城攻めと古戦場巡り、そして勇将らに思いを馳せる。

月別: 2019年7月

深沢城 − Fukazawa Castle

深沢城大手側の郭を縦断する空堀跡は一部が農道になっていたが綺麗に復元されていた

静岡県御殿場市深沢大櫃160[a]読みは「しずおかけん・ごてんばし・ふかざわ・おおびつ」。にあった深沢城は、戦国時代初期に駿河国守護の今川氏によって築かれたと云われている[b]昭和55(1980)年に新人物往来社が刊行した城郭研究本の『日本城郭大系』第9巻に記載されているだけ。がその真偽は不明で、現在では永禄12(1569)年に相模国の戦国大名・北條氏康によって築かれたとされる説[c]平成8(1966)年に刊行された『戦国期東国の大名と国衆』(黒田基樹著)の第4章「北条氏の駿河防衛と諸城」。が有力である。この城が築城される前年の永禄11(1568)年冬、甲斐国の武田信玄は尾張国の田楽狭間(でんがくはざま)で斃れた今川義元亡きあと、第12代当主となった氏真(うじざね)が居る駿府に電撃的に侵攻した。氏真の正室は甲相駿三国同盟の証として相模国から輿入れしてきた氏康の長女で、氏真が駿府を捨てて掛川城へ避難した際、混乱のために妻の乗輿(じょうよ)が得られず侍女ともども寒中の野道を徒歩で辿る恥辱に耐え忍んでいたことを知った氏康は自分の娘を憂い、そして激怒して武田家との盟約を全て破棄し、上野(こうづけ)国で対峙していた関東管領・上杉輝虎[d]のちの上杉謙信。「輝」の字は足利13代将軍・義輝からの偏諱である。と急ぎ和睦を成立させ、娘婿の氏真救援のため駿河国へ出陣した。一方の信玄は氏康との直接対決を避けて一旦甲府に帰国したため、氏康は氏真と共に信玄に対する防衛ラインの再構築に乗り出し、甲斐との国境に接するこの地に「境目の城」となる深沢城を築いた。

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参照

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a 読みは「しずおかけん・ごてんばし・ふかざわ・おおびつ」。
b 昭和55(1980)年に新人物往来社が刊行した城郭研究本の『日本城郭大系』第9巻に記載されているだけ。
c 平成8(1966)年に刊行された『戦国期東国の大名と国衆』(黒田基樹著)の第4章「北条氏の駿河防衛と諸城」。
d のちの上杉謙信。「輝」の字は足利13代将軍・義輝からの偏諱である。

三枚橋城/沼津城 − Sanmaibashi AKA Numazu Castle

三枚橋城跡に築かれた沼津城の本丸跡は中央公園になっていた

永禄3(1560)年に『海道一の弓取り[a]「海道」は東海道を表し、「弓取り」とは国持大名を表すことから、東海道沿いに拠点を持つ戦国大名を指す。』の異名を持つ駿河国の戦国大名・今川義元が尾張国の田楽狭間(でんがくはざま)で斃れると、それから8年後には『越後の龍』こと上杉謙信によって北進を阻まれた『甲斐の虎』武田信玄が、それまでの甲相駿三国同盟を一方的に破棄し、のちに義元の異名を継承することになる三河国の徳川家康と共に駿河国へ侵攻した。三国同盟のもう一人の立役者である『相模の獅子』こと北條氏康が謙信と対峙していた間隙をぬっての電撃的な侵略であった。さらに持ち前の軍略で氏康・氏政父子を翻弄した信玄は永禄13(1570)年、ついに駿河国を支配下に置いた。しかし3年後の元亀4(1573)年に信玄が病に斃れ、さらにその5年後の天正6(1578)年に謙信が急死すると関東周辺は風雲急を告げる。特に謙信の後継者問題は、それまで同盟関係を復活させていた武田と北條との間に修復できない溝を作ることになった[b]氏康の七男でのちに越相同盟の証として謙信の養子となった上杉景虎は、上杉景勝と跡目争い(御館の乱)を起こし、この時に武田は甲越同盟と引き換えに景勝を支援、妹の菊姫を娶らせた。これらにより景虎は一転して劣勢となり、最後は自刃した。。同盟を破棄した氏政[c]正室は信玄の長女でのちの黄梅院(こうばいいん)殿。氏政は愛妻家で知られ二人の仲は睦まじかったが、信玄の駿河侵攻により離縁させられ甲斐国へ送り返された。は駿河国最前線の戸倉城や伊豆長浜城を強化した。一方、設楽原の惨敗から巻き返しを図る四郎勝頼は戸倉城の目と鼻の先に三枚橋城を築城して対北條の抑えとし、攻勢を強める徳川に抗するために西へ向かった。

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参照

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a 「海道」は東海道を表し、「弓取り」とは国持大名を表すことから、東海道沿いに拠点を持つ戦国大名を指す。
b 氏康の七男でのちに越相同盟の証として謙信の養子となった上杉景虎は、上杉景勝と跡目争い(御館の乱)を起こし、この時に武田は甲越同盟と引き換えに景勝を支援、妹の菊姫を娶らせた。これらにより景虎は一転して劣勢となり、最後は自刃した。
c 正室は信玄の長女でのちの黄梅院(こうばいいん)殿。氏政は愛妻家で知られ二人の仲は睦まじかったが、信玄の駿河侵攻により離縁させられ甲斐国へ送り返された。

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