遠回りだけど津和野高校からぐるりと周って行くルートでなんとか辿り着くことができた8)

美松食堂
島根県鹿足郡津和野町後田ロ59-13


ここからはおまけ。
まずは朝、宿泊先の広島から乗ってきた新幹線と新山口から津和野まで乗ってきた特急スーパーおき:

JR新幹線ひかり411号

JR特急スーパーおき

そして意外と美味しかったのが赤天バーガー。唐辛子を練りこんでいるらしいけど、辛くはなかった。焼きが入ったぱりっとしたバンズと、やわらかい蒲鉾のフライが妙にマッチしていた:

津和野名物 赤天バーガー(400円)

「ぶち、うまい!」赤天バーガー

温かいバンズ+レタス+赤天をサンドしたもの

最後に、この時期の津和野で見た春の息吹:

桜の木

桜の木

桜の木

ということで、この時のフォト集はこちら:
See Also津和野城攻め (フォト集)

参照

参照
a 島根県浜田市名物で、魚のすり身に香りの良い唐辛子を練りこんで油で揚げた天ぷらのこと。

うなぎ八百徳 − Unagi YAOTOKU(TAKE2).

今週始めの平成29(2017)年4月中旬、休暇をとって週末から静岡県浜松市の城攻めと古戦場を巡ってきた。初日の城攻めを終え、翌日は一昨年に行きそびれた三方ヶ原古戦場跡を巡る予定だったので浜松市内に宿をとった。その晩の夕食は浜松餃子ではなく、宿からほど近いうなぎ八百徳へ:

広小路沿いにある「うなぎ八百徳」

実のところ、このお店で鰻を食べるのは二度目。一昨年に人生初めて浜松で一泊した際、某有名店の浜松餃子を食べそこねて[a]いつ行っても大行列だった。、半ば仕方なく宿にほど近かったこの鰻屋でうな重を食べた経緯もあり、今回もそうした。県外の人間にとってはやっぱり鰻のイメージが強いよな浜松は、と納得しておく:X。そういうことで開店してすぐに入って通されたのは前回と全く同じ席だった:D

で、まずは本日の城攻めの疲れを癒やすために生ビール[b]強制的に口取り(300円)が付くが・・・と肝焼きを注文した:

生ビール(600円)と口取り(300円)

口取りの葺きは味が薄めなのだけれど香りが良かった。そして、こちらが鰻の肝焼き。鰻10匹分の肝を串に刺してタレ焼きしてある。タレが焦げた匂いが、これまた食欲をそそった:

肝焼き(620円)

ビールで酔っぱらう前に、ここでお櫃うなぎ茶漬を注文した。前回はうな重だったので、ちょっと迷った。だいたいが茶漬けで腹が膨らむかどうか疑問だったし、翌日予定していた古戦場巡りのためにガッチリ食べておいた方が良いかなと思っていたのだけれど、悩んだ挙句に八百徳オススメの一品ということで。それに、お店の前のショーケースで鰻が入ったお櫃が大きく見えたので、もしかしたら腹一杯になるかもと云う期待もあったのだけど:D

で、肝焼きがそろそろ食べ終わりそうな絶妙のタイミングでお櫃に入ったお茶漬けセットが出てきた:

お櫃うなぎ茶漬(3050円)

ただお櫃はショーケースに陳列していたものよりふた回り近く小さかったけど:O。それはともかく、ひとまずお櫃の蓋を開けるとこんな感じ:

お櫃に盛られた浜松産の鰻

八百徳さんのHPには「お櫃鰻茶漬けの食べ方」が紹介されていたので、これに従って食べてみた。まずは、お櫃から茶碗によそって「うな丼」風に:

まずは「うな丼」風にそのまま頂く

ここのお店のタレは濃厚で香りがよいので、これだけでもバクバクいけそうだ。合間に三つ葉の香りがただよう肝吸いを頂いた:

肝吸い

茶碗が空になったら再びお櫃からよそって、次は薬味のネギとワサビを載せ、土瓶に入った熱々の茶[c]正確にはお茶そのものではなく、出汁と茶が混じっていた。を上から注くとお茶漬けが完成した:

二杯目はお茶漬け

お茶をかけると先ほどの濃厚なタレが程よい口当たりに落ち着き、出汁と一緒に一気に御飯をすすることができた:

IMG_5192.resized

お茶と鰻のタレで旨さが倍増した

この「うな丼風→お茶漬け」のパタンを繰り返していくと、不思議なことにお腹一杯の感覚になってきた:

お櫃に入った鰻

正直お茶漬けをあまり期待していなかったけれど、これは絶品だった。お店がオススメするのがよくよく理解できた。流石に明治創業のお店。店内は広く、二階には座敷もあるので特に行列することは無いと思う。

あとで気づいたのだけれど、豚一家も八百徳へ行っていたようだ。

うなぎ八百徳 本店
静岡県浜松市中区板屋町655


ここからはオマケ。
こちらは本日二つ目の城攻めとして攻めてきた浜松市天竜区の鳥羽山城跡こと鳥羽山公園。遺構はそれなりに残っていたが、晴天で気温が高かったこの日は家族連れで大賑わいだった。なんで?と思ったら、こんな遊戯施設があった:

クッションローラーすべり台

一番高い所にある本丸跡から、その下の腰曲輪跡まで設けられていて子供は勿論、大人も楽しんでいた:

注意書き

特に係の人は居ないので自己責任で滑り降りることになる。まぁ、思ったほどスピードは出ないみたいだけど:D

乗り場(横側)

乗り場(正面)

ということで、この時のフォト集はこちら:
See Also鳥羽山城攻め (フォト集)

参照

参照
a いつ行っても大行列だった。
b 強制的に口取り(300円)が付くが・・・
c 正確にはお茶そのものではなく、出汁と茶が混じっていた。

遠州錯乱・直虎戦弁当 − A Naotora Boxed Lunch at Tenryū-Futamata Sta.

先週末は平成29(2017)年4月中旬、休暇をとって静岡県浜松市の城攻めへ。浜松と言っても海側ではなく「北遠地区」に含まれる山側の天竜区である。行きは新幹線ひかり461号で掛川まで移動して、掛川から天竜浜名湖鉄道と云う第三セクターに乗り換えて、浜名湖北岸へ向かう路線で天竜二俣駅で下車し、観光案内所に立ち寄って城攻めしてきた。ちなみに、この年の大河ドラマの主人公「井伊直虎」とドラマの舞台になっている井伊谷城や龍胆寺なんかが沿線にあるので、そこかしこで「直虎」に出会った:D。で、この日のお昼は城攻め途中にあるコンビニで調達する予定だったけど、せっかくなんで駅構内で販売していた駅弁を購入した。こちらも「直虎」にちなんだ名前がついていた:

遠州錯乱・直虎戦弁当(1080円)

箱型のわっぱをとると、こんな感じ。鉄砲巻きならぬ太巻きが主食で、串に刺さった筑前煮など。中央の唐揚げは浜松名物なのだとか。陰にかくれているけど、名物味噌まんじゅうも美味しかった:

浜松名物をふんだんに使用した弁当

太巻きの具材が一つ一つ異なるのが良かった。あと、ここにも「直虎」が:

直虎印の玉子焼

晴天の中、この弁当を二俣城本丸で食べて気分もお腹も満足できた。ちなみに、この弁当は天竜二俣駅で土日祝日限定販売らしい。

天竜浜名湖鉄道・天竜二俣駅
静岡県浜松市天竜区二俣町阿蔵114-2


ここからはオマケ。
今回の城攻めは、初日が日曜日で晴天の上に気温が高かったが、ひどく汗ばむ程ではなかった。そのおかげで広範囲に歩きまわることができたし、この辺りは人生初上陸の土地ということもあって、気持ちも幾分かHighになっていたかもしれない =)

まずJR掛川駅を降りて、すぐ隣りにある天竜浜名湖鉄道(略して、天浜線)の掛川駅へ。一旦、改札を出たのだけれど、あとでJRから直結していることに気づいた:O

天竜浜名湖鉄道の掛川駅

ホームへ向かうと、始発ともあって既に気動車両(TH2100形)が停車していた:

「天浜線」×「戦国BASARA」フルラッピング列車

通常のTH2113(今回はこちらに乗車)

向かいには、季節限定のフルラッピング車両のうち、戦国BASARAとタイアップした直虎号が止まっていた:

直虎号

直虎号

残念ながら、今回は通常のTH2100形の方に乗車した。こちらは、その車窓からの風景:

天浜線の車窓から

掛川駅から天竜二俣城駅までは、およそ70分ほど。こちらは下車してからTH2100形を振り返って見たところ:

掛川駅から天竜二俣駅まで70分程だった

そして天竜二俣駅とその周辺の風景。まだ桜は見頃だった:

天浜線・天竜二俣駅の駅舎

駅の外にあるこの看板を見て「直虎戦弁当」の存在を知った:

駅前ロータリーと県道R40

駅隣にある観光案内所に立ち寄った後、県道R40沿いを西へ向かい、まずは岡崎二郎三郎信康[a]徳川家康と瀬名姫(築山殿)との間にできた嫡男であるが、のちに信長から切腹を申し渡された。の墓所へ向かった。

こちらは二俣川を渡る双竜橋から眺めた天浜線と直虎号:

二俣川越しに天浜線を走る直虎号を見たところ(拡大版)

信康公の菩提寺である清瀧寺のお隣には本田宗一郎ものづくり伝承館があった。時間の都合で今回は訪問しなかったけど、あとでホームページを見るとなかなか興味深い展示品が数多くあったことに驚いた。ちょっと残念:|

本田宗一郎ものづくり伝承館

清瀧寺のあとは、ここから徒歩15分ほどの丘陵に築かれた二俣城址へ。本丸跡には、やっと訪れた春の日差しを浴びた木花を見ることができた:

楓の木

桜の木

竹林

二俣城址を攻めたあとは、同じく天竜川に囲まれた鳥羽山城址を攻めてきた。こちらは二俣城址の西曲輪から土手沿いに鳥羽山城址のある鳥羽山公園に向けて歩いた際に見た天竜川:

天竜川

遠くは長野県から愛知県、そしてここ静岡県を経て太平洋へ注ぐ一級河川の天竜川;

天竜川

天竜川

流域面積は日本第二位の天竜川:

天竜川

鳥羽山城址を攻めたあとは本日の宿のある浜松へ移動した。再び天浜線に乗車して、西鹿島駅からは遠州鉄道線に乗り換えた:

2000形車両

ということで、この時のフォト集はこちら:

See Also岡崎二郎三郎信康公の墓所 (フォト集)
See Also二俣城攻め (フォト集)

参照

参照
a 徳川家康と瀬名姫(築山殿)との間にできた嫡男であるが、のちに信長から切腹を申し渡された。